ラベル フリーメーソン的自由主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル フリーメーソン的自由主義 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2015年8月29日土曜日

424 執拗なローマ人たち 8/29

解説付

エレイソン・コメンツ 第424回 (2015年8月29日) 

読者の皆さん,予告ヒントを読み取り,
其の時が来る迄お待ち下さい ―
(どくしゃの みなさん,よこく ひんと を よみ とり,
そのときが くるまで おまち ください ―)

( "Readers, wait for it, take an advance hint – " )

合意が出て来たら,其の細部をお読み下さい!
(ごういが でて きたら,その さいぶを およみ ください!)
( "When the agreement comes, read the fine print ! " )

聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" 以下,"SSPX" と記す)から出て来た噂から判断すると(せいぴお じゅっせい かい から でて きた うわさ から はんだん すると),ローマ(羅馬)教皇庁が同会と一定の合意に達するのを望んで居るのでは無いか(ろーま きょうこう ちょうが どうかいと いっていの ごういに たっする のを のぞんでいる のでは ないか)という(言う・云う・謂う)エレイソン・コメンツの憶測(8月22日付 EC 第423回参照)は如何やら当たっていた様です(と いう えれいそん・こめんつの おくそく〈はちがつ にじゅうに にち づけ えれいそん・こめんつ だい よんひゃく にじゅうさん かい さんしょう〉はどうやらあたっていたようです)( "Rumours coming from the Society of St Pius X seem to confirm the speculation of these “Comments” last week (see EC 423 of Aug. 22) that Rome wants an agreement with the SSPX." ).此の噂に依る(依拠)と,8月初めに秘密の会合が開かれ(このうわさによると,はちがつはじめにひみつのかいごうがひらかれ),其処(其所)で SSPX 指導者達が財政問題と「教理に関する前文」を話し合ったというのです(そこで せいぴお じゅっせい かい しどうしゃ たちが ざいせい もんだいと「きょうりに かんする ぜんぶん」を はなしあった という のです)( "The rumours tell of a secret meeting held at the beginning of this month where SSPX leaders discussed finances and a “doctrinal preamble”." ).其の前文はミュラー枢機卿が8月3日に述べた物と同じ内容だったのでしょうか?(その ぜんぶんは みゅらー すうき きょうが はちがつ みっかに のべた ものと おなじ ないよう だった のでしょう か?)( "Was it the same preamble mentioned by Cardinal Müller on August 3 ? " )ローマ教皇庁が SSPX 署名用に草案を書いたのでしょうか?(ろーま きょうこう ちょうが せいぴお じゅっせい かい しょめい ように そうあんを かいた ので しょうか?)( "Drawn up by Rome for the SSPX to sign ? " )ミュラー枢機卿は此の前文が両者間の如何なる合意に取って必要な物となる(成る)だろうと述べました(みゅらー すうききょうは この ぜんぶんが りょうしゃ かんの いかなる ごういに とっても ひつような ものと なる だろうと のべ ました)( "The Cardinal said that that would be necessary for any agreement, …" ).一方で,シュナイダー司教は此の点につ(就)いて,第二バチカン公会議は最早単なる「牧歌的な物( pastoral )」とな(成・為)っているので,教理上の問題は起きないとの見方でした(いっぽうで,しゅないだー しきょうは この てんに ついて,だいに ばちかん こうかいぎは もはや たんなる「ぼっかてきなもの」と なって いる ので,きょうり じょうの もんだいは おきない との みかた でした)( "while Bishop Schneider saw no doctrinal problem because Vatican II was merely “pastoral”. " ).噂の当否は別に為て,変わる事の無い基本に就いて振り返って考えて見ましょう(うわさの とうひは べつに して,かわる ことの ない きほんに ついて ふりかえって みましょう)( "But let us recall why the Cardinal was the more realistic of the two." ).

第二バチカン公会議が出した16の公式文書は神,生命及び人間に就いての新しいビジョンと人間中心の現代社会に同調する新しい宗教像を提示しています(だいに ばちかん こうかいぎが だした じゅうろくの こうしき ぶんしょは かみ,せいめい,および にんげん についての あたらしい びじょんと にんげん ちゅうしんの げんだい しゃかいに どうちょう する あたらしい しゅうきょう ぞうを ていじ して います)( "The 16 official documents of the Second Vatican Council present together a new vision of God, life and man, a new religion in tune with the man-centred modern world, …" ).此の新宗教は1900年以上もの間本質的に変わって居ない神中心の公教(=カトリック教)と真正面から対立する(為る)物です(この しん しゅうきょうは せん きゅうひゃく ねん いじょう もの あいだ ほんしつ てきに かわって いない かみ ちゅうしんの こう きょう〈=かとりっく きょう〉 とまっしょうめん から たいりつ する もの です)( "… but clashing with the God-centred Catholic religion that had not changed essentially for over 1900 years." ).二つの宗教はともに神,生命,人間に就いて其々(其其)のビジョンを説いて居ます(ふたつの しゅうきょうは ともに かみ,せいめい,にんげん について それぞれの びじょんを といて います)( "Both religions teach their vision of God, life and man, …" ).双方とも教理ですが,二つの教理は対立為る物です(そうほう とも きょうり ですが,ふたつの きょうりは たいりつ するもの です)( "… both are doctrinal, but the two doctrines clash." ).然し,巧妙な曖昧さに依(拠・因)り - 曖昧さは16文書の特徴です - 公会議派の司祭達は両者間に何等対立点は無いと説得されて来ました(しかし,こうみょうな あいまいさ により - あいまいさ は じゅうろく ぶんしょの とくちょう です - こうかいぎは の しさい たちは りょうしゃ かんに なんら たいりつ てんは ないと せっとく されて きました)( "However, by skilful ambiguities – ambiguity is the hallmark of the 16 documents – the Council Fathers were persuaded that there was no clash, …" ).従って,司祭達が16文書に賛成票を投じた時,世界中の公教徒(=カトリック教徒)は三つの理由から新宗教に従いました(したがって,しさい たちが じゅうろく ぶんしょに さんせい ひょうを とうじた とき,せかい じゅうの こうきょうと〈かとりっく きょうと〉は みっつの りゆうから しん しゅうきょうに したがい ました)( "… and so when they voted in favour of the documents, there were three reasons why Catholics worldwide went along with the new religion: …" ).一つは新宗教と真の信仰との対立が巧妙に偽装された事(ひとつは しん しゅうきょうと まことの しんこう との たいりつが こうみょうに ぎそう された こと)( "… its clash with the true Faith was skilfully disguised, …" ),二つ目は教皇以下殆んど(殆ど)あらゆる教会当局者達が新宗教を公教徒(=カトリック教徒)に押し付けた事(ふたつめは きょうこう いか ほとんど あらゆる きょうかい とうきょく たち が しん しゅうきょうを こう きょう と〈かとりっく きょうと〉に おしつけた こと)( "… it was imposed on Catholics by almost all Church authorities from the Popes downwards, …" ),三つ目は新宗教が公会議以前の宗教より実践し易かった事です(みっつめは しん しゅうきょうが こうかいぎ いぜんの しゅうきょう より じっせん しやすかった こと です)( "… and it was rather easier to practise than the pre-Conciliar religion." ).

然し,神は一人の本物の牧者,ルフェーブル大司教を遣わされました(しかし,かみは ひとりの ほんものの ぼくしゃ,るふぇーぶる だいしきょうを つかわされ ました)( "But God raised one true shepherd, Archbishop Lefebvre, …" ).彼は二つの宗教の間に教理上の対立が有ると主張し(かれは ふたつの しゅうきょうの あいだに きょうり じょうの たいりつが あると しゅちょうし)( "… to insist on the doctrinal clash, " ),不誠実な教会当局者達( "the unfaithful Church authorities" )に立ち向かい(ふせいじつな きょうかい とうきょく しゃ たち に たちむかい)( "… to stand up to the unfaithful Church authorities, …" ),敢えて(敢て)望む信徒達の為に公会議以前の宗教を実践し続けました(あえて のぞむ しんと たちの ために こうかいぎ いぜんの しゅうきょうを じっせん しつづけ ました)( "… and to continue the practice of the pre-Conciliar religion for any souls wishing to take the trouble." ).此の様な信徒の数は大司教が1991年に亡くなるまで増え続け,彼が率いた SSPX は全世界に広まりました(このような しんとの かずは だいしきょうが せん きゅうひゃく きゅうじゅう いち ねんに なくなる まで ふえ つづけ,かれが ひきいた せいぴお じゅっせい かいは ぜんせかいに ひろまり ました)( "And these were enough in number for the Archbishop's Society to have spread all over the world by the time he died in 1991." ).だが,大司教の後継者として SSPX 指導者に為った人達は(だが,だいしきょうの こうけいしゃ として せいぴお じゅっせい かい しどうしゃと なった ひと たちは)( "But his successors at the head of his Society …" )第二次世界大戦後に生まれ,第一次世界大戦前に生まれた大司教とは全く違う世界で育ちました(だいにじ せかい たいせん ご に うまれ,だいいちじ せかい たいせん まえ に うまれた だいしきょう とは まったく ちがう せかいで そだち ました)( "… were born after World War II into a very different world from that of the Archbishop, born before World War I." ).彼等は世界や教理に就いて大司教とは異なった見方をしました(かれらは せかいや きょうりに ついて だいしきょう とは ことなった みかたを しました)( "They did not see the world or doctrine as he saw them, …" ).従って,彼等は当時未だ公会議派が教会規律を緩める事等(抔)望んで居ませんでしたが(したがって,かれらは とうじ まだ こうかいぎは が きょうかい きりつを ゆるめる こと など のぞんで いません でしたが)( "… even if they were not yet themselves wanting the Conciliar relaxation of Church discipline" )(今では,益々〈益益〉多くの伝統派の人達が其れを望む様に為って居ます)(〈いまでは,ますます おおくの でんとうは の ひと たちが それを のぞむ ように なって います〉)( "… (wanted now by more and more Traditionalists) ." ),ルフェーブル大司教が教会当局者達に立ち向わざるを得ないと感じた様な動機は持って居ませんでした(るふぇーぶるだいしきょうが きょうかい とうきょくしゃ たち に たち むかわ ざるを えないと かんじた ような どうきは もって いません でした)( "… so they had not the same motivation as he had to go on standing up to the Church authorities, …" ).ローマ教皇庁の磁石が其の吸引力を発揮し始めるのは時間の問題でした(ろーま きょうこう ちょうの じしゃくが その きゅういん りょくを はっき しはじめる のは じかんの もんだい でした)( "It was simply a matter of time before the magnetism of Rome would exert its pull." ).

ローマ教皇庁の人達は如何かと言えば(ろーま きょうこう ちょうの ひと たちは どうか と いえば),彼等は公会議後の新宗教に固執しました(かれらは こうかいぎ ご の しん しゅうきょうに こしつ しました)( "As for the Romans, they were obdurate in their new Conciliar religion, …" ).従って,彼等は2000年以降,SSPXに拠る(依る)あらゆるアプローチを公然と歓迎しました(したがって,かれらは にせんねん いこう,せいぴお じゅっせい かいに よる あらゆる あぷろーちを こうぜんと かんげい しました)( "… and so from 2000 onwards they openly welcomed all approaches being made by the SSPX, …" ) .何故なら, SSPX の教理 "doctrine" と不変の公教(=カトリック教)実践は(なぜなら,せいぴお じゅっせい かいの きょうりと ふへんの こうきょう〈=かとりっくきょう〉じっせんは)( "… because its doctrine and practice of unchanged Catholicism …" )彼等のフリーメーソン的新機軸に取って障害で有り脅威だったからです(かれらの ふりーめーそん てき しんきじくに とって しょうがい であり きょうい だった から です)( "…were a standing rebuke to their Freemasonic novelties, and a constant threat to them, …" ).其れは,上手く運んだ侵攻作戦の背後に残って戦い続ける孤立した敵兵の様な物でした(それは,うまく はこんだ しんこう さくせんの はいごに のこって たたかい つづける こりつ した てきへいの ような もの でした)( "… like an unconquered pocket of the enemy in the rear of an otherwise all-successful invasion." ).今,ローマ(羅馬)人達は SSPX を新教会に吸収したいと望んで居ますし(いま,ろーま じん たちは せいぴお じゅっせい かいを しん きょうかいに きゅうしゅう したいと のぞんで いますし)( "Therefore as the Romans want to absorb the SSPX into their Newchurch, …" ), SSPX の現指導者達はローマ正式教会の支配下に戻りたいと願って居ます(せいぴお じゅっせい かいの しどうしゃ たちは ろーま せいしき きょうかいの しはいかに もどりたいと ねがって います)( "… so the SSPX's present leaders want to put themselves back under Rome's official Church authority." ).其れは地獄での結婚の様な物です(それは じごく での けっこん の ような もの です)( "It is a marriage made in Hell, …" ).シュナイダー司教の様な心優しい新教会人達は,此れに何の問題も無いと考えて居ます(しゅないだー しきょうの ような こころ やさしい しん きょうかい じん たちは,これに なんの もんだいも ないと かんがえて います)( "… and sweet Newchurchmen like Bishop Schneider can see no problem, …" ).何故なら,彼等は両者間に根本的な教理上の対立等(抔)無い,或いは,有るとしても見たく無いと思って居るからです(なぜなら,かれらは りょうしゃ かんに こんぽん てきな きょうり じょうの たいりつ など ない,あるいは,あると しても みたくないと おもって いる から です)( "… because they have not seen, or have not wanted to see, the underlying clash of basic doctrine." ).

そう言う(謂う・云う)訳で,此の問題に就いてはミュラー枢機卿の方が正しい訳です(そういう わけで,この もんだいに ついては みゅらー すうききょうの ほうが ただしい わけ です)( "So Cardinal Müller is right in this respect. " ).若し,ミュラー枢機卿とシュナイダー司教が神,生命,人間について異なるビジョンを持って居ると為れば(もし,みゅらー すうききょうと しゅないだー しきょうが かみ,せいめい,にんげんに ついて ことなる びじょんを もっていると すれば),二人の間の意見一致は単なる見かけだけの物でしょう(ふたりの あいだの いけん いっちは たんなる みかけ だけの もの でしょう)( "If two men have different visions of God, life and man, any agreement between them can only be relatively superficial." ).従って, SSPX が教義 "dogma" を放棄するか(せいぴお じゅっせい かいが きょうぎを ほうき するか),或いは,あらゆる教義はドロドロのお粥 "mush" の様な物だと為るメーソン式超教義( "super-dogma" )を受け入れ公教(=カトリック教)の全ての教義( "all Catholic dogma" )を台無しに為る様仕向けられ無くても(あるいは,あらゆる きょうぎは どろどろの おかゆの ような ものだ とする めーそん しき ちょう きょうぎを うけいれ こうきょう〈かとりっく きょう〉の すべての きょうぎを だいなしに する よう しむけられ なくても), SSPX はローマ教皇庁の壁の中でトロイの馬の様に振る舞う事に為るでしょう(せいぴお じゅっせい かいは ろーま きょうこう ちょうの かべの なかで とろいの うまの ように ふるまう ことに なる でしょう)( "So if the SSPX cannot be brought to abandon dogma, or rather to undermine all Catholic dogma with the Masonic super-dogma that all dogma is mush, then the SSPX is bound to act within the walls of Rome like a Trojan horse." ).ミュラー枢機卿が前文が必要だと主張為るのは此の為です(みゅらー すうききょうが ぜんぶんが ひつよう だと しゅちょう する のは このため です)( "That is why the Cardinal will insist on a preamble, …" ).其の前文をローマが書いたのか SSPX が書いたのかは然して重要な事では有りません(その ぜんぶんを ろーまが かいた のか せいぴお じゅっせい かいが かいた のかは さして じゅうような こと では ありません)( "… whether written by Rome or by the SSPX is of no importance, …" ).伝統派の多くが,第二バチカン公会議後の公教徒(=カトリック教徒)の多くと同じ様に(でんとうは の おおくが,だいに ばちかん こうかいぎ ご の かとりっく きょうとの おおくと おなじ ように)( "… so long as the mass of Traditionalists, just like the mass of Catholics after Vatican II, …" ),教理の曖昧さに騙される様に為りさえ〈語源は「添え」〉為ればいい(好い・良い・善い)訳です(きょうりの あいまいさに だまされる ように なり さえ すれば いい わけです)( "… will let themselves be deceived by the doctrinal ambiguities." ).其の曖昧さは見事な物と為るでしょう(その あいまいさ は みごとな ものと なる でしょう)( "Brilliant these will be." ).

キリエ・エレイソン.

リチャード・ウィリアムソン司教




* * *
本投稿記事・第424回エレイソン・コメンツ「執拗なローマ人たち」 "RELENTLESS ROMANS"( 2015年8月29日付)の解説付邦訳文は2015年9月11日23時50分に掲載されました.
* * *


解説無し


エレイソン・コメンツ 第424回 (2015年8月29日)

読者の皆さん,予告ヒントを読み取り,
その時が来るまでお待ちください ―
合意が出てきたら,
その細部をお読みください!
Readers, wait for it, take an advance hint –
When the agreement comes, read the fine print !

聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" 以下,"SSPX" と記す)から出てきた噂から判断すると,ローマ教皇庁が同会と一定の合意に達するのを望んでいるのではないかというエレイソン・コメンツの憶測(8月22日付 EC 第423回参照)はどうやら当たっていたようです.この噂によると,8月初めに秘密の会合が開かれ,そこで SSPX 指導者たちが財政問題と「教理に関する前文 “doctrinal preamble” 」を話し合ったというのです.その前文はミュラー枢機卿が8月3日に述べたものと同じ内容だったのでしょうか? ローマ教皇庁が SSPX 署名用に草案を書いたのでしょうか? ミュラー枢機卿はこの前文が両者間のいかなる合意にとっても必要なものとなるだろうと述べました.一方で,シュナイダー司教はこの点について,第二バチカン公会議はもはや単なる「牧歌的なもの( "pastoral" )」となっているので,教理の問題は起きないとの見方でした.噂の当否は別にして,変わることのない基本について振り返って考えてみましょう.
Rumours coming from the Society of St Pius X seem to confirm the speculation of these “Comments” last week (see EC 423 of Aug. 22) that Rome wants an agreement with the SSPX. The rumours tell of a secret meeting held at the beginning of this month where SSPX leaders discussed finances and a “doctrinal preamble”. Was it the same preamble mentioned by Cardinal Müller on August 3 ? Drawn up by Rome for the SSPX to sign ? The Cardinal said that that would be necessary for any agreement, while Bishop Schneider saw no doctrinal problem because Vatican II was merely “pastoral”. But let us recall why the Cardinal was the more realistic of the two.

第二バチカン公会議が出した16の公式文書は神,生命および人間についての新しいビジョンと人間中心の現代社会( "the man-centred modern world" )に同調する新しい宗教像を提示しています.この新宗教は1900年以上ものあいだ本質的に変わっていない神中心のカトリック教(=公教)( "the God-centred Catholic religion" )と真正面から対立するもの( "clashing" )です.二つの宗教はともに神,生命,人間についてそれぞれのビジョンを説いています.双方とも教理ですが,二つの教理は対立するものです.しかし,巧妙な曖昧さにより - 曖昧さは16文書の特徴です - 公会議派の司祭たちは両者間になんら対立点はないと説得されてきました.したがって,司祭たちが16文書に賛成票を投じたとき,世界中のカトリック教徒は三つの理由から新宗教に従いました.ひとつは新宗教と真の信仰との対立が巧妙に偽装されたこと,二つ目は教皇以下ほとんどあらゆる教会権力者たちが新宗教をカトリック教徒に押しつけたこと,三つ目は新宗教が公会議以前の宗教より実践しやすかったことです.
The 16 official documents of the Second Vatican Council present together a new vision of God, life and man, a new religion in tune with the man-centred modern world, but clashing with the God-centred Catholic religion that had not changed essentially for over 1900 years. Both religions teach their vision of God, life and man, both are doctrinal, but the two doctrines clash. However, by skilful ambiguities – ambiguity is the hallmark of the 16 documents – the Council Fathers were persuaded that there was no clash, and so when they voted in favour of the documents, there were three reasons why Catholics worldwide went along with the new religion: its clash with the true Faith was skilfully disguised, it was imposed on Catholics by almost all Church authorities from the Popes downwards, and it was rather easier to practise than the pre-Conciliar religion.

しかし,神はひとりの本物の牧者,ルフェーブル大司教を遣わされました.彼は二つの宗教の間に教理上の対立( "the doctrinal clash" )があると主張し,不誠実な教会当局者( "the unfaithful Church authorities" )たちに立ち向かい,あえて望む信徒たちのために公会議以前の宗教を実践し続けました.このような信徒の数は大司教が1991年に亡くなるまで増え続け,彼が率いた SSPX は全世界に広まりました.だが,大司教の後継者として SSPX 指導者になった人たちは第二次世界大戦後に生まれ,第一次世界大戦前に生まれた大司教とはまったく違う世界で育ちました.彼らは世界や教理について大司教とは異なった見方をしました.したがって,彼らは当時まだ公会議派が教会規律を緩めることなど望んでいませんでしたが(いまでは,ますます多くの伝統派の人たちがそれを望むようになっています),ルフェーブル大司教が教会当局者たちに立ち向わざるを得ないと感じたような動機は持っていませんでした.ローマ教皇庁の磁石がその吸引力を発揮し始めるのは時間の問題でした.
But God raised one true shepherd, Archbishop Lefebvre, to insist on the doctrinal clash, to stand up to the unfaithful Church authorities, and to continue the practice of the pre-Conciliar religion for any souls wishing to take the trouble. And these were enough in number for the Archbishop's Society to have spread all over the world by the time he died in 1991. But his successors at the head of his Society were born after World War II into a very different world from that of the Archbishop, born before World War I. They did not see the world or doctrine as he saw them, so they had not the same motivation as he had to go on standing up to the Church authorities, even if they were not yet themselves wanting the Conciliar relaxation of Church discipline (wanted now by more and more Traditionalists). It was simply a matter of time before the magnetism of Rome would exert its pull.

ローマ教皇庁の人たちはどうかと言えば,彼らは公会議後の新宗教に固執しました.したがって,彼らは2000年以降, SSPX によるあらゆるアプローチを公然と歓迎しました.なぜなら, SSPX の教理と不変のカトリック教実践は彼らのフリーメーソン的新機軸にとって障害であり脅威だったからです.それは,うまく運んだ侵攻作戦の背後に残って戦い続ける孤立した敵兵のようなものでした.いま,ローマ人たちは SSPX を新教会に吸収したいと望んでいますし, SSPX の現指導者たちはローマ正式教会の支配下に戻りたいと願っています.それは地獄での結婚のようなものです.シュナイダー司教のような心優しい新教会人たちは,これに何の問題もないと考えています.なぜなら,彼らは両者間に根本的な教理上の対立などない,あるいは,あるとしても見たくないとおもっているからです.
As for the Romans, they were obdurate in their new Conciliar religion, and so from 2000 onwards they openly welcomed all approaches being made by the SSPX, because its doctrine and practice of unchanged Catholicism were a standing rebuke to their Freemasonic novelties, and a constant threat to them, like an unconquered pocket of the enemy in the rear of an otherwise all-successful invasion. Therefore as the Romans want to absorb the SSPX into their Newchurch, so the SSPX's present leaders want to put themselves back under Rome's official Church authority. It is a marriage made in Hell, and sweet Newchurchmen like Bishop Schneider can see no problem, because they have not seen, or have not wanted to see, the underlying clash of basic doctrine.

そういうわけで,この問題についてはミュラー枢機卿の方が正しいわけです.もし,ミュラー枢機卿とシュナイダー司教が神,生命,人間について異なるビジョンを持っているとすれば,二人の間の意見一致は単なる見かけだけのものでしょう.したがって, SSPX が教義を放棄するか,あるいは,あらゆるカトリック教義( "all Catholic dogma" )はドロドロのお粥( "mush" )のようなものだとするメーソン式超教義( "the Masonic super-dogma" )を受け入れカトリック(公)教のすべての教義( "all Catholic dogma" )を台無しにするよう仕向けられなくても, SSPX はローマ教皇庁の壁の中でトロイの馬のように振る舞うことになるでしょう.ミュラー枢機卿が前文が必要だと主張するのはこのためです.その前文をローマが書いたのか SSPX が書いたのかはさして重要なことではありません.伝統派の多くが,第二バチカン公会議後のカトリック教徒の多くと同じように,教理の曖昧さに騙されるようになりさえすればいいわけです.その曖昧さは見事なものとなるでしょう.
So Cardinal Müller is right in this respect. If two men have different visions of God, life and man, any agreement between them can only be relatively superficial. So if the SSPX cannot be brought to abandon dogma, or rather to undermine all Catholic dogma with the Masonic super-dogma that all dogma is mush, then the SSPX is bound to act within the walls of Rome like a Trojan horse. That is why the Cardinal will insist on a preamble, whether written by Rome or by the SSPX is of no importance, so long as the mass of Traditionalists, just like the mass of Catholics after Vatican II, will let themselves be deceived by the doctrinal ambiguities. Brilliant these will be.

キリエ・エレイソン.

リチャード・ウィリアムソン司教


* * *





* * *
本投稿記事・第424回エレイソン・コメンツ「執拗なローマ人たち」 "RELENTLESS ROMANS"( 2015年8月29日付)は2015年9月07日23時50分に掲載されました.
* * *

2015年2月7日土曜日

395 新会の考え方 2/7

エレイソン・コメンツ 第395回 (2015年2月7日)

 (解説無し) 

フリューガー神父が話すとき,
私たちはなにに耳を向ければいいのでしょうか? 
公会議が人間のための宗教であることは明瞭です. 
When Father Pfluger speaks, what do we hear? 
The religion of man, the Council, loud and clear.

昨年末(2014年),聖ピオ10世新会( "the Newsociety of St Pius X=XSPX" )副総長ニクラウス・フリューガー神父( "Fr. Niklaus Pfluger" )は同会がドイツで発行している雑誌( "Der Gerade Weg" )とのインタビューで,教会,伝統、「抵抗運動」,XSPX など広範囲にわたる7つの質問に答えました.彼の重要な地位を考えれば,私たちはその考え方にまったく関心がないなどとは言えません.以下にその発言要旨をご紹介し,その後で主な欠陥を指摘します.
Towards the end of last year, the second-in-command of the Newsociety of St Pius X, Fr. Niklaus Pfluger, gave an interview to a Newsociety magazine in Germany, Der Gerade Weg, in which he answered seven questions ranging over the Church, Tradition, the “Resistance” and the XSPX. Given his important position, his thinking cannot be without interest. Its main lines are presented here below, and then its main flaw.

「カトリック教会の幅は広く,単なる伝統派運動に比べるとはるかに幅広いものです.運動が1970年代に第二バチカン公会議革命により家を失ったカトリック教徒たちによる反抗として始まったことは理解できます。しかし、私たちが1950年代や1970年代の考え方にはまり込んだままで居続ける限り,伝統は魅力的で説得力あるものとはならないでしょう.カトリック教の伝統は大きな宝であり,19世紀,20世紀に定例化したような形で、単に近代主義、自由主義、フリーメーソンを糾弾するだけの範囲内にとどまるべきものではありません.聖ピオ十世会(SSPX)は1970年代,1980年代を通して,溺(おぼ)れる人々のための救命ボートの役目を果たしましたが,2014年には『私たちの時代は変わり,なにもしないでじっとしていられなく』なったのです.教会の伝統は一つですが,いわゆる伝統は何種類もあります.近代的なものの多くが必ずしも非道徳的とは限りません.」
The Catholic Church is broad, much broader than just the Traditional movement. This movement began in the 1970’s as an understandable reaction of Catholics rendered homeless by the Conciliar revolution, but we will never make Tradition attractive or convincing if we remain mentally stuck in the 1950’s or 1970’s. Catholic Tradition is a vast treasure, not to be confined within the condemnations, which were routine in the 19th and 20th centuries, of modernism, liberalism and Freemasonry. In the 1970’s and 1980’s the SSPX did act as a lifeboat for souls drowning, but in 2014 “our time is different, we cannot stand still.” Church Tradition is one, but traditions are many, and much that is modern is not immoral.

「したがって,『私たちは絶えず自らの立ち位置を変えなければなりません.』 その位置は,教会内に近代主義の危機などまったく存在しないという考え方と,『抵抗運動』がやっているように教会の現実を否定する考え方の間のどこか適当なところになるでしょう.運動に携わる人々は(立ち位置を変えるという)単なる実務的問題を信仰の問題にすり替えています.だが,彼らの言う『信仰』は自分たちが造りだしたもので,主観的,個人的であり,極端な場合は現実の否定です.ローマ教皇庁はカトリック教でないなどとどうして言えるのでしょうか?フェレー司教はナンバーワンの敵だなどとどうして言えるのでしょうか?馬鹿げています!『抵抗運動』は派閥的で,狭量で,悪意に満ちており,不和を生じさせる存在です.」
So “we must continually re-position ourselves,” somewhere between denying that there is any crisis of modernism at all in the Church, and denying Church reality, as does the “Resistance.” They turn a purely practical problem of re-positioning into a question of faith, but that “faith” is a fabrication of their own, subjective, personal and in extreme denial of reality — how can Rome not be Catholic? How can Bishop Fellay be Enemy Number One? Ridiculous! The “Resistance” is sectarian, narrow-minded, evil-spirited and divisive.

「2012年に SSPX 本部( "SSPXHQ " )が伝統派を裏切ったということについて言えば,本部の取った行動は双方から攻撃されたのですから,本部は妥当な節度をもって行動したと言えるでしょう.本部が出した文書は独断的なものでなく,単に状況に対応しただけでした.文書が2006年の SSPX 総会決定から逸脱したのは事実です.だが,2006年時点でローマ教皇庁が SSPX に対する攻撃的な態度を2012年までに弱めるとだれが想像できたでしょうか?事実,2014年には,私たちの3名の司教全員がルルドのバシリカ聖堂でおこなわれた諸諸の公式ミサ聖祭を祝うことができたのです!」
As for SSPXHQ having betrayed Tradition in 2012, its actions were attacked from both sides, so it acted with reasonable moderation. Its texts were not dogmatic, just responding to circumstances. It did depart from General Chapter decisions of 2006, but who back then could imagine how much less aggressive towards the SSPX Rome would become by 2012? In 2014 our three bishops could all celebrate public Masses in the Basilica of Lourdes!

「要するに, SSPX は聖霊を信奉していますし(=神なる聖霊〈 "the Spirit" 〉に従いますし),真の伝統 "Tradition" を重んじています.SSPX は(伝統的な)典礼(the liturgy)を(ルフェーブル大司教のお蔭で)残しました. SSPX は独占的なものではなく,見た目ほど分裂しているわけでもなく,敗(ま)けて打ちひしがれているわけでもありません.真の教会内部の嵐は今後も確かに続くでしょう.だが,諸諸の陰謀説とか(新約聖書の聖ヨハネ黙示録に預言されているような)黙示録信仰すなわち世界の大惨事・破局・終末論信仰( "Apocalyptism" )など反対!信仰,希望,新たな若者たち賛成!で進みましょう」(ドイツ語原文およびフランス語訳文は "francefidele.org",英語訳文は "abplefebvfreforums" もしくは "cathinfo.com" をご覧ください.)
In brief, the SSPX follows the Spirit, It draws on Tradition. It saved the liturgy (thanks to Archbishop Lefebvre). It is neither monopolistic, nor as disunited or defeated as it may seem. Storms in the Church do continue, but down with conspiracy theories and Apocalypticism, and up with faith, hope and a new youth! (See francefidele.org for the original in German, and a French translation; see abplefebvreforums or cathinfo.com for an English translation)

では,フリューガー神父の考え方のどこが欠陥なのでしょうか?もっとも問題なのは最初の一節です.彼はここで「真の伝統 "Tradition" は『近代主義,自由主義,フリーメーソンに対する19世紀,20世紀的な糾弾』 の枠外でうまくやっていける」と示唆しています.同神父にとっては,あらゆる自由主義者と同じように,そうした糾弾はカトリック信仰に不可欠のものではなく,単に「実体的な投錨地」( substantial anchorages =ラッツィンガー枢機卿自身の表現)にすぎず,教会という船が時代が変わり,新しい状況に対応できなくなったらいつでも離れられるものだというのでしょう.したがって,仮にフリューガー神父がルフェーブル大司教( "Archbishop Lefebvre" ),教皇ピオ9世( "Pius IX" ),教皇聖ピオ10世( "St Pius X" ),教皇ピオ12世( "Pius XII" )ら諸教皇と異なる信仰を持っていないとしても,信仰についての概念が異なっているに違いありません.その異なった概念は引用したインタビュー記事に出てくる彼のあらゆる発言ににじみ出ています.
So where is the flaw in Fr Pfluger’s thinking? It is most clearly seen in the first paragraph above, where he suggests that Tradition can thrive outside of the “19th and 20th century condemnations of modernism, liberalism and Freemasonry.” For Fr Pfluger, as for all liberals, these condemnations are not integral to the Catholic Faith but merely “substantial anchorages” (Cardinal Ratzinger’s own expression), which in a different age the ship of the Church can leave behind, as corresponding no longer to the different circumstances. Therefore if Fr Pfluger does not have a different faith from that of Archbishop Lefebvre, Pius IX, St Pius X, Pius XII, etc., he certainly has a different concept of that Faith, and that different concept underlies all his remarks in the interview quoted.

こうしてみると,問題は単なる「実務的な立ち位置の変更」よりもっと大きなものです.現在のローマ教皇庁はまさしくカトリック教ではありません.フェレー司教は大いに問題です.2006年総会は独断的なところがありました.伝統は人間にとって魅力的にすべきものではなく,神にとって忠実たるべきものです(このことはインタビューでわずか一回しか触れていません).「抵抗運動」はけっして自分たち固有の「信仰」を造りだそうとしているものではありません.指摘すべき欠陥はまだまだあります.
Thus the problem is much more than just “practical re-positioning.” Today’s Rome is indeed not Catholic. Bishop Fellay is a huge problem. The 2006 General Chapter was implicitly dogmatic. Tradition is not to be made attractive to men, but true to God (mentioned only once, passingly, in the interview). The “Resistance” is far from creating its own “faith.” And so on and so on.

キリエ・エレイソン.
Kyrie eleison.

リチャード・ウィリアムソン司教




* * *
解説付版を追補いたします.
* * *







* * *
本投稿記事・第395回エレイソン・コメンツ「新会の考え方」(2015年2月7日付)/ELEISON COMMENTS CCCXCV (Feb. 7, 2015) : "NEWSOCIETY THINKING(解説無し)は2016年7月2日午前07時00分に掲載されました.
* * *

2014年4月12日土曜日

352 フランス旅行 4/12

エレイソン・コメンツ 第352回 (2014年4月12日)

     再び朗報(ふたたび ろうほう)をお届(とど)けします( "Good news again, …" ).今回(こんかい)はフランスからです( "… this time from France, …" ).今度(こんど)も分量(ぶんりょう)こそ少(すく)ないながら質の高い朗報(しつの たかい ろうほう)です( "… once more small in quantity but high in quality. " ).少数の(=一握りの〈ひとにぎりの〉,わずかの)善良な司祭(しょうすうの ぜんりょうな しさい)たちが共に集い(ともに つどい)( "A handful of good priests are gathering together…" ),信仰(しんこう)がルフェーブル大司教(るふぇーぶる だいしきょう)の示された方針に沿って守られる(しめされた ほうしんに そって まもられる)よう行動を起こして(こうどうを おこして)います( "… and taking action to make sure that the Faith will continue to be defended along the lines laid down by Archbishop Lefebvre, …" ).つまり,極右からの教皇空位論(きょくう からの きょうこう くういろん)と上からの公会議主義(うえからの こうかいぎ しゅぎ)との(=意訳・教皇空位主義の攻撃を右側から公会議主義の攻撃を ―― 〈左側ではなく〉上側から迎〈むか〉えその)隙間を縫って進む(すきまを ぬって すすむ)ということです( "… steering between sedevacantism on the right and conciliarism -- from above." ).会員を置き去り(かいいんを おきざり)にする聖ピオ十世会(せい ぴお じゅっせい かい)( SSPX )本部(ほんぶ)は好(す)きなようにさせておき( "SSPX HQ will be left to bury its followers, …" ),残(のこ)りの幸運な司祭(こううんな しさい)たちは迫害の迫撃を受ける(はくがいの はくげきを うける)次の段階に備えて(つぎの だんかいに そなえて)真の宗教(まことの しゅうきょう)で自らの立場(みずからの たちば)を強くする努力(つよくする どりょく)を続(つづ)けています( "… while a remainder of happy priests will continue to fortify themselves with the true religion for the next stage in their persecution." ).

     これは私(わたくし)が昨年秋(さくねん あき)から4回(よんかい)にわたり説教(せっきょう)のために訪(おとず)れたフランス国内各地(ふらんす こくない かくち)の施設(しせつ)で観察した状況(かんさつした じょうきょう)です( "This is what I observed on a fourth lecture tour since last autumn of centres in France …" ).どの施設(しせつ)でも,一般信徒(いっぱん しんと)たちはピオ6世(1717-1799年)からピオ12世(1876-1958年)までの間(あいだ)の歴代(れきだい)カトリック教教皇(かとりっく きょう きょうこう)が説(と)いた反自由主義教理(はん じゆうしゅぎ きょうり)に関心を示して(かんしんを しめして)います( "… where the laity are interested in the anti-liberal doctrine of the Catholic Popes between Pius VI (1717-1799) and Pius XII (1876-1958)." ).この教理はとくに新(あたら)しいものではなく,この1世紀半の期間(いっせいきはんの きかん)の初めの頃(はじめの ころ)でさえ詳しく説かれて(くわしく とかれて)いたものでした( "That doctrine was not new, even at the beginning of the century and a half over which it was elaborated." ).教会が絶えず教えて(きょうかいが たえず おしえて)きたことの中で,特定の部分(とくていの ぶぶん)に注目を新たに(ちゅうもくを あらたに)する必要が生じた(ひつようが しょうじた)のは( "It was merely that particular part of the Church's timeless teaching which needed to be refreshed from the moment …" ),15世紀に及ぶ(じゅうごせいきに およぶ)キリスト教の社会秩序(きりすと きょうの しゃかい ちつじょ)が1789年のフランス革命(ふらんす かくめい)により破壊(はかい)され奪い去られた瞬間(うばい さられた しゅんかん)からでした( "… when the Christian social order of 15 centuries was undermined and supplanted by the French Revolution of 1789. " ).

     フランス革命はフリーメーソン的自由主義(ふりーめーそんてき じゆうしゅぎ)が教会の玉座(きょうかいの ぎょくざ)(訳注1)と祭壇(きょうかいの ぎょくざと さいだん)をその地位から引きずりおろし転覆させようと狙って神に戦いを挑んだ(ちい から ひきずりおろし てんぷく させようと ねらって かみに たたかいを いどんだ)ものでした( "That Revolution was Freemasonic liberalism making war on God by seeking to overthrow throne and altar." ).

     それ以来(いらい),神の公教(=カトリック教)の諸々の玉座(かとりっく きょうの もろもろの ぎょくざ)は「民主主義( "democracy" )」(みんしゅ しゅぎ)により事実上覆(じじつじょう くつがえ)され( "Since then the Catholic thrones have been virtually overthrown by "democracy", …" ),諸カトリック教会の諸々の祭壇(しょ かとりっく きょうかいの もろもろの さいだん)は第二バチカン公会議(だいに ばちかん こうかいぎ)( "Vatican II" )で公会議が人間の宗教(にんげんの しゅうきょう)に転向(てんこう)したことにより事実上壊された(じじつじょう こわされた)ままになってきました( "… while the Catholic altars were virtually overthrown at Vatican II by that Council's conversion to the religion of man. " ).だが,神の宗教に忠実な(かみの しゅうきょうに ちゅうじつな)ルフェーブル大司教は( "Archbishop Lefebvre however, cleaving to the religion of God, …" ),自分(じぶん)の弟子(でし)たちが自由主義世界の中(じゆうしゅぎ せかいの なか)でカトリック教の立場(たちば)をどう守(まも)るかを知(し)るため教会の反革命的教理(きょうかいの はんかくめいてき きょうり)を完全に理解(かんぜんに りかい)するよう望(のぞ)まれました( "… wished that his seminarians would be thoroughly familiar with the Church's anti-Revolutionary doctrine in order to know how to take their Catholic stand in the midst of a liberal world. " ).大司教の設立(せつりつ)した SSPX が巧(たく)みに新社会(しん しゃかい)( "the Newsociety" )に変えられる様子(かえられる ようす)を理解(りかい)する一般信徒(いっぱん しんと)たちが( "It follows that Catholic lay-folk who can see how the Archbishop's Society of St Pius X is being cunningly transformed into the Newsociety, …" ),第二バチカン公会議(だいに ばちかん こうかいぎ)の150年前(ひゃくごじゅう ねん まえ)に出(だ)された歴代教皇の回勅(れきだい きょうこうの かいちょく)に関心を示す(かんしんを しめす)のはこのためです( "… are interested in the Popes' Encyclical Letters of those 150 years before Vatican II." ).私は4回のフランス旅行の最初の旅行期間中(さいしょの りょこう きかん ちゅう)に5か所を訪れ(ごかしょを おとずれ)ました( "On the first of my four lecture tours there were five stops." ).直近の,3月末から4月初め(ちょっきんの,さんがつ すえ から しがつ はじめ)にかけての今回の旅行(こんかいの りょこう)では9か所を訪れ(きゅうかしょを おとずれ)ました( "On the latest, between end March and early April, there were nine, …" ).これからさらにお呼(よ)びがかかりそうです( "… and there risk being more invitations." ).訪れた先々(おとずれた さきざき)で,SSPX が誤った方向(あやまった ほうこう)へ導(みちび)かれていることに目を覚ま(めを さま)されているフランスの一般信徒たちが増(ふ)えているのを知(し)りました( "There are, all the time, more French lay-folk waking up to how the Society is being misled." ) .

     悲(かな)しいかな,あまりにも多くの聖ピオ十世会の司祭はまだ誘惑の達人の魔法(ゆうわくの たつじんの まほう)にかかったまま,俗世界の夢に魅せられて我を見失っている状態(ぞく せかいの ゆめに みせられて われを みうしなっている じょうたい)です( "Alas, all too many SSPX priests are still spellbound by a master of seduction, lost in his worldly dream." ).私は今回の旅行(こんかいの りょこう)で,そのうちの何人(なんにん)かにお会(あ)いしました( "I met a few of them on this latest tour." ).彼(かれ)らは間違(まちが)いなく善良(ぜんりょう)で,司祭として立派(りっぱ)にふるまってきた人たちです( "They are no doubt good men, they have been good priests, …" ).彼らは目を開き(めを ひらき)多(おお)くのことを見(み)ます( "… they have their eyes open and see many things, …" ).だが,一度(ひとたび)その誘惑者に触れる(ゆうわくしゃに ふれる)と,その視覚が曇り(しかくが くもり),気持ち惑わされて(きもち まどわされて)しまうのです( "… but when they are exposed once more to that seducer, their vision clouds over and their will is puzzled." ).ギリシア語の動詞(ぎりしあごの どうし)「 diaballein 」は英語(えいご)の「 diabolical(ひどい)」,「 devil(悪魔〈あくま〉)」の語源(ごげん)ですが( "The Greek verb "diaballein" from which come the English words "diabolical" and "devil", …" ),「ひっくり返(かえ)す」,「混乱に陥れる(こんらんに おとし いれる)」ことを意味(いみ)します( "… means to turn upside down, to throw into confusion." ).

     私が上に述べた(うえに のべた)6名の司祭(ろくめいの しさい)たちは,このように混乱させられた司祭(こんらん させられた しさい)たちとはまったく違(ちが)います( "These confused priests contrast with the half dozen mentioned above who have seen clear and are taking action on what they see." ).彼らは長(なが)いあいだ自分(じぶん)たちのひどい指導者(しどうしゃ)たちに忠実(ちゅうじつ)であろうと努(つと)める緊張感を味わって(きんちょうかんを あじわって)きましたが,これはいまや過去(かこ)のことになっています( "The tension by which they were tortured for as long as they tried to remain loyal to diabolical leaders is a thing of the past." ).彼らは心穏やか(こころ おだやか)で,嬉々(きき)としてルフェーブル大司教の作業を続ける(さぎょうを つづける)ための計画作り(けいかく づくり)に携(たずさ)わっています( "They are serene, and happily making plans for the continuation of the Archbishop's work." ).その中(なか)の一人(ひとり)ドゥムロード神父( "Fr. de Merode" )は何年も前(なんねんも まえ)に叙階(じょかい)叙任?を受けた方ですが,自分の意志(じぶんの いし)で SSPX を離(はな)れ,すでにルルド(るるど)( "Lourdes" )に家を一軒購入(いえを いっけん こうにゅう)し,フランス南西部(なん せいぶ)にもう一軒購入(いっけん こうにゅう)しようとしています( "Fr. de Mérode, ordained many years ago, has left the SSPX of his own accord, has bought one house in Lourdes and is buying another in the Southwest of France." ).彼が購入した家(いえ)は,関心を持つ地元の人々(かんしんを もつ じもとの ひとびと)のための使徒会(しとかい)の場(ば)として,また立ち直り(たち なおり)たい場所(ばしょ)を必要(ひつよう)としている司祭たちの避難所(しさいたちの ひなんばしょ)として役立つ(やくだつ)ことでしょう( "These will act both as bases for an apostolate to many interested souls in the region, and as refuges for priests needing somewhere to recover." ).付け加える(つけくわえる)なら,私はリヨン(りよん)( "Lyon" )で自分が市内に持つスタジオ(じぶんが しないに もつ すたじお)を同(おな)じように避難場所(ひなん ばしょ)を求(もと)める司祭たちのために提供(ていきょう)している尊敬すべき女性(そんけい すべき じょせい)にお会(あ)いしました( "I can add that I met a venerable soul in Lyon who is offering a studio of hers in that city to any priest similarly looking for a roof." ).また,イングランド(いんぐらんど)のブロードステアズ(ケント州)(ぶろーどすてあず〈けんとしゅう〉)( "Broadstairs, England" )にある「抵抗( "Resistance" )」の家(「ていこう」の いえ)はすでに開設(かいせつ)され,聖職に携わる訪問者の受け入れ(せいしょくに たずさわる ほうもんしゃの うけいれ)が可能な状態(かのうな じょうたい)です( "Also the "Resistance" House in Broadstairs, England, is now open and can receive priestly visitors. " ).すでに一人(ひとり)がここに入(はい)りましたOne has already come by." ).この家(いえ)では行動の自由が保証(こうどうの じゆうが ほしょう)されています( "Discretion guaranteed. " ).

     大司教(だいしきょう)さま,捻じ曲げられた組織(ねじまげられた そしき)( SSPX )の外(そと)では
( "Outside, Archbishop, of its structure bent …" )

     あなたが意図(いと)されたように,あなたの壮大な作業(そうだいな さぎょう)が続(つづ)いています
( "… Your noble work continues, as you meant." ).


     キリエ・エレイソン.

     リチャード・ウィリアムソン司教




* * *



第3パラグラフの訳注1

「"throne and altar"」 「教会の玉座と祭壇」

「フランス革命は …… 教会の王座と祭壇の転覆を狙って神に戦いを挑んだもの……」の

"throne and altar" 「教会の玉座と祭壇」の「教会の玉座」"throne" について:

→ "throne" ="Sancta Sedes 〈ラテン語〉/ Holy See 〈英語〉"

***

イエズス・キリスト(=天地の王君・牧者たる神の御独り子の教会の王座

ローマ教皇(=王君であり牧者である神の御独り子キリストの代理者)の聖座
(おうくん・ぼくしゃ たる きりすとの だいりしゃ たる ろーま きょうこう の せいざ)

= Sancta Sedes / Holy See

ローマ司教座Episcopalis Sedes = Episcopal See of the Bishop of Rome = Holy See )
(ろーま しきょうざ)

Cathedra (ラテン語)/ καρέκλα (ギリシア語)

***

・一般に,「大聖堂=カテドラル」とは,

=司教( επίσκοπος 〈ギリシア〉/ episcopus〈ラテン〉/ évêque 〈仏〉/ bishop〈英〉)が

①司教区に所属する信徒に対し教導権を行使し,また,

②種々の真の神の公教(カトリック教)の秘跡を授けるミサ聖祭を

司式する際に

着任する座(=席)のある聖堂のこと.

使徒座 Apostolic See

司教座( cathedra )が置かれている聖堂を,「司教座聖堂」「大聖堂」「バジリカ」と呼ぶ.

司教座聖堂 / 大聖堂
Ecclesia cathedralis〈ラテン〉 / καθεδρικό ναό〈ギリシャ〉 / Cathedral〈英〉

***

・ローマ司教(=ローマ教皇)の司教座聖堂:

→ローマ・バチカンにある.

ローマ司教(ローマ教皇)の司教座( cathedra )はラテラノ大聖堂に置かれている.

→『至聖なる救世主の大聖堂』

=『ラテラノ大聖堂』

『〈ラテラノの洗者〉聖ヨハネの大聖堂)』 (日本語)

Archibasilica Sanctissimi Salvatoris et Sanctorum Ioannis Baptistae et Ioannis Evangelistae in Laterano (ラテン語・正式名称)

Papale di San Giovanni in Laterano〈伊〉

 La Basilique Saint-Jean-de-Latran 〈仏〉

Papal Archbasilica of St. John Lateran〈英〉



* * *