エレイソン・コメンツ 第351回 (2014年4月5日)
二人の公会議派教皇(ふたりの こうかいぎは きょうこう),ヨハネ23世(よはね にじゅう さんせい)とヨハネ・パウロ2世(よはね ぱうろ にせい)の列聖(れっせい)が( "The “canonisation”of two Conciliar Popes, John XXIII and John-Paul II, …" ),今月最後の日曜日(こんげつ さいごの にちようび)(4月27日)に予定(よてい)されており( "… is scheduled for the last Sunday of this month, …" ),信仰心の篤い(しんこうしんの あつい)カトリック教信者(かとりっくきょう しんじゃ)の多く(おおく)はこのことに恐怖心(きょうふしん)を抱いて(いだいて)います( "…and many believing Catholics are scared stiff." ).信者たちは両教皇(りょう きょうこう)がいずれも教会の(客観的)破壊者(きょうかいのきゃっかんてき はかいしゃ)だったことを知っている(しっている)からです( "They know that the Conciliar Popes have been (objective) destroyers of the Church." ).信者たちは教会が列聖の不可謬性(れっせいの ふかびゅうせい)を保持していることを知っています( "They know that the Church holds canonisations to be infallible." ).彼ら(かれら)はヨハネ23世,ヨハネ・パウロ2世が聖者(せいじゃ)だと信じるよう強いられる(しんじるよう しいられる)のでしょうか?( "Are they going to be forced to believe that John XXIII and John-Paul II are Saints ? " ) そう考えるとびっくり仰天(ぎょうてん)したくなるでしょう.( "It boggles the mind. " ).だがその必要(ひつよう)はありません.
2013年8月に,私(わたし)はエレイソン・コメンツ(えれいそん・こめんつ)の中(なか)で( "In August of last year these “Comments” …" ),新教会(しんきょうかい)( "Newchurch" )の列聖(れっせい)は公会議以前(こうかいぎ いぜん)の列聖とはまったく異なる現実(ことなる げんじつ)だから,カトリック信徒(しんと)は公会議後(こうかいぎ ご)の列聖を完全無欠(かんぜん むけつ)なものと信じる必要(しんじる ひつよう)はないと述(の)べました( "… stated the fact that Newchurch “canonisations” are such a different reality from pre-Conciliar canonisations that no Catholic need believe that the post-conciliar canonisations are infallible." ).私は間違って(まちがって)いなかったのですが,単に事実を指摘(たんに じじつを してき)しただけで,その理由(りゆう)に触れ(ふれ)ませんでした( "I was not wrong, but while I stated the fact that this is so, I did not give the reason why, …" ).理由は物事を知る(りゆうは ものごとを しる)優れた方法(すぐれた ほうほう)です( "… which is a superior way of knowing something." ).私が(理由に)触れなくても,たぶん1989年のことだったとおもいますが,ある修養会(しゅうよう かい)( "a retreat conference" )の席(せき)でルフェーブル大司教(るふぇーぶる だいしきょう)( "Archbishop Lefebvre" )はその本当の理由(ほんとうの りゆう)を私たちに与えて(わたしたちに あたえて)くださいました" )( "On the contrary in a retreat conference, perhaps of 1989, Archbishop Lefebvre gave the deep-down reason why. …" ).大司教が言(い)われたその理由とは ―― モダニスト(近現代主義者)たちの精神腐敗 ( "modernist mind-rot" )(もだにすと〈きんだいしゅぎしゃ〉たちのせいしんふはい)( "… This reason – modernist mind-rot -- …" )―― このことが公会議革命(こうかいぎ かくめい)のすべてを正しく理解する(ただしく りかいする)のに極めて重要なこと(きわめてじゅうようなこと)です( "… -- is crucial to understand correctly the whole Conciliar Revolution." ).
ルフェーブル大司教はそのとき,二人の公会議派教皇(ふたりの こうかいぎは きょうこう)は現代の大衆(げんだいの たいしゅう)と同じ(おなじ)ように,いかなる真実(しんじつ)も不変(ふへん)なものだとは信じて(しんじて)いないと言われました( "The Archbishop said that like a mass of modern men, the Conciliar Popes do not believe in any truth being stable." ).たとえば,ヨハネ・パウロ2世の思考形成(しこう けいせい)は真実は時代と共に(しんじつは じだいと ともに)進化(しんか),変化(へんか)し,科学(かがく)などの進歩(しんぽ)につれ発展(はってん)するという考え(かんがえ)に基(もと)づいています( "For instance John-Paul II’s formation was based on truth evolving, moving with the times, progressing with the advance of science, etc.. " ).同教皇は1988年に聖ピオ10世会( "SSPX" )がおこなった一連の聖別(いちれんの せいべつ)を無効(むこう)としましたが,真実は決(けっ)して固定的(こていてき)なものでないから,というのがその理由でした( "Truth never being fixed is the reason why in 1988 John-Paul II condemned the SSPX’s Episcopal Consecrations, …" ).彼は,カトリック教の伝統(でんとう)は生き物(いきもの)で変化(へんか)するのに対(たい)し, SSPX の列聖(れっせい)はそれが固定的だという考え方(かんがえ かた)に基(もと)づいていると指摘(してき)しました( "… because they sprang from a fixed and not living or moving idea of Catholic Tradition." ).確か(たしか)にカトリック信徒は信仰宣言(しんこう せんげん)(=使徒信経〈しとしんきょう〉・クレド)( "the Credo" )のすべての言葉(ことば)は不可変(ふかへん)のものと信(しん)じています( "For indeed Catholics hold, for example, every word in the Credo to be unchangeable, …" ).なぜなら,そこに含(ふく)まれる言葉は信仰の不変の真実(しんこうの ふへんの しんじつ)を可能な限り(かのうな かぎり)完全に表す(かんぜんに あらわす)ため長期間(ちょう きかん)にわたって打ち出された(うち だされた)もので( "… because the words have been hammered out over the ages to express as perfectly as possible the unchanging truths of the Faith, …" ),間違い(まちがい)なく教会の過去(きょうかいの かこ)の歴代教皇(れきだい きょうこう)や公会議(こう かいぎ)によって定(さだ)められてきたものだからです( "… and these words have been infallibly defined by the Church’s Popes and Councils." ).
もう一つ別の例(もうひとつ べつの れい)とした本来の意味の列聖(ほんらいの いみのれっせい)を挙(あ)げます( "True canonisations are another example: …" ).(1)教皇は教皇として宣言します.(すなわち)( " (1) the Pope pronounces as Pope, …" ) (2)信仰と倫理(しんこうと りんり)のモデル(もでる)たりうる然(しか)るべき人物(じんぶつ)を( " (2) such and such a person to be a model of faith and morals, …" ) ,(3)最終的(さいしゅうてき)に( " (3) once and for all (nobody used to get uncanonised), …" ),(列聖は決して取り消されない〈けっして とりけされない〉ものとされてきました),(4)教会全体(きょうかい ぜんたい)がこのようなモデルとして受け入れる(うけいれる)ように(宣言します)( " (4) for all the Church to accept as such a model." ).本来(ほんらい)はそういうものですから( "As such, …" ),これまでの列聖は無謬の教会(むびゅうの きょうかい)の教(おし)えたりうる4条件(よん じょうけん)を満(み)たしてきましたし( "… canonisations used to fulfil the four conditions of infallible Church teaching, …" ),それは完全無欠(かんぜん むけつ)(=無謬〈むびゅう〉=絶対正しい〈ぜったい ただしい〉=絶対正義〈ぜったいせいぎ〉)だと信(しん)じられてきました( "… and they were held to be infallible." ).だが,真実は不変・不可変(しんじつは ふへん・ふかへん)というこのカトリック教の考え(かとりっくきょうの かんがえ)は公会議派教皇(こうかいぎは きょうこう)たちのような不安定な現代人(ふあんていな げんだいじん)( "…fluid modern minds" )にとっては考(かんが)えられないものなのです( "…But this Catholic idea of an unchangeable truth is inconceivable for fluid modern minds like those of the Conciliar Popes." ).彼ら(かれら)にとって,真実(しんじつ)とは人生であり,ある人生が完成に向かって(かんせいに むかって)発展(はってん),進化(しんか),成長(せいちょう)し続(つづ)けるようなものです( "For them, truth is life, a life developing, evolving, growing towards perfection. " ).だとしたら,公会議派教皇が無謬の列聖(むびゅうの れっせい)をどうして執り行(とりおこな)えるでしょうか( "How then can a Conciliar Pope perform, …" ).それを信徒(しんと)に押し付ける(おし つける)など,とんでもないじゃありませんか?( "… let alone impose, an infallible canonisation ? " )
ルフェーブル大司教は,ある公会議派教皇がそのような列聖を行(おこな)った後,自身の考えかた(じしんの かんがえかた)にどう反応(はんのう)するだろうか想像(そうぞう)したことがあります( "The Archbishop imagines how a Conciliar Pope might react to the idea of his having done any such thing: …" ).その教皇(きょうこう)は「オー・ノー(おー・のー)!もし将来(しょうらい),私が列聖した人物(じんぶつ)が必要な資質(ひつような ししつ)に欠けて(かけて)いるとわかったら( "… “Oh no ! If ever in the future it turns out that the person I canonised did not have all the qualities required, …" ),私は彼の今回一度限りの神聖さ(しんせいさ)( "sanctity" )(に基(もと)づいて)でなく彼の美徳(びとく)( "virtue" )に基(もと)づいて決定(けってい)したと,私の後継者の誰(わたしの こうけいしゃの だれか)かが宣言(せんげん)してもよいではないか」と言うのでしょうか( " … well, some successor of mine may well declare that I made a declaration on that person’s virtue but not a once and for all definition of their sanctity.” " ).教皇の「宣言」( "declaration" )により行(おこな)われた「列聖(れっせい)」( "canonising" )は,出身国の大統領(しゅっしんこくの だいとうりょう)や地元のキリスト教徒(じもとの きりすと きょうと)を喜(よろこ)ばせ( "Meanwhile the “canonising” Pope’s “declaration” has made the President of the local Republic and the local Christians happy, …" ),彼らに祝賀会を開く(しゅくがかいを ひらく)口実を与えた(こうじつを あたえた)ことでしょう( "… and he has given them all an excuse to have a party to celebrate." ).
もし,このことを考えるなら( "If one thinks about it, …" ),ルフェーブル大司教の行った説明(せつめい)は新教会(しんきょうかい)のあらゆることに当て(あて)はまります( "… this explanation of the Archbishop applies to the Newchurch across the board..第二バチカン公会議(だいに ばちかん こうかいぎ)がしていることは( "What we have in Vatican II is …" ),天国に通じる(てんごくに つうじる)神の不変の真理の美しさ(かみの ふへんの しんりの うつくしさ)という難題(なんだい)を( "… is the demanding beauty of God’s unchangeable Truth, which leads to Heaven, …" ),人間(にんげん)の変わり易い幻想(かわりやすい げんそう)という安易な醜さ(あんいな みにくさ)に置き換える(おきかえる)ことです( "… being replaced by the undemanding ugliness of man’s fluid fantasy, which may lead to Hell but enables man, as he thinks, to take the place of God." ).後者(こうしゃ)は人を地獄に陥れる(ひとを じごくに おとしいれる)かもしれませんが,人が(ひとが)神に取って代わる(かみに とって かわる)ことを可能(かのう)にすると,大司教は考えます.このプロセス(ぷろせす)でカギとなる一歩(かぎとなる いっぽ)は人の心(ひとの こころ)を現実(げんじつ)から外れ(はずれ)させることです( "The key step in this process is the unhooking of the mind from reality." ).このプロセスを近代主義(きんだい しゅぎ)(=モダニズム〈もだにずむ〉)( "modernism" )として今日の教会(こんにちの きょうかい)に当てはめるなら( "When the process is applied today to the Church as modernism, …" ),結果(けっか)は以前に起きた(いぜんに おきた)ことまったく異(こと)なるため( "… the results are so totally unlike what went before …" ),新しい現実(あたらしい げんじつ)には,どうしても新教会(しん きょうかい)( "Newchurch" ),新列聖(しん れっせい)( "Newcanonisations" ),新聖人(しん せいじん)( "Newsaints" )等々(とうとう)といった新しい名前(あたらしい なまえ)が必要(ひつよう)になるでしょう( "… that the new realities absolutely call for new names: Newchurch, Newcanonisations, Newsaints, etc.." ).結局(けっきょく)のところ,公会議派の人々(こうかいぎはの ひとびと)はなにもかも新しく(あたらしく)することに誇り(ほこり)をもっているということではないでしょうか?( "After all, are not the Conciliarists proud of making everything new ? " )
キリエ・エレイソン.
カトリック信徒は間近(まぢか))にせまった公会議派教皇(こうかいぎは きょうこう)の列聖(れっせい)に誤りはないと信じる必要(あやまりは ない と しんじる ひつよう)などありません( "No Catholic need believe that the imminent canonisation of Conciliar Popes will be infallible, …" ).なぜなら,それは精神腐敗(せいしん ふはい)から生(しょう)じた結果(けっか)なのですから( "… because it will proceed from mind-rot. " ).
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(訳注)
「人間の生命(にんげんの せいめい)」について.
・現世(げんせ)で如何なる宗教(いかなるしゅうきょう)に入信(にゅうしん)していようと
していまい(=無宗教)と,
事実(じじつ)として「世の真の理は唯一(よの まことの ことわりは ゆいいつ)」であり,
カトリック教(公教〈こうきょう〉)ではその「世の唯一の真の理」を「神」と呼ぶ.
・また,現世が存在するように,来世(らいせ)も確かに存在(たしかに そんざい)する.
・現世での生き様(いきざま)の正しさ如何(ただしさ いかん)で,
来世での生命(いのち)が決まる(きまる)のは事実(じじつ)である.
・現世(人生〈じんせい〉)で善人(ぜんにん)であった者(もの),人生の最後の一瞬(じんせいの さいごの いっしゅん)でも悔悛(かいしゅん)して善人となった者(もの)には,
来世での永遠の安息(えいえんの あんそく)(=安らかな休息〈やすらかな きゅうそく〉)が約束(やくそく)されている(=永遠の生命〈えいえんのいのち〉)が,
・現世で他者に憐みを持たない悪人(たしゃに あわれみを もたない あくにん)であった者や,
・人生の最後の瞬間まで悔悛(=回心)(じんせいの さいごの しゅんかんまで かいしゅん〈=かいしん〉)しなかった者は,
・天賦の生命に感謝(てんぷの せいめいに かんしゃ)して人生を正しく全う(じんせいを ただしくまっとう)しなかったため,
また,他人が天賦の生命を全うすることを悪意をもって妨げた(あくいを もって さまたげた)ため,永劫の罰(えいごうの ばつ)を真の神から受ける(まことの かみから うける).
・この真(まこと)の理(ことわり)に,現世の宗教の名前や正邪の如何(しゅうきょうの なまえや せいじゃの いかん)は関係(かんけい)しない.
・この「真理」を
「遍く(あまねく)古今東西(ここんとうざい)の
カトリック(公〈おおやけ〉)の神・公の教え(おおやけの おしえ)」と呼ぶ.
・人間は自分から生まれたのではなく,天の御父なる唯一の真の神から生命(いのち)を授かって(さずかって)父母を通じて(ふぼを つうじて)生まれてくる.
自分の生命(じぶんの せいめい)は,自分ひとりの持ち物(もちもの)ではなく,真の神に対して責任(せきにん)がある.
・神の所有物に関わる事物(かみの しょゆうぶつに かかわる ことぶつ)を,人間が好き勝手に操作する(にんげんが すきかってに そうさする)ことは,万物の創造主たる神(ばんぶつの そうぞうしゅたる かみ)に対する越権行為(えっけん こうい)であり,
・それは神の善に反逆したあらゆる悪の霊(かみの ぜんに はんぎゃくした あらゆる あくの れい)と同様の行為(どうようの こうい)である.
・全能の神(ぜんのうの かみ)は,この世の万物の所業(このよの ばんぶつの しょぎょう)を熟知(じゅくち)される.
・この神の「真理・真実」に手を加える(てを くわえる)者があれば,その者は必然的(ひつぜん てき)に,その「真理」により断罪(だんざい)される.
・この世の万物(このよの ばんぶつ)はすべてこの「真理(=神)」の摂理のうちに存在(「しんり〈=かみ〉」の せつりの うちに そんざい))しており,不滅・不変の普遍的真理(ふめつ・ふへんの ふへんてき しんり)は,決(けっ)して人間の手(にんげんの て)によって移り変わって(うつり かわって)いくようなものにすることはできない.
・唯一の真の神は,御子イエズス・キリストの姿を取られて(おんこ いえずす・きりすとのすがたを とられて),地上に降りて来られ(ちじょうに おりて こられ),聖マリアよりお生まれになり,この「真の理(まことの ことわり)」を証明(しょうめい)された.
・キリストの御母(きりすとの おんはは),聖母(せいぼ)マリア(せいぼ まりあ)は,神の御母(かみの おんはは)であり,キリストを証明される方(しょうめい される かた)であり,私たち人間の信仰(わたしたち にんげんの しんこう)によって人類の御母(じんるいの おんはは)となられ,私たち人類の救霊(きゅうれい)を救世主(きゅうせいしゅ)キリストにとりなされる.
・このカトリックの真理は不変であり,神の被造物にすぎない有限の地上の人間(かみのひぞうぶつに すぎない ゆうげんの ちじょうの にんげん)のように移り変わって(うつり かわって)いくことはない.
・新約聖書・聖ヨハネによる福音書,聖ヨハネによる第一の書簡,聖ヨハネの黙示録,使徒聖パウロの書簡などを参照.
* * *
2014年4月5日土曜日
2012年6月10日日曜日
256 大司教は語る 6/09
エレイソン・コメンツ 第256回 (2012年6月9日)
ルフェーブル大司教 "Archbishop Lefebvre" が聖ピオ十世会のため司教を聖別( "consecrate" )すると最終的に決断されたのは1988年6月のことですが,それまで彼は第二バチカン公会議以降のすべてのカトリック信徒と同じように,同会議が近代世界の風潮(ふうちょう)に従うことでバラバラにし相互に分離させてしまったカトリック教の真実(=真理)とカトリック教の伝統( "…between the Catholic Truth and Catholic Authority" )の間で板挟(いたばさ)みになっておられました.だが,彼はあの決断を下された後,すなわちカトリックの伝統を救う( "the saving of Catholic Tradition" )明瞭(めいりょう)な証(あか)しとなったその決断をされた後は,心の中のあらゆるものを取り戻し,それからおよそ2年半後に死を迎えるまで二度と迷いを示すことはありませんでした( "…never again wavered" ).
ルフェーブル大司教のすっきりした心境 (訳注・ "clear mind".「迷い・雑念から解放され,はっきりと明確に整理された,明瞭に澄(す)み切った思考と心」という意味合い) を示す一例として,彼が1988年8月18日,ドン・トマス・アキナス "Dom Thomas Aquinas" に書き送った書簡(しょかん)があります.当時,ドン・トマスはドン・ジェラール "Dom Gérard" が率いる南フランス,ル・バルーの伝統派ベネディクト修道会( "the Traditional Benedictine monastery in the south of France, le Barroux" )から派生したブラジルの修道院の若い修道院長( "Prior" )でした.悲しいかな,ドン・ジェラールはエコン "Écône" の司教聖別の数日後,聖ピオ十世会と袂(たもと)を分かち(=決別・絶縁し),自身の修道会を公会議派の教会( "the Conciliar Church" )に統合しました.以下がルフェーブル大司教がドン・トマスに宛(あ)てた書簡の内容です:--(訳注後記)
「ル・バルーでの出来事(すなわち,ドン・ジェラールの離脱 "defection" )の前にあなたが出発しなければならなくなったとはなんとも残念なことです.ドン・ジェラールの破滅的な決断( "disastrous decision" )から生じた事態は容易に想像できたことでした.
彼は自ら出した布告( "his declaration" )の中で自分に与えられた権限で可能なものごとが何かを明確に提示し,根本的に全く反伝統派にとどまったまま( "remains fundamentally anti-Traditional" )の近代主義的ローマ(教皇庁)( "modernist Rome" )に従属すること( "to put himself under obedience" )を受け入れると述べています.このことで私は彼と距離を置くことにしました.彼は同時に伝統(主義)派 "Traditionalists" との友情とその支持をそのまま保持したいと願っていますが,これは考えられないことです "inconceivable" .彼は私たちを単に抵抗のために抵抗していると非難しています.私は彼によくよく警告しましたが,彼はそれよりずっと前にすでに心を決めていて,私たちの忠告など気にとめようともしませんでした.
諸々の結果は必然的なものです.だが,私たちはル・バルーとの関係をこれ以上続けることはないでしょう.私たちは忠実な信徒たちに対し,今後私たちの敵たち,私たちの主イエズス・キリストとその普遍的(=全宇宙の)王国( "Universal Kingship" )の敵たちの手に移る事業には支持・支援を与えないよう忠告するつもりです.(ル・バルー付属の)ベネディクト会の修道女たち( "The Benedictine Sisters (attached to le Barroux) " )は深い苦悩のなかにいます.彼女たちは私に会いに来ました.私はあなたに与える忠告と同じ忠告を彼女たちに与えました.すなわち,(訳注・どこにも所属せずに)自由の身のままとどまり,近代主義的ローマ(教皇庁)とのいかなる結びつきも拒(こば)みなさい,というのが私の忠告です.
ドン・ジェラールはあらゆる理屈(りくつ)を用いて私たちの抵抗を崩そうとします.(…)タム神父 "Fr. Tam" が私がこの書簡で書かなかったことをあなたに教えてくださるでしょう.(…)神があなたとあなたの修道院に祝福を賜(たまわ)らんことを.マルセル・ルフェーブル大司教」
その後,ドン・ジェラールはブラジルの修道院を訪れ,彼に従って同修道院が(訳注・第二バチカン公会議体制下の)新教会( "the Newchurch" )に加わるよう仕向けようとしました.だが,若いドン・トマスは勇敢に自分の立場を固守(=堅持)し一歩も引き下がりませんでした.彼の指導下にある修道院はその時いらい伝統派のままとどまっています.上の書簡には書かれていませんが,ルフェーブル大司教は実際にル・バルーの忠実な修道士たちを結集してドン・ジェラールを締(し)め出すよう,ドン・トマスを激励(げきれい)しています!
司教聖別後のルフェーブル大司教のすっきりした心と意志( "clear mind and will" )はこのようなものでした.彼の弟子たちのなかに「基本的には反伝統派のままの近代主義的ローマに従属すること( “under obedience to modernist Rome which remains fundamentally anti-Traditional” )」,すなわち,客観的なカトリック教の伝統( "objective Catholic Tradition" )をおよそ理解しない主観主義的教皇( "a subjectivist Pope" )に従属することを欲(ほっ)している(=望んでいる)( "be wanting to put themselves “under obedience" )ものたちがなぜ今あり得るのだろうかと不思議に思えます.それは,私たちの周りにある主観主義的世界( "the subjectivist world" )で,つねに強まり続ける( "increasing all the time" ),誘惑の力のなせる業(わざ)なのでしょう.主観主義の狂気( "The madness of subjectivism" )はごくあたり前のことになってしまい,いたるところに広がっているため,それに気を留(と)める人はもはやほとんどいなくなっています.「私たちの助けは主の御名のもとにあり.」( " “Our help is in the name of the Lord.” " )(訳注後記)
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第2パラグラフの訳注:
ドン・トマス・アキナス "Dom Thomas Aquinas"
ドン・ジェラール "Dom Gérard" について.
・"Dom" は ラテン語の"Dominus" (主人・管理者・監督者などの意)に由来し,修道院長,司教など称号・肩書きを持つ神父に対する敬称.
・「ドン・ジェラール」 "Dom Gérard" = Dom Gérard Calvet(ドン・ジェラール・カルヴェ).
フランスの伝統ベネディクト修道会所属修道士.ローマ・カトリック司祭.
フランスのル・バルー(プロヴァンス “Provence” 地域)にある「ル・バルーの聖マドレーヌ(マグダレーナ)大修道院」(男子修道院. “the Traditional Benedictine monastery” )の創立者および大修道院長( “premier abbé de l'Abbaye Sainte-Madeleine du Barroux / abbot of the Sainte Madeleine du Barroux abbey in Le Barroux, France ).
・「ドン・トマス・アキナス」 "Dom Thomas Aquinas" = "Dom Thomas Aquinas OSB" .
ドン・ジェラールによる伝統ベネディクト修道会のブラジルにある男子修道院の修道院長.
* * *
最後のパラグラフの訳注:
「私たちの救いは主の御名のもとにあり.」
( “Our help is in the name of the Lord.” )について.
旧約聖書・詩篇:第124篇8節
BOOK OF PSALMS, PSALM CXXIII
“Nisi quia Dominus”
The church giveth glory to God for her deliverance from the hands of her enemies.
123:8
「われらの助けは,
天地をつくられた主のみ名.」
"Our help is in the name of the Lord,
who made heaven and earth."
* * *
ルフェーブル大司教 "Archbishop Lefebvre" が聖ピオ十世会のため司教を聖別( "consecrate" )すると最終的に決断されたのは1988年6月のことですが,それまで彼は第二バチカン公会議以降のすべてのカトリック信徒と同じように,同会議が近代世界の風潮(ふうちょう)に従うことでバラバラにし相互に分離させてしまったカトリック教の真実(=真理)とカトリック教の伝統( "…between the Catholic Truth and Catholic Authority" )の間で板挟(いたばさ)みになっておられました.だが,彼はあの決断を下された後,すなわちカトリックの伝統を救う( "the saving of Catholic Tradition" )明瞭(めいりょう)な証(あか)しとなったその決断をされた後は,心の中のあらゆるものを取り戻し,それからおよそ2年半後に死を迎えるまで二度と迷いを示すことはありませんでした( "…never again wavered" ).
ルフェーブル大司教のすっきりした心境 (訳注・ "clear mind".「迷い・雑念から解放され,はっきりと明確に整理された,明瞭に澄(す)み切った思考と心」という意味合い) を示す一例として,彼が1988年8月18日,ドン・トマス・アキナス "Dom Thomas Aquinas" に書き送った書簡(しょかん)があります.当時,ドン・トマスはドン・ジェラール "Dom Gérard" が率いる南フランス,ル・バルーの伝統派ベネディクト修道会( "the Traditional Benedictine monastery in the south of France, le Barroux" )から派生したブラジルの修道院の若い修道院長( "Prior" )でした.悲しいかな,ドン・ジェラールはエコン "Écône" の司教聖別の数日後,聖ピオ十世会と袂(たもと)を分かち(=決別・絶縁し),自身の修道会を公会議派の教会( "the Conciliar Church" )に統合しました.以下がルフェーブル大司教がドン・トマスに宛(あ)てた書簡の内容です:--(訳注後記)
「ル・バルーでの出来事(すなわち,ドン・ジェラールの離脱 "defection" )の前にあなたが出発しなければならなくなったとはなんとも残念なことです.ドン・ジェラールの破滅的な決断( "disastrous decision" )から生じた事態は容易に想像できたことでした.
彼は自ら出した布告( "his declaration" )の中で自分に与えられた権限で可能なものごとが何かを明確に提示し,根本的に全く反伝統派にとどまったまま( "remains fundamentally anti-Traditional" )の近代主義的ローマ(教皇庁)( "modernist Rome" )に従属すること( "to put himself under obedience" )を受け入れると述べています.このことで私は彼と距離を置くことにしました.彼は同時に伝統(主義)派 "Traditionalists" との友情とその支持をそのまま保持したいと願っていますが,これは考えられないことです "inconceivable" .彼は私たちを単に抵抗のために抵抗していると非難しています.私は彼によくよく警告しましたが,彼はそれよりずっと前にすでに心を決めていて,私たちの忠告など気にとめようともしませんでした.
諸々の結果は必然的なものです.だが,私たちはル・バルーとの関係をこれ以上続けることはないでしょう.私たちは忠実な信徒たちに対し,今後私たちの敵たち,私たちの主イエズス・キリストとその普遍的(=全宇宙の)王国( "Universal Kingship" )の敵たちの手に移る事業には支持・支援を与えないよう忠告するつもりです.(ル・バルー付属の)ベネディクト会の修道女たち( "The Benedictine Sisters (attached to le Barroux) " )は深い苦悩のなかにいます.彼女たちは私に会いに来ました.私はあなたに与える忠告と同じ忠告を彼女たちに与えました.すなわち,(訳注・どこにも所属せずに)自由の身のままとどまり,近代主義的ローマ(教皇庁)とのいかなる結びつきも拒(こば)みなさい,というのが私の忠告です.
ドン・ジェラールはあらゆる理屈(りくつ)を用いて私たちの抵抗を崩そうとします.(…)タム神父 "Fr. Tam" が私がこの書簡で書かなかったことをあなたに教えてくださるでしょう.(…)神があなたとあなたの修道院に祝福を賜(たまわ)らんことを.マルセル・ルフェーブル大司教」
その後,ドン・ジェラールはブラジルの修道院を訪れ,彼に従って同修道院が(訳注・第二バチカン公会議体制下の)新教会( "the Newchurch" )に加わるよう仕向けようとしました.だが,若いドン・トマスは勇敢に自分の立場を固守(=堅持)し一歩も引き下がりませんでした.彼の指導下にある修道院はその時いらい伝統派のままとどまっています.上の書簡には書かれていませんが,ルフェーブル大司教は実際にル・バルーの忠実な修道士たちを結集してドン・ジェラールを締(し)め出すよう,ドン・トマスを激励(げきれい)しています!
司教聖別後のルフェーブル大司教のすっきりした心と意志( "clear mind and will" )はこのようなものでした.彼の弟子たちのなかに「基本的には反伝統派のままの近代主義的ローマに従属すること( “under obedience to modernist Rome which remains fundamentally anti-Traditional” )」,すなわち,客観的なカトリック教の伝統( "objective Catholic Tradition" )をおよそ理解しない主観主義的教皇( "a subjectivist Pope" )に従属することを欲(ほっ)している(=望んでいる)( "be wanting to put themselves “under obedience" )ものたちがなぜ今あり得るのだろうかと不思議に思えます.それは,私たちの周りにある主観主義的世界( "the subjectivist world" )で,つねに強まり続ける( "increasing all the time" ),誘惑の力のなせる業(わざ)なのでしょう.主観主義の狂気( "The madness of subjectivism" )はごくあたり前のことになってしまい,いたるところに広がっているため,それに気を留(と)める人はもはやほとんどいなくなっています.「私たちの助けは主の御名のもとにあり.」( " “Our help is in the name of the Lord.” " )(訳注後記)
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第2パラグラフの訳注:
ドン・トマス・アキナス "Dom Thomas Aquinas"
ドン・ジェラール "Dom Gérard" について.
・"Dom" は ラテン語の"Dominus" (主人・管理者・監督者などの意)に由来し,修道院長,司教など称号・肩書きを持つ神父に対する敬称.
・「ドン・ジェラール」 "Dom Gérard" = Dom Gérard Calvet(ドン・ジェラール・カルヴェ).
フランスの伝統ベネディクト修道会所属修道士.ローマ・カトリック司祭.
フランスのル・バルー(プロヴァンス “Provence” 地域)にある「ル・バルーの聖マドレーヌ(マグダレーナ)大修道院」(男子修道院. “the Traditional Benedictine monastery” )の創立者および大修道院長( “premier abbé de l'Abbaye Sainte-Madeleine du Barroux / abbot of the Sainte Madeleine du Barroux abbey in Le Barroux, France ).
・「ドン・トマス・アキナス」 "Dom Thomas Aquinas" = "Dom Thomas Aquinas OSB" .
ドン・ジェラールによる伝統ベネディクト修道会のブラジルにある男子修道院の修道院長.
* * *
最後のパラグラフの訳注:
「私たちの救いは主の御名のもとにあり.」
( “Our help is in the name of the Lord.” )について.
旧約聖書・詩篇:第124篇8節
BOOK OF PSALMS, PSALM CXXIII
“Nisi quia Dominus”
The church giveth glory to God for her deliverance from the hands of her enemies.
123:8
「われらの助けは,
天地をつくられた主のみ名.」
"Our help is in the name of the Lord,
who made heaven and earth."
* * *
2012年4月22日日曜日
248 公会議の曖昧さ 4/14
エレイソン・コメンツ 第248回 (2012年4月14日)
強くて装備十分な歩兵が敵を追尾しているうちに泥沼(どろぬま)に足を踏み入れた場面を想像してみてください.真実(=真理)で身を固めた勇敢なカトリック信徒が第二バチカン公会議の諸文書を敢(あ)えて批判しようとするとまさに同じ状態にはまります.同会議の文書は曖昧(あいまい)さに満ちた泥沼で ( “quicksand of ambiguity” ),意図的(いとてき)にそのように書かれています.仮に文書が人間の宗教( “religion of man” )をあからさまに押し進めるものだったとしたら,当公会議を構成する神父たち(“the Council Fathers” ,=公会議教父たち)は恐ろしさのあまりその受け入れを拒んだでしょう.だが,新しい宗教は反対者の解釈も受け入れうるように書かれた文書で巧みに偽装されました( “…the new religion was skilfully disguised by the documents being so drawn up that they are open to opposite interpretations.” ).それを示す明快かつ重要な例を見てみましょう.
教皇ヨハネ・パウロ2世が1988年にルフェーブル大司教 “Archbishop Lefebvre” を非難する際に用いたカトリックの伝統に関するテキストは以下の「神の啓示に関する教義憲章」( “Dei Verbum” )第8項から由来しています.「A:伝統 “Tradition” …は聖霊の助力により(カトリック)教会内の使徒たちや諸々(もろもろ)の進歩から生まれる.B:そこでは諸々の現実や伝えられた諸々の言葉を見抜(みぬ)く能力(=洞察力)における成長( “…a growth in insight into the realities and words” )が存在している.この成長はさまざまな形で引き起こされる.C:それ(成長)はそうした物事を心の中で考える信者たちの沈思(ちんし),学習を通じてもたらされる.D:それは信者たちが経験する諸々の霊的現実を深く実感することから生まれる.E:そしてその成長は使徒職を引き継ぐ権利とともに,確かな真理のカリスマを受けた者たちによる説教から生まれる.」
ところで,真のカトリックの伝統( “true Catholic Tradition” )は徹底的に客観的なもの( “…is radically objective” )です.常識が真実 “reality” は客観的なものであり,あらゆる物事は私たちの外部に存在し如何(いか)なる主体とも無縁のものであると言うように,真の教会( “the true Church” )はカトリックの伝統( “Catholic Tradition”.訳注・Catholic=universal,公,普遍)は神から来たもの,神の創造によるものであり “…came from God, and is what he made it,…”,いかなる人間もそれをほんのわずかすらも変えることはできない “…so that no human being can in the least little bit change it.” と教えます.したがって,上に引用したテキストのカトリック的解釈は次のようになります:「A:時の経過とともにカトリック信徒たちが(カトリック)信仰の不変の諸真実 “the unchanging truths of the Faith” をどう理解するかに進歩がある.B:カトリック信徒たちはこれらの諸真実をますます深く理解(考察)することができるようになるが,それは C:それら諸真実を熟考し学習することにより,D:それら諸真実にますます深く突き進むことにより,かつE:その同じ諸真実に関する諸々(もろもろ)の新しい(=新鮮な)側面を説教する司教たちの助けにより( “by the bishops” ),なされる.」 この解釈は完全にカトリック的なものです.なぜならあらゆる変化を時の流れにつれて変わる人間に置いており,信仰の鉱脈( 訳注・(=信仰の遺産) “Deposit of Faith” .「聖書とカトリック聖伝〈=聖なる伝承〉」を指す )すなわち伝統( “Tradition” )を形成する諸真実を少しも変えていないからです.( “This interpretation is perfectly Catholic because all the change is placed in the people who do change down the ages, while no change is placed in the truths revealed that make up the Deposit of Faith, or Tradition.” )
だがここで次に,「神の啓示に関する教義憲章」( “Dei Verbum” )の同じ文言が客観的ではなく,主観的に( “…not objectively, but subjectively,” )解釈され,真実の内容が主観的なカトリック信徒( “the subjective Catholics” )しだいでどのように変えられるかを見てみましょう.「A:カトリックの真実( “Catholic truth” )は時の流れとともに生き,かつ成長する,なぜならB:(現在)生きているカトリック信徒は過去のカトリック信徒が決して持たなかった諸々の洞察力(どうさつりょく)を持っているから,C:彼らは心の中に,自らの内部に,新しく成長した諸真実を見出す,D:すなわち彼らは自分に内在する霊的経験の果実を見出す,そしてまたE:カトリックの真実は司教たちがこれまで未知だったことを説くたびに成長する.なぜなら司教たちは真実でないことを話すはずがないのだから(!)( “…because bishops can tell no untruth (!).” ).」(言い方を変えれば,あなたを気分よくする宗教を持ちなさい.ただし,必ず私たちモダニスト(=現代主義者)に「献金し,祈り,従いなさい」 ( “…but make sure that you “pay, pray and obey” us modernists.” )というわけです.)
ここに大きな問題があります:すなわち,もし誰かが上に引用した「神の啓示に関する教義憲章」( “Dei Verbum” )のテキストをモダニズムを助長するものだと非難するとすれば,(信仰心のない聖職者たちへの信頼以外にほとんど保守しない)「保守的 “conservative” 」カトリック信徒たちは即座にテキストの本当の意味は最初に示した伝統的な意味( “the Traditional meaning” )だと応(こた)えるでしょう.しかしながら,前教皇ヨハネ・パウロ2世が “Ecclesia Dei Adflicta” (の中でこのテキストを用いてルフェーブル大司教を,そして1988年の司教叙階を非難したとき,教皇はテキストをモダニスト的意味あいで解釈したのは明白です(訳注後記).そのような諸々の行為はいかなる言葉よりはるかに多くを語ります.
親愛なる読者の皆さま,あの哀(あわ)れな公会議( “wretched Council” )の不快な曖昧さが分かるまでこのテキスト自体を繰り返しお読みくださり,そしてその二通(ふたとお)りの解釈( “the two interpretations” )をも繰り返しお読みください.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第5パラグラフの訳注:
“Ecclesia Dei Adflicta” について.
・教皇ヨハネ・パウロ2世が,1988年7月2日当時,発表した自発教令( “motu proprio” ).
・自発教令=教皇自身が自発的に発令する教令.
バチカン(ローマ教皇庁=ROMAN CURIA)の公式ウェブサイトより:
・APOSTOLIC LETTER / "ECCLESIA DEI" / OF THE SUPREME PONTIFF JOHN PAUL II / GIVEN MOTU PROPRIO (英語)
“With great affliction the Church has learned of the unlawful episcopal ordination conferred on 30 June last by Archbishop Marcel Lefebvre, which has frustrated all the efforts made during the previous years to ensure the full communion with the Church of the Priestly Fraternity of St. Pius X founded by the same Mons. Lefebvre. … ”
・IOANNIS PAULI II SUMMI PONTIFICIS / ECCLESIA DEI / LITTERAE APOSTOLICAE / MOTU PROPRIO DATAE (ラテン語)
“ECCLESIA DEI adflicta illegitimam cognovit episcopalem ordinationem ab Archiepiscopo Marcello Lefebvre die tricesimo mensis Iunii collatam, unde ad nihilum sunt omnes conatus redacti horum superiorum annorum ut nempe in tuto collocaretur ipsa cum Ecclesia communio Fraternitatis Sacerdotalis a Sancto Pio Decimo quam idem condidit Reverendissimus Dominus Lefebvre. … ”
(直訳)神の教会(は苦痛とともに…)
* * *
強くて装備十分な歩兵が敵を追尾しているうちに泥沼(どろぬま)に足を踏み入れた場面を想像してみてください.真実(=真理)で身を固めた勇敢なカトリック信徒が第二バチカン公会議の諸文書を敢(あ)えて批判しようとするとまさに同じ状態にはまります.同会議の文書は曖昧(あいまい)さに満ちた泥沼で ( “quicksand of ambiguity” ),意図的(いとてき)にそのように書かれています.仮に文書が人間の宗教( “religion of man” )をあからさまに押し進めるものだったとしたら,当公会議を構成する神父たち(“the Council Fathers” ,=公会議教父たち)は恐ろしさのあまりその受け入れを拒んだでしょう.だが,新しい宗教は反対者の解釈も受け入れうるように書かれた文書で巧みに偽装されました( “…the new religion was skilfully disguised by the documents being so drawn up that they are open to opposite interpretations.” ).それを示す明快かつ重要な例を見てみましょう.
教皇ヨハネ・パウロ2世が1988年にルフェーブル大司教 “Archbishop Lefebvre” を非難する際に用いたカトリックの伝統に関するテキストは以下の「神の啓示に関する教義憲章」( “Dei Verbum” )第8項から由来しています.「A:伝統 “Tradition” …は聖霊の助力により(カトリック)教会内の使徒たちや諸々(もろもろ)の進歩から生まれる.B:そこでは諸々の現実や伝えられた諸々の言葉を見抜(みぬ)く能力(=洞察力)における成長( “…a growth in insight into the realities and words” )が存在している.この成長はさまざまな形で引き起こされる.C:それ(成長)はそうした物事を心の中で考える信者たちの沈思(ちんし),学習を通じてもたらされる.D:それは信者たちが経験する諸々の霊的現実を深く実感することから生まれる.E:そしてその成長は使徒職を引き継ぐ権利とともに,確かな真理のカリスマを受けた者たちによる説教から生まれる.」
ところで,真のカトリックの伝統( “true Catholic Tradition” )は徹底的に客観的なもの( “…is radically objective” )です.常識が真実 “reality” は客観的なものであり,あらゆる物事は私たちの外部に存在し如何(いか)なる主体とも無縁のものであると言うように,真の教会( “the true Church” )はカトリックの伝統( “Catholic Tradition”.訳注・Catholic=universal,公,普遍)は神から来たもの,神の創造によるものであり “…came from God, and is what he made it,…”,いかなる人間もそれをほんのわずかすらも変えることはできない “…so that no human being can in the least little bit change it.” と教えます.したがって,上に引用したテキストのカトリック的解釈は次のようになります:「A:時の経過とともにカトリック信徒たちが(カトリック)信仰の不変の諸真実 “the unchanging truths of the Faith” をどう理解するかに進歩がある.B:カトリック信徒たちはこれらの諸真実をますます深く理解(考察)することができるようになるが,それは C:それら諸真実を熟考し学習することにより,D:それら諸真実にますます深く突き進むことにより,かつE:その同じ諸真実に関する諸々(もろもろ)の新しい(=新鮮な)側面を説教する司教たちの助けにより( “by the bishops” ),なされる.」 この解釈は完全にカトリック的なものです.なぜならあらゆる変化を時の流れにつれて変わる人間に置いており,信仰の鉱脈( 訳注・(=信仰の遺産) “Deposit of Faith” .「聖書とカトリック聖伝〈=聖なる伝承〉」を指す )すなわち伝統( “Tradition” )を形成する諸真実を少しも変えていないからです.( “This interpretation is perfectly Catholic because all the change is placed in the people who do change down the ages, while no change is placed in the truths revealed that make up the Deposit of Faith, or Tradition.” )
だがここで次に,「神の啓示に関する教義憲章」( “Dei Verbum” )の同じ文言が客観的ではなく,主観的に( “…not objectively, but subjectively,” )解釈され,真実の内容が主観的なカトリック信徒( “the subjective Catholics” )しだいでどのように変えられるかを見てみましょう.「A:カトリックの真実( “Catholic truth” )は時の流れとともに生き,かつ成長する,なぜならB:(現在)生きているカトリック信徒は過去のカトリック信徒が決して持たなかった諸々の洞察力(どうさつりょく)を持っているから,C:彼らは心の中に,自らの内部に,新しく成長した諸真実を見出す,D:すなわち彼らは自分に内在する霊的経験の果実を見出す,そしてまたE:カトリックの真実は司教たちがこれまで未知だったことを説くたびに成長する.なぜなら司教たちは真実でないことを話すはずがないのだから(!)( “…because bishops can tell no untruth (!).” ).」(言い方を変えれば,あなたを気分よくする宗教を持ちなさい.ただし,必ず私たちモダニスト(=現代主義者)に「献金し,祈り,従いなさい」 ( “…but make sure that you “pay, pray and obey” us modernists.” )というわけです.)
ここに大きな問題があります:すなわち,もし誰かが上に引用した「神の啓示に関する教義憲章」( “Dei Verbum” )のテキストをモダニズムを助長するものだと非難するとすれば,(信仰心のない聖職者たちへの信頼以外にほとんど保守しない)「保守的 “conservative” 」カトリック信徒たちは即座にテキストの本当の意味は最初に示した伝統的な意味( “the Traditional meaning” )だと応(こた)えるでしょう.しかしながら,前教皇ヨハネ・パウロ2世が “Ecclesia Dei Adflicta” (の中でこのテキストを用いてルフェーブル大司教を,そして1988年の司教叙階を非難したとき,教皇はテキストをモダニスト的意味あいで解釈したのは明白です(訳注後記).そのような諸々の行為はいかなる言葉よりはるかに多くを語ります.
親愛なる読者の皆さま,あの哀(あわ)れな公会議( “wretched Council” )の不快な曖昧さが分かるまでこのテキスト自体を繰り返しお読みくださり,そしてその二通(ふたとお)りの解釈( “the two interpretations” )をも繰り返しお読みください.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第5パラグラフの訳注:
“Ecclesia Dei Adflicta” について.
・教皇ヨハネ・パウロ2世が,1988年7月2日当時,発表した自発教令( “motu proprio” ).
・自発教令=教皇自身が自発的に発令する教令.
バチカン(ローマ教皇庁=ROMAN CURIA)の公式ウェブサイトより:
・APOSTOLIC LETTER / "ECCLESIA DEI" / OF THE SUPREME PONTIFF JOHN PAUL II / GIVEN MOTU PROPRIO (英語)
“With great affliction the Church has learned of the unlawful episcopal ordination conferred on 30 June last by Archbishop Marcel Lefebvre, which has frustrated all the efforts made during the previous years to ensure the full communion with the Church of the Priestly Fraternity of St. Pius X founded by the same Mons. Lefebvre. … ”
・IOANNIS PAULI II SUMMI PONTIFICIS / ECCLESIA DEI / LITTERAE APOSTOLICAE / MOTU PROPRIO DATAE (ラテン語)
“ECCLESIA DEI adflicta illegitimam cognovit episcopalem ordinationem ab Archiepiscopo Marcello Lefebvre die tricesimo mensis Iunii collatam, unde ad nihilum sunt omnes conatus redacti horum superiorum annorum ut nempe in tuto collocaretur ipsa cum Ecclesia communio Fraternitatis Sacerdotalis a Sancto Pio Decimo quam idem condidit Reverendissimus Dominus Lefebvre. … ”
(直訳)神の教会(は苦痛とともに…)
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2012年3月19日月曜日
243 転機 (3/10)
エレイソン・コメンツ 第243回 (2012年3月10日)
聖ピオ十世会総長(訳注・“the Society of St Pius X’s Superior General” =フェレー司教)は先月アメリカで説教された際にローマ教皇庁(以下, “ローマ” )と聖ピオ十世会の関係につき( “on Rome-SSPX relations” ),ローマが聖ピオ十世会をありのまま容認するなら両者間でなんらかの実務的な合意が可能かもしれないだろうと述べ,ルフェーブル大司教がそのような取り決めができるなら受け入れ得るとしばしば仰っておられたと言われました.だが,フェレー司教 “Bishop Fellay” はルフェーブル大司教がその趣旨の発言を最後にされたのは1987年だったと付け加えられました.この短い付言の持つ意味はきわめて重要で,とりわけ1988年のルフェーブル大司教による四名の司教叙階という歴史的なドラマ( “…the historic drama of the Episcopal Consecrations of 1988” )のことをあまり知らない若い世代のために,詳しく検討するに値します.
実際のところ,第二バチカン公会議(1962-1965) “the Second Vatican Council (1962-1965)” はドラマの中のドラマ “the drama of dramas” で,これがなければ聖ピオ十世会が存在することはけっしてなかったでしょう.この公会議で世界中のカトリック司教たちの大半が教会の「近代化」( “up-dating” )に関する諸文書に署名し,それによりカトリックの権威派がカトリック伝統派の真理から分かれたのです(訳注・原文 “…split their Catholic authority from the truth of Catholic Tradition” ).それから今日まで,カトリック信徒は権威と真理のいずれかを選ばなければならなくなりました(訳注・原文 “…Catholics had to choose between Authority and Truth” )今でも,カトリック信徒は権威を選べば真理を切望せざるを得ず,真理を選べば権威との結びつきにあこがれるといった状況です( 訳注・原文 “…if they choose Authority, they must long for Truth, and if they choose Truth, they still yearn for union with Authority”.). ルフェーブル大司教は真理を選ばれ( “Archbishop Lefebvre chose Truth…” ),1970年に真理擁護(ようご)のため聖ピオ十世会を創設されました.その後も自らの力の及ぶかぎりローマによる聖ピオ十世会承認を得ることで権威との決別の傷を癒(いや)そうとされました(訳注・原文 “…he did all in his power to heal its split with Authority by striving to obtain Rome’s approval for his Society.” ).ルフェーブル大司教は1987年までローマ教皇庁とのなんらかの実務的な合意達成を繰り返し望み,そのための努力をされたと,フェレイ司教が言われたのはそのためです.
ところが,ルフェーブル大司教は1987年には82歳になっていました.彼は聖ピオ十世会が自らの司教を持たないなら伝統を重んじるその立場は終わりを迎えるに違いないと予期されました.聖ピオ十世会にとってローマから少なくとも司教一人を派遣してもらうことが緊急課題になっていました.だが,ローマは言葉を濁(にご)し続けました.というのも,ローマ自体も司教のいない聖ピオ十世会はやがて消滅すると気づいていたからです.1988年5月,当時のラツィンガー枢機卿(すうききょう “then Cardinal Ratzinger” ,現ローマ教皇の本名+前身)は頑(かたく)なに動こうとしませんでした。このため,ルフェーブル大司教はネオ・モダニスト(新現代主義者)のローマ( “neo-modernist Rome” )にはカトリックの伝統を擁護し承認する意思がまったくない,とはっきり理解しました.大司教は外交で解決を探る時期は終わったと判断し,司教叙階(しきょうじょかい)に踏み切られたのです.この時から,同大司教の言葉によれば,教理を持つかそれとも何も持たないかのいずれかであり,ローマと聖ピオ十世会がなんらかの接触を持つとすれば,その絶対不可欠な前提として,彼の言葉によれば,ローマがカトリック伝統派の偉大な反リベラル諸文書,“the great anti-liberal documents of Catholic Tradition”,すなわち回勅 (かいちょく) パッシェンディ “Pascendi”,クアンタ・クーラ “Quanta Cura” などへの信仰を宣言することが必須だということになったのです.( “…Rome’s profession of Faith in the great anti-liberal documents of Catholic Tradition, e.g. Pascendi, Quanta Cura, etc”. )(訳注後記)
フェレー司教が2月2日の説教で暗に言われたように,ルフェーブル大司教が1991年に死を迎えるまでローマと聖ピオ十世会の間の実務的合意(訳注=実務協定.“practical agreement” )が可能もしくは望ましいと二度と口にすることがなかったのはこのためです.ルフェーブル大司教は生前,権威派から最小限度の真理を引き出そうとあらゆる努力をつくされました.( “Himself he had gone as far as he could to obtain from Authority the minimum requirements of Truth”.) 自分が1988年5月に行ったこと(四人の司教叙階)は行き過ぎだったかもしれないとまで示唆(しさ)されました.しかし,大司教は司教叙階以降,態度をぐらつかせたり妥協したりすることはなく,聖ピオ十世会に同じ立場を堅持(けんじ)するよう促(うなが)されました.
その当時に比べ現在の状況は変わったでしょうか? ローマが不変のカトリック信仰( “the profession of the Faith of all time” )へ立ち帰ったでしょうか? フェレー司教は同じ2月の説教で,ローマは9月14日に明らかにした厳しい立場をやわらげ,今ではありのままの聖ピオ十世会を容認する用意があると公言していると私たちに知らせてくださいましたが,それを聞くと答えはイエスという気もします.だが, 「アッシジ III」(第三回アッシジ諸宗教合同祈祷集会)や前教皇ヨハネ・パウロ2世の新しい(形式による)列福を思い起こすと,聖ピオ十世会に向けてローマの聖職者たちが新たに創出してきたローマの博愛(慈善)じみた好意的な態度の裏にはおそらく,両者間の接触が再構築されしばらく持続するとしても,その幸福感はやがて薄(うす)らぎ,ぼやけてしまい,聖ピオ十世会の新しい教会に対する頑(かたく)なな抵抗はやがて消えてしまうだろうという計算があるのではないかと疑いたくなります.悲しい哉(かな).
( “But one need only recall Assisi III and the Newbeatification of John-Paul II to suspect that behind the Roman churchmen’s new-found benevolence towards the SSPX lies in all likelihood a reliance on the euphoria of re-established and prolonged mutual contact to dilute, wash out and eventually dissolve the SSPX’s so far obstinate resistance to their Newchurch. Alas”. )
「われらの救いは主の御名のうちにあり.」
“Our help is in the name of the Lord.” (訳注後記)
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第3パラグラフの訳注:
回勅(かいちょく) “Encyclical” について
①回勅「パッシェンディ」 原語(ラテン語)+英タイトル
“PASCENDI DOMINICI GREGIS”
("Feeding the Lord's Flock") - 「主の(羊の)群れを牧(ぼく)せよ」
ENCYCLICAL OF POPE (SAINT) PIUS X - 教皇(聖)ピオ10世の回勅
ON THE DOCTRINES OF THE MODERNISTS - 近代主義者の思想信条について.
promulgated on September 8, 1907 - 1907年9月8日に発表された.
・近現代主義者(現代の新現代主義者 “neo-modernist” も含む)の思想信条を糾弾(きゅうだん)する.
・ヨハネによる聖福音書・第21章17節参照(太字部分).(15-19節掲載)
The Holy Gospel of Jesus Christ, according to St. John XXI, 17. (XXI, 15-19)
『…食事の後,イエズスはシモン・ペテロに,
「ヨハネの子シモン,あなたはこの人たちよりも私を愛しているか」と言われた.ペトロは,「主よ,そうです.あなたのご存じのとおり,わたしはあなたを愛しています」と答えると,イエズスは,「私の小羊を牧せよ」と言われた.
また,ふたたび彼に,「ヨハネの子シモン,私を愛しているか」と言われた.「主よ,そうです.あなたもご存じのとおり,私はあなたを愛しています」とペトロが答えると,「私の羊を牧せよ」と言われた.
*¹三たび「私を愛しているか」と言われたのを聞いてペトロは悲しみ,「主よ,あなたはすべてをご存じです.私があなたを愛していることはあなたがご存じです」と答えた.イエズスは彼に「私の羊を牧せよ」と言われた.
それから,「まことにまことに私は言う.あなたは若いとき自ら帯をしめ望む所に行ったが,しかし年をとれば手を伸ばして他の人から帯をしめてもらい,自分の望まぬ所に連れていかれるだろう」と言われた.*²これは,ペトロがどんな死に方をして神に光栄を帰するかを示すために言われたことである.
こう話してのち,ペトロに「私について来なさい」と言われた.』
(注釈)
*¹ 17節 教会の首位権がペトロに与えられた.イエズスはそのすべての群れをペトロに任せた.小羊は信者の群れを意味し,羊は司教,司祭を意味する.
(補足説明) ペトロは神の子キリストの教会の初代教皇となった.
*² 19節 ペトロは十字架にかけられ,ローマにおいて殉教した.
(補足説明) ある宗教が真実のものかどうかは,真理・愛・正義を証明できるほどの真の信仰をもった殉教者がそこから出現しているかどうかで分かる.指導者自らが人の救霊のために殉教し,他の人を生かすため自分自身を犠牲として献げるところに,真理・愛・正義の姿が目に見える形を取って証明される.
これは,永遠の存在たる真の神への信仰とそれに対して注がれる神からの恩寵なくしては,無知で臆病な人間の力だけでは不可能な行いである.
真理(信仰・希望・愛)は永遠に不滅なので,真理に生きるためにこの世(現世)で自分のすべてを犠牲としてささげる人は,来世で「真理すなわち永遠の命」に生きる.
真理たる神は,不信仰な罪深い人間を愛してくださり,永遠の命を与えようと御自分を(御子キリストにおいて)贖(あがな)いの犠牲として差し出された.愛たる神は我欲を追求する人間中心主義の現代主義(モダニズム)によって人が心身ともに堕落し滅びていくのを深く悲しまれ,人の改心(回心)を待たれる.
神は全能であるから,神への信仰はすべてを可能にする.神は必ず助けて下さるから,いかなる時も絶望にはあたらない.
→ヨハネによる聖福音書:第12章24-33節参照.
(受難に向かわれる直前のキリストのみことば)
『…もし一粒の麦が地に落ちて死なぬなら,ただ一つのまま残る.しかし死ねば多くの実を結ぶ.*¹自分の命を愛する人はそれを失い,この世でその命を憎む人は永遠の命のためにそれを保つ.
私に仕えたい人があればついてくるがよい.私がいるところには,私に仕える人もまたいる.もし私に仕えるなら,父はその人を尊(とうと)ばれる.
*²今しも私の霊は騒いでいる.私は何と言おうか,父よ,この時から私を救いたまえと言おうか.だが私がこの時を迎えたのは,そのためなのである.*³父よ,み名の光栄を現したまえ」.
そのとき天から,「私はすでに光栄を現したが,またさらに光栄を現すであろう」と言う声がした.そこにいてこれを聞いた人々は「雷が鳴ったのだ」と言い,他の人々は「天使が話しかけたのだ」と言った.
イエズスは「*⁴あの声が聞こえたのは私のためではなく,あなたたちのためである.今この世の審判が行われ,今*⁵この世のかしら(注・=悪魔)が追い出される.
*⁶私は地上から上げられて,すべての人を私のもとに引き寄せる」と言われたのは,ご自分がどんな死に方をするかを示されるためであった.』
(注釈)
*¹ 25節 この世の命を保とうとも,キリストを否む者は永遠の命を失うであろう.信仰のためにこの世の命を捨てる者は,永遠の命を得る.
*² 27節 イエズスは近い死を思って恐れる.しかし父のみ旨に自分の身をゆだねられる.
*³ 28節 イエズスは,御父の光栄を現すために,身を死にささげられた.イエズスの死は,御父がいかにこの世を愛されたかの証拠である.
*⁴ 30節 この声は,イエズスの死に対する神の印であった.
*⁵ 31節 サタン(悪魔)(14・30,16・11,コリント人への手紙〈第二〉4・4,エフェゾ人への手紙2・2,6・12)はこの世を支配している(ヨハネの手紙〈第一〉5・19).
イエズスの死は人間をサタンの支配下から救った.
*⁶ 32節 十字架の死の暗示であると同時に,復活の日の暗示でもある.この二つの出来事は,同じ奥義の二つの現れにすぎない.
* * *
②回勅「クアンター・クーラー」 原語(ラテン語)+英タイトル
“QUANTA CURA” - 「どれほど大きな配慮」(と……〈この後の文に続く〉)
(注・文頭2語がタイトルとなっている.)
("The Syllabus of Errors") - 「誤謬(ごびゅう=間違い・過〈あやま〉ち)の要旨(ようし)」
ENCYCLICAL OF POPE PIUS IX - 教皇ピオ9世の回勅
CONDEMNING CURRENT ERRORS - 現在の様々な誤謬を糾弾する.
promulgated on December 8, 1864 - 1864年12月8日に発表された.
(補足説明)
誤謬として糾弾の対象となった主な思想信条:
・良心・信仰の自由は各人の人格権として法的に宣言されるべき.
・この人格権はすべて正当に構成された社会で強く主張され,あらゆる市民に内在するものである.
・その権利は絶対的な自由の下に置かれ,教会権威や民間機関からの一切の制約を受けない.
・かかる権利の下で,あらゆる市民はあらゆる考えを(他の一切の権威からの制約を受けることなく),口承(口コミ)・マスコミ報道・出版物またその他あらゆる手段により,広く公(おおや)けにしまた明白に宣言・発表することができる.
・国民(=国政に参加する権利を持つ人の集団すなわち民主主義政府)の意思が最高権威であり,いかなる法・人間・神(宗教)の意思よりも優先する.
・政治秩序の下で成立する既成事実・状況に権力が置かれる(民衆政府の意思決定・行動に正当性を置き権威〈権力〉を持たせる).
・両親は,民法が許可する場合を除き,子供の教育に関わる権利を一切持たない.
・カトリック教徒は,教会法を国家が批准(ひじゅん)しない限り,教会の教えに従う道義的義務がない.
・国家は,教会や宗教的修道会の財産を没収する権利を有する.
など….
(解説)
これらの提案は,以下の目的でなされた:
・当時の欧州諸国において反教権(=聖職者の権威に反対する)政府の樹立を目指すため.
・数年以内に教育を世俗化するため,競合する独自の公立学校を開始せずにカトリックの学校をそのまま引き継(つ)いだり,相続人の財産と競合(きょうごう)する(宗教的)修道会を抑圧するため.
(補足説明)
一人の人間はほんの小さな存在で,その命はあまりに短い.たとえ世界で偉大な人間になったとしても(いまだかつてキリストによらずに真に偉大になった人間は世に一人も出現していない),時代から時代へ後継者をつなげていったとしても,それぞれの人間の意思は神の関与なしにはあまりにも移ろいやすい.
人間に宇宙法則・自然の摂理たる神を変えることはできない.人間はどんなに努力しても万物の支配者とはなれない.
人間は現世で他人を支配することを目指そうとするのではなく,永遠に真の支配者たる神に従うことによって,神の真実性・永遠性にあずかり,それらを自分のものとすることで神と共有し,また同じ信仰を持った人間と共に分かち合うことを目指すべきである.
「現世がすべてで死後の世界はない」と思うのは,あまりに浅はかな考えである.
人間は神を知ることなしに,決して真実を知ることはできない.
だから,人間の我欲の満足の追求を中心に置いている現代主義(モダニズム)は危険であり,人間を心身ともに滅ぼしてしまう致命的な思想である.
* * *
最後の訳注:
「われらの救いは主の御名のうちにあり.」について:
旧約聖書・詩篇:第124篇8節からの引用(太字部分).(第124篇全文掲載)
BOOK OF PSALMS: PSALM 123 Nisi quia Dominus : 8 (123:1-8)
The church giveth glory to God for her deliverance from the hands of her enemies.
イスラエルを救うもの
『第124篇(123)*¹上京の歌.ダビドの作.
主がわれらの味方でなかったら,
――*²イスラエルはこう言うべきだ――
主が味方でなかったら,
人々がわれらに背(そむ)いて立ったとき,
生きながら噛み裂いた(かみさいた)ろう.
彼らがわれらに向かって怒りを燃やしたとき,
そのとき,水はわれらを押し流し,
小川はわれらをのみ,
あわ立つ水に,
飲(の)まれたろう.
その歯のえじきにわれらを与えなかった主は
祝されよ.
われらの魂は小鳥のように逃れた,狩人(かりゅうど)の網(あみ)から.
網は破れ,われらは逃れた.
われらの助けは,
天地をつくられた主のみ名.』
(注釈)
イスラエルを救うもの
*¹ イスラエルの民はさまざまな危険から救い出された.それは神の恵みだった.
*² 神が救いを下さなかったら,イスラエルはどうなったろうか.
* * *
聖ピオ十世会総長(訳注・“the Society of St Pius X’s Superior General” =フェレー司教)は先月アメリカで説教された際にローマ教皇庁(以下, “ローマ” )と聖ピオ十世会の関係につき( “on Rome-SSPX relations” ),ローマが聖ピオ十世会をありのまま容認するなら両者間でなんらかの実務的な合意が可能かもしれないだろうと述べ,ルフェーブル大司教がそのような取り決めができるなら受け入れ得るとしばしば仰っておられたと言われました.だが,フェレー司教 “Bishop Fellay” はルフェーブル大司教がその趣旨の発言を最後にされたのは1987年だったと付け加えられました.この短い付言の持つ意味はきわめて重要で,とりわけ1988年のルフェーブル大司教による四名の司教叙階という歴史的なドラマ( “…the historic drama of the Episcopal Consecrations of 1988” )のことをあまり知らない若い世代のために,詳しく検討するに値します.
実際のところ,第二バチカン公会議(1962-1965) “the Second Vatican Council (1962-1965)” はドラマの中のドラマ “the drama of dramas” で,これがなければ聖ピオ十世会が存在することはけっしてなかったでしょう.この公会議で世界中のカトリック司教たちの大半が教会の「近代化」( “up-dating” )に関する諸文書に署名し,それによりカトリックの権威派がカトリック伝統派の真理から分かれたのです(訳注・原文 “…split their Catholic authority from the truth of Catholic Tradition” ).それから今日まで,カトリック信徒は権威と真理のいずれかを選ばなければならなくなりました(訳注・原文 “…Catholics had to choose between Authority and Truth” )今でも,カトリック信徒は権威を選べば真理を切望せざるを得ず,真理を選べば権威との結びつきにあこがれるといった状況です( 訳注・原文 “…if they choose Authority, they must long for Truth, and if they choose Truth, they still yearn for union with Authority”.). ルフェーブル大司教は真理を選ばれ( “Archbishop Lefebvre chose Truth…” ),1970年に真理擁護(ようご)のため聖ピオ十世会を創設されました.その後も自らの力の及ぶかぎりローマによる聖ピオ十世会承認を得ることで権威との決別の傷を癒(いや)そうとされました(訳注・原文 “…he did all in his power to heal its split with Authority by striving to obtain Rome’s approval for his Society.” ).ルフェーブル大司教は1987年までローマ教皇庁とのなんらかの実務的な合意達成を繰り返し望み,そのための努力をされたと,フェレイ司教が言われたのはそのためです.
ところが,ルフェーブル大司教は1987年には82歳になっていました.彼は聖ピオ十世会が自らの司教を持たないなら伝統を重んじるその立場は終わりを迎えるに違いないと予期されました.聖ピオ十世会にとってローマから少なくとも司教一人を派遣してもらうことが緊急課題になっていました.だが,ローマは言葉を濁(にご)し続けました.というのも,ローマ自体も司教のいない聖ピオ十世会はやがて消滅すると気づいていたからです.1988年5月,当時のラツィンガー枢機卿(すうききょう “then Cardinal Ratzinger” ,現ローマ教皇の本名+前身)は頑(かたく)なに動こうとしませんでした。このため,ルフェーブル大司教はネオ・モダニスト(新現代主義者)のローマ( “neo-modernist Rome” )にはカトリックの伝統を擁護し承認する意思がまったくない,とはっきり理解しました.大司教は外交で解決を探る時期は終わったと判断し,司教叙階(しきょうじょかい)に踏み切られたのです.この時から,同大司教の言葉によれば,教理を持つかそれとも何も持たないかのいずれかであり,ローマと聖ピオ十世会がなんらかの接触を持つとすれば,その絶対不可欠な前提として,彼の言葉によれば,ローマがカトリック伝統派の偉大な反リベラル諸文書,“the great anti-liberal documents of Catholic Tradition”,すなわち回勅 (かいちょく) パッシェンディ “Pascendi”,クアンタ・クーラ “Quanta Cura” などへの信仰を宣言することが必須だということになったのです.( “…Rome’s profession of Faith in the great anti-liberal documents of Catholic Tradition, e.g. Pascendi, Quanta Cura, etc”. )(訳注後記)
フェレー司教が2月2日の説教で暗に言われたように,ルフェーブル大司教が1991年に死を迎えるまでローマと聖ピオ十世会の間の実務的合意(訳注=実務協定.“practical agreement” )が可能もしくは望ましいと二度と口にすることがなかったのはこのためです.ルフェーブル大司教は生前,権威派から最小限度の真理を引き出そうとあらゆる努力をつくされました.( “Himself he had gone as far as he could to obtain from Authority the minimum requirements of Truth”.) 自分が1988年5月に行ったこと(四人の司教叙階)は行き過ぎだったかもしれないとまで示唆(しさ)されました.しかし,大司教は司教叙階以降,態度をぐらつかせたり妥協したりすることはなく,聖ピオ十世会に同じ立場を堅持(けんじ)するよう促(うなが)されました.
その当時に比べ現在の状況は変わったでしょうか? ローマが不変のカトリック信仰( “the profession of the Faith of all time” )へ立ち帰ったでしょうか? フェレー司教は同じ2月の説教で,ローマは9月14日に明らかにした厳しい立場をやわらげ,今ではありのままの聖ピオ十世会を容認する用意があると公言していると私たちに知らせてくださいましたが,それを聞くと答えはイエスという気もします.だが, 「アッシジ III」(第三回アッシジ諸宗教合同祈祷集会)や前教皇ヨハネ・パウロ2世の新しい(形式による)列福を思い起こすと,聖ピオ十世会に向けてローマの聖職者たちが新たに創出してきたローマの博愛(慈善)じみた好意的な態度の裏にはおそらく,両者間の接触が再構築されしばらく持続するとしても,その幸福感はやがて薄(うす)らぎ,ぼやけてしまい,聖ピオ十世会の新しい教会に対する頑(かたく)なな抵抗はやがて消えてしまうだろうという計算があるのではないかと疑いたくなります.悲しい哉(かな).
( “But one need only recall Assisi III and the Newbeatification of John-Paul II to suspect that behind the Roman churchmen’s new-found benevolence towards the SSPX lies in all likelihood a reliance on the euphoria of re-established and prolonged mutual contact to dilute, wash out and eventually dissolve the SSPX’s so far obstinate resistance to their Newchurch. Alas”. )
「われらの救いは主の御名のうちにあり.」
“Our help is in the name of the Lord.” (訳注後記)
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第3パラグラフの訳注:
回勅(かいちょく) “Encyclical” について
①回勅「パッシェンディ」 原語(ラテン語)+英タイトル
“PASCENDI DOMINICI GREGIS”
("Feeding the Lord's Flock") - 「主の(羊の)群れを牧(ぼく)せよ」
ENCYCLICAL OF POPE (SAINT) PIUS X - 教皇(聖)ピオ10世の回勅
ON THE DOCTRINES OF THE MODERNISTS - 近代主義者の思想信条について.
promulgated on September 8, 1907 - 1907年9月8日に発表された.
・近現代主義者(現代の新現代主義者 “neo-modernist” も含む)の思想信条を糾弾(きゅうだん)する.
・ヨハネによる聖福音書・第21章17節参照(太字部分).(15-19節掲載)
The Holy Gospel of Jesus Christ, according to St. John XXI, 17. (XXI, 15-19)
『…食事の後,イエズスはシモン・ペテロに,
「ヨハネの子シモン,あなたはこの人たちよりも私を愛しているか」と言われた.ペトロは,「主よ,そうです.あなたのご存じのとおり,わたしはあなたを愛しています」と答えると,イエズスは,「私の小羊を牧せよ」と言われた.
また,ふたたび彼に,「ヨハネの子シモン,私を愛しているか」と言われた.「主よ,そうです.あなたもご存じのとおり,私はあなたを愛しています」とペトロが答えると,「私の羊を牧せよ」と言われた.
*¹三たび「私を愛しているか」と言われたのを聞いてペトロは悲しみ,「主よ,あなたはすべてをご存じです.私があなたを愛していることはあなたがご存じです」と答えた.イエズスは彼に「私の羊を牧せよ」と言われた.
それから,「まことにまことに私は言う.あなたは若いとき自ら帯をしめ望む所に行ったが,しかし年をとれば手を伸ばして他の人から帯をしめてもらい,自分の望まぬ所に連れていかれるだろう」と言われた.*²これは,ペトロがどんな死に方をして神に光栄を帰するかを示すために言われたことである.
こう話してのち,ペトロに「私について来なさい」と言われた.』
(注釈)
*¹ 17節 教会の首位権がペトロに与えられた.イエズスはそのすべての群れをペトロに任せた.小羊は信者の群れを意味し,羊は司教,司祭を意味する.
(補足説明) ペトロは神の子キリストの教会の初代教皇となった.
*² 19節 ペトロは十字架にかけられ,ローマにおいて殉教した.
(補足説明) ある宗教が真実のものかどうかは,真理・愛・正義を証明できるほどの真の信仰をもった殉教者がそこから出現しているかどうかで分かる.指導者自らが人の救霊のために殉教し,他の人を生かすため自分自身を犠牲として献げるところに,真理・愛・正義の姿が目に見える形を取って証明される.
これは,永遠の存在たる真の神への信仰とそれに対して注がれる神からの恩寵なくしては,無知で臆病な人間の力だけでは不可能な行いである.
真理(信仰・希望・愛)は永遠に不滅なので,真理に生きるためにこの世(現世)で自分のすべてを犠牲としてささげる人は,来世で「真理すなわち永遠の命」に生きる.
真理たる神は,不信仰な罪深い人間を愛してくださり,永遠の命を与えようと御自分を(御子キリストにおいて)贖(あがな)いの犠牲として差し出された.愛たる神は我欲を追求する人間中心主義の現代主義(モダニズム)によって人が心身ともに堕落し滅びていくのを深く悲しまれ,人の改心(回心)を待たれる.
神は全能であるから,神への信仰はすべてを可能にする.神は必ず助けて下さるから,いかなる時も絶望にはあたらない.
→ヨハネによる聖福音書:第12章24-33節参照.
(受難に向かわれる直前のキリストのみことば)
『…もし一粒の麦が地に落ちて死なぬなら,ただ一つのまま残る.しかし死ねば多くの実を結ぶ.*¹自分の命を愛する人はそれを失い,この世でその命を憎む人は永遠の命のためにそれを保つ.
私に仕えたい人があればついてくるがよい.私がいるところには,私に仕える人もまたいる.もし私に仕えるなら,父はその人を尊(とうと)ばれる.
*²今しも私の霊は騒いでいる.私は何と言おうか,父よ,この時から私を救いたまえと言おうか.だが私がこの時を迎えたのは,そのためなのである.*³父よ,み名の光栄を現したまえ」.
そのとき天から,「私はすでに光栄を現したが,またさらに光栄を現すであろう」と言う声がした.そこにいてこれを聞いた人々は「雷が鳴ったのだ」と言い,他の人々は「天使が話しかけたのだ」と言った.
イエズスは「*⁴あの声が聞こえたのは私のためではなく,あなたたちのためである.今この世の審判が行われ,今*⁵この世のかしら(注・=悪魔)が追い出される.
*⁶私は地上から上げられて,すべての人を私のもとに引き寄せる」と言われたのは,ご自分がどんな死に方をするかを示されるためであった.』
(注釈)
*¹ 25節 この世の命を保とうとも,キリストを否む者は永遠の命を失うであろう.信仰のためにこの世の命を捨てる者は,永遠の命を得る.
*² 27節 イエズスは近い死を思って恐れる.しかし父のみ旨に自分の身をゆだねられる.
*³ 28節 イエズスは,御父の光栄を現すために,身を死にささげられた.イエズスの死は,御父がいかにこの世を愛されたかの証拠である.
*⁴ 30節 この声は,イエズスの死に対する神の印であった.
*⁵ 31節 サタン(悪魔)(14・30,16・11,コリント人への手紙〈第二〉4・4,エフェゾ人への手紙2・2,6・12)はこの世を支配している(ヨハネの手紙〈第一〉5・19).
イエズスの死は人間をサタンの支配下から救った.
*⁶ 32節 十字架の死の暗示であると同時に,復活の日の暗示でもある.この二つの出来事は,同じ奥義の二つの現れにすぎない.
* * *
②回勅「クアンター・クーラー」 原語(ラテン語)+英タイトル
“QUANTA CURA” - 「どれほど大きな配慮」(と……〈この後の文に続く〉)
(注・文頭2語がタイトルとなっている.)
("The Syllabus of Errors") - 「誤謬(ごびゅう=間違い・過〈あやま〉ち)の要旨(ようし)」
ENCYCLICAL OF POPE PIUS IX - 教皇ピオ9世の回勅
CONDEMNING CURRENT ERRORS - 現在の様々な誤謬を糾弾する.
promulgated on December 8, 1864 - 1864年12月8日に発表された.
(補足説明)
誤謬として糾弾の対象となった主な思想信条:
・良心・信仰の自由は各人の人格権として法的に宣言されるべき.
・この人格権はすべて正当に構成された社会で強く主張され,あらゆる市民に内在するものである.
・その権利は絶対的な自由の下に置かれ,教会権威や民間機関からの一切の制約を受けない.
・かかる権利の下で,あらゆる市民はあらゆる考えを(他の一切の権威からの制約を受けることなく),口承(口コミ)・マスコミ報道・出版物またその他あらゆる手段により,広く公(おおや)けにしまた明白に宣言・発表することができる.
・国民(=国政に参加する権利を持つ人の集団すなわち民主主義政府)の意思が最高権威であり,いかなる法・人間・神(宗教)の意思よりも優先する.
・政治秩序の下で成立する既成事実・状況に権力が置かれる(民衆政府の意思決定・行動に正当性を置き権威〈権力〉を持たせる).
・両親は,民法が許可する場合を除き,子供の教育に関わる権利を一切持たない.
・カトリック教徒は,教会法を国家が批准(ひじゅん)しない限り,教会の教えに従う道義的義務がない.
・国家は,教会や宗教的修道会の財産を没収する権利を有する.
など….
(解説)
これらの提案は,以下の目的でなされた:
・当時の欧州諸国において反教権(=聖職者の権威に反対する)政府の樹立を目指すため.
・数年以内に教育を世俗化するため,競合する独自の公立学校を開始せずにカトリックの学校をそのまま引き継(つ)いだり,相続人の財産と競合(きょうごう)する(宗教的)修道会を抑圧するため.
(補足説明)
一人の人間はほんの小さな存在で,その命はあまりに短い.たとえ世界で偉大な人間になったとしても(いまだかつてキリストによらずに真に偉大になった人間は世に一人も出現していない),時代から時代へ後継者をつなげていったとしても,それぞれの人間の意思は神の関与なしにはあまりにも移ろいやすい.
人間に宇宙法則・自然の摂理たる神を変えることはできない.人間はどんなに努力しても万物の支配者とはなれない.
人間は現世で他人を支配することを目指そうとするのではなく,永遠に真の支配者たる神に従うことによって,神の真実性・永遠性にあずかり,それらを自分のものとすることで神と共有し,また同じ信仰を持った人間と共に分かち合うことを目指すべきである.
「現世がすべてで死後の世界はない」と思うのは,あまりに浅はかな考えである.
人間は神を知ることなしに,決して真実を知ることはできない.
だから,人間の我欲の満足の追求を中心に置いている現代主義(モダニズム)は危険であり,人間を心身ともに滅ぼしてしまう致命的な思想である.
* * *
最後の訳注:
「われらの救いは主の御名のうちにあり.」について:
旧約聖書・詩篇:第124篇8節からの引用(太字部分).(第124篇全文掲載)
BOOK OF PSALMS: PSALM 123 Nisi quia Dominus : 8 (123:1-8)
The church giveth glory to God for her deliverance from the hands of her enemies.
イスラエルを救うもの
『第124篇(123)*¹上京の歌.ダビドの作.
主がわれらの味方でなかったら,
――*²イスラエルはこう言うべきだ――
主が味方でなかったら,
人々がわれらに背(そむ)いて立ったとき,
生きながら噛み裂いた(かみさいた)ろう.
彼らがわれらに向かって怒りを燃やしたとき,
そのとき,水はわれらを押し流し,
小川はわれらをのみ,
あわ立つ水に,
飲(の)まれたろう.
その歯のえじきにわれらを与えなかった主は
祝されよ.
われらの魂は小鳥のように逃れた,狩人(かりゅうど)の網(あみ)から.
網は破れ,われらは逃れた.
われらの助けは,
天地をつくられた主のみ名.』
(注釈)
イスラエルを救うもの
*¹ イスラエルの民はさまざまな危険から救い出された.それは神の恵みだった.
*² 神が救いを下さなかったら,イスラエルはどうなったろうか.
* * *
2011年4月21日木曜日
これから何処へ?
エレイソン・コメンツ 第194回 (2011年4月2日)
ローマ教皇庁と聖ピオ十世会との間で過去一年半にわたり行われた教理上の論議は,ローマを改宗(宗旨替え)させることも聖ピオ十世会を裏切らせることもできなかったように思われますが,もしその通りだとすると,今後私たちはこれから何処(どこ)へ向かうのだろうか? という疑問が生じます.第二バチカン公会議の危機が証明したことがあるとすれば,それは疑いなくカトリック信徒たちがひとつの疑問について単に指導者に盲目的に従うのでなく自分自身で考えてみる必要があるということです - 世界中の数百万人のカトリック信徒たちは相変わらず徐々に背教に導かれ続けているのではないだろうか?と.だからこそ,一人の戦うフランス人信徒( “a fighting Gaul” )が聖ピオ十世会の司教たちに対し三つの質問を投げかけたのです.いずれも深刻な問いかけで,きちんと答えて然(しか)るべきものです.(彼の質問は要約かつ編集されたものです):--
質問: あなたのご意見では,25年前に前教皇ヨハネ・パウロ二世がアッシジで開催した多宗教間の宗派を超えた出会いの行事を厳粛に祝う記念式典としての,第三回アッシジ諸宗教合同祈祷集会(以下,「アッシジ III」)に関する最近の発表は,現教皇ベネディクト十六世により引き継がれている世界宗教一致運動の進路として私たちがすでに知っているものに何か新しいことをつけ加えるものでしょうか?
答え: そのこと(アッシジ III 開催の発表)は,ローマのカトリック教会指導部が,あらゆる種類の誤った宗教にカトリック教会の公式承認を与えるという破滅的な進路に固執していることを示す証拠が新たにまた一つ加わったということです.かつてルフェーブル大司教は,「ローマがカトリックの信仰を喪失していないと私たちが言えるとは思いません」と仰(おっしゃ)いました.
質問: あなたのご意見では,この発表が,聖ピオ十世会とローマ教皇庁との間で行われた教理上の論議が時宜(じぎ)を得たものだったと証明するものでしょうか,それとも反証するものなのでしょうか?
答え: 発表は疑いなく教理上の論議の終結のタイミングが良かったことを証明するものです.デ・ガラレタ司教がいみじくも言われたように,その論議が進行中の間は確かに付随的な利点がありました(7月10日付のエレイソン・コメンツ第156回をご参照ください).だが,論議が行われたこと自体が不利益をもたらしました.すなわち,実際には全く相いれない二つの教義上の立場の間で見せかけの和解が生まれるのではないかとの誤った希望もしくは本当の不安を人々の心に生み出したのです.アッシジ III の発表はそうした希望や不安を少なくとも当分の間終らせるのに役立ちました.ただし,夢想家たちは相変わらず自分の夢に固執しています!
質問: ちょうど第一回アッシジ諸宗教合同祈祷集会(以下「アッシジ I」)が1988年のルフェーブル大司教による四人の司教叙階の主要な誘因となったように,アッシジ III の発表も聖ピオ十世会がさらに多くの司教を叙階するのを後押しすることになるでしょうか?
答え: 聖ピオ十世会の総長が二か月前アメリカ合衆国でその問いに答えています.総長はその際,もしルフェーブル大司教を司教叙階に駆り立てた1988年当時の状況が再現するなら,新たな司教が増えることになるだろうと述べました.ここで問題となるのは,アッシジ III を取り巻く状況がアッシジ I の時の状況の繰り返しだろうか?ということです.この点については意見が様々あるとしか答えようがありません.多くの真面目なカトリック信徒たちは状況がずっと悪化していると考えていますが,これは必ずしも聖ピオ十世会にとってこのように重要な決定事項に関し同会の総長として責任をもつフェレイ司教の意見ではありません.
では私たちの最初の問いに戻ります.聖ピオ十世会は今後何処へ行くべきでしょうか? 答えは明瞭です.聖ピオ十世会は,これまで通り同会の創立者(=ルフェーブル大司教)が定めた道に従って歩み続けていくべきです.すなわち,ローマ教皇庁における(少なくとも客観的に見ての)背教者に断固として抵抗し,それなしには解決できないカトリック教会や世界の様々な問題に対するルフェーブル大司教の診断をできる限り広範囲の人々に知らせることです.ルフェーブル大司教の解決策は単純明快です.すなわち,神のより大いなる栄光のため,そして可能なかぎりの多くの霊魂を救済するため,第二バチカン公会議以前のカトリック教理といつの世にも変わることのない倫理・道徳に則(のっと)ったカトリック教的生活をひたすら守り続けていくことです.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
ローマ教皇庁と聖ピオ十世会との間で過去一年半にわたり行われた教理上の論議は,ローマを改宗(宗旨替え)させることも聖ピオ十世会を裏切らせることもできなかったように思われますが,もしその通りだとすると,今後私たちはこれから何処(どこ)へ向かうのだろうか? という疑問が生じます.第二バチカン公会議の危機が証明したことがあるとすれば,それは疑いなくカトリック信徒たちがひとつの疑問について単に指導者に盲目的に従うのでなく自分自身で考えてみる必要があるということです - 世界中の数百万人のカトリック信徒たちは相変わらず徐々に背教に導かれ続けているのではないだろうか?と.だからこそ,一人の戦うフランス人信徒( “a fighting Gaul” )が聖ピオ十世会の司教たちに対し三つの質問を投げかけたのです.いずれも深刻な問いかけで,きちんと答えて然(しか)るべきものです.(彼の質問は要約かつ編集されたものです):--
質問: あなたのご意見では,25年前に前教皇ヨハネ・パウロ二世がアッシジで開催した多宗教間の宗派を超えた出会いの行事を厳粛に祝う記念式典としての,第三回アッシジ諸宗教合同祈祷集会(以下,「アッシジ III」)に関する最近の発表は,現教皇ベネディクト十六世により引き継がれている世界宗教一致運動の進路として私たちがすでに知っているものに何か新しいことをつけ加えるものでしょうか?
答え: そのこと(アッシジ III 開催の発表)は,ローマのカトリック教会指導部が,あらゆる種類の誤った宗教にカトリック教会の公式承認を与えるという破滅的な進路に固執していることを示す証拠が新たにまた一つ加わったということです.かつてルフェーブル大司教は,「ローマがカトリックの信仰を喪失していないと私たちが言えるとは思いません」と仰(おっしゃ)いました.
質問: あなたのご意見では,この発表が,聖ピオ十世会とローマ教皇庁との間で行われた教理上の論議が時宜(じぎ)を得たものだったと証明するものでしょうか,それとも反証するものなのでしょうか?
答え: 発表は疑いなく教理上の論議の終結のタイミングが良かったことを証明するものです.デ・ガラレタ司教がいみじくも言われたように,その論議が進行中の間は確かに付随的な利点がありました(7月10日付のエレイソン・コメンツ第156回をご参照ください).だが,論議が行われたこと自体が不利益をもたらしました.すなわち,実際には全く相いれない二つの教義上の立場の間で見せかけの和解が生まれるのではないかとの誤った希望もしくは本当の不安を人々の心に生み出したのです.アッシジ III の発表はそうした希望や不安を少なくとも当分の間終らせるのに役立ちました.ただし,夢想家たちは相変わらず自分の夢に固執しています!
質問: ちょうど第一回アッシジ諸宗教合同祈祷集会(以下「アッシジ I」)が1988年のルフェーブル大司教による四人の司教叙階の主要な誘因となったように,アッシジ III の発表も聖ピオ十世会がさらに多くの司教を叙階するのを後押しすることになるでしょうか?
答え: 聖ピオ十世会の総長が二か月前アメリカ合衆国でその問いに答えています.総長はその際,もしルフェーブル大司教を司教叙階に駆り立てた1988年当時の状況が再現するなら,新たな司教が増えることになるだろうと述べました.ここで問題となるのは,アッシジ III を取り巻く状況がアッシジ I の時の状況の繰り返しだろうか?ということです.この点については意見が様々あるとしか答えようがありません.多くの真面目なカトリック信徒たちは状況がずっと悪化していると考えていますが,これは必ずしも聖ピオ十世会にとってこのように重要な決定事項に関し同会の総長として責任をもつフェレイ司教の意見ではありません.
では私たちの最初の問いに戻ります.聖ピオ十世会は今後何処へ行くべきでしょうか? 答えは明瞭です.聖ピオ十世会は,これまで通り同会の創立者(=ルフェーブル大司教)が定めた道に従って歩み続けていくべきです.すなわち,ローマ教皇庁における(少なくとも客観的に見ての)背教者に断固として抵抗し,それなしには解決できないカトリック教会や世界の様々な問題に対するルフェーブル大司教の診断をできる限り広範囲の人々に知らせることです.ルフェーブル大司教の解決策は単純明快です.すなわち,神のより大いなる栄光のため,そして可能なかぎりの多くの霊魂を救済するため,第二バチカン公会議以前のカトリック教理といつの世にも変わることのない倫理・道徳に則(のっと)ったカトリック教的生活をひたすら守り続けていくことです.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
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