2014年10月25日土曜日

380 裏話 II 10/25

エレイソン・コメンツ 第380回 (2014年10月25日)

    ロシアの奉献実現を目的とするロザリオ聖戦のアイディアが2006年6月に初めて聖ピオ十世会( SSPX )のフェレー司教に届いたとき,彼はそれが実際には私たちの聖母のご指示だとは知りませんでした――( "When the idea of a Rosary Crusade for the Consecration of Russia was first put to Bishop Fellay in June of 2006, he did not yet know that the idea was in fact a directive from Our Lady–" )(ろしあの ほうけん じつげんを もくてきと する ろざりお せいせんの あいでぃあが にせん ろくねん ろくがつに はじめて せいぴお じゅっせい かい〈えす えす ぴー えくす〉の ふぇれー しきょうに とどいた とき,かれは それが じっさい には わたくしたちの せいぼの ごしじ だとは しり ません でした) ―― 聖母の使者は気弱な女性だったため,司教に本当のことを話すのをためらったからです( "… the messenger had been too shy to tell him." )(せいぼの ししゃは きよわな じょせい だった ため,しきょうに ほんとうの ことを はなす のを ためらった からです).そこで,フェレー司教は使者に会った後スイスへ戻り,直ちにロザリオ聖戦の考えを取り上げる決断をしましたが,ロシア奉献は二の次にして,聖戦を主にトレント(公会議)様式によるミサ聖祭(以下,「トレント・ミサ聖祭」と記す.)自由化のために利用しようとしました.ただ,彼はそうすることで故意に天の意志に背くつもりはなかったのです( "So he did not knowingly go against Heaven's will when on returning to Switzerland after his meeting with the messenger, he decided to take up the idea of a Crusade, but to apply it primarily to the liberation of the Tridentine Mass, leaving Russia's Consecration among the secondary intentions." )(そこで,ふぇれー しきょうは ししゃに あった あと すいすへ もどり,ただちに ろざりお せいせんの かんがえを とりあげる けつだんを しましたが,ろしあ ほうけんは にの つぎに して,せいせんを おもに とれんと〈こうかいぎ〉ようしき による みさ せいさい〈いか,「とれんと・みさ せいさい」と しるす.〉)じゆうかの ために りよう しようと しました.ただ,かれは そうする ことで こいに てんの いしに そむく つもりは なかった のです).聖母は第1回目の聖戦が組織されるのはメッセージが自分から出たことを示すものだから祝福は致しますが,それは自分がミサ聖祭自由化を望んでいることを確認するものではないと,使者に告げました( "So, as Our Lady told her messenger, while she would bless the first Crusade as a sign that the messages were really from her, it would not be to confirm that the liberation of the Mass was what she really wanted." )(せいぼは だい いっかいめの せいせんが そしき される のは めっせーじが じぶんから でたことを しめす もの だから しゅくふくは いたし ますが,それは じぶんが みさ せいさい じゆうかを のぞんで いる ことを かくにん する もの では ないと,ししゃに つげました).フェレー司教にやがてはっきりと伝えられることになりますが,教会と世界の危機に対する真の答えはロシアの奉献だったのです( "The true answer to the crisis of Church and world lay in Russia's Consecration, as would soon be made very clear to the Bishop." )(ふぇれー しきょうに やがて はっきりと つたえられる ことに なりますが,きょうかいと せかいの ききに たいする まことの こたえは ろしあの ほうけん だった のです)

    私たちの聖母のご支持があっただけに,第1回ロザリオ聖戦は二つの意味で予想外の成功でした( "So, given the backing of Our Lady, the first Crusade was an unexpected success, …" )(わたくしたちの せいぼの ごしじが あった だけに,だい いっかい ろざりお せいせんは ふたつの いみで よそう がいの せいこう でした).一つは,参加した人々の捧げた祈りの数が多かった事( "… both in the number of rosaries prayed by the people, …" )(ひとつは,さんか した ひとびとの ささげた いのりの かずが おおかった こと)もう一つは教皇ベネディクト16世が2007年7月に 教令 ( "Motu Proprio " )を出し,トレント・ミサ聖祭は決して廃止されたことはないと宣言してフェレー司教の長年の願いを叶えた事でした( "… and in Pope Benedict XVI's fulfilment of Bishop Fellay's long-standing wish by the declaration in his Motu Proprio of July 2007, that the Tridentine Mass had never been abrogated." )(もうひとつは きょうこう べねでぃくと じゅうろく せいが にせん しち〈なな〉ねん しちがつに きょうれいを だし,とれんと・みさ せいさいは けっして はいし された ことは ないと せんげん して ふぇれー しきょうの ながねんの ねがいを かなえた こと でした)

    だが,それ以前の2006年8月に,聖母は使者にフェレー司教へ書簡を送るよう命じ,その中で彼は聖母の最初のご要請が天から出されたものである事を含め詳細を知らされていました( "However, already in August of 2006, Our Lady had directed her messenger to send to Bishop Fellay a letter in which he was this time fully informed of all the details of her original request, including that it came from Heaven." )(だが,それ いぜんの にせん ろくねん はちがつに,せいぼは ししゃに ふぇれーしきょうへ しょかんを おくるよう めいじ,そのなかで かれは せいぼの さいしょの ごようせいが てん から だされた もので ある ことを ふくめ しょうさいを しらされて いました).司教はこの書簡に前向きな返書を送り( "To this letter the Bishop had responded positively, …" ),第1回聖戦の勢いをもとに第2回聖戦を実施するつもりである事,自らがそれに対応するのが最善である事を伝えました( "… saying that he would use the boost from the first Crusade to launch the second, and that it would be best if he himself took the matter in hand." )(しきょうは この しょかんに まえむきな へんしょを おくり,だい いっかい せいせんの いきおいを もとに だいにかい せいせんを じっし する つもりで ある こと,みずから が それに たいおう するのが さいぜん である ことを つたえ ました).だが,一年後の 教皇教令 ( "Motu Proprio " )直後から2007年末迄の間に,聖母は第2回聖戦がきちんとロシア奉献の為に行われる事が自分の願いだと司教に念を押すため,使者に何度も書簡を送るよう命じられました( "But one year later, soon after the Motu Proprio until the end of 2007, Our Lady directed the messenger to write to him, again and again, to remind him of her wish for a second Crusade that would be properly dedicated to the Consecration of Russia." )(だが,いちねんごの きょうこう きょうれい ちょくご から にせん ななねん まつ までの あいだに,せいぼは だいにかい せいせんが きちんと ろしあ ほうけんの ために おこなわれる ことが じぶんの ねがいだと しきょうに ねんを おすため,ししゃに なんども しょかんを おくる よう めいじられ ました.)

    フェレー司教はそれでもまだ自分の立場をはっきりさせるのを躊躇していました( "Still Bishop Fellay hesitated to commit himself, …" ).そこで,聖母は2008年初めに,司教に対し第2回聖戦をロシア奉献の為に捧げるようとの同じご要請をこれまで以上に強く伝えられました( "so in early 2008 Our Lady came back even more insistently with the same request for the Crusade to be dedicated to the Consecration." )(ふぇれー しきょうは それでも まだ じぶんの たちばを はっきり させるのを ちゅうちょ して いました.そこで,せいぼは にせん はちねん はじめに,しきょうに たいし だいにかい せいせんを ろしあ ほうけんの ために ささげるよう との おなじ ごようせいを これまで いじょうに つよく つたえられ ました.).問題は司教が SSPX とローマ(教皇庁)との間の和解によって教会の危機を解決するという独自の計画を長い間進めてきており( "The problem was that Bishop Fellay had long been working on his own plan to solve the Church crisis by a reconciliation between the Society of St Pius X and Rome, …" ),聖母の要請はこの計画に合わなかった事です( "… and Our Lady's request did not fit in with that plan." )(もんだいは しきょうが せいぴお じゅっせい かいと ろーま〈きょうこうちょう〉との あいだの わかいに よって きょうかいの ききを かいけつ する という どくじの けいかくを ながい あいだ すすめて きて おり,せいぼの ようせいは この けいかくに あわなかった こと です).それ故司教にはローマとの和解に向けた話し合いを(ローマ側の関係者たちと)進めれば進めるほど,聖母との約束を実行するのが難しくなると思えたのです( "Therefore the more progress he seemed to be making with the Romans towards reconciliation, the more difficult it was becoming for him to keep his promise of doing what she asked, …" ).何故なら,彼は聖母の要請がローマを困らせる事を知っていたからです( "… because he knew that what she asked would upset the Romans." )(それゆえ しきょうには ろーまとの わかいに むけた はなしあいを〈ろーまがわの かんけいしゃ たちと〉すすめれば すすめる ほど,せいぼ との やくそくを じっこう する のが むずかしく なると おもえた のです.なぜなら,かれは せいぼの ようせいが ろーまを こまらせる ことを しっていた から です.).事実…( "Indeed ..." )(じじつ…)

    ちょうどこの頃の事です.フェレー司教が聖母のご要請をなかなか実行しようとしない理由を知らない使者が聖母に「司教さまはご要請が聖母さまから出たものだとはっきり理解していらっしゃらないからでしょうか」と尋ねました( "It was at about this time that the messenger, being unaware of why the Bishop was continuing to stall over Our Lady's request, asked her if the reason was that the Bishop was not sure that the request was indeed coming from Our Lady." )(ちょうど そのころの こと です.ふぇれー しきょうが せいぼの ごようせいを なかなか じっこう しようと しない りゆうを しらない ししゃが せいぼに「しきょうさまは ごようせいが せいぼさま から でたもの だと はっきり りかい していらっしゃらない から でしょうか」とたずね ました).聖母は頭を下に向けられ,そっと左右にお振りになりながら「いいえ,それが理由ではありません.」とだけお答えになりました( " “No,” came the simple answer, as Our Lady lowered her head and shook it gently from side to side, “that is not why.” " ).聖母は本当の理由にはお触れにならず,司教が聖母からの要請だと信じないからではないとだけ言われました( "Our Lady did not say what the real reason was, she only said that it was not because the Bishop did not believe that it was herself making the request." )(せいぼは あたまを したに むけられ,そっと さゆうに おふりに なり ながら「いいえ,それが りゆうでは ありません.」とだけ おこたえに なりました.せいぼは ほんとうの りゆうには おふれに ならず,しきょうが せいぼ からの ようせいだと しんじない からでは ない とだけ いわれました.)

    私たちは,このドラマのクライマックスに近づいています( "We approach the climax of the drama." ).それは劇的〈な出来事〉でした( "Drama it was." ).(わたくし たちは,この どらまの くらいまっくすに ちかづいて います.それは げきてき〈な できごと〉 でした).2008年初めになると,ロシア奉献に関する聖母のメッセージが差し迫った問題になってきました( "In early 2008 the Blessed Virgin's message concerning the Consecration of Russia was becoming urgent, …" ).フェレー司教が第2回聖戦を自らの目的のために利用しようとしている事を聖母がお知りになったからです( "… as she knew that the Bishop was seriously thinking of making use of the second Crusade for his own purposes." )(にせんはちねん はじめに なると,ろしあ ほうけんに かんする せいぼの めっせーじが さしせまった もんだいに なって きました.ふぇれー しきょうが だいにかい せいせんを みずからの もくてきの ために りよう しようと している ことを せいぼが おしりに なった から です).この時,司教はローマとの話し合いを進めるための前提条件の第2の条件――すなわち1988年の SSPX の4名の司教に対するいわゆる破門取り消しのために聖戦を利用しようと望んでいたのです( "This time he wanted to use it to achieve the second of the pre-conditions for discussions with Rome– the lifting of the so-called excommunications of the four SSPX bishops in 1988." )(このとき,しきょうは ろーまとの はなしあいを すすめる ための ぜんてい じょうけんの だいにの じょうけん――すなわち せん きゅうひゃく はちじゅうはち ねんの せいぴお じゅっせい かいのよんめいの しきょうに たいする いわゆる はもん とりけしの ために せいせんを りよう しようと のぞんで いたのです)

    キリエ・エレイソン.

    「人間どもが練り上げた計画は
    往々にして上手く(巧く)うまく運ばない
    (gang aft agley)」* ――
    (「にんげん どもが ねりあげた けいかくは
    おうおうにして うまく はこばない」)

    ( " “The best-laid plans of men
    gang aft agley”* – " )

    天がお話になるとき,
    私たち人間はそれに
    従わなければなりません.
    (てんが おはなしに なる とき,
    わたくしたち にんげんは
    それに したがわなければ なりません.)

    ( "When Heaven speaks,
    we humans need to obey." )

    *スコットランド人ロビー・バーンズ
    (Robbie Burns =1759-1790年)
    の詩の有名な一行です.
    ( " (*Famous line from a poem
    by the Scot, Robbie Burns (1759-1796),
    meaning “go often wrong”.) " )
    (すこっとらんどじんろびー・ばーんず
    〈せん ななひゃく ごじゅうく ねん
    -せん ななひゃくきゅうじゅう ねん〉
    の しの ゆうめいな いちぎょう です.)


    リチャード・ウィリアムソン司教




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(注:本投稿記事〈第380回エレイソン・コメンツ「裏話 II〈うらばなし に〉 」〉は2014年11月25日23:35時‐26日未明に公開されました.)