エレイソン・コメンツ 第440回 (2015年12月19日)
世界の救世主は冷たい藁(わら)の上に横たわっておられます.
偉大な神よ,私たちが彼を再び苦しめるようにさせないでください!
The Saviour of the World lies on cold straw –
Great God, grant us to hurt him never more !
かつてキリスト教がゆきわたっていた国々で今日見られるクリスマスの様相と旧約聖書の随所に記されている救世主到来の預言とはなんと対照的なことでしょうか!これは,その国々の始まりと終わりの対照です.ユダヤ人が2千年以上かけて準備したキリスト(=救世主)の到来は,異邦人国諸国が彼の教会を通じて神に仕えることを受け入れるようにしましたが,その時ユダヤ人は不思議なことにそうすることを放棄しました.今はそれら諸国の終わりの時です.今度は異邦人国諸国が神を見捨てようとしているからです.私たちは旧約聖書に含まれる何百もの救世主にかかわる言葉の中からいくつかを選んで読み返すことにより,救世主の使命の栄誉と無限の偉大さ,そして彼に背を向けることの重大さを思い起こしてみましょう.(訳注・「キリスト(基督)」=「救世主」=「メシア/メサイア」
What a contrast there is between today's Christmas scene in the once Christian nations, and the prophecies of the Messiah to come, which are scattered throughout the Old Testament ! It is the contrast between the beginning and the end of those nations. It was the coming of Christ, prepared by the Jews over two thousand years, which through his Church forged those nations (Gentiles) to take up the service of God when the Jews mysteriously chose to abandon it. Today is the end of the time of those nations because they are now abandoning God in their turn. Let us remind ourselves of the glory and infinite greatness of the Messiah's mission, and of the seriousness of turning our backs on him, by a random selection from the hundreds of messianic quotes in the Old Testament:--
1.ダビド(紀元前1000年)- 救世主はユダヤ人たちによって絶縁されるだろう(詩篇・第22〈21〉篇7-8節).彼は異邦人たちを改宗させるだろう(詩篇・第22〈21〉篇28節).彼は苦悩の中で笑いものにされるだろう(詩篇・第22〈21〉篇7-9節).彼の敵たちは彼の手足を突き通し,その衣服を得るためくじ引きをするだろう(詩篇・第22〈21〉篇17,19節).彼らは救世主に酢を与え飲ませるだろう(詩篇・第68篇22節).
1. David (1000 B.C.) - the messiah would be disowned by the Jews (Ps. XXI, 7-8). He would convert the Gentiles (Ps. XXI, 28). He would be betrayed by a disciple (Ps. XL, 10). He would be mocked in His agony (Ps. XXI, 7-9). His enemies would pierce His hands and His feet, and cast lots for his garments (Ps. XXI, 17, 19). They would give Him vinegar to drink (Ps.LXVIII, 22).
2.イザヤ(紀元前720年) - 救世主は諸国を改宗させるだろう(第2章2-3節).彼はおとめ(処女)から生まれるだろう(第7章14節).彼は王たちから王の子として敬愛されるだろう(第9章6-7節).彼は先駆者をともない,その先駆者は人々が彼を迎える用意をするだろう(第15章3-4節).彼は温厚そのものだろう(第17章1-3節).彼は苦しみの人だろう(第53章3節).彼は私たちの罪を償うため自らの命を差し出すだろう(第53章5節).彼はけっして不平を漏らさないだろう(第53章7節).彼は悪人の数に入れられるだろう(第53章12節).彼は世界に君臨するだろう(第55章5節).彼の教会は,彼の配偶者であり,彼に数多くの子供たちを与えるだろう(第66章18-23節).
2. Isaias (720 B.C.) - The Messiah would convert the nations(II, 2-3).He would be born of a virgin (VII, 14). He would be adored by kings as a child (IX, 6-7). He would have a precursor; the precursor would prepare the people for Him (XL, 3-4). He would be mildness itself (XLII, 1-3). He would be a man of sorrows (LIII, 3). He would give His life to expiate for our sins (LIII, 5). He would never complain (LIII, 7). He would seem to be a criminal (LIII, 12). He would reign over the world LV, 5). His Church, His spouse, would give Him a multitude of children (LXVI, 18-23).
3.ホゼア(紀元前600年) - 救世主は彼の御父の命令を受けエジプトから帰るだろう(第11章1節).彼は諸国を改宗させるだろう(第2章19-24節).ユダヤ人たちは彼を拒むことにより世界中に散り散りになるだろう(第9章17節).
3. Osee (600 B.C.) - The Messiah would return from Egypt by order of His Father (XI, 1). He would convert the nations (II, 19-24). The Jews would be scattered throughout the world for denying Him (IX, 17).
4.ミカヤ(紀元前600年)- 救世主はベトレヘムで生まれ,神および人間として存在するだろう(第5章2節).彼は諸国を改宗させるだろう(第4章2-3節).彼は私たちのゆる(赦)しの秘蹟となるだろう(第7章18-20節).
4. Micheas (600 B.C.) - The Messiah would be born in Bethlehem and he would be both God and Man (V, 2). He would convert the nations (IV, 2-3). He would be our reconciliation (VII, 18-20).
5.ヨエル 紀元前600年)- 救世主は彼の教会に聖霊を遣わし,神の民は預言を行うだろう(第2章28-29節).救世主は権威をもって世界に審判を下すため訪れるだろう(第3章2節).
5. Joel (600 B.C.) - The Messiah would send the Holy Ghost upon His Church and the faithful would prophesy (II, 28-29). The Messiah would come to judge the world in Power (III, 2).
6.エレミア(紀元前600年)- 救世主の誕生は無実の子供たちの殺害により知らされ,母たちは嘆くだろう(第31章15節).彼は諸国を改宗させ,人々との間に最初の契約(旧約)より完全な新しい契約(新約)を確立するだろう(第31章31-34節).
6. Jeremias (600 B.C.) - The Messiah's birth would be known by the slaughter of innocent children for whom their mothers would weep (XXXI, 18). He would convert the nations and establish a new covenant with the people, more perfect than the first (XXXI, 31-34).
7.エゼキエル(紀元前500年)- 救世主はダビド王の家系から誕生するだろう(第17章22節) .彼はダビド家の王冠を受けるだろう(第21章27節).
7. Ezechiel (580 B.C.) - The Messiah would be of the race of David (XVII, 22). He would receive the crown of the royal house of David (XXI, 27).
8.ダニエル(紀元前500年)- 救世主はバビロン捕囚後のエルサレム再建布告から数えて490年後に到来するだろう.彼は美徳による統治を再興するだろう.しかし彼はユダヤ人たちに拒まれ処刑されるだろう.またエルサレムの神殿と市街は破壊されるだろう.そしてユダヤ人たちは永遠に孤立状態に置かれるだろう(第9章24-27節).
8. Daniel (500 B.C.) - The Messiah would come in 490 years from the decree to rebuild Jerusalem after. the Babylonian captivity He would re-establish the reign of virtue; He would be denied by the Jews and put to death; the temple and the city of Jerusalem would be destroyed; the Jews would be in a state of desolation until the end of time (IX, 24-27).
こうした引用を読み直すと救世主が彼の民ユダヤ人といかに離(はな)れがたい存在だったか,それにもかかわらずユダヤ人がいかにして彼から離れたかが分かります.救世主によって神は民族でなく信仰に基づいて選ばれた新しい人々を育まれました.そして今,その人たちも物質主義に溺(おぼ)れようとしています.主よ,一年のこの時期に,神がいかに世界を変えられたか,そして神なしでは,世界がいかに壊滅(かいめつ)的に変わってしまうかを私たちに思い出させてください.
To read these quotes again is to be reminded how inseparable the Messiah was from his people, the Jews, and yet how they have separated themselves from him ever since. By him God raised a new people, chosen by faith instead of race, and now that people also is wallowing in materialism. Lord, grant us at this time of year to remember how he changed the world, and how, without him, it is changing catastrophically back.
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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解説付き邦訳文を,追って掲載いたします.
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本投稿記事・第440回エレイソン・コメンツ「救世主到来」(2015年12月19日付)"ELEISON COMMENTS CDXL (Dec. 19, 2015) : "COMING MESSIAH" は2015年12月24日20時25分に掲載されました.
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2015年12月19日土曜日
2015年9月26日土曜日
428 目覚めよ,欧州! 9/26
(解説付き)
欧州よ,貴方達は今
巧みに偽装された
侵略を受けています.
(おうしゅう よ,あなた たち は いま
たくみ に ぎそう された
しんりゃく を うけて います.)
( "Europe, you're being invaded with great skill." )
神の下へ戻りなさい.
然も無(亡)ければ,
侵略は更に続くでしょう.
(かみのもとへもどりなさい.
さもなければ,
しんりゃくはさらにつづくでしょう.)
( "Return to God, or be invaded still." )
エレイソン・コメンツ 第428回 (2015年9月26日)
若し目覚めて居ない読者が居るなら,目覚ませてあげましょう(もし めざめて いない どくしゃ が いる なら,めざませて あげましょう)( "If any readers have not yet woken up, let them wake up." ).数日前( "A report of a few days ago …" ),ドイツ(独逸)在住の一読者が以下にご紹介するニュースを伝えてくれ(呉れ)ました(すうじつ まえ,どいつ ざいじゅう の いち どくしゃ が いかに ごしょうかい する にゅーすを つたえて くれ ました).嘘が多く,真実を殆ど(殆んど)伝えない堕落したメディアが決して伝えないニュースです(うそが おおく,しんじつを ほとんど つたえない だらく した めでぃあが けっして つたえない にゅーす です).(もっとも(尤も),堕落したメディアは本質的に私達自身の責任では無いでしょうか…?)(もっとも,だらく した めでぃあは ほんしつ てきに わたくし たち じしんの せきにん では ない でしょうか…?)( "… from a reader in Germany tells of news never reported in our vile media, vile precisely because they tell so many lies and so little truth (but is it not we the people who are essentially responsible for our media...?). " )
「ドイツ(独逸),オーストリア(墺太利)と南東の近隣諸国は過去数か月の間(どいつ,おーすとりあ と なんとうの きんりん しょこく は かこ すうかげつ の あいだ),自らを『難民』と偽る外国人の挑戦的な侵略を受けて来ました(みずからを『なんみん』と いつわる がいこくじん の ちょうせん てき な しんりゃく を うけて きました).其の多くは争い事を求めてうずうずしている若者達です(その おおく は あらそい ごと を もとめて うずうず している わかもの たち です)( " “Germany, Austria and neighbouring lands to the south-east have been undergoing for the last few months an aggressive invasion of foreigners disguised as “refugees”, a large majority of whom are young men, spoiling for a fight." ).ドイツ(独逸)・バイエルン州のゼーホファー首相は青ざめた(青褪めた・蒼褪めた)表情で先週の日曜日(どいつ・ばいえるん しゅう の ぜーほふぁー しゅしょう は あお ざめた ひょうじょう で せんしゅう の にちようび),地元のテレビ局に対し同州の法と秩序は崩壊寸前だと語りました(じもと の てれび きょく に たいし どう しゅう の ほう と ちつじょ は ほうかい すんぜん だ と かたり ました)( "Bavaria's Minister-President Seehofer, looking as pale as a sheet, said on local TV last Sunday that law and order were on the brink of collapse." ).だが,神の敵に仕える私達の傀儡(かいらい)政府とマスメディアは(だが,かみ の てき に つかえる わたくし たち の かいらい せいふ と ますめでぃあ は),警察,軍隊と言った州の武力の間違った使用を含むあらゆる手段を用いて此の侵略を支援して居ます(けいさつ,ぐんたい と いった しゅう の ぶりょく の まちがった しよう を ふくむ あらゆる しゅだん を もちいて この しんりゃく を しえん して います)( "Yet our puppet-governments and our mass media, at the service of the enemies of God, support this invasion by all means at their disposal, including misused State force, such as the police and the army." ).彼等もメディア同様,国民から侵略の事実を隠す為嘘を吐いて居り(かれら も めでぃあ どうよう,こくみん から しんりゃく の じじつ を かくす ため うそ を ついて おり),其れに因り多大な被害をもたらして(齎して)居ます(それ に より ただい な ひがい を もたらして います)( "These puppets also lie in print, to hide the invasion from the people and thus cause as much damage as possible." ).
国民の多くは依然として眠った儘です(こくみん の おおく は いぜん として ねむった まま です)( " “The mass of people are still asleep, …" ).だが,現状は内戦状態だと公言する農民達の数は至る所で(処で)増えて居ます(だが,げんじょう は ないせん じょうたい だ と こうげん する のうみん たち の かず は いたる ところ で ふえて います)( "… although more and more peasants around here and elsewhere are speaking openly of civil war." ).バイエルン州郊外では,あらゆる状況が停止状態に近づいて居ます(ばいえるん しゅう こうがい では,あらゆる じょうきょう が ていし じょうたい に ちかづいて います)( "In outlying regions of Bavaria things are coming to a halt." ).住民や物資の移動が不可能か,可能としても大幅に遅れて居る状況です(じゅうみん や ぶっし の いどう が ふかのう か,かのう と しても おおはば に おくれて いる じょうきょう です)( "Residents and goods can no longer move, or only with long delays." ).無数の侵略者達は ――今の処(所)未だ組織化されて居ませんが―― 田園地帯を自由に歩き回り(廻り)盗みを働いて居ます(むすう の しんりゃくしゃ たち は いまの ところ まだ そしき か されて いません が,でんえん ちたい を じゆう に あるき まわり ぬすみ を はたらいて います)( "About the hordes of invaders – not yet grouped together – ranging freely through the countryside and stealing, …" ).此の事に就いてマスメディアは一言も伝えて居ません(このこと に ついて ます めでぃあ は ひとこと も つたえて いません)( "… the mass-media breathe not a word." ).上部の支配下に在る州当局は全ての機能を失って居り(じょうぶの しはい か に ある しゅう とうきょく は すべて の きのう を うしなって おり)( "The local authorities – under orders from above – have lost all control, …" ),警察は犠牲と為って居る住民に対し自分の身は自分で守り,最終的には自警団を組織する様促して居ます(けいさつは ぎせい と なって いる じゅうみん に たいし じぶん の み は じぶん で まもり,さいしゅう てき には じけいだん を そしき する よう うながして います)( "… and the police advise the victimised population to look after themselves and eventually form civil defence groups…" )――数年前,住民に対し完全な武装解除を命じて置きながら(置き乍〈ら〉・措き乍〈ら〉・擱き乍〈ら〉)です(すうねん まえ,じゅうみん に たいし かんぜん な ぶそう かいじょ を めいじて おき ながら です)( "…– after we were completely disarmed a few years ago." ).
クロアチアは軍隊を総動員し(くろあちあ は ぐん を そう どういん し),国内の至る所で軍隊が其其(其々・夫夫・夫々)の遣り方で活動を開始しています(こくない の いたる ところ で ぐんたい が それぞれ の やりかた で かつどう を かいし して います)( " “Croatia has called for mobilisation of its army, which is everywhere getting on its feet." ).私は自分の地域で出来る限りの事を理解しようと努めて居ます(わたくし は じぶん の ちいき で できる かぎり の こと を りかい しよう と つとめて います)( "I want to see what I can do locally, …" ).だが,私の同胞の殆んど(殆・殆ど)は今何が起きて居るのかさっぱり分からない(分らない・解らない・判らない)儘(侭)で居ます(だが,わたくし の どうほう の ほとんど は いま なにが おきて いる のか さっぱり わからない まま で います)( "… but I am afraid that most of my fellow-countrymen still have no idea what is happening." ).若し,其の中の一定の者達が目覚めたら,ライオンの様に戦うでしょう(もし,その なか の いってい の もの たち が めざめたら,らいおん の よう に たたかう でしょう)( "If just a certain number of them wake up, they will fight like lions, …" ).其れを恐れ,私達の所謂政府と,其れを支配する神の敵達は嘘を吐き(それ を おそれ,わたくし たち の いわゆる せいふ と,それ を しはい する かみ の てき たち は うそ を つき),彼等が目覚める時を遅らせようとあらゆる人々を騙して居ます(かれらが めざめる とき を おくらせ よう と あらゆる ひとびと を だまして います)( "… which is why our so-called government, and the enemies of God who control it, are lying and deceiving at all levels to put off that moment of awakening." ).事態は益益(益々・増々)悪化するでしょう…(じたいは ますます あっか する で しょう…)( "It is going to be bad...” " ).」 (以上,読者からの報告)(いじょう,どくしゃ から の ほうこく)(End of reader's report)
此処で伝えられた緊急事態はドイツ(独逸)でに限られた事では有りません(ここ で つたえられた きんきゅう じたい は どいつ でに かぎられた こと では ありません)( "The emergency described here is not of course confined to Germany." ).同じ様な惨事は他の多くの西側諸国を襲って居ます(おなじ よう な さんじ は ほか の おおく の にしがわ しょこく を おそって います)( "A similar disaster is afflicting many other Western nations as well." ).此れは宗教的な視点から見無い限り信じられ無い事です(これ は しゅうきょう てき な してん から みない かぎり しんじられない こと です)( "It is unbelievable, unless one looks at it from a religious point of view, …" ).宗教的な観点から眺めると,成る程(成程)と頷ける(肯ける)でしょう(しゅうきょう てき な かんてん から ながめる と,なるほど と うなずける でしょう)( "… from a religious point of view, and then it all makes sense." ).詩篇第105篇(新しい編集では106篇)全体を調べて見て下さい(しへん だい ひゃくご へん〈あたらしい へんしゅう では ひゃくろっ ぺん〉ぜんたい を しらべて みて ください)( "Look up the whole of Psalm 105 (106, new numbering). Look up the whole of Psalm 105 (106, new numbering). " )(訳注後記 6・1 ).神は古代イスラエル人に贈り物と其れに見合う責任を与えられましたが,彼等は再三其れに背きました(かみ は こだい いすらえる じん に おくりもの と それに みあう せきにん を あたえられました が,かれ ら は さいさん それ に そむき ました)( "God gave to the Israelites gifts and corresponding responsibilities to which they were repeatedly unfaithful." ).若し神が彼等を愛したなら,彼等に罰を与えずに済ませ無かったでしょう(新約聖書・使徒聖パウロのヘブライ人への書簡:第12章7-8節を参照)(もし かみ が かれら を あいした なら,かれ ら に ばつ を あたえず に すませなかった でしょう〈しんやく せいしょ・しと せい ぱうろ の へぶらい じん への しょかん:だい じゅうに しょう なな せつ から はっ せつ を さんしょう〉)( "If he loved them, he could not leave them unpunished (Heb.XII, 7-8). " )(訳注後記 6・2 ).前述の詩篇第105篇の35節から41節を現代に翻案して以下にご紹介します:-- (どう しへん だい ひゃくご へん の さんじゅう ご せつ から よんじゅう いち せつ を げんだい に ほんあん して いかに ごしょうかい します)( "If he loved them, he could not leave them unpunished (Heb.XII, 7-8). Here are verses 35 to 41 of the Psalm, adapted to our own time:-- " )
「キリスト(基督)教徒達は異教徒達と交わり,彼等の所業 "works" を学び,同じ物質主義の偶像 "idols" に仕えました(きりすと きょうと たち は い きょうと たち と まじわり,かれ ら の しょぎょう を まなび,おなじ ぶっしつ しゅぎ の ぐうぞう に つかえ ました)( " “And the Christians were mingled among the heathens, and learned their works, and served the same idols of materialism, …" ).物質主義は彼等に取って障害物と為りました(ぶっしつ しゅぎ は かれ ら に とって しょうがい ぶつ と なり ました)( "… and it became a stumbling-block to them." ).そして(そうして・然うして),彼等は自らの息子や娘達を避妊や堕胎と言った悪の犠牲に為て無実の血を流させました(そして,かれ ら は みずから の むすこ や むすめ たち を ひにん や だたい と いった あく の ぎせい に して むじつ の ち を ながさせ ました)( "And they sacrificed their sons and their daughters to the devils of contraception and abortion and they shed innocent blood: …" ).息子や娘達の血を自己中心で快楽を求める偶像の為の生贄(いけにえ)に為たのです(むすこ や むすめ たち の ち を じこ ちゅうしん で かいらく を もとめる ぐうぞう の ため の いけにえ に した のです)( "… the blood of their sons and daughters which they sacrificed to the idols of self-centred pleasure-seeking." ).そして(そうして・然うして),此の地は血で塗れ,彼等の所業で汚され,彼等は道を外れてエレクトロニクス(=諸諸の電子機器)を追い求めました(そして,この ち は ち で まみれ,かれら の しょぎょう で けがされ,かれ ら は みち を はずれて えれくとろにくす〈=でんし きき〉を おいもとめ ました)( "And the land was polluted with blood, and was defiled with their works; and they went aside after their own electronics." ).主は人々に痛く腹を立て,取(り)分け自ら贈り物を授けた者達を忌み嫌い遠ざけました(しゅ は ひとびと に いたく はら を たて,とりわけ みずから おくりもの を さずけた もの たち を いみきらい とおざけ ました)( "And the Lord was exceedingly angry with the people: and he abhorred those whom he had specially gifted." ).そして(そうして・然うして),主は彼等を彼等自身の長年の敵の手に委ねました(そして,しゅ は かれ ら じしん の ながねん の てき の て に ゆだね ました):( "And he delivered them into the hands of their age-old enemies: …" )そして(そうして・然うして),キリ スト(基督)教徒達を2000年,1400年もの間憎み続けて来た者達が彼等を支配する様に為りました(そして,きりすと きょうと たち をにせん ねん,せん よんひゃく ねん もの あいだ にくみ つづけて きた もの たち が かれら を しはい する よう に なり ました)( "… and those that had hated the Christians for 2000 and 1400 years had dominion over them." ).」
欧州が直面する惨事は神がお許しに為った事です(おうしゅう が ちょくめん する さんじ は かみ が おゆるし に なった こと です)( "Europe's disaster is by God's permission." ).其の解決は言う迄も無く神に救いを求める事です(その かいけつ はいう までも なく かみ に すくい を もとめる こと です):( "The solution is of course to turn to God: …" )詩篇第44篇,46篇,47篇は其其(其れ其れ・其々・夫夫・夫れ夫れ・夫々)「そして(そうして・然うして),神は苦難に置かれた人々を御覧に為り彼等の祈りを聴かれた」,「神は虜(とりこ)と為った全ての者達を御覧に為って,彼等に慈悲を御与えに為った(憐れまれた)」,「主よ,神よ,私達を御救い下さい.そして(そうして・然うして)私達を貴方の敵達から引き離し御手元に引き寄せて下さい」と記して居ます(しへん だい よんじゅう よん ぺん,よんじゅう ろっ ぺん,よんじゅうしち〈なな〉へんは それぞれ「そして,かみ は くなん に おかれた ひとびと を ごらん に なり,かれら の いのり を きかれた」,「かみ は とりこ と なった すべて の もの たち を ごらん に なり,かれら に じひ を おあたえ に なった(あわれまれた)」,「しゅよ,かみよ,わたくし たち を おすくい ください.そして わたくし たち を あなた の てき たち から ひき はなして お て もと に ひき よせて ください」と しるして います)
( "… verse 44, “And he saw when they were in tribulation, and he heard their prayer, (46) and he gave them unto mercies, in the sight of all those that had made them captives. (47) Save us, O Lord, our God, and gather us from among your enemies...” " )(訳注後記 8・1).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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訳注を追補いたします.
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(解説無し)
欧州よ,
あなたたちはいま巧みに偽装された侵略を受けています.
神のもとへ戻りなさい.さもなければ,侵略はさらに続くでしょう.
Europe, you're being invaded with great skill.
Return to God, or be invaded still.
エレイソン・コメンツ 第428回 (2015年9月26日)
もし目覚めていない読者がいるなら,目覚ませてあげましょう.数日前,ドイツ在住の一読者が以下にご紹介するニュースを伝えてくれました.嘘が多く,真実をほとんど伝えない堕落したメディアが決して伝えないニュースです.(もっとも,堕落したメディアは本質的に私たち自身の責任ではないでしょうか…?)
A report of a few days ago from a reader in Germany tells of news never reported in our vile media, vile precisely because they tell so many lies and so little truth (but is it not we the people who are essentially responsible for our media...?).
「ドイツ,オーストリアと南東の近隣諸国は過去数か月の間,自らを『難民』と偽る外国人の挑戦的な侵略を受けてきました.その多くは争いごとを求めてうずうずしている若者たちです.ドイツ・バイエルン州のゼーホファー首相は青ざめた表情で先週の日曜日,地元のテレビ局に対し同州の法と秩序は崩壊寸前だと語りました.だが,神の敵に仕える私たちの傀儡(かいらい)政府,マスメディアは警察,軍隊といった州の武力の間違った使用を含むあらゆる手段を用いてこの侵略を支援しています.彼らもメディア同様,国民から侵略の事実を隠すため嘘をついており,それにより多大な被害をもたらしています.」
“Germany, Austria and neighbouring lands to the south-east have been undergoing for the last few months an aggressive invasion of foreigners disguised as “refugees”, a large majority of whom are young men, spoiling for a fight. Bavaria's Minister-President Seehofer, looking as pale as a sheet, said on local TV last Sunday that law and order were on the brink of collapse. Yet our puppet-governments and our mass media, at the service of the enemies of God, support this invasion by all means at their disposal, including misused State force, such as the police and the army. These puppets also lie in print, to hide the invasion from the people and thus cause as much damage as possible.
「国民の多くは依然として眠ったままです.だが,現状は内戦状態だと公言する農民たちの数はいたるところで増えています.バイエルン州郊外では,あらゆる状況が停止状態に近づいています.住民や物資の移動が不可能か,可能としても大幅に遅れている状況です.無数の侵略者たちは今のところまだ組織化されていませんが,田園地帯を自由に歩き回り盗みを働いています.このことについてマスメディアは一言も伝えていません.上部の支配下にある州当局はすべての機能を失っており,警察は犠牲となっている住民に対し自分の身は自分で守り,最終的には自警団を組織するよう促しています.数年前,住民に対し完全な武装解除を命じておきながらです.」
“The mass of people are still asleep, although more and more peasants around here and elsewhere are speaking openly of civil war. In outlying regions of Bavaria things are coming to a halt. Residents and goods can no longer move, or only with long delays. About the hordes of invaders – not yet grouped together – ranging freely through the countryside and stealing, the mass-media breathe not a word. The local authorities – under orders from above – have lost all control, and the police advise the victimised population to look after themselves and eventually form civil defence groups – after we were completely disarmed a few years ago.
「クロアチアは軍隊を総動員し,国内のいたるところで軍隊がそれぞれのやり方で活動を開始しています.私は自分の地域でできる限りのことを理解しようと努めています.だが,私の同胞のほとんどは今なにが起きているのかさっぱりわからないままでいます.もし,その中の一定の者たちが目覚めたら,ライオンのように戦うでしょう.それを恐れ,私たちのいわゆる政府と,それを支配する神の敵たちは嘘をつき,彼らが目覚めるときを遅らせようとあらゆる人々をだましています.事態はますます悪化するでしょう…」 (以上,読者からの報告)
“Croatia has called for mobilisation of its army, which is everywhere getting on its feet. I want to see what I can do locally, but I am afraid that most of my fellow-countrymen still have no idea what is happening. If just a certain number of them wake up, they will fight like lions, which is why our so-called government, and the enemies of God who control it, are lying and deceiving at all levels to put off that moment of awakening. It is going to be bad...” (End of reader's report)
ここで伝えられた緊急事態はドイツでに限られたことではありません.同じような惨事はほかの多くの西側諸国を襲っています.これは宗教的な視点から見ない限り信じられないことです.宗教的な観点から眺めると,なるほどとうなずけるでしょう.詩篇第105篇(新しい編集では106篇)全体を調べてみてください.神は古代イスラエル人に贈り物とそれに見合う責任を与えられましたが,彼らは再三それに背きました.もし神が彼らを愛したなら,彼らに罰を与えずに済ませなかったでしょう(新約聖書・使徒聖パウロのヘブライ人への書簡:第12章7-8節を参照).同じ詩篇第105篇の35節から41節を現代に翻案して以下にご紹介します.
The emergency described here is not of course confined to Germany. A similar disaster is afflicting many other Western nations as well. It is unbelievable, unless one looks at it from a religious point of view, and then it all makes sense. Look up the whole of Psalm 105 (106, new numbering). God gave to the Israelites gifts and corresponding responsibilities to which they were repeatedly unfaithful. If he loved them, he could not leave them unpunished (Heb.XII, 7-8). Here are verses 35 to 41 of the Psalm, adapted to our own time:--
「キリスト教徒たちは異教徒たちと交わり,彼らの所業 "works" を学び,同じ物質主義の偶像 "idols" に仕えました.物質主義は彼らにとって障害物となりました.そして,彼らは自らの息子や娘たちを避妊や堕胎といった悪の犠牲にして無実の血を流させました.息子や娘たちの血を自己中心で快楽を求める偶像のための生贄(いけにえ)にしたのです.そして,この地は血でまみれ,彼らの所業で汚され,彼らは道を外れてエレクトロニクスを追い求めました.主は人々にいたく腹を立て,とりわけ自ら贈り物を授けた者たちを忌み嫌い遠ざけました:そして,主は彼らを彼ら自身の長年の敵の手に委ねました.そして,キリスト教徒たちを2000年,1400年ものあいだ憎み続けてきた者たちが彼らを支配するようになりました.」
“And the Christians were mingled among the heathens, and learned their works, and served the same idols of materialism, and it became a stumbling-block to them. And they sacrificed their sons and their daughters to the devils of contraception and abortion and they shed innocent blood: the blood of their sons and daughters which they sacrificed to the idols of self-centred pleasure-seeking. And the land was polluted with blood, and was defiled with their works; and they went aside after their own electronics. And the Lord was exceedingly angry with the people: and he abhorred those whom he had specially gifted. And he delivered them into the hands of their age-old enemies: and those that had hated the Christians for 2000 and 1400 years had dominion over them.”
欧州が直面する惨事は神がお許しになったことです.その解決はいうまでもなく神に救いを求めることです.詩篇第44篇,46篇,47篇はそれぞれ「そして,神は苦難に置かれた人々を見て,彼らの祈りを聴いた」,「神は虜(とりこ)となったすべての者たちを見て,彼らに慈悲を与えた」,「主よ,神よ,私たちをお救いください.そして私たちをあなたの敵たちから引き離し手元に引き寄せてください」と記しています.
Europe's disaster is by God's permission. The solution is of course to turn to God: verse 44, “And he saw when they were in tribulation, and he heard their prayer, (46) and he gave them unto mercies, in the sight of all those that had made them captives. (47) Save us, O Lord, our God, and gather us from among your enemies...”
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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本投稿記事・第428回エレイソン・コメンツ「目覚めよ,欧州!」( 2015年9月26日付)"ELEISON COMMENTS CDXXVIII (Sept. 26, 2015) : EUROPE, AWAKE !" は2015年11月13日20時30分に掲載されました.
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欧州よ,貴方達は今
巧みに偽装された
侵略を受けています.
(おうしゅう よ,あなた たち は いま
たくみ に ぎそう された
しんりゃく を うけて います.)
( "Europe, you're being invaded with great skill." )
神の下へ戻りなさい.
然も無(亡)ければ,
侵略は更に続くでしょう.
(かみのもとへもどりなさい.
さもなければ,
しんりゃくはさらにつづくでしょう.)
( "Return to God, or be invaded still." )
エレイソン・コメンツ 第428回 (2015年9月26日)
若し目覚めて居ない読者が居るなら,目覚ませてあげましょう(もし めざめて いない どくしゃ が いる なら,めざませて あげましょう)( "If any readers have not yet woken up, let them wake up." ).数日前( "A report of a few days ago …" ),ドイツ(独逸)在住の一読者が以下にご紹介するニュースを伝えてくれ(呉れ)ました(すうじつ まえ,どいつ ざいじゅう の いち どくしゃ が いかに ごしょうかい する にゅーすを つたえて くれ ました).嘘が多く,真実を殆ど(殆んど)伝えない堕落したメディアが決して伝えないニュースです(うそが おおく,しんじつを ほとんど つたえない だらく した めでぃあが けっして つたえない にゅーす です).(もっとも(尤も),堕落したメディアは本質的に私達自身の責任では無いでしょうか…?)(もっとも,だらく した めでぃあは ほんしつ てきに わたくし たち じしんの せきにん では ない でしょうか…?)( "… from a reader in Germany tells of news never reported in our vile media, vile precisely because they tell so many lies and so little truth (but is it not we the people who are essentially responsible for our media...?). " )
「ドイツ(独逸),オーストリア(墺太利)と南東の近隣諸国は過去数か月の間(どいつ,おーすとりあ と なんとうの きんりん しょこく は かこ すうかげつ の あいだ),自らを『難民』と偽る外国人の挑戦的な侵略を受けて来ました(みずからを『なんみん』と いつわる がいこくじん の ちょうせん てき な しんりゃく を うけて きました).其の多くは争い事を求めてうずうずしている若者達です(その おおく は あらそい ごと を もとめて うずうず している わかもの たち です)( " “Germany, Austria and neighbouring lands to the south-east have been undergoing for the last few months an aggressive invasion of foreigners disguised as “refugees”, a large majority of whom are young men, spoiling for a fight." ).ドイツ(独逸)・バイエルン州のゼーホファー首相は青ざめた(青褪めた・蒼褪めた)表情で先週の日曜日(どいつ・ばいえるん しゅう の ぜーほふぁー しゅしょう は あお ざめた ひょうじょう で せんしゅう の にちようび),地元のテレビ局に対し同州の法と秩序は崩壊寸前だと語りました(じもと の てれび きょく に たいし どう しゅう の ほう と ちつじょ は ほうかい すんぜん だ と かたり ました)( "Bavaria's Minister-President Seehofer, looking as pale as a sheet, said on local TV last Sunday that law and order were on the brink of collapse." ).だが,神の敵に仕える私達の傀儡(かいらい)政府とマスメディアは(だが,かみ の てき に つかえる わたくし たち の かいらい せいふ と ますめでぃあ は),警察,軍隊と言った州の武力の間違った使用を含むあらゆる手段を用いて此の侵略を支援して居ます(けいさつ,ぐんたい と いった しゅう の ぶりょく の まちがった しよう を ふくむ あらゆる しゅだん を もちいて この しんりゃく を しえん して います)( "Yet our puppet-governments and our mass media, at the service of the enemies of God, support this invasion by all means at their disposal, including misused State force, such as the police and the army." ).彼等もメディア同様,国民から侵略の事実を隠す為嘘を吐いて居り(かれら も めでぃあ どうよう,こくみん から しんりゃく の じじつ を かくす ため うそ を ついて おり),其れに因り多大な被害をもたらして(齎して)居ます(それ に より ただい な ひがい を もたらして います)( "These puppets also lie in print, to hide the invasion from the people and thus cause as much damage as possible." ).
国民の多くは依然として眠った儘です(こくみん の おおく は いぜん として ねむった まま です)( " “The mass of people are still asleep, …" ).だが,現状は内戦状態だと公言する農民達の数は至る所で(処で)増えて居ます(だが,げんじょう は ないせん じょうたい だ と こうげん する のうみん たち の かず は いたる ところ で ふえて います)( "… although more and more peasants around here and elsewhere are speaking openly of civil war." ).バイエルン州郊外では,あらゆる状況が停止状態に近づいて居ます(ばいえるん しゅう こうがい では,あらゆる じょうきょう が ていし じょうたい に ちかづいて います)( "In outlying regions of Bavaria things are coming to a halt." ).住民や物資の移動が不可能か,可能としても大幅に遅れて居る状況です(じゅうみん や ぶっし の いどう が ふかのう か,かのう と しても おおはば に おくれて いる じょうきょう です)( "Residents and goods can no longer move, or only with long delays." ).無数の侵略者達は ――今の処(所)未だ組織化されて居ませんが―― 田園地帯を自由に歩き回り(廻り)盗みを働いて居ます(むすう の しんりゃくしゃ たち は いまの ところ まだ そしき か されて いません が,でんえん ちたい を じゆう に あるき まわり ぬすみ を はたらいて います)( "About the hordes of invaders – not yet grouped together – ranging freely through the countryside and stealing, …" ).此の事に就いてマスメディアは一言も伝えて居ません(このこと に ついて ます めでぃあ は ひとこと も つたえて いません)( "… the mass-media breathe not a word." ).上部の支配下に在る州当局は全ての機能を失って居り(じょうぶの しはい か に ある しゅう とうきょく は すべて の きのう を うしなって おり)( "The local authorities – under orders from above – have lost all control, …" ),警察は犠牲と為って居る住民に対し自分の身は自分で守り,最終的には自警団を組織する様促して居ます(けいさつは ぎせい と なって いる じゅうみん に たいし じぶん の み は じぶん で まもり,さいしゅう てき には じけいだん を そしき する よう うながして います)( "… and the police advise the victimised population to look after themselves and eventually form civil defence groups…" )――数年前,住民に対し完全な武装解除を命じて置きながら(置き乍〈ら〉・措き乍〈ら〉・擱き乍〈ら〉)です(すうねん まえ,じゅうみん に たいし かんぜん な ぶそう かいじょ を めいじて おき ながら です)( "…– after we were completely disarmed a few years ago." ).
クロアチアは軍隊を総動員し(くろあちあ は ぐん を そう どういん し),国内の至る所で軍隊が其其(其々・夫夫・夫々)の遣り方で活動を開始しています(こくない の いたる ところ で ぐんたい が それぞれ の やりかた で かつどう を かいし して います)( " “Croatia has called for mobilisation of its army, which is everywhere getting on its feet." ).私は自分の地域で出来る限りの事を理解しようと努めて居ます(わたくし は じぶん の ちいき で できる かぎり の こと を りかい しよう と つとめて います)( "I want to see what I can do locally, …" ).だが,私の同胞の殆んど(殆・殆ど)は今何が起きて居るのかさっぱり分からない(分らない・解らない・判らない)儘(侭)で居ます(だが,わたくし の どうほう の ほとんど は いま なにが おきて いる のか さっぱり わからない まま で います)( "… but I am afraid that most of my fellow-countrymen still have no idea what is happening." ).若し,其の中の一定の者達が目覚めたら,ライオンの様に戦うでしょう(もし,その なか の いってい の もの たち が めざめたら,らいおん の よう に たたかう でしょう)( "If just a certain number of them wake up, they will fight like lions, …" ).其れを恐れ,私達の所謂政府と,其れを支配する神の敵達は嘘を吐き(それ を おそれ,わたくし たち の いわゆる せいふ と,それ を しはい する かみ の てき たち は うそ を つき),彼等が目覚める時を遅らせようとあらゆる人々を騙して居ます(かれらが めざめる とき を おくらせ よう と あらゆる ひとびと を だまして います)( "… which is why our so-called government, and the enemies of God who control it, are lying and deceiving at all levels to put off that moment of awakening." ).事態は益益(益々・増々)悪化するでしょう…(じたいは ますます あっか する で しょう…)( "It is going to be bad...” " ).」 (以上,読者からの報告)(いじょう,どくしゃ から の ほうこく)(End of reader's report)
此処で伝えられた緊急事態はドイツ(独逸)でに限られた事では有りません(ここ で つたえられた きんきゅう じたい は どいつ でに かぎられた こと では ありません)( "The emergency described here is not of course confined to Germany." ).同じ様な惨事は他の多くの西側諸国を襲って居ます(おなじ よう な さんじ は ほか の おおく の にしがわ しょこく を おそって います)( "A similar disaster is afflicting many other Western nations as well." ).此れは宗教的な視点から見無い限り信じられ無い事です(これ は しゅうきょう てき な してん から みない かぎり しんじられない こと です)( "It is unbelievable, unless one looks at it from a religious point of view, …" ).宗教的な観点から眺めると,成る程(成程)と頷ける(肯ける)でしょう(しゅうきょう てき な かんてん から ながめる と,なるほど と うなずける でしょう)( "… from a religious point of view, and then it all makes sense." ).詩篇第105篇(新しい編集では106篇)全体を調べて見て下さい(しへん だい ひゃくご へん〈あたらしい へんしゅう では ひゃくろっ ぺん〉ぜんたい を しらべて みて ください)( "Look up the whole of Psalm 105 (106, new numbering). Look up the whole of Psalm 105 (106, new numbering). " )(訳注後記 6・1 ).神は古代イスラエル人に贈り物と其れに見合う責任を与えられましたが,彼等は再三其れに背きました(かみ は こだい いすらえる じん に おくりもの と それに みあう せきにん を あたえられました が,かれ ら は さいさん それ に そむき ました)( "God gave to the Israelites gifts and corresponding responsibilities to which they were repeatedly unfaithful." ).若し神が彼等を愛したなら,彼等に罰を与えずに済ませ無かったでしょう(新約聖書・使徒聖パウロのヘブライ人への書簡:第12章7-8節を参照)(もし かみ が かれら を あいした なら,かれ ら に ばつ を あたえず に すませなかった でしょう〈しんやく せいしょ・しと せい ぱうろ の へぶらい じん への しょかん:だい じゅうに しょう なな せつ から はっ せつ を さんしょう〉)( "If he loved them, he could not leave them unpunished (Heb.XII, 7-8). " )(訳注後記 6・2 ).前述の詩篇第105篇の35節から41節を現代に翻案して以下にご紹介します:-- (どう しへん だい ひゃくご へん の さんじゅう ご せつ から よんじゅう いち せつ を げんだい に ほんあん して いかに ごしょうかい します)( "If he loved them, he could not leave them unpunished (Heb.XII, 7-8). Here are verses 35 to 41 of the Psalm, adapted to our own time:-- " )
「キリスト(基督)教徒達は異教徒達と交わり,彼等の所業 "works" を学び,同じ物質主義の偶像 "idols" に仕えました(きりすと きょうと たち は い きょうと たち と まじわり,かれ ら の しょぎょう を まなび,おなじ ぶっしつ しゅぎ の ぐうぞう に つかえ ました)( " “And the Christians were mingled among the heathens, and learned their works, and served the same idols of materialism, …" ).物質主義は彼等に取って障害物と為りました(ぶっしつ しゅぎ は かれ ら に とって しょうがい ぶつ と なり ました)( "… and it became a stumbling-block to them." ).そして(そうして・然うして),彼等は自らの息子や娘達を避妊や堕胎と言った悪の犠牲に為て無実の血を流させました(そして,かれ ら は みずから の むすこ や むすめ たち を ひにん や だたい と いった あく の ぎせい に して むじつ の ち を ながさせ ました)( "And they sacrificed their sons and their daughters to the devils of contraception and abortion and they shed innocent blood: …" ).息子や娘達の血を自己中心で快楽を求める偶像の為の生贄(いけにえ)に為たのです(むすこ や むすめ たち の ち を じこ ちゅうしん で かいらく を もとめる ぐうぞう の ため の いけにえ に した のです)( "… the blood of their sons and daughters which they sacrificed to the idols of self-centred pleasure-seeking." ).そして(そうして・然うして),此の地は血で塗れ,彼等の所業で汚され,彼等は道を外れてエレクトロニクス(=諸諸の電子機器)を追い求めました(そして,この ち は ち で まみれ,かれら の しょぎょう で けがされ,かれ ら は みち を はずれて えれくとろにくす〈=でんし きき〉を おいもとめ ました)( "And the land was polluted with blood, and was defiled with their works; and they went aside after their own electronics." ).主は人々に痛く腹を立て,取(り)分け自ら贈り物を授けた者達を忌み嫌い遠ざけました(しゅ は ひとびと に いたく はら を たて,とりわけ みずから おくりもの を さずけた もの たち を いみきらい とおざけ ました)( "And the Lord was exceedingly angry with the people: and he abhorred those whom he had specially gifted." ).そして(そうして・然うして),主は彼等を彼等自身の長年の敵の手に委ねました(そして,しゅ は かれ ら じしん の ながねん の てき の て に ゆだね ました):( "And he delivered them into the hands of their age-old enemies: …" )そして(そうして・然うして),キリ スト(基督)教徒達を2000年,1400年もの間憎み続けて来た者達が彼等を支配する様に為りました(そして,きりすと きょうと たち をにせん ねん,せん よんひゃく ねん もの あいだ にくみ つづけて きた もの たち が かれら を しはい する よう に なり ました)( "… and those that had hated the Christians for 2000 and 1400 years had dominion over them." ).」
欧州が直面する惨事は神がお許しに為った事です(おうしゅう が ちょくめん する さんじ は かみ が おゆるし に なった こと です)( "Europe's disaster is by God's permission." ).其の解決は言う迄も無く神に救いを求める事です(その かいけつ はいう までも なく かみ に すくい を もとめる こと です):( "The solution is of course to turn to God: …" )詩篇第44篇,46篇,47篇は其其(其れ其れ・其々・夫夫・夫れ夫れ・夫々)「そして(そうして・然うして),神は苦難に置かれた人々を御覧に為り彼等の祈りを聴かれた」,「神は虜(とりこ)と為った全ての者達を御覧に為って,彼等に慈悲を御与えに為った(憐れまれた)」,「主よ,神よ,私達を御救い下さい.そして(そうして・然うして)私達を貴方の敵達から引き離し御手元に引き寄せて下さい」と記して居ます(しへん だい よんじゅう よん ぺん,よんじゅう ろっ ぺん,よんじゅうしち〈なな〉へんは それぞれ「そして,かみ は くなん に おかれた ひとびと を ごらん に なり,かれら の いのり を きかれた」,「かみ は とりこ と なった すべて の もの たち を ごらん に なり,かれら に じひ を おあたえ に なった(あわれまれた)」,「しゅよ,かみよ,わたくし たち を おすくい ください.そして わたくし たち を あなた の てき たち から ひき はなして お て もと に ひき よせて ください」と しるして います)
( "… verse 44, “And he saw when they were in tribulation, and he heard their prayer, (46) and he gave them unto mercies, in the sight of all those that had made them captives. (47) Save us, O Lord, our God, and gather us from among your enemies...” " )(訳注後記 8・1).
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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訳注を追補いたします.
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(解説無し)
欧州よ,
あなたたちはいま巧みに偽装された侵略を受けています.
神のもとへ戻りなさい.さもなければ,侵略はさらに続くでしょう.
Europe, you're being invaded with great skill.
Return to God, or be invaded still.
エレイソン・コメンツ 第428回 (2015年9月26日)
もし目覚めていない読者がいるなら,目覚ませてあげましょう.数日前,ドイツ在住の一読者が以下にご紹介するニュースを伝えてくれました.嘘が多く,真実をほとんど伝えない堕落したメディアが決して伝えないニュースです.(もっとも,堕落したメディアは本質的に私たち自身の責任ではないでしょうか…?)
A report of a few days ago from a reader in Germany tells of news never reported in our vile media, vile precisely because they tell so many lies and so little truth (but is it not we the people who are essentially responsible for our media...?).
「ドイツ,オーストリアと南東の近隣諸国は過去数か月の間,自らを『難民』と偽る外国人の挑戦的な侵略を受けてきました.その多くは争いごとを求めてうずうずしている若者たちです.ドイツ・バイエルン州のゼーホファー首相は青ざめた表情で先週の日曜日,地元のテレビ局に対し同州の法と秩序は崩壊寸前だと語りました.だが,神の敵に仕える私たちの傀儡(かいらい)政府,マスメディアは警察,軍隊といった州の武力の間違った使用を含むあらゆる手段を用いてこの侵略を支援しています.彼らもメディア同様,国民から侵略の事実を隠すため嘘をついており,それにより多大な被害をもたらしています.」
“Germany, Austria and neighbouring lands to the south-east have been undergoing for the last few months an aggressive invasion of foreigners disguised as “refugees”, a large majority of whom are young men, spoiling for a fight. Bavaria's Minister-President Seehofer, looking as pale as a sheet, said on local TV last Sunday that law and order were on the brink of collapse. Yet our puppet-governments and our mass media, at the service of the enemies of God, support this invasion by all means at their disposal, including misused State force, such as the police and the army. These puppets also lie in print, to hide the invasion from the people and thus cause as much damage as possible.
「国民の多くは依然として眠ったままです.だが,現状は内戦状態だと公言する農民たちの数はいたるところで増えています.バイエルン州郊外では,あらゆる状況が停止状態に近づいています.住民や物資の移動が不可能か,可能としても大幅に遅れている状況です.無数の侵略者たちは今のところまだ組織化されていませんが,田園地帯を自由に歩き回り盗みを働いています.このことについてマスメディアは一言も伝えていません.上部の支配下にある州当局はすべての機能を失っており,警察は犠牲となっている住民に対し自分の身は自分で守り,最終的には自警団を組織するよう促しています.数年前,住民に対し完全な武装解除を命じておきながらです.」
“The mass of people are still asleep, although more and more peasants around here and elsewhere are speaking openly of civil war. In outlying regions of Bavaria things are coming to a halt. Residents and goods can no longer move, or only with long delays. About the hordes of invaders – not yet grouped together – ranging freely through the countryside and stealing, the mass-media breathe not a word. The local authorities – under orders from above – have lost all control, and the police advise the victimised population to look after themselves and eventually form civil defence groups – after we were completely disarmed a few years ago.
「クロアチアは軍隊を総動員し,国内のいたるところで軍隊がそれぞれのやり方で活動を開始しています.私は自分の地域でできる限りのことを理解しようと努めています.だが,私の同胞のほとんどは今なにが起きているのかさっぱりわからないままでいます.もし,その中の一定の者たちが目覚めたら,ライオンのように戦うでしょう.それを恐れ,私たちのいわゆる政府と,それを支配する神の敵たちは嘘をつき,彼らが目覚めるときを遅らせようとあらゆる人々をだましています.事態はますます悪化するでしょう…」 (以上,読者からの報告)
“Croatia has called for mobilisation of its army, which is everywhere getting on its feet. I want to see what I can do locally, but I am afraid that most of my fellow-countrymen still have no idea what is happening. If just a certain number of them wake up, they will fight like lions, which is why our so-called government, and the enemies of God who control it, are lying and deceiving at all levels to put off that moment of awakening. It is going to be bad...” (End of reader's report)
ここで伝えられた緊急事態はドイツでに限られたことではありません.同じような惨事はほかの多くの西側諸国を襲っています.これは宗教的な視点から見ない限り信じられないことです.宗教的な観点から眺めると,なるほどとうなずけるでしょう.詩篇第105篇(新しい編集では106篇)全体を調べてみてください.神は古代イスラエル人に贈り物とそれに見合う責任を与えられましたが,彼らは再三それに背きました.もし神が彼らを愛したなら,彼らに罰を与えずに済ませなかったでしょう(新約聖書・使徒聖パウロのヘブライ人への書簡:第12章7-8節を参照).同じ詩篇第105篇の35節から41節を現代に翻案して以下にご紹介します.
The emergency described here is not of course confined to Germany. A similar disaster is afflicting many other Western nations as well. It is unbelievable, unless one looks at it from a religious point of view, and then it all makes sense. Look up the whole of Psalm 105 (106, new numbering). God gave to the Israelites gifts and corresponding responsibilities to which they were repeatedly unfaithful. If he loved them, he could not leave them unpunished (Heb.XII, 7-8). Here are verses 35 to 41 of the Psalm, adapted to our own time:--
「キリスト教徒たちは異教徒たちと交わり,彼らの所業 "works" を学び,同じ物質主義の偶像 "idols" に仕えました.物質主義は彼らにとって障害物となりました.そして,彼らは自らの息子や娘たちを避妊や堕胎といった悪の犠牲にして無実の血を流させました.息子や娘たちの血を自己中心で快楽を求める偶像のための生贄(いけにえ)にしたのです.そして,この地は血でまみれ,彼らの所業で汚され,彼らは道を外れてエレクトロニクスを追い求めました.主は人々にいたく腹を立て,とりわけ自ら贈り物を授けた者たちを忌み嫌い遠ざけました:そして,主は彼らを彼ら自身の長年の敵の手に委ねました.そして,キリスト教徒たちを2000年,1400年ものあいだ憎み続けてきた者たちが彼らを支配するようになりました.」
“And the Christians were mingled among the heathens, and learned their works, and served the same idols of materialism, and it became a stumbling-block to them. And they sacrificed their sons and their daughters to the devils of contraception and abortion and they shed innocent blood: the blood of their sons and daughters which they sacrificed to the idols of self-centred pleasure-seeking. And the land was polluted with blood, and was defiled with their works; and they went aside after their own electronics. And the Lord was exceedingly angry with the people: and he abhorred those whom he had specially gifted. And he delivered them into the hands of their age-old enemies: and those that had hated the Christians for 2000 and 1400 years had dominion over them.”
欧州が直面する惨事は神がお許しになったことです.その解決はいうまでもなく神に救いを求めることです.詩篇第44篇,46篇,47篇はそれぞれ「そして,神は苦難に置かれた人々を見て,彼らの祈りを聴いた」,「神は虜(とりこ)となったすべての者たちを見て,彼らに慈悲を与えた」,「主よ,神よ,私たちをお救いください.そして私たちをあなたの敵たちから引き離し手元に引き寄せてください」と記しています.
Europe's disaster is by God's permission. The solution is of course to turn to God: verse 44, “And he saw when they were in tribulation, and he heard their prayer, (46) and he gave them unto mercies, in the sight of all those that had made them captives. (47) Save us, O Lord, our God, and gather us from among your enemies...”
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教
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本投稿記事・第428回エレイソン・コメンツ「目覚めよ,欧州!」( 2015年9月26日付)"ELEISON COMMENTS CDXXVIII (Sept. 26, 2015) : EUROPE, AWAKE !" は2015年11月13日20時30分に掲載されました.
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2011年11月7日月曜日
225 陰謀説 (11/5)
エレイソン・コメンツ 第225回 (2011回11月5日)
神殺し "deicide" について述べた最近の「エレイソン・コメンツ」(第222回)に続き,一部の読者は「エレイソン・コメンツ」が世界情勢でユダヤ人が果たす役割について頻繁(ひんぱん)に言及(げんきゅう)するのをお望みかもしれません.だが,その人たちは失望する恐れがあります.私がこれまでに取り上げてきた225件の諸問題の中で,ユダヤ人を名指(なざ)しで取り上げたのは6回を大幅に超えてはいないと思います.というのも,ユダヤ人にからむ問題の有無にかかわらず,彼らは決して主要な問題ではないからです.最大の問題は現代人が神を信じないことにあるのであり,私はそのことが「エレイソン・コメンツ」の主要な懸念(けねん)だということを大部分の読者の皆さんに理解していただければと望んでいます.
陰謀(いんぼう)説 “Conspiracy theories” ,すなわちユダヤ人が世界制覇を企(たくら)んでいる "conspiring to dominate the world" といった陰謀説は現在も存在していますが,そこにはふたつの誇張(こちょう)があり,その間の正しいバランスを保つことが賢明(けんめい)なのですが容易(ようい)にできることではありません.ほとんどの人々はあらゆる陰謀説はナンセンスで,それを信じる人々は「陰謀オタク」 “conspiracy nuts” だけだとするマスメディアの見方に従っています.他方で,少数派の人々は強い確信をもって,あらゆる世界の出来事は何らかの陰謀,とりわけユダヤ人の陰謀により説明されると考えています.1800年前の一人の著名なカトリック作家 “a famous Church writer” が本質的な真理をもっとも正しく語っています.
テルトゥリアヌス “Tertullian” (160-220年) はカトリック信仰とユダヤ人の権力は秤(はかり)のふたつの天秤皿(てんびんざら)に似ていると言いました.カトリック信仰が上がるにつれてユダヤ人権力が下がり,カトリック信仰が下がるとユダヤ人権力が上がるというわけです.だが,カトリック信仰は権力に勝(まさ)るものです.主要な問題がユダヤ人ではなく,人々の間のカトリック信仰の増減(ぞうげん)如何(いかん)にあるというのはそのためです.だからこそ諸々の陰謀が確かに存在するのであり,それは重要な役割を果たしており単に軽視して済ませるべきではありません.しかし,主要な問題は人々が唯一の真の教会(訳注・=カトリック教会)におられる真の神に背を向けていることにあるのです.手短に言えば - ここが重要なポイントです - ユダヤ人の権力が今日これほど強大であるとすれば,その責任はユダヤ人以外の人々(=非ユダヤ人) “the Gentiles” 自身にあるのです.
したがって,とりわけディズレーリ “Disraeli” (英国首相)とウッドロー・ウィルソン“Woodrow Wilson” (米国大統領)が暗にほのめかしながらもほとんど公言できなかったこと,すなわち世界の出来事を差配(さはい)する様々な場面の背後では一つの闇の権力が働いているということを理解し始めた人は誰でも,照明派(光明会)(訳注・原語 “the Illuminati”. イルミナティ.秘密結社)(訳注後記),ユダヤ人,フリーメーソンなどをのろう際にバランス感覚を失わないよう気をつけ,教皇ピオ10世 “Pius X” が言われた「誰もが自分の義務を果たすようになれば,すべてが良い方向にいく」という言葉の持つ知恵を正しく理解するようにしましょう.なぜならモーゼの十戒の第一戒が示すように,私たちの第一の義務は神に対するものであり,もし私たちすべてが自分の義務を果たし神に立ち帰るなら,神にとってさまざまな敵たちが現在振るっている権力を阻(はば)もうと介入することなしに元に戻すことはいとも簡単なこととなるからです.そうした敵を彼らが最初にいた場所に留め置けるのは神だけです.
こういうわけで,1917年に聖母マリアがポルトガルのファティマ “Fatima” にご出現になる前には,反カトリック主義者たち “the anti-Catholics” がポルトガル政府を完全に支配下に置いていましたが,ポルトガル国民のほぼ全体が聖母マリアの望みどおり祈りと償(つぐな)いを捧げたとき、聖母は反カトリック主義者たちの権力を無血の革命のうちにたやすく解消させてしまわれました.世界各地で共産主義が勝利を収(おさ)め誰もが神を信じなくなっていた20世紀において,ポルトガルはカトリック国家の見本となったのです.
神の敵のなかで最も賢明なものは,自分たちが神に役立つのは神に不誠実な人々の背中に災難のもとを振りかけることだとよく知っています.もし神の友が自分たちが敵から災難を負わされているのは全ての霊魂が神に目を向け天国に入れるようになるためだと理解しさえすれば,諸々の陰謀説はすべてそれが持つ実際の重要さより重すぎも軽すぎもしない場所に落ちることでしょう.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて,
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第4パラグラフの訳注:
照明派(光明会) “the Illuminati” 「イルミナティ」について.
1776年バイエルン(Bavaria)の大学教授だった元イエズス会士アダム・ワイズハウプトによって創設された秘密団体.クニッゲの協力のもとにキリスト教に代る啓蒙主義的自由思想ないし理性宗教を広めようとした.会員は「完全可能者」と呼ばれたが,盛時でも2000人をこえなかった.ゲーテ,ヘルダーらもその会員であったといわれている.85年無政府主義的傾向のためバイエルン政府の手で禁圧された.
(ブリタニカ国際大百科事典参照)
* * *
神殺し "deicide" について述べた最近の「エレイソン・コメンツ」(第222回)に続き,一部の読者は「エレイソン・コメンツ」が世界情勢でユダヤ人が果たす役割について頻繁(ひんぱん)に言及(げんきゅう)するのをお望みかもしれません.だが,その人たちは失望する恐れがあります.私がこれまでに取り上げてきた225件の諸問題の中で,ユダヤ人を名指(なざ)しで取り上げたのは6回を大幅に超えてはいないと思います.というのも,ユダヤ人にからむ問題の有無にかかわらず,彼らは決して主要な問題ではないからです.最大の問題は現代人が神を信じないことにあるのであり,私はそのことが「エレイソン・コメンツ」の主要な懸念(けねん)だということを大部分の読者の皆さんに理解していただければと望んでいます.
陰謀(いんぼう)説 “Conspiracy theories” ,すなわちユダヤ人が世界制覇を企(たくら)んでいる "conspiring to dominate the world" といった陰謀説は現在も存在していますが,そこにはふたつの誇張(こちょう)があり,その間の正しいバランスを保つことが賢明(けんめい)なのですが容易(ようい)にできることではありません.ほとんどの人々はあらゆる陰謀説はナンセンスで,それを信じる人々は「陰謀オタク」 “conspiracy nuts” だけだとするマスメディアの見方に従っています.他方で,少数派の人々は強い確信をもって,あらゆる世界の出来事は何らかの陰謀,とりわけユダヤ人の陰謀により説明されると考えています.1800年前の一人の著名なカトリック作家 “a famous Church writer” が本質的な真理をもっとも正しく語っています.
テルトゥリアヌス “Tertullian” (160-220年) はカトリック信仰とユダヤ人の権力は秤(はかり)のふたつの天秤皿(てんびんざら)に似ていると言いました.カトリック信仰が上がるにつれてユダヤ人権力が下がり,カトリック信仰が下がるとユダヤ人権力が上がるというわけです.だが,カトリック信仰は権力に勝(まさ)るものです.主要な問題がユダヤ人ではなく,人々の間のカトリック信仰の増減(ぞうげん)如何(いかん)にあるというのはそのためです.だからこそ諸々の陰謀が確かに存在するのであり,それは重要な役割を果たしており単に軽視して済ませるべきではありません.しかし,主要な問題は人々が唯一の真の教会(訳注・=カトリック教会)におられる真の神に背を向けていることにあるのです.手短に言えば - ここが重要なポイントです - ユダヤ人の権力が今日これほど強大であるとすれば,その責任はユダヤ人以外の人々(=非ユダヤ人) “the Gentiles” 自身にあるのです.
したがって,とりわけディズレーリ “Disraeli” (英国首相)とウッドロー・ウィルソン“Woodrow Wilson” (米国大統領)が暗にほのめかしながらもほとんど公言できなかったこと,すなわち世界の出来事を差配(さはい)する様々な場面の背後では一つの闇の権力が働いているということを理解し始めた人は誰でも,照明派(光明会)(訳注・原語 “the Illuminati”. イルミナティ.秘密結社)(訳注後記),ユダヤ人,フリーメーソンなどをのろう際にバランス感覚を失わないよう気をつけ,教皇ピオ10世 “Pius X” が言われた「誰もが自分の義務を果たすようになれば,すべてが良い方向にいく」という言葉の持つ知恵を正しく理解するようにしましょう.なぜならモーゼの十戒の第一戒が示すように,私たちの第一の義務は神に対するものであり,もし私たちすべてが自分の義務を果たし神に立ち帰るなら,神にとってさまざまな敵たちが現在振るっている権力を阻(はば)もうと介入することなしに元に戻すことはいとも簡単なこととなるからです.そうした敵を彼らが最初にいた場所に留め置けるのは神だけです.
こういうわけで,1917年に聖母マリアがポルトガルのファティマ “Fatima” にご出現になる前には,反カトリック主義者たち “the anti-Catholics” がポルトガル政府を完全に支配下に置いていましたが,ポルトガル国民のほぼ全体が聖母マリアの望みどおり祈りと償(つぐな)いを捧げたとき、聖母は反カトリック主義者たちの権力を無血の革命のうちにたやすく解消させてしまわれました.世界各地で共産主義が勝利を収(おさ)め誰もが神を信じなくなっていた20世紀において,ポルトガルはカトリック国家の見本となったのです.
神の敵のなかで最も賢明なものは,自分たちが神に役立つのは神に不誠実な人々の背中に災難のもとを振りかけることだとよく知っています.もし神の友が自分たちが敵から災難を負わされているのは全ての霊魂が神に目を向け天国に入れるようになるためだと理解しさえすれば,諸々の陰謀説はすべてそれが持つ実際の重要さより重すぎも軽すぎもしない場所に落ちることでしょう.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて,
リチャード・ウィリアムソン司教
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第4パラグラフの訳注:
照明派(光明会) “the Illuminati” 「イルミナティ」について.
1776年バイエルン(Bavaria)の大学教授だった元イエズス会士アダム・ワイズハウプトによって創設された秘密団体.クニッゲの協力のもとにキリスト教に代る啓蒙主義的自由思想ないし理性宗教を広めようとした.会員は「完全可能者」と呼ばれたが,盛時でも2000人をこえなかった.ゲーテ,ヘルダーらもその会員であったといわれている.85年無政府主義的傾向のためバイエルン政府の手で禁圧された.
(ブリタニカ国際大百科事典参照)
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2011年10月30日日曜日
先祖代々のプライド
エレイソン・コメンツ 第222回 (2011年10月15日)
数か月前に出版されたイエズス(キリスト)の生涯に関する二作目の著書の中で教皇ベネディクト16世は,ユダヤ人たちはもうこれ以上,神殺し,すなわち神の殺害 (原文・ “deicide, i.e. the killing of God” )の責めを負わされるべきでないとジャーナリストたちに早合点させるような所見を述べられました.もっと悪いことに,5月17日には米国司教会議の世界教会(又は〈世界〉普遍教会・キリスト教会一致運動)および異宗教関係問題事務局の事務局長 (原文・ “the executive director of the US Bishops’ Conference’s Secretariat for Ecumenical and Interreligious Affairs” ) が,歴史上のいつの時代においてもユダヤ人たちを神殺しの罪で告発すれば必ずカトリック教会との交わりが断たれることになると述べました.今日,多くの人々が信じたいと思っていることに反して,いかに手短な形であろうと,イエズスの司法殺人について真実のカトリック教会が常に何を教えてきたかを今こそ思い起こす時です.
まず第一に,イエズスの殺害は本当に「神殺し “deicide” 」,すなわち神の殺害だったのです.なぜならイエズスは神の三つの位格のひとつを備えておられたのであり,神性に加えて人性をもお取りになった方だったからです(原文・ “…Jesus was the one of the three divine Persons who in addition to his divine nature had taken a human nature”. )十字架の上で殺されたのは何だったのでしょうか? それはただイエズスの人性(訳注:=人としてのイエズスの身体)だけです.だが十字架の上でイエズスの人性において殺された方はどなた(誰)だったのでしょうか? それは神の第二の位格,すなわち神に他なりません(原文・ “…the second divine Person, i.e. God”. ).つまり神が殺されたのであり,神殺しの罪が犯されたのです.(訳注後記)
第二に,イエズスは私たち罪深い人間をすべてその罪から救うために十字架の上で死なれました.その意味で,あらゆる人間がイエズスの死の目的でしたし今でもそうです.だが,ただユダヤ人(指導者と民衆)だけがその神殺しの第一の主要な仲介者だったのです.なぜなら,複数の福音書から明らかなように,もっとも関わりが強かった異邦人ポンツィオ・ピラト(訳注・原文・ “Pontius Pilate”.当時ユダヤを支配していたローマの総督)は,ユダヤ人指導者たちがユダヤ人民衆をたきつけてイエズスを十字架につけよと強く求めるよう仕向けなければ,決してイエズスに十字架刑を宣告することはなかったからです(マテオ聖福音書・27章20節参照)(訳注後記).確かに聖トマス・アクィナスは学識を持った指導者たちは無学な民衆よりも罪深い,と言っていますが(神学大全・第3章47,5)(原文・ “…says St Thomas Aquinas (Summa III, 47, 5)” ),彼らはみな一斉(いっせい)に叫びイエズスの血が彼ら自身とその子孫の上にしたたるよう求めたのです(マテオ27章25節)(原文・ “…they all cried together for Jesus’ blood to come down upon them and their children (Mt. XXVII, 25)”. )(訳注後記).
第三に,少なくとも教皇レオ13世 “Pope Leo XIII” はイエズスを殺せと強く求めた当時のユダヤ人たちと現代のユダヤ人集合体との間に実際の連帯が存在すると考えました.彼はイエズスの聖心(みこころ)に人類を奉献する行為 “Act of Consecration of the Human Race to the Sacred Heart of Jesus” において,19世紀末以降ずっと,神が「かつて神の選民だったその民族の子孫に対し慈悲の御目を向けて下さるよう,すなわち,昔は救世主の御血が自分たちにかかるようにと叫んだユダヤ人に,今は贖罪(しょくざい)と生命の洗盤(すなわち洗浄)(原文・ “a laver (i.e. washing)” ) が彼らに下りてくるよう」カトリック教会全体に祈るべく仕向けてこなかったでしょうか? (訳注後記)
だが,数世紀にわたりユダヤ人の間に存在するそのような連続性を感知したのは決して教皇レオ13世だけではありません.今日,彼らユダヤ人自身は旧約聖書の神により与えられた権利を根拠にパレスチナの土地に対する自らの所有権を主張しているのではないでしょうか? 今までに地球上に彼ら以上に誇らしげに自らを昔から全く同一のものとして識別している(原文・ “…proudly self-identifying as identical down the ages” )民族国家(原文・ “a race-people-nation” )が他にあるでしょうか? そもそも神により救世主を抱くよう育てられながら,悲しいかな,その救世主が現れたとき彼らユダヤ人は,集団的に,彼を認めることを拒否したのです.また集団的に,そこには常にいくつかの高貴な例外があるという意味で,彼らユダヤ人はその拒否に忠節を守ってきたのであり,それによって彼らはアブラハム,モーゼ,旧約聖書 “Abraham and Moses and the Old Testament” の宗教からアンナ,カイファ,タルムード “Annas, Caiphas and the Talmud” の宗教へと自らの宗教を変えたのです(訳注後記).悲劇的なことに,まさに神から受けたメシア信仰の(救世主的な)教えそのものが彼らユダヤ人が偽の救世主だと固執する一人の人(訳注・=イエズス・キリスト)を拒否するよう追い立てているのです.カトリック教会は常に彼らユダヤ人がこの世の終りに改心するだろうと教えてきましたが(ローマ人への手紙・11章26-27節参照)(訳注後記),彼らは実際にそうするときまで,集団的に真の救世主の敵として行動し続けることを選択する運命にあるようです.教皇がそのような古代から続く諸真理を排除することができるものでしょうか?
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第2パラグラフの訳注:
神の三つの位格のひとつ “the one of the three divine Persons” について.
“聖三位”,"The Holy Trinity" (英),"Trinitas Sanctus" (ラテン語)
神の三つの位格を表わす聖書からの引用例:
・(新約聖書・ヨハネによる聖福音書:第1章1-18節)
『はじめにみことばがあった.みことばは神とともにあった.みことばは神であった.
みことばははじめに神とともにあり,万物はみことばによって創られた.創られた物のうちに,一つとしてみことばによらずに創られたものはない.
みことばに生命があり,生命は人の光であった.光はやみに輝いたがやみはそれを悟らなかった(それに勝てなかった).
…みことばは肉体となって,私たちのうちに住まわれた.私たちはその栄光を見た.それは,御独り子として御父から受けられた栄光であって,恩寵と真理に満ちておられた.
…そうだ,私たちはそのみちあふれるところから恩寵に次ぐ恩寵を受けた.なぜなら,律法はモーゼを通じて与えられたが,恩寵と真理はイエズス・キリストによって私たちの上に来たからである.
神を見た人は一人もいない.御父のふところにまします御独り子の神がこれを示された.』
(注)「みことば」とは「父なる神の御独り子イエズス・キリスト」を指している.
(注釈)
福音史家ヨハネは,みことばの永続性を主張し,時が始まる先に,みことばは,父なる神と同じ神性を有しながら異なる位格をもつものとして,存在していたという.
みことばは三位一体の第二の位格である.「みことば」といわれる理由は,父なる神の内的,本質的みことばだからである(創世の書〈旧約〉1章1-5節参照).
* * *
・(新約聖書・マテオによる聖福音書:第28章16-20節)
『(イエズスの御復活後)ガリラヤに行った十一人の弟子は,イエズスが命令された山に登り,イエズスに会ってひれ伏した.けれども中には疑う者もあった.
イエズスは彼らに近づいて言われた,
「私には天と地のいっさいの権威が与えられている.行け,諸国の民に教え,聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊(せいれい)の名によって洗礼を授け,*私が命じたことをすべて守るように教えよ.私は世の終りまで常におまえたちとともにいる」.』
(注釈)
*キリスト紀元以後の歴史家が,すでに実現したと認めている尊い約束である.キリストの教会において生き,行い,勝利を得るのは,キリスト・イエズスである.
* * *
・(新約聖書・使徒パウロのコリント人への第二の手紙:第13章13節)
『…主イエズス・キリストの恩寵,神の愛,聖霊の交わりが一同とともにあるように.』
* * *
第3パラグラフの最初の訳注:
新約聖書・マテオによる聖福音書:第27章20節(太字部分)(15-26節を掲載)
THE HOLY GOSPEL OF JESUS CHRIST, ACCORDING TO ST. MATTHEW – 27:20 (27:15-26)
第3パラグラフの2つ目の訳注:
新約聖書・マテオによる聖福音書:第27章25節(太字部分)(上記掲載部分に含まれる)
THE HOLY GOSPEL OF JESUS CHRIST, ACCORDING TO ST. MATTHEW – 27:25
『祝日のたびに総督は民の望む囚人を一人赦免するのを例年のしきたりとしていた.そのころバラバという有名な囚人が獄(ごく)に入っていた.
民が集まったときピラトは聞いた,「おまえたちはだれの赦免を望むのか,バラバなのか,キリストと称するイエズスなのか」.ピラトはイエズスが訴えられたのはねたみのためだと知っていた.
ピラトがまだ法廷にいるときその妻から使者が来て伝言を伝えた,「あの義人(=イエズス)にかかわりをもたないでください.私は今日夢の中であの人を見,たいそう苦しい思いをしました」と.
司祭長と長老は,バラバをゆるしイエズスを殺すよう民をそそのかした.だから総督が「二人のうちだれをゆるしてほしいのか」と聞いたとき,彼らは「バラバを」と答えた.
ピラトは「ではキリストと称するイエズスをどうしたいのか」と聞いた.民は「十字架につけよ」と叫びたてるばかりであった.
自分の努力も実らず,むしろ騒動の起こらんとする気配を察したピラトは,水を取って民の前で手を洗い,「この男の血について私には責任がない.おまえたちで責任を取れ」と言った.
民は「その血はわれわれとわれわれの子孫の上にかかってよい」と答えた.
ピラトはバラバをゆるし,イエズスをむち打たせ,十字架につけるために引きわたした.』
* * *
第4パラグラフの訳注:
洗盤 “a laver (i.e. washing)” について.
または水盤とも言う.
ユダヤ教の祭司が祭式に供せられる物の洗浄や手足を洗い清める(沐浴・洗手・洗足)ために用いた青銅(又は真鍮〈しんちゅう〉)の大きなたらいのこと.
* * *
第5パラグラフのはじめの訳注:
・アブラハム “Abraham” …イスラエル民族(ユダヤ人・ヘブライ人)の始祖.名はヘブライ語で,「私はおまえを多くの民(諸国民)の父とする」と,神がアブラムの名をアブラハムと改称したときに仰せられたことに由来する.(旧約聖書・創世の書:15,17,21,22章参照)
・モーゼ “Moses” …紀元前13世紀のイスラエル(ヘブライ)の預言者.エジプトの奴隷状態だったイスラエル民族を解放し,彼らを率いてエジプト脱出からカナンの地へと導いた.途中シナイ山において神から「十戒」を含む律法を授けられた.
・旧約聖書 “the Old Testament” …本来ユダヤ教の正典で,正式の名は「律法・預言書と諸書」.
「旧約」とは神が預言者モーゼを通して人類に与えた契約を意味する.
キリスト教の立場からの名称であり,「新約」と区別して使われる.
①律法〈モーゼ五書〉…歴史書(創世書・脱出〈出エジプト〉書・レビ書・荒野〈民数〉書,第二法〈申命〉書など)
②預言書…(イザヤ書・エレミア書など)
③諸書…教訓書(詩篇・格言書・ヨブ書など)
・アンナ “Annas” …イエズス・キリストの公生活当時(ユダヤ教の大司祭経験者として)非常な権力を有し,ユダヤ教のかしらとして考えられていた.キリストの受難当時に大司祭だったカヤファの義父.イエズスの殺害をカヤファらと策謀した.
・カイファ(カヤファ) “Caiphas” …アンナの継子.
(新約聖書・ルカ聖福音書3:2,ヨハネ聖福音書11:49-53,18:13,14節参照)
・タルムード “the Talmud” …ヘブライ語で教訓,教義の意.前2世紀から5世紀までのユダヤ教ラビたちがおもにモーゼの律法を中心に行なった口伝,解説を集成したもので,ユダヤ教においては旧約聖書に続く聖典とされる.
…歴史的にもユダヤ精神,ユダヤ文化の精華であり,その生活の模範となり創造力の根源となっている.
(以上,フェデリコ・バルバロ神父訳聖書(講談社),ブリタニカ国際大百科事典,大辞泉,リーダーズ英和辞典,ジーニアス英和大辞典,ランダムハウス英和大辞典他を参照.)
* * *
第5パラグラフの2つ目の訳注:
使徒聖パウロによるローマ人への手紙:第11章26-27節(太字部分)(25-36節を掲載)
THE EPISTLE OF ST. PAUL THE APOSTLE TO THE ROMANS – 11:26-27 (11:25-36)
『兄弟たちよ,私はあなたたちが自分の知識に自負しないように,この奥義を知ってもらいたい.その奥義とはイスラエル(ユダヤ人)の幾分かがかたくなになったのは,異邦人が入ってその数が満ちるまでである.
こうして全イスラエルは救われるであろう.「シオンから解放者が出てヤコブから不敬を取り除く.それは私(=神)が彼ら(イスラエル)の罪を除くとき,彼らと交わす私の契約である」と書かれている.
福音についてはあなたたち(=異邦人)のためにイスラエルが敵にされ,選びについては先祖のためにイスラエルは愛されている(注・神の選民として).神の賜と召し出しは後悔のもとになるものではない.
あなたたちは前には神に不従順であり,今は彼ら(イスラエル)の不従順のために(神の)あわれみを受けたのであるが,彼ら(イスラエル)もあなたたち(異邦人)の受けたあわれみによって今は不従順な者となった.それは彼らもいつかあわれみを受けるためである.
こうして神は,すべての人にあわれみを現すために,すべての人を不従順に閉じ込められた.
ああ,神の富と上知と知識の深さよ,そのさばきは計り知れず,その道はきわめがたい.
「主の思いを知った者がいるか.だれがそのはかりごとの相談役であったか.先に神に与えて,のちにその報いを受けた者があったか」.
すべては神からであり,神によってであり,神のためである.神に代々に光栄あれ.アメン.』
(注)前後の部分(ローマ人への手紙第11章9-11章)(+〈注釈〉)参照.
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数か月前に出版されたイエズス(キリスト)の生涯に関する二作目の著書の中で教皇ベネディクト16世は,ユダヤ人たちはもうこれ以上,神殺し,すなわち神の殺害 (原文・ “deicide, i.e. the killing of God” )の責めを負わされるべきでないとジャーナリストたちに早合点させるような所見を述べられました.もっと悪いことに,5月17日には米国司教会議の世界教会(又は〈世界〉普遍教会・キリスト教会一致運動)および異宗教関係問題事務局の事務局長 (原文・ “the executive director of the US Bishops’ Conference’s Secretariat for Ecumenical and Interreligious Affairs” ) が,歴史上のいつの時代においてもユダヤ人たちを神殺しの罪で告発すれば必ずカトリック教会との交わりが断たれることになると述べました.今日,多くの人々が信じたいと思っていることに反して,いかに手短な形であろうと,イエズスの司法殺人について真実のカトリック教会が常に何を教えてきたかを今こそ思い起こす時です.
まず第一に,イエズスの殺害は本当に「神殺し “deicide” 」,すなわち神の殺害だったのです.なぜならイエズスは神の三つの位格のひとつを備えておられたのであり,神性に加えて人性をもお取りになった方だったからです(原文・ “…Jesus was the one of the three divine Persons who in addition to his divine nature had taken a human nature”. )十字架の上で殺されたのは何だったのでしょうか? それはただイエズスの人性(訳注:=人としてのイエズスの身体)だけです.だが十字架の上でイエズスの人性において殺された方はどなた(誰)だったのでしょうか? それは神の第二の位格,すなわち神に他なりません(原文・ “…the second divine Person, i.e. God”. ).つまり神が殺されたのであり,神殺しの罪が犯されたのです.(訳注後記)
第二に,イエズスは私たち罪深い人間をすべてその罪から救うために十字架の上で死なれました.その意味で,あらゆる人間がイエズスの死の目的でしたし今でもそうです.だが,ただユダヤ人(指導者と民衆)だけがその神殺しの第一の主要な仲介者だったのです.なぜなら,複数の福音書から明らかなように,もっとも関わりが強かった異邦人ポンツィオ・ピラト(訳注・原文・ “Pontius Pilate”.当時ユダヤを支配していたローマの総督)は,ユダヤ人指導者たちがユダヤ人民衆をたきつけてイエズスを十字架につけよと強く求めるよう仕向けなければ,決してイエズスに十字架刑を宣告することはなかったからです(マテオ聖福音書・27章20節参照)(訳注後記).確かに聖トマス・アクィナスは学識を持った指導者たちは無学な民衆よりも罪深い,と言っていますが(神学大全・第3章47,5)(原文・ “…says St Thomas Aquinas (Summa III, 47, 5)” ),彼らはみな一斉(いっせい)に叫びイエズスの血が彼ら自身とその子孫の上にしたたるよう求めたのです(マテオ27章25節)(原文・ “…they all cried together for Jesus’ blood to come down upon them and their children (Mt. XXVII, 25)”. )(訳注後記).
第三に,少なくとも教皇レオ13世 “Pope Leo XIII” はイエズスを殺せと強く求めた当時のユダヤ人たちと現代のユダヤ人集合体との間に実際の連帯が存在すると考えました.彼はイエズスの聖心(みこころ)に人類を奉献する行為 “Act of Consecration of the Human Race to the Sacred Heart of Jesus” において,19世紀末以降ずっと,神が「かつて神の選民だったその民族の子孫に対し慈悲の御目を向けて下さるよう,すなわち,昔は救世主の御血が自分たちにかかるようにと叫んだユダヤ人に,今は贖罪(しょくざい)と生命の洗盤(すなわち洗浄)(原文・ “a laver (i.e. washing)” ) が彼らに下りてくるよう」カトリック教会全体に祈るべく仕向けてこなかったでしょうか? (訳注後記)
だが,数世紀にわたりユダヤ人の間に存在するそのような連続性を感知したのは決して教皇レオ13世だけではありません.今日,彼らユダヤ人自身は旧約聖書の神により与えられた権利を根拠にパレスチナの土地に対する自らの所有権を主張しているのではないでしょうか? 今までに地球上に彼ら以上に誇らしげに自らを昔から全く同一のものとして識別している(原文・ “…proudly self-identifying as identical down the ages” )民族国家(原文・ “a race-people-nation” )が他にあるでしょうか? そもそも神により救世主を抱くよう育てられながら,悲しいかな,その救世主が現れたとき彼らユダヤ人は,集団的に,彼を認めることを拒否したのです.また集団的に,そこには常にいくつかの高貴な例外があるという意味で,彼らユダヤ人はその拒否に忠節を守ってきたのであり,それによって彼らはアブラハム,モーゼ,旧約聖書 “Abraham and Moses and the Old Testament” の宗教からアンナ,カイファ,タルムード “Annas, Caiphas and the Talmud” の宗教へと自らの宗教を変えたのです(訳注後記).悲劇的なことに,まさに神から受けたメシア信仰の(救世主的な)教えそのものが彼らユダヤ人が偽の救世主だと固執する一人の人(訳注・=イエズス・キリスト)を拒否するよう追い立てているのです.カトリック教会は常に彼らユダヤ人がこの世の終りに改心するだろうと教えてきましたが(ローマ人への手紙・11章26-27節参照)(訳注後記),彼らは実際にそうするときまで,集団的に真の救世主の敵として行動し続けることを選択する運命にあるようです.教皇がそのような古代から続く諸真理を排除することができるものでしょうか?
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
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第2パラグラフの訳注:
神の三つの位格のひとつ “the one of the three divine Persons” について.
“聖三位”,"The Holy Trinity" (英),"Trinitas Sanctus" (ラテン語)
神の三つの位格を表わす聖書からの引用例:
・(新約聖書・ヨハネによる聖福音書:第1章1-18節)
『はじめにみことばがあった.みことばは神とともにあった.みことばは神であった.
みことばははじめに神とともにあり,万物はみことばによって創られた.創られた物のうちに,一つとしてみことばによらずに創られたものはない.
みことばに生命があり,生命は人の光であった.光はやみに輝いたがやみはそれを悟らなかった(それに勝てなかった).
…みことばは肉体となって,私たちのうちに住まわれた.私たちはその栄光を見た.それは,御独り子として御父から受けられた栄光であって,恩寵と真理に満ちておられた.
…そうだ,私たちはそのみちあふれるところから恩寵に次ぐ恩寵を受けた.なぜなら,律法はモーゼを通じて与えられたが,恩寵と真理はイエズス・キリストによって私たちの上に来たからである.
神を見た人は一人もいない.御父のふところにまします御独り子の神がこれを示された.』
(注)「みことば」とは「父なる神の御独り子イエズス・キリスト」を指している.
(注釈)
福音史家ヨハネは,みことばの永続性を主張し,時が始まる先に,みことばは,父なる神と同じ神性を有しながら異なる位格をもつものとして,存在していたという.
みことばは三位一体の第二の位格である.「みことば」といわれる理由は,父なる神の内的,本質的みことばだからである(創世の書〈旧約〉1章1-5節参照).
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・(新約聖書・マテオによる聖福音書:第28章16-20節)
『(イエズスの御復活後)ガリラヤに行った十一人の弟子は,イエズスが命令された山に登り,イエズスに会ってひれ伏した.けれども中には疑う者もあった.
イエズスは彼らに近づいて言われた,
「私には天と地のいっさいの権威が与えられている.行け,諸国の民に教え,聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊(せいれい)の名によって洗礼を授け,*私が命じたことをすべて守るように教えよ.私は世の終りまで常におまえたちとともにいる」.』
(注釈)
*キリスト紀元以後の歴史家が,すでに実現したと認めている尊い約束である.キリストの教会において生き,行い,勝利を得るのは,キリスト・イエズスである.
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・(新約聖書・使徒パウロのコリント人への第二の手紙:第13章13節)
『…主イエズス・キリストの恩寵,神の愛,聖霊の交わりが一同とともにあるように.』
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第3パラグラフの最初の訳注:
新約聖書・マテオによる聖福音書:第27章20節(太字部分)(15-26節を掲載)
THE HOLY GOSPEL OF JESUS CHRIST, ACCORDING TO ST. MATTHEW – 27:20 (27:15-26)
第3パラグラフの2つ目の訳注:
新約聖書・マテオによる聖福音書:第27章25節(太字部分)(上記掲載部分に含まれる)
THE HOLY GOSPEL OF JESUS CHRIST, ACCORDING TO ST. MATTHEW – 27:25
『祝日のたびに総督は民の望む囚人を一人赦免するのを例年のしきたりとしていた.そのころバラバという有名な囚人が獄(ごく)に入っていた.
民が集まったときピラトは聞いた,「おまえたちはだれの赦免を望むのか,バラバなのか,キリストと称するイエズスなのか」.ピラトはイエズスが訴えられたのはねたみのためだと知っていた.
ピラトがまだ法廷にいるときその妻から使者が来て伝言を伝えた,「あの義人(=イエズス)にかかわりをもたないでください.私は今日夢の中であの人を見,たいそう苦しい思いをしました」と.
司祭長と長老は,バラバをゆるしイエズスを殺すよう民をそそのかした.だから総督が「二人のうちだれをゆるしてほしいのか」と聞いたとき,彼らは「バラバを」と答えた.
ピラトは「ではキリストと称するイエズスをどうしたいのか」と聞いた.民は「十字架につけよ」と叫びたてるばかりであった.
自分の努力も実らず,むしろ騒動の起こらんとする気配を察したピラトは,水を取って民の前で手を洗い,「この男の血について私には責任がない.おまえたちで責任を取れ」と言った.
民は「その血はわれわれとわれわれの子孫の上にかかってよい」と答えた.
ピラトはバラバをゆるし,イエズスをむち打たせ,十字架につけるために引きわたした.』
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第4パラグラフの訳注:
洗盤 “a laver (i.e. washing)” について.
または水盤とも言う.
ユダヤ教の祭司が祭式に供せられる物の洗浄や手足を洗い清める(沐浴・洗手・洗足)ために用いた青銅(又は真鍮〈しんちゅう〉)の大きなたらいのこと.
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第5パラグラフのはじめの訳注:
・アブラハム “Abraham” …イスラエル民族(ユダヤ人・ヘブライ人)の始祖.名はヘブライ語で,「私はおまえを多くの民(諸国民)の父とする」と,神がアブラムの名をアブラハムと改称したときに仰せられたことに由来する.(旧約聖書・創世の書:15,17,21,22章参照)
・モーゼ “Moses” …紀元前13世紀のイスラエル(ヘブライ)の預言者.エジプトの奴隷状態だったイスラエル民族を解放し,彼らを率いてエジプト脱出からカナンの地へと導いた.途中シナイ山において神から「十戒」を含む律法を授けられた.
・旧約聖書 “the Old Testament” …本来ユダヤ教の正典で,正式の名は「律法・預言書と諸書」.
「旧約」とは神が預言者モーゼを通して人類に与えた契約を意味する.
キリスト教の立場からの名称であり,「新約」と区別して使われる.
①律法〈モーゼ五書〉…歴史書(創世書・脱出〈出エジプト〉書・レビ書・荒野〈民数〉書,第二法〈申命〉書など)
②預言書…(イザヤ書・エレミア書など)
③諸書…教訓書(詩篇・格言書・ヨブ書など)
・アンナ “Annas” …イエズス・キリストの公生活当時(ユダヤ教の大司祭経験者として)非常な権力を有し,ユダヤ教のかしらとして考えられていた.キリストの受難当時に大司祭だったカヤファの義父.イエズスの殺害をカヤファらと策謀した.
・カイファ(カヤファ) “Caiphas” …アンナの継子.
(新約聖書・ルカ聖福音書3:2,ヨハネ聖福音書11:49-53,18:13,14節参照)
・タルムード “the Talmud” …ヘブライ語で教訓,教義の意.前2世紀から5世紀までのユダヤ教ラビたちがおもにモーゼの律法を中心に行なった口伝,解説を集成したもので,ユダヤ教においては旧約聖書に続く聖典とされる.
…歴史的にもユダヤ精神,ユダヤ文化の精華であり,その生活の模範となり創造力の根源となっている.
(以上,フェデリコ・バルバロ神父訳聖書(講談社),ブリタニカ国際大百科事典,大辞泉,リーダーズ英和辞典,ジーニアス英和大辞典,ランダムハウス英和大辞典他を参照.)
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第5パラグラフの2つ目の訳注:
使徒聖パウロによるローマ人への手紙:第11章26-27節(太字部分)(25-36節を掲載)
THE EPISTLE OF ST. PAUL THE APOSTLE TO THE ROMANS – 11:26-27 (11:25-36)
『兄弟たちよ,私はあなたたちが自分の知識に自負しないように,この奥義を知ってもらいたい.その奥義とはイスラエル(ユダヤ人)の幾分かがかたくなになったのは,異邦人が入ってその数が満ちるまでである.
こうして全イスラエルは救われるであろう.「シオンから解放者が出てヤコブから不敬を取り除く.それは私(=神)が彼ら(イスラエル)の罪を除くとき,彼らと交わす私の契約である」と書かれている.
福音についてはあなたたち(=異邦人)のためにイスラエルが敵にされ,選びについては先祖のためにイスラエルは愛されている(注・神の選民として).神の賜と召し出しは後悔のもとになるものではない.
あなたたちは前には神に不従順であり,今は彼ら(イスラエル)の不従順のために(神の)あわれみを受けたのであるが,彼ら(イスラエル)もあなたたち(異邦人)の受けたあわれみによって今は不従順な者となった.それは彼らもいつかあわれみを受けるためである.
こうして神は,すべての人にあわれみを現すために,すべての人を不従順に閉じ込められた.
ああ,神の富と上知と知識の深さよ,そのさばきは計り知れず,その道はきわめがたい.
「主の思いを知った者がいるか.だれがそのはかりごとの相談役であったか.先に神に与えて,のちにその報いを受けた者があったか」.
すべては神からであり,神によってであり,神のためである.神に代々に光栄あれ.アメン.』
(注)前後の部分(ローマ人への手紙第11章9-11章)(+〈注釈〉)参照.
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