2010年8月15日日曜日

荒地の救済方法 その2

エレイソン・コメンツ 第161回 (2010年8月14日)

なぜ現代における『大学』はみな揃って紛れもない「民主主義」のごみ箱かくず入れと化しているのでしょうか? その理由は,「民主主義」では誰でもみな平等でなければならず,誰かが他よりも優位に立ってはならないからです.だが,学位を持つ者は持たない者より優位に立つことになります.それで誰もが学位を持つ必要が出てきます.だが,すべての男の子が学位を取得できるほど頭脳明晰で勉強好きというわけではありません.したがって,『大学』はレベルを下げ,すべての男の子が最終的に『学位』を取得できるよう『学位』の対象をあらゆる種類のばかげた科目にまで広げなければならなくなるでしょう.なかにはほとんど証書の紙代にも値しない学位も出てくるでしょう.今日の『大学』システムは「まったくいんちきな偽物である」と,内部事情を知るアメリカ人の大学教授の友人は言っています.

この現代の愚行の根底にあるものは何でしょうか? 重ねて繰り返しますが,そこにあるのは神の存在を認めないということ,すなわち無神論です.人はすべて永遠に神の御前では平等で,死後に立つ神の審判の御座の前でも全く平等なのですが,大事なのはそのことだけで他はどうでもいいことです.然るに,人間社会では人はすべて短い一生の間,人の前では,あらゆる点において不平等なのです.何故かといえば,神は賜物を極めて不平等に人に分配することで,すべてが相互に依存し合い,互いに気を配り合わなければならないように仕向けているからです.そういうわけで,単なる人間社会の『学位』が人を他人より優位に見せかけるのは,神の御前ではなく,神を無視する愚かな人間の前だけでのことにすぎないのです.したがって,神を考慮に入れる両親であれば,『民主主義』,『平等』,『大学』,『学位』などに関心を払うことはないでしょう.

彼ら親たちにとっての第一の関心事は,周囲の至る所で荒廃している非現実的な世界にほとんど注意を払うことなく,自分たちの男の子が,現実に存在する真の神の真の天国にたどり着けるように現実の世界で育てることです.ここで親御さん達に最初の質問です.神は私たちのこの男の子に,他の息子たちとさえ全く異なるような,どんな天資をお与えになったのでしょうか?その息子はどんなことをしたがる傾向があるでしょうか? 神がその子にお与えになっている天資は,彼に対する神の御心を指し示しているのです.明らかに,多くの男の子たちは勉強よりも実務をこなす天資に恵まれています.それに,かつてG・K・チェスタートン “Chesterton” は興味深いことに,たとえば木材であれ金属であれ素材を扱う分野で専門的技能を身につけようと努力することは,現実世界における一定の見習い期間になると言いました.それならば,なんとしてでも男の子を技術専門学校(テクニカル・カレッジ)に通わせ,たとえば腕の良い大工,配管工,電気技師,機械工,整備士などになれるよう本物の技術を習得させましょう.あるいは,男の子に農場経営をする叔父(または伯父)がいるでしょうか? それなら,その子をそこへ送りなさい.動物を扱うことは現実世界で大事な学校へ通うのと等しいことです!

その現実世界を学ぶためは,男の子に『学位』を遠ざけさせましょう.今日の雇用者たちは依然として『学位』を求めるかもしれませんが,明日の雇用者たちはまもなく「あなたは,3年間の学生生活を,ただ酒を飲み,フリスビーを飛ばし,女の子たちと遊び回って無駄に過ごすだけのためにご両親のお金を浪費し,あるいはご両親の借金を大きく増やしたのでなはないですか? あなたには興味がわきません!」と言うでしょう.逆に,もし男の子が実用的な技術に加えて,家庭の中で地道に暮らしかつ勤勉に働くという習慣を身につけておけば,彼は地道な暮らし以上の生活ができるようになるでしょう.彼が提供する役務は非現実的な価値の崩壊で破綻して行く世界において引く手あまたとなるでしょう.

女の子に関しては,いつの世でも変わらない,家庭内のもろもろの実務,たとえば,裁縫,料理,缶詰保存作業,音楽,いろいろな芸術,手短にいえば家庭生活に楽しみや喜びを添えるすべての物事ですが,中でもとりわけ料理を身につけさせましょう.たとえ世の中が荒廃し,何でも好き勝手になるように変わるとしても,男性の心に通じる道は胃袋から,という現実に変わりはないでしょう.これは男性が話していることです!

キリエ・エレイソン.

英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教