2013年10月25日金曜日

327 神を信じないフランシスコ 10/19

エレイソン・コメンツ 第327回 (2013年10月19日)

     カトリック教信仰の本当の意味を心にとどめ続けている信徒たちは,いまペトロ(=教皇)の座についている人物の言動に呆(あき)れ果てています( "Catholics who retain any real sense of their faith are being scandalized by the words and deeds of the man presently seated on the Chair of Peter." ).彼がその座にいるのはカトリック教会にわずかに残されているものを破壊するためではないかと疑(うたが)いたくなるほどです( "One almost wonders if he was put there to destroy what remains of the Catholic Church." ).彼は第二バチカン公会議から生まれた実の子(じつのこ)のように,神から離(はな)れ人間の方に向かって進んでいます( "Like a true child of Vatican II, he is turning away from God towards man." ).それを示す例として,教皇フランシスコが9月24日あるイタリアの新聞の無神論者の編集者とのインタビューで行った11のキーポイントとなる発言(はつげん)の中から最初の9か所(私が選び出したものではありません)をご紹介します( "Here for example are the first nine of eleven key quotes extracted (not by me) from an interview given by Francis on September 24 to the atheist editor of an Italian newspaper." ).

     引用(いんよう)のうち 2 から 5 までは教会にかかわるものです(私が要約したものです):( "Quotes 2 to 5 concern the Church (I summarize):  教会の運営管理(うんえい かんり)はもっと横割(よこ わ)りでなければならず,縦割(たて わ)りを減(へ)らさなくてはならない. "2 The Church administration must be more horizontal, less vertical." )  ローマ教皇庁は利己的過ぎる(りこてき すぎる).教皇庁はもっと人々に近づかなければならない. "3 The Roman Curia is too self-serving. It must go out to the people." )   教皇はお世辞(せじ)をいうご機嫌取(きげん と)りに取り囲(とりかこ)まれた王様(おうさま)であることを止(や)めなければならない.( "4 The Pope must no longer be a king surrounded by flattering courtiers." あまりにも多くの司祭たちは利己的で,キリスト教にとって障害(しょうがい)となっている. "5 Too many priests are self-serving, and obstacles to Christianity." )  この一連(いちれん)の発言は,公式教会からどう行動すべきか指図(さしず)されるのを好(この)ましいと感(かん)じたことのない現代(げんだい)の民主的大衆(みんしゅてき たいしゅう)を喜(よろこ)ばせるに違(ちが)いありませんが( "Now quotes like these will obviously please a modern democratic public that has never liked being told by the official Church what to do, …" ),それは果(は)たして教皇フランシスコ就任前(しゅうにん まえ)の1,900年間にわたり霊魂の救済(れいこんの きゅうさい)のため教会機構(きょうかい きこう)を維持し続(いじ しつづ)けてきた無数の歴代教皇 "Popes",歴世(れきせい)の教皇庁 "Curias",代々(世々〈よよ〉)の管理当局 "Administrations",司祭たち "Priests" に対し公明正大(こうめい せいだい)と言えるでしょうか?( "… but are these quotes fair or just towards the countless Popes, Curias, Administrations and Priests that went before Francis for 1900 years to maintain the structure of the Church for the salvation of souls ? " ) 逆(ぎゃく)に言えば,教皇フランシスコは退任後(たいにん ご)も教会機構が機能(きのう)し続け,霊魂が救済され続けるようにできるのでしょうか?( "Will Francis on the contrary leave any structure still standing, any souls saved, behind him ? " )

     引用の 1 と 6 は世界に関するものです:( "Quotes 1 and 6 concern the world: " ) 私が見守(みまも)るあいだ,教会が政治(せいじ)に口(くち)を挟(はさ)むことはないだろう. "1 On my watch the Church will stay out of politics." )  これは民主的な人々が自(みずか)ら地獄(じごく)に身を投(みを な)げるまま放置(ほうち)しようということでしょうか?( "To leave democratic men to throw themselves into Hell ? " )   今日,世界が直面(ちょくめん)する二つの最悪(さいあく)の問題は若者(わかもの)の失業(しつぎょう)と老齢者(ろうれいしゃ)の孤独(こどく)である. "6 The world’s two worst problems today are the unemployment of the young and the loneliness of the old." )   この二つが現実の人的(じんてき)問題であることは確(たし)かですが,これはどうして起(お)きたのでしょうか?( "Now these are two real human problems of today, but why ? " )  教皇フランシスコのような聖職者(せいしょく しゃ)たちがまさしく政治を政治屋たちに任(まか)せきり,若者たちの前にお金(かね)をばらまいたからではないのでしょうか?( "Is it not because churchmen like Francis leave, precisely, politics to the politicians, putting money in front of young people ? " ) 彼のような聖職者たちが家族(かぞく)を結束(けっそく)させ,家族が老人の面倒(めんどう)を見るという教会規範(きはん)の執行(しっこう)を拒(こば)んだからではないのでしょうか?( "And because churchmen like him refuse to enforce those Church laws which, by holding the family together, help it to look after old people ? " )

     引用の 7 から 9 までは宗教に関するものです:( "Quotes 7 to 9 concern religion: " ) イエズスは私たちに互(たが)いを愛するという唯一(ただ ひと)つの救済手段(きゅうさい しゅだん)を賜(たまわ)った ( "9 Jesus gave us only one way of salvation, love of one another." ).  しかし,神を愛(あい)さない隣人〈りんじん〉への愛を優先(ゆうせん)させることは隣人への憎(にく)しみに変(か)わります ( "But love of neighbour without love of God coming first turns into hatred of neighbour, …" ).その例は共産主義(きょうさん しゅぎ)です( "… for example Communism." ).  7a  「人々の改宗(かいしゅう)は無意味(むいみ)である ( "7a Converting people makes no sense." ). だがもし,現代(げんだい)で実際に起きて(じっさいに おきて)いるように,(訳注・世界のあらゆる)人々(ひとびと)が,神とその神聖な御子(=神の御子)( "God and in his Divine Son," ),イエズス・キリスト( "Jesus Christ" )を信じることなしには誰一人(だれひとり)決(けっ)して天国にたどり着(つ)くことができない(訳注・ということが真実である)とすれば,それ(=改宗)は非常(ひじょう)に理に適った(りに かなった)人生で最(もっと)も深い意味(ふかい いみ)をもつものです!( "It makes the greatest of sense, if, as is the case, nobody can get to Heaven without believing in God and in his Divine Son, Jesus Christ ! " )(訳注後記1)  7 b  私たちはすべて共(とも)に交(ま)じり合い,善 (ぜん)( "the Good" ) に向(む)かって互いに進(すす)まなければならない.( "7b "We must all mix together and move one another to the Good." "  だが,私たちが共に向かう対象(たいしょう)はでなければなりません( "But we must all move one another towards God." ) 善とは他に何があるのでしょうか?( "What else is the Good ? " ). 教皇フランシスコが神を口にしないとすれば誰が神を信じるでしょうか?( "If Francis will not mention God, who will believe in God ? " )

     引用 8 は最も憂慮(ゆうりょ)すべきものです. 8a 「私は神を信じるが,それはカトリック教の神ではない.カトリック教の神など存在しない」 ( "8a I believe in God, not in a Catholic God, there is no Catholic God. " ). これは極(きわ)めて人の心(ひとの こころ)を惑(まど)わす発言(はつげん)です ( "This is gravely misleading." ). 神が人類(じんるい)すべてにとっての神であることは事実(じじつ)です ( "True, God is the God of all men, …" ). が,神は人類すべてのために一つの宗教(しゅうきょう),唯一(ゆいいつ)の宗教を起(お)こされました ( "… but he instituted for all men one religion, and one religion only, …" ). それがカトリック宗教(=公教〈こうきょう〉) ( "… and that is the Catholic religion. " )です. したがって,カトリック教 "Catholicism" の(教える)神が唯一の真の神(ゆいいつの まことの かみ)です ( "Thus the God of Catholicism is the one and only true God." ).(訳注後記2)   8b 「イエズスは彼自身の顕現(けんげん)であり,私の師(し)であり,私の牧者(ぼくしゃ)であるが,しかし御父(おんちち)なる神,アッバが光であり創造主である」8b "Jesus is his incanation, my teacher and my pastor, but God the Father, Abba, is the light and the Creator." ).これも極(きわ)めて人の心を惑(まど)わす言葉(ことば)です ( "Also gravely misleading." ). 発言の中にある 「しかし」"but" ) は,イエズスが創造主(そうぞうしゅ)でないことを示唆(しさ)するのではないでしょうか?( "Does not that “but” suggest that Jesus is not the Creator ? " ) 教皇フランシスコはイエズスを単(たん)なる人間以上の存在と信じているのでしょうか?( "Does Francis believe that Jesus is anything more than just a man ? " )   8c 「人は誰でも善悪について自分なりの考えを持っており,自分の考えにしたがって善(ぜん)を追(お)い悪(あく)と戦(たたか)う選択(せんたく)をしなければならない」 ( "8c Everyone has his own idea of good and evil and must choose to follow the good and fight evil as he conceives them." ). これは少しも誤解(ごかい)を招(まね)くような発言ではありません ( "This is not misleading at all." ). これは,あらゆる客観的倫理観(きゃっかんてき りんりかん)の否定(ひてい),カトリック教倫理観の全原則(ぜん げんそく)の否定です ( "This is the denial of all objective morality, the denial of all principles of Catholic morality." ). すべての人々に好きなように行動しなさいという誘(いざな)いです ( "This is an invitation to all men to do as they like." ). この言葉があらゆる外見(がいけん)から見てカトリック教の教皇である人物から発(はっ)せられたのは,まったくの狂気(きょうき)としか言いようがありません ( "Coming from the man who is to all appearances the Catholic Pope, it is sheer insanity." ).

     教皇フランシスコは自分の言いたいことを現代人に分かってもらうように努(つと)めているのだと言うかもしれません( "Pope Francis may plead that he is trying to get through to modern man, …" ).だが,神を信じない人に分(わ)かってもらうのは,溺(おぼ)れている人を助(たす)けようとしてロープを川岸(かわぎし)に結(むす)びつけずに危険(きけん)な川に飛び込(とびこ)むようなものです( "… but to get through to him without God is just like jumping into a dangerous river to help a drowning man without a rope tied to the bank. " ).共に溺れ死んでしまうだけです( "One will only drown with him. " ).教皇聖下(せいか),あなたは人を助けるどころか,溺死(できし)させようとしています!( "Your Holiness, you are not helping but drowning ! " )

     キリエ・エレイソン.

     リチャード・ウィリアムソン司教



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訳注を追加掲載いたします.

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