ラベル 古代ギリシア神話 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 古代ギリシア神話 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年5月4日金曜日

番外 スティコマイシア(隔行対話)劇 4/30

エレイソン・コメンツ 番外 (2012年4月30日)

スティコマイシア “Stichomythia” とは古代ギリシアの劇作家たちが劇の一形式として生み出したもので,一行おきの対話の中で激論が交わされる劇です(訳注・隔行対話).真実がほとんど消滅してしまった世界には本物のドラマなどあまり多く残っていません.だが,この世の終わりに起こるとしても,いまのところカトリック教会内ではまだ嘘が完全に幅を利かせているわけでもありません.したがって,真実がいくらかでも残っているところには,まだスティコマイシアの余地があるでしょう.そこで,聖ピオ十世会(内の)穏健派(おんけんは) “SSPX soft-liner” ( SL )が聖ピオ十世会強硬派 “SSPX hard-liner” ( HL )につらい思いをさせようとしている様子に耳を傾けてみましょう:--
(訳注・英原文は韻文〈いんぶん〉形式をとっているので,参照のため各行毎(ごと)に付して掲載いたします.)



SL 私たちは教会の外に居るべきではありません.
SL Outside the Church is not where we should be!


HL 教会から出て行ったのは誰でしょう?第二バチカン公会議です!私たちではありません!
HL Who left the Church? Vatican II! Not we!


SL 教会内にいれば私たちにはできることがもっといっぱいあるでしょうに!
SL Once in the Church, we could do so much more!


HL もし以前したように,過(あやまち)ちを犯すのを嫌うなら(教会内に戻るのはだめです).
HL If we detested error, as before.


SL 私たちは過ちを嫌うのを止(や)め,ただ祈るべきではないでしょうか?
SL Why should we stop detesting error, pray?


HL そんなことをすれば,連中(=第二バチカン公会議)の口論に巻き込まれることになります.
HL Because we would be joining in their fray.


SL 私たちは教会の法の範囲内で生きる必要があります.
SL We need to live within the Church’s law.


HL それ(教会の法)が神に仕えていない(役立っていない)となれば話は別でしょう.
HL Not if it is not serving God any more.


SL カトリック教会は目に見えるものです.私たちはそこにいません.
SL The Catholic Church is visible. We’re not there.


HL 教会は神聖なものです.それは私たちに見えるものでしょうか? どこに見えるというのでしょうか?
HL The Church is holy. Do we see that? Where?


SL だが,世の中は(ルフェーブル)大司教のころに比べ変わっています.
SL But things have changed since the Archbishop’s day.


HL モダニストたち( “The Modernists”,現代主義者たち)が相変わらず支配を独占しています.
HL The modernists still hold exclusive sway.


SL 私たちはローマがいま提案していることを容認すべきではないでしょうか?
SL What Rome now offers, he would have approved.


HL とんでもありません.(現教皇)ベネディクト(16世)がアッシジへと動いた以上はだめです.
HL Never, once Benedict to Assisi moved!


SL 聖ピオ十世会は強いので転(ころ)げ落ちる心配はいりません.
SL The SSPX stands strong, need fear no fall.


HL 聖パウロは立つ者は転げ落ちる心配をせよと言っておられます.
HL Let all who stand fear falling, says St. Paul.


SL だが,私たちの目上の方たち( “our Superiors” )は神の恩寵を受けています.
SL But our Superiors have grace of state.


HL 指導的な聖職者たちは決して言葉を濁(にご)さなかったでしょうか?
HL Did leading churchmen never prevaricate?


SL 私たちの指導者たちは聖ピオ十世会に所属しています!
SL Our leaders to the SSPX belong!


HL それは彼らがけっして間違ったことができないという意味ですか?
HL And does that mean they never can do wrong?


SL しかし,ローマ(教皇庁)は第一前提条件としてミサ聖祭を自由解放しました.
SL But, Pre-condition One, Rome freed the Mass.


HL その代わりに「ろくでなしの典礼」をもたらしました.まったくひどい代物(しろもの)を.
HL And left in place the “bastard rite”, so crass.


SL ローマは四人の司教に対する破門も解きました.
SL Rome also lifted the ban on bishops four.


HL だが,それで四人の司教は前より自由になったでしょうか?
HL But did that make them more free than before?


SL それでもベネディクトは私たちの助力を求めています.
SL Yet Benedict is calling for our aid.


HL それは真実を繁栄させるためですか,それとも真実を消し去るためですか?
HL To make Truth prosper, or to help it fade?


SL 教皇が真実を害するなどとどうして非難できるでしょうか?
SL Of harming Truth, how can the Pope be accused?


HL 彼のモダニスト精神は救いがたいほど混乱しています.
HL His modernist mind is hopelessly confused.


SL だが,教皇は本心から私たちすべてに戻って欲しいと願っています.
SL Yet truly, Benedict wants us all back in.


HL モダニストとしての彼はイエス(そう)ですが,モダニズムは罪です.
HL As a modernist, yes, but modernism is a sin.


SL では,あなたはそれでもベネディクトを教皇と信じますか?
SL Then do you still believe that he is Pope?


HL 信じます.だが彼の改宗(かいしゅう)を願わなければなりません.
HL Yes, but we must for his conversion hope.


SL 「モダニストとしての彼はイエス」とはどういう意味ですか?
SL What can you mean by, “As a modernist, yes”?


HL 彼は私たちの真実のカトリック信仰を害するだけで,恩恵をもたらすことはありません.
HL Our true Faith he can only harm, not bless.


SL 彼が心から気遣(きづか)っているのは私たちの幸せです.
SL Our welfare is his genuine concern.


HL 彼が私たちの真のカトリック信仰をはねつけているとすれば,彼が願っているのは私たちの本当の幸せではありません.
HL Not our true welfare, if our true Faith he spurn.


SL あなたには超自然の霊が欠けています!
SL A lack of supernatural spirit you show!


HL もし私に悩みの種があると言えば,それはどこにあると問うのですか?
HL If woe I say there is, where there is woe?


SL 教会内ではすべてがうっとうしく暗いわけではありませんよ!
SL Not everything in the Church is gloomy, dark!


HL どこに本当の信仰復興の光が見えると言うのですか?
HL Where do you see of true revival a spark?


SL カトリック伝統へ向かう動きが進行中です!
SL A movement towards Tradition is under way!


HL モダニストたちが完全に牛耳(ぎゅうじ)っているというのにですか?
HL While fully in control the modernists stay?


SL では,公式の教会は依然として神御自身の教会ですか?
SL Then is the official Church still God’s own Church?


HL そうです.私たちが困っているのを見捨てたのは聖職者たちです.
HL Yes, it’s the churchmen left us in the lurch.


SL だが,教皇もローマもよかれと思って動いています.
SL But surely Pope and Rome have both meant well.


HL そうでしょうか?「善意は地獄への道を開く」と言います.
HL So? – “Good intentions pave the way to Hell.”


SL だが,邪心(じゃしん)は第二バチカン公会議よりもっと悪いでしょう.
SL But evils worse that Vatican Two can be.


HL (ルフェーブル)大司教は――覚えていますか?――それ(第二バチカン公会議)を第3次世界大戦とお呼びになったのです.
HL The Archbíshop – remember? – called it World War Three.


SL 手厳しいですね.あなたの取る態度は分派にたどり着きますよ.
SL You’re harsh. Your attitude to schism will lead.


HL 信経(=信条)全体を台無しにするよりはましです!
HL Better than undermine the entire creed!


SL 教会の当局者たちすべてが悪いわけではありません.
SL Not all the Church authorities are bad.


HL (当局者たちの中の)善良な人たちには力がありません.とても悲しいことです.
HL The good ones have no power. It’s very sad.


SL 司祭たちは当局者を不誠実だなどと言うべきではありません.
SL Priests should not say, authority is untrue.


HL だが,第二バチカン公会議の原因となったのは司教たちです!
HL But bishops were the cause of Vatican II!


SL それでも,カトリック信徒の本能はカトリックの家を求めます.
SL Still, Catholic instincts seek their Catholic home.


HL 今日,カトリック信徒にとっての家はもはやローマではありません.
HL Today, for Catholics, that’s no longer Rome.


SL では,教会はどこにあるのですか? カトリック伝統の中だけですか? どこにあるのでしょう?
SL Then where is the Church? Just in Tradition? Where?


HL 「唯一(ゆいいつ),聖,普遍(ふへん,=公),使徒継承(のカトリック教会)」 ――そこにあるだけです.
HL “One, holy, catholic, apostolic” – there.


SL あなたは問題を一晩で解決しようとしています!
SL You want to solve this problem overnight!


HL そんなことはありません.ただ,事のはじめは正(ただ)したいのです.
HL No, just that a start be made to set it right.


SL 私たちは神を信じます.私たちは神の聖心を信じます.
SL We trust in God. We trust in his Sacred Heart.


HL ブラボー!だが,人間どもも自(みずか)らの役割を果たさなければなりません.
HL Bravo! But humans too must play their part.


SL そのことは私たちが嘆(なげ)くことではないでしょう.
SL That part is not for us just to complain.


HL 伝統的なカトリック( “Tradcats” )は伝統を守るため懸命(けんめい)に働くものです.
HL Tradcats work hard, Tradition to maintain.


SL もし私たちがローマに入ったとしても、戻ることはできます。
SL If we went in with Rome, we could turn back.


HL そんなことはありません.どんどんローマの路線に従うことになります.
HL No. More and more we’d follow in Rome’s track.


SL ローマが償(つぐな)いをしようとするのをなぜ阻(はば)むのですか?
SL Why stop the Romans making restitution?


HL それは彼らが私たちに困窮(こんきゅう)をもたらそうとするからです.
HL Because they’re set upon our destitution.


SL 教会の主流派に戻れば私たちは働けるでしょう!
SL Back in the mainstream Church we’d set to work!


HL 私たちはむしろ彼らの暗闇のなかで迷子になるだけでしょう.
HL Rather we’d lose our way in all their murk.


SL だが私たちは強力です.私たちの四人の司教は1対3です.
SL But we are strong, with bishops one and three.


HL 悲しいかな,その三人は残る一人と意見が違います.
HL Alas, the three with the one do not agree.


SL 私たちのカトリック信仰はしっかりしています.モダニストなど怖(こわ)くはありません!
SL We’re firm in the Faith. Modernists are no threat!


HL 私たちは簡単に堕落(だらく)します.賭けてみますか?
HL We’d easily slide. You want to take a bet?


SL カトリック信仰が強いのですからローマと合意してもいいでしょう.
SL Strong in the Faith, we can afford to agree!


HL だが,その信仰が説いています.異端から始まってついに消え失せると.
HL But that Faith says, from heretics to flee.


SL だが,「神は我らとともにあり」( “Gott mit uns”,ドイツ語 )です! 私たちは聖ピオ十世会です!
SL But “Gott mit uns”! We are the SSPX!


HL それでも,あらゆる慎重な点検を無視するならだめです.
HL Not if we choose to ignore all prudent checks.


SL 私たちが認められればローマは私たちから学ぶでしょう!
SL Were we approved, Romans would learn from us!


HL おお,なんてことを言うのです.そんなことはけっしてないでしょう! 彼らは私たちをバスの下へ投げ出すでしょう.
HL O Heavens, no! They’d throw us under the bus.


SL 私たちが認められれば,ローマの地は揺(ゆ)れるかもしれません.
SL Were we approved, the earth of Rome could quake.


HL だが,その前に私たちが揺れて粉々(こなごな)になるでしょう.
HL But not before to pieces we would shake.


SL 私たちの指導者は諸々の恩寵(おんちょう)を得ています.私たちは彼らに従わなければなりません.
SL Our leader has graces of state. We must obey.


HL (元教皇)パウロ6世は裏切るべく諸々の恩寵を授(さず)かったのですか?
HL Was Paul the Sixth given graces to betray?


SL ローマはいま弱い状態です.ということは私たちが強くとどまれることを意味します.
SL Rome is now weak, meaning, we could stay strong.


HL ローマは正しいことに弱いだけです.間違ったことには強くなります.
HL For right, Rome’s feeble. Mighty it is for wrong.


SL もしあなたがいつも正しいとすれば,答えはどのようなものになりますか?
どうすれば教会を難局から救いだせるのでしょうか?
SL So what’s the answer, if you’re always right?
How can the Church be rescued from its plight?


HL 教会は神のものです.神が喜ばれるとき
私たちは神の下される美しい崇高(すうこう)な御答えを目にするでしょう.
HL The Church belongs to God. In his good time
We’ll see his answer, stunning and sublime.


そのときまで私たちは嘆き悲しみ,正しさを渇望(かつぼう)し,信頼するのです.
私たちが教会の難局を癒(いや)すことなどできません.ただ耐えなければなりません.
Till then we grieve, and thirst for right, and trust.
That which we cannot cure, endure we must.


不滅の霊魂たちのために祈るあいだも
誤(あやま)り(=間違い)や過(あやま)ちを犯すことから身を遠ざけることです.
From error and the erring stay away,
Even while for their immortal souls we pray.


そして,聴(き)く者がたとえ少なくても神の真理を語ることです.
神の御助けは,すぐ傍(そば,=側)のドアほど近くにあるのです.
And tell God’s truth, however few will hear –
As close as the nearest door, his help is near.
                                                                    


英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教


*     *     *

(第1パラグラフの訳注)

スティコマイシア劇=DRAMATIC STICHOMYTHIA (原題)

*     *     *

2011年6月13日月曜日

多神教文学を読む

エレイソン・コメンツ 第203回 (2011年6月4日)

少し前に「エレイソン・コメンツ」(第188回)は宇宙の道徳の枠組みを理解するため多神教のギリシア人が書いたものを読むよう勧めました.これに驚(おどろ)いて眉(まゆ)をつり上げたカトリック信徒がいたかもしれません.なぜカトリック教作家の作品ではいけないのですか? と.だが,ギリシアの悲劇作家たちもカトリック教の博士たちと同じように人生,苦難,死という偉大な現実に直面し自問(じもん)したのです:-- なぜ私たちはこの地球上に生まれ,ただ苦しみ死んでいくのか,なぜ死によって愛する(ことを学んだ)すべてのものから切り離されてしまうのかと.この疑問は根本的で,苦悩に満ちたものとなり得ます.

これに対するカトリック教の答えは明快で完全です.すなわち,限りなく善良な神がおられ,その摂理( “Providence” )(マテオ10・29-31)(訳注後記)が与える苦難を私たちが正しく用いるなら,神は私たち一人ひとりに永遠の行く末を神のない地獄でなく神と共に天国で過ごす選択をするのに十分な生命,自由意志,時間を与えて下さるということです.古代ギリシア人の答えは不完全ですが,的外れなものではありません.彼らは御父なる神( “God the Father” )の代わりにゼウスという主神( “Father-God, Zeus” )を,神の摂理の代わりに運命の女神( “Fate” )(モイラ)を信じます.

さて,カトリック教徒にとって神と神の摂理は不可分であるのに対し,古代ギリシア人はゼウスを運命の女神と切り離すため,時には両者が相いれないことがあります.これはギリシア人が自分たちの神々についてあまりにも人間的な観念を抱くことから生じます.にもかかわらず,彼らは主神ゼウスが多かれ少なかれ宇宙を慈悲深く導くものであり,運命の女神は不可変のものであると考えます.これは真の神の内なる摂理(“Providence within the true God)(神学大全〈スンマ・テオロジエ・Summa Theologiae 〉第1部,第23問題・第8項;第116問題・第3項)(訳注後記)と同じ考え方であり,彼らの考え方は必ずしも間違っていません.むしろ,いかなる神への畏敬の念も全く持たず,風紀のかけらさえも否定しようとする多くの現代作家たちに比べれば,ギリシア人たちの方がはるかに自分たちの神々とそれらに守られた風紀を重んじています.

だが古代ギリシア人作家たちはカトリック教作家たちさえしのぐ強みをひとつ持っています.彼らは諸々の偉大なる真理を述べるとき,それを - あえて言うならいわゆる - カテキズム(問答体の書物)からでなく,赤裸々な人生から引き出します.同じことは,教会が教える諸々の真理について非カトリック教が与えるいかなる証言にも当てはまります.今日のタルムード(訳注後記)を信じるユダヤ人が,まさにイエズス・キリストを受け入れないが故に,初めから終わりまで私たちの主(イエズス・キリスト)について語る旧約聖書のヘブライ語版を礼拝堂で用心深く守ることでキリストに特別の証言を与えるように,古代ギリシア人は世界の道徳的秩序を行動で示すに当たって,カテキズムに頼らず,神とその摂理に特別の証言を与えます.この方法で,ギリシア人は大自然の真理がそれを信じる者にとって身近なものになるだけでなく,正しく理解さえすれば,それが万人の生活構造の中に根付くものであることを立証しています.

もうひとつ古代ギリシア人の持つ強みは,彼らがキリスト以前に生まれているだけに,中世以降のキリスト教世界に出現した敬虔な作家たちさえも多かれ少なかれ傷つける背教のかけらさえ持ち合わせていないということです.彼ら古代人たちは,今では取り戻しようのない純真さと新鮮さをもって大自然の真理を語っています.現代では水があまりにも濁りきっています.

実を言えば,古代ギリシア作家たちが書いた原稿の存続を確かなものにしたのは中世カトリック教会のいくつかの男子修道院でした.現代では,それらをリベラル(自由主義者)と称する新野蛮人たち( “the new barbarians” )から救うため真のカトリック教会に期待をかけましょう! 今日,リベラル派のいう「学問」がはびこるところではどこでも,古代ギリシア人たちの残した古典はすべてゴミ屑(くず)にされてしまいます.

キリエ・エレイソン.

英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教


* * *

第2パラグラフの訳注:

新約聖書・マテオによる聖福音書:第10章29-31節

『二羽のすずめは一*アサリオンで売っているではないか.しかもその一羽さえ,天の父のゆるしがなければ地に落ちぬ.あなたたちは頭の髪の毛までもすべて数えられている.恐れることはない.あなたたちは多くのすずめよりも値打がある.』
(キリストのみことば)

(注釈)

*ローマの最低貨幣の一つ.

* * *

第3パラグラフの訳注:

原文 “(Summa Ia, 23, 8; 116,3)”

神学大全」 “Summa Theologiae” について.
(著者…聖トマス・アクィナス〈アクィノ(南イタリア)の聖トマス〉( Sanctus Thomas Aquinas 〈ラ〉, San Tommaso d'Aquino 〈伊〉).カトリック教会・ドミニコ修道会会員,教会博士.)

第1部

・第23問題…「予定」について “De prædestinatione” (英語 “Predestination” )
第8項…「予定」(神の摂理による)とそれに対する聖徒たちの祈りによる助力の効果についての問答.

・第116問題…「運命(宿命)」について “De fato” (英語 “Fate” )
第3項…「運命(宿命)は変えられないものか」についての問答.

* * *

第4パラグラフの訳注:

「タルムード」について

・ヘブライ語で教訓,教義の意.前2世紀から5世紀までのユダヤ教ラビたちがおもにモーセの律法を中心に行なった口伝,解説を集成したもので,ユダヤ教においては旧約聖書に続く聖典とされる.
・多くの編集が行なわれたが,現在では4世紀末の『パレスチナ・タルムード』と5世紀末の『バビロニア・タルムード』が残っている.
・ラビの口伝を収録する「ミシュナ」(反復(はんぷく)の意)およびそれへの注解,解説を集めた「ゲマラ」(「補遺(ほい)」の意)の2部より構成され,前者はヘブライ語,後者は当時の口語であるアラム語で書かれている.「ミシュナ」の部分は両タルムードとも同一で,「ゲマラ」の部分だけ異なっている.
・ユダヤ教における法律,社会的慣習,医学,天文学から詩,説話にいたるまで社会百般に及ぶ口伝,解説を収め,歴史的にもユダヤ精神,ユダヤ文化の精華(せいか)であり,その生活の規範となり創造力の根源となっている.
(ブリタニカ国際大百科事典より)

* * *