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2011年11月30日水曜日

227 金融問題の解決 (11/19)

エレイソン・コメンツ 第227回 (2011年11月19日)

現在,多数の評論家が世界の金融システムが崩壊の瀬戸際(せとぎわ)にあると書いたり述べたりしています.その時がいつ来るのか誰もはっきり分かっていないようですが,多くはそれがとてつもない崩壊(ほうかい)になるだろうと予測しています.だが,2008年に金融危機が起きる前は,その到来(とうらい)を予期していた人はごく少数でした.人々はしっかり根付いていて前進あるのみと思えていた自らの生活様式に満足していたからです.しかし,評論家の言うことが正しいとすれば,崩壊は間もなく起きることでしょう.

私たちは皆,一体なにが間違っていたのか,どうすればそれを正せるのかを改めて考えてみるべきです.以下にご紹介するのはバーニング・プラットフォーム “Burning Platform” というウェブサイトに最近掲載された記事から抜粋(ばっすい)した実務的な提案です.私は必ずしも皆さんが個々の提案に賛同し,私たちの壊(こわ)れてしまったシステムにとって代わるものが何かを考えるべきと言っているわけではありません.提案は政治にかかわるものと金融にかかわるものに分かれています.金融の方から始めます:--

*「破たんさせるには大きすぎ」 ( “Too Big to Fail” ),それゆえ国を盾にとり身代金(みのしろきん)を要求する “hold the State to ransom” ような銀行はすべて国営化すべきです.その結果生じる損失は責任者,当事者が払うべきで,納税者に負わせるべきではありません.
*(米国の)グラス・スティーガル法 “the Glass-Steagall Act” を復活させ,銀行が再び巨大化するのを防ぐべきです.
*営業・会計規則に望ましい基準を再設定し,銀行が自ら保有する資産価値が市場価値を上回るように見せかけることをやめさせるべきです.
*デリバティブ市場 “the derivatives market” を規制し,金融機関 “financial entity” が巨大化することでひとたびそれが破産するとシステム全体が崩壊するようになることを防ぐべきです(かつての米国で AIG の破たんで同じようなことが起きました).
*現在のわずらわしい所得税 “income tax” 制度を簡素化するか廃止し,消費税“consumer tax” に一本化すべきです.そして,法人税の節税措置 “corporate tax breaks” を廃止すべきです.

提案はいずれも直接的には金融にかかわるもの “…such proposals may be explicitly financial,” ですが,間接的には政治にかかわる “are implicitly political,” 点にご留意ください.というのは,提案の実現には国民全般,とりわけ指導者の政治的考え方が大きく変わることが必要だからです.( “…because to be put into practice they would need a significant change in the political way of thinking of the people and especially of the leaders”.)金融は政治いかんで決まります. ( “Finance depends on politics.” ) つぎに,明らかに政治にかかわる提案を見てみましょう.中には反論を呼ぶ提案もありますが、少なくとも正しい方向を示しています:--

*あまりにもうまくやっている政治家の腐敗(ふはい) “the corruption of too comfortable politicians” を食い止めるため,彼らの任期に厳しい制限をつけましょう.特殊な利益団体による選挙の腐敗 “the corruption of elections by special interests” を食い止めるため,陳情(ちんじょう)やロビイスト “lobbyists” を排除しましょう.
*中央銀行が持つ力 “the power of the central bank” を弱めるため,国の通貨供給 “the nation’s money supply” をコントロールする権限を取り上げましょう.
*米国の福祉給付金制度 “welfare benefits” を再編成すべきです.現在の制度は国の財政 “States’ finances” を急速に枯渇(こかつ)させており,このままでは将来だれの役にも立たなくなくなるでしょう.
*お金や物がなくとも楽しくやっていくよう,生活水準の低下 “a lower standard of living” も受け入れるよう国民を再指導しましょう.そうすれば社会を食い潰(くいつぶ)して無に陥(おとしい)れる “spending society into oblivion” かわりに貯蓄によって社会を立て直す “build it by saving” ことができるでしょう.
*郊外へのスプロール現象 “suburban sprawl” をより自給可能な居住区 “more self-sufficient communities” で代替させるべく実行可能なことから始めましょう.
*たとえば世界各地の軍事基地に駐屯する数万もの兵士を引き揚げることで “by bringing thousands of troops home from their bases all over the world”, 米国の巨額な軍事費 “the enormous military spending of the USA” を削減できるようにするため世界帝国の考え方を放棄(ほうき)“Renounce world empire” しましょう.

もう一度繰り返しますが,こうした提案が実現するには,人々,とりわけ指導者たちの考え方が大きく変わらなければなりません “…they require great changes in the people’s way of thinking, especially in that of the leaders.” . 政治家が何を決定するかはその国の国民がなにをもっとも価値あるものと考えるかによって決まります “Political decisions depend on what people value more, or most.” . 私たちが生きるのはなんのためでしょうか? “Why are we alive ?” この世で楽しむためでしょうか,それとも永遠に続く真の幸福のためでしょうか? “To enjoy on earth, or to be truly happy for eternity ?” この質問への答えは二者択一(にしゃたくいつ)でしょうか? “Is that an either-or question ?” 永遠とは存在するのでしょうか? “Is there an eternity ?” こう考えてくると,政治は宗教によるか,あるいは宗教の欠如(けつじょ)によるところ大です( “Thus politics depend on religion, or on the lack of it.” ). 今日起きる金融制度の崩壊がはたして人々の目を覚(さ)ますことになるでしょうか? (訳注後記)

キリエ・エレイソン.

英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教


* * *

最後のパラグラフの訳注:

原文・“Will today even a financial crash bring anyone to their senses ?”
「今日の金融制度の破綻(はたん)をきっかけに,人々が正気に返る(迷い〈迷夢〉から覚める)でしょうか?」

(解説)

◎「拝金主義」は競争と不安の種であって,最終的に誰をも幸福にしない.

◎ 人間の真の幸福は「平和な(安らかな)心や精神状態」のうちに存在するのであり,それは現世でも来世でも同じことである.

→ 新約聖書・マテオによる聖福音書:第6章19-34節参照.
THE HOLY GOSPEL OF JESUS CHRIST, ACCORDING TO ST. MATTHEW, 6:19-34

天の宝(6・19-21)
『自分のためにこの世に宝を積むな.ここではしみと虫が食い,盗人が穴をあけて盗み出す.
むしろ自分のために天に宝を積め.そこではしみも虫もつかず,盗人が穴をあけて盗み出すこともない.
あなたの宝のあるところには,あなたの心もある.』

清い目と心(6・22-23)
『*¹体の明かりは目である.目がよければ全身が明るい.目が悪ければ全身が闇(やみ)の中にいる.あなたの内の光が闇ならその闇はどんなに暗かろう.』

二人の主人,思い煩い,摂理(6・24-34)
『*²人は二人の主人に仕えるわけにはいかぬ.一人を憎んでもう一人を愛するか,一人に従ってもう一人をうとんじるかである.
神と*³マンモンとにともに仕えることはできぬ.

だから私は言う,命のために何を食べようか,何を飲もうか,また体のために何を着ようかなどと心配するな.命は食べ物にまさり,体は衣服にまさるものである.
空の鳥を見よ.播(ま)きも,刈(か)りも,倉に納(おさ)めもせぬに,天の父はそれを養なわれる.あなたたちは鳥よりもはるかに優れたものではないか.あなたたちがどんなに心配しても,*⁴寿命をただの一尺さえ長くはできぬ.

なぜ衣服のために心を煩(わずら)わすのか.
野のゆりがどうして育つかを見よ.苦労もせず紡(つむ)ぎもせぬ.私は言う,ソロモンの栄華のきわみにおいてさえ,このゆりの一つほどの装(よそお)いもなかった.
*⁵今日は野にあり明日はかまどに投げいれられる草をさえ,神はこのように装おわせられる.ましてあなたたちによくしてくださらぬわけがあろうか.

信仰うすい人々よ.何を食べ,何を飲み,何を着ようかと心配するな.それらはみな異邦人(=神を信じない人,神の摂理に信頼しない人)が切に望むことである.

天の父はあなたたちにそれらがみな必要なことを知っておられる.
だから,まず神の国とその正義を求めよ.そうすれば,それらのものも加えて与えられる
.
明日のために心配するな.明日は明日が自分で心配する.一日の苦労は一日で足りる.』

(注釈)

*¹ (22-23節) 明かりが全身を照らすのと同じく,内なる目は人間のすべての行為を照らす.内なる目が欲望にくらまされているならば,人間の道徳生活は闇(やみ)である.

*² 富を有して神に仕えることもできるが,富の奴隷になれば神に仕えない.

*³ マンモンとはカルダイ語で富のこと.

*⁴「身の丈(たけ)」という訳もある.

*⁵ (30-34節)イエズスは将来への予備と働きを禁ずるのではない.ただ摂理(せつり)への信頼を裏切らせるほどの思い煩いを禁ずる.

「摂理」について:
・=神.天地の創造主たる神が,神の法(=神の十戒・自然法=慈愛・正義・生命の法.)において永遠の計画と配慮のもとに万物を支配し治めておられることを指す.
・「神意,神のみ旨(むね),神の御意志,神の御心」
・Providentia divina(ラテン語),Providence(英語)

◎ 限界のある人間の力だけで,あくせくかき集めようとしたり,欲を張ったりせずに,人間の創造主であられる無限(=永遠)の父なる神に信頼し,真面目に善良に,正しく慈悲深い行いを心がけて生活をするなら,必要なものは全て神から必ず備えられる.
なぜなら,神はすべての人間の天の御父であられ,どんな人間をも(善人をも悪人をも)愛しておられるからである.人間が地上に生きる限り,たとえどんな人であっても神は決してお見捨てになることはない.
神を愛しその御子キリストの名を信じる人は,永遠の生命をすでに現世で持っている(ヨハネ聖福音書:第1章12-13節,ヨハネの第一の手紙:第5章13節参照).
限りある現世で善良に生きた人には,限りのない来世で神がその霊魂を引き取られ,永遠の至福をお与えになる.

◎ したがって,人間の真の幸福追求の目当てとしては「拝金主義」(=「すべて金〈カネ〉次第」とか,「金を目安に決めること」)は見当違いな手段である.

* * *

→ 旧約聖書・詩篇:第127篇参照.
THE BOOK OF PSALMS, PSALM 126

摂理によりたのむ

『*¹上京の歌.ソロモンの作.
主が家を建てられないなら,
それを造る者の働きはむなしい.
主が町を守られないなら,
番人の警戒はむなしい.

早く起き,寝るのを遅らせ,
労苦のパンを食べることもむなしい.
主は愛する者に,それを与えられる,
彼らが寝ている間に
.

見よ,子らは主の贈り物,
胎の実は主の報いである.

若いときの子らは,
つわものの手にある矢のようだ.

幸せなのはその矢で,
矢筒を満たした者.
*²門で敵と争うとき,
彼らは恥を受けない.』

(注釈)

*¹ 神の助けがなければ,人間の労苦といえど何一つ実をもたらさない.

*² 町の門では裁判や話し合いが行われていた.

* * *

→ 旧約聖書・格言の書:第10章参照(抜粋).
THE BOOK OF PROVERBS,
THE PARABLES OF SOLOMON, CHAPTER 10

『不正な方法で得た宝は身のためにならぬが,
正義は人を死から救い上げる.』 (2節)

『神は正しい人の望みをかなえ,
悪人の欲望をとげさせない.』 (3節)

『怠け者の手は人を貧乏にし,
働き者の手は人を金持ちにする.

夏の間に集めるのは利功者であり,
収穫のときに寝ているのは恥知らずである.』 (4-5節)

『正しい人のもうけは生活に役立ち,
悪人のもうけは悪事を呼ぶ.』 (16節)

『教えを守る人は生命の道を行き,
戒めを軽んじる人は道を迷う.』 (17節)

『*¹正しい人のくちびるは多くの人を養い,
愚かな人は貧しい中で死ぬ.』 (21節)

『神の祝福は人を富ませ,
その上に何の苦労も加えない
.』 (22節)

『愚かな人は悪事を行って楽しみ,
利功者は知恵をつちかって楽しむ.』 (23節)

『悪人の恐れていることはその身に起こり,
正しい人の望みはかなえられる.』 (24節)

『嵐が過ぎたとき,悪人はもういないが,
正しい人はいつも立っている.』 (25節)

『神は正しい人の砦(とりで)であり,
悪人にとっては滅びである
.』 (29節)

『正しい人は決してゆらがないが,
悪人は地に住めない.』 (30節)

『正しい人のくちびるは慈愛をしたたらせ,
悪人の口は悪をまく.』 (32節)

(注釈)

徳の幸福(10・22-32)

*¹ 正しい人は,自分だけでなく他人のためにも役立つ人である.

* * *

2011年11月5日土曜日

224 不良金融 -1- (10/29)

エレイソン・コメンツ 第224回 (2011回10月29日)

差し迫った世界金融の崩壊,もしくは,その崩壊が意図した世界政府設立に向けた世界金融の到来(原文 “…the advent of global finance on the way to global government which that collapse has been designed to bring on, …” )という局面を見て人々は「一体どうしてこんな混乱に陥ったのか,どうしたらそこから脱出できるのだろうか? 」と考えさせられることでしょう.もし全能の神がこのような深刻な危機に一役買っておられるのだとすれば,神は当然事態をあまり深刻には受け止められず,心地よい日曜日の気晴らし程度にお考えでしょう.だが反対に,中世の教会を建築した人たちが明らかに考えたように,神がこの危機に重要な役割を果たしておられるとすれば,神を無視することは今日のように金融が現実を打ち負かせていること(原文 “today’s triumph of finance over reality” )に大きな役割を果たしていることになるでしょう.

今日の災難がどこから始まったかを理解するには,どうしても中世時代に遡(さかのぼ)る必要があります.中世の絶頂期以降にカトリック教の信仰が低下し始めるとともに,人々は生活のもう一つの大きな動機付けである富( “Mammon”,かね)への関心を募(つの)らせるようになりました(マテオ聖福音書6・24)(訳注後記).かくして,財貨およびサービスの交換で召使("servant",使用人)の役をするはずのお金が,その本来の性質を離れ,世界経済の主("master",あるじ,主人)である近代金融へと姿を変えてしまいました.このプロセスの中で,あらゆる分野で山のように膨(ぼう)大な支払い不能な負債が発生したり,世界を目に見える銀行もしくはそれを陰で操(あやつ)る目に見えない管理者たちの奴隷にしていますが,ここでカギとなる役割を果たしているのは中世以降に広まった小額準備金銀行(原文: “fractional reserve banking” )制度です.

お金が経済に役立つとなると,賢明な国家は流通するお金の全体量を自国経済で交換される財貨の全体量に合わせて上下させ,お金の価値が安定するように努めます.財貨の供給が少ないのにお金が多すぎればインフレによってお金の価値は下がります.逆に,財貨供給が多いのにお金の流通量が少なすぎると,デフレでお金の価値が上昇します.どちらになっても,お金の価値が変動し財貨の交換を不安定なものにしてしまいます.さて,預金者がお金を預ける銀行はどう行動するでしょうか.現金( “real money” )のわずかな部分だけを準備金として残し,はるかに大量の流通紙幣( “paper money” )を支えればいいと考えます.そして,流通紙幣の量を増減させることによってお金の価値を操作し,安いお金を貸し出し高いお金の返済を求めて大金を儲けます.このようにして金融業は国家から支配権を奪うことが可能になります.

もっとひどいことに,小額準備銀行システムで銀行がお金を実社会から切り離し,それを意のままに変える( “fabricate”.=でっち上げる,ねつ造する)ことができ,さらに保有するおかしなお金( “funny money” )にわずかなりとも複利をかけることができるとすれば,経済からあらゆる実価値( “real value” )を吸い上げることが理論的に可能ですし,実際にそのように行動します.銀行は預金者を借り手に,大半の借り手を絶望的な借金奴隷,住宅ローン奴隷に陥(おとしい)れ,自らの利益のために金の卵を産むガチョウを完全に殺さない程度(ていど)に面倒を見るだけです.神の啓示を受けた律法(神授の法)授与者モーゼの知恵は,全ての貸し手の権限を抑(おさ)えるため負債はすべて7年ごとに棒引(ぼうび)きにする(第二法〈申命〉書 15・1-2参照),あらゆる資産は50年ごとに元の持ち主に戻す(レビ書15・10参照)こととする,と定めました! (訳注後記)

偉大な神の人であり神よりの深い霊性を湛(たた)えたモーゼが,このように物質的な諸問題にまで関心を寄せたのはなぜでしょうか? それは,荒廃した経済が人々を絶望に追いやり,神から引き離し地獄に向けさせるからです - 今日,それより明日がどうなるかあなたの周(まわ)りを見渡してください - 経済がうまくいけば,拝金主義( “worships Mammon” )などが幅をきかせない賢明な繁栄が可能になり,人々が神の善意を信じ神を崇拝し愛することがもっと容易になるでしょう.人はしょせん霊魂と肉体から成るものなのです.(訳注後記)

モーゼならきっと小額準備銀行システムなど粉砕(ふんさい)したでしょう.ちょうど彼が金の子牛 “Golden Calf” をこなごなに砕(くだ)いたように.(訳注後記)

キリエ・エレイソン.

英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教


* * *

第2パラグラフの訳注:
新約聖書・マテオによる聖福音書:第6章24節

* * *

第4パラグラフの2つの訳注:

①旧約聖書・第二法の書:第15章1-2節
②同・レビの書:第15章10節

* * *

第5パラグラフ最後の訳注:
「人はしょせん霊魂と肉体から成るものなのです.」について.

人間は霊魂だけでなく,身体も一緒にかかえて生きているので,生きていく為には実生活面(経済)のケアも必要なのだ,という意味合い.

→主祷文〈主の祈り〉から…
・「…我らの日用の糧を今日我らに与え給え.」…経済面のケア
・「我らが人に赦すごとく我らの罪を赦(ゆる)し給え.我らを試みに引き給わざれ.我らを悪より救い給え.」…霊魂のケア

→新約聖書・マテオ聖福音書:第6章24-33節参照.

(31節から〈33節…太字〉)
『…何を食べ,何を飲み,何を着ようかと心配するな.それらはみな異邦人(=不信心な人)が切に望むことである.天の父はあなたたちにそれらがみな必要なことを知っておられる.だから,まず神の国とその正義を求めよ.そうすれば,それらのものも加えて与えられる.明日のために心配するな.明日は明日が自分で心配する.一日の苦労は一日で足りる.』

* * *

第6パラグラフの訳注:
「金の子牛 “Golden Calf” 」について:

旧約聖書・脱出の書:第32章を参照.
(エジプトを脱出してきたイスラエルの民は,預言者モーゼの留守中に金の子牛をつくり祭壇を設けてその鋳物の子牛を民を導く神として拝んだ.)

* * *

引用されている聖書の箇所は後から追加いたします.

* * *

2011年7月14日木曜日

借金してはなりません!

エレイソン・コメンツ 第207回 (2011年7月2日)

最近のギリシャの金融救済は,もしそれが実施されるとすれば,欧州連合のみならずおそらく世界の金融制度がその責任を負う日をもう一度先延ばしにすることになるでしょうが,その日は単に延期されるだけで取り消されるわけではありません.この問題は制度上の欠陥に起因するものです.もし民主制下の政治家たちが再選されたければ,自ら国民が望むようしむけた「ただ飯」の代金を支払うため借金しなければなりません.だが個々人,各家庭あるいは各国が借金に借金を重ねるという愚行はいつまでも長続きするわけはなく,いつかは完全に行き詰まって借金を停止せねばならない日が来ます.そうした国々の国民,政治家たちは今日に至るまでの長期間,間違った道を進んできました.なぜなら借金を重ねるという決定は通常ならば愚策か犯罪に等しいからです.

次のシェイクスピア作品の3行が語る根本的な知恵が忘れられているとしたら愚かなことです.その言葉はプロの「経済学者たち」の書いた多くの書物ほどの価値があります.借り手にも貸し手にもなるな/往々にして貸した金と友人の両方を失うことになるから/それに借金は金銭感覚を甘くする(借金は節約の刃を鈍らせる)(訳注・悲劇「ハムレット」より.原文 “Neither a borrower nor a lender be / For loan oft loses both itself and friend / And borrowing dulls the edge of husbandry.” ).言い換えれば,借金癖(ぐせ)は,「節約」あるいは自己資産の管理をしなくてもすむよう人を習慣づけてしまいます.例をあげれば,少なくとも最初は,借りた金はいとも簡単に手に入るため,たとえば,お金を稼ぐことや借金を最終的に返済することがどれほど大変なことかといった金銭感覚,現実感覚を麻痺(まひ)させます.貸すことについて,ポロニウス(ハムレット第一幕第三場)(訳注・原文 “Polonius (Hamlet, I, 3)” は,貸した金は往々にして返済されないだけでなく,もし私が返済能力のない友人に金を貸したなら,彼はきっとあまりに恐縮するか恥じ入って再び私に近づけなくなるだろう,と言っています.

だが,貸し手がすべて愚者という訳ではありません.彼らの多くは犯罪者です.なぜなら彼らは高利で金を貸すことによって個々人,家庭,国家を貧困と隷属状態に落とすことができると知っているからです ー 「借りる者は貸す者の僕(あるいは奴隷)」(格言の書22・7)(訳注後記)と聖書に書かれているとおりです.現在クレジットカードの中には20パーセントから30パーセントの金利支払を要求するものもありますが,カトリック教会は常に高利貸しを厳しく糾弾(きゅうだん)しています.高利貸し業者は人々,あるいは国民全体を貧困にし奴隷化させることによって社会構造を破壊する犯罪者です.

歴代の教皇は現代の高利貸しが様々な形態を取っている,と述べられています.狡猾(こうかつ)な金融業者は自らの金銭を使ってマスメディアやとりわけ政治家たちを征服し,それにより社会全体の支配を買い取って富の形成に没頭しており,社会は彼らへの隷属(れいぞく)を許しています.全世界がこの事実に対し今すぐに目を覚ますべき理由は(このような悪業を糾弾する)歴代教皇の発言にあります.そこで疑問が生じます.神はどうしてそのような事態が起こることをお許しになられるのでしょうか,そして神はどうして差し迫った金融危機か世界大戦あるいはその両方がもたらしかねない大きな苦難をお許しになるおつもりなのでしょうか? そのいずれも神の敵たちが望むままに全世界の権力を手に入れようと画策(かくさく)してきたことです.

その答えは以下のとおりです.すなわち,神がそのような権力を御自分の敵たちにお許しになったのは彼らの残酷で非人間的な行為が,神に背きマンモン(富)を主人として選んだ世界の背に負わせる懲罰(ちょうばつ)の鞭(むち)として役立つからです ー あなたは神とマンモンの両方に仕えることはできない,と私たちの主イエズス・キリストは仰せられます(マテオ聖福音6・24)(訳注後記).そして神は近い将来,はるかに大きな苦難をお許しになるでしょう.なぜなら「苦難のなかに学ぶことがある」(アイスキュロス)(訳注・ギリシア悲劇作家の言葉.原文 ““In suffering is learning” (Aeschylus)”. )からであり,事実,重い苦難だけが世界中のかなり多数の人々に物質主義とマンモン崇拝は自分たちの真の利益すなわち不滅の霊魂の救済にとって裏切り者の敵だと学ばせることができるからです.

神の御母(聖マリア)よ,哀れな罪人の私たちが神の御憐れみを受けられるよう(神の御許しを)執り成し給え!

キリエ・エレイソン.

英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教


* * *

第3パラグラフの訳注:

旧約聖書・格言の書:第22章7節
『金持ちは貧しい人を支配し,借りた人は貸す人の奴隷である.』

* * *

第5パラグラフの訳注:

新約聖書・マテオ聖福音書:第6章24節
『*人は二人の主人に仕えるわけにはいかぬ.一人を憎んでもう一人を愛するか,一人に従ってもう一人をうとんじるかである.神と**マンモンとにともに仕えることはできぬ.』

(注釈)
* 富を有して神に仕えることもできるが,富の奴隷になれば神に仕ええない.
** マンモンとはカルダイ語で富のこと.

* * *

2010年1月25日月曜日

賢明な経済学

エレイソン・コメンツ 第132回 (2010年1月23日)

「経済学者」を混乱させたり「経済学者」が周囲の人たちを混乱させたりすることに既得権益を持つ有力者があまりにも多すぎます.そんなとき,オーストリアン・スクール・オブ・エコノミクス(「オーストリア学派」)の「七戒」いう良識に (http://jsmineset.com/で)出会うと救われた気持ちになります.七戒のうち初めの二つは,以下に記載する通り初歩的なものです.あとの五つは,今日,多くの国の政府が疑いなく政治的圧力の下で,初めの二つを守らずに済ますため用いている五つの方法を糾弾するものです.以下それぞれの戒に注釈を付けて紹介したいと思います:--

(一) 「汝稼ぐべし.」 人はおしなべて衣食住に出費し続けるため,あらゆる個人,家庭,国家はなんらかの形で稼いで収入を得なければなりません.そうした収入は,共同体をなす人々(または他の国家)が購入を希望する物品,サービスを生産するか提供することによってのみ得ることができます.

(ニ) 「汝稼ぐ以上に消費するべからず.」 稼ぐ以上に消費することを永久に続けられる個人,家庭,国家は一つもありません.これを守らないと,債権者が停止を命じるまで負債を増やすことになります.そして結局はその負債を返済しなければならず,それは苦痛を伴うものです.あるいは,その負債が返済できなくなって債務不履行に陥り,悲惨な財政危機に陥ることになります.

(三) 「国家は規則を多く設けすぎるべからず.」 国家は公益のために規則を設けるべきです.だが,規則を多く設けすぎて国民の生産的な活動を制限するなら,活動を促進する代わりに制限することで公益を阻害することになります.

(四) 「国家は税を多く徴収しすぎるべからず.」 同じように,生産的な活動に過度に課税することは,その活動を妨害し,麻痺さえさせてしまいます.結果的に,過度の課税がその国家の税収を減らしてしまうことにもなりかねません.

(五) 「国家は不況を脱するために支出するべからず.」 不況になると国民の収入,支出がともに減少します.そういう状況下で,政府自らが単に支出を増やすだけで国民の収入,支出を回復させることができる国家は一つもありません.なぜなら,支出のための追加資金を得るには,政府は借金するか(第七戒を参照)増税するか(第四戒を参照)あるいは裏付けもなしに紙幣を発行するか(第六戒を参照)のいずれかの方法をとらなければならないからです.こうした代替策にはいずれも厳しい制限がつきものです.

(六) 「国家は不況を脱するために紙幣を発行するべからず.」 政府は単に紙幣を増発したりコンピューターのキーボードを叩く回数を増やしたりして追加資金をねん出し不況を乗り切ることはできません.なぜなら,資金の供給に見合った物品生産の増加がない限り,少なすぎる物品(不足)を追いかける過剰な資金が価格をつり上げて超インフレを引き起こし,結局は通貨を完全に破壊するからです.

(七) 「国家は不況を脱するために雇用するべからず.」 政府は単に失業者を非生産的な官僚として雇用するだけで(第一戒を参照),あるいは失業手当をどんどん支払うだけで失業者問題を解決することもできません(第五戒を参照).

しかし,もし「民主制の下で」国民がマンモン (注釈:「富」のこと.) を崇めるあまりに拝金主義者に買収された政治家たちに投票し続け,結果的に政府が拝金主義者に乗っ取られてしまったら,その国民は自らを責める以外に他の誰を責めることができるでしょうか?そして,もしその結果が悲惨な生活となって国民自身に降りかかってきたら,主なる神はその国民が犯した罪(注釈:「神よりも富を崇める(重んじる)」という罪.聖ルカ福音による例を後記.) に応じて相当の罰を下さないでしょうか?そしてそのとき彼ら国民は,生産,経済また金銭,あるいはたとえオーストリアン・スクールであっても,神はただそのような物々を満たすだけのために国民に生命をお与えになったのではないということを彼らにわからせるための何らかの他の方法(道・手段)を神に残すことができるでしょうか?それとも,これらの物々が彼ら国民に相応(ふさわ)しい場において必要だとしても、それらすべてをはるかに超越したところに永遠の天国と永劫の地獄の罰とが存在するのだということを国民に痛感させはっきりと悟らせ得る何らかの他の方法を神のもとに残すことができるでしょうか?

キリエ・エレイソン.

英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教


* * *


(不正な支配人のたとえ)
(聖ルカ福音書16.1-17)
またイエズスは弟子たちにこう話された,「ある金持ちに一人の*¹支配人がいた.主人の財産を使いこんでいると訴えがあったので,主人は彼を呼び,〈おまえのことについて聞いた.どういうことだ.会計の報告を出せ,もうおまえを支配人にしておくわけにはいかぬ〉と言った.支配人は,〈さて,主人が私の管理職を奪ったらどうしよう.土を耕す,それはできない.乞食をする,それも恥ずかしい.ああそうだ,どうすればよいか思いついた.管理職をやめさせられても,人々が迎え入れてくれる方法を〉と心の中で言った.それから主人に負債のある者を一人一人呼んだ.はじめの人に,〈あなたは私の主人にどれだけの負債がありますか〉と聞くと,〈油百樽です〉と答えたので,支配人は,〈証書をとり,腰かけて早く五十と書きなさい〉と答えた.またほかの人に,〈負債はどれほどですか〉と聞くと,〈麦百石(こく)〉と答えたので,彼は,〈証書をとって八十と書きなさい〉と言った.ところで,主人は,この不正な支配人のしたことを,巧妙なやり方として賞(ほ)めた.*²この世の子らは,自分の仲間に対しては光の子らよりも巧妙なものである.
*³私は言う.不正の富で友人をつくれ.そうしておけば,金がなくなったとき,その友人が永遠の住みかに迎えてくれるだろう.小事に忠実な者は,大事にも忠実な者であり,小事に不忠実な者は大事にも不忠実である.だから,不正の富に忠実でなかったら真実の富もまかせられぬ.また,*⁴外のものに忠実でなかったら,誰があなたたちのものを与えてくれるだろう.
しもべは二人の主人に仕えることはできぬ.一人を憎んでもう一人を愛するか,一人に従ってもう一人をうとんずるかである.あなたたちは神と*⁵マンモンにともに仕えることはできぬ」.
そのとき,貪欲なファリサイ人がその話をすべて聞いたうえで,イエズスをあざけったので,イエズスは彼らに言われた,「あなたたちは人々の目の前で自ら義人ぶっている.だが神はその心を見抜いておられる.人間にとって尊いと思われるものは,神にきらわれるものである.律法と預言者はヨハネの時までで,その時から神の国が告げられ,人々はみな力を尽くしてそこに入ろうと努める.律法の一画がくずれ落ちるよりは,天地の過ぎ去るほうがたやすい.…」

*¹主人の財産を管理している相当権力のある人のことを指す.この人は奴隷ではなかった.不正を知られても,売られずに,追い出されるだけであるから,自由民であったにちがいない.

*²「この世の子ら」は俗世の心配だけの中に生きている人々,「光の子ら」は霊的なより高いことを求める人々.

*³たとえにおいては,その細目までを事実にあてはめてはならない.イエズスはここに,支配人の巧妙さを賞めるのであって,その不正を賞めるのではない.富が「不正」といわれるのは,それが不正をもって得られ,または不正の手段となりがちだからである.天国をもうけるために,富を用いよと勧めている.

*⁴「外のもの」とは人間にとって外から加えられたもの,つまり財産のことである.したがって,「あなたたちのもの」とは,霊的なもののことである.
  イエズスがこの世の富を「自分のものでないもの」と言っているのは,人間がこれを永久に所有しえないからである.人間は単に,富を神から受けて管理しているにすぎない.人間が望めば,だれにも奪われない真実の富,すなわち恩寵を得ることができる.この世の富の管理に不正を働いた者は霊的な富をも奪われるであろう.

*⁵富のこと.