2015年1月17日土曜日

392 矛盾する碑銘 1/17

エレイソン・コメンツ 第392回 (2015年1月17日)

神が善良に造られた私達の本質を
アダムが台無しにしてしまいました.
(かみが ぜんりょうに つくられた
 わたくしたちの ほんしつを
 あだむが だいなしに して しまい ました.)

神により(由り) 善良に成りたいと願う
私達の本質は,
アダムが駄目にします.
(かみに より
ぜんりょうに なりたいと ねがう
わたくし たちの ほんしつは,
あだむが だめに します.)

Our nature, by God made good, Adam marred.
What good by God it wants, Adam makes hard.


広い星空の下に
(ひろい ほしぞらの したに)
Under the wide and starry sky

墓を掘り私をそこへ眠らせておくれ
(はかを ほり
わたくしを そこへ ねむらせて おくれ)
Dig the grave and let me lie

私は生きてきて良かったと思い,喜んで死ぬ
(わたくしは いきてきて
よかったと おもい,
よろこんで しぬ)
Glad did I live and gladly die,

そして,私は自らの意志でそこに横たわる
(そして,わたくしは
みずからの いしで そこに よこたわる)
And I laid me down with a will.


この碑文を私の墓に刻んでほしい
(この ひぶんを
わたくしの はかに きざんで ほしい)
This be the verse you ’grave for me:

彼は望みどおりのところで眠る
(かれは のぞみ どおりの ところで ねむる)
Here he lies where he longed to be.

船乗りは海から家へ帰る
(ふなのりは うみ から いえへ かえる)
Home is the sailor, home from sea

そして,猟師は丘から家へ帰る
(そして,りょうしは おか から いえへ かえる)
And the hunter home from the hill

—— R. L. スチーブンソン (1850-1894)
—R.L.Stevenson (1850–1894)


詩人の墓に刻まれたこの(此の)碑文は簡潔ながら,その心情を雄弁に語り(しじんの はかに きざまれた この ひぶんは かんけつ ながら,その しんじょうを ゆうべんに かたり)( "This epitaph for the poet himself is eloquent by its simplicity, …" ),それ(其れ)が人生で避けられない死に触れているだけに,人の心を動かすもの(物)があり(在り・有り)ます(それが じんせいで さけられない し に ふれて いる だけに,ひとの こころを うごかす ものが あります)( "… and touching, because it touches on death, that inevitable tragedy of human life." ).詩人たちは生と愛を偲んで死を作品のテーマとして扱います(しじん たちは せいと あいを しのんで し を さくひんの てーま として あつかい ます)( "Commemorating life and love, poets often treat of death, …" ).死は生と愛を神秘的に断ち切るものです(し は せい と あい を しんぴ てきに たち きる もの です)( "… which so mysteriously cuts off both." ).生や死の意味を考えることを望まない哀れな唯物主義者達は詩を寸断して,可能ならそれを散文としてプリントしようとします(せいや しの いみを かんがえる ことを のぞまない あわれな ゆいぶつ しゅぎ しゃ たち は し を ぶんだん して,かのう なら それを さんぶん として ぷりんと しよう と します)( "Not wishing to think on the meaning of life or death, poor materialists cut off poetry and will print it as prose if they can, …" ).それは,正しく物質より高度な物について考えるのを避ける為です(それは まさしく ぶっしつ より こうどな もの について かんがえる のを さける ため です)( "… precisely to avoid having to think about anything higher than matter." ).だが,其の様な事をしても,神秘は残ります(だが,そのような ことを しても,しんぴは のこり ます)...( "But the mystery remains . . ." )

理論的には,スチーブンソンの碑銘は勇敢です(りろん てき には, すちーぶんそんの ひめいは ゆうかん です)( "In theory, Stevenson’s epitaph is brave." ).彼は各節の終わりの3行,つまり8節のうちの6行で(かれは かくせつの おわりの さんぎょう,つまり はっせつの うちの ろくぎょうで)( "In the last three lines of each verse, in six lines out of eight, …" ),6通りの違う表現を用いて自分は幸せに死ぬと言っています(ろく とおりの ちがう ひょうげんを もちいて じぶんは しあわせに しぬと いって います)( "… he says in six different ways that he is happy to die." ).だが,詩は矛盾に満ちています(だが,しは むじゅんに みちて います)( "But the poem is laden with contradiction." ).「生きて来て良かった」と云うなら,如何して喜んで死ねるのでしょうか?(「いきてきてよかった」というなら,どうして よろこんで しねる の でしょう か?)( "If “Glad did he live,” how could he gladly die? " ) 若し,死んで良かったと思うなら,如何して生きて来て良かったと思うのでしょうか?(もし,しんで よかったと おもう なら,どうして いきて きて よかったと おもう の でしょう か?)( "If he was so glad to die, how could he have been glad to live? " ) 彼が云う様に喜んで死ぬ為には(かれが いうように よろこんで しぬ ため には)( "To be as glad to die as he claims, …" ),彼は生きる意志を失ったか(かれは いきる いしを うしなった か),或いは其の意思を断念したに違い有りません(あるいは その いしを だんねん したに ちがい ありません)( "… he must have lost his will to live, or shut it down, …" ).其れを彼が出来たのは(それを かれが できた のは),自分の動物的な死を超えた運命,意義,存在等を拒んだからで(じぶんの どうぶつ てきな し を こえた うんめい,いぎ,そんざい など を こばんだ からで)( "… which he could only do by refusing to his life any destiny or meaning or existence beyond his animal death, …" ),そうする事が出来たのは,自分が単なる動物だと装ったからでしょう(そう する ことが できた のは,じぶんが たん なる どうぶつ だと よそおった から でしょう)( "… and this he could only do by pretending to be no more than an animal." )(訳注3・1 ).だが,何の様な動物が雄弁で感動的な詩を書くでしょうか?(だが,どのような どうぶつが ゆうべんで かんどう てきな し を かく でしょうか?)( "But what animals take the trouble to write poems eloquent and touching? " )

嗚呼,ロバート・ルイスよ,貴方は決して動物等では在りませんでした(ああ,ろばーと・るいすよ,あなたは けっして どうぶつ など では ありません でした)( "O Robert Louis, you knew you were not just an animal." ).貴方は多くの文学作品を書きました(あなたは おおくの ぶんがく さくひんを かきました)( "You took the trouble to write many literary works, …" ).其の中には,少年達を魅了した命と冒険の物語「宝島」や腐敗と死の物語「ジキル博士とハイド氏」が在ります(その なか には,しょうねん たちを みりょう した いのちと ぼうけんの ものがたり「たからじま」や ふはい と し の ものがたり「じきる はかせと はいど し」が あります)( "… including a spellbinding tale of life and adventure for boys, Treasure Island, and a harrowing tale of corruption and death for adults, Dr Jekyll and Mr Hyde, …" ) .そして貴方の作品は貴方を世界中で26番目に多く翻訳されている作者にしています(そして あなたの さくひんは あなたを せかい じゅうで にじゅうろく ばん め に おおく ほんやく されて いる さくしゃに して います)( "… and your collected works make of you currently the 26th most translated author in the world." )貴方の両親が長老派教会員で,19世紀半ば頃多くの善良な人々を無神論者に変えさせた頑固なカルビン(カルバン)派だったのは事実です(あなたの りょうしんが ちょうろうは きょうかい いん で,じゅうきゅう せいき なかば ごろ おおくの ぜんりょうな ひとびとを むしん ろんじゃに かえ させたがんこな かるびん〈かるばん〉 は だった のは じじつです)( "True, your parents were Scottish Presbyterians, a Calvinist sect dour enough in mid-19th century to turn many a good man into an atheist." ).だが,貴方は如何して死を前に,其れ程控え目に自分を曝け出したのでしょうか?(だが,あなたは どうして し を まえに,それほど ひかえめに じぶんを さらけだした の でしょう か?)( "But how could you sell yourself so short at death? " )貴方は如何して死は「家」へ帰るのと同じだと振る舞えたのでしょうか?(あなたは どうして し は「いえ」へ かえる のと おなじ だと ふるまえた の でしょうか?)( "How could you pretend that death is “home”? " )

創造主は抑々人間という理性的な動物に動物的な死等設計されませんでした(そうぞうしゅは そもそも にんげん という りせい てきな どうぶつに どうぶつ てきな し など せっけい されません でした)( "The Creator did not originally design for animal death the rational animal that is man. " ).アダムとイブ(=エワ・エバ)以降のあらゆる人間が定められたこの世の命の期間中,合理性若しくは道理を十分発揮して居たなら(あだむと えわ〈=いぶ〉 いこうの あらゆる にんげんが さだめ られた このよの いのちの きかん ちゅう,ごうり せい もしくは どうりを じゅうぶん はっき していた なら)( "Had all men from Adam and Eve made the right use of their rationality, or reason, for the appointed duration of their earthly lives, " ),避け難い動物的死では無く,理性の活用が当然もたらす(齎す)永遠の命に難無く滑り込めたでしょう(さけがたい どうぶつ てき し では なく,りせいの かつようが とうぜん もたらす えいえんの いのちに なん なく すべり こめた でしょう)( "then instead of their now inevitable animal death they would have glided painlessly into the eternal life which the right use of their reason would have deserved for them. " ).だが,創造主の御意図はアダムが其れに背き(だが,そうぞうしゅの おんいと は あだむが それに そむき),最初の御父なる神との神秘的な結び付きに由り(さいしょの おんちち なる かみ との しんぴ てきな むすびつき に より),其の後の人類を原罪に引きずり込んだ為台無しに成って終いました(そのごの じんるいを げんざいに ひきずりこんだ ため だいなしに なって しまい ました)( "But that original design was frustrated when Adam disobeyed his Creator, and when by the mysterious solidarity of all future mankind with its first Father, he dragged down all men into original sin. " ).其の時の瞬間以来,矛盾があらゆる人間の本質と生命に付き物と成っています(そのときの しゅんかん いらい,むじゅんが あらゆる にんげんの ほんしつと せいめいに つきものと なって います)( "From that moment on, contradiction is intrinsic to all human nature and life, " ).何故なら,神の造られた私達の本質はアダムの齎した堕落した本質と仲違いして居るからです(なぜなら,かみの つくられた わたくし たちの ほんしつは あだむの もたらした だらく した ほんしつと なか たがい して いる から です)( "because we have a created nature from God at war with our fallen nature from Adam. " ).私達の――偽物で無い――本当の「諸諸の不死の願望」(immortal longings)は神が神の為に造られた私達の本質に根差す物で在る( "Our true – not false – “imm ortal longings” come from our nature as made by God and for God, " )のに対し(わたくしたちの――にせもので ない――ほんとうの「もろもろの ふしの がんぼう」は かみが かみの ために つくられた わたくしたちの ほんしつに ねざす もの である のに たいし),私達の動物的死は堕落した私達の本質だけに取っての「家」(home)なのです(わたくしたちの どうぶつてき し は だらく した わたくしたちの ほんしつ だけに とっての「いえ」なのです)( "while our animal death is “home” only to our nature as fallen. " ).聖パウロは「私は不幸な人間だ.誰が私の肉体に死をもたらすのだろうか?それは,私たちの主,イエズス・キリストによりもたらされる神の恩寵である」と叫んでいます(せい ぱうろは「わたくしは ふこうな にんげんだ.だれが わたくしの にくたいに し を もたらす のだろうか?それは,わたくしの しゅ,いえずす・きりすと により もたらされる かみの おんちょう である」と さけんで います)(新約聖書・使徒聖パウロによるローマ人への書簡:第7章24-25節)( " “Unhappy man that I am,” cries out St Paul (Rom.VII, 24–25), “who will deliver me from this body of death? The grace of God, by Jesus Christ Our Lord.” " ).(訳注・5・1)

キリエ・エレイソン.

リチャード・ウィリアムソン司教


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(訳注3・1 )
…自分が単なる動物だと装ったからでしょう
… this he could only do by pretending to be no more than an animal.
(=単なる動物を装った.単なる動物のふりをした.単なる動物として振る舞った)

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(訳注5・1 )
使徒聖パウロによるローマ人への書簡 (Rom.VII, 24–25)
24 私はなんと不幸な人間であろう.この死の体から私を解き放つのはだれだろう.
25主イエズス・キリストによって神に感謝せよ.
こうして私は理性によって神の法に仕え,肉によって罪の法に仕える.

Douay-Rheims Version
24 Unhappy man that I am, who shall deliver me from the body of this death?
25 The grace of God, by Jesus Christ our Lord.
Therefore, I myself, with the mind serve the law of God; but with the flesh, the law of sin.

Epistola Ad Romanos, (Vulgatæ Editionis)
24 Infelix ego homo, quis me liberabit de corpore mortis huius?
25 Gratia Dei per Iesum Christum Dominum nostrum.
Igitur ego ipse mente servio legi Dei: carne autem, legi peccati.


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神が善良に造られた私たちの本質をアダムが台無しにしてしまいました.
神により善良になりたいと願う私たちの本質は,アダムがだめにします.
Our nature, by God made good, Adam marred.
What good by God it wants, Adam makes hard.


Under the wide and starry sky
Dig the grave and let me lie
Glad did I live and gladly die,
And I laid me down with a will.

This be the verse you ’grave for me:
Here he lies where he longed to be.
Home is the sailor, home from sea
And the hunter home from the hill

—R.L.Stevenson (1850–1894)


(大意)
広い星空の下に 墓を掘り
私をそこへ眠らせておくれ
私は生きてきて良かったと思い,喜んで死ぬ
そして,私は自らの意志でそこに横たわる

この碑文を私の墓に刻んでほしい
彼は望みどおりのところで眠る
船乗りは海から家へ帰る
そして,猟師は丘から家へ帰る

—— R. L. スチーブンソン (1850-1894)


詩人の墓に刻まれたこの碑文は簡潔ながら,その心情を雄弁に語り,それが人生で避けられない死に触れているだけに,人の心を動かすものがあります.詩人たちは生と愛を偲んで死を作品のテーマとして扱います.死は生と愛を神秘的に断ち切るものです.生や死の意味を考えることを望まない哀れな唯物主義者は詩を寸断して,可能ならそれを散文としてプリントしようとします.それは,まさしく物質より高度なものについて考えるのを避けるためです.だが,そのようなことをしても,神秘は残ります.
This epitaph for the poet himself is eloquent by its simplicity, and touching, because it touches on death, that inevitable tragedy of human life. Commemorating life and love, poets often treat of death, which so mysteriously cuts off both. Not wishing to think on the meaning of life or death, poor materialists cut off poetry and will print it as prose if they can, precisely to avoid having to think about anything higher than matter. But the mystery remains . . .

理論的には,スチーブンソンの碑銘は勇敢です.彼は各節の終わりの3行,つまり8節のうちの6行で,6通りの違う表現を用いて自分は幸せに死ぬと言っています.だが,詩は矛盾に満ちています.「生きてきて良かった」というなら,どうして喜んで死ねるのでしょうか? もし,死んで良かったと思うなら,どうして生きてきて良かったと思うのでしょうか? 彼が言うように喜んで死ぬためには,彼は生きる意志を失ったか,あるいはその意思を断念したにちがいありません.それを彼ができたのは,自分の動物的な死を超えた運命,意義,存在などを拒んだからで,そうすることができたのは,自分が単なる動物だと装ったからでしょう.だが,どのような動物が雄弁で感動的な詩を書くでしょうか?
In theory, Stevenson’s epitaph is brave. In the last three lines of each verse, in six lines out of eight, he says in six different ways that he is happy to die. But the poem is laden with contradiction. If “Glad did he live,” how could he gladly die? If he was so glad to die, how could he have been glad to live? To be as glad to die as he claims, he must have lost his will to live, or shut it down, which he could only do by refusing to his life any destiny or meaning or existence beyond his animal death, and this he could only do by pretending to be no more than an animal. But what animals take the trouble to write poems eloquent and touching?

ああ,ロバート・ルイスよ,あなたは決して動物などではありませんでした.あなたは多くの文学作品を書きました.その中には,少年たちを魅了した命と冒険の物語「宝島」や腐敗と死の物語「ジキル博士とハイド氏」があります.あなたの作品は,あなたを世界中で26番目に多く翻訳されている作者にしています.あなたの両親が長老派教会員で,19世紀半ばころ多くの善良な人々を無神論者に変えさせた頑固なカルビン派だったのは事実です.だが,あなたはどうして死を前に,それほど控えめに自分をさらけ出したのでしょうか? あなたはどうして死は「家」へ帰るのと同じだと振る舞えたのでしょうか?
O Robert Louis, you knew you were not just an animal. You took the trouble to write many literary works, including a spellbinding tale of life and adventure for boys, Treasure Island, and a harrowing tale of corruption and death for adults, Dr Jekyll and Mr Hyde, and your collected works make of you currently the 26th most translated author in the world. True, your parents were Scottish Presbyterian s, a Calvinist sect dour enough in mid-19th century to turn many a good man into an atheist. But how could you sell yourself so short at death? How could you pretend that death is “home”?

創造主はそもそも人間という理性的な動物に動物的な死など設計されませんでした.アダムとイブ以降のあらゆる人間が定められたこの世の命の期間中,合理性もしくは道理を十分発揮していたなら,避けがたい動物的死ではなく,理性の活用が当然もたらす永遠の命に難なく滑り込めたでしょう.だが,創造主の御意図はアダムがそれに背き,最初の御父との神秘的な結びつきにより,その後の人類を原罪に引きずり込んだため台無しになってしまいました。その時いらい、矛盾があらゆる人間の本質と生命につきものとなっています.なぜなら,神の造られた私たちの本質はアダムのもたらした堕落した本質と仲たがいしているからです.私たちの偽物でない本当の「もろもろの不死の願望」(immortal longings)は神が神のために造られた私たちの本質に根差すものであるのに対し,私たちの動物的死は堕落した私たちの本質だけにとっての「家」(home)なのです.聖パウロは「私は不幸な人間だ.誰が私の肉体に死をもたらすのだろうか?それは,私たちの主,イエズス・キリストによりもたらされる神の恩寵である」と叫んでいます(新約聖書・使徒聖パウロによるローマ人への書簡:第7章24-25節).
The Creator did not originally design for animal death the rational animal that is man. Had all men from Adam and Eve made the right use of their rationality, or reason, for the appointed duration of their earthly lives, then instead of their now inevitable animal death they would have glided painlessly into the eternal life which the right use of their reason would have deserved for them. But that original design was frustrated when Adam disobeyed his Creator, and when by the mysterious solidarity of all future mankind with its first Father, he dragged down all men into original sin. From that moment on, contradiction is intrinsic to all human nature and life, because we have a created nature from God at war with our fallen nature from Adam. Our true – not false – “immortal longings” come from our nature as made by God and for God, while our animal death is “home” only to our nature as fallen. “Unhappy man that I am,” cries out St Paul (Rom.VII, 24–25), “who will deliver me from this body of death? The grace of God, by Jesus Christ Our Lord.”

キリエ・エレイソン.
Kyrie eleison.

リチャード・ウィリアムソン司教



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訳注(新約聖書・使徒聖パウロのローマ人への書簡の引用)の続きを追って掲載いたします.








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本投稿記事・第392回エレイソン・コメンツ「矛盾する碑銘」 "CONTRADICTORY EPITAPH" ( 2015年1月17日付)は2015年8月14日23:40に掲載されました.
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2015年1月10日土曜日

391 大司教のコメント II 1/10

エレイソン・コメンツ 第391回 (2015年1月10日)

大司教が願ったのはローマが彼自身を認める事では無く,
(だいしきょうが ねがった のは ろーまが かれ じしんを みとめる こと では なく,)
( "The Archbishop wished Rome not himself to approve," )

ローマが教会の為に動く事でした.
(ろーまが きょうかいの ために うごく こと でした.)
( "Rather that Rome for the Church's good would move." )

ルフェーブル大司教が1991年に述べられたお言葉について(就いて・附いて・付いて)の考察(最後の2コメンツ〈= EC389, 390 〉参照)を終える前に(るふぇーぶる だいしきょうが せん きゅうひゃく きゅうじゅういち ねんに のべられた おことばに ついての こうさつ〈さいごの に こめんつ〈=えれいそん・こめんつ だい さんびゃく はちじゅう く かい,だい さんびゃく きゅうじゅっ かい〉さんしょう〉を おえる まえ に)( "Before leaving Archbishop Lefebvre's realistic remarks of 1991 (cf. the last two EC's), …" ),更に論評(=批評) "comment" を続けて見ましょう(さらにろんぴょう〈=ひひょう〉をつづけてみましょう)( "… let us comment further, …" ).カトリック教徒(=公教徒)達が真実・真理 "truth" の名の下に権威 "authority" を冷笑する事と,権威を維持する為に真実・真理を軽視する事との間のバランスを如何保つかに役立てばと願うからです(かとりっく きょうと〈=こう きょうと〉たちが しんじつ・しんりの なの もとに けんいを れいしょう する こと と,けんい を いじ する ために しんじつ・しんりを けいし する こと との あいだの ばらんすを どう たもつか に やくだてば と ねがう から です)( "…in the hope of helping Catholics to keep their balance between scorning authority in the name of truth and belittling truth for the sake of authority." ).と言う(云う・謂う)のも,第二バチカン公会議(1962-1965年)の聖職者たちが教会革命(宗教的自由 "religious liberty",同僚間の平等 "collegial equality",普遍的キリスト教諸宗派所属の信徒相互間における兄弟愛〈=同胞愛〉ecumenical fraternity)(訳注・1-1)の為に権威を二の次にする(為る)様になって以来(と いう のも,だいに ばちかん こう かいぎ〈せん きゅうひゃく ろくじゅうに-せん きゅうひゃく ろくじゅうご ねん〉の せいしょく しゃ たちが きょうかい かくめい〈しゅうきょう てき じゆう・どうりょう かんの びょうどう,ふへん てき きりすと きょう しょしゅうは しょぞくの しんと そうご かんに おける きょうだいあい〈=どうほう あい〉〉の ために けんいを に の つぎ に する ように なって いらい)( "For ever since the churchmen of Vatican II (1962-1965) put their full authority behind the Church Revolution (religious liberty, collegial equality and ecumenical fraternity), …" ),カトリック教徒(=公教徒)達はバランス(=均衡)が取れなくなっている(=為って居る・成って居る)からです(かとりっく きょうと 〈=こうきょうと〉たちは ばらんす〈=きんこう〉が とれなく なって いる から です)( "Catholics have been thrown off balance: …" ).彼等は真の権威が真の真実・真理を踏み躙る時,真の権威と真の真実・真理の両方に如何敬意を払えば良いのか訝っています(かれらは まことの けんいが まことのしんじつ・しんりを ふみにじる とき,まことの けんいと まことの しんじつ・しんりの りょうほうに どう けいいを はらえば よいのか いぶかって います)( "… when Authority tramples upon Truth, how indeed is one to maintain one's respect for both ? " ).(訳注1・1 )

第二バチカン公会議後の苦悩の中で(だいに ばちかん こうかいぎ ご の くのうの なかで)( "Now in the tormented aftermath of Vatican II, …" ),ルフェーブル大司教が主に(彼だけとは言いませんが)(るふぇーぶる だいしきょうが おもに〈かれ だけ とは いい ません が〉)責任を持って来られたカトリック教教理,ミサ聖祭,諸秘蹟の維持に(せきにんを もって こられた かとりっく きょうり,みさ せいさい,しょ ひせきの いじに)匹敵するほどの成果をもたら(齎)した人が果たして居るでしょうか?(ひってき する ほどの せいかを もたらした ひとが はたして いる でしょうか?)( "… who can be said to have borne fruits comparable to that preservation of Catholic doctrine, Mass and sacraments for which the Archbishop was mainly (albeit not solely) responsible ? " )そうだとすれば(=左様だと為れば・然様だと為れば),大司教がもたらした(齎した)真の真実・真理と真の権威 ( "Truth and Authority" ) のバランスは特筆に値する物に違いあり(在り・有り)ません(そう だと すれば〈さよう だと すれば・さよう だと すれば〉,だいしきょうが もたらした まことの しんじつと まことの けんいの ばらんすは とくひつに あたい する ものに ちがい あり ません)( "In which case, the balance that he himself struck between Truth and Authority must be especially deserving of consideration." ).

最初に,権威 "authority" についてのルフェーブル大司教の見方について考えてみましょう(さいしょに けんいに ついての るふぇーぶる だいしきょうの みかたに ついて かんがえて みましょう)( "Firstly, let us consider a simple observation of the Archbishop on authority : …" ).彼は「最早過去のルールが無いのですから,私達が今見るのは権威の専制です」と述べられました(かれは「もはや かこの るーるが ない のです から,わたくし たちが いま みる のは けんいの せんせい です」とのべられました)( “Now we have the tyranny of authority because there are no more rules from the past.” ).原罪を抱える世界中の諸諸の人間にとって,真実はそれを支える権威が必要です(げんざいを かかえる せかいじゅうの もろもろの にんげんに とって,しんじつは それを ささえる けんいが ひつよう です)( "Amongst human beings all with original sin, truth needs authority to back it, …" ).何故なら,真実は一度(ひとたび)市場に出されれば,現実を教えるのに必要な惨事が無くても,独りでに人気を得る物だから,と言う考えはジェファーソン流の勘違いだからです(なぜなら,しんじつは ひとたび しじょうに だされれば,げんじつを おしえる のに ひつような さんじが なくても,ひとりでに にんきを える もの だから,という かんがえは じぇふぁーそん りゅうの かんちがい だから です)( "… because it is a Jeffersonian illusion that truth thrown into the market-place will prevail all on its own without a disaster being necessary to teach reality." ).目的の為に諸諸の手段が在るように,権威は真実の為に在ります(もくてきの ために もろもろの しゅだんが ある ように,けんいは しんじつの ために あり ます)( "Authority is to truth as means to end, …" ).手段の為に目的が在るのでは有りません(しゅだんの ために もくてきが ある のでは ありません)( "… not end to means." ).私達を救うのは(地上の全地に遍く及ぶ唯一の)公の信仰(=カトリック信仰)であり(わたくし たちを すくう のは〈ちじょうの ぜんちに あまねく およぶ ゆいいつの〉おおやけの しんこう〈=かとりっくの しんこう〉であり)( "It is Catholic faith which saves, …" ),其の真の信仰( "that Faith" )は権威で無く諸諸の真実の中に宿る物です(その まことの しんこうは けんい でなく もろもろの しんじつの なかに やどる もの です)( "… and that Faith lies in a series of truths, not in authority." ).それらの諸真実はカトリック教権威の実態や目的そのものですから(それらの しょ しんじつは かとりっく きょう けんいの じったいや もくてき そのもの です から)( "Those truths are so much the substance and purpose of Catholic Authority that …" ),第二バチカン公会議がした様に,両者をばらばらにすれば(だいに ばちかん こうかいぎが した ように,りょうしゃ を ばらばらに すれば)( "… when it is cut loose from them, as by Vatican II, …" ),真実は切り離されてしまい(しんじつは きり はなされて しまい)( "then it is cut adrift,専制君主が其れを手にすれば自分の意のままに捻じ曲げてしまいます(せんせい くんしゅが それを てに すれば じぶんの いの ままに ねじまげて しまいます)( "… until the first tyrant to lay hands on it bends it to his will." ).公会議の後,当然の様に(教皇)パウロ6世の専制が続きました(こうかいぎの あと,とうぜんの ように〈きょうこう〉ぱうろ ろくせいの せんせいが つづき ました)( "The tyranny of Paul VI followed naturally on the Council, …" ).此れと同じ様に,聖ピオ十世会(SSPX)指導部は最近数年間,公会議推進派の承認を求める為専制君主の様に振る舞って来ました(これと おなじ ように,せい ぴお じゅっせい かい〈えす えす ぴー えくす〉しどうぶは さいきん すうねん かん,こうかいぎ すいしんは の しょうにんを もとめる ため せんせい くんしゅの ように ふるまって きました)( "… just as by pursuing approval from the champions of the same Council, the leadership of the Society of St Pius X has likewise behaved itself tyranically in recent years." ).真実を守る事で自らの権威を伝統の上に築き上げたルフェーブル大司教の遣り方と彼等の行動を対比して見て下さい(しんじつを まもる ことで みずからの けんいを でんとうの うえに きずき あげた るふぇーぶる だいしきょうの やりかたと かれらの こうどうを たいひ して みて ください)( "Contrast how the Archbishop built up his authority over Tradition by serving the truth." ) .

更なるコメントに値するルフェーブル大司教の1991年の2つ目の発言は(さらなる こめんとに あたい する るふぇーぶる だいしきょうの せん きゅうひゃく きゅうじゅう いち ねんの ふたつめの はつげんは)( "A second remark of his from 1991 deserving of further comment is …" )「私は自分が為すべきより踏み込み過ぎたと思う」と言う物です.此れは大司教が自ら出した1988年5月5日の協定議定書に基づきローマ教皇庁との合意に達しようと試みた時に述べた言葉です(「わたくしは じぶんが なす べき より ふみこみ すぎたと おもう」と いう もの です.これは だいしきょうが みずから だした せん きゅうひゃく はちじゅう はちねん ごがつ いつかの きょうてい ぎていしょに もとづき ろーま きょうこう ちょう との ごういに たっしようと こころみた ときに のべた ことば です.)( "… where he said that when in 1988 he tried to reach an agreement with Rome by means of his Protocol of May 5, “I think I can say that I went even further than I should have.” " ).事実,同議定書は幾つかの重要な問題点について批判を浴びました.従って,大司教は自分が一時的にバランスを失い,伝統派の真実に反してローマ教皇庁の権威に従おうと傾いた事を認めたのです(じじつ,どう ぎていしょは いくつかの じゅうような もんだい てんに ついて ひはんを あび ました.したがって,だいしきょうは じぶんが いちじ てきに ばらんすを うしない,でんとうはの しんじつに はんして ろーま きょうこう ちょうの けんいに したがおうと かたむいた ことを みとめた のです)( "Indeed that Protocol lays itself open to criticism on important points, so here is the Archbishop himself admitting that he momentarily lost his balance, tilting briefly in favour of Rome's authority and against Tradition's truth. " ).だが,大司教の考えが傾いたのはほんの僅かな間だけでした(だが,だいしきょうの かんがえが かたむいた のは ほんの わずかな あいだ だけ でした)( "But he tilted only briefly, …" ).広く知られて居る事ですが,彼は翌日に議定書を撤回しました(ひろく しられて いる こと ですが,かれは よくじつに ぎていしょを てっかい しました)( "… because as is well-known, on the very next morning he repudiated the Protocol, …" ).そして彼が再び迷う事は彼の死まで決して有りませんでした(そして かれが ふたたび まよう ことは かれの し まで けっして ありません でした).( "… and he never again wavered until his death, …" )其の時以来,大司教は(教会)権威者と合意に達する為全力を尽くさなかったとか,真の真実・真理と真の権威( "Truth and Authority" )との間のバランスを常に正しく取るのは簡単な事だ,等と誰も言えなくなりました(その とき いらい,だいしきょうは〈きょうかい〉けんいしゃと ごういに たっする ため ぜんりょくを つくさなかった とか,まことの しんじつ・しんりと まことの けんい との あいだの ばらんすを つねに ただしく とるのは かんたんな ことだ,などと だれも いえなく なりました)( "… so that from then on nobody could say either that he had not done all he could to reach agreement with Authority, or that it is an easy thing to get the balance always right between Truth and Authority." ).

大司教の三つ目の発言は,彼が1975年から1988年にかけてローマ教皇庁当局との間に何らかの合意を取り付けようとした時の動機を明らかにしておられます(だいしきょうの みっつめの はつげんは,かれが せん きゅうひゃく ななじゅう ごねん から せん きゅうひゃく はちじゅう はち ねんに かけて ろーま きょうこう ちょう とうきょく との あいだに なんらかの ごういを とりつけよう とした ときの どうきを あきらかに して おられ ます)( "A third remark throws light on his motivation in seeking from 1975 to 1988 some agreement with Roman Authority. " ).聖ピオ十世会上層部にいる大司教の後継者達は其れを自分達なりに解釈し,大司教が常に求めたのは教会規範の秩序立てで有るかの様に言います(せいぴお じゅっせい かい じょうそうぶに いる だいしきょうの こうけいしゃ たちは それを じぶん たち なりに かいしゃくし,だいしきょうが つねに もとめた のは きょうかい きはんの ちつじょ だて である かの ように いいます)( "Judging his motives by their own, his successors at the head of the SSPX talk as though he was always seeking its canonical regularisation." ).だが,大司教は議定書についての説明の中で「私は最後の瞬間までローマ教皇庁に僅かなりとも忠誠心が見られるのではないかと期待した」と述べておられます(だが,だいしきょうは ぎていしょに ついての せつめいの なかで「わたくしは さいごの しゅんかん まで ろーま きょうこうちょうに わずか なりとも ちゅうせい しんが みられる のでは ないかと きたいした」とのべて おられます)( "But he explained the Protocol as follows: “I hoped until the last minute that in Rome we would witness a little bit of loyalty.” " ).言い換えれば,大司教は常に真の信仰the Faithの善を求められたのであり,真の真理・真実( "the Truth" )以外の如何なる物の為にも決して権威を尊重する事は有りませんでした(いい かえれば,だいしきょうは つねに まことの しんこうの ぜんを もとめられた のであり,まことの しんり・しんじつ いがいの いかなる ものの ため にも けっして けんいを そんちょう する ことは ありません でした)( "In other words he was always pursuing the good of the Faith, and he never honoured Authority for anything other than for the sake of the Truth." ).同じ事が果たして彼の後継者達についても言えるでしょうか?(おなじ ことが はたして かれの こうけいしゃ たちに ついても いえる でしょうか?)( "Can as much be said for his successors ? " )

キリエ・エレイソン
(主よ憐れみ給え). 
(きりえ・えれいそん〈しゅよあわれみたまえ〉)
( "Kyrie eleison." )


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大司教が願ったのはローマが彼自身を認めることではなく,
ローマが教会のために動くことでした. 
The Archbishop wished Rome not himself to approve,
Rather that Rome for the Church's good would move.

 ルフェーブル大司教が1991年に述べられた言葉についての考察 (cf. the last two EC's)(最後の2コメンツ〈= EC389, 390 〉参照)を終える前に,さらにコメントを続けてみましょう.カトリック教徒たちが真実・真理の名の下に権威を冷笑することと,権威を維持するために真実・真理を軽視することとの間のバランスをどう保つかに役立てばと願うからです.というのも,第二バチカン公会議(1962-1965年)の聖職者たちが教会革命(宗教的自由 religious liberty,同僚間の平等 collegial equality,普遍的キリスト教諸宗派所属の信徒相互間における兄弟愛〈=同胞愛〉ecumenical fraternity)のために権威を二の次にするようになっていらい,カトリック教徒たちはバランスが取れなくなっているからです.彼らは権威が真実=真理を踏みにじるとき,権威と真実・真理の両方にどう敬意を払えばいいのかいぶかっています.
Before leaving Archbishop Lefebvre's realistic remarks of 1991 (cf. the last two EC's), let us comment further, in the hope of helping Catholics to keep their balance between scorning authority in the name of truth and belittling truth for the sake of authority. For ever since the churchmen of Vatican II (1962-1965) put their full authority behind the Church Revolution (religious liberty, collegial equality and ecumenical fraternity), Catholics have been thrown off balance: when Authority tramples upon Truth, how indeed is one to maintain one's respect for both ?

第二バチカン公会議後の苦悩の中で,ルフェーブル大司教が主に(彼だけとは言いませんが)責任を持ってこられたカトリック教教理,ミサ聖祭,諸秘蹟の維持に匹敵するほどの成果をもたらした人がはたしているでしょうか?そうだとすれば,大司教がもたらした真実と権力のバランスは特筆に値するものに違いありません.
Now in the tormented aftermath of Vatican II, who can be said to have borne fruits comparable to that preservation of Catholic doctrine, Mass and sacraments for which the Archbishop was mainly (albeit not solely) responsible ? In which case, the balance that he himself struck between Truth and Authority must be especially deserving of consideration.

最初に,権威についてのルフェーブル大司教の見方について考えてみましょう.彼は「もはや過去の諸諸のルールがないのですから,私たちが今見るのは権威の専制です」と述べられました.原罪を抱える人間にとって,真実はそれを支える権威が必要です.なぜなら,真実はひとたび市場に出されれば,現実を教えるのに必要な惨事がなくても,ひとりでに人気を得るものだから,という考えはジェファーソン流の勘違いだからです.目的のために手段があるように,権威は真実のためにあります.手段のために目的があるのではありません.私たちを救うのはカトリック信仰であり,その信仰は権威でなく諸々の真実の中に宿るものです.真実はカトリック教権威の実態や目的そのものですから,第二バチカン公会議がしたように,両者をばらばらにすれば,真実は切り離されてしまい,専制君主がそれを手にすれば自分の意のままに捻じ曲げてしまいます.公会議の後,当然のように教皇パウロ6世の専制が続きました.これと同じように,聖ピオ十世会(SSPX)指導部は最近数年間,公会議推進派の承認を求めるため専制君主のように振る舞ってきました.真実を守ることで自らの権威を伝統の上に築き上げたルフェーブル大司教のやり方と彼らの行動を対比してみてください.
Firstly, let us consider a simple observation of the Archbishop on authority : “Now we have the tyranny of authority because there are no more rules from the past.” Amongst human beings all with original sin, truth needs authority to back it, because it is a Jeffersonian illusion that truth thrown into the market-place will prevail all on its own without a disaster being necessary to teach reality. Authority is to truth as means to end, not end to means. It is Catholic faith which saves, and that Faith lies in a series of truths, not in authority. Those truths are so much the substance and purpose of Catholic Authority that when it is cut loose from them, as by Vatican II, then it is cut adrift until the first tyrant to lay hands on it bends it to his will. The tyranny of Paul VI followed naturally on the Council, just as by pursuing approval from the champions of the same Council, the leadership of the Society of St Pius X has likewise behaved itself tyranically in recent years. Contrast how the Archbishop built up his authority over Tradition by serving the truth. 

さらなるコメントに値するルフェーブル大司教の1991年の2つ目の発言は「私は自分が為すべきより踏み込み過ぎたと思う」というものです.これは大司教が自ら出した1988年5月5日の協定議定書に基づきローマ教皇庁との合意に達しようと試みたときに述べられた言葉です.事実,同議定書はいくつかの重要な問題点について批判を浴びました.したがって,大司教は自分が一時的にバランスを失い,伝統派の真実に反してローマ教皇庁の権威に従おうと傾いたことを認めたのです.だが,大司教の考えが傾いたのはほんのわずかな間だけでした.広く知られていることですが,彼は翌日に議定書を撤回しました.そして彼が再び迷うことは彼の死まで決してありませんでした.そのとき以来,大司教は権威者と合意に達するため全力を尽くさなかったとか,真の真実・真理と真の権威( "Truth and Authority" )との間のバランスを常に正しく取るのは簡単な事だ,などと誰も言えなくなりました.
A second remark of his from 1991 deserving of further comment is where he said that when in 1988 he tried to reach an agreement with Rome by means of his Protocol of May 5, “I think I can say that I went even further than I should have.” Indeed that Protocol lays itself open to criticism on important points, so here is the Archbishop himself admitting that he momentarily lost his balance, tilting briefly in favour of Rome's authority and against Tradition's truth. But he tilted only briefly, because as is well-known, on the very next morning he repudiated the Protocol, and he never again wavered until his death, so that from then on nobody could say either that he had not done all he could to reach agreement with Authority, or that it is an easy thing to get the balance always right between Truth and Authority.

大司教の三つ目の発言は,彼が1975年から1988年にかけてローマ教皇庁当局との間に何らかの合意を取りつけようとしたときの動機を明らかにしています.聖ピオ十世会上層部にいる大司教の後継者たちはそれを自分たちなりに解釈し,大司教が常に求めたのは教会規範の秩序立てであるかのように言います.だが,大司教は議定書についての説明の中で「私は最後の瞬間までローマ教皇庁にわずかなりとも忠誠心が見られるのではないかと期待した」と述べておられます.言い換えれば,大司教は常に信仰の善を求められたのであり,真実以外のいかなるもののためにも決して権威を尊重することはなさいませんでした.同じことがはたして彼の後継者たちについても言えるでしょうか?
A third remark throws light on his motivation in seeking from 1975 to 1988 some agreement with Roman Authority. Judging his motives by their own, his successors at the head of the SSPX talk as though he was always seeking its canonical regularisation. But he explained the Protocol as follows: “I hoped until the last minute that in Rome we would witness a little bit of loyalty.” In other words he was always pursuing the good of the Faith, and he never honoured Authority for anything other than for the sake of the Truth. Can as much be said for his successors ? 

キリエ・エレイソン.
Kyrie eleison.



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訳注を追って掲載いたします.

・真の自由・真の平等・真の兄弟愛とは

・真の権威・真の真理 Authority & Truth

→真実・真理は,権威の手段ではなく,権威の目的である.

→権威は真実・真理に基づかない限り,権力 (power) の実行者の恣意により限りなく捻じ曲げられて行く.

→真実・真理は永遠不変の客観的な事実に立脚するものであり,気まぐれに変化する人間の恣意を退ける.

→客観的な真理に立脚した真の権威に沿って生きることを選ばない人間は,自滅する.

→客観的事実は変遷して行くのではない.
変遷して行く人間の主観を優先する人は,自滅を招いている.

→時の流れは客観的存在で,すべてを黙って見ている.
生涯を善意と憐れみの心を持って遂げる人は,永遠に幸せである.

→権力者の勝利は儚(はかな)い.




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本投稿記事・第391回エレイソン・コメンツ「大司教のコメント II 」 "ARCHBISHOP COMMENTED – II" ( 2015年1月10日付)は2015年7月26日23:40に掲載されました.
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2015年1月3日土曜日

390 大司教のコメント I 1/3

エレイソン・コメンツ 第390回 (2015年1月3日)

客観から外れた心は,悪の一途を辿ります.
 (きゃっかん から はずれた こころは, あくの いっとを たどり ます.)
  ( "Unhooked from the object, minds go very bad. " )
教会も 聖ピオ十世会( =SSPX)も 共に狂っています.
 (きょうかいも せい ぴお じゅっせい かいも ともに くるって います.)
  ( "Church and Society have both gone mad. " )

今日の教会当局者に取って,「確固とした真実(=真理)は何も無く,教義も有りません.全てが進化しているのです.」(こんにちの きょうかい とうきょく しゃ に とって,「かっこ とした しんじつ〈=しんり〉は なにもなく,きょうぎも ありません.すべてが しんか している のです.」)( "For today's Church authorities “there is no fixed truth, there is no dogma. Everything is evolving.” " )これは(此れは・是は・惟は)ルフェーブル大司教(1905-1991年)が1991年に述べられたお(御)言葉です(先週のエレイソン・コメンツを参照下さい)(これは るふぇーぶる だいしきょう〈せん きゅうひゃく ご ねん-せん きゅうひゃく きゅうじゅう いち ねん〉が せん きゅうひゃく きゅうじゅう いち ねんに のべられた おことば です〈せんしゅうの えれいそん・こめんつを さんしょう ください〉)( "So said Archbishop Lefebvre (1905-1991) in 1991 (see last week's “Eleison Comments”). " ).大司教はその(其の)生涯の終わりに近づいた時期,ご(御)自分が信仰擁護の為に何と戦って来たかを,それまで(其れ迄)以上にはっきりと悟りました(だいしきょうは その しょうがいの おわりに ちかづいた じき,ごじぶんが しんこう ようごの ために なにと たたかって きたかを,それまで いじょうに はっきりと さとりました)( "For at the end of his life the Archbishop saw more clearly than ever what he had been up against in his heroic defence of the Faith." ).大司教の死後間も無く聖ピオ十世会(SSPX)を踏襲したリベラル派(=自由主義派)(自らリベラル派と自覚していなかったかも知れませんが)は(だいしきょうの しご まもなく せいぴお じゅっせい かいを とうしゅう した りべらる は〈=じゆう しゅぎ は〉〈みずから りべらるはと じか くしていなかった かも しれませんが〉は)( "Since then the liberals (unknown to themselves as such ?) who took over his Society of St Pius X as soon as he was gone, …" ),それ(其れ)以来,大司教が明確にした問題の重大性を理解しないまま(儘・侭)今日に至っています(それ いらい,だいしきょうが めいかくに した もんだいの じゅうだい せいを りかい しない まま こんにちに いたって います)( "… have still not understood the gravity of the problem as identified by the Archbishop. " ).従って,私は新年に当たり(当り)(したがって,わたくしは しんねんに あたり)( "Therefore let these “Comments” open the New Year …" ),エレイソン・コメンツを通して今日の教会と世界が抱える致命傷が何であるか(有るか)をもう一度明確に提起してみたい(見たい)と思います(えれいそん・こめんつを とおして こんにちの きょうかいと せかいが かかえる ちめいしょうが なんで あるかを もう いちど めいかくに ていき して みたいと おもいます)( "… by attempting once more to lay open the mortal wound of today's Church and world." ).

〔問答 § 1 邦訳/英語原文〕(もんどう だい いっ こう ほうやく/えいご げんぶん)
今日の教会当局者にとって,「確固とした真実(=真理)は何もなく,教義も有りません.全てが進化しているのです.」これはルフェーブル大司教(1905-1991年)が1991年に述べられたお言葉です(先週のエレイソン・コメンツを参照ください).大司教はその生涯の終わりに近づいた時期,ご自分が信仰擁護の為に何と戦って来たかを,それまで以上にはっきりと悟りました.大司教の死後間も無く聖ピオ十世会(SSPX)を踏襲したリベラル派(=自由主義派)(自らリベラル派と自覚していなかったかも知れませんが)は,それ以来,大司教が明確にした問題の重大性を理解しないまま今日に至っています.従って,私は新年に当たり(当り),エレイソン・コメンツを通して今日の教会と世界が抱える致命傷が何であるかをもう一度明確に提起してみたいと思います.

For today's Church authorities “there is no fixed truth, there is no dogma. Everything is evolving.” So said Archbishop Lefebvre (1905-1991) in 1991 (see last week's “Eleison Comments”). For at the end of his life the Archbishop saw more clearly than ever what he had been up against in his heroic defence of the Faith. Since then the liberals (unknown to themselves as such ?) who took over his Society of St Pius X as soon as he was gone, have still not understood the gravity of the problem as identified by the Archbishop. Therefore let these “Comments” open the New Year by attempting once more to lay open the mortal wound of today's Church and world.

イマヌエル・カント(1724-1804年)が,人間の心は客観をありのままに(有りの儘〈侭〉に)知る事は出来ないと言う全く間違った考え方に基づいて人間による神の現実拒否を哲学的に確立した時(いまぬえる・かんとが,にんげんの こころは きゃっかんを ありの ままに しる ことは できない という まったく まちがった かんがえかたに もとづいて にんげんに よる かみの げんじつ きょひを てつがく てきに かくりつ した とき),( "When Immanuel Kant (1724-1804) erected man's refusal of God's reality into a philosophical system, based on his utterly false proclamation that the human mind cannot know the object as it is in itself, …" ),世界中の大学の哲学部が狂気を街中にまき散らし(撒き散らし)始めました(せかいじゅうの だいがくの てつがくぶが きょうきを まちじゅうに まきちらし はじめ ました)( "… then the philosophy department of universities all over the world began to spill craziness into the streets, …" ).人々は自由を自分達の神としたい(為たい)と望み,カントが彼等に最高の解放,すなわち(即ち)客観からの心の解放を与えたからです(ひとびとは じゆうを じぶんたちの かみと したいと のぞみ,かんとが かれらに さいこうの かいほう,すなわち きゃっかん からの こころの かいほうを あたえた から です)( "… because people wanted to make freedom their god and Kant offered them the supreme liberation, that of the mind from its object." ).

〔問答 § 2 邦訳/英語原文〕(もんどう だい に こう ほうやく/えいご げんぶん)
イマヌエル・カント(1724-1804年)が,人間の心は客観をありのままに知ることはできないというまったく間違った考え方に基づいて人間による神の現実拒否を哲学的に確立したとき,世界中の大学の哲学部が狂気を街中にまき散らし始めました.人々は自由を自分たちの神としたいと望み,カントが彼らに最高の解放,すなわち客観からの心の解放を与えたからです.

When Immanuel Kant (1724-1804) erected man's refusal of God's reality into a philosophical system, based on his utterly false proclamation that the human mind cannot know the object as it is in itself, then the philosophy department of universities all over the world began to spill craziness into the streets, because people wanted to make freedom their god and Kant offered them the supreme liberation, that of the mind from its object.

カントの幻想にまだ(未だ)毒されていないカトリック信徒は(かんとの げんそうに まだ どくされて いないかとりっく しんとは),神と神の天国が自分達の小さな心の外に独立した物として存在しており(かみと かみの てんごくが じぶんたちの ちいさな こころの そとに どくりつ した もの として そんざい しており)( "Now Catholics not yet contaminated by the Kantian fantasy know that God and his Heaven exist quite outside of, and independently of, their little minds, …" ),従って自分達が永遠に幸福で在りたいと願うなら(したがって じぶんたちが えいえんに こうふくで ありたいと ねがう なら),心は主観的な幻想でなく客観的現実と係わって(=関わって)行くべきである事を知っています(こころは しゅかん てきな げんそう でなく きゃっかん てき げんじつと かかわって いくべき である ことを しって います)( "… and so if they want to be happy for eternity their minds had better deal in objective reality and not in subjective fantasy. " ).そのため(其の為),一世紀半の間,神が御与えになった歴代の反リベラル派教皇達は自由主義世界がこれ以上狂い続けない様にしようと立ち上がり(そのため,いっせいき はん の あいだ,かみが おあたえに なった れきだいの はん りべらるは きょうこう たちは じゆうしゅぎ せかいが これ いじょう くるい つづけ ない ように しようと たちあがり)( "Therefore for a century and a half a God-given series of anti-liberal Popes stood up to the liberal world going constantly more crazy all around, …" ),教会を一流で人気を得た主観主義に影響されない様守って(=保護して)来ました(きょうかいを いちりゅうで にんきを えた しゅかん しゅぎに えいきょう されない よう まもって〈=ほごして〉きました)( "… and these protected the Church from the prestigious and popular subjectivism." ).しかし(然し),1950年代になると,教会の枢機卿や司教達の祈りは(しかし,せん きゅうひゃく ごじゅう ねんだいに なると,きょうかいの すうききょう や しきょう たちの いのりは,),信徒達の心( "their minds and hearts" )を教会内部で「モダニズム(近・現代主義)」として知られる様になった狂気から守り続ける程十分に強くなくなってしまい(終い・仕舞い)ました(しんと たちの こころを きょうかい ないぶで「もだにずむ〈きん・げんだい しゅぎ〉」として しられる ように なった きょうき から まもり つづける ほど じゅうぶんに つよく なくなって しまい ました)( "But by the 1950's the Church's cardinals and bishops were not praying enough to maintain this protection of their minds and hearts from the madness, known within the Church as “modernism”, …" ).その為,1958年のコンクラーベ( "the conclave of 1958" )で彼等は自らの意思で「善良」と目された教皇ヨハネ23世を選出しました(そのため,せん きゅうひゃく ごじゅうはち ねんの こんくらーべで かれらは みずからの いしで「ぜんりょう」と もくされた きょうこう よはね にじゅうさん せいを せんしゅつ しました)( "… and so in the conclave of 1958 they elected one of their own, the supposedly “good” John XXIII, …" ).彼はリベラル派で(自らそう認識していたかどうか〈如何か〉は神のみぞ知るですが)(かれは りべらるは で〈みずから そう にんしき していた かどうかは かみ のみぞ しる ですが〉),1962年にまさしく(正しく)あの破滅的な第二バチカン公会議を立ち上げました(せん きゅうひゃく ろくじゅうに ねんに まさしく あの はめつ てきな だいに ばちかん こうかいぎを たちあげ ました)( "… a liberal (unknown to himself as such ? God knows), who duly launched in 1962 the disastrous Second Vatican Council. " ).

〔問答 § 3 邦訳/英語原文〕(もんどう だい さん こう ほうやく/えいご げんぶん)
カントの幻想にまだ毒されていないカトリック信徒は,神と神の天国が自分たちの小さな心の外に独立したものとして存在しており,したがって自分達が永遠に幸福でありたいと願うなら,心は主観的な幻想でなく客観的現実とかかわって行くべきであることを知っています.そのため,一世紀半のあいだ,神がお与えになった歴代の反リベラル派教皇たちは自由主義世界がこれ以上狂い続けないようにしようと立ち上がり,教会を一流で人気を得た主観主義に影響されないよう守ってきました.しかし,1950年代になると,教会の枢機卿や司教たちの祈りは,信徒たちの心を教会内部で「モダニズム」として知られるようになった狂気から守り続けるほど十分に強くなくなってしまいました.そのため,1958年のコンクラーベで彼らは自らの意思で「善良」と目されたヨハネ23世を教皇に選出しました.彼はリベラル派で(自らそう認識していたかどうかは神のみぞ知るですが),1962年にまさしくあの破滅的な第二バチカン公会議を立ち上げました.

Now Catholics not yet contaminated by the Kantian fantasy know that God and his Heaven exist quite outside of, and independently of, their little minds, and so if they want to be happy for eternity their minds had better deal in objective reality and not in subjective fantasy. Therefore for a century and a half a God-given series of anti-liberal Popes stood up to the liberal world going constantly more crazy all around, and these protected the Church from the prestigious and popular subjectivism. But by the 1950's the Church's cardinals and bishops were not praying enough to maintain this protection of their minds and hearts from the madness, known within the Church as “modernism”, and so in the conclave of 1958 they elected one of their own, the supposedly “good” John XXIII, a liberal (unknown to himself as such ? God knows), who duly launched in 1962 the disastrous Second Vatican Council.

第二バチカン公会議がなぜ(何故)破滅的だったのでしょうか?(だいに ばちかん こうかいぎが なぜ はめつ てき だった のでしょうか?)( "Why disastrous ? " )それは,主観主義の狂気(客観的現実の拒絶)が教会の最高権力者によって(依って)非難される代わりに(それは,しゅかん しゅぎの きょうき〈きゃっかん てき げんじつの きょぜつ〉が きょうかいの さいこう けんりょく しゃに よって ひなん される かわりに),容認され(意図的か意図的でないか神のみぞ知るですが)(ようにんされ〈いと てき か いと てき でないか かみ のみぞ しる ですが〉),教会の教理,行動の正式な基盤にされてしまったからです(きょうかいの きょうり,こうどうの せいしきな きばんに されて しまった から です)( "Because the madness of subjectivism (the refusal of objective reality), instead of being still utterly condemned by the Church's highest authorities, was now adopted by them and made (consciously or unconsciously ? – God knows) into the official basis of Church doctrine and action." ).これ以上深刻な問題は有りません(これ いじょう しんこくな もんだいは ありません)( "The problem could not be graver." ).救済という神の諸諸の客観的真実(=客観的真理)を守るべく任命された神の真の教会の当局者達が(きゅうさい という かみの もろもろの きゃっかん てき しんじつ〈=きゃっかん てき しんり〉を まもる べく にんめい された かみの まことの きょうかいの とうきょくしゃ たちが)( "The officials of God's true Church, appointed to proclaim and defend God's objective truths of salvation, …" ),この時以降,自らの主観的な心を通してその真実(=真理)をろ過(濾過)する様になったからです(このとき いこう,みずからの しゅかん てきな こころ を とおして その しんじつ〈=しんり〉を ろか する ように なった から です)( "… were henceforth filtering these through their subjectivist minds." ).最良の葡萄酒(ワイン)を蓄えるのに,如何わしいボトル(=洋酒用瓶)しか持てなくなった状態を想像してみて下さい(さいりょうの ぶどうしゅ〈わいん〉を たくわえる のに,いかがわしい ぼとる (ようしゅ よう びん) しか もてなく なった じょうたいを そうぞう してみて ください)( "Imagine having nothing other than filthy bottles in which to store the best of wine." ).これでは破滅の一途を辿るだけです(これ では はめつの いっとを たどる だけ です)( "It can only be ruined." ).今日の公会議派教会当局者達は神の真実(=真理)を破滅させるだけです(こんにちの こうかいぎは きょうかい とうきょくしゃ たちは かみの しんじつ〈=しんり〉を はめつ させる だけ です)( "Today's Conciliar Church officials can only ruin God's truth." ).

〔問答 § 4 邦訳/英語原文〕(だい よん こう ほうやく/えいご げんぶん)
第二バチカン公会議がなぜ破滅的だったのでしょうか?それは,主観主義の狂気(客観的現実の拒絶)が教会の最高権力者によって非難される代わりに,容認され(意図的か意図的でないか神のみぞ知るですが),教会の教理,行動の正式な基盤にされてしまったからです.これ以上深刻な問題はありません.救済という神の客観的真実を守るべく任命された神の真の教会の当局者たちが,このとき以降,自らの主観的な心を通してその真実をろ過するようになったからです.最良のワインを蓄えるのに,いかがわしいボトルしか持てなくなった状態を想像してみてください.これでは破滅の一途をたどるだけです.今日の公会議派教会当局者たちは神の真実を破滅させるだけです.
Why disastrous ? Because the madness of subjectivism (the refusal of objective reality), instead of being still utterly condemned by the Church's highest authorities, was now adopted by them and made (consciously or unconsciously ? – God knows) into the official basis of Church doctrine and action. The problem could not be graver. The officials of God's true Church, appointed to proclaim and defend God's objective truths of salvation, were henceforth filtering these through their subjectivist minds. Imagine having nothing other than filthy bottles in which to store the best of wine. It can only be ruined. Today's Conciliar Church officials can only ruin God's truth.

1991年に(せん きゅうひゃく きゅうじゅう いち ねんに)ルフェーブル大司教が以下の様に述べられたのは,正しくこの為です.(るふぇーぶる だいしきょうが いかの ように のべられた のは,まさしく このためです)( "Here is why the Archbishop said in 1991, …" ).「私達は私達と異なる哲学を持ち,異なる物の見方をし,近代の諸諸の主観的哲学者に影響されている(教会トップの)人々を相手にしています(わたくし たちは わたくし たちと ことなる てつがくを もち,ことなる ものの みかたを し,きんだいの もろもろの しゅかん てき てつがく しゃに えいきょう されて いる(きょうかい とっぷ の)ひとびとを あいてに して います)( " “We are dealing with people (at the top of the Church) who have a different philosophy from ours, a different way of seeing, who are influenced by all modern subjectivist philosophers." ).彼等に取って,確固とした真実(=真理)は何も無く,教義も有りません(かれらに とって,かっこ とした しんじつ〈=しんり〉は なにも なく,きょうぎも あり ません).全てが進化していると言うのです(すべてが しんか して いると いう のです).これは正しく信仰のフリーメーソン的破壊です(これは まさしく しんこうの ふりーめーそん てき はかい です).幸いな事に,私達(伝統派)には頼るべき(真の)伝統が有ります(さいわいな ことに わたくし たち〈でんとうは〉には たよる べき〈まことの〉でんとうが あります).」

〔問答 § 5 邦訳/英語原文〕(だい ご こう ほうやく/えいご げんぶん)
1991年にルフェーブル大司教が以下のように述べられたのは,まさしくこのためです.「私たちは私たちと異なる哲学を持ち,異なる物の見方をし,近代の主観的哲学者に影響されている(教会トップの)人々を相手にしています.彼らにとって,確固とした真実はなにもなく,教義もありません.すべてが進化しているというのです.これはまさしく信仰のフリーメーソン的破壊です.幸いなことに,私たち(伝統派)には頼るべき(真の)伝統があります.」

Here is why the Archbishop said in 1991, “We are dealing with people (at the top of the Church) who have a different philosophy from ours, a different way of seeing, who are influenced by all modern subjectivist philosophers. For them, there is no fixed truth, no fixed dogma. Everything is evolving. This is really the Masonic destruction of the Faith. Fortunately we (Traditionalists) have Tradition to lean on.”

だが,真の伝統を導いてくれる(呉れる)大司教が亡き今,その真の伝統に何が起きているでしょうか?(だが,まことの でんとうを みちびいて くれる だいしきょうが なき いま,その まことの でんとうに なにが おきて いる でしょうか?)( "But what has happened to Tradition without the Archbishop to guide it ? " )悲しい哉(悲しいかな),40年の間客観的信仰擁護の先頭に立って来た聖ピオ十世会(= SSPX )トップの権力者達は(かなしいかな,よんじゅう ねんの あいだ きゃっかん てき しんこう ようごの せんとうに たって きた せい ぴお じゅっせい かい とっぷの けんりょく しゃ たちは)( "Alas, the authorities at the top of his Society of St Pius X, which for some 40 years spearheaded the defence of the objective Faith, …" ),自らの心が主観主義に冒されるのを防ぐに十分なほど真剣に祈りを捧げていません(みずからの こころが しゅかん しゅぎに おかされる のを ふせぐに じゅうぶんな ほど しんけんに いのりを ささげて いません)( "… cannot have been praying seriously enough to protect their minds and hearts from being in turn infected by subjectivism." ).彼等もまた(又・復・亦)客観的真実(=真理)の最重要性を見失っており(かれらも また きゃっかん てき しんじつ〈=しんり〉の さい じゅうよう せいを みうしなって おり)( "They too have lost the primacy of objective truth, …" ),漁師にもてあそ(弄)ばれる魚の様にローマ人達によって(依って・因って)弄ばれています(りょうしに もてあそ ばれる うおの ように ろーま じん たちに よって もてあそ ばれて います)( "… and so they are being played by the Romans like a fish is played by a fisherman." ).ルフェーブル大司教,どうぞ私達の為にお祈り下さい!(るふぇーぶる だい しきょう,どうぞ わたくし たちの ために おいのり ください!)( "Archbishop Lefebvre, pray for us ! " )

〔問答 § 6 邦訳/英語原文〕(だい ろっこう ほうやく/えいご げんぶん)
だが,伝統を導いてくれる大司教が亡きいま,伝統に何が起きているでしょうか? 悲しいかな,40年のあいだ客観的信仰擁護の先頭に立ってきたSSPXトップの権力者たちは,自らの心が主観主義に冒されるのを防ぐに十分なほど真剣に祈りを捧げていません.彼らもまた客観的真実の最重要性を見失っており,漁師にもてあそばれる魚のようにローマ人たちによってもてあそばれています.ルフェーブル大司教,どうぞ私たちのためにお祈りください!

But what has happened to Tradition without the Archbishop to guide it ? Alas, the authorities at the top of his Society of St Pius X, which for some 40 years spearheaded the defence of the objective Faith, cannot have been praying seriously enough to protect their minds and hearts from being in turn infected by subjectivism. They too have lost the primacy of objective truth, and so they are being played by the Romans like a fish is played by a fisherman. Archbishop Lefebvre, pray for us !

キリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)
(主よ憐れみ給え)(しゅよ あわれみ たまえ)
( "Kyrie eleison." ).

リチャード・ウィリアムソン司教
(りちゃーど・うぃりあむそん しきょう)





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(注:本投稿記事〈第390回エレイソン・コメンツ「大司教のコメント I "ARCHBISHOP COMMENTED – I" 」( 2015年1月3日付)は2015年6月5日14:40に掲載されました.)