エレイソン・コメンツ 第329回 (2013年11月2日)
過去(かこ)20年間,私は聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX )がいずれ破(は)たんするかもしれないと定期的(ていきてき)に言い続(いいつづ)けてきました.私の同僚(どうりょう)たちは,私がそういうことを言うのを決して好(この)みませんでした.また,一部の人たちの考えとは正反対(せいはんたい)に,私自身はそういうことを言って楽しいと思(おも)ったこともありません.だが, SSPX は確かに破たんしそうになっています.一読者が最近私にある引用文(いんようぶん)を送ってくださいました.その引用は私が1984年に授品式(じゅひんしき)(訳注後記1)でおこなった説教(せっきょう)から抜き出(ぬきだ)したものです.むろん私は自分が説教で述(の)べたことなどすっかり忘(わす)れていました(以下は私の説教の内容(ないよう)です):--
「教会の始まり(きょうかいの はじまり)には,戦(たたか)うイエズス・キリストは従者(じゅうしゃ)たちをカタコンブとそこでの迫害(はくがい)から表(おもて)の場(ば)に導き出(みちびき だ)しました( " “At the beginning of the Church Militant Jesus Christ led his followers through the catacombs and persecution out into the open, …" ).教会の終わり(きょうかいの おわり)には,戦(たたか)うイエズス・キリストは従者(じゅうしゃ)たちを表の場(おもての ば)のテントでの迫害(はくがい)から再(ふたた)びカタコンブへ導(みちび)くでしょう( "… and at the end of the Church Militant He may well lead them from the tent in the open field through persecution back to the catacombs. " ).もし,それが起(お)きて私たちがカタコンブへ着(つ)いたとしても,私たちの多(おお)くにとっては,そこで SSPX と共(とも)にというのでなく, SSPX なしでやっていくことになるかもしれません(…)( "… If it comes to that, and if we make it to the catacombs, for many of us it will certainly not have been without the Society but back in the catacombs we may have to do without the Society (…). " ). 親愛(しんあい)なる神学生(しんがくせい)の皆(みな)さん! 私は折に触れて(おりにふれて)告(つ)げるでしょう (…)( "Dear seminarians ! Regularly I tell them (…) that …" ) 全世界(ぜんせかい)が皆さんに敵対(てきたい)していること; 全世界がたちまち破滅(はめつ)すること; SSPX はあっけなく滅(ほろ)びること; 将来(しょうらい)は真っ暗(まっくら)で,たとえいま暗闇(くらやみ)でなくても先行(さきゆ)きは悲観的(ひかんてき)であることを( "… the whole world is against them; that the whole world is going to hell in a hand-basket; that the Society of St. Pius X could easily perish; that the future is dark and where there is no gloom it is full of doom. " ). 皆さんお分(わ)かりでしょうか,私は確信(かくしん)します.もし私の恐ろしい予感(おそろしい よかん)が実際(じっさい)に起(お)きたら,神学生の皆さんたちはきっと驚(おどろ)いて喜(よろこ)ぶことになるだろう,と! ( "Do you know, I do believe that if any of my dire forebodings actually came true, seminarians would be pleasantly surprised !” " )」
私がいま SSPX に対(たい)する「抵抗運動(ていこう うんどう)」の中(なか)になにを見(み)ているとお考(かんが)えでしょうか? ( "And what do I think I see now in the “Resistance” ?" ) それは,第二バチカン公会議の廃墟から現れ出た伝統派の生存者たち( "the remnant of Traditionalists" )の中から,喜び溢れるカトリック教徒が苦しみ悶え(くるしみ もだ)えながらも着実(ちゃくじつ)に出現(しゅつげん)することです( "The painful but steady emergence of the joyful remnant of Catholics from the remnant of Traditionalists who emerged from the ruins of Vatican II." ). SSPX の機構(きこう)や神学校(しんがっこう)に取って代(とって か)わるものを創り出(つくり だ)す必要性(ひつよう せい)について私をその気(き)にさせる材料(ざいりょう)はまだ何(なに)もありません( "Nothing yet persuades me of the need for a structure or a seminary to replace those of the SSPX, …" ).だが,抵抗運動の歴史(れきし)はまだ始(はじ)まったばかりの段階(だんかい)です( "… but these are early days in the history of the Resistance." ).私がいま必要(ひつよう)と考(かんが)えるのはイングランドに抵抗運動の活動拠点(かつどう きょてん)を持(も)つことです.欧州(=ヨーロッパ)大陸(たいりく)からもロンドン近郊(きんこう)の諸空港(しょ くうこう)からもあまり離(はな)れていないところに抵抗運動の結束(けっそく)を固(かた)めるのに役立(やくだ)つ家屋(かおく)を持(も)ち ( "What I do think is needed is a base of Resistance operations in England, not far from the Continent nor from London airports, bricks and mortar to lend some solidity to the Resistance, …" ),たとえば司祭(しさい)たちがなんのプレッシャーも受けずに最低でも2,3日そこで過(す)ごし,今日(こんにち)の使徒的宣教 "apostolate" の職務(しょくむ)にともなう現実(げんじつ)の諸々の困難(もろもろの こんなん)から立ち直(たち なお)れるようにしたいのです( "… and to provide, for instance, a refuge where priests can recuperate for at least a few days, under no kind of pressure, from the real hardships of today’s apostolate." ).
家屋(かおく)の選定(せんてい)はすでに終(お)わっており,物件(ぶっけん)は実在(じつざい)しています( "The house has been chosen, it does exist, …." ).私たちはその購入(こうにゅう)について合意(ごうい)し,支払(しはら)いに充(あ)てる寄付金(きふきん)が集(あつ)まりだしています( "… we have agreed to buy, and donations are coming in, …." ).だが,11月末(まつ・すえ)までに4万ポンド,12月中旬(ちゅうじゅん)までにさらに36万ポンドが必要です( "… but we do now need both £40,000 by the end of November and another £360,000 by mid-December. ." ).私はあれこれ約束(やくそく)ごとをするのは好(この)みませんが( "I do not like making promises, …." ),神の御助(おん たす)けを得(え)て,この先(さき)数年(すうねん)なにが起きても,カトリック信仰の擁護(ようご)を捨て去(すてさ)ることはないとお約束(やくそく)できます( "… but with the help of God I think I can promise not to abandon the defence of the Faith, whatever form that defence may take over the next several years. ." ).どうかご支援(しえん)ください( "Please help, ….そして明日(あす)になれば通貨価値(つうか かち)が暴落(ぼうらく)するかもしれない兆(きざ)しが見(み)える今日(こんにち),( "… and in today’s shadow of tomorrow’s collapse of currencies, …." ),天国(てんごく)が保証(ほしょう)する素晴(すば)らしい投資(とうし)をなさることをぜひお考(かんが)えください( "… do think of making a heavenly investment guaranteed by the whole host of Heaven. " ).ご寄付くださる皆様(みなさま)すべての方々(かたがた)の上(うえ)に神の御祝福(かみの おんしゅくふく)をお祈(いの)りします( "Bless you for any and all donations." ).ご寄付の支払方法(しはらい ほうほう)についての詳細(しょうさい)を以下(いか)にもう一度示(しめ)します.
キリエ・エレイソン.
リチャード・N・ウィリアムソン司教
* いずれの通貨建て(つうか だて)でも,クレジットカードまたはデビットカードで振り込(ふりこ)まれる少額(しょうがく)の寄付金(きふきん)( "… small credit- or debit-card contributions" )は世界中(せかいじゅう)のどこからでも PayPal 経由(けいゆ)で私たちの手元(てもと)に簡単(かんたん)に届(とど)きます.( www.paypal.com/sendmoneyにアクセスし
buildingfund@stmarcelinitiative.com宛(あ)てにお送りください).
( " * In ANY CURRENCY small credit- or debit-card contributions from anywhere in the world can easily reach us via PayPal. ( Go to www.paypal.com/sendmoney and send the contribution to buildingfund@stmarcelinitiative.com ) " ).
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* 英国ポンド建てで銀行手形(ぎんこうてがた,"banker’s draft" )もしくは小切手(こぎって,"checks" )により寄付される方は St Marcel Initiative, P.O. Box 423, Deal CT 14 4BF, England 宛てにお送りください.
( " * Contributions in POUNDS STERLING by banker’s draft or check should be made out and sent to the St Marcel Initiative, P.O. Box 423, Deal CT 14 4BF, England. " ).
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* 米(べい)ドル建て銀行手形もしくは小切手による寄付も St Marcel Initiative に宛て, 9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USA へお送りください(米国からの寄付はしばらくして税金控除〈ぜいきん こうじょ〉の対象〈たいしょう〉となります).
( " * Banker’s drafts or checks in US DOLLARS should likewise be made out to St Marcel Initiative and sent to 9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USA (the US contributions will soon be tax-deductible). " ).
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* ユーロ建て寄付は,小切手を “Institut Culturel St Benoit” 宛てにし, ICSB, BP 60232, F78002 Versailles Cedex, France へお送りください.
( " * In EUROS, checks made out to “Institut Culturel St Benoît” should be posted to ICSB, BP 60232, F78002 Versailles Cedex, France. " ).
ユーロ建て寄付金について,フランス国内(こくない)からの場合は, RIB - 20041 01012 6704 141J033 09 へ,フランス国外(こくがい)からの場合は, the International Bank Account Number IBAN - FR85 2004 1010 1267 0414 1J03 309 へ, BIC – PSSTFRPPSCE を書き加える(かきくわえる)ことで,電信送金(でんしん そうきん)が可能(かのう)です.
( "Euros can also be sent by wire transfer from inside France to RIB - 20041 01012 6704 149J033 09; from outside France to the International Bank Account Number IBAN - FR85 2004 1010 1267 0414 9J03 309, with BIC – PSSTFRPPSCE" ).
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*その他の電信送金の場合は,buildingfund@dinoscopus.org へEメールで詳細(しょうさい)をお問い合わせ(おといあわせ)ください.米国内(べいこくない)からの場合は,www.stmarcelinitiative.com. の "e-check/bank wire" をご利用いただければ便利(べんり)です.
( " * For other bank wire transfers, please write to us for details at buildingfund@dinoscopus.org , or, in the USA, use the convenient “e-check/bank wire” form at www.stmarcelinitiative.com. ).
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第1パラグラフの訳注1:
「授品式〈じゅひんしき〉」( = "ordinatio" )と「叙階式」(=「聖別式」)( = "consecratio" )について.
・カトリック司教(しきょう)が男子修道士に司祭の品級の秘蹟を授ける式(しさいの ひんきゅうの ひせきを さずける しき)の呼称(こしょう).
・現在,司教に叙(じょ)する場合も司祭に叙する場合も総じて「叙階式〈じょかいしき〉」と呼(よ)ばれるが,
・かつての日本においては伝統的(にほんに おいては でんとう てき)に,前者のみを,「叙階式」(=「聖別式」)( = "consecratio" )と呼称した.
・司祭の品級の秘蹟を授ける式については,「授品式」と呼称した.
* * *
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2013年11月3日日曜日
2013年10月29日火曜日
328 衰退する聖ピオ十世会(SSPX) 10/26
エレイソン・コメンツ 第328回 (2013年10月26日)
聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX )がカトリック信仰を守ってきた輝(かがや)かしい40年に今日(こんにち)の状況下(じょうきょうか)で終止符(しゅうしふ)が打(う)たれようとしているのはなぜでしょうか ( "… why in today’s circumstances an end is now threatening the 40 glorious years of the defence of the Faith by the Society of St Pius X." ),神の栄光(かみの えいこう)のため,そして霊魂の救済(れいこんの きゅうさい)のため,その原因の究明(げんいんの きゅうめい)は避(さ)けて通(とお)れません( "For the glory of God and for the salvation of souls it is essential to diagnose …" ).この点(てん)で,最近(さいきん)書(か)かれた一本の記事(いっぽんの きじ)と一通の書簡(いっつうの しょかん)が役立(やくだ)つかもしれません:( "An article and a letter recently written may help in this respect: …" ).記事(きじ)は SSPX の衰退(すいたい)を分析(ぶんせき)したもので,書簡は SSPX の再興(さいこう)に一縷(いちる)の望(のぞ)みをかけたものです( "… an article analyzing the Society’s fall, and a letter with a note of hope as to how it may rise again." ).
記事はフランス語で書かれており,インターネットに掲載(けいさい)されています( " “Un Évêque se lève” "〈=「一司教立ち上がる」の意〉をご覧ください)( ( "The article appeared in French on the Internet (see “Un Évêque se lève”)." ).記事の著者(ちょしゃ)は,現代の教育(げんだいの きょういく)における空想的理想主義(くうそうてき りそうしゅぎ)を現代の政治(せいじ)における同じく非現実的空想(ひげんじつてき くうそう)に対比(たいひ)した一冊の著書(いっさつの ちょしょ)を読んだ後(よんだ あと)で( "After reading a book on utopianism in modern education which compares it to the same unrealistic dreaming in modern politics, the article’s author …" ),六段階(ろく だんかい)のパターンが SSPX にも当てはまると気づいたそうです( "… found that the same pattern in six stages could be applied to the SSPX." ).はじめに,そのパターンとは次のようなものです:( "Firstly, the pattern: " )1 人間の性質(にんげんの せいしつ)をとがめることなく,折り合(おりあ)って行くべき既定事実(きてい じじつ)として受け止(うけと)めることを拒否(きょひ)すること( "1 A refusal of human nature as a given to be worked with, and not against." ).2 子供・大人をまったく新(あら)たに作り直す(つくり なおす)という空想を抱(いだ)くこと( "2 A dream of fabricating the child/man completely anew." ).3 家庭・社会(かてい・しゃかい)の自然な仕組み(しぜんなしくみ)を排除(はいじょ)すること( "3 The exclusion of natural structures of family/society." ).4 子供(こども)をまったく新しい社会を産み出す(うみだす)ように改造(かいぞう)すること( "4 The total re-fashioning of the child to generate a perfect new society." ).5 当初の意図(とうしょの いと)が良(よ)くても,これによって生(しょう)じる結果は惨憺(さんたん)たるものになる ( "5 The disastrous results, despite all the initial good intentions " ) -- 6 無知(むち)でひねくれた児童(じどう)が育(そだ)ち,社会は信仰(しんこう)を捨(す)て,神に戦(たたか)いを挑(いど)むようになる ( " -- 6 Ignorant and perverse children, and a society apostatising and making war on God." ).
次に,このパターンを SSPX に当(あ)てはめます( "Secondly, the application to the SSPX: " ).1 カトリック教会の未曽有の危機という現実(みぞうの きき という げんじつ)を受け止(うけと)めることを拒否(きょひ)する( "1 Refusal of the reality of the unprecedented crisis in the Church. " ).2 第二バチカン公会議派教会と伝統派との間の和解(わかい)を夢見(ゆめみ)る( "2 Dream of fabricating a reconciliation between the Conciliar Church and Tradition..3 指導者(しどうしゃ)と導(みちび)かれる者( "leaders and led" )との間(あいだ)の自然な交流(しぜんな こうりゅう)を排除(はいじょ)する( "3 Exclusion of natural interaction between leaders and led. " ).4 そのような夢(ゆめ)を押し付(おしつ)けるためカトリック教の権威(けんい)を完全(かんぜん)に作り変(つくりか)える( "4 Total re-fashioning of Catholic authority to impose the dream." ).5 意図(いと)は敬虔(けいけん)なものであっても, SSPX のスターリン化(か)という惨憺(さんたん)たる結果(けっか)に終(お)わる -- 教育(きょういく),政治(せいじ), あるいはSSPX においてでさえ,夢見(ゆめみ)る者が変(か)わりようのない現実(げんじつ)に直面(ちょくめん)すると自分の持てる限(もてる かぎ)りの権力(けんりょく)を行使(こうし)して,その現実を押(お)しつぶそうとする -- こうなると,彼が抱く夢(いだく ゆめ)にはうんざりしたくなる( "5 Disastrous resulting Stalinization of the SSPX, despite all pious intentions -- in education, politics or the SSPX, when the dreamer confronts unyielding reality, he is liable to use all the force he has at his disposal to crush the reality -- his dream is so much more lovely. " ).6 闘争心(とうそうしん)を失(うしな)い,それが信仰(しんこう)の完全喪失(かんぜん そうしつ)につながる( " 6 Loss of fighting spirit, liable to lead to entire loss of Faith." ).
上述(じょうじゅつ)の書簡(しょかん)は私の手元(てもと)にEメールで届いたものです( "The letter, reaching me by e-mail, …" ).内容(ないよう)は記事の分析(きじの ぶんせき)と同じようなものですが( "… follows the same general line of analysis, …" ),書簡は SSPX に一縷(いちる)の望(のぞ)みをかけています( "… but adds a note of hope." ).教皇フランシスコもフェレー司教もご承知(しょうち)のような人物ですから(二人とも夢想家〈むそうか〉だと付〈つ〉け加えます)( "Pope Francis and Bishop Fellay being who they are (both utopians, one might add), …" ),書簡の筆者はローマ教皇庁と SSPX との間になんらかの合意(ごうい)が生(う)まれるのは必至(ひっし)で,それに反対(はんたい)する者は潰(つぶ)されるだろうと考えます( "… the letter-writer thinks that a Rome-SSPX agreement is bound to come, and resistance to it will be crushed. " ).その結果, SSPX が崩壊(ほうかい)するとすれば( "If the SSPX thus falls, …" ),それは同会が一般信徒(いっぱん しんと)を過小評価(かしょう ひょうか)し,彼らの力(ちから)を借りて(かりて)王君(おうくん)キリストの社会統治(しゃかいとうち)( "the Social Reign of Christ the King" )をこの世の中に打ち立(うちた)てようとしなかったからだと,彼は考えています( "… he thinks it will have been by its under-estimating of the laity and by its under-employing of them to help establish in society the Social Reign of Christ the King. " ).彼はさらに, SSPX はもう一度(いちど)一般信徒(いっぱん しんと)とともに,その(=王キリストの)統治実現(とうち じつげん)に向(む)けて努力(どりょく)するということを再開・続行(さいかい・ぞっこう)すべきで(訳注・同会の今後の展望〈てんぼう〉の道を切り拓〈きりひら〉いてゆくためには)唯一つ(ただひとつ)その努力あるのみであり( "The SSPX need only pick up again with the laity to work for that Reign, …" ),そうすれば -- この部分(ぶぶん)が彼の望(のぞ)みを示(しめ)しています -- ( " …and -- here is the hopeful note --…" ) この数年間(すうねんかん),新秩序(しん ちつじょ)( "Novus Ordo" ), Ecclesia Dei (=「神の教会」の意)(訳注・"Ecclesia Dei" はヨハネ・パウロ2世が1988年に発令〈はつれい〉した使徒的書簡:自発教令(しとてきしょかん:じはつきょうれい)"Ecclesia Dei" のこと,またはローマ教皇庁・教理省の一委員会」のこと),Fransiscanns of the Immaculate (=「無原罪〈むげんざい〉の聖母のフランシスコ会修道士たち」の意)などといったものに悩(なや)まされながらも信仰を持ち続けてきたあらゆるカトリック教徒を再結集(さいけっしゅう)し強化(きょうか)することになるだろう( "… it will rally and strengthen all kinds of Catholics who have kept the Faith despite all they have suffered in recent years, coming from the Novus Ordo, from Ecclesia Dei, from Fransiscans of the Immaculate, or wherever." )と書いています.筆者は「 SSPX は同会に忠実(ちゅうじつ)な者(もの)たちの行動(こうどう)によって大混乱(だいこんらん)に陥(おちい)ることはないだろうし,むしろ逆(ぎゃく)の方向(ほうこう)に向(む)かうだろう」と結論(けつろん)づけています( "…Thus, concludes the letter-writer, “the SSPX by the action of those remaining faithful to it will not sink into chaos, quite the opposite.” " ).
私としては,聖職権主義(一般信徒の軽視)(せいしょくけん しゅぎ〈いっぱんしんとのけいし〉)が SSPX の抱える問題(かかえる もんだい)の一面(いちめん)であることに同意(どうい)しますが,それが問題の根源(こんげん)だとは考(かんが)えません( "For myself, while I agree that clericalism ( undervaluing the laity ) has been one aspect of the problem of the SSPX, I do not think that it has been the root of the problem." ).根源はむしろ,世界中で神より人間に目を向けている実態(じったい)(旧約聖書エレミアの書・第17章5,7節 "Jer. XVII, 5, 7" を参照)(訳注後記1)と,その結果(けっか)として客観的(きゃっかんてき)な虚実(きょじつ),客観的な正悪(せいあく)の区別(くべつ)が失(うしな)われていることにあると考えます.こうした堕落(だらく)はなにも SSPX だけに限(かぎ)ったことではありません( "I think that the root has rather been today’s universal turning to man instead of God (cf. Jer. XVII, 5,7), a falling away by no means confined to the SSPX, with the consequent loss of objective truth and falsehood, objective right and wrong. " ).だが,私は将来(しょうらい)いつの日(ひ)か新教会と真実の教会(=伝統的公教会〈カトリック教会〉)( "the Newchurch and the Church" )の隅々(すみずみ)から真(まこと・しん)のカトリック教徒たちが集(あつ)まり,新しい同盟(どうめい)( "a new alliance" )を結成(けっせい)して( "… a new alliance being forged at some time in the future, …" ),カトリック教信仰を前進(ぜんしん)させることになるだろう( "…to carry forward the Catholic Faith…" )(新約聖書マテオ聖福音書・第19章30節 "Mt. XIX, 30" を参照)という筆者(ひっしゃ)の展望(てんぼう)には全面的(ぜんめんてき)に賛同(さんどう)します( "However, I do agree with the letter-writer’s vision of a new alliance being forged at some time in the future, of true Catholics from all corners of the Newchurch and the Church, to carry forward the Catholic Faith (cf.Mt.XIX, 30)." )(訳注後記2). SSPX が現在の諸問題(げんざいの しょもんだい)を振り払(ふりはら)い,その同盟の中で,主導的(しゅどうてき)な,というより,少(すこ)しでもましで,つつましやかな役割を果たす(やくわりを はたす)ようになることを,祈(いの)ります( "May the SSPX shake off its present problems to play a leading part, or, better, a humble part, in that alliance." ).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第5パラグラフの訳注1
旧約聖書エレミアの書・第17章5,7節 "Jer. XVII, 5, 7" (太字+下線部分)
神への信頼(17・5-8)
『*5 (主はおおせられる.)
「人によりたのみ,
肉を自分の腕とし,
その心を主から遠ざける者はのろわれる.
6 彼は,荒れ地のあざみのように,
よいものがきても,それを見ず,
荒野(あれの)の焼けた土地に,
人気のない塩地(しおち)に住んでいる.
*7 主によりたのむ者は幸せである.
主は,彼の希望となられる.
8 彼は,水のほとりに植えた木のように,
その根を川床(かわとこ)にのばし,
暑(あつ)さのときも恐(おそ)れなく,
その葉は緑のまま,
日照り(ひでり)の年も衰(おとろ)えず,
実を結び続(むすびつづ)ける.』
(注釈)
神への信頼(17・5-8)
ここは,知恵(ちえ)のことばを集めたものである.
* * *
第5パラグラフの訳注2
新約聖書マテオ聖福音書・第19章30節 "Mt. XIX, 30" (太字+下線部分)
第19章
結婚と独身(19・1-12)
『イエズスはこう話しおえてガリラヤを去り,*1 ヨルダンの向こうユダヤの地方に行かれた.
大ぜいの人々がついてきたので,その場でかれらを治された.
そのときファリサイ人が来て,イエズスを試みようとして,「何か理由があったら,人は自分の妻(つま)を去らせてよいのですか」と言った.
イエズスは答えられた,「あなたたちは読まなかったのか.はじめにすべてをつくられたお方が*4 人を男と女につくり,〈*5 そこで人は父母を離れてその妻と合い,二人は一体となる〉と言われたことを.*6 もう二人ではなく一体である.人は神が合わせられたものを離してはならぬ」.*7 彼らは「それならなぜモーゼは離縁状を書いて去らせよと命じたのですか」と尋(たず)ねた.「あなたたちの性質が強情(ごうじょう)だから,モーゼは妻を去らすことを許したのだ.だがはじめからそうではなかった.私は言う.同棲(どうせい)の場合は別だが,妻を去らせて他の女と結婚すると,その人は姦通者(かんつうしゃ)である」と答えられた.弟子たちはイエズスに,「妻に対する夫の立場が仰せのとおりなら,男は妻をめとらないほうがましです」と言った.そこで弟子たちに言われた,「みなにこのことばがわかるとは限らぬ.ただそれをわかる恵みを受けた者にだけわかる.つまり母の胎から去勢者として生まれた人があれば,他人の手で去勢された人もあり,また天の国のために自ら去勢した人もある.これを理解できるものは理解せよ」.』
(注釈)
結婚と独身(19・1-12) 〈旧約聖書〉
*1ペレアのこと.
*4創世の書1・27参照.
*5-6創世の書2・24参照.
*6 結婚の不解消性がはっきりと主張されている.
*7 第二法の書24・1参照.
* * *
イエズスと子供(19・13-15)
『そのとき,按手(あんしゅ)して祈ってくださいと言って,人々が子どもを連れてきたが,弟子たちはそれを押しとどめた.イエズスは,「子どものするようにさせておけ.私のところに来るのを止めるな.天の国を受けるのはこのような者たちである」と言われ,彼らに按手してからここを去られた.』
* * *
金持ちの若者(19・16-22)
『そのときある人が近づいて,「よき師よ,永遠の命(えいえんのいのち)を受けるために,私はどんなよいことをすればよいのでしょうか」と尋(たず)ねた.イエズスは,「なぜ私に,よいことについて尋ねるのか.*17 よいお方はただ一人である.命を受けたいのならおきてを守れ」と答えられた.その人が「どのおきてを」と言うと,イエズスは「〈殺すな〉〈姦淫するな〉〈盗むな〉〈偽証するな〉〈父母を敬え〉そして〈隣人(りんじん)を自分のように愛せよ〉これである」と答えられた.若者が「私は(小さい時から)それをみな守ってきました.その他に足りないことがあるでしょうか」と言ったので,イエズスは「もし完全になりたいなら,持ち物を売りに行き,貧しい人々に施(ほどこ)しをせよ.そうすれば天に宝を積(つ)む.それから私についてくるがよい」と言われた.このみことばを聞いて,若者は悲しそうに去っていった.彼は大金持(おおがねも)ちだったからである.』
(注釈)
金持ちの若者(19・16-22)
*17神のこと.
*18〈旧約〉脱出の書20・12-16,第二法の書5・16-20.
ファリサイ人,律法学士は,律法の六一三条を数えていたから,そのうちのどれを守ればよいかと若者は聞いた.
*19〈旧約〉レビの書19・18参照.
* * *
弟子らの受ける報い(19・23-30)
『*23 イエズスは弟子たちに言われた,「まことに私はいう.金持ちは天の国に入(はい)りにくい.*24 またいう.金持ちが天の国に入るよりは,らくだが針の穴(はりのあな)を通るほうがやさしい」.弟子たちはこれを聞いて大いに驚(おどろ)き,「すると救われるのはどんな人ですか」と言った.イエズスは彼らをじっと見つめて,「それは人間にはできないことだ.だが神にできないことはない」と言われた.そのときペトロは言った,「ごらんのとおり,私たちはすべてを捨ててあなたに従(したが)いました.私たちは何を受けるでしょうか」.イエズスは答えられた,「まことに私は言う.世が改(あらた)まり,人の子(=イエズス)がその栄光の座につくとき,私に従ったあなたたちも十二の座につき,*28 イスラエルの十二族をさばくであろう.また,私の名のために,家,兄弟,姉妹,父,母,子,田畑を捨てる者は,その百倍のものを受け,永遠の命を受け継ぐ(うけつぐ).*30 だが先の者が後になり,後の者が先になることがある.』
(注釈)
弟子らの受ける報(むく)い(19・23-30)
*23-24 実際の貧(まず)しさは,完徳(かんとく)の理想(りそう)であって,単に勧(すす)めである(マテオ聖福音書5・3).
しかし心の貧しさはイエズスの弟子となりたい者への命令である.それゆえ富に執着(しゅうちゃく)する者は救われない.富はそのものとして悪いのではないが,悪い人間の手に富がゆだねられる時,災(わざわ)いの元となり,善い人間の手にわたれば,善業(ぜんぎょう)と功徳(くどく)の手段(しゅだん)となる.
*28 「イスラエルの十二族をさばく」
旧約聖書の用語で「さばく」は支配するという意味である.
「十二族」は新しいイスラエル,すなわち「教会」のことである.
* * *
聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX )がカトリック信仰を守ってきた輝(かがや)かしい40年に今日(こんにち)の状況下(じょうきょうか)で終止符(しゅうしふ)が打(う)たれようとしているのはなぜでしょうか ( "… why in today’s circumstances an end is now threatening the 40 glorious years of the defence of the Faith by the Society of St Pius X." ),神の栄光(かみの えいこう)のため,そして霊魂の救済(れいこんの きゅうさい)のため,その原因の究明(げんいんの きゅうめい)は避(さ)けて通(とお)れません( "For the glory of God and for the salvation of souls it is essential to diagnose …" ).この点(てん)で,最近(さいきん)書(か)かれた一本の記事(いっぽんの きじ)と一通の書簡(いっつうの しょかん)が役立(やくだ)つかもしれません:( "An article and a letter recently written may help in this respect: …" ).記事(きじ)は SSPX の衰退(すいたい)を分析(ぶんせき)したもので,書簡は SSPX の再興(さいこう)に一縷(いちる)の望(のぞ)みをかけたものです( "… an article analyzing the Society’s fall, and a letter with a note of hope as to how it may rise again." ).
記事はフランス語で書かれており,インターネットに掲載(けいさい)されています( " “Un Évêque se lève” "〈=「一司教立ち上がる」の意〉をご覧ください)( ( "The article appeared in French on the Internet (see “Un Évêque se lève”)." ).記事の著者(ちょしゃ)は,現代の教育(げんだいの きょういく)における空想的理想主義(くうそうてき りそうしゅぎ)を現代の政治(せいじ)における同じく非現実的空想(ひげんじつてき くうそう)に対比(たいひ)した一冊の著書(いっさつの ちょしょ)を読んだ後(よんだ あと)で( "After reading a book on utopianism in modern education which compares it to the same unrealistic dreaming in modern politics, the article’s author …" ),六段階(ろく だんかい)のパターンが SSPX にも当てはまると気づいたそうです( "… found that the same pattern in six stages could be applied to the SSPX." ).はじめに,そのパターンとは次のようなものです:( "Firstly, the pattern: " )1 人間の性質(にんげんの せいしつ)をとがめることなく,折り合(おりあ)って行くべき既定事実(きてい じじつ)として受け止(うけと)めることを拒否(きょひ)すること( "1 A refusal of human nature as a given to be worked with, and not against." ).2 子供・大人をまったく新(あら)たに作り直す(つくり なおす)という空想を抱(いだ)くこと( "2 A dream of fabricating the child/man completely anew." ).3 家庭・社会(かてい・しゃかい)の自然な仕組み(しぜんなしくみ)を排除(はいじょ)すること( "3 The exclusion of natural structures of family/society." ).4 子供(こども)をまったく新しい社会を産み出す(うみだす)ように改造(かいぞう)すること( "4 The total re-fashioning of the child to generate a perfect new society." ).5 当初の意図(とうしょの いと)が良(よ)くても,これによって生(しょう)じる結果は惨憺(さんたん)たるものになる ( "5 The disastrous results, despite all the initial good intentions " ) -- 6 無知(むち)でひねくれた児童(じどう)が育(そだ)ち,社会は信仰(しんこう)を捨(す)て,神に戦(たたか)いを挑(いど)むようになる ( " -- 6 Ignorant and perverse children, and a society apostatising and making war on God." ).
次に,このパターンを SSPX に当(あ)てはめます( "Secondly, the application to the SSPX: " ).1 カトリック教会の未曽有の危機という現実(みぞうの きき という げんじつ)を受け止(うけと)めることを拒否(きょひ)する( "1 Refusal of the reality of the unprecedented crisis in the Church. " ).2 第二バチカン公会議派教会と伝統派との間の和解(わかい)を夢見(ゆめみ)る( "2 Dream of fabricating a reconciliation between the Conciliar Church and Tradition..3 指導者(しどうしゃ)と導(みちび)かれる者( "leaders and led" )との間(あいだ)の自然な交流(しぜんな こうりゅう)を排除(はいじょ)する( "3 Exclusion of natural interaction between leaders and led. " ).4 そのような夢(ゆめ)を押し付(おしつ)けるためカトリック教の権威(けんい)を完全(かんぜん)に作り変(つくりか)える( "4 Total re-fashioning of Catholic authority to impose the dream." ).5 意図(いと)は敬虔(けいけん)なものであっても, SSPX のスターリン化(か)という惨憺(さんたん)たる結果(けっか)に終(お)わる -- 教育(きょういく),政治(せいじ), あるいはSSPX においてでさえ,夢見(ゆめみ)る者が変(か)わりようのない現実(げんじつ)に直面(ちょくめん)すると自分の持てる限(もてる かぎ)りの権力(けんりょく)を行使(こうし)して,その現実を押(お)しつぶそうとする -- こうなると,彼が抱く夢(いだく ゆめ)にはうんざりしたくなる( "5 Disastrous resulting Stalinization of the SSPX, despite all pious intentions -- in education, politics or the SSPX, when the dreamer confronts unyielding reality, he is liable to use all the force he has at his disposal to crush the reality -- his dream is so much more lovely. " ).6 闘争心(とうそうしん)を失(うしな)い,それが信仰(しんこう)の完全喪失(かんぜん そうしつ)につながる( " 6 Loss of fighting spirit, liable to lead to entire loss of Faith." ).
上述(じょうじゅつ)の書簡(しょかん)は私の手元(てもと)にEメールで届いたものです( "The letter, reaching me by e-mail, …" ).内容(ないよう)は記事の分析(きじの ぶんせき)と同じようなものですが( "… follows the same general line of analysis, …" ),書簡は SSPX に一縷(いちる)の望(のぞ)みをかけています( "… but adds a note of hope." ).教皇フランシスコもフェレー司教もご承知(しょうち)のような人物ですから(二人とも夢想家〈むそうか〉だと付〈つ〉け加えます)( "Pope Francis and Bishop Fellay being who they are (both utopians, one might add), …" ),書簡の筆者はローマ教皇庁と SSPX との間になんらかの合意(ごうい)が生(う)まれるのは必至(ひっし)で,それに反対(はんたい)する者は潰(つぶ)されるだろうと考えます( "… the letter-writer thinks that a Rome-SSPX agreement is bound to come, and resistance to it will be crushed. " ).その結果, SSPX が崩壊(ほうかい)するとすれば( "If the SSPX thus falls, …" ),それは同会が一般信徒(いっぱん しんと)を過小評価(かしょう ひょうか)し,彼らの力(ちから)を借りて(かりて)王君(おうくん)キリストの社会統治(しゃかいとうち)( "the Social Reign of Christ the King" )をこの世の中に打ち立(うちた)てようとしなかったからだと,彼は考えています( "… he thinks it will have been by its under-estimating of the laity and by its under-employing of them to help establish in society the Social Reign of Christ the King. " ).彼はさらに, SSPX はもう一度(いちど)一般信徒(いっぱん しんと)とともに,その(=王キリストの)統治実現(とうち じつげん)に向(む)けて努力(どりょく)するということを再開・続行(さいかい・ぞっこう)すべきで(訳注・同会の今後の展望〈てんぼう〉の道を切り拓〈きりひら〉いてゆくためには)唯一つ(ただひとつ)その努力あるのみであり( "The SSPX need only pick up again with the laity to work for that Reign, …" ),そうすれば -- この部分(ぶぶん)が彼の望(のぞ)みを示(しめ)しています -- ( " …and -- here is the hopeful note --…" ) この数年間(すうねんかん),新秩序(しん ちつじょ)( "Novus Ordo" ), Ecclesia Dei (=「神の教会」の意)(訳注・"Ecclesia Dei" はヨハネ・パウロ2世が1988年に発令〈はつれい〉した使徒的書簡:自発教令(しとてきしょかん:じはつきょうれい)"Ecclesia Dei" のこと,またはローマ教皇庁・教理省の一委員会」のこと),Fransiscanns of the Immaculate (=「無原罪〈むげんざい〉の聖母のフランシスコ会修道士たち」の意)などといったものに悩(なや)まされながらも信仰を持ち続けてきたあらゆるカトリック教徒を再結集(さいけっしゅう)し強化(きょうか)することになるだろう( "… it will rally and strengthen all kinds of Catholics who have kept the Faith despite all they have suffered in recent years, coming from the Novus Ordo, from Ecclesia Dei, from Fransiscans of the Immaculate, or wherever." )と書いています.筆者は「 SSPX は同会に忠実(ちゅうじつ)な者(もの)たちの行動(こうどう)によって大混乱(だいこんらん)に陥(おちい)ることはないだろうし,むしろ逆(ぎゃく)の方向(ほうこう)に向(む)かうだろう」と結論(けつろん)づけています( "…Thus, concludes the letter-writer, “the SSPX by the action of those remaining faithful to it will not sink into chaos, quite the opposite.” " ).
私としては,聖職権主義(一般信徒の軽視)(せいしょくけん しゅぎ〈いっぱんしんとのけいし〉)が SSPX の抱える問題(かかえる もんだい)の一面(いちめん)であることに同意(どうい)しますが,それが問題の根源(こんげん)だとは考(かんが)えません( "For myself, while I agree that clericalism ( undervaluing the laity ) has been one aspect of the problem of the SSPX, I do not think that it has been the root of the problem." ).根源はむしろ,世界中で神より人間に目を向けている実態(じったい)(旧約聖書エレミアの書・第17章5,7節 "Jer. XVII, 5, 7" を参照)(訳注後記1)と,その結果(けっか)として客観的(きゃっかんてき)な虚実(きょじつ),客観的な正悪(せいあく)の区別(くべつ)が失(うしな)われていることにあると考えます.こうした堕落(だらく)はなにも SSPX だけに限(かぎ)ったことではありません( "I think that the root has rather been today’s universal turning to man instead of God (cf. Jer. XVII, 5,7), a falling away by no means confined to the SSPX, with the consequent loss of objective truth and falsehood, objective right and wrong. " ).だが,私は将来(しょうらい)いつの日(ひ)か新教会と真実の教会(=伝統的公教会〈カトリック教会〉)( "the Newchurch and the Church" )の隅々(すみずみ)から真(まこと・しん)のカトリック教徒たちが集(あつ)まり,新しい同盟(どうめい)( "a new alliance" )を結成(けっせい)して( "… a new alliance being forged at some time in the future, …" ),カトリック教信仰を前進(ぜんしん)させることになるだろう( "…to carry forward the Catholic Faith…" )(新約聖書マテオ聖福音書・第19章30節 "Mt. XIX, 30" を参照)という筆者(ひっしゃ)の展望(てんぼう)には全面的(ぜんめんてき)に賛同(さんどう)します( "However, I do agree with the letter-writer’s vision of a new alliance being forged at some time in the future, of true Catholics from all corners of the Newchurch and the Church, to carry forward the Catholic Faith (cf.Mt.XIX, 30)." )(訳注後記2). SSPX が現在の諸問題(げんざいの しょもんだい)を振り払(ふりはら)い,その同盟の中で,主導的(しゅどうてき)な,というより,少(すこ)しでもましで,つつましやかな役割を果たす(やくわりを はたす)ようになることを,祈(いの)ります( "May the SSPX shake off its present problems to play a leading part, or, better, a humble part, in that alliance." ).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第5パラグラフの訳注1
旧約聖書エレミアの書・第17章5,7節 "Jer. XVII, 5, 7" (太字+下線部分)
神への信頼(17・5-8)
『*5 (主はおおせられる.)
「人によりたのみ,
肉を自分の腕とし,
その心を主から遠ざける者はのろわれる.
6 彼は,荒れ地のあざみのように,
よいものがきても,それを見ず,
荒野(あれの)の焼けた土地に,
人気のない塩地(しおち)に住んでいる.
*7 主によりたのむ者は幸せである.
主は,彼の希望となられる.
8 彼は,水のほとりに植えた木のように,
その根を川床(かわとこ)にのばし,
暑(あつ)さのときも恐(おそ)れなく,
その葉は緑のまま,
日照り(ひでり)の年も衰(おとろ)えず,
実を結び続(むすびつづ)ける.』
(注釈)
神への信頼(17・5-8)
ここは,知恵(ちえ)のことばを集めたものである.
* * *
第5パラグラフの訳注2
新約聖書マテオ聖福音書・第19章30節 "Mt. XIX, 30" (太字+下線部分)
第19章
結婚と独身(19・1-12)
『イエズスはこう話しおえてガリラヤを去り,*1 ヨルダンの向こうユダヤの地方に行かれた.
大ぜいの人々がついてきたので,その場でかれらを治された.
そのときファリサイ人が来て,イエズスを試みようとして,「何か理由があったら,人は自分の妻(つま)を去らせてよいのですか」と言った.
イエズスは答えられた,「あなたたちは読まなかったのか.はじめにすべてをつくられたお方が*4 人を男と女につくり,〈*5 そこで人は父母を離れてその妻と合い,二人は一体となる〉と言われたことを.*6 もう二人ではなく一体である.人は神が合わせられたものを離してはならぬ」.*7 彼らは「それならなぜモーゼは離縁状を書いて去らせよと命じたのですか」と尋(たず)ねた.「あなたたちの性質が強情(ごうじょう)だから,モーゼは妻を去らすことを許したのだ.だがはじめからそうではなかった.私は言う.同棲(どうせい)の場合は別だが,妻を去らせて他の女と結婚すると,その人は姦通者(かんつうしゃ)である」と答えられた.弟子たちはイエズスに,「妻に対する夫の立場が仰せのとおりなら,男は妻をめとらないほうがましです」と言った.そこで弟子たちに言われた,「みなにこのことばがわかるとは限らぬ.ただそれをわかる恵みを受けた者にだけわかる.つまり母の胎から去勢者として生まれた人があれば,他人の手で去勢された人もあり,また天の国のために自ら去勢した人もある.これを理解できるものは理解せよ」.』
(注釈)
結婚と独身(19・1-12) 〈旧約聖書〉
*1ペレアのこと.
*4創世の書1・27参照.
*5-6創世の書2・24参照.
*6 結婚の不解消性がはっきりと主張されている.
*7 第二法の書24・1参照.
* * *
イエズスと子供(19・13-15)
『そのとき,按手(あんしゅ)して祈ってくださいと言って,人々が子どもを連れてきたが,弟子たちはそれを押しとどめた.イエズスは,「子どものするようにさせておけ.私のところに来るのを止めるな.天の国を受けるのはこのような者たちである」と言われ,彼らに按手してからここを去られた.』
* * *
金持ちの若者(19・16-22)
『そのときある人が近づいて,「よき師よ,永遠の命(えいえんのいのち)を受けるために,私はどんなよいことをすればよいのでしょうか」と尋(たず)ねた.イエズスは,「なぜ私に,よいことについて尋ねるのか.*17 よいお方はただ一人である.命を受けたいのならおきてを守れ」と答えられた.その人が「どのおきてを」と言うと,イエズスは「〈殺すな〉〈姦淫するな〉〈盗むな〉〈偽証するな〉〈父母を敬え〉そして〈隣人(りんじん)を自分のように愛せよ〉これである」と答えられた.若者が「私は(小さい時から)それをみな守ってきました.その他に足りないことがあるでしょうか」と言ったので,イエズスは「もし完全になりたいなら,持ち物を売りに行き,貧しい人々に施(ほどこ)しをせよ.そうすれば天に宝を積(つ)む.それから私についてくるがよい」と言われた.このみことばを聞いて,若者は悲しそうに去っていった.彼は大金持(おおがねも)ちだったからである.』
(注釈)
金持ちの若者(19・16-22)
*17神のこと.
*18〈旧約〉脱出の書20・12-16,第二法の書5・16-20.
ファリサイ人,律法学士は,律法の六一三条を数えていたから,そのうちのどれを守ればよいかと若者は聞いた.
*19〈旧約〉レビの書19・18参照.
* * *
弟子らの受ける報い(19・23-30)
『*23 イエズスは弟子たちに言われた,「まことに私はいう.金持ちは天の国に入(はい)りにくい.*24 またいう.金持ちが天の国に入るよりは,らくだが針の穴(はりのあな)を通るほうがやさしい」.弟子たちはこれを聞いて大いに驚(おどろ)き,「すると救われるのはどんな人ですか」と言った.イエズスは彼らをじっと見つめて,「それは人間にはできないことだ.だが神にできないことはない」と言われた.そのときペトロは言った,「ごらんのとおり,私たちはすべてを捨ててあなたに従(したが)いました.私たちは何を受けるでしょうか」.イエズスは答えられた,「まことに私は言う.世が改(あらた)まり,人の子(=イエズス)がその栄光の座につくとき,私に従ったあなたたちも十二の座につき,*28 イスラエルの十二族をさばくであろう.また,私の名のために,家,兄弟,姉妹,父,母,子,田畑を捨てる者は,その百倍のものを受け,永遠の命を受け継ぐ(うけつぐ).*30 だが先の者が後になり,後の者が先になることがある.』
(注釈)
弟子らの受ける報(むく)い(19・23-30)
*23-24 実際の貧(まず)しさは,完徳(かんとく)の理想(りそう)であって,単に勧(すす)めである(マテオ聖福音書5・3).
しかし心の貧しさはイエズスの弟子となりたい者への命令である.それゆえ富に執着(しゅうちゃく)する者は救われない.富はそのものとして悪いのではないが,悪い人間の手に富がゆだねられる時,災(わざわ)いの元となり,善い人間の手にわたれば,善業(ぜんぎょう)と功徳(くどく)の手段(しゅだん)となる.
*28 「イスラエルの十二族をさばく」
旧約聖書の用語で「さばく」は支配するという意味である.
「十二族」は新しいイスラエル,すなわち「教会」のことである.
* * *
2013年10月12日土曜日
326 めでたい記念日 10/12
エレイソン・コメンツ 第326回 (2013年10月12日)
ルフェーブル大司教( "Archbishop Lefebvre" )が何をなされたかを理解(りかい)しているカトリック信徒の皆さんすべてにとって良いニュースをお伝えします( "I have good news for all Catholics who understood what Archbishop Lefebvre was about." ).イングランド南東部(なんとうぶ)にある8寝室(しんしつ)の家屋(かおく)を購入(こうにゅう)する計画が進行中で,ここが聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX )と無関係(むかんけい)に仕事(しごと)を続(つづ)けたいと願(ねが)う人たちなら誰でも使える作戦拠点(さくせん きょてん)になります( "An eight-bedroom house is being bought in south-east England to serve as a base of operations for anybody wishing to continue his work outside of the present SSPX" ).私は SSPX から除名(じょめい)されて丸1年(まるいちねん)のあいだ,少(すく)なくとも物質的(ぶっしつてき)には目立(めだ)たないように振る舞い(ふるまい), SSPX 内で事態(じたい)がどう進行しんこう)するか眺(なが)めてきました.だが,悲(かな)しいことに事態は少しも良(よ)くなっていません( "For a whole year since my “exclusion” from the SSPX I have lain low, at least physically speaking, to watch and wait to see how things would develop within the SSPX, but they are not getting any better, alas." ).
ルフェーブル大司教が生きておられたら,彼は第二公会議後(だいにこうかいぎ ご)のローマ(教皇庁〈きょうこうちょう〉)がカトリック教の感覚(かんかく)を取り戻す(とりもどす)ことで, SSPX が伝統(でんとう)を守り続ける(まもりつづける)必要(ひつよう)もなくなるだろうと願(ねが)われたことでしょう( "And so just as the Archbishop can only have wished that Conciliar Rome would come back to its Catholic senses so that there would be no further need for his Society to maintain Tradition, …" ).それと同(おな)じように,私たちも現在(げんざい)の SSPX 指導者(しどうしゃ)たちが大司教の考え方に立ち戻(たちもど)ってくれれば,彼らが固執(こしつ)する実質的(じっしつてき)公会議主義(こうかいぎ しゅぎ)に対して抵抗運動(ていこう うんどう)など続ける必要がなくなると願いたくなります( "… so too one might now wish that the present SSPX leaders would come back to the Archbishop’s way of thinking about Conciliar Rome, so that resistance to their virtual conciliarism would be unnecessary. " ).だが,願望(がんぼう)が現実(げんじつ)を消し去る(けしさる)ことはありません( "But wishes do not make reality go away, …" ).ここでいう現実とは,公会議派(は)のローマが頑(かたく)なに背教(はいきょう)を続けているように( "… and that reality is that just as Conciliar Rome is obdurate in its apostasy, …" ), SSPX 指導者たちが大司教の遺産いさん),すなわち真実に対する権威,を自分たちの好きなように解釈して自らの権威を推し進めることを止めようとしていないことです( "… so too the SSPX leaders have not stopped promoting their own authority to do what they like with the Archbishop’s legacy – authority over truth." )(訳注後記1).真実の教会の継続的業務(けいぞくてき ぎょうむ)のために家屋購入(かおく こうにゅう)が必要(ひつよう)となった( 訳注・直訳=れんがとモルタル(塗装剤〈とそうざい〉購入の必要性. "some bricks and mortar have become a necessity" )のはこうした理由によるものです( "That is why some bricks and mortar have become a necessity for the on-going service of the true Church." ).
イングランド "England" に家屋(かおく)を購入(こうにゅう)するのは,私が外国人(がいこくじん)として退去処分(たいきょ しょぶん)されない唯一(ゆいいつ)の国(くに)がイングランドだからです( "The house is being bought in England because England is the only country that I cannot be thrown out of as a foreigner." ).対象(たいしょう)の家屋はイングランドにしては比較的(ひかくてき)気候(きこう)の穏(おだ)やかな南東部(なんとうぶ)のロンドンから急行列車(きゅうこう れっしゃ)でさほど(=左程・然程)離(はな)れていない町(まち)にあり,パリ "Paris" とブリュッセル "Brussels" から発車(はっしゃ)するユーロスター "Eurostar" 特急列車(とっきゅう れっしゃ)からのアクセスが容易(ようい)なところに位置(いち)しています( "It is in south-east England with a relatively gentle climate for England, in a town not too far by fast train from London, and of easy access by Eurostar from Paris and Brussels." ).美(うつく)しい海辺(うみべ)の町で,司祭(しさい)たちが訪(おとず)れ,緊張(きんちょう)をほぐし,(思慮分別〈しりょふんべつ〉をもって)話し合い(はなしあい),今日(こんにち)の困難(こんなん)な職務遂行(しょくむ すいこう)のためもう一度気を引き締める(きを ひきしめる)には快適(かいてき)な場所(ばしょ)です( "It is a picturesque town, and should be an agreeable place for priests to visit, to wind down, to talk (in all discretion), and to wind up again for today’s difficult apostolate." ).だが,家屋の購入には40万ポンド(40まんポンド)程度が必要で,その維持費(いじひ)は私が現在(げんざい)住(す)んでいて,どうしても必要(ひつよう)とはおもっていない質素(しっそ)な家(いえ)より多くかかります( "But it will cost more or less £400,000 to buy, and it will cost rather more to run than my present frugal way of life, for which I have not been in need and have hardly appealed." ).自(みずか)ら困窮(こんきゅう)している人たちは寄付(きふ)しようなどと考(かんが)えないでください(新約聖書・聖パウロによるコリントの信徒への書簡〈しょかん〉〈後書〉第8章12,13節〈 "II Cor. VIII, 12-13" 〉参照)( "Let people who are themselves in need not think of contributing (see II Cor.VIII, 12-13), …" ).だが,不安定(ふあんてい)な投資(とうし)を抱(かか)えた投資家(とうしか)たちは,株式市場(かぶしき しじょうが崩壊(ほうかい)し,今日(こんにち)の紙幣(しへい)がインフレで跡形(あとかた)もなくなる前に,ぜひその資金(しきん)を天国(てんごく)の完全に安全(かんぜんに あんぜん)な銀行口座(ぎんこう こうざ)に移(うつ)すようお考(かんが)えください( "… but let investors with fragile investments think of transferring funds to their completely secure bank accounts in Heaven before the stock markets collapse and before today’s paper monies are inflated out of all recognition." ).私は家屋購入額(かおくこうにゅう がく)の10パーセントを2か月以内(2かげつ いない)に,残(のこ)りをその後(ご)間もなく(まもなく)調達(ちょうたつ)しなければなりません( "I must find within two months or so a tenth of the sum, and the rest soon afterwards." ).
* いずれの通貨建て(つうか だて)でも,クレジットカードまたはデビットカードで少額(しょうがく)の寄付(きふ)をなされる( "… small credit- or debit-card contributions" )方(かた)は世界中(せかいじゅう)のとこからでも PayPal 経由で私たちの手元(てもと)に簡単(かんたん)に届(とど)きます( www.paypal.com/sendmoney にアクセスし buildingfund@stmarcelinitiative.com. 宛(あ)てにお送(おく)りください) ( " * In ANY CURRENCY small credit- or debit-card contributions from anywhere in the world can easily reach us via PayPal. ( Go to www.paypal.com/sendmoney and send the contribution to buildingfund@stmarcelinitiative.com ) " ). * 英国ポンド建てで銀行手形(ぎんこうてがた,"banker’s draft" )もしくは小切手(こぎって,"checks" )により寄付される方は St Marcel Initiative, P.O. Box 423, Deal CT 14 4BF, England に宛てにお送りください( " * Contributions in POUNDS STERLING by banker’s draft or check should be made out and sent to the St Marcel Initiative, P.O. Box 423, Deal CT 14 4BF, England. " ).* 米(べい)ドル建(だ)て銀行手形もしくは小切手による寄付も St Marcel Initiative に宛て, 9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USA へお送りください(米国からの寄付は即座〈そくざ〉に税金控除〈ぜいきん こうじょ〉の対象〈たいしょう〉となります)( " * Banker’s drafts or checks in US DOLLARS should likewise be made out to St Marcel Initiative and sent to 9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USA (the US contributions will soon be tax-deductible). " ).
→(訳注・数字の修正…St Marcel Initiative 宛てのご寄付の宛先の番地を, 6051 〈誤〉から 9051 〈正〉に修正いたしました.
正しくは,9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USAです.
〈宛先の住所の番号が 6051 となっていたのは誤〈あやま〉りです.〉)
* ユーロ建て寄付の場合は,小切手を “Institut Culturel St Benoit” 宛てにし, ICSB, BP 60232, F78002 Versailles Cedex, France へお送りください( " * In EUROS, checks made out to “Institut Culturel St Benoît” should be posted to ICSB, BP 60232, F78002 Versailles Cedex, France. " ).ユーロ建て寄付金についてもフランス国内(こくない)からの場合, RIB - 20041 01012 6704 141J033 09 へ,フランス国外(こくがい)からの場合, the International Bank Account Number IBAN - FR85 2004 1010 1267 0414 1J03 309 へ, BIC – PSSTFRPPSCE を書き加えることで(かきくわえることで),電信送金(でんしん そうきん)が可能(かのう)です( "Euros can also be sent by wire transfer from inside France to RIB - 20041 01012 6704 149J033 09; from outside France to the International Bank Account Number IBAN - FR85 2004 1010 1267 0414 9J03 309, with BIC – PSSTFRPPSCE" ) *その他の電信送金の場合は,buildingfund@dinoscopus.org へEメール(電子〈でんし〉メール)で詳細(しょうさい)をお問い合わせ(おといあわせ)ください.米国内(べいこくない)からの場合は www.stmarcelinitiative.com の "e-check/bank wire" をご利用いただければ便利(べんり)です ( " * For other bank wire transfers, please write to us for details at buildingfund@dinoscopus.org, or, in the USA, use the convenient “e-check/bank wire” form at www.stmarcelinitiative.com . " ).
上記(じょうき)いずれの寄付の場合も “Building Fund” と印(しる)してください.あらゆるご支援(ごしえん)に対し前もってお礼を申し上げます( "Any contribution please mark “Building Fund”. Thank you in advance for all and any help.
Kyrie eleison." ).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第2パラグラフの訳注1:
「…SSPX 指導者たちが大司教の遺産,すなわち真実に対する権威,を自分たちの好きなように解釈して自らの権威を推し進めることを止めようとしていない…」
についての説明.
・SSPX の指導者たちは,「真実〈=真理〉」について,
・「独善的〈どくぜんてき〉〈=恣意的〈しいてき〉〉
・ご都合主義的〈ごつごうしゅぎてき〉 "opportunistic" に解釈(かいしゃく)された「偽(にせ)の権威主義(けんいしゅぎ)」により,
・「真実」とはその時々〈ときどき〉の時代〈じだい〉に合(あ)わせて変遷〈へんせん〉してゆく「一時的(いちじてき)」な存在であるという,捻じ曲〈ねじま〉げられた偽(いつわ)りの解釈〈かいしゃく〉に同調(どうちょう)し,
・永遠〈えいえん〉に不変〈ふへん〉かつ変更不可能〈へんこう ふかのう〉であるはずの「真実〈=真理〉」を「一時的(いちじてき)に存続するだけの限界〈げんかい〉ある偽〈にせ〉の権威〈けんい〉」によって支配(しはい)しようとしている).
・「真実」とは「神」のことで,いつの時代(じだい)にも変わらない永遠の存在(えいえんのそんざい)である.
・たとえば数学の法則「1+1」の解答は「2」ということが永遠に変わらない「不変の真理」であるように,「宇宙・地上のあらゆる原理・法則・自然」は,「神に創造され,神によって定められ」,
・「神そのものに等(ひと)しく,完全無欠な存在」である.また,「ことごとく神の御意志を反映して存在している.」
・したがってまた神と完全に調和した関係のもとに存在しており,一切の不完全・不調和・偶然(ぐうぜん)はそこに共存し得ない.
・この原理は真実であり,すなわち「事実・実存」であり,決して「迷信(めいしん)」や「(不確〈ふたし〉かな)宗教(しゅうきょう)」といって済ませられるような「幻想(げんそう)」や「錯覚(さっかく)」ではない.
・しっかりと現実に立つ人ならば,「カトリックの信仰」とは「迷信すなわち迷(まよ)った信心・よく判(わか)らない信心にふけること」では決してなく,
・真っ直ぐに「事実を認識し,現実 "Reality" をしっかりと冷静に見据(みす)えて,誤魔化(ごまか)すことなく,真の正義,善徳(=他者や自然と平和に共存すること)に従(したが)って,人生を真面目(まじめ)に生きて行くこと」であり,
・この真理は全宇宙・地上ともに共通の永遠の原理である.
・有限な人間が「永遠の神・神の摂理(せつり)"Providence" 」を変えようとしても,それは不可能なことである.
・「偽り」からあらゆる「不調和」「不和」が生まれる.
・「真実」を守らなければ,人間は誰でも,万事において,身も心も平穏無事(へいおんぶじ)に生きていくことができない.
・新約聖書・ヤコボの手紙:第3章13-18節,エフェゾの信徒への手紙:第4章1-6節を参照.
ヤコボの手紙:第3章13節-第5章20節
『あなたたちの中に賢明(けんめい)なそして経験(けいけん)のある人がいるだろうか.その人はよい生活をし,知識(ちしき)と柔和(にゅうわ)をもってその業(わざ)を行っていることを示せ.しかし,心で苦々(にがにが)しい熱心と争(あらそ)いを好んでいるのなら,自(みずか)ら誇(ほこ)らず,また真理(しんり)に背(そむ)いて偽(いつわ)るな.その知識は上(うえ)(=天)から下(くだ)るものではなく,地上的(ちじょうてき)な情欲的(じょうよくてき)な悪魔的(あくまてき)なものである.ねたみと争いの心のあるところには乱(みだ)れとすべての悪(あく)がある.
上からの知恵(ちえ)はまず清(きよ)いもの,そして平和(へいわ)な寛容(かんよう)な謙譲(けんじょう)なもの,あわれみと良い実(よいみ)に満(み)ち,人を差別(さべつ)せず,偽らないものである.義(=正義)の実は平和を行う人々のために,平和のうちにまかれるものである.
あなたたちの中の戦争と争いはどこから来るのか.肢体(したい)の中で戦っている欲望(よくぼう)から出るのではないか.あなたたちが望(のぞ)んでも得(え)られず,ねたみそねんでも取(と)れず,戦い争っても何も得られないのは,求(もと)めないからである.
あなたたちは求めても与えられない.快楽(かいらく)に費(つい)やすために悪い意向(わるい いこう)をもって求めるからである.
姦通者(かんつうしゃ)(=神に不忠実な者)よ,あなたたちが世の友(よの とも)となるのは,神を敵(てき)にすることだと知らないのか.世の友となる者は,神の敵となる.「神は私たちに住(す)まわせた霊(れい)(=人間の心,霊魂〈れいこん〉のこと)をねたむほど愛される」と聖書にあるのはむなしいことばだと思うのか.
しかし神はより豊(ゆた)かな恵(めぐ)みを下される.「神はおごる者に逆(さか)らい,へりくだる者を恵まれる」と聖書にある.だから,あなたたちは神に従(したが)い,悪魔に逆らえ.そうすれば悪魔はあなたたちから逃げ去(にげさ)る.神に近(ちか)づけ.そうすれば神はあなたたちに近づかれる.罪人よ,手を清(きよ)めよ.二心(ふたごころ)の者よ,心を清めよ.自分のみじめさを思い知れ,泣(な)け,うめきもだえよ.あなたたちの笑(わら)いを涙(なみだ)に,喜(よろこ)びを悲(かな)しみに変(か)えよ.主のみ前(みまえ)にへりくだれ.そうすれば主はあなたたちを高められる.
兄弟たちよ,互いに悪口(あっこう)を言うな.兄弟をそしり兄弟をさばく者は,律法(りつぽう)をそしり律法をさばく者である.あなたが律法をさばくなら,あなたは律法の守り手(まもりて)ではなくさばく人である.しかし,立法者(りっぽうしゃ)と審判者(しんぱんしゃ)はただ一人,救(すく)うことも滅(ほろ)ぼすこともできるお方(=全能の神)である.すると隣人(りんじん)をさばこうとするあなたは何者か.
「今日か明日,私たちはここの町へ行き,一年の間そこに滞在し,商売してもうけよう」と言う者よ,聞け.あなたたちは明日がどうなるかを知らない.あなたたちの命(いのち)とは何か.あなたたちはしばらく現(あらわ)れて瞬く間(またたく ま)に消える湯気(きえる ゆげ)である.むしろ,「主のみ旨(むね)なら私たちは生きて,あのこと このことをしよう」と言わねばならない.しかし今あなたたちは,思い上がり高ぶっている.だがそういう高ぶりがよくない.しなければならぬ善を知りながらそれをしない者は(神のみ前に)罪を犯したことになる.」
さて富(と)む人々よ,あなたたちに降(ふ)りかかろうとする災難(さいなん)のために泣き叫(なきさけ)べ.あなたたちの富(とみ)は朽(く)ち,衣服(いふく)はむしばまれ,金銀は錆(さ)びた.その錆(さび)はあなたたちに対する訴え(うったえ)であり,あなたたちの肉を火(ひ)のように食い尽(くいつ)くすであろう.その火はあなたたちがこの最後の日々に蓄(たくわ)えたものである.畑(はたけ)を刈り入(かりい)れた働き人(はたらき びと)にあなたたちが払(はら)わなかった賃金(ちんぎん)は叫(さけ)び,刈り入れ人(かりいれ びと)の叫(さけ)びは万軍(ばんぐん)の主(しゅ)の御耳(おん みみ)に届(とど)いた.あなたたちはこの地上で楽しみ,快楽にふけり,ほふられる日に心を満足させた.あなたたちは義人(ぎじん)を罪に定めそして殺したが,彼はあなたたちに逆らわなかった.
兄弟たちよ,主が来(こ)られるまで忍耐(にんたい)せよ.見よ,農夫(のうふ)は地の尊(とうと)い実を秋と春の雨が来るまで忍耐して待つ.あなたたちも忍耐し,心を固めよ.主が来られるのは近(ちか)い.兄弟たちよ,さばきを逃(のが)れたいのなら互いに不平(ふへい)を言うな.
審判者は門(もん)の前に立たれる.兄弟たちよ,根気(こんき)と忍耐の模範(もはん)として,主のみ名によって話した預言者(よげんしゃ)たちを思(おも)え.私たちは苦(くる)しみを耐え忍(たえしの)んだ者を幸(さいわ)いな者と呼(よ)んでいる.あなたたちはヨブの忍耐を聞き,主が彼にどんな最後(さいご)を与(あた)えられたかを知(し)っている.主は慈悲(じひ)とあわれみに満(み)ちておられる.
ともあれ兄弟たちよ,何よりも,天を指(さ)しても地を指してもあるいはその他のものを指しても誓(ちか)うな.あなたたちは「はい」を「はい」とし,「いいえ」を「いいえ」とせよ.そうすればさばかれない.
あなたたちの中に苦(くる)しんでいる人がいるなら,その人は祈(いの)れ.喜(よろこ)んでいる人がいるなら,その人は賛美(さんび)を歌(うた)え.病気(びょうき)の人がいるなら,その人は教会の長老(ちょうろう)たちを呼(よ)べ.彼らは主のみ名によって(=キリストの命令(めいれい)と権威(けんい)によって)油(あぶら)(=終油の秘跡〈しゅうゆの ひせき〉=臨終〈りんじゅう〉に瀕〈ひん〉しているカトリック信者が受ける)をぬってから祈(いの)りをとなえる. そして信仰(しんこう)による祈りは病気の人を救(すく)う.主は彼を立たせ,もし罪を犯しているなら,それをゆるされるであろう.互(たが)いに罪(つみ)を告白(こくはく)し,治(なお)されるために互いに祈れ.義人の熱心(ねっしん)な祈りがあれば効果(こうか)がある.(預言者)エリアは私たちと同じ人間であったが,雨(あめ)が降(ふ)らないように祈ったので,三年六か月の間地上に雨が降らなかった.そしてまた祈ったので,天は雨を与(あた)え地にはその実がみのった.
兄弟たちよ,あなたたちの中に真理(しんり)から迷(まよ)った者がいて,ある人がそれを連(つ)れもどしたとしよう.一人の人を迷いの道(みち)から連れもどす人は,自分の霊魂(れいこん)を死(し)から救い,多くの罪を消(け)すことを知れ.』
(引き続き聖書を追補掲載いたします.)
* * *
ルフェーブル大司教( "Archbishop Lefebvre" )が何をなされたかを理解(りかい)しているカトリック信徒の皆さんすべてにとって良いニュースをお伝えします( "I have good news for all Catholics who understood what Archbishop Lefebvre was about." ).イングランド南東部(なんとうぶ)にある8寝室(しんしつ)の家屋(かおく)を購入(こうにゅう)する計画が進行中で,ここが聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX )と無関係(むかんけい)に仕事(しごと)を続(つづ)けたいと願(ねが)う人たちなら誰でも使える作戦拠点(さくせん きょてん)になります( "An eight-bedroom house is being bought in south-east England to serve as a base of operations for anybody wishing to continue his work outside of the present SSPX" ).私は SSPX から除名(じょめい)されて丸1年(まるいちねん)のあいだ,少(すく)なくとも物質的(ぶっしつてき)には目立(めだ)たないように振る舞い(ふるまい), SSPX 内で事態(じたい)がどう進行しんこう)するか眺(なが)めてきました.だが,悲(かな)しいことに事態は少しも良(よ)くなっていません( "For a whole year since my “exclusion” from the SSPX I have lain low, at least physically speaking, to watch and wait to see how things would develop within the SSPX, but they are not getting any better, alas." ).
ルフェーブル大司教が生きておられたら,彼は第二公会議後(だいにこうかいぎ ご)のローマ(教皇庁〈きょうこうちょう〉)がカトリック教の感覚(かんかく)を取り戻す(とりもどす)ことで, SSPX が伝統(でんとう)を守り続ける(まもりつづける)必要(ひつよう)もなくなるだろうと願(ねが)われたことでしょう( "And so just as the Archbishop can only have wished that Conciliar Rome would come back to its Catholic senses so that there would be no further need for his Society to maintain Tradition, …" ).それと同(おな)じように,私たちも現在(げんざい)の SSPX 指導者(しどうしゃ)たちが大司教の考え方に立ち戻(たちもど)ってくれれば,彼らが固執(こしつ)する実質的(じっしつてき)公会議主義(こうかいぎ しゅぎ)に対して抵抗運動(ていこう うんどう)など続ける必要がなくなると願いたくなります( "… so too one might now wish that the present SSPX leaders would come back to the Archbishop’s way of thinking about Conciliar Rome, so that resistance to their virtual conciliarism would be unnecessary. " ).だが,願望(がんぼう)が現実(げんじつ)を消し去る(けしさる)ことはありません( "But wishes do not make reality go away, …" ).ここでいう現実とは,公会議派(は)のローマが頑(かたく)なに背教(はいきょう)を続けているように( "… and that reality is that just as Conciliar Rome is obdurate in its apostasy, …" ), SSPX 指導者たちが大司教の遺産いさん),すなわち真実に対する権威,を自分たちの好きなように解釈して自らの権威を推し進めることを止めようとしていないことです( "… so too the SSPX leaders have not stopped promoting their own authority to do what they like with the Archbishop’s legacy – authority over truth." )(訳注後記1).真実の教会の継続的業務(けいぞくてき ぎょうむ)のために家屋購入(かおく こうにゅう)が必要(ひつよう)となった( 訳注・直訳=れんがとモルタル(塗装剤〈とそうざい〉購入の必要性. "some bricks and mortar have become a necessity" )のはこうした理由によるものです( "That is why some bricks and mortar have become a necessity for the on-going service of the true Church." ).
イングランド "England" に家屋(かおく)を購入(こうにゅう)するのは,私が外国人(がいこくじん)として退去処分(たいきょ しょぶん)されない唯一(ゆいいつ)の国(くに)がイングランドだからです( "The house is being bought in England because England is the only country that I cannot be thrown out of as a foreigner." ).対象(たいしょう)の家屋はイングランドにしては比較的(ひかくてき)気候(きこう)の穏(おだ)やかな南東部(なんとうぶ)のロンドンから急行列車(きゅうこう れっしゃ)でさほど(=左程・然程)離(はな)れていない町(まち)にあり,パリ "Paris" とブリュッセル "Brussels" から発車(はっしゃ)するユーロスター "Eurostar" 特急列車(とっきゅう れっしゃ)からのアクセスが容易(ようい)なところに位置(いち)しています( "It is in south-east England with a relatively gentle climate for England, in a town not too far by fast train from London, and of easy access by Eurostar from Paris and Brussels." ).美(うつく)しい海辺(うみべ)の町で,司祭(しさい)たちが訪(おとず)れ,緊張(きんちょう)をほぐし,(思慮分別〈しりょふんべつ〉をもって)話し合い(はなしあい),今日(こんにち)の困難(こんなん)な職務遂行(しょくむ すいこう)のためもう一度気を引き締める(きを ひきしめる)には快適(かいてき)な場所(ばしょ)です( "It is a picturesque town, and should be an agreeable place for priests to visit, to wind down, to talk (in all discretion), and to wind up again for today’s difficult apostolate." ).だが,家屋の購入には40万ポンド(40まんポンド)程度が必要で,その維持費(いじひ)は私が現在(げんざい)住(す)んでいて,どうしても必要(ひつよう)とはおもっていない質素(しっそ)な家(いえ)より多くかかります( "But it will cost more or less £400,000 to buy, and it will cost rather more to run than my present frugal way of life, for which I have not been in need and have hardly appealed." ).自(みずか)ら困窮(こんきゅう)している人たちは寄付(きふ)しようなどと考(かんが)えないでください(新約聖書・聖パウロによるコリントの信徒への書簡〈しょかん〉〈後書〉第8章12,13節〈 "II Cor. VIII, 12-13" 〉参照)( "Let people who are themselves in need not think of contributing (see II Cor.VIII, 12-13), …" ).だが,不安定(ふあんてい)な投資(とうし)を抱(かか)えた投資家(とうしか)たちは,株式市場(かぶしき しじょうが崩壊(ほうかい)し,今日(こんにち)の紙幣(しへい)がインフレで跡形(あとかた)もなくなる前に,ぜひその資金(しきん)を天国(てんごく)の完全に安全(かんぜんに あんぜん)な銀行口座(ぎんこう こうざ)に移(うつ)すようお考(かんが)えください( "… but let investors with fragile investments think of transferring funds to their completely secure bank accounts in Heaven before the stock markets collapse and before today’s paper monies are inflated out of all recognition." ).私は家屋購入額(かおくこうにゅう がく)の10パーセントを2か月以内(2かげつ いない)に,残(のこ)りをその後(ご)間もなく(まもなく)調達(ちょうたつ)しなければなりません( "I must find within two months or so a tenth of the sum, and the rest soon afterwards." ).
* いずれの通貨建て(つうか だて)でも,クレジットカードまたはデビットカードで少額(しょうがく)の寄付(きふ)をなされる( "… small credit- or debit-card contributions" )方(かた)は世界中(せかいじゅう)のとこからでも PayPal 経由で私たちの手元(てもと)に簡単(かんたん)に届(とど)きます( www.paypal.com/sendmoney にアクセスし buildingfund@stmarcelinitiative.com. 宛(あ)てにお送(おく)りください) ( " * In ANY CURRENCY small credit- or debit-card contributions from anywhere in the world can easily reach us via PayPal. ( Go to www.paypal.com/sendmoney and send the contribution to buildingfund@stmarcelinitiative.com ) " ). * 英国ポンド建てで銀行手形(ぎんこうてがた,"banker’s draft" )もしくは小切手(こぎって,"checks" )により寄付される方は St Marcel Initiative, P.O. Box 423, Deal CT 14 4BF, England に宛てにお送りください( " * Contributions in POUNDS STERLING by banker’s draft or check should be made out and sent to the St Marcel Initiative, P.O. Box 423, Deal CT 14 4BF, England. " ).* 米(べい)ドル建(だ)て銀行手形もしくは小切手による寄付も St Marcel Initiative に宛て, 9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USA へお送りください(米国からの寄付は即座〈そくざ〉に税金控除〈ぜいきん こうじょ〉の対象〈たいしょう〉となります)( " * Banker’s drafts or checks in US DOLLARS should likewise be made out to St Marcel Initiative and sent to 9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USA (the US contributions will soon be tax-deductible). " ).
→(訳注・数字の修正…St Marcel Initiative 宛てのご寄付の宛先の番地を, 6051 〈誤〉から 9051 〈正〉に修正いたしました.
正しくは,9051 Watson Rd., Suite 279, Crestwood, MO 63126, USAです.
〈宛先の住所の番号が 6051 となっていたのは誤〈あやま〉りです.〉)
* ユーロ建て寄付の場合は,小切手を “Institut Culturel St Benoit” 宛てにし, ICSB, BP 60232, F78002 Versailles Cedex, France へお送りください( " * In EUROS, checks made out to “Institut Culturel St Benoît” should be posted to ICSB, BP 60232, F78002 Versailles Cedex, France. " ).ユーロ建て寄付金についてもフランス国内(こくない)からの場合, RIB - 20041 01012 6704 141J033 09 へ,フランス国外(こくがい)からの場合, the International Bank Account Number IBAN - FR85 2004 1010 1267 0414 1J03 309 へ, BIC – PSSTFRPPSCE を書き加えることで(かきくわえることで),電信送金(でんしん そうきん)が可能(かのう)です( "Euros can also be sent by wire transfer from inside France to RIB - 20041 01012 6704 149J033 09; from outside France to the International Bank Account Number IBAN - FR85 2004 1010 1267 0414 9J03 309, with BIC – PSSTFRPPSCE" ) *その他の電信送金の場合は,buildingfund@dinoscopus.org へEメール(電子〈でんし〉メール)で詳細(しょうさい)をお問い合わせ(おといあわせ)ください.米国内(べいこくない)からの場合は www.stmarcelinitiative.com の "e-check/bank wire" をご利用いただければ便利(べんり)です ( " * For other bank wire transfers, please write to us for details at buildingfund@dinoscopus.org, or, in the USA, use the convenient “e-check/bank wire” form at www.stmarcelinitiative.com . " ).
上記(じょうき)いずれの寄付の場合も “Building Fund” と印(しる)してください.あらゆるご支援(ごしえん)に対し前もってお礼を申し上げます( "Any contribution please mark “Building Fund”. Thank you in advance for all and any help.
Kyrie eleison." ).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第2パラグラフの訳注1:
「…SSPX 指導者たちが大司教の遺産,すなわち真実に対する権威,を自分たちの好きなように解釈して自らの権威を推し進めることを止めようとしていない…」
についての説明.
・SSPX の指導者たちは,「真実〈=真理〉」について,
・「独善的〈どくぜんてき〉〈=恣意的〈しいてき〉〉
・ご都合主義的〈ごつごうしゅぎてき〉 "opportunistic" に解釈(かいしゃく)された「偽(にせ)の権威主義(けんいしゅぎ)」により,
・「真実」とはその時々〈ときどき〉の時代〈じだい〉に合(あ)わせて変遷〈へんせん〉してゆく「一時的(いちじてき)」な存在であるという,捻じ曲〈ねじま〉げられた偽(いつわ)りの解釈〈かいしゃく〉に同調(どうちょう)し,
・永遠〈えいえん〉に不変〈ふへん〉かつ変更不可能〈へんこう ふかのう〉であるはずの「真実〈=真理〉」を「一時的(いちじてき)に存続するだけの限界〈げんかい〉ある偽〈にせ〉の権威〈けんい〉」によって支配(しはい)しようとしている).
・「真実」とは「神」のことで,いつの時代(じだい)にも変わらない永遠の存在(えいえんのそんざい)である.
・たとえば数学の法則「1+1」の解答は「2」ということが永遠に変わらない「不変の真理」であるように,「宇宙・地上のあらゆる原理・法則・自然」は,「神に創造され,神によって定められ」,
・「神そのものに等(ひと)しく,完全無欠な存在」である.また,「ことごとく神の御意志を反映して存在している.」
・したがってまた神と完全に調和した関係のもとに存在しており,一切の不完全・不調和・偶然(ぐうぜん)はそこに共存し得ない.
・この原理は真実であり,すなわち「事実・実存」であり,決して「迷信(めいしん)」や「(不確〈ふたし〉かな)宗教(しゅうきょう)」といって済ませられるような「幻想(げんそう)」や「錯覚(さっかく)」ではない.
・しっかりと現実に立つ人ならば,「カトリックの信仰」とは「迷信すなわち迷(まよ)った信心・よく判(わか)らない信心にふけること」では決してなく,
・真っ直ぐに「事実を認識し,現実 "Reality" をしっかりと冷静に見据(みす)えて,誤魔化(ごまか)すことなく,真の正義,善徳(=他者や自然と平和に共存すること)に従(したが)って,人生を真面目(まじめ)に生きて行くこと」であり,
・この真理は全宇宙・地上ともに共通の永遠の原理である.
・有限な人間が「永遠の神・神の摂理(せつり)"Providence" 」を変えようとしても,それは不可能なことである.
・「偽り」からあらゆる「不調和」「不和」が生まれる.
・「真実」を守らなければ,人間は誰でも,万事において,身も心も平穏無事(へいおんぶじ)に生きていくことができない.
・新約聖書・ヤコボの手紙:第3章13-18節,エフェゾの信徒への手紙:第4章1-6節を参照.
ヤコボの手紙:第3章13節-第5章20節
『あなたたちの中に賢明(けんめい)なそして経験(けいけん)のある人がいるだろうか.その人はよい生活をし,知識(ちしき)と柔和(にゅうわ)をもってその業(わざ)を行っていることを示せ.しかし,心で苦々(にがにが)しい熱心と争(あらそ)いを好んでいるのなら,自(みずか)ら誇(ほこ)らず,また真理(しんり)に背(そむ)いて偽(いつわ)るな.その知識は上(うえ)(=天)から下(くだ)るものではなく,地上的(ちじょうてき)な情欲的(じょうよくてき)な悪魔的(あくまてき)なものである.ねたみと争いの心のあるところには乱(みだ)れとすべての悪(あく)がある.
上からの知恵(ちえ)はまず清(きよ)いもの,そして平和(へいわ)な寛容(かんよう)な謙譲(けんじょう)なもの,あわれみと良い実(よいみ)に満(み)ち,人を差別(さべつ)せず,偽らないものである.義(=正義)の実は平和を行う人々のために,平和のうちにまかれるものである.
あなたたちの中の戦争と争いはどこから来るのか.肢体(したい)の中で戦っている欲望(よくぼう)から出るのではないか.あなたたちが望(のぞ)んでも得(え)られず,ねたみそねんでも取(と)れず,戦い争っても何も得られないのは,求(もと)めないからである.
あなたたちは求めても与えられない.快楽(かいらく)に費(つい)やすために悪い意向(わるい いこう)をもって求めるからである.
姦通者(かんつうしゃ)(=神に不忠実な者)よ,あなたたちが世の友(よの とも)となるのは,神を敵(てき)にすることだと知らないのか.世の友となる者は,神の敵となる.「神は私たちに住(す)まわせた霊(れい)(=人間の心,霊魂〈れいこん〉のこと)をねたむほど愛される」と聖書にあるのはむなしいことばだと思うのか.
しかし神はより豊(ゆた)かな恵(めぐ)みを下される.「神はおごる者に逆(さか)らい,へりくだる者を恵まれる」と聖書にある.だから,あなたたちは神に従(したが)い,悪魔に逆らえ.そうすれば悪魔はあなたたちから逃げ去(にげさ)る.神に近(ちか)づけ.そうすれば神はあなたたちに近づかれる.罪人よ,手を清(きよ)めよ.二心(ふたごころ)の者よ,心を清めよ.自分のみじめさを思い知れ,泣(な)け,うめきもだえよ.あなたたちの笑(わら)いを涙(なみだ)に,喜(よろこ)びを悲(かな)しみに変(か)えよ.主のみ前(みまえ)にへりくだれ.そうすれば主はあなたたちを高められる.
兄弟たちよ,互いに悪口(あっこう)を言うな.兄弟をそしり兄弟をさばく者は,律法(りつぽう)をそしり律法をさばく者である.あなたが律法をさばくなら,あなたは律法の守り手(まもりて)ではなくさばく人である.しかし,立法者(りっぽうしゃ)と審判者(しんぱんしゃ)はただ一人,救(すく)うことも滅(ほろ)ぼすこともできるお方(=全能の神)である.すると隣人(りんじん)をさばこうとするあなたは何者か.
「今日か明日,私たちはここの町へ行き,一年の間そこに滞在し,商売してもうけよう」と言う者よ,聞け.あなたたちは明日がどうなるかを知らない.あなたたちの命(いのち)とは何か.あなたたちはしばらく現(あらわ)れて瞬く間(またたく ま)に消える湯気(きえる ゆげ)である.むしろ,「主のみ旨(むね)なら私たちは生きて,あのこと このことをしよう」と言わねばならない.しかし今あなたたちは,思い上がり高ぶっている.だがそういう高ぶりがよくない.しなければならぬ善を知りながらそれをしない者は(神のみ前に)罪を犯したことになる.」
さて富(と)む人々よ,あなたたちに降(ふ)りかかろうとする災難(さいなん)のために泣き叫(なきさけ)べ.あなたたちの富(とみ)は朽(く)ち,衣服(いふく)はむしばまれ,金銀は錆(さ)びた.その錆(さび)はあなたたちに対する訴え(うったえ)であり,あなたたちの肉を火(ひ)のように食い尽(くいつ)くすであろう.その火はあなたたちがこの最後の日々に蓄(たくわ)えたものである.畑(はたけ)を刈り入(かりい)れた働き人(はたらき びと)にあなたたちが払(はら)わなかった賃金(ちんぎん)は叫(さけ)び,刈り入れ人(かりいれ びと)の叫(さけ)びは万軍(ばんぐん)の主(しゅ)の御耳(おん みみ)に届(とど)いた.あなたたちはこの地上で楽しみ,快楽にふけり,ほふられる日に心を満足させた.あなたたちは義人(ぎじん)を罪に定めそして殺したが,彼はあなたたちに逆らわなかった.
兄弟たちよ,主が来(こ)られるまで忍耐(にんたい)せよ.見よ,農夫(のうふ)は地の尊(とうと)い実を秋と春の雨が来るまで忍耐して待つ.あなたたちも忍耐し,心を固めよ.主が来られるのは近(ちか)い.兄弟たちよ,さばきを逃(のが)れたいのなら互いに不平(ふへい)を言うな.
審判者は門(もん)の前に立たれる.兄弟たちよ,根気(こんき)と忍耐の模範(もはん)として,主のみ名によって話した預言者(よげんしゃ)たちを思(おも)え.私たちは苦(くる)しみを耐え忍(たえしの)んだ者を幸(さいわ)いな者と呼(よ)んでいる.あなたたちはヨブの忍耐を聞き,主が彼にどんな最後(さいご)を与(あた)えられたかを知(し)っている.主は慈悲(じひ)とあわれみに満(み)ちておられる.
ともあれ兄弟たちよ,何よりも,天を指(さ)しても地を指してもあるいはその他のものを指しても誓(ちか)うな.あなたたちは「はい」を「はい」とし,「いいえ」を「いいえ」とせよ.そうすればさばかれない.
あなたたちの中に苦(くる)しんでいる人がいるなら,その人は祈(いの)れ.喜(よろこ)んでいる人がいるなら,その人は賛美(さんび)を歌(うた)え.病気(びょうき)の人がいるなら,その人は教会の長老(ちょうろう)たちを呼(よ)べ.彼らは主のみ名によって(=キリストの命令(めいれい)と権威(けんい)によって)油(あぶら)(=終油の秘跡〈しゅうゆの ひせき〉=臨終〈りんじゅう〉に瀕〈ひん〉しているカトリック信者が受ける)をぬってから祈(いの)りをとなえる. そして信仰(しんこう)による祈りは病気の人を救(すく)う.主は彼を立たせ,もし罪を犯しているなら,それをゆるされるであろう.互(たが)いに罪(つみ)を告白(こくはく)し,治(なお)されるために互いに祈れ.義人の熱心(ねっしん)な祈りがあれば効果(こうか)がある.(預言者)エリアは私たちと同じ人間であったが,雨(あめ)が降(ふ)らないように祈ったので,三年六か月の間地上に雨が降らなかった.そしてまた祈ったので,天は雨を与(あた)え地にはその実がみのった.
兄弟たちよ,あなたたちの中に真理(しんり)から迷(まよ)った者がいて,ある人がそれを連(つ)れもどしたとしよう.一人の人を迷いの道(みち)から連れもどす人は,自分の霊魂(れいこん)を死(し)から救い,多くの罪を消(け)すことを知れ.』
(引き続き聖書を追補掲載いたします.)
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