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2014年10月11日土曜日

378 ウェブサイト立ち上げ 10/11

エレイソン・コメンツ 第378回 (2014年10月11日)

    ロザリオの聖母の祝日(10月7日)(ろざりおの せいぼの しゅくじつ)〈じゅうがつ なのか〉( "the Feast of Our Lady of the Rosary" )にインターネット上(いんたーねっと じょう)で新しいウェブサイト(あたらしい うぇぶさいと)が次の通り(つぎの とおり)立ち上げ(たちあげ)られました: www.stmarcelinitiative.com  このサイトはエレイソン・コメンツ(えれいそん・こめんつ)の通常の読者諸氏(つうじょうの どくしゃ しょし)にとってとても興味(きょうみ)あるものでしょう( "On the Feast of Our Lady of the Rosary a website has just been launched on the Internet which could be of serious interest to regular readers of these “Eleison Comments”: www.stmarcelinitiative.com " ).サイトにアクセス(あくせす)すればコメンツの最新号(さいしん ごう)から2007年版(にせん ななねん ばん)までを英語(えいご),イタリア語(いたりあ ご)で( "It will present the latest issue and all back-issues of the “Comments” in English and Italian back to 2007, …" ),また最新号から過去5年分(かこ ごねん ぶん)をフランス語(ふらんす ご),ドイツ語(どいつ ご),スペイン語(すぺいん ご)で読(よ)めます( "… and the latest issue and back-issues for the last five years or so in French, German and Spanish." ).電子スクリーン(でんし すくりーん)より紙(かみ)で読みたい読者(よみたい どくしゃ)にはバックナンバー(ばっく なんばー)を選(えら)んで,まとめてプリント(印刷)(ぷりんと〈いんさつ〉)できるいろいろな方法を提供(ほうほうを ていきょう)しています( "And for readers who prefer reading on paper to reading on an electronic screen, the website will offer various means of choosing back-issues and printing them together." ).

    このサイトの第2部「本と対話 (Books and Talks)」(だいに ぶ「ほんと たいわ」では録音(ろくおん)された過去の諸々の会議(かこの もろもろの かいぎ)やウィリアムソン司教の諸々の説教(うぃりあむそん しきょうの もろもろの せっきょう),彼(かれ)が1983年(せん きゅうひゃく はちじゅう さんねん)から2003年(にせん さんねん)までの間(あいだ)に米国で書いた(べいこくで かいた)「神学校長の書簡集」(しんがっこうちょうの しょかんしゅう)“Rector’s Letters” 4巻(よんかん)の最初の2巻(さいしょの にかん)に収(おさ)められた文書のコピー(ぶんしょの こぴー),それにホワイト博士(ほわいと はかせ)の現存(げんぞん)するすべての文学セミナー(ぶんがく せみなー)の記録が読めます( "A second section of the website, “Books and Talks” will make available recorded conferences and sermons of Bishop Williamson, copies on paper of the first two of the four volumes of his “Rector’s Letters” written in the USA between 1983 and 2003, and all extant literature seminars of Dr White." ).現代のエレクトロニックスはこうした諸記録を読んだりダウンロードしたりできるさまざまな方法を提供してくれます( "Again, modern electronics will provide a variety of ways of reaching and downloading these recordings, …" ).だが,ヴィデオ版やオーディオ版はさほど多くありません( "… but only a few are on video as well as on audio." ).希望する読者の皆さんは+1 844 SMI SHOP, すなわち 1(844)764-7467 番 にダイヤルすれば購入注文ができます( "Orders to purchase can also be made by telephone by dialling +1 844 SMI SHOP, i.e. 1 (844) 764-7467." ).

    ホワイト博士の文学講演(ほわいと はかせ〈はくし〉の ぶんがく こうえん)についてまだご存(ぞん)じないカトリック信徒の皆さん(かとりっく しんとの みなさん)――また非(ひ)カトリック信徒の皆さん!――博士が世界の古典文学を用いて(せかいの こてん ぶんがくを もちいて)信仰と私たちの周りの世界(しんこうと わたくしたちの まわりの せかい)をどのように橋渡し(はし わたし)しているかを知る(しる)ため是非ともこの機会を捉えて(ぜひとも この きかいを とらえて)サイトにアクセス(さいとに あくせす)してみてください( "Catholics — and non-Catholics! — not yet familiar with the literature recordings of Dr White should seize this opportunity to see how he uses the classics of world literature as a bridge to connect the Faith to the world around us." ).信仰と世界(しんこうと せかい)のあいだのギャップ(gap=〈考え方・意見〈かんがえかた・いけん〉などの〉隔たり・食い違い,すき間〈ま〉・間隙〈かんげき〉)は日増しに広がって(ひましに ひろがって)います( "The gap between these two grows greater every day." ).公会議派カトリック信徒(こうかいぎは かとりっく しんと)たちは昨日の信仰を今日の世界(さくじつの しんこうをこんにちの せかい)に適応(てきおう)させようと試(こころ)みました.そして,その過程(かてい)で多くの信徒(おおくの しんと)たちは信仰を失って(しんこうを うしなって)しまいました( "Conciliar Catholics have tried to adapt yesterday’s Faith to today’s world and many have lost their Faith in the process." ).伝統派カトリック信徒(でんとうは かとりっくしんと)たちは今日の世界が救(すく)いがたいほど失われた状態(うしなわれた じょうたい)( "irredeemably lost" )で,世界文学(せかい ぶんがく)も救いがたいほど世俗的(せぞくてき)( "irredeemably “unspiritual”" )なものになってしまったと軽蔑(けいべつ)しがちです.そして彼らの多くの信仰(かれらの おおくの しんこう)はその過程の中(かていの なか)でまったく現実離れ(げんじつ ばなれ)( "detached from reality" )しています( "Traditional Catholics are liable to scorn both today’s world as irredeemably lost, and world literature as irredeemably “unspiritual”, and the Faith of many of them has become quite detached from reality in the process." ).ホワイト博士は強い信仰を持ち(つよい しんこうを もち),今日(こんにち)の私たちの周りの世界の実情(わたくしたちの まわりの せかいの じつじょう)についてしっかりと理解(りかい)しています( "Dr White has both a strong faith and a firm grip on the real world around us today, …" ).彼は世界文学に精通(せかいぶんがくに せいつう)しており,それにより老若を問わず(ろうじゃくを とわず)無数の人々(むすうの ひとびと)のために,信仰と世界の実情(しんこうと せかいの じつじょう)について解明(かいめい)してくれています( "… and his mastery of world literature has enabled him to make sense of both for countless souls, old and young, …" ).こうした人(ひと)たちは,それを知(し)らなければ希望を失って(きぼうを うしなって)統合失調症(とうごう しっちょう しょう)になってしまうでしょう.博士の文学講演をお読み(およみ)になるよう強く勧め(つよく すすめ)ます( "… -+who felt otherwise hopelessly schizophrenic. Strongly recommended." ).

    サイトの第3部は(さいとの だいさんぶ は)「寄付(Donations)」(「きふ」)についてです( "A third section of the website concerns “Donations”." ).今日のナンセンスに満ちた荒地(こんにちの なんせんすに みちた あれち)のなかに良識のオアシスを維持し続ける(りょうしきの おあしすを いじ しつづける)ために寄付(きふ)してくださる人(ひと)たちが使える(つかえる)電子的方法が載って(でんしてき ほうほうが のって)います( "It will present a similar variety of electronic means of donating to help maintain an oasis of, one hopes, good sense amidst today’s wasteland of nonsense." ).寄付をされる方々(きふを される かたがた)が出来る範囲(できる はんい)でいつでも各自の希望するスケジュール(かくじの きぼうする すけじゅーる)で簡単に寄付(かんたんに きふ)できるようになっています( "It should allow benefactors to donate what they want, when they want, on the schedule they want, and with ease." ).実際(じっさい)のところサイト立ち上げ(さいと たちあげ)にはかなりの費用(ひよう)がかかりました( "To set up the website has actually been quite an expense on its own." ).私たち(わたくしたち)は費用を費やし(ひようを ついやし)ただけの価値が生まれ(かちが うまれ)ると考(かんが)えていますが( "We think it should prove well worth while, …" ),それが皆さんへ寄付をお願い(みなさんへ きふを おねがい)するもう一つの理由(もう ひとつの りゆう)です.ご寄付下さる方(ごきふ くださる かた)に予め(あらかじめ)お礼申し上げます(おれい もうし あげます).( "… but it has been one more reason for us to appeal to your generosity. We thank you in advance." ).

    サイトの第4部(さいとの だいよんぶ)には「情報(Information)」のタイトル(じょうほうの たいとる)がついています( "A fourth section is entitled “Information”." ).ここでは,聖マルセル運動(せい まるせる うんどう)(St Marcel Initiative),サイトがどのように運営(うんえい)されているか,ウィリアムソン司教(うぃりあむそん しきょう)がこれまでなにをしてきて今後(こんご)なにをしようと望んで(のぞんで)いるかについて触れ(ふれ)ています( "It will tell a little about the St Marcel Initiative, about how the website operates, and about what Bishop Williamson has been doing and hopes to do." ).だが,司教の今後の行動予定(こんごの こうどう よてい)についてのニュース(にゅーす)は慎重に扱わねば(しんちょうに あつかわねば)なりません( "However, news of his future engagements must be released with a measure of caution, …" ).というのは,彼が世界中(せかいじゅう)に友人だけを持って(ゆうじん だけを もって)いるとは限らない(かぎらない)からです( "… because he does not only have friends around the world." ).

    インターネット(いんたーねっと)には重大な欠点と危険(じゅうだいな けってんと きけん)がつきものです( "The Internet has serious drawbacks and dangers, …" ).だが,そこでは驚くほど多様な手段(おどろく ほど たような しゅだん)により他では得られない真実が見つかる(ほかでは えられない しんじつが みつかる)ことに疑問の余地(ぎもんの よち)がありません( "… but there is no question that, by an astonishing variety of electronic means truths can be found on it that can be found nowhere else." ).私たちは今回紹介(こんかい しょうかい)した新しいサイト(あたらしい さいと)が真実の宝庫(しんじつの ほうこ)を探り当てる(さぐり あてる)のに役立つよう密かに望んで(やくだつよう ひそかに のぞんで)います( "We gently hope that this new website will contribute to that fund of truth." ).このサイト立ち上げ(さいと たちあげ)に多くの労力が費やされ(おおくの ろうりょくが ついやされ)ました( "A lot of work has gone into putting it together, …" ).多くの人々(おおくの ひとびと)が提供(ていきょう)してくれた労力のほか( "… and besides the contribution of the many workers, …" ),多くの篤志家(とくしか)から寄せられた援助(よせられた えんじょ)なしには実現(じつげん)できませんでした( "… that of many benefactors has also been indispensable." ).私たちはすべての関係者(かんけいしゃ)に心からお礼を申し上げます(こころから おれいを もうしあげます)( "We sincerely thank all concerned." ).神が彼らの一人ひとり(かみが かれらの ひとり ひとり),あなたたちの一人ひとりにお報(むく)いくださいますように( "We sincerely thank all concerned. May God repay each of them, each of yourselves.").

    キリエ・エレイソン.

    新しいウェブサイトで,
    カトリック信徒と健全な人たちの
    双方にとっての
    思考の糧が見つかりますように.
    (あたらしい うぇぶさいとで
      かとりっくしんとと
       けんぜんなひとたちの
     そうほうにとっての
     しこうの かてが
      みつかりますように.)
    ( "On a new website
       will, we hope, be found
      Some food for thought
       both Catholic and sound." )


    リチャード・ウィリアムソン司教




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(注:本投稿記事〈第378回エレイソン・コメンツ〉は2014年11月2日23:46時に公開されました.)

2014年8月16日土曜日

370 ディケンズ会議 8/16

エレイソン・コメンツ 第370回 (2014年8月16日)

     2週間前(にしゅうかん まえ)にブロードステアーズ(Broadstairs, England = イングランド・ケント州)(ぶろーどすてあーず〈いんぐらんど・けんとしゅう〉)のクイーン・オヴ・マーターズ・ハウス "Queen of Martyrs House" (「諸殉教者の元后の館」〈「しょ じゅんきょうしゃの げんこうの やかた」〉.)(訳注後記1)で開(ひら)かれたディケンズ会議(でぃけんず かいぎ)( “The Dickens Conference” )は,その質素な制約の範囲内(しっそな せいやくの はんい ない)( “within its modest limits” )では上々の運び(じょうじょうの はこび)でした( "The Dickens Conference held two weeks ago at Queen of Martyrs House in Broadstairs, England, went very well, within its modest limits." ).土曜日(どようび)に少し雨が降り(すこし あめが ふり)ましたが,日曜日は快晴(にちようびは かいせい)でした( "On the Saturday there was only a little rain, the Sunday was all sunshine, …" ).会議(かいぎ)にはおよそ30名が参加(さんじゅう めいが さんか)しました.ほとんどは英国(えいこく)からでしたが,デンマーク,フランス,米国(でんまーく・ふらんす・べいこく)からも参加者(さんかしゃ)がありました( "… and nearly 30 participants, mostly from England but also from Denmark, France and the USA, " ).彼ら(かれら)はハウスでの滞在(はうすでの たいざい),カトリック信徒同士(かとりっく しんと どうし)の付き合い(つきあい),デイヴィッド(=デービッド)・ホワイト博士(でーびっど・ほわいと はかせ〈はくし〉)( “Dr. David White” )によるチャールズ・ディケンズ(ちゃーるず・でぃけんず)(1812-1870年)(せん はっぴゃく じゅうに ねん-せん はっぴゃく なな〈しち〉じゅう ねん)の三作品(さん さくひん)についての3回の講義(さんかいの こうぎ)を大いにエンジョイしました(=楽しみました)(おおいに えんじょい しました)〈たのしみ ました〉( "… much enjoyed the house, one another’s Catholic company, and the three lectures of Dr David White on three novels of Charles Dickens (1812-1870), …" ).ディケンズはウイリアム・シェークスピア(うぃりあむ・しぇーくすぴあ)に次いで(ついで)英国で最も愛された作家(えいこくで もっとも あいされた さっか)です( "England’s best loved writer after William Shakespeare." ).

     冒頭(ぼうとう)に「質素な制約の範囲内(しっそな せいやくの はんい ない)」と書(か)きましたが( " ‘Within modest limits …”" ),それは土曜,日曜に執り行われたミサ聖祭以外(どよう・にちように とりおこなわれた みさせいさい いがい)に( "… because outside of the devoutly attended Masses on the Saturday and Sunday, …" ),会合の期間中(かいごうのきかんちゅう),外見的(がいけんてき)には神(かみ)にかかわる行事(かみに かかわる ぎょうじ)がほとんどなかったからです( "… there was little outwardly supernatural about the Conference." ).神聖というより健全な会合(しんせい というより けんぜんな かいごう)( “it was a session of sanity rather than sanctity” )だったと申し上げ(もうし あげ)ましょう( "Let us say that it was a session of sanity rather than sanctity, …" ).ただ,私(わたくし)たちは少(すく)なくとも英語(えいご)の “sanity” という言葉(ことば)は “sanctity” という言葉が持つ意味(もつ いみ)の4分の3を占める(よんぶんの さんを しめる)ことに直ちに気づく(ただちに きづく)はずです( "… but we notice immediately that at least in English the word “sanity” makes up three quarters of the word “sanctity”." ).恩寵(おんちょう)( “grace” )は人間性を高め(にんげんせいを たかめ)ます( "Grace builds on nature, …" ).それが私たちの周りの世界(まわりの せかい)が日を追う毎に浸って(ひをおう ごとにひたって)いる人間性の狂気,堕落を助長(にんげんせいの きょうき,だらくを じょちょう)することはまずありえません( "… and it can hardly build on the insanity and corruption of nature to which the world around us is giving itself over, day by day." ).したがって,健全(けんぜん)さは今日(こんにち)かつてないほど重要性を増し(じゅうようせいを まし)ています.それは神にかかわることについてさえ当て(あて)はまることです( "Sanity is therefore more important than ever, even for supernatural purposes." ).もし,現在(げんざい)「抵抗運動」(「ていこう うんどう」)( “the Resistance” )があまり進展(しんてん)していないように見える(みえる)とすれば( "If the “Resistance” is presently making so little apparent headway, …" ),それは人々(ひとびと)が心の腐敗(こころの ふはい)( “mind-rot” )や真の服従(=従順),神聖さの腐敗(まことの ふくじゅう〈=じゅうじゅん〉,しんせいさの ふはい)( “rot of true obedience and sanctity” )に気(き)づいて,それを追い払う(おい はらう)だけの健全さ(けんぜん さ)を相変(あいか)わらず十分に持て(じゅうぶんに もて)ないでいるからではないでしょうか?( "… is it not because there is just not enough sanity still around to recognize and cast out the mind-rot, and the rot of true obedience and sanctity ? " )

     ホワイト博士は最初の講義で(ほわいと はかせは さいしょの こうぎで)「デイヴィッド・コパフィールド」(でいびっど・こぱふぃーるど)( “David Copperfield” )について話(はな)されました( "In Dr White’s first lecture he spoke of David Copperfield, …" ).これはディケンズが書いた数多くの小説(かいた かずおおくの しょうせつ)のなかでも自らお気に入りの作品の一つ(みずから おきにいりの さくひんの ひとつ)で( "… Dickens’ own favourite amongst his many novels, …" ),とくにブロードステアーズと深く関わって(ぶろーどすてあーずと ふかく かかわって)います( "… and specially linked to Broadstairs." ).それは彼が愛したこの海辺の町(かれが あいした この うみべの まち)を仕事や休暇で何度も訪れる(しごとや きゅうかで なんども おとずれる)うちに,現在でも海岸近くに残る(げんざいでも かいがん ちかくに のこる)小さな家に住んでいた変わり者の老婦人(ちいさないえに すんでいた かわりものの ろう ふじん)と知り合い(しりあい)になったからです( "This is because on Dickens’ many visits for work or holidays to his beloved seaside town, he came to know an eccentric old lady who lived in a small house still existing on the sea-front." ).この婦人(ふじん)はディケンズに深い印象を与えた(でぃけんずに ふかい いんしょうを あたえた)ため,彼(かれ)は 「デイヴィッド・コパフィールド」 の中に彼女を(「でいびっど・こぱふぃーるど」の なかに かのじょを)ベッツィー・トロットウッド(べっつぃー・とろっとうっど)( “Betsy Trotwood” )として登場(とうじょう)させました( "She so impressed him that he built her into David Copperfield as Betsy Trotwood, …" ).彼女は小説の主人公(しょうせつの しゅじんこう)である孤児を引き受け(こじを ひきうけ),彼が社会で独り立ちするまで面倒を見る(かれが しゃかいで ひとりだち するまで めんどうを みる)という一風変わった老婦人(いっぷう かわった ろう ふじん)です( "… an eccentric old lady who takes in the orphaned hero of the novel and protects him until he finds his way in life." ).ディケンズは自らの清教徒信仰 (でぃけんずは みずからの せいきょうと しんこう) "Puritanism" やカルビン主義(かるびん しゅぎ) "Calvinism" に対する嫌悪感(たいする けんお かん)をこの老婦人に重ね(かさね)ていると,ホワイト博士は解説(ほわいと はかせは かいせつ)しました( "In her mouth Dickens puts his own hatred of Puritanism and Calvinism, said Dr White." ).ディケンズは一生の間(いっしょうの あいだ)に少なくとも一度(すくなくとも いちど)だけカトリック教こそが本物の宗教だと聞かされ(かとりっく きょう こそが ほんものの しゅうきょう だと きかされ)ましたが,カトリック教徒には決して(かとりっく きょうと には けっして)なりませんでした( "At least once in his life Dickens was told that Catholicism is the one true religion, but he never became a Catholic." ).だが,彼はキリストの教義に最高の敬意を抱いて(かれは きりすとの きょうぎに さいこうの けいいを いだいて)いましたし( "However, he had a supreme respect for the Gospel of Christ, …" ),彼の多くの小説(かれの おおくの しょうせつ)ではページ(ぺーじ)のいたるところに生まれつき心の優しい人物が登場(うまれつき こころの やさしい じんぶつが とうじょう)し互いに絡み合い(たがいに からみあい)ます( "… and genuinely good-hearted characters tumble over one another in the pages of his novels." ).

     会議参加者は土曜日の午後(かいぎ さんかしゃは どようびの ごご),「ベッツィー・トロットウッド」の住んでいた海辺の家を見学(「べっつぃー・とろっとうっど」の すんでいた うみべの いえを けんがく)しました( "On Saturday afternoon there followed a visit to the sea-front house of “Betsy Trotwood”, …" ).ここは現在(げんざい),ディケンズ博物館(でぃけんず はくぶつかん)になっており,作者縁の記念品が沢山展示(さくしゃ ゆかりの きねんひんが たくさん てんじ)されています.館長もディケンズ愛好家(かんちょうも でぃけんず あいこうか)です( "… now a Dickens Museum; full of Dickensian memorabilia and with a Dickensian curator. " ).会議二日目の講義題目(かいぎ ふつかめの こうぎ だいもく)は 「荒涼館」 (こうりょうかん)( “Bleak House” ) でした( "Then the second conference was on Bleak House, …" ).これは英国が暗い状況に変わって(えいこくが くらい じょうきょうに かわって)いったディケンズ第2期の最初の小説(でぃけんず だいにきの さいしょの しょうせつ)です( "… first novel of Dickens’ second period, when England was growing darker." ).この作品(さくひん) 「荒涼館」 “Bleak House”  で彼は弁護士たちとりわけ法律(べんごしたち,とりわけ ほうりつ)に攻撃の矛先を向け(こうげきの ほこさきを むけ)ます( "Bleak House attacks lawyers and the law in particular, …" ).だが,ホワイト博士によれば,ディケンズが全体(ぜんたい)として攻撃の対象(こうげきの たいしょう)とするのは,社会を次第に強くコントロール(しゃかいを しだいに つよく こんとろーる)するようになり,罪のない羊を混乱させ押しつぶす制度(つみの ない ひつじ たちを こんらん させ おし つぶす せいど)( “a System” )です( " … but in general, said Dr White, it attacks a System more and more in control of society, demoralizing and crushing the innocent sheep." ).政治は次第に無意味(せいじは しだいに むいみ)になり,貴族社会(きぞく しゃかい)はますます現実から遊離(げんじつ から ゆうり)していきます( "Politics are becoming meaningless and the aristocracy is losing touch with reality, ….それでも,非人間的な制度(ひにんげん てきな せいど)はどんどん進み(すすみ),結局は偽物であるが故に崩壊(けっきょくは にせもの である がゆえに ほうかい)します( "… but an inhuman System is driving forward until it will finally collapse under its faksehood, …" ).第二バチカン公会議についても同様(だいに ばちかん こうかいぎ についても どうよう)だと,ホワイト博士は付言(ふげん))しました( "… in the manner of Vatican II, added Dr White." ).

     博士が日曜日の午前に行われた3番目の講義で取り上げた(はかせが にちようびの ごぜんに おこなわれた さんばんめの こうぎで とりあげた)のは 「ハード・タイムズ」 (はーど・たいむず)( “Hard Times” )でした( "The third lecture presented on Sunday morning Hard Times, …" ).これも暗い時代に書かれた小説(くらい じだいに かかれた しょうせつ)で( "… another of the darker novels, …" ),150年も前の(ひゃく ごじゅう ねんも まえの)! 真の教育の完全欠如を題材(まことの きょういくの かんぜん けつじょを だいざい)にしています( "… about the total lack of real education, 150 years ago ! " ).ディケンズは心の教育(こころの きょういく)がなくなると,人間は冷たく(にんげんは つめたく)なり人間味(にんげん み)がなくなることを知っていました( "Without education of the heart, Dickens knew that human beings will be cold and inhuman." ).ホワイト博士は米国海軍アカデミー(べいこく かいぐん あかでみー)で長年教え(ながねん おしえ)てきた自らの経験(みずからの けいけん)を引き合いに出し(ひきあいに だし)て,歴史,芸術,音楽,文学,とりわけ詩(れきし,げいじゅつ,おんがく,ぶんがく,とりわけ し)をはねつける「教育」が産み出す社会的ロボット(「きょういく」が うみだす しゃかい てき ろぼっと)( “social robots” )の途方もない愚行(とほうも ない ぐこう)についてディケンズが描いた内容を詳しく説明(でぃけんずが えがいた ないようを くわしく せつめい)しました( "Dr White drew on his decades of teaching in the USA Naval Academy to back up Dickens’ portrait of the enormous stupidity of the social robots engineered by an “education” spurning history, the arts, music, literature and especially poetry." ).博士はそうした教育が結果(はかせは そうした きょういくが けっか)として今日の若者(こんにちの わかもの)を果てしなく(はてしなく)ものぐさにしており,それは彼らの完全なニヒリズムの表れだと解説(かれらの かんぜんな にひりずむの あらわれだと かいせつ)しました( "The result, he said, is the boundless boredom of youngsters today, a reflection of pure nihilism." ).

     ただし,今回の会議参加者(こんかいの かいぎ さんかしゃ)は退屈にもニヒリスティックにも(たいくつ にも にひりすてぃっくにも)ならず( "feeling neither bored nor nihilistic" ),大いに気持ちをリフレッシュ(おおいに きもちを りふれっしゅ)して( "much refreshed" )(=爽やかな気分になって・元気を回復して〈さわやかな きぶんになって・げんきを かいふくして〉)家路(いえじ)につきました( "However, Conference participants went home feeling neither bored nor nihilistic, but much refreshed." ).神のお蔭(かみの おかげ)です( "Deo Gratias." ).

     キリエ・エレイソン.

     リチャード・ウィリアムソン司教




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第1パラグラフの訳注1
「諸殉教者の元后の館」"Queen of Martyrs House" の
「(諸)殉教者の元后」の意味について:

→ヨハネの黙示録:第5,6,7,12,16,21,22等の各章を参照.

I 唯一の真の神の御独り子・救世主イエズス・キリストは,
天地における諸王の王・主君の主君である.

II 人となられた神イエズス・キリストの御母となられた聖母マリアはまた
「神の御母」( "Sancta Dei Génetrix", "Mater Dei" )
(=神すなわち天地の創造主をお生みになった御母)
と呼ばれ

天地の元后("Regina cæli" )
「天使と人類の女王の中の女王・后(きさき)の中の后」
=「元后(げんこう)」
と呼ばれる.

"Our Lady / Notre Dame / Nostra Signora / Nuestra Señora …" 等は
女王・后(王妃)に対する敬称で,

天地の我等(天使と全人類)の女王(お后)さま
(てんちのわれら(てんしとぜんじんるい)のじょおう(おきさき)さま)

という意義(いぎ).


「神」
・元から在す御方(はじめから まします おかた)「三位一体」(さんみ いったい)

①「神である御父(第一位)」

⇒聖マリアは,神の娘の中の娘,諸々の女性の中の女性,母の中の母

→「天使祝詞」"Salutatio angelica" を参照.

"Ave, María, grátia plena: Dóminus tecum:
benedícta tu in muliéribus, 
et benedíctus fructus ventris tui, Iesus.
Sancta María, Mater Dei, ora pro nobis peccatóribus,
nunc et in hora mortis nostræ. Amen."

「めでたし,聖寵充ち満てるマリア
主御身と共に在(ましま)す
御身は女のうちにて祝せられ
御胎内の御子(ごたいないのおんこ)
イエズスも祝せられ給う
天主の御母聖マリア
罪人なるわれらのために,
今も臨終の時も祈り給え.
アーメン.」


②「神である御独り子(=救世主イエズス・キリスト)(第二位)」

⇒聖マリアは,神の最愛の御母

キリストによって神の御母となった聖マリアは,また
キリストを通して神を信じる全ての人の母となった.

→新約聖書・ヨハネ聖福音書:第19章26-27節を参照.

『(イエズスの十字架のかたわらには,その母と,母の姉妹と,
クロパの妻マリアと,マグダラのマリアが立っていた.)

イエズスはその母と愛する弟子(聖ヨハネ)がそばに立っているのを見られ,

母に「婦人よ,これがあなたの子だ」と言われ,
また弟子には「これがあなたの母だ」と言われた.

その時からその弟子は,マリアを自分の家に引き取った.』


③「神である聖霊(第三位)」

⇒聖マリアは,神の真実・正義・慈愛・善良に信頼し,
「信仰」によって
自分を無にして神の御意志に完全に従った」ので,
神である聖霊に選ばれて,救世主の母となった.

御独り子キリストもまた,
「信仰」によって
自分を無にして神の御意志に完全に従った.」
そして,御自分に託された救世の御業を完了された.

(「信仰」は「心」に持つもので,聖霊の恩寵によって,神より授かる.
→「信仰」のはじめは,自分の霊魂・身体・精神の創造主を覚え,従うこと.)

→旧約聖書:コヘレットの書(伝道):第11章7-10節,第12章1-8節を参照.

* * *

教会の希望

→新約聖書:ヨハネ聖福音書:第14章1-6ー11節を参照.

『(イエズスが)
心を騒がせることはない.神を信じそして私をも信じよ
私の父の家には住みかが多い.
もしそうでなければあなたたちに知らせていただろう.

私はあなたたちのために場所を準備しに行く.
そして,行って場所を準備したら,
あなたたちをともに連れていくために帰ってくる.
私のいる所にあなたたちも来させたいからである
私がどこに行くかは,あなたたちがその道を知っている」

と言われると,トマが,
「主よ,私たちはあなたがどこに行かれるかを知りません.
どうしてその道がわかりましょう」と言った.

するとイエズスは言われた,
私は道であり,真理であり,命である.私によらずには
だれ一人父のみもとには行けない.
私を知れば私の父も知るだろう.…」』

(注釈)
*御子は御父におられ,御父は御子においでになることを
知るのは信仰である.

* * *

「私たちの主キリストと御母聖マリアにならう」

神の真実・正義・慈愛に従う人生は
苦難と屈辱の連続でも,
人生の最期に安らぎをもたらす.
心に悔いを残さずに,最期を迎えることが出来る.

それは,私たちの御父である真の神の御独り子によって,
御父との間に霊魂の平和を得ているからである.



(注)引用聖書を追補いたします.





* * *

(注:本投稿記事〈第370回エレイソン・コメンツ〉は2014年9月12日23:45に公開されました.)


2014年6月22日日曜日

362 ディケンズのブロードステアズ 6/21

エレイソン・コメンツ 第362回 (2014年6月21日)

    イングランド・ケント州(いんぐらんど・けんと しゅう)に「抵抗運動」(ていこう うんどう)のため購入(こうにゅう)した新しい家(あたらしい いえ)を私が気に入って(わたくしが きに いって)いるかどうか知人の多く(ちじんの おおく)から尋(たず)ねられます( "A number of friends have asked me how I like the house newly purchased for the “Resistance” in Kent, England." ).私はこの家(いえ)が気に入って(きに いって)います( "I like it." ).家はとても広(ひろ)く,聖ピオ十世会 (せいぴお じゅっせいかい)( "SSPX" )から追放(ついほう)された仲間の一人(なかまの ひとり)であるスティーブン・エイブラハム神父(すてぃーぶん・えいぶらはむ しんぷ)( "Fr Stephen Abraham" )の手助け(てだすけ)できれいに模様替え(もよう がえ)されつつあります( "It is spacious and it is being beautifully set up by a fellow-exile from the Society of St Pius X, Fr Stephen Abraham." ).この先(さき),そして遠い将来(とおい しょうらい),この家がどのように使(つか)われることになるのか.それは天のみぞ知る(てん のみぞ しる)です( "Only Heaven knows how it intends the house to be used in the near and distant future, …" ).だが,差(さ)しあたり,この家は快適な隠れ家(かいてきな かくれが)です( " … but it is meanwhile a delightful refuge, …" ).神(かみ)が創造(そうぞう)され,リベラル派(りべらる は)が触(ふ)れることのできない海(うみ)から徒歩5分(とほ ごふん)のところにあります( " … five minutes on foot from the sea which God created, and which the liberals cannot touch." ).

    過去(かこ)にイギリスの著名な画家や小説家の中(いぎりすの ちょめいな がかや しょうせつかの なか)にもケント州北東部(けんとしゅうほくとうぶ)のこの快適な一角(かいてきないっかく)を隠れ家(かくれが)としたものが何人(なんにん)かいます( "Several famous English artists and writers from the past have also found refuge in this delightful corner of north-east Kent." ).画家の中で最も有名(がかの なかで もっとも ゆうめい)なのがジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー(じょぜふ・まろーど・うぃりあむ・たーなー)(1775-1851)です( "Most famous of the artists is J.M.W. TURNER (1775-1851)." ).彼(かれ)はロンドンで生まれ(ろんどんで うまれ),働(はたら)かざるをえなかった幼年時代の大半(ようねん じだいの たいはん)をそこで過(す)ごしました( "Born in London where he spent most of his working life, …" ).彼は私(わたし)たちの新しい家の所在地(あたらしい いえの しょざいち)ブロードステアズ(ぶろーど すてあず)( "Broadstairs" )から4マイルほど離れたマーゲート(よんまいる ほど はなれた まーげーと)( "Margate" )で11歳から数年(じゅういっさい から すうねん)のあいだ成長期(せいちょう き)を過(す)ごしました( " … from age 11 he spent several formative years in Margate, some four miles up the coast from Broadstairs." ).彼はそこで海を発見(うみを はっけん)し( "Here he discovered the sea, …" ),海が持つ明るい効用(うみがもつ あかるい こうよう)が彼の生涯(かれのしょうがい)の絵画作品(かいが さくひん)のインスピレーション(霊感)(いんすぴれーしょん〈れいかん〉)となりました( " … which with its light effects was a lifelong inspiration for his painting, …" ).彼はその後(ご)何度(なんど)もマーゲートを訪(おとず)れています( "… and to Margate he frequently returned later in life." ).

    マーゲートで最も著名(もっとも ちょめい)な20世紀の英国詩人(にじゅっせいきの えいこく しじん)のT. S. エリオット(てぃー・えす・えりおっと)(1888-1965)もいます( "Also in Margate the most famous poet in English of the 20th century, T.S. ELIOT (1888-1965), …" ).彼は現在(げんざい)でも残(のこ)っているマーゲートの海岸に面した屋外パビリオン(かいがんに めんした おくがい ぱびりおん)で( "… composed in an open-air pavilion still standing on Margate's beach, …" ),最も有名な長編詩「荒地」 (もっともゆうめいな ちょうへんし「あれち」)( "The Wasteland" )(1922年作)第3部の大半(だいさんぶの たいはん)を書き上げ(かき あげ)ました( "… a substantial section of the third part of his most famous poem, The Wasteland (1922)." ).彼はロンドン(ろんどん)で不幸な結婚生活(ふこうな けっこん せいかつ)のため健康(けんこう)をひどく損(そこ)ね,この海辺の町(うみべの まち)に隠れ家を求め(かくれがを もとめ)ました( "He had come to the seaside town as a refugee from London where an unhappy marriage had seriously affected his health." ).彼はマーゲートに長く滞在(ながく たいざい)せず,スイスのローザンヌ(すいすのろーざんぬ)に移(うつ)り( "He did not stay long, but went on to Lausanne, Switzerland, …" ),そこで良い医者の手当を受け(よい いしゃの てあてを うけ)健康を取り戻し(けんこうを とりもどし),「荒地」 を完成 (「あれち」を かんせい)させました( "… where thanks to the care of a good doctor he completed his recovery and The Wasteland. " ).マーゲートの海の眺め(うみの ながめ)が彼の健康回復の手助け(けんこう せいかつの てだすけ)になったのは間違い(まちがい)ありません( "But the prospect of the sea at Margate had no doubt helped." ). 少(すく)なくともイングランドで著名(いんぐらんどで ちょめい)なもう一人の詩人(もう ひとりの しじん)がブロードステアズ(ぶろーどすてあず)から2マイル離れたラムズゲート(にまいる はなれた らむずげーと)( "Ramsgate" )を頻繁に訪れ(ひんぱんに おとずれ)ています( "Another famous poet, at least in England, was a frequent visitor to Ramsgate, two miles down the coast from Broadstairs." ).サミュエル・テイラー・コールリッジ(さみゅえる・ていらー・こーるりっじ)( "Samuel Taylor Coleridge" )(1772-1834)です.彼はイングランドが生(い)んだ5人の著名なロマン派詩人(ごにんの ちょめいな ろまんは しじん)のひとりで( "Samuel Taylor COLERIDGE, one of England's five outstanding Romantic poets, …" ),作品の中(さくひんの なか)では長編詩(ちょうへん し)「老水夫行」 (ろうすいふこう)( "The Ancient Mariner" )が最も広く(もっとも ひろく)知られ(しられ)ています( "… is best-known for his long poem, The Ancient Mariner. " ).彼はラムズゲートの海で泳ぐ(およぐ)のが好き(すき)でしたが,彼の場合(ばあい)もおそらく健康維持(けんこう いじ)が理由(りゆう)のひとつだったのでしょう( "He loved bathing in the sea at Ramsgate, perhaps also for health reasons." ).いずれにせよ,彼は海水(かいすい)が冷(つめ)たければ冷たいほど,そこで泳ぐのが好(す)きだったといいます( "In any case, the colder the sea, the more he liked it." ).

    だが,ブロードステアズ(ぶろーどすてあず)自体(じたい)を頻繁に訪れた人(ひんぱんに おとずれた ひと)たちの中(なか)で最も有名(もっとも ゆうめい)なのはチャールズ・ディケンズ(ちゃーるず・でぃけんず)( "Charles Dickens" )(1812-1870)でした( "Most famous of all, however, was a frequent visitor to Broadstairs itself, the novelist Charles Dickens (1812-1870)." ).彼は1837年にここを初めて訪れ(はじめて おとずれ)ました( "He first resorted to Broadstairs in 1837, …" ).最初の小説「ピクウィック・クラブ」 (ぴくうぃっく・くらぶ)( "The Pickwick Papers" )(訳注・オリジナル・タイトル〈初版の表題〉は,"The Posthumous Papers of the Pickwick Club" )を書き上げるのに最適な静かな場所としてここを選んだようです( "… as a quiet place in which to complete his first novel, The Pickwick Papers, …" ).彼はこの古風で小さな海辺の町(こふうで ちいさな うみべの まち)がすっかり好き(すき)になり,1940年代から1950年代にかけて,家族を連れて(かぞくを つれて)何度も訪れ(なんども おとずれ)ました.時(とき)には小説を書く(しょうせつを かく)ため,時には筆を休め休養(ふでを やすめ きゅうよう)するためでした( "… but he so fell in love with the antiquated little seaside town that he often returned with his family to write, or to rest from writing, through the 1840's and into the 1850's." ).ディケンズがかつて滞在した古い町(たいざい した ふるい まち)のいたるところに,彼の名前,彼の小説の題名,その登場人物の名前(かれの なまえ,かれの しょうせつの だいめい,その とうじょう じんぶつの なまえ)が今でも見受け(いまでも みうけ)られます( "His name and names of his novels, or of characters from his novels, are to be found all over the old town that he knew." ).現在(げんざい),ブロードステアズはビクトリア王朝風やモダンな郊外(びくとりあ おうちょう ふうや もだんな こうがい)に,圧殺(あっさつ)されているとまでは言(い)いませんが,完全(かんぜん)に取り囲まれ(とりかこまれ)ています( "It is now surrounded, not to say strangled, by Victorian and modern suburbs, …" ).だが,ブロードステアズは毎年6月(まいとし ろくがつ)になると,かつての著名な訪問者(ちょめいな ほうもんしゃ)を「ディケンズ祭り」(でぃけんず まつり)で祝(いわ)います( "… but Broadstairs still celebrates every year its most famous visitor with a Dickens Festival in June." ).

    デービッド・アレン・ホワイト博士(でーびっど・あれん・ほわいと はかせ)( "Dr. David Allen White" )は,カトリック教徒の文学,音楽教師(かとりっく きょうとの ぶんがく・おんがく きょうし)で,世界中の英語圏(せかい じゅうの えいご けん)でカトリック信仰(しんこう)を維持(いじ)するために努力(どりょく)し,多数(たすう)のカトリック信徒(しんと)のあいだで良く知られている人物(よく しられている じんぶつ)です.彼は大(だい)のディケンズ愛好家(あいこう か)です( "Dr. David Allen White, a Catholic teacher of literature and music who is well-known to many Catholics striving to keep the Faith all over the English-speaking world, is a great lover of Dickens." ).彼はこの夏(なつ)ロンドンを通り(ろんどんを とおり)かかるそうで( "Since he is passing through London this summer, …" ),その機会(きかい)にブロードステアズ(ぶろーどすてあず)まで足を延ばし(あしを のばし),8月2日,3日(はちがつ ふつか,みっか)にディケンズについての24時間週末セミナーを開く(にじゅう よ じかん しゅうまつ せみなーを ひらく)ことに応(おう)じてくださいました( "… he agreed to visit Broadstairs in order to hold on August 2 and 3 a 24-hour weekend seminar on Dickens, …" ).セミナーは一般公開(いっぱん こうかい)とし,期間中(きかん ちゅう)に3回の会議(さんかいの かいぎ),主日ミサ聖祭(しゅじつ みさ せいさい),博士案内(はかせ あんない)による市内(しない)のディケンズ博物館訪問(でぃけんず はくぶつかん ほうもん)を予定(よてい)しています.この博物館(はくぶつかん)はかつてディケンズ自身(じしん)が訪(おとず)れたことのある小さな古い家の中(ちいさな ふるい いえの なか)に開設(かいせつ)されています( "… open to the public and including three conferences and Sunday Mass, and a visit which he will guide to the Dickens Museum in town, set up in a little old house known to, and visited by, Dickens himself." ).読者の中(どくしゃの なか)で参加に興味(さんかに きょうみ)がある方(かた)は至急(しきゅう)( info@dinoscopus.org を通〈とお〉して)お知らせ下さい(おしらせ ください)( "If you are interested in attending, let us know soon (through info@dinoscopus.org), …" ).参加人数を制限(さんか にんずうを せいげん)せざるをえない場合(ばあい),先着順(せんちゃく じゅん)となりますので( "… because if numbers have to be limited, first come will be first served." ).食事はお出し(しょくじは おだし)できますが,宿泊(しゅくはく)は参加者各自の手配(さんかしゃ かくじの てはい)となります.Meals will be provided in-house, but visitors will have to find their own accommodation outside." ).この時期(じき)は夏季休暇(かき きゅうか)シーズンのピークに当たる点にご注意(しーずんの ぴーくに あたる てんに ごちゅうい)ください( "Beware, it will be the height of the holiday season." ).

    ディケンズ自身(でぃけんず じしん)はカトリック教徒(かとりっく きょうと)ではありませんでしたが,ドストエフスキー(どすとえふすきー)はかつて彼を「偉大なキリスト者」(いだいな きりすと しゃ)と呼びました( "Dickens was not Catholic, but Dostoevsky called him “a great Christian”." ).ディケンズは疑(うたが)いなく温か(あたたか)でオープンな心(おーぷんな こころ)と才気(さいき)あふれた筆の持ち主(ふでの もちぬし)でした( "Dickens certainly had a warm and open heart, and a brilliant pen." ).

    キリエ・エレイソン.

    ディケンズにとって,ブロードステアズは大きな喜びでした.
    (でぃけんすに とって,ぶろーどすてあずは おおきな よろこび でした.)
    ( "For Dickens, Broadstairs was a great delight." )

    その訳を知るため,ホワイト博士のお話を聴きに来て下さい.
     (その わけを しる ため,ほわいと はかせの おはなしを ききに きて ください.)
    ( "To find out why, come listen to Dr White." )


    リチャード・ウィリアムソン司教



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