エレイソン・コメンツ 第371回 (2014年8月23日)
私が先週のエレイソン・コメンツ(わたくしが せんしゅうの えれいそん・こめんつ)( EC 370回)で「抵抗運動(ていこう うんどう)」が「あまり進展(しんてん)していないように見える(みえる)」と述(の)べたことについて,読者の一部(どくしゃの いちぶ)からはっきりとした異議申し立て(いぎ もうし たて)がありました( "Some readers of these « Comments » no doubt objected to the reference made last week (EC 370) to the « Resistance » presently making « little apparent headway »." ).彼らは私が果敢(かかん)に戦闘準備命令を出した方(せんとう じゅんび めいれいを だした ほう)がよかったのにと思(おも)われたかもしれません( "They might have preferred a valiant call to arms." ).だが,私たちは現実的な態度を持ち続け(げんじつ てきな たいどを もち つづけ)なければなりません( "But we must stay real." ).一例を挙げ(いちれいを あげ)ましょう.ブラジル(ぶらじる)にある伝統派(でんとうは)のカンポス教区(かんぽす きょうく)( "the Traditional diocese of Campos in Brazil" )が2002年(にせんに ねん)に新ローマ(教皇庁)(しんろーま〈きょうこうちょう〉)( "Newrome" )の手中に落ちた時(しゅちゅうに おちた とき)( "For instance, when the Traditional diocese of Campos in Brazil fell back into the arms of Newrome back in 2002, …" ),私たちの何人か(わたくしたちの なんにんか)はディ・カストロ・マイエル司教(でぃ かすとろ まいえる しきょう)( "Bishop de Castro Mayer" )の神学校で養成(しんがっこうで ようせい)されたおよそ25名の司祭(にじゅうごめいの しさい)たちのうち,少(すく)なくとも数名(すうめい)は隊列を離れ反対に回る(たいれつを はなれ はんたいに まわる)だろうと言(い)わなかったでしょうか?( " … did not several of us say that out of some 25 priests formed in Bishop de Castro Mayer’s school, at least a few would break ranks ? " ) だが実際(じっさい)には,司祭たちのなかで自立(じりつ)して,善良な司教による真の伝統擁護(ぜんりょうな しきょう による まことの でんとう ようご)を共に続けた者(ともに つづけた もの)はひとりもいませんでした( "Yet not one of them has gone independent since then to continue the good Bishop’s true defence of Tradition, …" ).彼らはすべて程度の差(ていどの さ)こそあれ今(いま)ではネオモダニスト(ねお もだにすと)( "neomodernist" )の滑り台に乗って(すべりだいに のって)います( "… and so all of them are more or less on the neo-modernist slide." ).それでも,私たちが現実的な態度(げんじつ てきな たいど)を確かに持ち続け(たしかに もちつづけ)ていれば,(そのような事態〈じたい〉が起〈お〉きても)何も言う(なにも いう)ことはありません( "However, if we do stay real, there is not nothing to be said." ).
先ず初め(まず はじめ)に,神は神(まず はじめに,かみは かみ)です( "First of all, God is God, …" ).ですから神はこのような危機(きき)を私たちの流儀(りゅうぎ)でなく御自ら(おん みずから)の流儀で起(お)こされます( "… and he is conducting this crisis his way and not ours." ).「私の考え(かんがえ)はあなたたちの考えではない,あなたたちの流儀(りゅうぎ)は私の流儀ではない,と主は言われ(しゅは いわれ)ます.」(旧約聖書〈きゅうやく せいしょ〉・イザヤの書:第55章8節〈いざやの しょ:だい ごじゅうご しょう はっせつ〉)( " “My thoughts are not your thoughts, your ways are not my ways, says the Lord” (Is. LV, 8). " )(訳注後記1).私たちは先見の明(せんけんの めい)ある諸々の司祭(もろもろの しさい)たちや一般信徒(いっぱん しんと)が手を取り合って立ち上がり神の敵に立ち向かう(てを とりあって たちあがり かみの てきに たちむかう)ことを夢見(ゆめ み)ます( "We dream of the clear-sighted priests and laity banding together to stand up to his enemies, …" ).だが,神は御自らの羊や教会の世話(おん みずからの ひつじや きょうかいの せわ)をしてもらうために,誰か他の者(だれか ほかの もの)の「抵抗運動(ていこう うんどう)」( " “Resistance” " )など必要(ひつよう)としません( "… but God does not need anybody’s “Resistance” to look after his sheep or save his Church." ).40年前(よんじゅう ねん まえ),ルフェーブル大司教(るふぇーぶる だいしきょう)( "Archbishop Lefebvre" )は一握りの仲間の司祭(ひとにぎりの なかまの しさい)たちが側(そば)にいてくれて,公会議派の強圧的な力を遮る(こうかいぎはの きょうあつてきな ちからを さえぎる)ためバリケードを打ち立て(ばりけーどを うちたて)てくれればと期待(きたい)しました( "Forty years ago when Archbishop Lefebvre hoped for and looked for a handful of fellow-bishops to stand beside him in public and throw up a real road-block in the way of the Conciliar steam-roller, …" ).本気で探せば(ほんきで さがせば),そのような司祭(しさい)たちは見(み)つかったでしょうが,大司教は決(けっ)してそうしませんでした( "… surely he might have found them, but he never did." ).事実(じじつ),神は現状を救う(かみは げんじょうを すくう)ためきっと介入(かいにゅう)されるでしょうし( "In fact when God intervenes to save the situation, …" ),実際(じっさい)にされるとすれば,それは神が御自身の御母(=聖母)を通して(かみが ごじしんの おんはは〈=せいぼ〉をとおして)なされる御自身の行動(こうどう)であるのは明白(めいはく)です( "… as he certainly will, it will be obvious that the rescue was his doing, through his Mother. " ).
第二(だいに)に,5世紀以上(ごせいき いじょう)もはびこり続(つづ)ける人間中心主義の中(にんげん ちゅうしん しゅぎの なか)で,人間(にんげん)があまりにもひどく神,すなわち万軍の主なる神(ばんぐんの しゅ なる かみ)を,無視(むし)するようになってしまったため( "Secondly, more than five centuries of rampant humanism have made man so ignorant of God, the Lord God of Hosts, …" ),人類(じんるい)は教訓(きょうくん)を学(まな)ばなければならなくなっており,それも手荒な方法(てあらな ほうほう)でなければ学べないほどの状態(じょうたい)です( "… that mankind has to be taught a lesson which it will not learn except the hard way." ).聖イグナティウス(=イグナシオ)(せい いぐなてぃうす〈=いぐなしお〉)( "St Ignatius" )の諸霊魂識別(しょ れいこん しきべつ)のための14の法則(じゅうよんの ほうそく)( "14 Rules for the Discernment of Spirits" )の第9条(第1週目)(だい きゅう じょう〈だい いっしゅう め〉)は人間の精神的荒廃(せいしんてき こうはい)が起(お)こる3つの主な理由(みっつの おもな りゆう)を以下の通り挙げ(いかの とおり あげ)ています( "The ninth of St Ignatius’ 14 Rules for the Discernment of Spirits (first week) gives three main reasons for a soul’s spiritual desolation, …" ).これは,今日の教会の荒廃(こんにちの きょうかいの こうはい)にも当て(あて)はめうるものです:--( "… which can be applied to the Church’s present desolation:-- " )
1 神は私たちの精神的中途半端さや怠慢(せいしんてき ちゅうと はんぱさや たいまん)を罰(ばっ)します( "1 God punishes us for our spiritual lukewarmness and negligence." ).世界的な背教や物質主義,快楽主義(せかいてきなはいきょうやぶっしつしゅぎ,かいらくしゅぎ)がどのような世界的な罰に値(せかい てきな ばつに あたい)するのかを知(し)っておられるのは神だけです( "God alone knows today just what a worldwide chastisement is deserved by our worldwide apostasy and plunge into materialism and hedonism." ).
2 神は私たちの心の内に本当は何(こころの うちに ほんとうは なに)があるのか,私たちがどれほど神に依存(かみに いぞん)しているのかを示(しめ)すため私たちを試練に遭遇(しれんに そうぐう)させ試(ため)されます(=裁〈さば〉きにかけます)( "2 God puts us to the trial to show us what is really inside us, and how we depend on him." ).現代人(げんだい じん)は自分(じぶん)たちの方(ほう)が万能の神(ばんのうの かみ)より宇宙(うちゅう)をうまく取り仕切(とりしき)れると真面目に考え(まじめに かんがえ)ているのではないでしょうか?( "Does not modern man seriously think that he can do a better job of running the universe than Almighty God ? " )そして,人間のちっぽけな努力が失敗(どりょくが しっぱい)するまで神の真実が沈む(かみの しんじつが しずむ)ことはないと思(おも)っているのではないでしょうか?( "And might it be that God’s truth will not sink in until all of man’s own little efforts have failed ? " )
3 神は私たちの誇(ほこ)りやうぬぼれを止(や)めさせるため,私たちを惨(みじ)めにして,誇りと虚栄(=自尊心と虚飾)を傷つけます(ほこりと きょえい〈=じそんしんと きょしょく〉を きずつけます)( "3 God humbles us with desolation to cut short our pride and vainglory." ).唯一の真の神の唯一の真の教会の指導者(ゆいいつの まことの かみの ゆいいつの きょうかいの しどうしゃ)たちから生(う)まれた第二バチカン公会議(だいに ばちかん こう かいぎ)は,神の不変の教会(かみの ふへんの きょうかい)( "God’s unchanging Church" )より人間の現代世界(にんげんの げんだい せかい)( "man’s modern world" )を優先(ゆうせん)させるという前代未聞(ぜんだい みもん)の人間のうぬぼれが突出した結果(とっしゅつ した けっか)ではなかったでしょうか?( "Coming from the chief ministers of the one true religion of the one true God, was not Vatican II an unprecedented outburst of human vainglory, preferring man’s modern world to God’s unchanging Church? " )そして,ちっぽけな聖ピオ十世会(せい ぴお じゅっせい かい)( SSPX )はその教会を救(すく)えると考(かんが)えたのでしょうか?( "And the little Society of St Pius X thought that it could save the Church ? " )「抵抗運動」が正当に謙虚さ(せいとうに けんきょさ)をもってその諸々の要求や大志(もろもろの ようきゅうや たいし)を追及(ついきゅう)しなくなれば,目的達成前に消える運命(もくてき たっせい まえに きえる うんめい)を辿(たど)るでしょう( "Unless the “Resistance” remains duly modest in its claims and ambitions, it is doomed in advance." ).
その大志とは何(なん)であるべきでしょうか?( "Then what should those ambitions be ? " )なによりも先(ま)ず,信仰を守る(しんこうを まもる)ことです( "First and foremost, to keep the Faith, …" ).信仰なくしては神に満足して(=喜んで)(しんこう なくしては かみに まんぞく して〈=よろこんで〉)いただくことはできません(新約聖書・ヘブライ人への手紙:第11章6節)(訳注後記2)( "… without which it is impossible to please God (Heb. XI, 6) " ).そして信仰についてはカトリック教信仰宣言に明示される(かとりっくきょう しんこう せんげんに めいじ される)教理,に示されています( "… and which is expressed in doctrine, in the Catholic Creed." ).第二に,その信仰をとくに具体的(ぐたいてき)に,必要(ひつよう)とあれば殉教(じゅんきょう)によって実証(じっしょう)することです(martyr〈=殉教者〈じゅんきょう しゃ〉〉は「witness〈=証人〈しょうにん〉〉」を意味〈いみ〉するギリシア語〈ぎりしあ ご〉です)( "Secondly, to give witness to that Faith, especially by example, if necessary unto martyrdom (“martyr” is the Greek word for “witness”). " ).したがって「抵抗運動(ていこう うんどう)」がどのように組織(そしき)されようと,あるいはされまいと( "So howsoever the “Resistance” is or is not organized, …" ),それは持てる資源(もてる しげん)をたとえわずかなりとも,人々の霊魂が信仰を守る(ひとびとの れいこんが しんこうを まもる)手助け(てだすけ)をすることに捧げ(ささげ)なければなりません( "… it must devote its resources, however meagre, to whatever will help souls to keep the Faith." ).そうすれば,「抵抗運動」の真実(しんじつ)に向(む)けられた立場(たちば)はしかるべく認識(にんしき)されるはずですから( "Then, since its stand for the Truth is bound to be recognizable as such, …" ),それが存在(そんざい)するだけで信仰擁護を実証(しんこうようごを じっしょう)していることになり,失敗に終わる(しっぱいに おわる)ことはありません, ( "… merely by existing it will not be failing, because it will be giving witness." ).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第2パラグラフの訳注1:
旧約聖書・イザヤの書:第55章8節
Isaias LV, 8
『私の考えはおまえたちの考えと異なり,
私の道はおまえたちの道とは違う.
――主のお告げ――』
"For my thoughts are not your thoughts: nor your ways my ways, saith the Lord. "
『…
主が,見いだされたいとおぼしめす間に,主をさがし求めよ.
主が近くにおられる間にこいねがえ.
悪人はその道を,
邪悪な者はその小道を捨てて,主に帰れ.
主はあわれまれる,
寛大にゆるしをくださる神に帰れ.
私の考えはおまえたちの考えと異なり,
私の道はおまえたちの道とは違う.
――主のお告げ――
天が地よりも高いように,
私の道はおまえたちの道より高く,
私の考えは,おまえたちの考えよりすぐれている.
雨と雪は,天からくだって地をうるおし,肥やし,芽生えさせる.
それは,種まく者に種をまかせ,食べる者にパンを与えるためであり,そうするまで天にはもどらない.そのように,私の口から出たことばは望みどおり行わず,また,私の送ったことを実現せぬままにからでもどってくることはない.
そうだ,おまえたちは喜んで出発し,
平和のうちに連れもどされる.
山と丘は喜びの叫びをあげ,
野の木々は手をうつ.
茨のかわりにいとすぎがのび,
いらくさのかわりにミルトの木が生える.
これは主の光栄のため,
消えることのない永遠のしるしとしてである.』
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訳注を続けます.
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(注:本投稿記事〈第371回エレイソン・コメンツ〉は2014年9月18日23:30に公開されました.)
2014年8月23日土曜日
2014年6月22日日曜日
362 ディケンズのブロードステアズ 6/21
エレイソン・コメンツ 第362回 (2014年6月21日)
イングランド・ケント州(いんぐらんど・けんと しゅう)に「抵抗運動」(ていこう うんどう)のため購入(こうにゅう)した新しい家(あたらしい いえ)を私が気に入って(わたくしが きに いって)いるかどうか知人の多く(ちじんの おおく)から尋(たず)ねられます( "A number of friends have asked me how I like the house newly purchased for the “Resistance” in Kent, England." ).私はこの家(いえ)が気に入って(きに いって)います( "I like it." ).家はとても広(ひろ)く,聖ピオ十世会 (せいぴお じゅっせいかい)( "SSPX" )から追放(ついほう)された仲間の一人(なかまの ひとり)であるスティーブン・エイブラハム神父(すてぃーぶん・えいぶらはむ しんぷ)( "Fr Stephen Abraham" )の手助け(てだすけ)できれいに模様替え(もよう がえ)されつつあります( "It is spacious and it is being beautifully set up by a fellow-exile from the Society of St Pius X, Fr Stephen Abraham." ).この先(さき),そして遠い将来(とおい しょうらい),この家がどのように使(つか)われることになるのか.それは天のみぞ知る(てん のみぞ しる)です( "Only Heaven knows how it intends the house to be used in the near and distant future, …" ).だが,差(さ)しあたり,この家は快適な隠れ家(かいてきな かくれが)です( " … but it is meanwhile a delightful refuge, …" ).神(かみ)が創造(そうぞう)され,リベラル派(りべらる は)が触(ふ)れることのできない海(うみ)から徒歩5分(とほ ごふん)のところにあります( " … five minutes on foot from the sea which God created, and which the liberals cannot touch." ).
過去(かこ)にイギリスの著名な画家や小説家の中(いぎりすの ちょめいな がかや しょうせつかの なか)にもケント州北東部(けんとしゅうほくとうぶ)のこの快適な一角(かいてきないっかく)を隠れ家(かくれが)としたものが何人(なんにん)かいます( "Several famous English artists and writers from the past have also found refuge in this delightful corner of north-east Kent." ).画家の中で最も有名(がかの なかで もっとも ゆうめい)なのがジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(じょぜふ・まろーど・うぃりあむ・たーなー)(1775-1851)です( "Most famous of the artists is J.M.W. TURNER (1775-1851)." ).彼(かれ)はロンドンで生まれ(ろんどんで うまれ),働(はたら)かざるをえなかった幼年時代の大半(ようねん じだいの たいはん)をそこで過(す)ごしました( "Born in London where he spent most of his working life, …" ).彼は私(わたし)たちの新しい家の所在地(あたらしい いえの しょざいち)ブロードステアズ(ぶろーど すてあず)( "Broadstairs" )から4マイルほど離れたマーゲート(よんまいる ほど はなれた まーげーと)( "Margate" )で11歳から数年(じゅういっさい から すうねん)のあいだ成長期(せいちょう き)を過(す)ごしました( " … from age 11 he spent several formative years in Margate, some four miles up the coast from Broadstairs." ).彼はそこで海を発見(うみを はっけん)し( "Here he discovered the sea, …" ),海が持つ明るい効用(うみがもつ あかるい こうよう)が彼の生涯(かれのしょうがい)の絵画作品(かいが さくひん)のインスピレーション(霊感)(いんすぴれーしょん〈れいかん〉)となりました( " … which with its light effects was a lifelong inspiration for his painting, …" ).彼はその後(ご)何度(なんど)もマーゲートを訪(おとず)れています( "… and to Margate he frequently returned later in life." ).
マーゲートで最も著名(もっとも ちょめい)な20世紀の英国詩人(にじゅっせいきの えいこく しじん)のT. S. エリオット(てぃー・えす・えりおっと)(1888-1965)もいます( "Also in Margate the most famous poet in English of the 20th century, T.S. ELIOT (1888-1965), …" ).彼は現在(げんざい)でも残(のこ)っているマーゲートの海岸に面した屋外パビリオン(かいがんに めんした おくがい ぱびりおん)で( "… composed in an open-air pavilion still standing on Margate's beach, …" ),最も有名な長編詩「荒地」 (もっともゆうめいな ちょうへんし「あれち」)( "The Wasteland" )(1922年作)第3部の大半(だいさんぶの たいはん)を書き上げ(かき あげ)ました( "… a substantial section of the third part of his most famous poem, The Wasteland (1922)." ).彼はロンドン(ろんどん)で不幸な結婚生活(ふこうな けっこん せいかつ)のため健康(けんこう)をひどく損(そこ)ね,この海辺の町(うみべの まち)に隠れ家を求め(かくれがを もとめ)ました( "He had come to the seaside town as a refugee from London where an unhappy marriage had seriously affected his health." ).彼はマーゲートに長く滞在(ながく たいざい)せず,スイスのローザンヌ(すいすのろーざんぬ)に移(うつ)り( "He did not stay long, but went on to Lausanne, Switzerland, …" ),そこで良い医者の手当を受け(よい いしゃの てあてを うけ)健康を取り戻し(けんこうを とりもどし),「荒地」 を完成 (「あれち」を かんせい)させました( "… where thanks to the care of a good doctor he completed his recovery and The Wasteland. " ).マーゲートの海の眺め(うみの ながめ)が彼の健康回復の手助け(けんこう せいかつの てだすけ)になったのは間違い(まちがい)ありません( "But the prospect of the sea at Margate had no doubt helped." ). 少(すく)なくともイングランドで著名(いんぐらんどで ちょめい)なもう一人の詩人(もう ひとりの しじん)がブロードステアズ(ぶろーどすてあず)から2マイル離れたラムズゲート(にまいる はなれた らむずげーと)( "Ramsgate" )を頻繁に訪れ(ひんぱんに おとずれ)ています( "Another famous poet, at least in England, was a frequent visitor to Ramsgate, two miles down the coast from Broadstairs." ).サミュエル・テイラー・コールリッジ(さみゅえる・ていらー・こーるりっじ)( "Samuel Taylor Coleridge" )(1772-1834)です.彼はイングランドが生(い)んだ5人の著名なロマン派詩人(ごにんの ちょめいな ろまんは しじん)のひとりで( "Samuel Taylor COLERIDGE, one of England's five outstanding Romantic poets, …" ),作品の中(さくひんの なか)では長編詩(ちょうへん し)「老水夫行」 (ろうすいふこう)( "The Ancient Mariner" )が最も広く(もっとも ひろく)知られ(しられ)ています( "… is best-known for his long poem, The Ancient Mariner. " ).彼はラムズゲートの海で泳ぐ(およぐ)のが好き(すき)でしたが,彼の場合(ばあい)もおそらく健康維持(けんこう いじ)が理由(りゆう)のひとつだったのでしょう( "He loved bathing in the sea at Ramsgate, perhaps also for health reasons." ).いずれにせよ,彼は海水(かいすい)が冷(つめ)たければ冷たいほど,そこで泳ぐのが好(す)きだったといいます( "In any case, the colder the sea, the more he liked it." ).
だが,ブロードステアズ(ぶろーどすてあず)自体(じたい)を頻繁に訪れた人(ひんぱんに おとずれた ひと)たちの中(なか)で最も有名(もっとも ゆうめい)なのはチャールズ・ディケンズ(ちゃーるず・でぃけんず)( "Charles Dickens" )(1812-1870)でした( "Most famous of all, however, was a frequent visitor to Broadstairs itself, the novelist Charles Dickens (1812-1870)." ).彼は1837年にここを初めて訪れ(はじめて おとずれ)ました( "He first resorted to Broadstairs in 1837, …" ).最初の小説「ピクウィック・クラブ」 (ぴくうぃっく・くらぶ)( "The Pickwick Papers" )(訳注・オリジナル・タイトル〈初版の表題〉は,"The Posthumous Papers of the Pickwick Club" )を書き上げるのに最適な静かな場所としてここを選んだようです( "… as a quiet place in which to complete his first novel, The Pickwick Papers, …" ).彼はこの古風で小さな海辺の町(こふうで ちいさな うみべの まち)がすっかり好き(すき)になり,1940年代から1950年代にかけて,家族を連れて(かぞくを つれて)何度も訪れ(なんども おとずれ)ました.時(とき)には小説を書く(しょうせつを かく)ため,時には筆を休め休養(ふでを やすめ きゅうよう)するためでした( "… but he so fell in love with the antiquated little seaside town that he often returned with his family to write, or to rest from writing, through the 1840's and into the 1850's." ).ディケンズがかつて滞在した古い町(たいざい した ふるい まち)のいたるところに,彼の名前,彼の小説の題名,その登場人物の名前(かれの なまえ,かれの しょうせつの だいめい,その とうじょう じんぶつの なまえ)が今でも見受け(いまでも みうけ)られます( "His name and names of his novels, or of characters from his novels, are to be found all over the old town that he knew." ).現在(げんざい),ブロードステアズはビクトリア王朝風やモダンな郊外(びくとりあ おうちょう ふうや もだんな こうがい)に,圧殺(あっさつ)されているとまでは言(い)いませんが,完全(かんぜん)に取り囲まれ(とりかこまれ)ています( "It is now surrounded, not to say strangled, by Victorian and modern suburbs, …" ).だが,ブロードステアズは毎年6月(まいとし ろくがつ)になると,かつての著名な訪問者(ちょめいな ほうもんしゃ)を「ディケンズ祭り」(でぃけんず まつり)で祝(いわ)います( "… but Broadstairs still celebrates every year its most famous visitor with a Dickens Festival in June." ).
デービッド・アレン・ホワイト博士(でーびっど・あれん・ほわいと はかせ)( "Dr. David Allen White" )は,カトリック教徒の文学,音楽教師(かとりっく きょうとの ぶんがく・おんがく きょうし)で,世界中の英語圏(せかい じゅうの えいご けん)でカトリック信仰(しんこう)を維持(いじ)するために努力(どりょく)し,多数(たすう)のカトリック信徒(しんと)のあいだで良く知られている人物(よく しられている じんぶつ)です.彼は大(だい)のディケンズ愛好家(あいこう か)です( "Dr. David Allen White, a Catholic teacher of literature and music who is well-known to many Catholics striving to keep the Faith all over the English-speaking world, is a great lover of Dickens." ).彼はこの夏(なつ)ロンドンを通り(ろんどんを とおり)かかるそうで( "Since he is passing through London this summer, …" ),その機会(きかい)にブロードステアズ(ぶろーどすてあず)まで足を延ばし(あしを のばし),8月2日,3日(はちがつ ふつか,みっか)にディケンズについての24時間週末セミナーを開く(にじゅう よ じかん しゅうまつ せみなーを ひらく)ことに応(おう)じてくださいました( "… he agreed to visit Broadstairs in order to hold on August 2 and 3 a 24-hour weekend seminar on Dickens, …" ).セミナーは一般公開(いっぱん こうかい)とし,期間中(きかん ちゅう)に3回の会議(さんかいの かいぎ),主日ミサ聖祭(しゅじつ みさ せいさい),博士案内(はかせ あんない)による市内(しない)のディケンズ博物館訪問(でぃけんず はくぶつかん ほうもん)を予定(よてい)しています.この博物館(はくぶつかん)はかつてディケンズ自身(じしん)が訪(おとず)れたことのある小さな古い家の中(ちいさな ふるい いえの なか)に開設(かいせつ)されています( "… open to the public and including three conferences and Sunday Mass, and a visit which he will guide to the Dickens Museum in town, set up in a little old house known to, and visited by, Dickens himself." ).読者の中(どくしゃの なか)で参加に興味(さんかに きょうみ)がある方(かた)は至急(しきゅう)( info@dinoscopus.org を通〈とお〉して)お知らせ下さい(おしらせ ください)( "If you are interested in attending, let us know soon (through info@dinoscopus.org), …" ).参加人数を制限(さんか にんずうを せいげん)せざるをえない場合(ばあい),先着順(せんちゃく じゅん)となりますので( "… because if numbers have to be limited, first come will be first served." ).食事はお出し(しょくじは おだし)できますが,宿泊(しゅくはく)は参加者各自の手配(さんかしゃ かくじの てはい)となります.Meals will be provided in-house, but visitors will have to find their own accommodation outside." ).この時期(じき)は夏季休暇(かき きゅうか)シーズンのピークに当たる点にご注意(しーずんの ぴーくに あたる てんに ごちゅうい)ください( "Beware, it will be the height of the holiday season." ).
ディケンズ自身(でぃけんず じしん)はカトリック教徒(かとりっく きょうと)ではありませんでしたが,ドストエフスキー(どすとえふすきー)はかつて彼を「偉大なキリスト者」(いだいな きりすと しゃ)と呼びました( "Dickens was not Catholic, but Dostoevsky called him “a great Christian”." ).ディケンズは疑(うたが)いなく温か(あたたか)でオープンな心(おーぷんな こころ)と才気(さいき)あふれた筆の持ち主(ふでの もちぬし)でした( "Dickens certainly had a warm and open heart, and a brilliant pen." ).
キリエ・エレイソン.
ディケンズにとって,ブロードステアズは大きな喜びでした.
(でぃけんすに とって,ぶろーどすてあずは おおきな よろこび でした.)
( "For Dickens, Broadstairs was a great delight." )
その訳を知るため,ホワイト博士のお話を聴きに来て下さい.
(その わけを しる ため,ほわいと はかせの おはなしを ききに きて ください.)
( "To find out why, come listen to Dr White." )
リチャード・ウィリアムソン司教
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イングランド・ケント州(いんぐらんど・けんと しゅう)に「抵抗運動」(ていこう うんどう)のため購入(こうにゅう)した新しい家(あたらしい いえ)を私が気に入って(わたくしが きに いって)いるかどうか知人の多く(ちじんの おおく)から尋(たず)ねられます( "A number of friends have asked me how I like the house newly purchased for the “Resistance” in Kent, England." ).私はこの家(いえ)が気に入って(きに いって)います( "I like it." ).家はとても広(ひろ)く,聖ピオ十世会 (せいぴお じゅっせいかい)( "SSPX" )から追放(ついほう)された仲間の一人(なかまの ひとり)であるスティーブン・エイブラハム神父(すてぃーぶん・えいぶらはむ しんぷ)( "Fr Stephen Abraham" )の手助け(てだすけ)できれいに模様替え(もよう がえ)されつつあります( "It is spacious and it is being beautifully set up by a fellow-exile from the Society of St Pius X, Fr Stephen Abraham." ).この先(さき),そして遠い将来(とおい しょうらい),この家がどのように使(つか)われることになるのか.それは天のみぞ知る(てん のみぞ しる)です( "Only Heaven knows how it intends the house to be used in the near and distant future, …" ).だが,差(さ)しあたり,この家は快適な隠れ家(かいてきな かくれが)です( " … but it is meanwhile a delightful refuge, …" ).神(かみ)が創造(そうぞう)され,リベラル派(りべらる は)が触(ふ)れることのできない海(うみ)から徒歩5分(とほ ごふん)のところにあります( " … five minutes on foot from the sea which God created, and which the liberals cannot touch." ).
過去(かこ)にイギリスの著名な画家や小説家の中(いぎりすの ちょめいな がかや しょうせつかの なか)にもケント州北東部(けんとしゅうほくとうぶ)のこの快適な一角(かいてきないっかく)を隠れ家(かくれが)としたものが何人(なんにん)かいます( "Several famous English artists and writers from the past have also found refuge in this delightful corner of north-east Kent." ).画家の中で最も有名(がかの なかで もっとも ゆうめい)なのがジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(じょぜふ・まろーど・うぃりあむ・たーなー)(1775-1851)です( "Most famous of the artists is J.M.W. TURNER (1775-1851)." ).彼(かれ)はロンドンで生まれ(ろんどんで うまれ),働(はたら)かざるをえなかった幼年時代の大半(ようねん じだいの たいはん)をそこで過(す)ごしました( "Born in London where he spent most of his working life, …" ).彼は私(わたし)たちの新しい家の所在地(あたらしい いえの しょざいち)ブロードステアズ(ぶろーど すてあず)( "Broadstairs" )から4マイルほど離れたマーゲート(よんまいる ほど はなれた まーげーと)( "Margate" )で11歳から数年(じゅういっさい から すうねん)のあいだ成長期(せいちょう き)を過(す)ごしました( " … from age 11 he spent several formative years in Margate, some four miles up the coast from Broadstairs." ).彼はそこで海を発見(うみを はっけん)し( "Here he discovered the sea, …" ),海が持つ明るい効用(うみがもつ あかるい こうよう)が彼の生涯(かれのしょうがい)の絵画作品(かいが さくひん)のインスピレーション(霊感)(いんすぴれーしょん〈れいかん〉)となりました( " … which with its light effects was a lifelong inspiration for his painting, …" ).彼はその後(ご)何度(なんど)もマーゲートを訪(おとず)れています( "… and to Margate he frequently returned later in life." ).
マーゲートで最も著名(もっとも ちょめい)な20世紀の英国詩人(にじゅっせいきの えいこく しじん)のT. S. エリオット(てぃー・えす・えりおっと)(1888-1965)もいます( "Also in Margate the most famous poet in English of the 20th century, T.S. ELIOT (1888-1965), …" ).彼は現在(げんざい)でも残(のこ)っているマーゲートの海岸に面した屋外パビリオン(かいがんに めんした おくがい ぱびりおん)で( "… composed in an open-air pavilion still standing on Margate's beach, …" ),最も有名な長編詩「荒地」 (もっともゆうめいな ちょうへんし「あれち」)( "The Wasteland" )(1922年作)第3部の大半(だいさんぶの たいはん)を書き上げ(かき あげ)ました( "… a substantial section of the third part of his most famous poem, The Wasteland (1922)." ).彼はロンドン(ろんどん)で不幸な結婚生活(ふこうな けっこん せいかつ)のため健康(けんこう)をひどく損(そこ)ね,この海辺の町(うみべの まち)に隠れ家を求め(かくれがを もとめ)ました( "He had come to the seaside town as a refugee from London where an unhappy marriage had seriously affected his health." ).彼はマーゲートに長く滞在(ながく たいざい)せず,スイスのローザンヌ(すいすのろーざんぬ)に移(うつ)り( "He did not stay long, but went on to Lausanne, Switzerland, …" ),そこで良い医者の手当を受け(よい いしゃの てあてを うけ)健康を取り戻し(けんこうを とりもどし),「荒地」 を完成 (「あれち」を かんせい)させました( "… where thanks to the care of a good doctor he completed his recovery and The Wasteland. " ).マーゲートの海の眺め(うみの ながめ)が彼の健康回復の手助け(けんこう せいかつの てだすけ)になったのは間違い(まちがい)ありません( "But the prospect of the sea at Margate had no doubt helped." ). 少(すく)なくともイングランドで著名(いんぐらんどで ちょめい)なもう一人の詩人(もう ひとりの しじん)がブロードステアズ(ぶろーどすてあず)から2マイル離れたラムズゲート(にまいる はなれた らむずげーと)( "Ramsgate" )を頻繁に訪れ(ひんぱんに おとずれ)ています( "Another famous poet, at least in England, was a frequent visitor to Ramsgate, two miles down the coast from Broadstairs." ).サミュエル・テイラー・コールリッジ(さみゅえる・ていらー・こーるりっじ)( "Samuel Taylor Coleridge" )(1772-1834)です.彼はイングランドが生(い)んだ5人の著名なロマン派詩人(ごにんの ちょめいな ろまんは しじん)のひとりで( "Samuel Taylor COLERIDGE, one of England's five outstanding Romantic poets, …" ),作品の中(さくひんの なか)では長編詩(ちょうへん し)「老水夫行」 (ろうすいふこう)( "The Ancient Mariner" )が最も広く(もっとも ひろく)知られ(しられ)ています( "… is best-known for his long poem, The Ancient Mariner. " ).彼はラムズゲートの海で泳ぐ(およぐ)のが好き(すき)でしたが,彼の場合(ばあい)もおそらく健康維持(けんこう いじ)が理由(りゆう)のひとつだったのでしょう( "He loved bathing in the sea at Ramsgate, perhaps also for health reasons." ).いずれにせよ,彼は海水(かいすい)が冷(つめ)たければ冷たいほど,そこで泳ぐのが好(す)きだったといいます( "In any case, the colder the sea, the more he liked it." ).
だが,ブロードステアズ(ぶろーどすてあず)自体(じたい)を頻繁に訪れた人(ひんぱんに おとずれた ひと)たちの中(なか)で最も有名(もっとも ゆうめい)なのはチャールズ・ディケンズ(ちゃーるず・でぃけんず)( "Charles Dickens" )(1812-1870)でした( "Most famous of all, however, was a frequent visitor to Broadstairs itself, the novelist Charles Dickens (1812-1870)." ).彼は1837年にここを初めて訪れ(はじめて おとずれ)ました( "He first resorted to Broadstairs in 1837, …" ).最初の小説「ピクウィック・クラブ」 (ぴくうぃっく・くらぶ)( "The Pickwick Papers" )(訳注・オリジナル・タイトル〈初版の表題〉は,"The Posthumous Papers of the Pickwick Club" )を書き上げるのに最適な静かな場所としてここを選んだようです( "… as a quiet place in which to complete his first novel, The Pickwick Papers, …" ).彼はこの古風で小さな海辺の町(こふうで ちいさな うみべの まち)がすっかり好き(すき)になり,1940年代から1950年代にかけて,家族を連れて(かぞくを つれて)何度も訪れ(なんども おとずれ)ました.時(とき)には小説を書く(しょうせつを かく)ため,時には筆を休め休養(ふでを やすめ きゅうよう)するためでした( "… but he so fell in love with the antiquated little seaside town that he often returned with his family to write, or to rest from writing, through the 1840's and into the 1850's." ).ディケンズがかつて滞在した古い町(たいざい した ふるい まち)のいたるところに,彼の名前,彼の小説の題名,その登場人物の名前(かれの なまえ,かれの しょうせつの だいめい,その とうじょう じんぶつの なまえ)が今でも見受け(いまでも みうけ)られます( "His name and names of his novels, or of characters from his novels, are to be found all over the old town that he knew." ).現在(げんざい),ブロードステアズはビクトリア王朝風やモダンな郊外(びくとりあ おうちょう ふうや もだんな こうがい)に,圧殺(あっさつ)されているとまでは言(い)いませんが,完全(かんぜん)に取り囲まれ(とりかこまれ)ています( "It is now surrounded, not to say strangled, by Victorian and modern suburbs, …" ).だが,ブロードステアズは毎年6月(まいとし ろくがつ)になると,かつての著名な訪問者(ちょめいな ほうもんしゃ)を「ディケンズ祭り」(でぃけんず まつり)で祝(いわ)います( "… but Broadstairs still celebrates every year its most famous visitor with a Dickens Festival in June." ).
デービッド・アレン・ホワイト博士(でーびっど・あれん・ほわいと はかせ)( "Dr. David Allen White" )は,カトリック教徒の文学,音楽教師(かとりっく きょうとの ぶんがく・おんがく きょうし)で,世界中の英語圏(せかい じゅうの えいご けん)でカトリック信仰(しんこう)を維持(いじ)するために努力(どりょく)し,多数(たすう)のカトリック信徒(しんと)のあいだで良く知られている人物(よく しられている じんぶつ)です.彼は大(だい)のディケンズ愛好家(あいこう か)です( "Dr. David Allen White, a Catholic teacher of literature and music who is well-known to many Catholics striving to keep the Faith all over the English-speaking world, is a great lover of Dickens." ).彼はこの夏(なつ)ロンドンを通り(ろんどんを とおり)かかるそうで( "Since he is passing through London this summer, …" ),その機会(きかい)にブロードステアズ(ぶろーどすてあず)まで足を延ばし(あしを のばし),8月2日,3日(はちがつ ふつか,みっか)にディケンズについての24時間週末セミナーを開く(にじゅう よ じかん しゅうまつ せみなーを ひらく)ことに応(おう)じてくださいました( "… he agreed to visit Broadstairs in order to hold on August 2 and 3 a 24-hour weekend seminar on Dickens, …" ).セミナーは一般公開(いっぱん こうかい)とし,期間中(きかん ちゅう)に3回の会議(さんかいの かいぎ),主日ミサ聖祭(しゅじつ みさ せいさい),博士案内(はかせ あんない)による市内(しない)のディケンズ博物館訪問(でぃけんず はくぶつかん ほうもん)を予定(よてい)しています.この博物館(はくぶつかん)はかつてディケンズ自身(じしん)が訪(おとず)れたことのある小さな古い家の中(ちいさな ふるい いえの なか)に開設(かいせつ)されています( "… open to the public and including three conferences and Sunday Mass, and a visit which he will guide to the Dickens Museum in town, set up in a little old house known to, and visited by, Dickens himself." ).読者の中(どくしゃの なか)で参加に興味(さんかに きょうみ)がある方(かた)は至急(しきゅう)( info@dinoscopus.org を通〈とお〉して)お知らせ下さい(おしらせ ください)( "If you are interested in attending, let us know soon (through info@dinoscopus.org), …" ).参加人数を制限(さんか にんずうを せいげん)せざるをえない場合(ばあい),先着順(せんちゃく じゅん)となりますので( "… because if numbers have to be limited, first come will be first served." ).食事はお出し(しょくじは おだし)できますが,宿泊(しゅくはく)は参加者各自の手配(さんかしゃ かくじの てはい)となります.Meals will be provided in-house, but visitors will have to find their own accommodation outside." ).この時期(じき)は夏季休暇(かき きゅうか)シーズンのピークに当たる点にご注意(しーずんの ぴーくに あたる てんに ごちゅうい)ください( "Beware, it will be the height of the holiday season." ).
ディケンズ自身(でぃけんず じしん)はカトリック教徒(かとりっく きょうと)ではありませんでしたが,ドストエフスキー(どすとえふすきー)はかつて彼を「偉大なキリスト者」(いだいな きりすと しゃ)と呼びました( "Dickens was not Catholic, but Dostoevsky called him “a great Christian”." ).ディケンズは疑(うたが)いなく温か(あたたか)でオープンな心(おーぷんな こころ)と才気(さいき)あふれた筆の持ち主(ふでの もちぬし)でした( "Dickens certainly had a warm and open heart, and a brilliant pen." ).
キリエ・エレイソン.
ディケンズにとって,ブロードステアズは大きな喜びでした.
(でぃけんすに とって,ぶろーどすてあずは おおきな よろこび でした.)
( "For Dickens, Broadstairs was a great delight." )
その訳を知るため,ホワイト博士のお話を聴きに来て下さい.
(その わけを しる ため,ほわいと はかせの おはなしを ききに きて ください.)
( "To find out why, come listen to Dr White." )
リチャード・ウィリアムソン司教
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2014年4月12日土曜日
352 フランス旅行 4/12
エレイソン・コメンツ 第352回 (2014年4月12日)
再び朗報(ふたたび ろうほう)をお届(とど)けします( "Good news again, …" ).今回(こんかい)はフランスからです( "… this time from France, …" ).今度(こんど)も分量(ぶんりょう)こそ少(すく)ないながら質の高い朗報(しつの たかい ろうほう)です( "… once more small in quantity but high in quality. " ).少数の(=一握りの〈ひとにぎりの〉,わずかの)善良な司祭(しょうすうの ぜんりょうな しさい)たちが共に集い(ともに つどい)( "A handful of good priests are gathering together…" ),信仰(しんこう)がルフェーブル大司教(るふぇーぶる だいしきょう)の示された方針に沿って守られる(しめされた ほうしんに そって まもられる)よう行動を起こして(こうどうを おこして)います( "… and taking action to make sure that the Faith will continue to be defended along the lines laid down by Archbishop Lefebvre, …" ).つまり,極右からの教皇空位論(きょくう からの きょうこう くういろん)と上からの公会議主義(うえからの こうかいぎ しゅぎ)との(=意訳・教皇空位主義の攻撃を右側から公会議主義の攻撃を ―― 〈左側ではなく〉上側から迎〈むか〉えその)隙間を縫って進む(すきまを ぬって すすむ)ということです( "… steering between sedevacantism on the right and conciliarism -- from above." ).会員を置き去り(かいいんを おきざり)にする聖ピオ十世会(せい ぴお じゅっせい かい)( SSPX )本部(ほんぶ)は好(す)きなようにさせておき( "SSPX HQ will be left to bury its followers, …" ),残(のこ)りの幸運な司祭(こううんな しさい)たちは迫害の迫撃を受ける(はくがいの はくげきを うける)次の段階に備えて(つぎの だんかいに そなえて)真の宗教(まことの しゅうきょう)で自らの立場(みずからの たちば)を強くする努力(つよくする どりょく)を続(つづ)けています( "… while a remainder of happy priests will continue to fortify themselves with the true religion for the next stage in their persecution." ).
これは私(わたくし)が昨年秋(さくねん あき)から4回(よんかい)にわたり説教(せっきょう)のために訪(おとず)れたフランス国内各地(ふらんす こくない かくち)の施設(しせつ)で観察した状況(かんさつした じょうきょう)です( "This is what I observed on a fourth lecture tour since last autumn of centres in France …" ).どの施設(しせつ)でも,一般信徒(いっぱん しんと)たちはピオ6世(1717-1799年)からピオ12世(1876-1958年)までの間(あいだ)の歴代(れきだい)カトリック教教皇(かとりっく きょう きょうこう)が説(と)いた反自由主義教理(はん じゆうしゅぎ きょうり)に関心を示して(かんしんを しめして)います( "… where the laity are interested in the anti-liberal doctrine of the Catholic Popes between Pius VI (1717-1799) and Pius XII (1876-1958)." ).この教理はとくに新(あたら)しいものではなく,この1世紀半の期間(いっせいきはんの きかん)の初めの頃(はじめの ころ)でさえ詳しく説かれて(くわしく とかれて)いたものでした( "That doctrine was not new, even at the beginning of the century and a half over which it was elaborated." ).教会が絶えず教えて(きょうかいが たえず おしえて)きたことの中で,特定の部分(とくていの ぶぶん)に注目を新たに(ちゅうもくを あらたに)する必要が生じた(ひつようが しょうじた)のは( "It was merely that particular part of the Church's timeless teaching which needed to be refreshed from the moment …" ),15世紀に及ぶ(じゅうごせいきに およぶ)キリスト教の社会秩序(きりすと きょうの しゃかい ちつじょ)が1789年のフランス革命(ふらんす かくめい)により破壊(はかい)され奪い去られた瞬間(うばい さられた しゅんかん)からでした( "… when the Christian social order of 15 centuries was undermined and supplanted by the French Revolution of 1789. " ).
フランス革命はフリーメーソン的自由主義(ふりーめーそんてき じゆうしゅぎ)が教会の玉座(きょうかいの ぎょくざ)(訳注1)と祭壇(きょうかいの ぎょくざと さいだん)をその地位から引きずりおろし転覆させようと狙って神に戦いを挑んだ(ちい から ひきずりおろし てんぷく させようと ねらって かみに たたかいを いどんだ)ものでした( "That Revolution was Freemasonic liberalism making war on God by seeking to overthrow throne and altar." ).
それ以来(いらい),神の公教(=カトリック教)の諸々の玉座(かとりっく きょうの もろもろの ぎょくざ)は「民主主義( "democracy" )」(みんしゅ しゅぎ)により事実上覆(じじつじょう くつがえ)され( "Since then the Catholic thrones have been virtually overthrown by "democracy", …" ),諸カトリック教会の諸々の祭壇(しょ かとりっく きょうかいの もろもろの さいだん)は第二バチカン公会議(だいに ばちかん こうかいぎ)( "Vatican II" )で公会議が人間の宗教(にんげんの しゅうきょう)に転向(てんこう)したことにより事実上壊された(じじつじょう こわされた)ままになってきました( "… while the Catholic altars were virtually overthrown at Vatican II by that Council's conversion to the religion of man. " ).だが,神の宗教に忠実な(かみの しゅうきょうに ちゅうじつな)ルフェーブル大司教は( "Archbishop Lefebvre however, cleaving to the religion of God, …" ),自分(じぶん)の弟子(でし)たちが自由主義世界の中(じゆうしゅぎ せかいの なか)でカトリック教の立場(たちば)をどう守(まも)るかを知(し)るため教会の反革命的教理(きょうかいの はんかくめいてき きょうり)を完全に理解(かんぜんに りかい)するよう望(のぞ)まれました( "… wished that his seminarians would be thoroughly familiar with the Church's anti-Revolutionary doctrine in order to know how to take their Catholic stand in the midst of a liberal world. " ).大司教の設立(せつりつ)した SSPX が巧(たく)みに新社会(しん しゃかい)( "the Newsociety" )に変えられる様子(かえられる ようす)を理解(りかい)する一般信徒(いっぱん しんと)たちが( "It follows that Catholic lay-folk who can see how the Archbishop's Society of St Pius X is being cunningly transformed into the Newsociety, …" ),第二バチカン公会議(だいに ばちかん こうかいぎ)の150年前(ひゃくごじゅう ねん まえ)に出(だ)された歴代教皇の回勅(れきだい きょうこうの かいちょく)に関心を示す(かんしんを しめす)のはこのためです( "… are interested in the Popes' Encyclical Letters of those 150 years before Vatican II." ).私は4回のフランス旅行の最初の旅行期間中(さいしょの りょこう きかん ちゅう)に5か所を訪れ(ごかしょを おとずれ)ました( "On the first of my four lecture tours there were five stops." ).直近の,3月末から4月初め(ちょっきんの,さんがつ すえ から しがつ はじめ)にかけての今回の旅行(こんかいの りょこう)では9か所を訪れ(きゅうかしょを おとずれ)ました( "On the latest, between end March and early April, there were nine, …" ).これからさらにお呼(よ)びがかかりそうです( "… and there risk being more invitations." ).訪れた先々(おとずれた さきざき)で,SSPX が誤った方向(あやまった ほうこう)へ導(みちび)かれていることに目を覚ま(めを さま)されているフランスの一般信徒たちが増(ふ)えているのを知(し)りました( "There are, all the time, more French lay-folk waking up to how the Society is being misled." ) .
悲(かな)しいかな,あまりにも多くの聖ピオ十世会の司祭はまだ誘惑の達人の魔法(ゆうわくの たつじんの まほう)にかかったまま,俗世界の夢に魅せられて我を見失っている状態(ぞく せかいの ゆめに みせられて われを みうしなっている じょうたい)です( "Alas, all too many SSPX priests are still spellbound by a master of seduction, lost in his worldly dream." ).私は今回の旅行(こんかいの りょこう)で,そのうちの何人(なんにん)かにお会(あ)いしました( "I met a few of them on this latest tour." ).彼(かれ)らは間違(まちが)いなく善良(ぜんりょう)で,司祭として立派(りっぱ)にふるまってきた人たちです( "They are no doubt good men, they have been good priests, …" ).彼らは目を開き(めを ひらき)多(おお)くのことを見(み)ます( "… they have their eyes open and see many things, …" ).だが,一度(ひとたび)その誘惑者に触れる(ゆうわくしゃに ふれる)と,その視覚が曇り(しかくが くもり),気持ち惑わされて(きもち まどわされて)しまうのです( "… but when they are exposed once more to that seducer, their vision clouds over and their will is puzzled." ).ギリシア語の動詞(ぎりしあごの どうし)「 diaballein 」は英語(えいご)の「 diabolical(ひどい)」,「 devil(悪魔〈あくま〉)」の語源(ごげん)ですが( "The Greek verb "diaballein" from which come the English words "diabolical" and "devil", …" ),「ひっくり返(かえ)す」,「混乱に陥れる(こんらんに おとし いれる)」ことを意味(いみ)します( "… means to turn upside down, to throw into confusion." ).
私が上に述べた(うえに のべた)6名の司祭(ろくめいの しさい)たちは,このように混乱させられた司祭(こんらん させられた しさい)たちとはまったく違(ちが)います( "These confused priests contrast with the half dozen mentioned above who have seen clear and are taking action on what they see." ).彼らは長(なが)いあいだ自分(じぶん)たちのひどい指導者(しどうしゃ)たちに忠実(ちゅうじつ)であろうと努(つと)める緊張感を味わって(きんちょうかんを あじわって)きましたが,これはいまや過去(かこ)のことになっています( "The tension by which they were tortured for as long as they tried to remain loyal to diabolical leaders is a thing of the past." ).彼らは心穏やか(こころ おだやか)で,嬉々(きき)としてルフェーブル大司教の作業を続ける(さぎょうを つづける)ための計画作り(けいかく づくり)に携(たずさ)わっています( "They are serene, and happily making plans for the continuation of the Archbishop's work." ).その中(なか)の一人(ひとり)ドゥムロード神父( "Fr. de Merode" )は何年も前(なんねんも まえ)に叙階(じょかい)叙任?を受けた方ですが,自分の意志(じぶんの いし)で SSPX を離(はな)れ,すでにルルド(るるど)( "Lourdes" )に家を一軒購入(いえを いっけん こうにゅう)し,フランス南西部(なん せいぶ)にもう一軒購入(いっけん こうにゅう)しようとしています( "Fr. de Mérode, ordained many years ago, has left the SSPX of his own accord, has bought one house in Lourdes and is buying another in the Southwest of France." ).彼が購入した家(いえ)は,関心を持つ地元の人々(かんしんを もつ じもとの ひとびと)のための使徒会(しとかい)の場(ば)として,また立ち直り(たち なおり)たい場所(ばしょ)を必要(ひつよう)としている司祭たちの避難所(しさいたちの ひなんばしょ)として役立つ(やくだつ)ことでしょう( "These will act both as bases for an apostolate to many interested souls in the region, and as refuges for priests needing somewhere to recover." ).付け加える(つけくわえる)なら,私はリヨン(りよん)( "Lyon" )で自分が市内に持つスタジオ(じぶんが しないに もつ すたじお)を同(おな)じように避難場所(ひなん ばしょ)を求(もと)める司祭たちのために提供(ていきょう)している尊敬すべき女性(そんけい すべき じょせい)にお会(あ)いしました( "I can add that I met a venerable soul in Lyon who is offering a studio of hers in that city to any priest similarly looking for a roof." ).また,イングランド(いんぐらんど)のブロードステアズ(ケント州)(ぶろーどすてあず〈けんとしゅう〉)( "Broadstairs, England" )にある「抵抗( "Resistance" )」の家(「ていこう」の いえ)はすでに開設(かいせつ)され,聖職に携わる訪問者の受け入れ(せいしょくに たずさわる ほうもんしゃの うけいれ)が可能な状態(かのうな じょうたい)です( "Also the "Resistance" House in Broadstairs, England, is now open and can receive priestly visitors. " ).すでに一人(ひとり)がここに入(はい)りましたOne has already come by." ).この家(いえ)では行動の自由が保証(こうどうの じゆうが ほしょう)されています( "Discretion guaranteed. " ).
大司教(だいしきょう)さま,捻じ曲げられた組織(ねじまげられた そしき)( SSPX )の外(そと)では
( "Outside, Archbishop, of its structure bent …" )
あなたが意図(いと)されたように,あなたの壮大な作業(そうだいな さぎょう)が続(つづ)いています
( "… Your noble work continues, as you meant." ).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第3パラグラフの訳注1
「"throne and altar"」 「教会の玉座と祭壇」
「フランス革命は …… 教会の王座と祭壇の転覆を狙って神に戦いを挑んだもの……」の
"throne and altar" 「教会の玉座と祭壇」の「教会の玉座」"throne" について:
→ "throne" ="Sancta Sedes 〈ラテン語〉/ Holy See 〈英語〉"
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=イエズス・キリスト(=天地の王君・牧者たる神の御独り子の教会)の王座.
=ローマ教皇(=王君であり牧者である神の御独り子キリストの代理者)の聖座.
(おうくん・ぼくしゃ たる きりすとの だいりしゃ たる ろーま きょうこう の せいざ)
= Sancta Sedes / Holy See
=ローマ司教座( Episcopalis Sedes = Episcopal See of the Bishop of Rome = Holy See )
(ろーま しきょうざ)
= Cathedra (ラテン語)/ καρέκλα (ギリシア語)
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・一般に,「大聖堂=カテドラル」とは,
=司教( επίσκοπος 〈ギリシア〉/ episcopus〈ラテン〉/ évêque 〈仏〉/ bishop〈英〉)が
①司教区に所属する信徒に対し教導権を行使し,また,
②種々の真の神の公教(カトリック教)の秘跡を授けるミサ聖祭を
司式する際に
着任する座(=席)のある聖堂のこと.
=使徒座= Apostolic See
司教座( cathedra )が置かれている聖堂を,「司教座聖堂」「大聖堂」「バジリカ」と呼ぶ.
=司教座聖堂 / 大聖堂
〈Ecclesia cathedralis〈ラテン〉 / καθεδρικό ναό〈ギリシャ〉 / Cathedral〈英〉
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・ローマ司教(=ローマ教皇)の司教座聖堂:
→ローマ・バチカンにある.
ローマ司教(ローマ教皇)の司教座( cathedra )はラテラノ大聖堂に置かれている.
→『至聖なる救世主の大聖堂』
=『ラテラノ大聖堂』
=『〈ラテラノの洗者〉聖ヨハネの大聖堂)』 (日本語)
=Archibasilica Sanctissimi Salvatoris et Sanctorum Ioannis Baptistae et Ioannis Evangelistae in Laterano (ラテン語・正式名称)
Papale di San Giovanni in Laterano〈伊〉
La Basilique Saint-Jean-de-Latran 〈仏〉
Papal Archbasilica of St. John Lateran〈英〉
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再び朗報(ふたたび ろうほう)をお届(とど)けします( "Good news again, …" ).今回(こんかい)はフランスからです( "… this time from France, …" ).今度(こんど)も分量(ぶんりょう)こそ少(すく)ないながら質の高い朗報(しつの たかい ろうほう)です( "… once more small in quantity but high in quality. " ).少数の(=一握りの〈ひとにぎりの〉,わずかの)善良な司祭(しょうすうの ぜんりょうな しさい)たちが共に集い(ともに つどい)( "A handful of good priests are gathering together…" ),信仰(しんこう)がルフェーブル大司教(るふぇーぶる だいしきょう)の示された方針に沿って守られる(しめされた ほうしんに そって まもられる)よう行動を起こして(こうどうを おこして)います( "… and taking action to make sure that the Faith will continue to be defended along the lines laid down by Archbishop Lefebvre, …" ).つまり,極右からの教皇空位論(きょくう からの きょうこう くういろん)と上からの公会議主義(うえからの こうかいぎ しゅぎ)との(=意訳・教皇空位主義の攻撃を右側から公会議主義の攻撃を ―― 〈左側ではなく〉上側から迎〈むか〉えその)隙間を縫って進む(すきまを ぬって すすむ)ということです( "… steering between sedevacantism on the right and conciliarism -- from above." ).会員を置き去り(かいいんを おきざり)にする聖ピオ十世会(せい ぴお じゅっせい かい)( SSPX )本部(ほんぶ)は好(す)きなようにさせておき( "SSPX HQ will be left to bury its followers, …" ),残(のこ)りの幸運な司祭(こううんな しさい)たちは迫害の迫撃を受ける(はくがいの はくげきを うける)次の段階に備えて(つぎの だんかいに そなえて)真の宗教(まことの しゅうきょう)で自らの立場(みずからの たちば)を強くする努力(つよくする どりょく)を続(つづ)けています( "… while a remainder of happy priests will continue to fortify themselves with the true religion for the next stage in their persecution." ).
これは私(わたくし)が昨年秋(さくねん あき)から4回(よんかい)にわたり説教(せっきょう)のために訪(おとず)れたフランス国内各地(ふらんす こくない かくち)の施設(しせつ)で観察した状況(かんさつした じょうきょう)です( "This is what I observed on a fourth lecture tour since last autumn of centres in France …" ).どの施設(しせつ)でも,一般信徒(いっぱん しんと)たちはピオ6世(1717-1799年)からピオ12世(1876-1958年)までの間(あいだ)の歴代(れきだい)カトリック教教皇(かとりっく きょう きょうこう)が説(と)いた反自由主義教理(はん じゆうしゅぎ きょうり)に関心を示して(かんしんを しめして)います( "… where the laity are interested in the anti-liberal doctrine of the Catholic Popes between Pius VI (1717-1799) and Pius XII (1876-1958)." ).この教理はとくに新(あたら)しいものではなく,この1世紀半の期間(いっせいきはんの きかん)の初めの頃(はじめの ころ)でさえ詳しく説かれて(くわしく とかれて)いたものでした( "That doctrine was not new, even at the beginning of the century and a half over which it was elaborated." ).教会が絶えず教えて(きょうかいが たえず おしえて)きたことの中で,特定の部分(とくていの ぶぶん)に注目を新たに(ちゅうもくを あらたに)する必要が生じた(ひつようが しょうじた)のは( "It was merely that particular part of the Church's timeless teaching which needed to be refreshed from the moment …" ),15世紀に及ぶ(じゅうごせいきに およぶ)キリスト教の社会秩序(きりすと きょうの しゃかい ちつじょ)が1789年のフランス革命(ふらんす かくめい)により破壊(はかい)され奪い去られた瞬間(うばい さられた しゅんかん)からでした( "… when the Christian social order of 15 centuries was undermined and supplanted by the French Revolution of 1789. " ).
フランス革命はフリーメーソン的自由主義(ふりーめーそんてき じゆうしゅぎ)が教会の玉座(きょうかいの ぎょくざ)(訳注1)と祭壇(きょうかいの ぎょくざと さいだん)をその地位から引きずりおろし転覆させようと狙って神に戦いを挑んだ(ちい から ひきずりおろし てんぷく させようと ねらって かみに たたかいを いどんだ)ものでした( "That Revolution was Freemasonic liberalism making war on God by seeking to overthrow throne and altar." ).
それ以来(いらい),神の公教(=カトリック教)の諸々の玉座(かとりっく きょうの もろもろの ぎょくざ)は「民主主義( "democracy" )」(みんしゅ しゅぎ)により事実上覆(じじつじょう くつがえ)され( "Since then the Catholic thrones have been virtually overthrown by "democracy", …" ),諸カトリック教会の諸々の祭壇(しょ かとりっく きょうかいの もろもろの さいだん)は第二バチカン公会議(だいに ばちかん こうかいぎ)( "Vatican II" )で公会議が人間の宗教(にんげんの しゅうきょう)に転向(てんこう)したことにより事実上壊された(じじつじょう こわされた)ままになってきました( "… while the Catholic altars were virtually overthrown at Vatican II by that Council's conversion to the religion of man. " ).だが,神の宗教に忠実な(かみの しゅうきょうに ちゅうじつな)ルフェーブル大司教は( "Archbishop Lefebvre however, cleaving to the religion of God, …" ),自分(じぶん)の弟子(でし)たちが自由主義世界の中(じゆうしゅぎ せかいの なか)でカトリック教の立場(たちば)をどう守(まも)るかを知(し)るため教会の反革命的教理(きょうかいの はんかくめいてき きょうり)を完全に理解(かんぜんに りかい)するよう望(のぞ)まれました( "… wished that his seminarians would be thoroughly familiar with the Church's anti-Revolutionary doctrine in order to know how to take their Catholic stand in the midst of a liberal world. " ).大司教の設立(せつりつ)した SSPX が巧(たく)みに新社会(しん しゃかい)( "the Newsociety" )に変えられる様子(かえられる ようす)を理解(りかい)する一般信徒(いっぱん しんと)たちが( "It follows that Catholic lay-folk who can see how the Archbishop's Society of St Pius X is being cunningly transformed into the Newsociety, …" ),第二バチカン公会議(だいに ばちかん こうかいぎ)の150年前(ひゃくごじゅう ねん まえ)に出(だ)された歴代教皇の回勅(れきだい きょうこうの かいちょく)に関心を示す(かんしんを しめす)のはこのためです( "… are interested in the Popes' Encyclical Letters of those 150 years before Vatican II." ).私は4回のフランス旅行の最初の旅行期間中(さいしょの りょこう きかん ちゅう)に5か所を訪れ(ごかしょを おとずれ)ました( "On the first of my four lecture tours there were five stops." ).直近の,3月末から4月初め(ちょっきんの,さんがつ すえ から しがつ はじめ)にかけての今回の旅行(こんかいの りょこう)では9か所を訪れ(きゅうかしょを おとずれ)ました( "On the latest, between end March and early April, there were nine, …" ).これからさらにお呼(よ)びがかかりそうです( "… and there risk being more invitations." ).訪れた先々(おとずれた さきざき)で,SSPX が誤った方向(あやまった ほうこう)へ導(みちび)かれていることに目を覚ま(めを さま)されているフランスの一般信徒たちが増(ふ)えているのを知(し)りました( "There are, all the time, more French lay-folk waking up to how the Society is being misled." ) .
悲(かな)しいかな,あまりにも多くの聖ピオ十世会の司祭はまだ誘惑の達人の魔法(ゆうわくの たつじんの まほう)にかかったまま,俗世界の夢に魅せられて我を見失っている状態(ぞく せかいの ゆめに みせられて われを みうしなっている じょうたい)です( "Alas, all too many SSPX priests are still spellbound by a master of seduction, lost in his worldly dream." ).私は今回の旅行(こんかいの りょこう)で,そのうちの何人(なんにん)かにお会(あ)いしました( "I met a few of them on this latest tour." ).彼(かれ)らは間違(まちが)いなく善良(ぜんりょう)で,司祭として立派(りっぱ)にふるまってきた人たちです( "They are no doubt good men, they have been good priests, …" ).彼らは目を開き(めを ひらき)多(おお)くのことを見(み)ます( "… they have their eyes open and see many things, …" ).だが,一度(ひとたび)その誘惑者に触れる(ゆうわくしゃに ふれる)と,その視覚が曇り(しかくが くもり),気持ち惑わされて(きもち まどわされて)しまうのです( "… but when they are exposed once more to that seducer, their vision clouds over and their will is puzzled." ).ギリシア語の動詞(ぎりしあごの どうし)「 diaballein 」は英語(えいご)の「 diabolical(ひどい)」,「 devil(悪魔〈あくま〉)」の語源(ごげん)ですが( "The Greek verb "diaballein" from which come the English words "diabolical" and "devil", …" ),「ひっくり返(かえ)す」,「混乱に陥れる(こんらんに おとし いれる)」ことを意味(いみ)します( "… means to turn upside down, to throw into confusion." ).
私が上に述べた(うえに のべた)6名の司祭(ろくめいの しさい)たちは,このように混乱させられた司祭(こんらん させられた しさい)たちとはまったく違(ちが)います( "These confused priests contrast with the half dozen mentioned above who have seen clear and are taking action on what they see." ).彼らは長(なが)いあいだ自分(じぶん)たちのひどい指導者(しどうしゃ)たちに忠実(ちゅうじつ)であろうと努(つと)める緊張感を味わって(きんちょうかんを あじわって)きましたが,これはいまや過去(かこ)のことになっています( "The tension by which they were tortured for as long as they tried to remain loyal to diabolical leaders is a thing of the past." ).彼らは心穏やか(こころ おだやか)で,嬉々(きき)としてルフェーブル大司教の作業を続ける(さぎょうを つづける)ための計画作り(けいかく づくり)に携(たずさ)わっています( "They are serene, and happily making plans for the continuation of the Archbishop's work." ).その中(なか)の一人(ひとり)ドゥムロード神父( "Fr. de Merode" )は何年も前(なんねんも まえ)に叙階(じょかい)叙任?を受けた方ですが,自分の意志(じぶんの いし)で SSPX を離(はな)れ,すでにルルド(るるど)( "Lourdes" )に家を一軒購入(いえを いっけん こうにゅう)し,フランス南西部(なん せいぶ)にもう一軒購入(いっけん こうにゅう)しようとしています( "Fr. de Mérode, ordained many years ago, has left the SSPX of his own accord, has bought one house in Lourdes and is buying another in the Southwest of France." ).彼が購入した家(いえ)は,関心を持つ地元の人々(かんしんを もつ じもとの ひとびと)のための使徒会(しとかい)の場(ば)として,また立ち直り(たち なおり)たい場所(ばしょ)を必要(ひつよう)としている司祭たちの避難所(しさいたちの ひなんばしょ)として役立つ(やくだつ)ことでしょう( "These will act both as bases for an apostolate to many interested souls in the region, and as refuges for priests needing somewhere to recover." ).付け加える(つけくわえる)なら,私はリヨン(りよん)( "Lyon" )で自分が市内に持つスタジオ(じぶんが しないに もつ すたじお)を同(おな)じように避難場所(ひなん ばしょ)を求(もと)める司祭たちのために提供(ていきょう)している尊敬すべき女性(そんけい すべき じょせい)にお会(あ)いしました( "I can add that I met a venerable soul in Lyon who is offering a studio of hers in that city to any priest similarly looking for a roof." ).また,イングランド(いんぐらんど)のブロードステアズ(ケント州)(ぶろーどすてあず〈けんとしゅう〉)( "Broadstairs, England" )にある「抵抗( "Resistance" )」の家(「ていこう」の いえ)はすでに開設(かいせつ)され,聖職に携わる訪問者の受け入れ(せいしょくに たずさわる ほうもんしゃの うけいれ)が可能な状態(かのうな じょうたい)です( "Also the "Resistance" House in Broadstairs, England, is now open and can receive priestly visitors. " ).すでに一人(ひとり)がここに入(はい)りましたOne has already come by." ).この家(いえ)では行動の自由が保証(こうどうの じゆうが ほしょう)されています( "Discretion guaranteed. " ).
大司教(だいしきょう)さま,捻じ曲げられた組織(ねじまげられた そしき)( SSPX )の外(そと)では
( "Outside, Archbishop, of its structure bent …" )
あなたが意図(いと)されたように,あなたの壮大な作業(そうだいな さぎょう)が続(つづ)いています
( "… Your noble work continues, as you meant." ).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第3パラグラフの訳注1
「"throne and altar"」 「教会の玉座と祭壇」
「フランス革命は …… 教会の王座と祭壇の転覆を狙って神に戦いを挑んだもの……」の
"throne and altar" 「教会の玉座と祭壇」の「教会の玉座」"throne" について:
→ "throne" ="Sancta Sedes 〈ラテン語〉/ Holy See 〈英語〉"
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=イエズス・キリスト(=天地の王君・牧者たる神の御独り子の教会)の王座.
=ローマ教皇(=王君であり牧者である神の御独り子キリストの代理者)の聖座.
(おうくん・ぼくしゃ たる きりすとの だいりしゃ たる ろーま きょうこう の せいざ)
= Sancta Sedes / Holy See
=ローマ司教座( Episcopalis Sedes = Episcopal See of the Bishop of Rome = Holy See )
(ろーま しきょうざ)
= Cathedra (ラテン語)/ καρέκλα (ギリシア語)
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・一般に,「大聖堂=カテドラル」とは,
=司教( επίσκοπος 〈ギリシア〉/ episcopus〈ラテン〉/ évêque 〈仏〉/ bishop〈英〉)が
①司教区に所属する信徒に対し教導権を行使し,また,
②種々の真の神の公教(カトリック教)の秘跡を授けるミサ聖祭を
司式する際に
着任する座(=席)のある聖堂のこと.
=使徒座= Apostolic See
司教座( cathedra )が置かれている聖堂を,「司教座聖堂」「大聖堂」「バジリカ」と呼ぶ.
=司教座聖堂 / 大聖堂
〈Ecclesia cathedralis〈ラテン〉 / καθεδρικό ναό〈ギリシャ〉 / Cathedral〈英〉
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・ローマ司教(=ローマ教皇)の司教座聖堂:
→ローマ・バチカンにある.
ローマ司教(ローマ教皇)の司教座( cathedra )はラテラノ大聖堂に置かれている.
→『至聖なる救世主の大聖堂』
=『ラテラノ大聖堂』
=『〈ラテラノの洗者〉聖ヨハネの大聖堂)』 (日本語)
=Archibasilica Sanctissimi Salvatoris et Sanctorum Ioannis Baptistae et Ioannis Evangelistae in Laterano (ラテン語・正式名称)
Papale di San Giovanni in Laterano〈伊〉
La Basilique Saint-Jean-de-Latran 〈仏〉
Papal Archbasilica of St. John Lateran〈英〉
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2013年9月21日土曜日
323 恐るべき転落 III 9/21
エレイソン・コメンツ 第323 (2013年9月21日)
ことし6月,私はエレイソン・コメンツの読者に聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX" )の恐るべき転落(おそるべき てんらく)ぶりについて3本目の記事をお届けすると約束しました( "Last June readers of these “Comments” were promised a third article on the horrible fall of the Society of St Pius X, …" ).この状況(じょうきょう)で何をしたらいいのか,読者の皆さんに考えていただくためです( "… to consider what can be done." ).つい最近,"Avec l’Immaculée" (無原罪(むげんざい)の聖母〈=「無原罪の御宿り〈おんやどり〉」〉 と共に)(訳注後記1) というウェブサイトに一本の記事(きじ)が掲載(けいさい)されました( "Just recently there appeared on the website “Avec l’Immaculée” an article …" ).この記事は,諸々(もろもろ)のカトリック信徒(しんと)たちが SSPX のミサ聖祭に参列(さんれつ)し続(つづ)けるべきか否(いな)かをはじめとして、同じ問題に対する優れ(すぐ)た答えをいくつか含(ふく)んでいます( "… with some good answers to this question, starting with the question whether Catholics can go on attending SSPX Masses." ). 以下に記事を要約(ようやく),翻案(ほんあん)します:--( "I summarize and adapt:-- " ).
1984年にローマ教皇庁(きょうこうちょう)から出た特免状(とくめんじょう)( "an Indult" )は,公式教会( "the official Church" )の枠組(わくぐ)みの範囲内(はんいない)で一定の条件が満(み)たされば,トレント公会議で定(さだ)められた形式に則(のっと)ったミサ聖祭(訳注後記2)を執り行(とりおこな)ってもよい(=祝〈いわ〉ってもよい)と認(みと)めました( "In 1984 an Indult from Rome allowed the Tridentine Mass to be celebrated, under certain conditions, within the framework of the official Church." ).当時,諸カトリック信徒はこのようなミサに列席してもいいかどうかと問われ,ルフェーブル大司教( "Archibishop Lefebvre" )はただちに「参列すべきでない」と応(こた)えました( "Asked whether Catholics could attend these Masses, Archbishop Lefebvre replied soon after that they should not attend,…" ).彼はその理由として,信徒たちが一定の条件のもとで主流派の枠組みに戻ることは,第二バチカン公会議とそれ以降の一連の変革(へんかく)を受け入れることと等(ひと)しいからだと述(の)べました( "… because their re-entering the mainstream framework under those conditions was tantamount to accepting Vatican II and the subsequent reforms." ).特免状で認められたミサ聖祭を司式(ししき)する司祭(しさい)たちは自由に話ができなくなるうえ( "The priests saying Indult Masses would not be able to speak freely, …" ),特免による新形式ミサ聖祭( "the New Mass with the Indult" )を暗(あん)に受け入れることで新しい公会議派(こうかいぎは)宗教に引き入(ひきい)れられ,信者たちを道連(みちづ)れにする恐れがあるでしょう( "… and by accepting implicitly the New Mass with the Indult, they would risk sliding into the new Conciliar religion and taking their people with them." ).
フェレー司教( "Bishop Fellay" )は2012年に新しい形式のミサ聖祭は合法的(ごうほうてき)に公布(こうふ)されたものだと宣言(せんげん)しました.このことは新形式ミサ聖祭そのものが合法的だと述べたに等(ひと)しいことです( "In 2012 Bishop Fellay declared that the New Mass was legitimately promulgated, which is tantamount to saying that it is legitimate." ).同司教は第二バチカン公会議の反対者を抑(おさ)え( "He stifles critics of Vatican II, …" ),自分が SSPX をどういう方向(ほうこう)へ導(みちび)こうとしているのか司祭(しさい)たちや信徒(しんと)たちにはできるだけなにも知(し)らせないまま( "… and while still keeping priests and people as much in the dark as possible as to what he is really up to, …" ),2012年4月に自(みずか)らが出した親(しん)公会議派的宣言(こうかいぎはてき せんげん)の考え方(かんがえかた)に向(む)かって着実(ちゃくじつ)に突き進(つきすす)んでいます( "… he steadily pushes forward the ideas of his pro-Conciliar Declaration of April, 2012." ).したがって,ルフェーブル大司教が特免状(とくめんじょう)によるミサ聖祭への参列(さんれつ)を否定(ひてい)したように,いまは SSPX のミサ聖祭に参列することは原則(げんそく)として禁(きん)じるべきです( "Therefore just as the Archbishop ruled out attending Indult Masses, so now, as a general rule, attending SSPX Masses should be ruled out, …" ).なぜなら,SSPX のミサ聖祭が依然(いぜん)として伝統に則(のっと)って行(おこな)われているとしても,SSPX 自体が全体として新しい公会議派宗教を不可(ふか)としないような組織(そしき)にますます変質(へんしつ)してきているからです( "… because even if this particular Mass is still celebrated in accordance with Tradition, the SSPX is being remoulded in general as a framework within which the new Conciliar religion is less and less disapproved, …" )。したがって,SSPX のミサ聖祭に参列することで生(しょう)じる危険(きけん)はますます大きくなっています(… so that there is more and more of a danger in attending its Masses.).
しかし,そうは言っても,SSPX の個々の司祭たちでも純粋な伝統派から事実上の公会議派まで多岐(たき)にわたり,それぞれ考えが違います( "However, particular SSPX priests vary from the genuinely Traditional to the virtually Conciliar. " ).前者のミサ聖祭に参列する方が後者のミサ聖祭に参列するより危険が少ないのは明らかです( "Obviously there is less danger in attending Masses of the former than of the latter, " ).だが,特定の司祭がもし SSPX 本部の押(お)しつける新しい方向を擁護(ようご)したり是認(ぜにん)したりする場合( "but if the priest concerned either defends and approves of the new direction being imposed by SSPX HQ, " ),もしくは彼が抵抗運動( "the Resistance" )になんらかの形で加わる者を咎(とが)めたり,秘跡(ひせき)を与える対象から外(はず)すような場合は( "… or if he persecutes and excludes from the sacraments anybody taking any part in the Resistance, …" ),いずれも彼の執り行う諸々(もろもろ)のミサ聖祭から遠(とお)ざかるべきというサインです( "… these are two signs that his Masses should be avoided, …" ).このことは,あまり遠くないところで抵抗派の司祭によるミサ聖祭が執り行(とりおこな)われる場合とりわけ当てはまります( "… especially if there is the Mass of a resisting priest not too far away." ).ただし,それも状況(じょうきょう)によるでしょう( "But circumstances do also come into play, …" ).たとえば,もし自分の子供がまだまっとうな SSPX の学校から退学させられるようでしたら,土地の SSPX ミサ聖祭に通(かよ)い続(つづ)けるのも正当化(せいとうか)されるでしょう( "… so that if, for instance, one’s children risk being thrown out of a still decent SSPX school, that may justify still attending the local SSPX Mass." ).樹木(じゅもく)の幹(みき)が腐(くさ)りかかっていても,枝(えだ)はまだ緑の葉(みどりのは)を持ち続(もちつづ)けるものです( "When the trunk of a tree is rotting, there can still be branches bearing green leaves." ).
SSPX の根幹(こんかん)がひどく傷(いた)んでいて,人間に例(たと)えるなら回復(かいふく)の見込(みこ)みがないほどだという事実は変わりません( "The fact remains that the trunk of the SSPX is mortally stricken, without hope, humanly speaking, of recovery." ).私たちの主イエズス・キリストの十字架上の死から紀元70年のエルサレム破壊(はかい)まで存在(そんざい)したシナゴーグと同じように( "Like the Synagogue between the death of Our Lord on the Cross and the destruction of Jerusalem in 70 A.D, …" )SSPX は死を内蔵(ないぞう)しながらも,まだ死んではいません( "… it is carrying death within it, but it is not yet dead." ).当時,使徒(しと)たちはエルサレムで説教をし,善良(ぜんりょう)なユダヤ教徒たちはそれに参列しましたが,彼らは迫害(はくがい)され,しまいには追い出されてしまいました( "Apostles preached there, and good Jews still attended, but they were all persecuted and eventually thrown out." ).もし,カトリック信徒のひとりとして,SSPX の体(からだ)が頭(あたま)から尾(お)まで疑似(ぎじ)公会議派(こうかいぎは)メンタリティーという恐ろしいウィルスに侵(おか)されているのを見届(みとど)けたら( "If a Catholic can see today that throughout the body of the SSPX, from the head downwards, the deadly virus of a disguised Conciliar mentality is coursing, …" ),彼は沈(しず)みかかった救命(きゅうめい)ボートを信(しん)じて,それにしがみついているうちにボートが難破(なんぱ)する前に,できるだけ多くの信徒たちを救(すく)うため行動(こうどう)を起(お)こさなければなりません( "… he must take action to help rescue as many souls as possible before they make shipwreck in the faith with the sinking lifeboat." ).
そのようなカトリック信徒は,自(みずか)らの信念(しんねん)を持つ手助け(てだすけ)に,手に入(はい)るあらゆるものを読(よ)むといいでしょう.SSPX の3名の司教がフェレー司教と2012年4月にやり取りした書簡(しょかん)から始(はじ)めるといいでしょう( "Let him, to forge his own convictions, read all he can lay his hands on, starting with the exchange of letters between the three bishops and Bishop Fellay in April of 2012." ).そのようなカトリック信徒は司祭たちや同じ教区内の信徒たちと話し合い( "Let him talk to priests and fellow-parishioners, to co-ordinate, …" ),たとえば,そうしてあげないと行動(こうどう)を起こさない司祭たちのための数々(かずかず)の隠れ家(かくれが)( "refuges" )を随所(ずいしょ)に用意(ようい)するため連携(れんけい)し合(あ)うといいでしょう( "… for instance, the putting together of refuges for priests who might not otherwise take action." ).少なくとも当面(とうめん)のあいだ,できることは限(かぎ)られるでしょうが,やるべきことはたくさんあります.神はこれら少数の(側の)味方(みかた)です( "There is much to be done, however few there are, at least for the moment, to do it. God is with these few." ).(訳注後記3)
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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訳注を追って掲載いたします.
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ことし6月,私はエレイソン・コメンツの読者に聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX" )の恐るべき転落(おそるべき てんらく)ぶりについて3本目の記事をお届けすると約束しました( "Last June readers of these “Comments” were promised a third article on the horrible fall of the Society of St Pius X, …" ).この状況(じょうきょう)で何をしたらいいのか,読者の皆さんに考えていただくためです( "… to consider what can be done." ).つい最近,"Avec l’Immaculée" (無原罪(むげんざい)の聖母〈=「無原罪の御宿り〈おんやどり〉」〉 と共に)(訳注後記1) というウェブサイトに一本の記事(きじ)が掲載(けいさい)されました( "Just recently there appeared on the website “Avec l’Immaculée” an article …" ).この記事は,諸々(もろもろ)のカトリック信徒(しんと)たちが SSPX のミサ聖祭に参列(さんれつ)し続(つづ)けるべきか否(いな)かをはじめとして、同じ問題に対する優れ(すぐ)た答えをいくつか含(ふく)んでいます( "… with some good answers to this question, starting with the question whether Catholics can go on attending SSPX Masses." ). 以下に記事を要約(ようやく),翻案(ほんあん)します:--( "I summarize and adapt:-- " ).
1984年にローマ教皇庁(きょうこうちょう)から出た特免状(とくめんじょう)( "an Indult" )は,公式教会( "the official Church" )の枠組(わくぐ)みの範囲内(はんいない)で一定の条件が満(み)たされば,トレント公会議で定(さだ)められた形式に則(のっと)ったミサ聖祭(訳注後記2)を執り行(とりおこな)ってもよい(=祝〈いわ〉ってもよい)と認(みと)めました( "In 1984 an Indult from Rome allowed the Tridentine Mass to be celebrated, under certain conditions, within the framework of the official Church." ).当時,諸カトリック信徒はこのようなミサに列席してもいいかどうかと問われ,ルフェーブル大司教( "Archibishop Lefebvre" )はただちに「参列すべきでない」と応(こた)えました( "Asked whether Catholics could attend these Masses, Archbishop Lefebvre replied soon after that they should not attend,…" ).彼はその理由として,信徒たちが一定の条件のもとで主流派の枠組みに戻ることは,第二バチカン公会議とそれ以降の一連の変革(へんかく)を受け入れることと等(ひと)しいからだと述(の)べました( "… because their re-entering the mainstream framework under those conditions was tantamount to accepting Vatican II and the subsequent reforms." ).特免状で認められたミサ聖祭を司式(ししき)する司祭(しさい)たちは自由に話ができなくなるうえ( "The priests saying Indult Masses would not be able to speak freely, …" ),特免による新形式ミサ聖祭( "the New Mass with the Indult" )を暗(あん)に受け入れることで新しい公会議派(こうかいぎは)宗教に引き入(ひきい)れられ,信者たちを道連(みちづ)れにする恐れがあるでしょう( "… and by accepting implicitly the New Mass with the Indult, they would risk sliding into the new Conciliar religion and taking their people with them." ).
フェレー司教( "Bishop Fellay" )は2012年に新しい形式のミサ聖祭は合法的(ごうほうてき)に公布(こうふ)されたものだと宣言(せんげん)しました.このことは新形式ミサ聖祭そのものが合法的だと述べたに等(ひと)しいことです( "In 2012 Bishop Fellay declared that the New Mass was legitimately promulgated, which is tantamount to saying that it is legitimate." ).同司教は第二バチカン公会議の反対者を抑(おさ)え( "He stifles critics of Vatican II, …" ),自分が SSPX をどういう方向(ほうこう)へ導(みちび)こうとしているのか司祭(しさい)たちや信徒(しんと)たちにはできるだけなにも知(し)らせないまま( "… and while still keeping priests and people as much in the dark as possible as to what he is really up to, …" ),2012年4月に自(みずか)らが出した親(しん)公会議派的宣言(こうかいぎはてき せんげん)の考え方(かんがえかた)に向(む)かって着実(ちゃくじつ)に突き進(つきすす)んでいます( "… he steadily pushes forward the ideas of his pro-Conciliar Declaration of April, 2012." ).したがって,ルフェーブル大司教が特免状(とくめんじょう)によるミサ聖祭への参列(さんれつ)を否定(ひてい)したように,いまは SSPX のミサ聖祭に参列することは原則(げんそく)として禁(きん)じるべきです( "Therefore just as the Archbishop ruled out attending Indult Masses, so now, as a general rule, attending SSPX Masses should be ruled out, …" ).なぜなら,SSPX のミサ聖祭が依然(いぜん)として伝統に則(のっと)って行(おこな)われているとしても,SSPX 自体が全体として新しい公会議派宗教を不可(ふか)としないような組織(そしき)にますます変質(へんしつ)してきているからです( "… because even if this particular Mass is still celebrated in accordance with Tradition, the SSPX is being remoulded in general as a framework within which the new Conciliar religion is less and less disapproved, …" )。したがって,SSPX のミサ聖祭に参列することで生(しょう)じる危険(きけん)はますます大きくなっています(… so that there is more and more of a danger in attending its Masses.).
しかし,そうは言っても,SSPX の個々の司祭たちでも純粋な伝統派から事実上の公会議派まで多岐(たき)にわたり,それぞれ考えが違います( "However, particular SSPX priests vary from the genuinely Traditional to the virtually Conciliar. " ).前者のミサ聖祭に参列する方が後者のミサ聖祭に参列するより危険が少ないのは明らかです( "Obviously there is less danger in attending Masses of the former than of the latter, " ).だが,特定の司祭がもし SSPX 本部の押(お)しつける新しい方向を擁護(ようご)したり是認(ぜにん)したりする場合( "but if the priest concerned either defends and approves of the new direction being imposed by SSPX HQ, " ),もしくは彼が抵抗運動( "the Resistance" )になんらかの形で加わる者を咎(とが)めたり,秘跡(ひせき)を与える対象から外(はず)すような場合は( "… or if he persecutes and excludes from the sacraments anybody taking any part in the Resistance, …" ),いずれも彼の執り行う諸々(もろもろ)のミサ聖祭から遠(とお)ざかるべきというサインです( "… these are two signs that his Masses should be avoided, …" ).このことは,あまり遠くないところで抵抗派の司祭によるミサ聖祭が執り行(とりおこな)われる場合とりわけ当てはまります( "… especially if there is the Mass of a resisting priest not too far away." ).ただし,それも状況(じょうきょう)によるでしょう( "But circumstances do also come into play, …" ).たとえば,もし自分の子供がまだまっとうな SSPX の学校から退学させられるようでしたら,土地の SSPX ミサ聖祭に通(かよ)い続(つづ)けるのも正当化(せいとうか)されるでしょう( "… so that if, for instance, one’s children risk being thrown out of a still decent SSPX school, that may justify still attending the local SSPX Mass." ).樹木(じゅもく)の幹(みき)が腐(くさ)りかかっていても,枝(えだ)はまだ緑の葉(みどりのは)を持ち続(もちつづ)けるものです( "When the trunk of a tree is rotting, there can still be branches bearing green leaves." ).
SSPX の根幹(こんかん)がひどく傷(いた)んでいて,人間に例(たと)えるなら回復(かいふく)の見込(みこ)みがないほどだという事実は変わりません( "The fact remains that the trunk of the SSPX is mortally stricken, without hope, humanly speaking, of recovery." ).私たちの主イエズス・キリストの十字架上の死から紀元70年のエルサレム破壊(はかい)まで存在(そんざい)したシナゴーグと同じように( "Like the Synagogue between the death of Our Lord on the Cross and the destruction of Jerusalem in 70 A.D, …" )SSPX は死を内蔵(ないぞう)しながらも,まだ死んではいません( "… it is carrying death within it, but it is not yet dead." ).当時,使徒(しと)たちはエルサレムで説教をし,善良(ぜんりょう)なユダヤ教徒たちはそれに参列しましたが,彼らは迫害(はくがい)され,しまいには追い出されてしまいました( "Apostles preached there, and good Jews still attended, but they were all persecuted and eventually thrown out." ).もし,カトリック信徒のひとりとして,SSPX の体(からだ)が頭(あたま)から尾(お)まで疑似(ぎじ)公会議派(こうかいぎは)メンタリティーという恐ろしいウィルスに侵(おか)されているのを見届(みとど)けたら( "If a Catholic can see today that throughout the body of the SSPX, from the head downwards, the deadly virus of a disguised Conciliar mentality is coursing, …" ),彼は沈(しず)みかかった救命(きゅうめい)ボートを信(しん)じて,それにしがみついているうちにボートが難破(なんぱ)する前に,できるだけ多くの信徒たちを救(すく)うため行動(こうどう)を起(お)こさなければなりません( "… he must take action to help rescue as many souls as possible before they make shipwreck in the faith with the sinking lifeboat." ).
そのようなカトリック信徒は,自(みずか)らの信念(しんねん)を持つ手助け(てだすけ)に,手に入(はい)るあらゆるものを読(よ)むといいでしょう.SSPX の3名の司教がフェレー司教と2012年4月にやり取りした書簡(しょかん)から始(はじ)めるといいでしょう( "Let him, to forge his own convictions, read all he can lay his hands on, starting with the exchange of letters between the three bishops and Bishop Fellay in April of 2012." ).そのようなカトリック信徒は司祭たちや同じ教区内の信徒たちと話し合い( "Let him talk to priests and fellow-parishioners, to co-ordinate, …" ),たとえば,そうしてあげないと行動(こうどう)を起こさない司祭たちのための数々(かずかず)の隠れ家(かくれが)( "refuges" )を随所(ずいしょ)に用意(ようい)するため連携(れんけい)し合(あ)うといいでしょう( "… for instance, the putting together of refuges for priests who might not otherwise take action." ).少なくとも当面(とうめん)のあいだ,できることは限(かぎ)られるでしょうが,やるべきことはたくさんあります.神はこれら少数の(側の)味方(みかた)です( "There is much to be done, however few there are, at least for the moment, to do it. God is with these few." ).(訳注後記3)
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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訳注を追って掲載いたします.
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2013年6月15日土曜日
309 アジア旅行 6/15
エレイソン・コメンツ 第309回 (2013年6月15日)
多くの読者から私が権限の機能不能について書いた2週間前のエレイソン・コメンツに苦言が呈(てい)せられました( "A number of readers complained at the “Eleison Comments” of two weeks ago on authority being crippled." ).「差し迫った神の懲罰」( " the “imminent Chastisement” " )が起きた後は,正常なカトリック教の土台の上にカトリック教会の修道会を築くことなど不可能だというエレイソン・コメンツの論調から類推して( "From its argument that on this side of the “imminent Chastisement” no further Catholic Congregation can be founded on a normal Catholic basis, …" ),読者の方々は神の介入を待つ以外に一司教ができることなどなにもないと私が考えているのではないかと結論づけました( "… they concluded that I believe there is nothing more for a bishop to do than to wait for God to intervene. " ).だが,もしそうだとすれば,私が2週間のアジア旅行を終え,いまアイルランドに滞在しているのは何故でしょうか( "But in that case why did I just spend two weeks in Asia, and why am I now in Ireland ? " )? 同じように読者の方々は,私が今後司教を聖別することなどないだろうと結論づけています( "Likewise they conclude that I will never consecrate another bishop." ).これに対しては,私は神の思し召し(おぼしめし)であれば(訳注・=それが神の御意志であるならば),そういうことがあるかもしれないので,しばらくお待ちください,と申し上げます(=神の御心・御旨が示される時を待ちましょう)( "Likewise they conclude that I will never consecrate another bishop. I say – God willing – just wait." ).
実際のところ,聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX )本部が依然として同会を公会議派ローマ(教皇庁)の懐へ導き入れるつもりでいる以上,信仰を持ち続けようと努力している人々を訪れ励ましたりするなど,一司教としてなすべきことは多々あります( "In fact there is a great deal for a bishop to do to visit and encourage souls striving to keep the Faith when Headquarters of the Society of St Pius X is obviously still intent upon taking it into the arms of Conciliar Rome." ).昨年6月17日,フェレー司教( "Bishop Fellay" )は当時の教皇ベネディクト16世に書簡を送り,「必要な浄化( "the necessary clarifications" )に到達するため,(ローマとの和解へつながる)この道をたどるあらゆる努力を継続する所存です」と伝えました( "On June 17 Bishop Fellay wrote to Benedict XVI, “I do intend to continue to make every effort to pursue this path (of reconciliation with Rome) in order to arrive at the necessary clarifications”. " ).同書簡で,フェレー司教は「不幸なことに,SSPX の現状では」自分が4月中旬に明らかにした教理宣言に対するローマの6月13日付け対案を「受け入れるわけにはまいりません」と書いています( "And in the same vein, “Unfortunately, in the present situation of the Society” Rome’s counter-proposal of June 13 to his Doctrinal Declaration of mid-April “will not be accepted.” " ).ということは,もし SSPX がローマの示した条件を受け入れていたとすれば幸運だった,ということなのでしょうか?( "Then it would have been fortunate if the Society had accepted Rome’s terms ? " )
フェレー司教が持ち続ける SSPX 売り渡しの決意を示すこの証拠書類( SSPX 本部が公表したものです!)に対して,私たちは彼がほかの人宛てに書いた書簡からの引用を所持しています( "Against this written evidence (made public by Headquarters !) of Bishop Fellay’s on-going determination to sell out the Archbishop’s Society, …" ).彼は( SSPX の)フランス管区長( "the French District Superior" )に対し,自分が「不幸にして」と書いたのは「教皇だけのため」だったと伝え,一方ベルギーのカルメル女子修道院長( "the Carmelite Mother Superior" )に対しては「ローマとの実務的な合意を求めるつもりは全くない」と伝えています( "… we have quotes of his to the French District Superior that the “unfortunately” he only wrote “for the sake of the Pope”, and to the Carmelite Mother Superior in Belgium that he “never intended to pursue a practical agreement with Rome.” " ). 悲しいかな,フェレー司教は聴衆によって言葉を適宜使い分ける実績のある方ですから,上記の引用で彼に(ルフェーブル)大司教が創設された SSPX を売り渡す意図などないことが証明されたとは決して言えません( "Alas, Bishop Fellay has such a track-record for adapting his words to his audience that quotes like these by no means disprove his intention to sell out the Archbishop’s Society." ).フェレー司教は心の中で自ら備え持つ精神的家具( "the mental furniture" )の位置を移動させる驚くべき能力の持ち主であり,そのことだけを単独でエレイソン・コメンツに取り上げるに値します( "His astonishing ability to move the mental furniture around in his mind deserves an “Eleison Comments” all on its own, …" ).だが,それは別にして,いまや「抵抗運動( "the Resistance" )」と呼ばれるようになってきたものが世界中で高まりつつあるとしたら,皆さんは不思議に思われるでしょうか?( "… but in the meantime is it any wonder if what is coming to be called the “Resistance” is rising independently all over the world ? " )
私は5月24日から6月6日までシャザール神父( "Fr Chazal" )と共に,彼の指導下にある400人ほどの信徒の多くを訪ね,韓国,フィリピン,シンガポールで50回以上の堅振(=堅信)式ミサ聖祭を執り行いました( "Between May 24 and June 6 I visited with Fr Chazal a good part of his flock of some 400 souls, and I gave over 50 Confirmations in South Korea, the Philippines and Singapore." ).シャザール神父は面白い人物です.素晴らしい洞察力があり,おまけにとてもユーモアに富んだ人です( "Fr Chazal is a character. He has brilliant insights and is very funny into the bargain." ).もしお会いする機会があれば,インド人政治家の物まねをお願いするといいでしょう (彼によるとインド人はタフで,この点は「間違いない」とのことです) ( "If ever you meet him, ask him to do his imitation of an Indian politician ( he says the Indians are tough, and “can take it”)." ).
韓国では, SSPX の方向転換がとげとげしい内部分裂を引き起こし,その結果, SSPX の最初の聖堂の寄贈者がもう一つ別の聖堂を寄贈しました( "In South Korea the Society’s change of direction caused a harsh split, with the result that the donor of the original chapel merely donated another." ).私はその寄贈者の娘さまの結婚式を執り行う光栄に浴しました( "I had the pleasure of performing the marriage of the donor’s daughter." ).フィリピンでは,私が到着したちょうどその時,数年前に SSPX に加わるため新教会(訳注1後述)を逃れた老齢の司祭が今度は抵抗運動に加わるため新協会( "the Newsociety" )(訳注・「新しい聖ピオ十世会」の意.以下「新協会」と記す.)(訳注2後述)を逃れようとしていました( "In the Philippines, just as I arrived, an older priest who fled the Newchurch years ago to work with the Society was fleeing the Newsociety to work with the Resistance." ).彼はシャザール神父が計画している神学校の設立準備を任されているようで( "He looks like being entrusted with the beginnings of a seminary which Fr Chazal wants to launch, …" ),それに加えて,フィリピン中部各地の諸施設で同神父に代わって大変な仕事を引き受けることになりそうです( "… and he will in addition have his work cut out for him in centres throughout the central Philippines." ).シンガポールは西洋式物質主義の東のショーウィンドウですが,ここでは相変わらず善良な中国系一家とその友人たちが SSPX の新協会への移行を牛耳(ぎゅうじ)っています( "In Singapore, a show-case in the East of Western-style materialism, still a good Chinese family with their friends have a firm grip on the change from the Society to the Newsociety." ).シャザール神父は新協会をExSPX (訳注・=「元(=前は)聖ピオ十世会」の意味合い)と呼んでいますが,これは真実が新教会 "the Newchurch",すなわち新しいミサ聖祭 "the Novus Ordo" を弱体化させつつあるように,やがて真実によって弱体化されるでしょう( "Truth will undermine this ExSPX, as Fr Chazal calls it, just as truth is undermining the Newchurch, or the Novus Ordo." ).(訳注1・「新教会」〈=「新しい教会」〉"the Newchurch",第二バチカン公会議制度下に置かれている諸カトリック教会を指す.)(訳注2・「新協会」 "the Newesociety" =第二バチカン公会議制度下のローマ教皇庁の傘下〈さんか〉に入ることを望む司祭たちで構成される現 SSPX〈 =ExSPX 〉を指す.)
多数の人々は天国への道に踏(ふ)みとどまっています( "Here are many souls to sustain on their way to Heaven." ).私に司教として聖別してほしいと願う候補者はおられるでしょうか?( "Do I have any candidates offering themselves for consecration as bishops ? " )
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第5パラグラフの訳注:
留意点:
・神の場に人間を置く第二バチカン公会議主義(近代主義・モダニズム)に対する抵抗運動( "resistance" ),神の真実(=カトリック真理)の擁護(ようご)が,ルフェーブル大司教の創設された SSPX(聖ピオ十世会)の活動の本旨(本来の趣旨〈しゅし〉)である.
・人間社会は時とともに変遷(へんせん)するが,真理は永遠に変わらない.永遠の生命にとどまるために,真理にとどまるべきである.
・人間よりも,真理であられる神に服従すべきである.
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多くの読者から私が権限の機能不能について書いた2週間前のエレイソン・コメンツに苦言が呈(てい)せられました( "A number of readers complained at the “Eleison Comments” of two weeks ago on authority being crippled." ).「差し迫った神の懲罰」( " the “imminent Chastisement” " )が起きた後は,正常なカトリック教の土台の上にカトリック教会の修道会を築くことなど不可能だというエレイソン・コメンツの論調から類推して( "From its argument that on this side of the “imminent Chastisement” no further Catholic Congregation can be founded on a normal Catholic basis, …" ),読者の方々は神の介入を待つ以外に一司教ができることなどなにもないと私が考えているのではないかと結論づけました( "… they concluded that I believe there is nothing more for a bishop to do than to wait for God to intervene. " ).だが,もしそうだとすれば,私が2週間のアジア旅行を終え,いまアイルランドに滞在しているのは何故でしょうか( "But in that case why did I just spend two weeks in Asia, and why am I now in Ireland ? " )? 同じように読者の方々は,私が今後司教を聖別することなどないだろうと結論づけています( "Likewise they conclude that I will never consecrate another bishop." ).これに対しては,私は神の思し召し(おぼしめし)であれば(訳注・=それが神の御意志であるならば),そういうことがあるかもしれないので,しばらくお待ちください,と申し上げます(=神の御心・御旨が示される時を待ちましょう)( "Likewise they conclude that I will never consecrate another bishop. I say – God willing – just wait." ).
実際のところ,聖ピオ十世会( "the Society of St Pius X" = SSPX )本部が依然として同会を公会議派ローマ(教皇庁)の懐へ導き入れるつもりでいる以上,信仰を持ち続けようと努力している人々を訪れ励ましたりするなど,一司教としてなすべきことは多々あります( "In fact there is a great deal for a bishop to do to visit and encourage souls striving to keep the Faith when Headquarters of the Society of St Pius X is obviously still intent upon taking it into the arms of Conciliar Rome." ).昨年6月17日,フェレー司教( "Bishop Fellay" )は当時の教皇ベネディクト16世に書簡を送り,「必要な浄化( "the necessary clarifications" )に到達するため,(ローマとの和解へつながる)この道をたどるあらゆる努力を継続する所存です」と伝えました( "On June 17 Bishop Fellay wrote to Benedict XVI, “I do intend to continue to make every effort to pursue this path (of reconciliation with Rome) in order to arrive at the necessary clarifications”. " ).同書簡で,フェレー司教は「不幸なことに,SSPX の現状では」自分が4月中旬に明らかにした教理宣言に対するローマの6月13日付け対案を「受け入れるわけにはまいりません」と書いています( "And in the same vein, “Unfortunately, in the present situation of the Society” Rome’s counter-proposal of June 13 to his Doctrinal Declaration of mid-April “will not be accepted.” " ).ということは,もし SSPX がローマの示した条件を受け入れていたとすれば幸運だった,ということなのでしょうか?( "Then it would have been fortunate if the Society had accepted Rome’s terms ? " )
フェレー司教が持ち続ける SSPX 売り渡しの決意を示すこの証拠書類( SSPX 本部が公表したものです!)に対して,私たちは彼がほかの人宛てに書いた書簡からの引用を所持しています( "Against this written evidence (made public by Headquarters !) of Bishop Fellay’s on-going determination to sell out the Archbishop’s Society, …" ).彼は( SSPX の)フランス管区長( "the French District Superior" )に対し,自分が「不幸にして」と書いたのは「教皇だけのため」だったと伝え,一方ベルギーのカルメル女子修道院長( "the Carmelite Mother Superior" )に対しては「ローマとの実務的な合意を求めるつもりは全くない」と伝えています( "… we have quotes of his to the French District Superior that the “unfortunately” he only wrote “for the sake of the Pope”, and to the Carmelite Mother Superior in Belgium that he “never intended to pursue a practical agreement with Rome.” " ). 悲しいかな,フェレー司教は聴衆によって言葉を適宜使い分ける実績のある方ですから,上記の引用で彼に(ルフェーブル)大司教が創設された SSPX を売り渡す意図などないことが証明されたとは決して言えません( "Alas, Bishop Fellay has such a track-record for adapting his words to his audience that quotes like these by no means disprove his intention to sell out the Archbishop’s Society." ).フェレー司教は心の中で自ら備え持つ精神的家具( "the mental furniture" )の位置を移動させる驚くべき能力の持ち主であり,そのことだけを単独でエレイソン・コメンツに取り上げるに値します( "His astonishing ability to move the mental furniture around in his mind deserves an “Eleison Comments” all on its own, …" ).だが,それは別にして,いまや「抵抗運動( "the Resistance" )」と呼ばれるようになってきたものが世界中で高まりつつあるとしたら,皆さんは不思議に思われるでしょうか?( "… but in the meantime is it any wonder if what is coming to be called the “Resistance” is rising independently all over the world ? " )
私は5月24日から6月6日までシャザール神父( "Fr Chazal" )と共に,彼の指導下にある400人ほどの信徒の多くを訪ね,韓国,フィリピン,シンガポールで50回以上の堅振(=堅信)式ミサ聖祭を執り行いました( "Between May 24 and June 6 I visited with Fr Chazal a good part of his flock of some 400 souls, and I gave over 50 Confirmations in South Korea, the Philippines and Singapore." ).シャザール神父は面白い人物です.素晴らしい洞察力があり,おまけにとてもユーモアに富んだ人です( "Fr Chazal is a character. He has brilliant insights and is very funny into the bargain." ).もしお会いする機会があれば,インド人政治家の物まねをお願いするといいでしょう (彼によるとインド人はタフで,この点は「間違いない」とのことです) ( "If ever you meet him, ask him to do his imitation of an Indian politician ( he says the Indians are tough, and “can take it”)." ).
韓国では, SSPX の方向転換がとげとげしい内部分裂を引き起こし,その結果, SSPX の最初の聖堂の寄贈者がもう一つ別の聖堂を寄贈しました( "In South Korea the Society’s change of direction caused a harsh split, with the result that the donor of the original chapel merely donated another." ).私はその寄贈者の娘さまの結婚式を執り行う光栄に浴しました( "I had the pleasure of performing the marriage of the donor’s daughter." ).フィリピンでは,私が到着したちょうどその時,数年前に SSPX に加わるため新教会(訳注1後述)を逃れた老齢の司祭が今度は抵抗運動に加わるため新協会( "the Newsociety" )(訳注・「新しい聖ピオ十世会」の意.以下「新協会」と記す.)(訳注2後述)を逃れようとしていました( "In the Philippines, just as I arrived, an older priest who fled the Newchurch years ago to work with the Society was fleeing the Newsociety to work with the Resistance." ).彼はシャザール神父が計画している神学校の設立準備を任されているようで( "He looks like being entrusted with the beginnings of a seminary which Fr Chazal wants to launch, …" ),それに加えて,フィリピン中部各地の諸施設で同神父に代わって大変な仕事を引き受けることになりそうです( "… and he will in addition have his work cut out for him in centres throughout the central Philippines." ).シンガポールは西洋式物質主義の東のショーウィンドウですが,ここでは相変わらず善良な中国系一家とその友人たちが SSPX の新協会への移行を牛耳(ぎゅうじ)っています( "In Singapore, a show-case in the East of Western-style materialism, still a good Chinese family with their friends have a firm grip on the change from the Society to the Newsociety." ).シャザール神父は新協会をExSPX (訳注・=「元(=前は)聖ピオ十世会」の意味合い)と呼んでいますが,これは真実が新教会 "the Newchurch",すなわち新しいミサ聖祭 "the Novus Ordo" を弱体化させつつあるように,やがて真実によって弱体化されるでしょう( "Truth will undermine this ExSPX, as Fr Chazal calls it, just as truth is undermining the Newchurch, or the Novus Ordo." ).(訳注1・「新教会」〈=「新しい教会」〉"the Newchurch",第二バチカン公会議制度下に置かれている諸カトリック教会を指す.)(訳注2・「新協会」 "the Newesociety" =第二バチカン公会議制度下のローマ教皇庁の傘下〈さんか〉に入ることを望む司祭たちで構成される現 SSPX〈 =ExSPX 〉を指す.)
多数の人々は天国への道に踏(ふ)みとどまっています( "Here are many souls to sustain on their way to Heaven." ).私に司教として聖別してほしいと願う候補者はおられるでしょうか?( "Do I have any candidates offering themselves for consecration as bishops ? " )
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第5パラグラフの訳注:
留意点:
・神の場に人間を置く第二バチカン公会議主義(近代主義・モダニズム)に対する抵抗運動( "resistance" ),神の真実(=カトリック真理)の擁護(ようご)が,ルフェーブル大司教の創設された SSPX(聖ピオ十世会)の活動の本旨(本来の趣旨〈しゅし〉)である.
・人間社会は時とともに変遷(へんせん)するが,真理は永遠に変わらない.永遠の生命にとどまるために,真理にとどまるべきである.
・人間よりも,真理であられる神に服従すべきである.
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ラベル:
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