エレイソン・コメンツ 第178回 (2010年12月11日)
先週までの三回の 「エレイソン・コメンツ」 (第175-177回) での議論はただ単にフランス人画家ポール・ゴーギャン “Paul Gauguin” (1848-1903年) によって触発されたにすぎません.なぜなら彼は並みいる近代芸術家たちの中でも決して最悪ではないからです.私の論点は,神は存在する,したがって近代芸術は 「くだらない」 “bosh” (イブリン・ウォーの 「ブライズヘッド再訪」 “Evelyn Waugh’s “Brideshead Revisited” I, 6 をご覧ください) ということではありません.むしろ,近代芸術はくだらない,したがって神は存在する,ということです.原因から結果に降りることと結果から原因に昇ることの間には重要な相違があるのです.
仮に私が,神の存在を前提として始め,たとえば近代芸術,近代音楽,近代オペラ演出などが誤りだと結論づけるなら,まず第一に,神とその存在はそれによって証明されません.そして第二に,神の宗教は私たちの自由を束縛する車輪止め(駐車違反車に取り付けるクランプ)みたいに私たちを急襲するもののように受け止められるでしょう.ところで,私は私であり,どんなものであろうと好きな芸術を自由に選びたいのはこの私なのです.だが,そこへ天国から舞い降りたとおぼしき駐車違反監視員が自由を取り締まりに来たとします.余計なお世話です!
一方,もし私が近代芸術についての私自身の体験から取り掛かれば,私はまず私が直に知っていることから始めます.そしてもしそれについての私の体験が,正直なところ,不満足なものであれば - ここでは必ずしも当てはまりませんが,もし当てはまるとすれば - その時,私は高く称賛されている近代芸術家たちの作品を前になぜこのように不安を感じるのか不思議に思い始めるかもしれません.私はもう一度その称賛に耳を傾けてみます.それでも私は確信できません.なぜでしょう?近代芸術が見苦しいからです.見苦しさのどこがいけないのでしょうか?それは美を欠いているからです.もし私が,たとえば絵に描かれた風景や女性の美しさを通して,それが持つ自然な本来の美,作品にみなぎる各部分の調和へと上昇し続けるなら,私の思考は私自身の個人的な体験から出発して万物の創造主に向けかなりの道のりを上昇することになるでしょう.
この後者の場合,神はもはや車輪止めを手に持つ駐車違反監視員のように映らなくなります.逆に,神は私たちの自由を抑圧するどころか,醜(みにく)さ (訳注・=見苦しさ. “ugliness” ) は世界を吹き抜けるカオス(混沌,こんとん.“chaos” )を造り出すものだと宣言する自由意思を人間に残してくれるかのように思えるのです.神はおそらく,醜さが不快を極めるあまり,私たちの思考を真理と善に向かわせるのではないかと望まれているのかもしれません.この時点では,神の宗教はもはや私たちの内なる自由に対する外からの車輪止めとは似つかぬものとなり,むしろ私の内にある最悪のものを退け最良のものを引きだす手助け,解放者となります.なぜなら,私が高慢でないかぎり,私は自分の内にあるものすべてが必ずしも秩序づけられ調和したものではないことを認めざるをえないからです.
その時点で,神の愛 ( “supernatural grace” .超自然の恩寵.) は,ある種の警官のように私の生来の性分に背後から乗り移って私のすることを何でも力ずくで制御しようとするものではないのだと思えるようになります.むしろそれはとてもよい友人で,もし私が願えば,私の内にある最悪なものから最良のものを解放するか,少なくともそうなるよう努めてくれるものなのです.
第二バチカン公会議と公会議の宗教の背後にある一つの原動力は,カトリックの伝統とはあたかもすべての人間生来の衝動を悪と決めつける鼻持ちならない警察官のような存在だという共有感覚でしたし,それは今でも変わっていません.確かに,私の堕落した性質から出る衝動は悪です ( “…the impulses of my fallen nature are bad,…” ). だが人間の性分には悪と裏腹に善良なものが隠れており ( “…there is good in our nature underneath the bad,” ),その善良な部分が息つくようにしてあげなければなりません.なぜなら私たちの内にあるその善は外からくる神の真実な宗教と完全に同調するからです.そうでなければ,私は自分の内なる悪の衝動から偽の宗教をねつ造しているということになるのです - まるで第二バチカン公会議のように.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
2010年12月13日月曜日
2010年12月8日水曜日
六ペニーの芸術
エレイソン・コメンツ 第177回 (2010年12月4日)
フランスの画家ポール・ゴーギャン “Paul Gauguin” (1848-1903年)は芸術のために社会と絶縁しましたが,(訳注・家庭を捨てるまでして)自由の身になって創作した芸術は彼に心の安らぎをもたらさなかったようです(EC175).英国の作家サマセット・モーム “Somerset Maugham” (1874-1965年)はゴーギャンの没後数年を経て彼の生涯を小説にしました.彼はその中で,ゴーギャンの(訳注・社会との)絶縁と心の安らぎの欠如の双方を確認しているように思えます(EC176). だが,この近代芸術家は,自分が向き合い,自分を支えてくれる社会となぜ折り合いがつかなくなったのでしょうか?また彼の生み出した近代芸術が概(がい)して見苦しいのはなぜなのでしょうか?そしてなぜ人々は見苦しい芸術を支持し続けるのでしょうか?
反逆的な芸術家はロマン派に遡(さかのぼ)ります.ロマン主義はフランス革命とともに繁栄しました.革命そのものは単に1789年に起きただけですが,その影響は今日までずっと玉座と祭壇 “throne and altar” (訳注・ローマ教皇聖座(司教座)とカトリック教会の祭壇(さいだん))をその地位から引きずりおろし続けてきました.近代芸術家たちは自ら住む社会を映し出すものですが(一般に芸術家とはそうせずにはいられないのでしょう),彼らは神の否定を着実に強めながら生きようとします.神が存在しなければ,有史以前から人の心を支配してきた神という錯覚から解き放たれ,新しい自由のもとで芸術が穏(おだ)やかに繁栄するはずだというわけです.だが近代芸術は果たして穏やかなものでしょうか?むしろ自滅的ではないでしょうか?
一方,もし神が存在し,そしてこれまでに数知れない芸術家たちが公言してきたように芸術家の才能は神の栄光のために使うべき天賦のものだとするなら,神を信じない芸術家は自身の持つ天資と折り合えなくなり,彼の天資は彼の属する社会と,社会は彼の天資と敵対するようになるでしょう.こうしたことはむしろ私たちの周りの至る所で目にする光景ではないでしょうか?例えば,現代の物質(唯物)主義者が表面で敬意を装いながらも,陰(かげ)ではあらゆる芸術を深く軽蔑しているというようなことです.
もし神が存在するなら,とにかく上の疑問に答えるのは簡単です.まず第一に,芸術家が社会に反目するのは,自らの内にある神の息吹すなわち自身の天分が神のない社会など卑(いや)しむべきものだと知っているからです.自分が軽蔑する社会が自分を支えてくれているとなると,彼は社会をますます卑しむべきものと捉(とら)えるでしょう.ワーグナー “Wagner” がかつて自分のオーケストラが拡大したため劇場の客席を一列取り除く事態となったとき「聴衆が少なくなる?なお結構!」と言ったのと同じです.第二に,神に敵対する天賦の才能が何か調和のとれた美しいものをどうして生み出せるものでしょうか?近代芸術を美しいと思うためには言葉の意味を逆に解釈しなければならなくなります.「きれいは汚い,汚いはきれい」 "Fair is foul and foul is fair" (マクベス)(訳注・シェークスピアの悲劇「マクベス」 “Macbeth” で登場する三人の魔女の言葉)・・・それにしても,近代芸術家はいつから女性の美を醜さと取り違えるようになったのでしょうか?そして第三に,現代人は神に戦いをいどみ,その手を緩(ゆる)める意思もないため,言葉の意味を逆に取りたがるのでしょう.1453年,コンスタンティノープル*の陥落(かんらく)直前にギリシア人たちは「冠よりトルコ人を」*と言いました.第二次世界大戦後、アメリカの上院議員たちは「カトリシズムよりむしろ共産主義をとる」と言い,その願望を叶えました.(*脚注…訳注後記)
手短にいえば、ワーグナー,ゴーギャン,モーム,その他あらゆる種類の近代芸術家たちが六ペニーの安物になり下がった私たちのキリスト教世界を軽蔑するのは結構ですが,それに対する答えは,近代芸術を用いて神とこれ以上戦うべきでないということです.神との戦いを止め,神本来の栄光を再び神に返し,キリストをキリスト教世界に戻すことです.人間が冠に立ち戻りもう一度カトリシズムを選び取るためには,あとどれだけの醜さが必要なのでしょうか?はたして第三次世界大戦(訳注・という醜さ)ですら(訳注・人間が神に立ち戻るための解決策として)十分たり得るでしょうか?
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第4パラグラフの脚注:
「コンスタンティノープル」 “Constantinople” について:
・現在のイスタンブール(欧州とアジアの境界となるボスポラスBosporus海峡の欧州側に臨(のぞ)むトルコ最大の都市(トルコの現在の首都はアンカラ).)
・古代ギリシア人の植民市ビザンティウムByzantiumとして創建され(紀元前658年),330年コンスタンティヌス1世(大帝)によりローマ帝国の首都コンスタンティノープル(コンスタンティノポリス)となる.その後ローマ帝国が決定的に東西に分裂した際(395年)コンスタンティヌス一世により東ローマ帝国(=ビザンティン帝国)の首都とされた(-1453年).(西ローマ帝国の首都はローマ.)
・ラテン語の他ギリシア語が公用語として用いられ,ギリシア的キリスト教観をもち,ギリシア文化の伝統のうえに立った東方教会(ギリシア正教会)が発展した.国際大都市として栄えた.
(この時,(既に313年コンスタンティヌス帝によりローマ帝国で公認されていた)ローマ・カトリック教会は西方教会として西ローマ帝国の方へ分かれ,公用語でもあったラテン語が用いられた.西ローマ帝国は,476−480年に滅亡したが,ローマ・カトリック教は,弱体化した西ローマ帝国の属州を次々と征服していった蛮族(異民族)たちが次第にローマ化してローマ・カトリック教に改宗していったため,そこから周辺地域の国々や住民たちに広がり後世に引き継がれていった.)
・その後オスマン・トルコに征服されてビザンティン帝国が滅び(1453年),都市名は「イスタンブール」と改称されオスマン・トルコの首都となった.
「冠よりトルコ人を」 “Rather the Turk than the tiara” について:
・もとは,東ローマ帝国(後のビザンティン帝国)のギリシア正教徒たちが言った言葉「ローマ教皇の冠よりトルコ人のターバンを(とる)」"Rather the turban of the Turk than the tiara of the Pope." に由来する.
・「冠」 “the tiara” =カトリック教会のローマ教皇位・教皇職の意味.
・“tiara” =ローマ教皇の三重冠・教皇冠のこと.ローマ教皇が典礼以外の公式の儀式に着用する冠.教皇の司祭権・司教権・教導権を表す三重の円形の冠で,頂上に十字架がはめられている.
(ブリタニカ国際百科事典参照))
フランスの画家ポール・ゴーギャン “Paul Gauguin” (1848-1903年)は芸術のために社会と絶縁しましたが,(訳注・家庭を捨てるまでして)自由の身になって創作した芸術は彼に心の安らぎをもたらさなかったようです(EC175).英国の作家サマセット・モーム “Somerset Maugham” (1874-1965年)はゴーギャンの没後数年を経て彼の生涯を小説にしました.彼はその中で,ゴーギャンの(訳注・社会との)絶縁と心の安らぎの欠如の双方を確認しているように思えます(EC176). だが,この近代芸術家は,自分が向き合い,自分を支えてくれる社会となぜ折り合いがつかなくなったのでしょうか?また彼の生み出した近代芸術が概(がい)して見苦しいのはなぜなのでしょうか?そしてなぜ人々は見苦しい芸術を支持し続けるのでしょうか?
反逆的な芸術家はロマン派に遡(さかのぼ)ります.ロマン主義はフランス革命とともに繁栄しました.革命そのものは単に1789年に起きただけですが,その影響は今日までずっと玉座と祭壇 “throne and altar” (訳注・ローマ教皇聖座(司教座)とカトリック教会の祭壇(さいだん))をその地位から引きずりおろし続けてきました.近代芸術家たちは自ら住む社会を映し出すものですが(一般に芸術家とはそうせずにはいられないのでしょう),彼らは神の否定を着実に強めながら生きようとします.神が存在しなければ,有史以前から人の心を支配してきた神という錯覚から解き放たれ,新しい自由のもとで芸術が穏(おだ)やかに繁栄するはずだというわけです.だが近代芸術は果たして穏やかなものでしょうか?むしろ自滅的ではないでしょうか?
一方,もし神が存在し,そしてこれまでに数知れない芸術家たちが公言してきたように芸術家の才能は神の栄光のために使うべき天賦のものだとするなら,神を信じない芸術家は自身の持つ天資と折り合えなくなり,彼の天資は彼の属する社会と,社会は彼の天資と敵対するようになるでしょう.こうしたことはむしろ私たちの周りの至る所で目にする光景ではないでしょうか?例えば,現代の物質(唯物)主義者が表面で敬意を装いながらも,陰(かげ)ではあらゆる芸術を深く軽蔑しているというようなことです.
もし神が存在するなら,とにかく上の疑問に答えるのは簡単です.まず第一に,芸術家が社会に反目するのは,自らの内にある神の息吹すなわち自身の天分が神のない社会など卑(いや)しむべきものだと知っているからです.自分が軽蔑する社会が自分を支えてくれているとなると,彼は社会をますます卑しむべきものと捉(とら)えるでしょう.ワーグナー “Wagner” がかつて自分のオーケストラが拡大したため劇場の客席を一列取り除く事態となったとき「聴衆が少なくなる?なお結構!」と言ったのと同じです.第二に,神に敵対する天賦の才能が何か調和のとれた美しいものをどうして生み出せるものでしょうか?近代芸術を美しいと思うためには言葉の意味を逆に解釈しなければならなくなります.「きれいは汚い,汚いはきれい」 "Fair is foul and foul is fair" (マクベス)(訳注・シェークスピアの悲劇「マクベス」 “Macbeth” で登場する三人の魔女の言葉)・・・それにしても,近代芸術家はいつから女性の美を醜さと取り違えるようになったのでしょうか?そして第三に,現代人は神に戦いをいどみ,その手を緩(ゆる)める意思もないため,言葉の意味を逆に取りたがるのでしょう.1453年,コンスタンティノープル*の陥落(かんらく)直前にギリシア人たちは「冠よりトルコ人を」*と言いました.第二次世界大戦後、アメリカの上院議員たちは「カトリシズムよりむしろ共産主義をとる」と言い,その願望を叶えました.(*脚注…訳注後記)
手短にいえば、ワーグナー,ゴーギャン,モーム,その他あらゆる種類の近代芸術家たちが六ペニーの安物になり下がった私たちのキリスト教世界を軽蔑するのは結構ですが,それに対する答えは,近代芸術を用いて神とこれ以上戦うべきでないということです.神との戦いを止め,神本来の栄光を再び神に返し,キリストをキリスト教世界に戻すことです.人間が冠に立ち戻りもう一度カトリシズムを選び取るためには,あとどれだけの醜さが必要なのでしょうか?はたして第三次世界大戦(訳注・という醜さ)ですら(訳注・人間が神に立ち戻るための解決策として)十分たり得るでしょうか?
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第4パラグラフの脚注:
「コンスタンティノープル」 “Constantinople” について:
・現在のイスタンブール(欧州とアジアの境界となるボスポラスBosporus海峡の欧州側に臨(のぞ)むトルコ最大の都市(トルコの現在の首都はアンカラ).)
・古代ギリシア人の植民市ビザンティウムByzantiumとして創建され(紀元前658年),330年コンスタンティヌス1世(大帝)によりローマ帝国の首都コンスタンティノープル(コンスタンティノポリス)となる.その後ローマ帝国が決定的に東西に分裂した際(395年)コンスタンティヌス一世により東ローマ帝国(=ビザンティン帝国)の首都とされた(-1453年).(西ローマ帝国の首都はローマ.)
・ラテン語の他ギリシア語が公用語として用いられ,ギリシア的キリスト教観をもち,ギリシア文化の伝統のうえに立った東方教会(ギリシア正教会)が発展した.国際大都市として栄えた.
(この時,(既に313年コンスタンティヌス帝によりローマ帝国で公認されていた)ローマ・カトリック教会は西方教会として西ローマ帝国の方へ分かれ,公用語でもあったラテン語が用いられた.西ローマ帝国は,476−480年に滅亡したが,ローマ・カトリック教は,弱体化した西ローマ帝国の属州を次々と征服していった蛮族(異民族)たちが次第にローマ化してローマ・カトリック教に改宗していったため,そこから周辺地域の国々や住民たちに広がり後世に引き継がれていった.)
・その後オスマン・トルコに征服されてビザンティン帝国が滅び(1453年),都市名は「イスタンブール」と改称されオスマン・トルコの首都となった.
「冠よりトルコ人を」 “Rather the Turk than the tiara” について:
・もとは,東ローマ帝国(後のビザンティン帝国)のギリシア正教徒たちが言った言葉「ローマ教皇の冠よりトルコ人のターバンを(とる)」"Rather the turban of the Turk than the tiara of the Pope." に由来する.
・「冠」 “the tiara” =カトリック教会のローマ教皇位・教皇職の意味.
・“tiara” =ローマ教皇の三重冠・教皇冠のこと.ローマ教皇が典礼以外の公式の儀式に着用する冠.教皇の司祭権・司教権・教導権を表す三重の円形の冠で,頂上に十字架がはめられている.
(ブリタニカ国際百科事典参照))
2010年11月21日日曜日
絶望的な逃避
エレイソン・コメンツ 第175回 (2010年11月20日)
現在ロンドンのテイト・モダン “Tate Modern” (近代(現代)美術館)で,もう一人の偉大な近代芸術家である - それともそう書くと言葉の矛盾になるでしょうか? - フランス人画家ポール・ゴーギャン “Paul Gauguin” (1848年生-1903年没)の展覧会が開かれています.人間はみな人生とは何かについてのビジョンを必要とするように人生についての絵を必要とします.今日では電子技術が大半の絵を提供してくれますが,ゴーギャンの時代には画家たちがまだ絶大な影響力を持っていました.
1848年,パリに生れたゴーギャンは,あちこち旅をし職業を転々とした後,23歳で株式仲買人になりました.その2年後にデンマーク人の女性と結婚し,10年間で5人の子供に恵まれました.この時期は彼にとって絵を画くことは画才を楽しむ単なる趣味に過ぎませんでした.しかし1884年にデンマークの首都コペンハーゲンで事業を始める試みが失敗に終わると翌年,彼はまだ若い家族を捨て専業芸術家になろうとパリに戻りました.
1888年,彼はヴァン・ゴッホ “Van Gogh” と共に絵を画くため9週間をアルル “Arles” で過ごしましたが,この試みは惨憺(さんたん)たる結果に終わりました.彼はパリに戻りましたが,生活に十分な稼ぎもなくまだ画家としても評価されていなかったので,1891年に熱帯地域へ向けて船出(ふなで)しました.それは「うわべだけで型にはまったものすべてから逃れるため」でした.彼は,一度だけパリに帰りしばらく滞在しましたが,それ以外は当時フランス領ポリネシアの植民地だった南太平洋のタヒチ島とマルキーズ諸島 “Tahiti and the Marquesas Islands” で余生を過ごしました.彼はそこで後に名声を得た絵の大半を生み出したのですが,依然としてカトリック教会や国家と戦い続けていました.彼が3か月の禁固刑を受けながら服役をまぬかれたのは,ひとえに1903年に死去したためでした.
ヴァン・ゴッホ同様,ゴーギャンも19世紀後期特有の重苦しい従来型の美術様式で絵を画き始めました.だが,ほぼ同時期のヴァン・ゴッホがそうであったように,ゴーギャンの絵の色彩(しきさい)はずっと明るくなり,様式も従来型からかなりはずれていきました.事実,ゴーギャンは美術における原始主義運動 “the Primitivist movement in art” の創始者であり,彼の死後まもなく,才気あふれながらも反体制精神旺盛(おうせい)だったピカソ “Picasso” にかなり大きな影響を与えました.原始主義は,欧州文明がまるで燃え尽きてしまったかのように思われたため原始的な根源に回帰しようとしたことを意味しました.芸術家たちがアフリカやアジアに目を向けたのはそのためです.顕著(けんちょ)な例がピカソの描いた「アヴィニョンの娘たち」 “Les Demoiselles d’Avignon” です.同じ流れの中で,ゴーギャンは1891年にポリネシアに向け飛び立ち,そこでカトリック宣教師たちが島々へ侵入してきたことを苦々(にがにが)しく感じ,カトリック布教以前の現地の神話に出てくる多神教の神々について学び,それを自分の絵に取り入れました.その中には疑似(ぎじ)悪魔的な人物像が何点か含まれています.
ゴーギャンがタヒチで描いた絵はどれも疑いなく彼の最高傑作ですが,はたしてその作品のビジョンは自らが突っぱね,捨て去った退廃(たいはい)的な西洋文明社会の諸問題に対する実行可能な解決策となっているでしょうか?そうとも思えません.テート・モダンの展覧会で展示中の絵はいずれも原画で色彩豊かですが,描かれたタヒチの人々は,ほとんどが若い女性で,どことなく無気力でさえない印象です.ゴーギャンにとってタヒチは逃避先とはなり得ても希望の地ではありません.退廃的な西洋社会についての彼の見方は正しかったかもしれませんが,彼がポリネシア芸術の中で描き出した地上の楽園は彼に安らぎを与えることはありませんでした.そして,彼は反逆精神を抱いたまま死にました.そこには彼がまだ解決していない問題がいくつか残されているのです.
興味深いのは,著名な20世紀の英国人作家サマセット・モーム “Somerset Maugham” が書いたゴーギャンの人生のフィクション版です.来週の「エレイソン・コメンツ」をご覧下さい.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
現在ロンドンのテイト・モダン “Tate Modern” (近代(現代)美術館)で,もう一人の偉大な近代芸術家である - それともそう書くと言葉の矛盾になるでしょうか? - フランス人画家ポール・ゴーギャン “Paul Gauguin” (1848年生-1903年没)の展覧会が開かれています.人間はみな人生とは何かについてのビジョンを必要とするように人生についての絵を必要とします.今日では電子技術が大半の絵を提供してくれますが,ゴーギャンの時代には画家たちがまだ絶大な影響力を持っていました.
1848年,パリに生れたゴーギャンは,あちこち旅をし職業を転々とした後,23歳で株式仲買人になりました.その2年後にデンマーク人の女性と結婚し,10年間で5人の子供に恵まれました.この時期は彼にとって絵を画くことは画才を楽しむ単なる趣味に過ぎませんでした.しかし1884年にデンマークの首都コペンハーゲンで事業を始める試みが失敗に終わると翌年,彼はまだ若い家族を捨て専業芸術家になろうとパリに戻りました.
1888年,彼はヴァン・ゴッホ “Van Gogh” と共に絵を画くため9週間をアルル “Arles” で過ごしましたが,この試みは惨憺(さんたん)たる結果に終わりました.彼はパリに戻りましたが,生活に十分な稼ぎもなくまだ画家としても評価されていなかったので,1891年に熱帯地域へ向けて船出(ふなで)しました.それは「うわべだけで型にはまったものすべてから逃れるため」でした.彼は,一度だけパリに帰りしばらく滞在しましたが,それ以外は当時フランス領ポリネシアの植民地だった南太平洋のタヒチ島とマルキーズ諸島 “Tahiti and the Marquesas Islands” で余生を過ごしました.彼はそこで後に名声を得た絵の大半を生み出したのですが,依然としてカトリック教会や国家と戦い続けていました.彼が3か月の禁固刑を受けながら服役をまぬかれたのは,ひとえに1903年に死去したためでした.
ヴァン・ゴッホ同様,ゴーギャンも19世紀後期特有の重苦しい従来型の美術様式で絵を画き始めました.だが,ほぼ同時期のヴァン・ゴッホがそうであったように,ゴーギャンの絵の色彩(しきさい)はずっと明るくなり,様式も従来型からかなりはずれていきました.事実,ゴーギャンは美術における原始主義運動 “the Primitivist movement in art” の創始者であり,彼の死後まもなく,才気あふれながらも反体制精神旺盛(おうせい)だったピカソ “Picasso” にかなり大きな影響を与えました.原始主義は,欧州文明がまるで燃え尽きてしまったかのように思われたため原始的な根源に回帰しようとしたことを意味しました.芸術家たちがアフリカやアジアに目を向けたのはそのためです.顕著(けんちょ)な例がピカソの描いた「アヴィニョンの娘たち」 “Les Demoiselles d’Avignon” です.同じ流れの中で,ゴーギャンは1891年にポリネシアに向け飛び立ち,そこでカトリック宣教師たちが島々へ侵入してきたことを苦々(にがにが)しく感じ,カトリック布教以前の現地の神話に出てくる多神教の神々について学び,それを自分の絵に取り入れました.その中には疑似(ぎじ)悪魔的な人物像が何点か含まれています.
ゴーギャンがタヒチで描いた絵はどれも疑いなく彼の最高傑作ですが,はたしてその作品のビジョンは自らが突っぱね,捨て去った退廃(たいはい)的な西洋文明社会の諸問題に対する実行可能な解決策となっているでしょうか?そうとも思えません.テート・モダンの展覧会で展示中の絵はいずれも原画で色彩豊かですが,描かれたタヒチの人々は,ほとんどが若い女性で,どことなく無気力でさえない印象です.ゴーギャンにとってタヒチは逃避先とはなり得ても希望の地ではありません.退廃的な西洋社会についての彼の見方は正しかったかもしれませんが,彼がポリネシア芸術の中で描き出した地上の楽園は彼に安らぎを与えることはありませんでした.そして,彼は反逆精神を抱いたまま死にました.そこには彼がまだ解決していない問題がいくつか残されているのです.
興味深いのは,著名な20世紀の英国人作家サマセット・モーム “Somerset Maugham” が書いたゴーギャンの人生のフィクション版です.来週の「エレイソン・コメンツ」をご覧下さい.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
2010年7月23日金曜日
近代芸術その2
エレイソン・コメンツ 第157回 (2010年7月17日)
近代芸術は,その非常な醜(みにく)さゆえに神の存在と高潔さを示してくれます.エレイソン・コメンツ第144回いらい3か月経ちますが,もう一度この逆説に戻ってみましょう.芸術における美しさと醜さの常識的違いを認識する人は,さらに進んで神の存在なしには美と醜さの違いも存在しないことを理解することになるのではないかと期待するからです.
「芸術」という言葉は技能,もしくは人間の技能による産物を意味します.それは絵画,描画,彫刻,衣服のファッション,音楽,建築,その他いろいろあります.「近代芸術」という表現は通常,特に絵画や彫刻について触れるときに使われるもので,1900年代初期以降に,20世紀以前に理解されていた美に対するあらゆる基準,尺度を故意に拒んだ,また現在も拒み続けている,芸術家たちの運動から生まれました.近代以前の芸術と近代芸術との相違は,ここロンドンのミルバンクにある古典的なテイト美術館と,10年前にテムズ川の対岸にあるその生みの親から少しボートで下流に下ったところに開設された新しい美術館であるテイト近代美術館(「テイト・モダン」“Tate Modern” )との相違と同じくらい現実的かつ明快なものです.それはあたかも近代芸術が近代以前の芸術と同じ屋根の下で静かに座っていることができないかのようです.両者は,ちょうど古い教会建築と新典礼がそうであるように,互いに競い合っています.
この意味での近代芸術とは,その醜さで特徴づけられています.この点では,常識は(旧ソ連の)共産主義指導者フルシチョフ(“Kruschev, Nikita Sergeevich”(1894-1971))と一致します.彼はロシアでの近代芸術展について,「ロバが尻尾で描いた方がずっとましなものができるだろう」と酷評したと伝えられています.ところで,醜さとは何でしょうか?それは不調和のことです.アリアンナ・ハフィングトン (“Arianna Huffington”) は,その賞賛に値する著書「創作者かつ破壊者たるピカソ」(“Picasso, Creator and Destroyer”)の中で,ピカソが6人の(主な)女性たちと恋に落ちる度に描いた絵画のどれもが穏やかで,彼女たちの自然な美しさを反映したものであったが,再び失恋するや否やたちまち彼の激怒がその絵画の美しさを粉々に引き裂いてしまい,その時の作品が近代芸術の「最高傑作」と化した,ということを実証しています.そのパターンはピカソの中で,まるで時計仕掛けのように規則正しく繰り返されているというわけです!
このように,芸術における美は単にこの世の調和であっても,霊魂における調和から生まれます.これに対し,醜さは,憎しみと同じように霊魂における不調和から発生するのです.だが調和は,それが存在するための相手として不調和を必要としません.これに反して,不調和は,その言葉が示唆するように,本質的に競い合う相手たる調和を前提として必要とします.ですから,調和は不調和に先立つものです.そして,あらゆる不調和はなんらかの意味で調和を立証するものとして存在するのです.だが,愛らしい女性たちを描いたどんな絵画にも増して美しく深い調和に満ちあふれているのは聖母を描いた絵画でしょう.なぜなら,神の御母(訳注・神の御母=聖母すなわち神であるイエズス・キリストの御母.)を描いている画家の霊魂における調和は,いかに美しく愛らしかろうと単なる人間の女性モデルを描くときに生じる霊感(ひらめき)をはるかに超える高貴かつ深遠な極みにまで到達することができるからです.なぜそうなるのでしょうか?それは,聖母の美しさが彼女の神との近しい親密さに由来するものだからです.神の調和は - 神聖であり,全く飾り気がなく,完全な純真さと無邪気さ,また統一性に満ちており - 単なる被造物のなかで最も美しいというだけに過ぎない人間的な調和を無限に凌(しの)ぐものです.(訳注後記)
したがって,お粗末な近代芸術はそれ自体が欠いている調和を指し示すものであり,あらゆる調和は神を指し示すものです.そうであるならば,トリエント公会議式ミサ典礼(訳注後記)を格納するのに近代建築の醜さを用いることをするような人が誰も出ないようにしましょう.もしそのような醜さを欲する人があれば,その人は新しい典礼(訳注・“Novus Ordo Mass”.第二バチカン公会議で定められた新典礼のこと.)の不調和を欲しているかそれに仕えていると推測されることになるでしょう!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(下から2つ目のパラグラフ最後の訳注)
被造物=地上の全ての生き物.地上の生物はすべて神の創造により存在する.
「単なる被造物」 (“mere creatures” ) という言い方には「いつかは腐敗して滅びる儚(はかな)い存在(人間と自然界・動植物)」という意味合いが含まれている.神は永遠(無限)であり,被造物は有限である.
原罪の下にある被造物の世界(地上)で人間が決める「美」には(「罪の支払う報酬は死である」との聖書の言葉通り)さまざまな意味で限界があり,人間が傍(はた)から見てどんなに美しいと評価する存在であっても,神との間に調和的な関係にないものの霊魂は,罪に汚れて醜いまま残り,いつかは罪ゆえに地上での姿は腐敗し廃(すた)れて滅びる運命にある.
しかし,神から美しいと評価されるような神の美(=神の調和)をその霊魂の内側に宿(やど)し備えているものは,聖母のように神により原罪を免れ,霊魂の神聖さを保ち永遠に神の国に生き続けることができる.
「神の調和」を示す例として,
新約聖書・(使徒聖パウロによる)ガラツィア人への手紙:第5章13-26節(特に16-23または24節)参照.(以下に引用)
…兄弟たちよ,あなたたちは自由のために召された.ただその自由を肉への刺激として用いてはならない.むしろ愛によって互いに奴隷となれ.全律法は「自分と同じように隣人を愛せよ」という一言に含まれているからである.互いにかみ合い食い合って,ともに食い尽くされぬように注意せよ.
私は言う.霊によって歩め.そうすれば肉の欲を遂げさせることはない.*¹実に肉の望むことは霊に反し,霊の望むことは肉に反する.あなたたちが望みのままに行わぬように,それらは相反している.もしあなたたちが霊に導かれているのなら,律法の下(もと)にはいない.
*²〈肉の行いは明白である.すなわち,淫行(いんこう),不潔,猥褻(わいせつ),偶像崇拝,魔術,憎悪,紛争,嫉妬,憤怒(ふんぬ),徒党(ととう),分離,異端(いたん),羨望(せんぼう),泥酔(でいすい),遊蕩(ゆうとう),そしてそれらに似たことなどである.
私は前にも言ったように,またあらかじめ注意する.上のようなことを行う者は神の国を継がない.〉
それに反して,霊の実は,愛,喜び,平和,寛容(かんよう),仁慈(じんじ),善良,誠実,柔和(にゅうわ),節制(せっせい)であって,*³これらのことに反対する律法はない.
*⁴キリスト・イエズスにある者は,肉をその欲と望みとともに十字架につけた.
私たちが霊によって生きているのなら,また霊によって歩もう.いどみ合い,ねたみ合って,虚栄(きょえい)を求めることのないようにしよう.
(注釈)
「律法」=神が人間を死の滅びから救うために預言者モーゼを通して人間にお与えになった掟(おきて)のこと.神の十戒.しかし,「律法」はかえって人間を罪に定める根拠となり,罪の罰である「死」に定める原罪から人間を解放することができなかった.人間は,「律法(を行うこと)による義」によってではなく,人間の罪の贖(あがな)いとしての十字架上の死から復活された罪のない神の御独り子イエズス・キリストに対する「信仰による義(キリストを通じて注がれる神の恵み)」によって原罪から解放され,神からの聖寵を回復することにより死から救われる.
(ヨハネによる福音書・第1章1-18節参照)
*¹肉が選ぶと霊はそれに反対する.霊が選ぶと肉がそれに反対する.すなわち,コリント人への第一の手紙・第2章14節,ローマ人への手紙・第8章1節以下にあるように,自然の人間と恩寵(おんちょう=神の恵み)に生きる人間との対立が述べられている.
(新約聖書・コリント人への第一の手紙:第2章14節)…*動物的な人間は神の霊のことを受け入れぬ.その人にとっては愚かなことに思えるので理解することができぬ.なぜなら霊のことは霊によって判断すべきものだからである.〈注釈:*「動物的な人間」=原文は「プシケ」の人とある.これは「プネウマ」(霊)の人と対立するもので,自然の能力に従って生きる人のことである.〉
(新約聖書・ローマ人への手紙:第8章1節以下と,下記の注釈の中で引用されている聖書の箇所については,後で追加するか用語集の方に記載します.)
*²〈 〉内…ローマ人への手紙・第1章19-31節,コリント人への第一の手紙・第6章9-10節参照.
*³「こういう生活の人に対して」という訳もある.これらのことを行う人は律法の罰を受けない.
*⁴ローマ人への手紙・第6章2-6節,第8章13節参照.
* * *
(最後のパラグラフの訳注)
トリエント公会議式ミサ典礼
英語で“Tridentine Mass”.北イタリアの都市トレント(“Trento”=トリエント(ドイツ語))で開催された公会議(1545-63)で定められた形式のミサ典礼.伝統(聖伝)のミサ典礼とも呼ばれる.トレント公会議では,当時の宗教改革の危機を克服するためカトリックの正統教義を確認するとともにその教義の強化とそれに則った教会の改革がなされた.
近代芸術は,その非常な醜(みにく)さゆえに神の存在と高潔さを示してくれます.エレイソン・コメンツ第144回いらい3か月経ちますが,もう一度この逆説に戻ってみましょう.芸術における美しさと醜さの常識的違いを認識する人は,さらに進んで神の存在なしには美と醜さの違いも存在しないことを理解することになるのではないかと期待するからです.
「芸術」という言葉は技能,もしくは人間の技能による産物を意味します.それは絵画,描画,彫刻,衣服のファッション,音楽,建築,その他いろいろあります.「近代芸術」という表現は通常,特に絵画や彫刻について触れるときに使われるもので,1900年代初期以降に,20世紀以前に理解されていた美に対するあらゆる基準,尺度を故意に拒んだ,また現在も拒み続けている,芸術家たちの運動から生まれました.近代以前の芸術と近代芸術との相違は,ここロンドンのミルバンクにある古典的なテイト美術館と,10年前にテムズ川の対岸にあるその生みの親から少しボートで下流に下ったところに開設された新しい美術館であるテイト近代美術館(「テイト・モダン」“Tate Modern” )との相違と同じくらい現実的かつ明快なものです.それはあたかも近代芸術が近代以前の芸術と同じ屋根の下で静かに座っていることができないかのようです.両者は,ちょうど古い教会建築と新典礼がそうであるように,互いに競い合っています.
この意味での近代芸術とは,その醜さで特徴づけられています.この点では,常識は(旧ソ連の)共産主義指導者フルシチョフ(“Kruschev, Nikita Sergeevich”(1894-1971))と一致します.彼はロシアでの近代芸術展について,「ロバが尻尾で描いた方がずっとましなものができるだろう」と酷評したと伝えられています.ところで,醜さとは何でしょうか?それは不調和のことです.アリアンナ・ハフィングトン (“Arianna Huffington”) は,その賞賛に値する著書「創作者かつ破壊者たるピカソ」(“Picasso, Creator and Destroyer”)の中で,ピカソが6人の(主な)女性たちと恋に落ちる度に描いた絵画のどれもが穏やかで,彼女たちの自然な美しさを反映したものであったが,再び失恋するや否やたちまち彼の激怒がその絵画の美しさを粉々に引き裂いてしまい,その時の作品が近代芸術の「最高傑作」と化した,ということを実証しています.そのパターンはピカソの中で,まるで時計仕掛けのように規則正しく繰り返されているというわけです!
このように,芸術における美は単にこの世の調和であっても,霊魂における調和から生まれます.これに対し,醜さは,憎しみと同じように霊魂における不調和から発生するのです.だが調和は,それが存在するための相手として不調和を必要としません.これに反して,不調和は,その言葉が示唆するように,本質的に競い合う相手たる調和を前提として必要とします.ですから,調和は不調和に先立つものです.そして,あらゆる不調和はなんらかの意味で調和を立証するものとして存在するのです.だが,愛らしい女性たちを描いたどんな絵画にも増して美しく深い調和に満ちあふれているのは聖母を描いた絵画でしょう.なぜなら,神の御母(訳注・神の御母=聖母すなわち神であるイエズス・キリストの御母.)を描いている画家の霊魂における調和は,いかに美しく愛らしかろうと単なる人間の女性モデルを描くときに生じる霊感(ひらめき)をはるかに超える高貴かつ深遠な極みにまで到達することができるからです.なぜそうなるのでしょうか?それは,聖母の美しさが彼女の神との近しい親密さに由来するものだからです.神の調和は - 神聖であり,全く飾り気がなく,完全な純真さと無邪気さ,また統一性に満ちており - 単なる被造物のなかで最も美しいというだけに過ぎない人間的な調和を無限に凌(しの)ぐものです.(訳注後記)
したがって,お粗末な近代芸術はそれ自体が欠いている調和を指し示すものであり,あらゆる調和は神を指し示すものです.そうであるならば,トリエント公会議式ミサ典礼(訳注後記)を格納するのに近代建築の醜さを用いることをするような人が誰も出ないようにしましょう.もしそのような醜さを欲する人があれば,その人は新しい典礼(訳注・“Novus Ordo Mass”.第二バチカン公会議で定められた新典礼のこと.)の不調和を欲しているかそれに仕えていると推測されることになるでしょう!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(下から2つ目のパラグラフ最後の訳注)
被造物=地上の全ての生き物.地上の生物はすべて神の創造により存在する.
「単なる被造物」 (“mere creatures” ) という言い方には「いつかは腐敗して滅びる儚(はかな)い存在(人間と自然界・動植物)」という意味合いが含まれている.神は永遠(無限)であり,被造物は有限である.
原罪の下にある被造物の世界(地上)で人間が決める「美」には(「罪の支払う報酬は死である」との聖書の言葉通り)さまざまな意味で限界があり,人間が傍(はた)から見てどんなに美しいと評価する存在であっても,神との間に調和的な関係にないものの霊魂は,罪に汚れて醜いまま残り,いつかは罪ゆえに地上での姿は腐敗し廃(すた)れて滅びる運命にある.
しかし,神から美しいと評価されるような神の美(=神の調和)をその霊魂の内側に宿(やど)し備えているものは,聖母のように神により原罪を免れ,霊魂の神聖さを保ち永遠に神の国に生き続けることができる.
「神の調和」を示す例として,
新約聖書・(使徒聖パウロによる)ガラツィア人への手紙:第5章13-26節(特に16-23または24節)参照.(以下に引用)
…兄弟たちよ,あなたたちは自由のために召された.ただその自由を肉への刺激として用いてはならない.むしろ愛によって互いに奴隷となれ.全律法は「自分と同じように隣人を愛せよ」という一言に含まれているからである.互いにかみ合い食い合って,ともに食い尽くされぬように注意せよ.
私は言う.霊によって歩め.そうすれば肉の欲を遂げさせることはない.*¹実に肉の望むことは霊に反し,霊の望むことは肉に反する.あなたたちが望みのままに行わぬように,それらは相反している.もしあなたたちが霊に導かれているのなら,律法の下(もと)にはいない.
*²〈肉の行いは明白である.すなわち,淫行(いんこう),不潔,猥褻(わいせつ),偶像崇拝,魔術,憎悪,紛争,嫉妬,憤怒(ふんぬ),徒党(ととう),分離,異端(いたん),羨望(せんぼう),泥酔(でいすい),遊蕩(ゆうとう),そしてそれらに似たことなどである.
私は前にも言ったように,またあらかじめ注意する.上のようなことを行う者は神の国を継がない.〉
それに反して,霊の実は,愛,喜び,平和,寛容(かんよう),仁慈(じんじ),善良,誠実,柔和(にゅうわ),節制(せっせい)であって,*³これらのことに反対する律法はない.
*⁴キリスト・イエズスにある者は,肉をその欲と望みとともに十字架につけた.
私たちが霊によって生きているのなら,また霊によって歩もう.いどみ合い,ねたみ合って,虚栄(きょえい)を求めることのないようにしよう.
(注釈)
「律法」=神が人間を死の滅びから救うために預言者モーゼを通して人間にお与えになった掟(おきて)のこと.神の十戒.しかし,「律法」はかえって人間を罪に定める根拠となり,罪の罰である「死」に定める原罪から人間を解放することができなかった.人間は,「律法(を行うこと)による義」によってではなく,人間の罪の贖(あがな)いとしての十字架上の死から復活された罪のない神の御独り子イエズス・キリストに対する「信仰による義(キリストを通じて注がれる神の恵み)」によって原罪から解放され,神からの聖寵を回復することにより死から救われる.
(ヨハネによる福音書・第1章1-18節参照)
*¹肉が選ぶと霊はそれに反対する.霊が選ぶと肉がそれに反対する.すなわち,コリント人への第一の手紙・第2章14節,ローマ人への手紙・第8章1節以下にあるように,自然の人間と恩寵(おんちょう=神の恵み)に生きる人間との対立が述べられている.
(新約聖書・コリント人への第一の手紙:第2章14節)…*動物的な人間は神の霊のことを受け入れぬ.その人にとっては愚かなことに思えるので理解することができぬ.なぜなら霊のことは霊によって判断すべきものだからである.〈注釈:*「動物的な人間」=原文は「プシケ」の人とある.これは「プネウマ」(霊)の人と対立するもので,自然の能力に従って生きる人のことである.〉
(新約聖書・ローマ人への手紙:第8章1節以下と,下記の注釈の中で引用されている聖書の箇所については,後で追加するか用語集の方に記載します.)
*²〈 〉内…ローマ人への手紙・第1章19-31節,コリント人への第一の手紙・第6章9-10節参照.
*³「こういう生活の人に対して」という訳もある.これらのことを行う人は律法の罰を受けない.
*⁴ローマ人への手紙・第6章2-6節,第8章13節参照.
* * *
(最後のパラグラフの訳注)
トリエント公会議式ミサ典礼
英語で“Tridentine Mass”.北イタリアの都市トレント(“Trento”=トリエント(ドイツ語))で開催された公会議(1545-63)で定められた形式のミサ典礼.伝統(聖伝)のミサ典礼とも呼ばれる.トレント公会議では,当時の宗教改革の危機を克服するためカトリックの正統教義を確認するとともにその教義の強化とそれに則った教会の改革がなされた.
2010年4月19日月曜日
近代芸術
エレイソン・コメンツ 第144回 (2010年4月17日)
なぜ近代芸術は醜いのでしょうか?近代芸術とは醜いものでなくてはならないのでしょうか?今日の芸術家たちは気分転換に何かより良いものを創りだせないものでしょうか?そしてなぜ,いざ彼らが何かより良いものを創りだしたときに,その作品は大抵が芸術としては二流か三流で,感傷的で,なんとも本物でないのでしょうか?こうした疑問は,先週考察した,近代美術への途上にあったヴァン・ゴッホのような画家たちによって繰り返し提起されているものです.これらの疑問に答えることは,もし神と人間の魂が本当に存在するなら簡単にできることです.もし霊的な神と霊的な魂が自己を欺いている人間の作ったフィクション(作り話)であれば合理的な答えは存在し得ません.
もし神が目で見ることはできなくても実在される「全能の神たる父であり,すべての目に見えるもの,目に見えないものの創造主」であるとすれば,神は,あらゆる人間の存在(=生命.訳注後記 1.)を構成するため,目に見える人間の肉体に最も密接に結合した目に見えない人間の魂を,人類創造の起源の当初から創造されたのです.人間は創造された時からこれまでずっとこの構成にしたがって生まれてきておりあるいは今後もずっとそのようであり続ける存在なのです.神が精神的な理性すなわち自由意思を備えた人間を創造された趣旨は,神御自身が所有される付帯的・外因的(内因性ではない=神に内在するものではない)栄光のためです(訳注後記 2.).その栄光は,個々の人間が現世においてその自由意思を神を愛し神に仕えるために使うならば,来世で限りなく神に栄光を帰すことで想像を絶するほどに幸福になるにふさわしい者となり得るほどに,その人間一人ひとり個別に増していくものなのです.
では,人は人生においてどのようにして神を愛し神に仕えるのでしょうか?それは,神のおきてに従うことによってです(新約聖書・聖ヨハネ福音書・第15章10節参照.… “私(キリスト)が父のおきてを守り,その愛にとどまったように,私のおきてを守るなら,あなたたちは私の愛にとどまるだろう”).この神のおきては,すべての人間の行為の善悪にかかわる道徳上の枠組み,逆らうことはできても逃げることのできない枠組みを成すものです.もし人類がこの枠組みに逆らうならば,彼らは多かれ少なかれ,神,自分自身また隣人と不調和な関係に陥ります.なぜなら,神はこの枠組みを恣意的に創造されたのではなく,神御自身の性質と神に結ばれている範囲内で行動するように定められた人間の性質とが完全に調和するように創造されたからです.
現在,芸術は最も広い意味で,いろいろな素材(例えば,絵具,言葉,音符等々)のあらゆる形の調合と定義されており,それはすなわち,人が他人に対しその心にあるものを伝達するためにとる特別の労ということです.したがって,もしその心が,いかなる瞬間にも人のあらゆる行為について神がお定めになった道徳的枠組みと程度の差はあれ調和している状態になければならない魂に属しているなら,そのような魂から生まれたどんな芸術作品も,その内にある客観的な調和または不調和な状態を反映するはずです.ここで私たちは最初の疑問に答えることができます.
近代芸術がどれを見ても醜いのは,あらゆる近代の魂が日々深く背教に陥っていくばかりの国際社会に属しているからで,多大かつ影響力のあるこれらの魂は故意にせよ無意識にせよ神と敵対状態にあるからです.このような環境に浸された魂を持つ芸術家たちが作った作品はただ,神,自分自身また隣人と彼らとの間における内的な不調和を反映させ得るのみです.彼らの芸術作品が醜いのはそのためです.彼らの魂にまだ本物の調和がいくらかでも残っていれば,本物の美しい芸術作品が生まれ得ます.故意に「よく見えるようにした」芸術作品は調和を装った不調和な願望から生まれます.その効果はいつもどこかしら欺瞞(ぎまん)的あるいは感傷的であり,本物ではなく芸術としては二流か三流なのです.
一方で,もし神と神から生まれて神に帰依するはずの不滅の魂がともに,単なる作り話にすぎないとするならば,そのときにはなぜ美が醜くくてはならず,醜さが美しくてはならないのかについての理由は何もないということになります.それが近代芸術家の物の見方ですが,私が彼らの醜い芸術作品のどれかを醜いと認識すればその瞬間から,私は彼らが自分たち自身のものではないある他の枠組みに反抗しているのだということを暗にほのめかしているということになるのです.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(第2パラグラフの訳注)
1. 「あらゆる人間の存在(=生命)」…“every human being”について.
・“every human being”…人類創造当時(初めの人アダムの時)から現在までに世界で生まれた全人類を指す.
・神の名(旧約聖書・脱出の書第3章14節)は「在(いま)すもの」=「ヤベ(「主」.「彼は存在する」という意味.)」= “I am being itself.” (私は“存在”そのものである.) これはヘブライ語動詞の異例の読み方で,過去,現在,未来も含めた言い方である.すなわち,「彼はいた,いる,いるだろう」を含む.(バルバロ神父訳・旧約聖書・解説参照)
「〈おまえたちの先祖の神なる主,アブラハムの神,イサクの神,ヤコブの神…〉…これは,永遠なる私(神)の名である.この名をもって,代々にわたって,人々は私にこいねがうであろう.」(同15節)
・神は「無」(何も存在しないところ)から「存在」を創造することができる.この「存在」には,「目に見えるもの」と「目に見えないもの」がある.「人間の生命=人間という存在」“human being”の場合は,「目に見える肉体」という存在と「目に見えない魂」という存在を神が創造され,両者が不可分密接に結合したものという構成をとっているのが「一人の人間」,ということを意味する.
2. 「神御自身が所有される付帯的・外部的(内因性ではない=神に内在するものではない)栄光」“his own extrinsic (not intrinsic) glory” と人間の「自由意思」“free-will” について.
・「神御自身の栄光」とは別に,人間は,神から「目に見えない霊的な魂(=「自由意思」=分別をわきまえ自分で判断し自分で取捨選択することができる能力)」(=「神御自身が所有される付帯的・外因的(内因性ではない=神に内在するものではない)栄光」)を肉体とともに与えられている.したがって,個々の人間は神や他者から強制されてではなく,自分自身の「自由意思」によって,神を愛し神に仕える(すなわち神のおきてを守る)ことを選び取ることができ,そうして神に栄光を帰すことができる.そうすることで,その「神に付帯する外因的な栄光」(=神が人間各人に備えられた栄光)は人間一人ひとり個別に増していき,それぞれ来世で永遠に神に栄光を帰し想像を絶するほどに幸福になるのにふさわしい者となっていくことができる.こうして各人ごとに天国に入っていく,ということを意味している.)
なぜ近代芸術は醜いのでしょうか?近代芸術とは醜いものでなくてはならないのでしょうか?今日の芸術家たちは気分転換に何かより良いものを創りだせないものでしょうか?そしてなぜ,いざ彼らが何かより良いものを創りだしたときに,その作品は大抵が芸術としては二流か三流で,感傷的で,なんとも本物でないのでしょうか?こうした疑問は,先週考察した,近代美術への途上にあったヴァン・ゴッホのような画家たちによって繰り返し提起されているものです.これらの疑問に答えることは,もし神と人間の魂が本当に存在するなら簡単にできることです.もし霊的な神と霊的な魂が自己を欺いている人間の作ったフィクション(作り話)であれば合理的な答えは存在し得ません.
もし神が目で見ることはできなくても実在される「全能の神たる父であり,すべての目に見えるもの,目に見えないものの創造主」であるとすれば,神は,あらゆる人間の存在(=生命.訳注後記 1.)を構成するため,目に見える人間の肉体に最も密接に結合した目に見えない人間の魂を,人類創造の起源の当初から創造されたのです.人間は創造された時からこれまでずっとこの構成にしたがって生まれてきておりあるいは今後もずっとそのようであり続ける存在なのです.神が精神的な理性すなわち自由意思を備えた人間を創造された趣旨は,神御自身が所有される付帯的・外因的(内因性ではない=神に内在するものではない)栄光のためです(訳注後記 2.).その栄光は,個々の人間が現世においてその自由意思を神を愛し神に仕えるために使うならば,来世で限りなく神に栄光を帰すことで想像を絶するほどに幸福になるにふさわしい者となり得るほどに,その人間一人ひとり個別に増していくものなのです.
では,人は人生においてどのようにして神を愛し神に仕えるのでしょうか?それは,神のおきてに従うことによってです(新約聖書・聖ヨハネ福音書・第15章10節参照.… “私(キリスト)が父のおきてを守り,その愛にとどまったように,私のおきてを守るなら,あなたたちは私の愛にとどまるだろう”).この神のおきては,すべての人間の行為の善悪にかかわる道徳上の枠組み,逆らうことはできても逃げることのできない枠組みを成すものです.もし人類がこの枠組みに逆らうならば,彼らは多かれ少なかれ,神,自分自身また隣人と不調和な関係に陥ります.なぜなら,神はこの枠組みを恣意的に創造されたのではなく,神御自身の性質と神に結ばれている範囲内で行動するように定められた人間の性質とが完全に調和するように創造されたからです.
現在,芸術は最も広い意味で,いろいろな素材(例えば,絵具,言葉,音符等々)のあらゆる形の調合と定義されており,それはすなわち,人が他人に対しその心にあるものを伝達するためにとる特別の労ということです.したがって,もしその心が,いかなる瞬間にも人のあらゆる行為について神がお定めになった道徳的枠組みと程度の差はあれ調和している状態になければならない魂に属しているなら,そのような魂から生まれたどんな芸術作品も,その内にある客観的な調和または不調和な状態を反映するはずです.ここで私たちは最初の疑問に答えることができます.
近代芸術がどれを見ても醜いのは,あらゆる近代の魂が日々深く背教に陥っていくばかりの国際社会に属しているからで,多大かつ影響力のあるこれらの魂は故意にせよ無意識にせよ神と敵対状態にあるからです.このような環境に浸された魂を持つ芸術家たちが作った作品はただ,神,自分自身また隣人と彼らとの間における内的な不調和を反映させ得るのみです.彼らの芸術作品が醜いのはそのためです.彼らの魂にまだ本物の調和がいくらかでも残っていれば,本物の美しい芸術作品が生まれ得ます.故意に「よく見えるようにした」芸術作品は調和を装った不調和な願望から生まれます.その効果はいつもどこかしら欺瞞(ぎまん)的あるいは感傷的であり,本物ではなく芸術としては二流か三流なのです.
一方で,もし神と神から生まれて神に帰依するはずの不滅の魂がともに,単なる作り話にすぎないとするならば,そのときにはなぜ美が醜くくてはならず,醜さが美しくてはならないのかについての理由は何もないということになります.それが近代芸術家の物の見方ですが,私が彼らの醜い芸術作品のどれかを醜いと認識すればその瞬間から,私は彼らが自分たち自身のものではないある他の枠組みに反抗しているのだということを暗にほのめかしているということになるのです.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(第2パラグラフの訳注)
1. 「あらゆる人間の存在(=生命)」…“every human being”について.
・“every human being”…人類創造当時(初めの人アダムの時)から現在までに世界で生まれた全人類を指す.
・神の名(旧約聖書・脱出の書第3章14節)は「在(いま)すもの」=「ヤベ(「主」.「彼は存在する」という意味.)」= “I am being itself.” (私は“存在”そのものである.) これはヘブライ語動詞の異例の読み方で,過去,現在,未来も含めた言い方である.すなわち,「彼はいた,いる,いるだろう」を含む.(バルバロ神父訳・旧約聖書・解説参照)
「〈おまえたちの先祖の神なる主,アブラハムの神,イサクの神,ヤコブの神…〉…これは,永遠なる私(神)の名である.この名をもって,代々にわたって,人々は私にこいねがうであろう.」(同15節)
・神は「無」(何も存在しないところ)から「存在」を創造することができる.この「存在」には,「目に見えるもの」と「目に見えないもの」がある.「人間の生命=人間という存在」“human being”の場合は,「目に見える肉体」という存在と「目に見えない魂」という存在を神が創造され,両者が不可分密接に結合したものという構成をとっているのが「一人の人間」,ということを意味する.
2. 「神御自身が所有される付帯的・外部的(内因性ではない=神に内在するものではない)栄光」“his own extrinsic (not intrinsic) glory” と人間の「自由意思」“free-will” について.
・「神御自身の栄光」とは別に,人間は,神から「目に見えない霊的な魂(=「自由意思」=分別をわきまえ自分で判断し自分で取捨選択することができる能力)」(=「神御自身が所有される付帯的・外因的(内因性ではない=神に内在するものではない)栄光」)を肉体とともに与えられている.したがって,個々の人間は神や他者から強制されてではなく,自分自身の「自由意思」によって,神を愛し神に仕える(すなわち神のおきてを守る)ことを選び取ることができ,そうして神に栄光を帰すことができる.そうすることで,その「神に付帯する外因的な栄光」(=神が人間各人に備えられた栄光)は人間一人ひとり個別に増していき,それぞれ来世で永遠に神に栄光を帰し想像を絶するほどに幸福になるのにふさわしい者となっていくことができる.こうして各人ごとに天国に入っていく,ということを意味している.)
2010年4月12日月曜日
ヴァン・ゴッホの人気
エレイソン・コメンツ 第143回 (2010年4月10日)
ロンドンの(英国)王立美術院ロイヤル・アカデミー( “Royal Academy of Arts in London” )でまもなく終わるオランダの近代画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ展(訳注: “Vincent van Gogh” - 英語読み.1853-90.後期印象派. )では,連日何時間も入場待ちをしている鑑賞客の列が途絶えません.この人気はどう説明すればよいのでしょうか?確かにヴァン・ゴッホは近代的すぎない近代派であり,この組み合わせが,自分を取り巻く狂った世界をなんとか理解したいと願っている今日の多くの人々の魂に訴えるのでしょう.だが,間違いなく彼にはまたそれ以上の魅力的な組み合わせ - すなわち彼が宗教を持たずして信心を持っているということ - が内在しています.つまり彼は背教者の信心を持っているのです!
彼は1853年オランダでプロテスタント教会の牧師の長男として生まれました.彼が短い生涯の四分の三近くのあいだ考え続けたことは宗教の道に献身することでした.というのも,彼が自身のうちに際立った美術の才能とそれを天職とし得る適性を見出(みいだ)したのはようやく27歳になったときだったからです.しかしその後,彼は宗教的な熱心さをもって描画・絵画力の熟達に一心に励みました.彼が願って目指したことは,外見上の宗教の形式によっては表現し得ないと自ら悟ったものを芸術で表現する能力を身につけることでした.「私にはあらゆる自然の中に,たとえば木々の中に,表現と魂が見える」と,彼は言いました.
ヴァン・ゴッホは王立美術院ロイヤル・アカデミーが展覧会のパンフレットに用いた作品「サン・レミの病院」“ Hospital at St. Remy ” で、その魂をほぼ完璧に具現しています.節くれだった木々の幹が,その向こう側下方に描かれる明るい黄色の病院の建物の上を群がる暗い群葉に向かって伸び,その上の紺青色(こんじょういろ)の空と絡(から)み合っています.わずかな人影は渦巻く自然の力強さの中で取るに足らないちっぽけな存在に見え,ゴッホの典型的な手法であるその鮮明な配色も相まってこの絵画はいっそう劇的に仕上がっています.同じ力強さは,彼の有名な絵画「星月夜(ほしづきよ)」“Starry Night”(今回の展覧会には展示されていません)ではさらにはっきりと見て取ることができます.風景,糸杉の木々,山々,数々の星と空とがすべて一体となって,野性的かつ律動的な黄色とスミレ色の舞踊の中に固定され,あたかも全宇宙の渦の旋回を構成しているかのようです.
この二作品はいずれもヴァン・ゴッホが集中的に創作活動をした晩年の五年間,すなわち1886年初期のパリ移住と1890年夏の彼のフランスでの死の間に描かれたものです.近代美術やヴァン・ゴッホを好まない人もいるでしょう.だが,この時期の彼の作品が,ワーズワース(訳注: “William Wordsworth” - 英国詩人の名.)のいう私たち人類を取りまく自然界に「はるかに深く染み込んだ何か」に対する極めて個人的かつ人間的な反応を描写していることを否定できる人は誰もいないでしょう.ほかの何を「芸術」というべきでしょうか?19世紀初頭,その「染み込んだ何か」がこの英国詩人に「静かな物思い」に耽(ふけ)らせるひらめきを与えました.それとは逆に,同じ背教の世紀の末期にこのオランダ人の芸術家は,あからさまな宗教を棄(す)て去り,その結果,美を見出したものの心の平和をほとんど見出すことなく終わりました.そのことが当時よりさらに不穏な私たち自身の時代において人々の心になおいっそうの共感を呼び起しています.こういったものだけが「芸術」なのでしょう.
悲しいかな,ヴァン・ゴッホは自然界の原動力を,その原動力の源であられる神と同一のものと見なさない認識をしたために重い代価を支払いました.微動だにしない原動力の源であられる神を欠いた動力,平和の王(訳注:神の御子キリストのこと)を欠いた荒々しい活力は,彼を圧倒し打ちのめす形で終わりました.彼は自傷行為による銃創がもとで死にました.神なる主よ,あなたの存在を感じあなたを必要としながらもあなたを見出すことができない,あるいは見出そうとしない何百万にもおよぶおびただしい数の霊魂を憐れみたまえ,憐れみたまえ.あなたを欠いた,宗教心のない信心がいかに危険なものであるか,ただあなただけがご存じなのですから!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
ロンドンの(英国)王立美術院ロイヤル・アカデミー( “Royal Academy of Arts in London” )でまもなく終わるオランダの近代画家ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ展(訳注: “Vincent van Gogh” - 英語読み.1853-90.後期印象派. )では,連日何時間も入場待ちをしている鑑賞客の列が途絶えません.この人気はどう説明すればよいのでしょうか?確かにヴァン・ゴッホは近代的すぎない近代派であり,この組み合わせが,自分を取り巻く狂った世界をなんとか理解したいと願っている今日の多くの人々の魂に訴えるのでしょう.だが,間違いなく彼にはまたそれ以上の魅力的な組み合わせ - すなわち彼が宗教を持たずして信心を持っているということ - が内在しています.つまり彼は背教者の信心を持っているのです!
彼は1853年オランダでプロテスタント教会の牧師の長男として生まれました.彼が短い生涯の四分の三近くのあいだ考え続けたことは宗教の道に献身することでした.というのも,彼が自身のうちに際立った美術の才能とそれを天職とし得る適性を見出(みいだ)したのはようやく27歳になったときだったからです.しかしその後,彼は宗教的な熱心さをもって描画・絵画力の熟達に一心に励みました.彼が願って目指したことは,外見上の宗教の形式によっては表現し得ないと自ら悟ったものを芸術で表現する能力を身につけることでした.「私にはあらゆる自然の中に,たとえば木々の中に,表現と魂が見える」と,彼は言いました.
ヴァン・ゴッホは王立美術院ロイヤル・アカデミーが展覧会のパンフレットに用いた作品「サン・レミの病院」“ Hospital at St. Remy ” で、その魂をほぼ完璧に具現しています.節くれだった木々の幹が,その向こう側下方に描かれる明るい黄色の病院の建物の上を群がる暗い群葉に向かって伸び,その上の紺青色(こんじょういろ)の空と絡(から)み合っています.わずかな人影は渦巻く自然の力強さの中で取るに足らないちっぽけな存在に見え,ゴッホの典型的な手法であるその鮮明な配色も相まってこの絵画はいっそう劇的に仕上がっています.同じ力強さは,彼の有名な絵画「星月夜(ほしづきよ)」“Starry Night”(今回の展覧会には展示されていません)ではさらにはっきりと見て取ることができます.風景,糸杉の木々,山々,数々の星と空とがすべて一体となって,野性的かつ律動的な黄色とスミレ色の舞踊の中に固定され,あたかも全宇宙の渦の旋回を構成しているかのようです.
この二作品はいずれもヴァン・ゴッホが集中的に創作活動をした晩年の五年間,すなわち1886年初期のパリ移住と1890年夏の彼のフランスでの死の間に描かれたものです.近代美術やヴァン・ゴッホを好まない人もいるでしょう.だが,この時期の彼の作品が,ワーズワース(訳注: “William Wordsworth” - 英国詩人の名.)のいう私たち人類を取りまく自然界に「はるかに深く染み込んだ何か」に対する極めて個人的かつ人間的な反応を描写していることを否定できる人は誰もいないでしょう.ほかの何を「芸術」というべきでしょうか?19世紀初頭,その「染み込んだ何か」がこの英国詩人に「静かな物思い」に耽(ふけ)らせるひらめきを与えました.それとは逆に,同じ背教の世紀の末期にこのオランダ人の芸術家は,あからさまな宗教を棄(す)て去り,その結果,美を見出したものの心の平和をほとんど見出すことなく終わりました.そのことが当時よりさらに不穏な私たち自身の時代において人々の心になおいっそうの共感を呼び起しています.こういったものだけが「芸術」なのでしょう.
悲しいかな,ヴァン・ゴッホは自然界の原動力を,その原動力の源であられる神と同一のものと見なさない認識をしたために重い代価を支払いました.微動だにしない原動力の源であられる神を欠いた動力,平和の王(訳注:神の御子キリストのこと)を欠いた荒々しい活力は,彼を圧倒し打ちのめす形で終わりました.彼は自傷行為による銃創がもとで死にました.神なる主よ,あなたの存在を感じあなたを必要としながらもあなたを見出すことができない,あるいは見出そうとしない何百万にもおよぶおびただしい数の霊魂を憐れみたまえ,憐れみたまえ.あなたを欠いた,宗教心のない信心がいかに危険なものであるか,ただあなただけがご存じなのですから!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
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