2011年2月14日月曜日

注目に値する映画

エレイソン・コメンツ 第187回 (2011年2月12日)

最近封切られたフランス映画「神々と人間」(訳注・公式邦題は「神々と男たち」.英題名 “Of Gods and Men” / 原題 “Des hommes et des dieux.” )は昨年,権威あるフランスのカンヌ国際映画祭で最高賞を獲得しました.この映画は1996年に実際に起きた事件を再現したもので,植民地から独立後のアルジェリアにあるシトー修道会修道院( “a Cistercian monastery” )における生活の最後の数か月間を描いたものです.最終的に8名の修道士たちが正体不明の暗殺者たちによりそこから拉致され殺されました(訳注後記).監督,俳優,カメラともこの映画を美しい作品に仕上げています.カトリック伝統に精通しているカトリック信徒たちにとり特に興味深いのはこの映画の宗教と - 宗教的な観点からの - 政治の取り上げ方でしょう.

この映画の描いているのが公会議派の宗教であることから考えると,おそらく最も注目に値するのはこの映画のもつ真の宗教感覚でしょう.教義的には,例えばコーランに対し必要以上の敬意を払うことを普遍的に重要視する( “ecumenical moments” )といった面があります.典礼の上からいえば,簡素かつ高潔な修道院の教会で詠唱される言葉や音楽はみな現代人が産み出したもので,主観的かつ感傷的なものです.それでも,修道士たちの祈る姿を規則通りに描写している場面のどれもがみな純粋で非常に宗教的であり,非宗教的な現代においては全く驚くばかりです.この映像を見て誰もが内心思うでしょう,これが修道院のあるべき姿なのだ,と!

どう言えばよいでしょうか?映画の監督と演技について言えば,ちょうど現代の英国人が大英帝国の歴史が依然として身近にあり自分たちの血の中に流れているため今でもビクトリア時代を納得のゆくように表現できるのと同じように,この映画のフランス人俳優たちは,カトリックの修道院生活が自分たちの遺産の中できわめて重要な部分を占めてきたため,素晴らしい修道士像をスクリーン上に描き得たにちがいありません.だがとりわけ,私たちの主イエズス・キリストが言われる通り(マテオ・15:18,19)(訳注後記),大切なことは,人が心の中で何を考えているかです.何より最良なのは心のこもったカトリック伝統ですが,この映画は,心ある公会議主義のほうが心を失ったカトリック伝統主義よりはるかに神を喜ばせるのではないかということを私たち伝統派のカトリック信徒たちに思い起こさせてくれます.

この映画で描かれている政治はアラブ諸国で現在起きているイスラム教徒蜂起の観点からとりわけ興味深いものです.映画の中の修道士たちは,確かに実生活で起きた通り,政治的に進退きわまった状況におかれます.一方で,彼らの非イスラム的生活は,イスラム教がアルジェリアを政治的に支配するのに邪魔となるものは誰であっても殺すというイスラム反乱軍によって明らかに脅威にさらされます.他方,独立後のアルジェリア政府は,修道士たちがイスラム反乱分子たちを援助したり,負傷者に対し例えばカトリック教会の精神に則った様々な慈悲の行為を施しているのではないかと強く疑い,修道士たちにアルジェリア国外へ立ち去るよう勧めます.今日でも,修道士たちはアルジェリア政府によって処刑されたと考える人たちがいます.真相は神のみぞ知るです.

どう言えばよいでしょうか? 確かに心あるカトリック教は,反キリスト教的であまりに単純かつ残忍な分派である心あるイスラム教よりはるかに優れています.だが,第二バチカン公会議がしたように,もしカトリシズムから心が失われてしまい,世界各地の実生活で,カトリックの修道士や聖職者たちが医療のみならず精神的な支援まで反カトリック革命主義者に対して与えることになったとします.その結果,正当な政府が公会議派の聖職者によって自国の法と秩序が損なわれたと異議を唱えたとしても驚くにあたるでしょうか?実のところ,ルフェーブル大司教がよく言われていた通り,カトリック聖職者たちが最も恐るべき革命主義者になるのです!イスラム教が台頭するのはひとえに真のカトリック教会が堕落し続けるからです.

カトリック伝統を固守している少数のカトリック信徒たちの信仰心にいかに多くがかかっていることでしょうか!

キリエ・エレイソン

英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教


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(第1パラグラフの訳注)

・ “The Atlas Martyrs” (アトラスの殉教者)と呼ばれる.

・「厳律シトー修道会」 “O.C.S.O Order of Cistercians of the Strict Observance”

・「シトー修道会」 “Cîteaux”, “ordre cistercien” について:
11世紀聖ロベルトゥスによってフランスに創立された観想修道会.この会から聖ベルナルドゥスが出た.17世紀ド・ランセによる刷新に参加した諸修道院を「厳律シトー会(Ordre de Cîteaux)といい,参加しなかった諸修道院を「寛律シトー会」という.別名トラピスト修道会(Trappist).(現代キリスト教用語辞典〈大修館書店〉参照)

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(第3パラグラフの訳注)

新約聖書・マテオ聖福音書:第15章18,19節

『だが口から出るものは,心から出たもので,これが人を汚す.つまり,悪意,殺人,姦淫,淫行,窃盗,偽証,讒言(ざんげん)などは心から出る.』