エレイソン・コメンツ 第280回 (2012年11月24日)
数週間前,インターネットのウェブサイト「321gold」に私たちがいま住む世界についての素晴らしい描写(びょうしゃ)が掲載(けいさい)されました( "A marvellous portrait of our contemporary world appeared a few weeks ago on the Internet website, 321gold." ).その一文のタイトルは「低落(ていらく),腐敗(ふはい),否認(ひにん),妄想(もうそう),絶望(ぜつぼう)( "Decline, Decay, Denial, Delusion and Despair" )という恐ろしいものですが,中身はいたって現実に即(そく)したものです( "The title is daunting: “Decline, Decay, Denial, Delusion and Despair”, but the content is surely true to life." ).サイトの著者は,アメリカ東部のいたるところで見られる街の光景から話し始めたあと ( "Starting from a street scene to be found no doubt all over the eastern United States, …" ),今後15年以内に,私たちが望んだ理念から派生(はせい)した望みもしない副産物として,ジョージ・オーウェル風の独裁(どくさい) ( "Orwellian dictatorship" ) が同国を襲(おそ)うだろうと結論づけています ( "… he concludes that within 15 years an Orwellian dictatorship will descend upon his country as the unwanted effect of wanted causes." )
今やアメリカは全世界の典型となっているのではないでしょうか ( "But the USA is not typical of the whole world ? " )? 世界中の人々がアメリカの生活様式に不本意ながら従っています.「皆さんくれぐれも用心しましょう!」と著者は警告しています( "The whole world is buying into the American way of life. “Let the buyer beware” ! " ).
著者はこの秋,ニュージャージー州のワイルドウッドという町を訪れ,通りのいたるところで年齢50歳以下のぶくぶくに太った男女が大勢,政府の補助金で支給された電動カートに乗って動き回っている光景を目にしたそうです( "This autumn in the streets of Wildwood, New Jersey, the author observed pavements encumbered with a host of heavily overweight men and women under 50 years of age rolling around town on government-subsidized mobility scooters …" ).連中はファストフード店をはしごしながら砂糖のたっぷり入ったうまいもの( "sugar-laden goodies" )を食べ歩き,その結果さらに太り,乗っているカートが重さに耐えかねて悲鳴をあげているというのです( "… to visit one fast-food joint after another in order to gorge on sugar-laden goodies which would give their latest model scooters more work than ever." ).彼が連中につけたおかしな名前を想像できますか? ( "His amusing name for them ? " ) ― 「強力な移動度増強カートに乗っている太った身障者」というのです( " “The weight-challenged disabled on their powered mobility enhancement vehicles.” " ). これはまさしく差別語禁止からの逃げです( "Such is the flight from reality of “political correctness” and its language. " ).
著者はこの笑えない喜劇がどうやって生まれたのかを考え次のように述べています( "The author seeks causes for this tragic-comic effect : … " ).「かつて所得の12パーセントを貯蓄していたアメリカ人は誰に説き伏せられて借金まみれ,砂糖づけの生活スタイルに陥り,肥満度統計の上限からはみ出るほどになり,貯金は底をつき,子供や孫に耐えられないほどの借金の重荷を残すようになったのだろうか?」( "… how can the American people that once saved 12% of their income have been persuaded to frighten the obesity statistics off the end of the charts with a debt-laden, sugar-sodden way of life, with no more savings for themselves and with an unbearable burden of debt being bequeathed to their children and grand-children ? " )むろん彼らに自制心が欠けていたためだが,ほかにもっと邪悪な要因,つまり,これほど愚かな光景の裏にひそむ何らかの心理状況があるのではないか,と彼は言います( "Of course there is a lack of self-control on their part, he says, but there must be something more sinister, some mind behind such a mindless scene." ).現代の大衆操作術をマスターした目に見えない政府によって市民全体が操られていると言うのです( "He says the mass of citizens are being manipulated by an invisible government that has mastered the modern techniques of mass manipulation." ).
著者は1920年代に現れたそのようなマスターたちの先駆者(せんくしゃ)であるエドワード・バーネーズ( "Edward Barnays" )の次の言葉を引用しています( "He quotes a pioneer of these masters from the 1920’s, Edward Bernays: " ): 「意識的かつ賢明な大衆操作は民主主義社会における重要な要素である…( " “The conscious and intelligent manipulation of the masses is an important element in democratic society…" )… 膨大(ぼうだい)な数の人間がスムーズに機能する社会で共に生きるためには、彼らはそのような方法で協力しあわなければならない…( "…Vast numbers of human beings must cooperate in this manner if they are to live together as a smoothly functioning society…" )… 政治,ビジネス,社会的行動,倫理的思考のいずれにおいても,我々は比較的少数の人間によって支配される…( "… Whether in politics, business, social conduct or ethical thinking, we are dominated by the relatively small number of persons…" )… そして,その連中は大衆の心理的プロセス,社会的パターンをよくわきまえている( "…who understand the mental processes and social patterns of the masses.” " ).」彼らは「国の真の統治者」であり,「大衆心理を陰(かげ)で操(あやつ)る」と,バーネーズは言っています( " “ They are “the true ruling power of the country,” and they “pull the wires which control the public mind.” " ).連中の目的は何でしょうか? 自身の富と権力のためです( "For what purpose ? For their own wealth and power." ).
今日の財政,経済危機を自らの利益になるように仕組んだのはほかならぬ彼らです( "It is they who have organized today’s financial and economic crisis for their own benefit. " ).サイトの著者は次のように言っています.「彼らは世界経済を破綻(はたん)させ … ( "…They have “wrecked the world economy …" ) … 彼ら自身にとっては無価値の負債を納税者とまだ生まれていない世代に押し付け( "…shifted their worthless debt onto the backs of taxpayers and unborn generations, …" ),高齢者や貯蓄者から毎年4千億ドルの利子負担をかすめ取ってバスの下に放り出し( "…thrown senior citizens and savers under the bus by stealing $400 billion per year of interest from them, …" ),自らはバブル期のような利益とボーナスを得て懐(ふところ)を肥(こ)やしているのです( "…and enriched themselves with bubble-level profits and bonus payments.” " ).」そして,このような持続(じぞく)不可能な生活様式に終止符(しゅうしふ)を打たなければならなくなったとたんに,目に見えない支配者たちが私たちに用意したものは何かと言えば( "…And when the plug has to be pulled on this unsustainable way of life, then our invisible masters have prepared for us…" ),何百万発の銃弾で武装された警察を使った1984年の「涙の独裁」( "…a 1984 “dictatorship of tears” with militarized police with millions of bullets, …" ),いたるところに配備された監視カメラ,無人飛行機( "…surveillance cameras and drones everywhere, …" ),罪状のないままの投獄,等々だというのです( "…imprisonment without charges and so on and so on." ).だが,著者はこうした事態を招いた原因は,真実より無知を,健康より病(やまい)を,批判的な考え方よりマスメディアの嘘(うそ)を,自由より安全を選択した市民自身の間違いにあると言っています( "Yet, says the author, it is the citizens’ own fault who have preferred ignorance to truth, sickness to health, media lies to critical thinking, security to liberty." ).
彼の称賛に値する分析にただ一つ欠けているものがあります( "There is only one thing lacking to this admirable analysis: " ): 十戒にあるように,私たちすべてが死に際して審判(しんぱん)を受ける神の存在を少しでも心にとどめていれば,支配するエリートがこれほど横暴(おうぼう)になり,支配される大衆がこれほど口をつぐんできただろうかという疑問です( "could our governing elite have run so wild, or our masses have turned so dumb, if either had retained the least sense of a God who judges us all at death, according to Ten Commandments ? " ). 答えはもちろんノーです( "Of course not. " ).カトリック信徒の皆さん,目を覚ましましょう!( "Catholics, wake up ! " )
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
2012年11月25日日曜日
2011年10月3日月曜日
2本の危機映画
エレイソン・コメンツ 第219回 (2011年9月24日)
2008年以来,アメリカ合衆国に出現した金融経済危機は西洋式生活様式全体の土台を揺るがしかねない状況ですが,この危機を描いた興味深い2本の映画がこれまでに登場しています.どちらもよくできた説得力のある作品です.2作品のうち一本は登場する銀行家たちをヒーローとして扱い,もう一本の方は彼らを悪役に仕立てています.もし西洋社会にいくらかでも未来があるとすれば,この扱いの違いは一考に値します.
ドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ・世界不況の知られざる真実(邦題)」(原題: “Inside Job” )は複数の銀行家,政治家,経済専門家,実業家,ジャーナリスト,学者,金融顧問などとの一連のインタビューで構成されています.そこに現れるのはこれらすべての領域でアメリカ社会の最上部が繰り広げる拝金主義と詐欺の共謀の驚くべき姿です.自由企業体制が1980年代,1990年代に行われた金融規制撤廃を正当化する理由でしたが,それは投資管理者たちにより大きな権力を着実に与えたため,彼らはそれによってあらゆる有力政治家,ジャーナリスト,学者たちを自分たちの支配下に置くことが可能になりました.こうして中産階級や労働者階級に対する情け容赦のない略奪行為が今もなお進行中です.犠牲となった人たちの怒りは爆発寸前ですが,少なくとも当面の間,投資管理者たちは自分たちのために巧みに作り出した景気の底でがつがつと貪(むさぼ)り食い続けるしかないでしょう.映画の中で「貪欲は良いことだ.それが世の中を動かすのだから」と銀行の幹部連中は言います.
二つ目の映画, “Too Big to Fail” (仮訳:「破綻するには大きすぎる」)では,主要なニューヨークの投資銀行リーマン・ブラザーズ “Lehman Brothers” の破綻を中心とした2008年秋の劇的な数々の出来事が再現されています.当時の合衆国財務長官ハンク・ポールソン “Hank Paulson” は,リーマン・ブラザーズの破産を狙(ねら)って政府の救済策を拒否するという古典的な自由企業の決定を下す役として描かれています.だがその結果は世界中の銀行,商業のメルトダウン(崩壊)をもたらしかねないようなショックを国際金融界にもたらし,ポールソンは政府内の同僚とニューヨークのすべての主要銀行家たちの支援をかりて,破綻させるわけにはいかない大手銀行を対象に税金投入に基づく救済案を合衆国議会が承認するよう説得しなければならなくなります.映画では,彼はまさしく成功し金融システムは救われます.政府と銀行家たちは時代のヒーローとなります.またしても資本主義は私たちが思っていた通りの驚異であることが証明されます - 社会主義の介入のおかげで!
では,ここに出てくる銀行家たちはヒーローでしょうか? それとも悪役でしょうか?その答えは,せいぜい短期的にはヒーローあっても,長期的には間違いなく悪党です.なぜなら,無私無欲を要求する社会や身勝手さを意味する貪欲の上に建てることのできる社会などないことを悟(さと)るにはほんのわずかな一般常識があれば十分だからです.どんな社会でも持てる者と持たざる者とが常に存在します(ヨハネ聖福音書12章8節をご参照ください)(訳注後記).金と権力を持つ社会の管理者たちはそのどちらも持たない大衆に何としても気配りすべきです.さもないと革命や大混乱が起きるでしょう.むろん世界主義者たちは大混乱を明日起こして,その翌日には自分たちが世界の権力を手中にできるよう画策します.だが,彼らが事を計っても,決着をつけるのは神なのです( “…while they may propose, it is God who disposes” ).
カトリック教徒や将来を案じる人たちは誰でもこの2本の映画を観に行き資本主義と自由企業について真剣に自問すべきです.いったい資本主義が今回のように社会主義によってのみ救済されたのはどうしてでしょうか? 時の政府が本当にそれほど悪かったのでしょうか? 資本主義が本当にそれほど良かったのでしょうか? ひとつの社会が生き残るためにはどうすれば強欲な人間たちを当てにすることができるのでしょうか? どうすればそのような依存にのめり込むことができたのでしょうか? そして今現在,このような疑問を投げかけている人がいるという兆候(ちょうこう)が何かあるでしょうか? あるいはあらゆる人々のマンモン崇拝(拝金主義) - 私たちは物事をその本当の名で呼ぶことにしましょう - が野放(のばな)しに蔓延(はびこ)っているのでしょうか?
イエズス・キリストが彼の司祭たちを通して罪人たちの罪を免除してくださらない限り,究極的に機能し得る御託身後 (訳注・原語 “post-Incarnation”,キリスト御降誕後の時代.) の社会システムなどありません.資本主義はこれまでの数世紀の間カトリシズム( “Catholicism”,カトリック教) のすねをかじっていただけにすぎません.資本主義の死をもたらしているのは今日のカトリシズムの疲弊(ひへい)なのです.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第4パラグラフの訳注:
新約聖書・ヨハネによる聖福音書:第12章8節(太字部分)(11章38節-12章19節までを掲載)
THE HOLY GOSPEL OF JESUS CHRIST ACCORDING TO ST. JOHN – 12:8 (11:38-12:19)
第11章(38-57節)
ラザロがよみがえる(11・1-46)(注・ここでは38-46節)
『(イエズスは)…それから墓に行かれた.イエズスは,「石を取りのけなさい」と言われた.死人の姉妹マルタは,「主よ、四如日も経っていますから臭くなっています」と言ったが,イエズスは,「もしあなたが信じるなら,神の光栄を見るだろうと言ったではないか」と言われた.石は取りのけられた.
イエズスは目を上げて話された,「父よ,私の願いを聞き入れてくださったことを感謝いたします.私はあなたが常に私の願いを聞き入れてくださることをよく知っています.私がこう言いますのは,この回りにいる人々のためで,あなたが私を遣わされたことをこの人たちに信じさせるためであります」.そう言ってのち,声高く「ラザロ外に出なさい」と呼ばれた.すると死者は,手と足を布でまかれ顔を汗ふきで包まれたまま出てきた.イエズスは人々に,「それを解いて,行かせよ」と言われた.
マリアのところに来ていて,イエズスのされたことを見た多くのユダヤ人は彼を信じた.しかし,その中のある人はファリサイ人のところに行き,イエズスのされたことを告げたので,…』
イエズスの死を謀る(11・47-57)
『…司祭長たちとファリサイ人たちは,議会を開き,「どうしたらよかろう.彼は多くの奇跡を行っているから,もしこのまま捨てておいたら,人はみな彼を信じるようになるだろう.そしてローマ人が来て,われわれの聖なる地と民を滅ぼすだろう」と言った.
その中の一人で,その年の大司祭だったカヤファは,「あなたたちには何一つわかっていない.一人の人が民のために死ぬことによって全国の民の滅びぬほうが,あなたたちにとってためになることだとは考えないのか」と言った.*彼は自分からこう言ったのではない.この年の大司祭だった彼は,イエズスがこの民のために,また,ただこの民のためだけではなく,散っている神の子らを一つに集めるために死ぬはずだったことを預言したのである.
イエズスを殺そうと決めたのはこの日からであった.そこでイエズスは,もう公にユダヤ人の中を巡らず,ここを去って荒野に近いエフライムという町に行き,弟子たちとともにそこにとまられた.
ユダヤ人の過ぎ越しの祭りが近づき,多くの人々は清めをするために,過ぎ越しの祭りの前に,地方からエルサレムに上ってきた.彼らはイエズスを捜し求め,神殿に立って,「どう思う.イエズスは祭りに来ないだろうか」と言い合った.司祭長たちとファリサイ人たちがイエズスを捕らえようとして,彼の居所を知っている者は届け出よと命じていたからである.』
(注釈)
イエズスの死を謀る
*(51節)カヤファは,ユダヤが滅びるよりも,イエズス一人を犠牲にするほうが正しいと考えた.しかし,神の御計画として,イエズスは全人類のために死ぬのである.
***
第12章(1-19節)
ベタニアの食事(12・1-11)
『*¹過ぎ越しの祭りの六日前に,イエズスはベタニアに行かれた.それは,イエズスが死者の中からよみがえらせたラザロのいる所だった.さて,イエズスのために,食事の席が設けられると,マルタが給仕し,ラザロ(マルタの兄弟)はイエズスとともに食卓についた人々の中にいた.
そのときマリア(マルタの姉妹)は高価な純粋のナルドの香油一斤を持ってきてイエズスの御足に塗り,自分の髪の毛でそれをふいたので,香油の香りは家中に漂(ただよ)った.
弟子の一人で,のちにイエズスをわたすイスカリオトのユダが,「なぜ,この香油を三百デナリオに売って,貧しい人に施さないのか」と言った.そう言ったのは,貧しい人のことを思いやったからではなくて,彼は盗人であり,預かっている財布の中身を盗んでいたからである.
イエズスは,「この婦人のするようにさせておけ.この人は私の*²葬(ほうむ)りの日のためにこの香料をとっておいたのだ.貧しい人はいつもあなたたちとともにいるが,私はいつもあなたたちとともにいるわけではない」と言われた.
大ぜいのユダヤ人は,イエズスがここにおられると知って,イエズスを見るためばかりでなく,イエズスが死者の中からよみがえらせたラザロを見るためにも,そこに来た.そこで司祭長たちは,ラザロをも殺してしまおうと決めた.この人のために多くのユダヤ人が彼らを去り,イエズスを信じるようになったからである.
エルサレムに入る(12・12-19)
翌日,祭りに来ていた大群衆は,イエズスがエルサレムに行かれる時,しゅろの枝をとって出迎え,「*³ホザンナ,賛美されよ,主のみ名によって来られる御者,*⁴イスラエルの王」と叫んだ.イエズスは子ろばを見つけてそれに乗られた.「*⁵シオンの娘よ,恐れるな.見よ,あなたの王は雌ろばの子に乗ってこられる」と記されているとおりだった.
弟子たちはその時はこれらのことがわからなかった.しかし,イエズスが光栄を受けられたのちに,弟子らは,それらのことがイエズスについて記されていたことであり,人々はそういうふうにイエズスに対して行ったのだと思い出した.
イエズスがラザロを墓から呼び出して,死者の中からよみがえらせたとき,イエズスとともにいた群衆がそれを証言した.人々がイエズスを迎えたのは,そのしるしを行われたと聞いたからであった.
ファリサイ人たちは,「あなたたちは何もできなかった.どうだ,みなあの人について行ったではないか」と言い合った.…』
(注釈)
ベタニアでの食事(12・1-11)
*¹ ヨハネは過ぎ越しの祭りとイエズスの死との関係を重視している(11・55,13・1,18・28,19・14,42).
イエズスの公生活の最後の週である.最初の週(2・1以下)(注・イエズスがその光栄を現される最初の奇跡<ガリラヤのカナの婚礼で水をぶどう酒に変えられた>)を詳しく述べたヨハネは,最後の週のことも詳しく伝えている.「神の子が光栄を受ける時が来た」(12・23,13・31,17・1,5).これらはイエズスの光栄の現れによって幕を閉じる.
*² イエズスは,マリアのこの行為を,自分の死骸をあらかじめ尊(たっと,とうと)んだことと見られた.
エルサレムに入る(12・12-19)
*³ 詩篇118・26参照.
→「主のみ名によってくるもの,祝されよ.
われらは主の家から,あなたを祝そう」
*⁴イスラエルの王とはメシアなる王のこと.
*⁵ 〈旧約〉ザカリアの書9・9参照.
→「*シオンの娘よ,喜びいさめ,
エルサレムの娘よ,喜びおどれ.
見よ,王がこられる,
正しいもの,勝利のものが.
彼は,謙虚なもので,
ろばに乗ってこられる.
子ろば,雌ろばの子に乗って.」
(注釈)*メシアは,謙虚なものであり,不正な,おごり高ぶる暴君とは,完全に別のものである.
彼は,昔の王の乗り物に乗っておられる(〈旧約〉創世の書49・11→「ユダは子ろばをぶどうの木につなぎ,雌ろばの子をよきぶどうの木につなぐ.彼はぶどう酒で服を洗い,ぶどうの液で衣を洗う.」)
(注・ユダはヤコブ〈=イスラエル〉の12人の息子のうち上から4番目(ユダ族の祖)で,メシアたるキリストはこのユダ族から出ている.).
この預言は,イエズス・キリストの枝の日,エルサレム入城の日に,実現された(〈新約〉マテオ21・5,6,11・29).
* * *
2008年以来,アメリカ合衆国に出現した金融経済危機は西洋式生活様式全体の土台を揺るがしかねない状況ですが,この危機を描いた興味深い2本の映画がこれまでに登場しています.どちらもよくできた説得力のある作品です.2作品のうち一本は登場する銀行家たちをヒーローとして扱い,もう一本の方は彼らを悪役に仕立てています.もし西洋社会にいくらかでも未来があるとすれば,この扱いの違いは一考に値します.
ドキュメンタリー映画「インサイド・ジョブ・世界不況の知られざる真実(邦題)」(原題: “Inside Job” )は複数の銀行家,政治家,経済専門家,実業家,ジャーナリスト,学者,金融顧問などとの一連のインタビューで構成されています.そこに現れるのはこれらすべての領域でアメリカ社会の最上部が繰り広げる拝金主義と詐欺の共謀の驚くべき姿です.自由企業体制が1980年代,1990年代に行われた金融規制撤廃を正当化する理由でしたが,それは投資管理者たちにより大きな権力を着実に与えたため,彼らはそれによってあらゆる有力政治家,ジャーナリスト,学者たちを自分たちの支配下に置くことが可能になりました.こうして中産階級や労働者階級に対する情け容赦のない略奪行為が今もなお進行中です.犠牲となった人たちの怒りは爆発寸前ですが,少なくとも当面の間,投資管理者たちは自分たちのために巧みに作り出した景気の底でがつがつと貪(むさぼ)り食い続けるしかないでしょう.映画の中で「貪欲は良いことだ.それが世の中を動かすのだから」と銀行の幹部連中は言います.
二つ目の映画, “Too Big to Fail” (仮訳:「破綻するには大きすぎる」)では,主要なニューヨークの投資銀行リーマン・ブラザーズ “Lehman Brothers” の破綻を中心とした2008年秋の劇的な数々の出来事が再現されています.当時の合衆国財務長官ハンク・ポールソン “Hank Paulson” は,リーマン・ブラザーズの破産を狙(ねら)って政府の救済策を拒否するという古典的な自由企業の決定を下す役として描かれています.だがその結果は世界中の銀行,商業のメルトダウン(崩壊)をもたらしかねないようなショックを国際金融界にもたらし,ポールソンは政府内の同僚とニューヨークのすべての主要銀行家たちの支援をかりて,破綻させるわけにはいかない大手銀行を対象に税金投入に基づく救済案を合衆国議会が承認するよう説得しなければならなくなります.映画では,彼はまさしく成功し金融システムは救われます.政府と銀行家たちは時代のヒーローとなります.またしても資本主義は私たちが思っていた通りの驚異であることが証明されます - 社会主義の介入のおかげで!
では,ここに出てくる銀行家たちはヒーローでしょうか? それとも悪役でしょうか?その答えは,せいぜい短期的にはヒーローあっても,長期的には間違いなく悪党です.なぜなら,無私無欲を要求する社会や身勝手さを意味する貪欲の上に建てることのできる社会などないことを悟(さと)るにはほんのわずかな一般常識があれば十分だからです.どんな社会でも持てる者と持たざる者とが常に存在します(ヨハネ聖福音書12章8節をご参照ください)(訳注後記).金と権力を持つ社会の管理者たちはそのどちらも持たない大衆に何としても気配りすべきです.さもないと革命や大混乱が起きるでしょう.むろん世界主義者たちは大混乱を明日起こして,その翌日には自分たちが世界の権力を手中にできるよう画策します.だが,彼らが事を計っても,決着をつけるのは神なのです( “…while they may propose, it is God who disposes” ).
カトリック教徒や将来を案じる人たちは誰でもこの2本の映画を観に行き資本主義と自由企業について真剣に自問すべきです.いったい資本主義が今回のように社会主義によってのみ救済されたのはどうしてでしょうか? 時の政府が本当にそれほど悪かったのでしょうか? 資本主義が本当にそれほど良かったのでしょうか? ひとつの社会が生き残るためにはどうすれば強欲な人間たちを当てにすることができるのでしょうか? どうすればそのような依存にのめり込むことができたのでしょうか? そして今現在,このような疑問を投げかけている人がいるという兆候(ちょうこう)が何かあるでしょうか? あるいはあらゆる人々のマンモン崇拝(拝金主義) - 私たちは物事をその本当の名で呼ぶことにしましょう - が野放(のばな)しに蔓延(はびこ)っているのでしょうか?
イエズス・キリストが彼の司祭たちを通して罪人たちの罪を免除してくださらない限り,究極的に機能し得る御託身後 (訳注・原語 “post-Incarnation”,キリスト御降誕後の時代.) の社会システムなどありません.資本主義はこれまでの数世紀の間カトリシズム( “Catholicism”,カトリック教) のすねをかじっていただけにすぎません.資本主義の死をもたらしているのは今日のカトリシズムの疲弊(ひへい)なのです.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第4パラグラフの訳注:
新約聖書・ヨハネによる聖福音書:第12章8節(太字部分)(11章38節-12章19節までを掲載)
THE HOLY GOSPEL OF JESUS CHRIST ACCORDING TO ST. JOHN – 12:8 (11:38-12:19)
第11章(38-57節)
ラザロがよみがえる(11・1-46)(注・ここでは38-46節)
『(イエズスは)…それから墓に行かれた.イエズスは,「石を取りのけなさい」と言われた.死人の姉妹マルタは,「主よ、四如日も経っていますから臭くなっています」と言ったが,イエズスは,「もしあなたが信じるなら,神の光栄を見るだろうと言ったではないか」と言われた.石は取りのけられた.
イエズスは目を上げて話された,「父よ,私の願いを聞き入れてくださったことを感謝いたします.私はあなたが常に私の願いを聞き入れてくださることをよく知っています.私がこう言いますのは,この回りにいる人々のためで,あなたが私を遣わされたことをこの人たちに信じさせるためであります」.そう言ってのち,声高く「ラザロ外に出なさい」と呼ばれた.すると死者は,手と足を布でまかれ顔を汗ふきで包まれたまま出てきた.イエズスは人々に,「それを解いて,行かせよ」と言われた.
マリアのところに来ていて,イエズスのされたことを見た多くのユダヤ人は彼を信じた.しかし,その中のある人はファリサイ人のところに行き,イエズスのされたことを告げたので,…』
イエズスの死を謀る(11・47-57)
『…司祭長たちとファリサイ人たちは,議会を開き,「どうしたらよかろう.彼は多くの奇跡を行っているから,もしこのまま捨てておいたら,人はみな彼を信じるようになるだろう.そしてローマ人が来て,われわれの聖なる地と民を滅ぼすだろう」と言った.
その中の一人で,その年の大司祭だったカヤファは,「あなたたちには何一つわかっていない.一人の人が民のために死ぬことによって全国の民の滅びぬほうが,あなたたちにとってためになることだとは考えないのか」と言った.*彼は自分からこう言ったのではない.この年の大司祭だった彼は,イエズスがこの民のために,また,ただこの民のためだけではなく,散っている神の子らを一つに集めるために死ぬはずだったことを預言したのである.
イエズスを殺そうと決めたのはこの日からであった.そこでイエズスは,もう公にユダヤ人の中を巡らず,ここを去って荒野に近いエフライムという町に行き,弟子たちとともにそこにとまられた.
ユダヤ人の過ぎ越しの祭りが近づき,多くの人々は清めをするために,過ぎ越しの祭りの前に,地方からエルサレムに上ってきた.彼らはイエズスを捜し求め,神殿に立って,「どう思う.イエズスは祭りに来ないだろうか」と言い合った.司祭長たちとファリサイ人たちがイエズスを捕らえようとして,彼の居所を知っている者は届け出よと命じていたからである.』
(注釈)
イエズスの死を謀る
*(51節)カヤファは,ユダヤが滅びるよりも,イエズス一人を犠牲にするほうが正しいと考えた.しかし,神の御計画として,イエズスは全人類のために死ぬのである.
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第12章(1-19節)
ベタニアの食事(12・1-11)
『*¹過ぎ越しの祭りの六日前に,イエズスはベタニアに行かれた.それは,イエズスが死者の中からよみがえらせたラザロのいる所だった.さて,イエズスのために,食事の席が設けられると,マルタが給仕し,ラザロ(マルタの兄弟)はイエズスとともに食卓についた人々の中にいた.
そのときマリア(マルタの姉妹)は高価な純粋のナルドの香油一斤を持ってきてイエズスの御足に塗り,自分の髪の毛でそれをふいたので,香油の香りは家中に漂(ただよ)った.
弟子の一人で,のちにイエズスをわたすイスカリオトのユダが,「なぜ,この香油を三百デナリオに売って,貧しい人に施さないのか」と言った.そう言ったのは,貧しい人のことを思いやったからではなくて,彼は盗人であり,預かっている財布の中身を盗んでいたからである.
イエズスは,「この婦人のするようにさせておけ.この人は私の*²葬(ほうむ)りの日のためにこの香料をとっておいたのだ.貧しい人はいつもあなたたちとともにいるが,私はいつもあなたたちとともにいるわけではない」と言われた.
大ぜいのユダヤ人は,イエズスがここにおられると知って,イエズスを見るためばかりでなく,イエズスが死者の中からよみがえらせたラザロを見るためにも,そこに来た.そこで司祭長たちは,ラザロをも殺してしまおうと決めた.この人のために多くのユダヤ人が彼らを去り,イエズスを信じるようになったからである.
エルサレムに入る(12・12-19)
翌日,祭りに来ていた大群衆は,イエズスがエルサレムに行かれる時,しゅろの枝をとって出迎え,「*³ホザンナ,賛美されよ,主のみ名によって来られる御者,*⁴イスラエルの王」と叫んだ.イエズスは子ろばを見つけてそれに乗られた.「*⁵シオンの娘よ,恐れるな.見よ,あなたの王は雌ろばの子に乗ってこられる」と記されているとおりだった.
弟子たちはその時はこれらのことがわからなかった.しかし,イエズスが光栄を受けられたのちに,弟子らは,それらのことがイエズスについて記されていたことであり,人々はそういうふうにイエズスに対して行ったのだと思い出した.
イエズスがラザロを墓から呼び出して,死者の中からよみがえらせたとき,イエズスとともにいた群衆がそれを証言した.人々がイエズスを迎えたのは,そのしるしを行われたと聞いたからであった.
ファリサイ人たちは,「あなたたちは何もできなかった.どうだ,みなあの人について行ったではないか」と言い合った.…』
(注釈)
ベタニアでの食事(12・1-11)
*¹ ヨハネは過ぎ越しの祭りとイエズスの死との関係を重視している(11・55,13・1,18・28,19・14,42).
イエズスの公生活の最後の週である.最初の週(2・1以下)(注・イエズスがその光栄を現される最初の奇跡<ガリラヤのカナの婚礼で水をぶどう酒に変えられた>)を詳しく述べたヨハネは,最後の週のことも詳しく伝えている.「神の子が光栄を受ける時が来た」(12・23,13・31,17・1,5).これらはイエズスの光栄の現れによって幕を閉じる.
*² イエズスは,マリアのこの行為を,自分の死骸をあらかじめ尊(たっと,とうと)んだことと見られた.
エルサレムに入る(12・12-19)
*³ 詩篇118・26参照.
→「主のみ名によってくるもの,祝されよ.
われらは主の家から,あなたを祝そう」
*⁴イスラエルの王とはメシアなる王のこと.
*⁵ 〈旧約〉ザカリアの書9・9参照.
→「*シオンの娘よ,喜びいさめ,
エルサレムの娘よ,喜びおどれ.
見よ,王がこられる,
正しいもの,勝利のものが.
彼は,謙虚なもので,
ろばに乗ってこられる.
子ろば,雌ろばの子に乗って.」
(注釈)*メシアは,謙虚なものであり,不正な,おごり高ぶる暴君とは,完全に別のものである.
彼は,昔の王の乗り物に乗っておられる(〈旧約〉創世の書49・11→「ユダは子ろばをぶどうの木につなぎ,雌ろばの子をよきぶどうの木につなぐ.彼はぶどう酒で服を洗い,ぶどうの液で衣を洗う.」)
(注・ユダはヤコブ〈=イスラエル〉の12人の息子のうち上から4番目(ユダ族の祖)で,メシアたるキリストはこのユダ族から出ている.).
この預言は,イエズス・キリストの枝の日,エルサレム入城の日に,実現された(〈新約〉マテオ21・5,6,11・29).
* * *
2011年3月7日月曜日
難局を乗り切るための助言
エレイソン・コメンツ 第189回 (2011年2月26日)
先週の「エレイソン・コメンツ」で,あるワシントンのインサイダーがいかに現代世界が幻想の上に運営されているかを自慢していることについてキャサリン・オースティン・フィッツ “Catherine Austin Fitts” を引用して触れました.彼女自身,ワシントンのインサイダーで,ジョージ・ブッシュ(前大統領の父,米国第41代大統領)政権の住宅省次官補を務めていました.彼女は自分の実体験に基づいた話をしています.同じインタビューで彼女は他にもいくつかの興味深い発言をしています.とりわけ,今後の経済的見通しを心配し,自分の財産や生活の質を維持したいと望む平均的な米国民に対して彼女が与えうる助言について語っています.その内容は以下の通りです(「2月2日付『私たちは金融クーデターの犠牲者』www. 321 gold 」をご覧ください).(訳注・原文 - www.321gold.com, Feb 2, “We are victims of a Financial Coup d’Etat” ):--
「肝心なのはあなた自身の時間と注意です.中央集権に利害関係を持つ人々や組織に耳を傾けたり関わったりするのを止めるべきです.まずテレビを消すことから始めましょう.そして,あなたの預金,購入,献金の対象を信頼できる人々や企業に移しなさい.
諸経費を減らしましょう.自分の時間を使ってできるだけ多くの能力を伸ばし,より多くのことを自分自身で出来るようにしたり,周囲の人々と交換できるよう心がけるべきです.投資は貴金属を含む有形物を対象にしましょう.いわゆる「slow burn」(遅い昇進)を悩み自分を見失わないようにすることです.最後に,霊的な戦いをするために必要な知力,能力を高めましょう.金融腐敗はずっと奥が深く非常に浸食力の強い道徳的,文化的問題の兆候です.あなたの人生をあなたの愛する人や物事に役立つよう構築することです.
あなた自身の健康を守りなさい.食べ物,飲み水の供給は徐々に管理され汚染されています.地場産(じばさん)の新鮮な食品と飲料水を確保する対策を講ずることがあなたの健康にとって不可欠です.またあなたの体内の老廃物を取り除き免疫システムを強化するための方法について自分に出来ることから学んでいくことも大事です.環境汚染や電磁気汚染の増大は体力維持のための努力を必要としており,その度合いは十年前には考えられなかったほどです.」
困難が近づいていると感じている人にとって,とても役立つ助言となる一文をもう一つご紹介します.キャサリン・オースティン・フィッツと同じ考え方に立つラリー・ラボード “Larry Laborde” が書いた「英雄の出現を待つ」“Waiting for a Hero”(同じウェブサイトの1月17日付け)をご覧ください:--
「偉大な合衆国の平均的な市民は現段階で何をすべきでしょうか? 疾病(しっぺい)のような地方債 “municipal bonds” への投資を避けることです.それはまず最初に債務不履行(さいむふりこう)に陥(おちい)るでしょう.長期合衆国国債 “long term US bonds” も避けましょう.短期手形 “Short term US notes” (期間6か月以下)は現在のところ恐らくOKでしょうが,いつでも売れるようにしておくことです.あらゆる経費を切り詰め現金を残しましょう.身分相応以下の生活をすべきです.現金を蓄(たくわ)え,その現金は貴金属でヘッジしなさい(訳注後記).手持ちの現金は地元の信用組合か地元の株主保有の銀行に預けなさい.その金融機関の格付けをチェックして,あなたの地域で最も安全な機関に預金しているかどうか確認しましょう.クレジットカードは破り捨て使用するのは止めましょう.買い物の支払いは現金で済ませましょう.緊急時用に二か月分の現金を手元に置いておきましょう.貴金属に投資する場合は,全体の50パーセントを金に,残り50パーセントは銀にしましょう.なるべく天然の貴金属に投資しましょう.小口投資家にとって良い投資になるのは普通に毎日消費する保存可能な必需品を6か月分だけ購入するというやり方です.そういうものなら多分6か月で5から10パーセントくらいは値上がりするでしょう(利益率としては悪くありません).菜園を造るか地元の農家を支援しましょう(あるいはその両方をするのもよいことです).」
手短に言います.目を覚ましなさい! 読者のみなさん,目覚めるために,まずテレビを消すことから始めなさい.身分不相応な生活をせずに,資力を下回る範囲内で上手に豊かに暮らせるよう工夫(くふう)しなさい.現金を貯蓄し,地元で預金しかつ貴金属に投資しなさい.競争社会を少なくとも精神的に脱却し,心だけでもバーチャルな(=虚構の)世界から現実の生活へ戻しなさい.クレジットカードの使用は止めなさい.多少の食糧を買いだめしておきましょう.だがあなたがどんなものを飲食しているかいつも注意を払ってください.世界支配を求めて食品や飲み水を汚染している人類の諸々の敵に対し目を覚まして用心しなさい.それは,人類に対して仕掛(しか)けられている基本的に霊的な戦いの一環なのです(訳注後記).カトリック信徒のみなさん,あなたの信仰を臨戦体制下に置きましょう!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第6パラグラフの訳注:
「ヘッジ」 “hedge” について.
ある特定通貨の為替取引に関する将来の為替変動リスクを避けるために,これと反対の取引行為を行ない,為替リスクを相殺しようとするもの.たとえば,直物市場でドルを購入した場合に,先物市場で円を買い予約していれば,将来の為替変動リスクは相殺されることになる.(「ブリタニカ国際大百科事典」参照)
* * *
最後のパラグラフの訳注:
・「人類の諸々の敵」“the enemies of mankind”
…「悪魔」や「悪霊」による,悪い欲から生じたあらゆる悪行を指す.
・「人類に対し仕掛けられている基本的に霊的な戦い」
“a war on mankind which is fundamentally spiritual”
…「霊の世界における,①諸々の悪の霊〈悪魔〉と,②真の神への信仰に基づく正しい良心(=神の霊(聖霊),真理の霊,正義の霊)との戦い」という意味合いがある.)
新約聖書〈バルバロ神父訳〉からの引用:
・新約聖書・使徒聖パウロによるエフェゾ人への手紙:第6章10-20節
『兄弟たちよ,主において力を受け,その力によって自分を強めよ.悪魔の企(くわだ)てに刃向かうために,神の武具をすべてつけよ.
私たちが戦うのは,*¹血肉ではなく,*²権勢と能力,この世のやみの支配者,天界の悪霊だからである.
*³神の武具をすべてつけよ.悪の日に抵抗し,すべてを果たしたのちなお立つためである.
では真理を帯にし,正義を胸当てにして立て.平和の福音への熱を足にはき,信仰の盾を取れ.それによって悪者の火矢をすべて消すことができるであろう.
さらに*⁴救いのかぶとと,神のみことばである聖霊の剣をも取れ.
*⁵すべての祈りと願いをもって心のうちでいつも祈れ.絶えず目を覚まして,忍耐強くすべての聖徒のために祈れ.
*⁶また私のためにも祈れ,福音の奥義を恐れなく告げようとして話すとき,適当なことばが下されますように.私は福音の使者として鎖につながれている.私が語らねばならぬことを恐れなく語れるように祈れ.』
(注釈)
*¹「血肉」は人間の力のこと.
*²「権勢と能力」は悪霊のこと.
*³
①旧約聖書・イザヤ書:11章5節参照.
『…腰のひもは正義,腹の帯は忠実,…』(メシア〈キリスト〉の特徴の一つとしてしるされている.)
②同52章7節参照.
『喜びを告げる者,平和を知らせる者,よい便りを運び,救いを告げ,「神が支配する」と,シオンに言う者の足は,山の上でなんと美しいことか.』
③旧約聖書・知恵の書:5章18節参照.
『…神は正義を胸当てにし,正しいさばきをかぶととし,…』
*⁴イザヤ書59章17節参照.
『…彼(神)は正義を胸にあて,救いのかぶとを頭にかぶり,服のように仇討ちをまとい,がいとうのように,熱心で身を包まれた.…』(神はその民のために直接干渉される.)
*⁵新約聖書・使徒聖パウロによるコロサイ人への手紙:4章2-4節参照.
『警戒し,感謝しながら絶えず祈れ.特に私たちのためにも祈れ.神がキリストの奥義を告げるために,私たちに宣教の門を開かれるように.私はそのために鎖につながれている.私が話さねばならぬことばでキリストを宣言できるように祈れ.』
*⁶パウロは釈放されることを望まない.キリストのために鎖につけられることは光栄である.ただ使徒としての使命を果たす力をこい求める.
* * *
・新約聖書・ヘブライ人への手紙:第4章12,13節
『実に神のみことばは,生きているもの,行うものであり,両刃の剣(もろはのつるぎ)よりも鋭いものであって,魂と霊,関節と骨髄を切り分けて通り,心の思考と考えとを分けるほどのものである.
被造物のうち一つとして神のみ前に隠れられるものはないのであって,私たちがいつかさばきを受けねばならぬ神のみ前に,すべては明らかであり開かれている.』
先週の「エレイソン・コメンツ」で,あるワシントンのインサイダーがいかに現代世界が幻想の上に運営されているかを自慢していることについてキャサリン・オースティン・フィッツ “Catherine Austin Fitts” を引用して触れました.彼女自身,ワシントンのインサイダーで,ジョージ・ブッシュ(前大統領の父,米国第41代大統領)政権の住宅省次官補を務めていました.彼女は自分の実体験に基づいた話をしています.同じインタビューで彼女は他にもいくつかの興味深い発言をしています.とりわけ,今後の経済的見通しを心配し,自分の財産や生活の質を維持したいと望む平均的な米国民に対して彼女が与えうる助言について語っています.その内容は以下の通りです(「2月2日付『私たちは金融クーデターの犠牲者』www. 321 gold 」をご覧ください).(訳注・原文 - www.321gold.com, Feb 2, “We are victims of a Financial Coup d’Etat” ):--
「肝心なのはあなた自身の時間と注意です.中央集権に利害関係を持つ人々や組織に耳を傾けたり関わったりするのを止めるべきです.まずテレビを消すことから始めましょう.そして,あなたの預金,購入,献金の対象を信頼できる人々や企業に移しなさい.
諸経費を減らしましょう.自分の時間を使ってできるだけ多くの能力を伸ばし,より多くのことを自分自身で出来るようにしたり,周囲の人々と交換できるよう心がけるべきです.投資は貴金属を含む有形物を対象にしましょう.いわゆる「slow burn」(遅い昇進)を悩み自分を見失わないようにすることです.最後に,霊的な戦いをするために必要な知力,能力を高めましょう.金融腐敗はずっと奥が深く非常に浸食力の強い道徳的,文化的問題の兆候です.あなたの人生をあなたの愛する人や物事に役立つよう構築することです.
あなた自身の健康を守りなさい.食べ物,飲み水の供給は徐々に管理され汚染されています.地場産(じばさん)の新鮮な食品と飲料水を確保する対策を講ずることがあなたの健康にとって不可欠です.またあなたの体内の老廃物を取り除き免疫システムを強化するための方法について自分に出来ることから学んでいくことも大事です.環境汚染や電磁気汚染の増大は体力維持のための努力を必要としており,その度合いは十年前には考えられなかったほどです.」
困難が近づいていると感じている人にとって,とても役立つ助言となる一文をもう一つご紹介します.キャサリン・オースティン・フィッツと同じ考え方に立つラリー・ラボード “Larry Laborde” が書いた「英雄の出現を待つ」“Waiting for a Hero”(同じウェブサイトの1月17日付け)をご覧ください:--
「偉大な合衆国の平均的な市民は現段階で何をすべきでしょうか? 疾病(しっぺい)のような地方債 “municipal bonds” への投資を避けることです.それはまず最初に債務不履行(さいむふりこう)に陥(おちい)るでしょう.長期合衆国国債 “long term US bonds” も避けましょう.短期手形 “Short term US notes” (期間6か月以下)は現在のところ恐らくOKでしょうが,いつでも売れるようにしておくことです.あらゆる経費を切り詰め現金を残しましょう.身分相応以下の生活をすべきです.現金を蓄(たくわ)え,その現金は貴金属でヘッジしなさい(訳注後記).手持ちの現金は地元の信用組合か地元の株主保有の銀行に預けなさい.その金融機関の格付けをチェックして,あなたの地域で最も安全な機関に預金しているかどうか確認しましょう.クレジットカードは破り捨て使用するのは止めましょう.買い物の支払いは現金で済ませましょう.緊急時用に二か月分の現金を手元に置いておきましょう.貴金属に投資する場合は,全体の50パーセントを金に,残り50パーセントは銀にしましょう.なるべく天然の貴金属に投資しましょう.小口投資家にとって良い投資になるのは普通に毎日消費する保存可能な必需品を6か月分だけ購入するというやり方です.そういうものなら多分6か月で5から10パーセントくらいは値上がりするでしょう(利益率としては悪くありません).菜園を造るか地元の農家を支援しましょう(あるいはその両方をするのもよいことです).」
手短に言います.目を覚ましなさい! 読者のみなさん,目覚めるために,まずテレビを消すことから始めなさい.身分不相応な生活をせずに,資力を下回る範囲内で上手に豊かに暮らせるよう工夫(くふう)しなさい.現金を貯蓄し,地元で預金しかつ貴金属に投資しなさい.競争社会を少なくとも精神的に脱却し,心だけでもバーチャルな(=虚構の)世界から現実の生活へ戻しなさい.クレジットカードの使用は止めなさい.多少の食糧を買いだめしておきましょう.だがあなたがどんなものを飲食しているかいつも注意を払ってください.世界支配を求めて食品や飲み水を汚染している人類の諸々の敵に対し目を覚まして用心しなさい.それは,人類に対して仕掛(しか)けられている基本的に霊的な戦いの一環なのです(訳注後記).カトリック信徒のみなさん,あなたの信仰を臨戦体制下に置きましょう!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
第6パラグラフの訳注:
「ヘッジ」 “hedge” について.
ある特定通貨の為替取引に関する将来の為替変動リスクを避けるために,これと反対の取引行為を行ない,為替リスクを相殺しようとするもの.たとえば,直物市場でドルを購入した場合に,先物市場で円を買い予約していれば,将来の為替変動リスクは相殺されることになる.(「ブリタニカ国際大百科事典」参照)
* * *
最後のパラグラフの訳注:
・「人類の諸々の敵」“the enemies of mankind”
…「悪魔」や「悪霊」による,悪い欲から生じたあらゆる悪行を指す.
・「人類に対し仕掛けられている基本的に霊的な戦い」
“a war on mankind which is fundamentally spiritual”
…「霊の世界における,①諸々の悪の霊〈悪魔〉と,②真の神への信仰に基づく正しい良心(=神の霊(聖霊),真理の霊,正義の霊)との戦い」という意味合いがある.)
新約聖書〈バルバロ神父訳〉からの引用:
・新約聖書・使徒聖パウロによるエフェゾ人への手紙:第6章10-20節
『兄弟たちよ,主において力を受け,その力によって自分を強めよ.悪魔の企(くわだ)てに刃向かうために,神の武具をすべてつけよ.
私たちが戦うのは,*¹血肉ではなく,*²権勢と能力,この世のやみの支配者,天界の悪霊だからである.
*³神の武具をすべてつけよ.悪の日に抵抗し,すべてを果たしたのちなお立つためである.
では真理を帯にし,正義を胸当てにして立て.平和の福音への熱を足にはき,信仰の盾を取れ.それによって悪者の火矢をすべて消すことができるであろう.
さらに*⁴救いのかぶとと,神のみことばである聖霊の剣をも取れ.
*⁵すべての祈りと願いをもって心のうちでいつも祈れ.絶えず目を覚まして,忍耐強くすべての聖徒のために祈れ.
*⁶また私のためにも祈れ,福音の奥義を恐れなく告げようとして話すとき,適当なことばが下されますように.私は福音の使者として鎖につながれている.私が語らねばならぬことを恐れなく語れるように祈れ.』
(注釈)
*¹「血肉」は人間の力のこと.
*²「権勢と能力」は悪霊のこと.
*³
①旧約聖書・イザヤ書:11章5節参照.
『…腰のひもは正義,腹の帯は忠実,…』(メシア〈キリスト〉の特徴の一つとしてしるされている.)
②同52章7節参照.
『喜びを告げる者,平和を知らせる者,よい便りを運び,救いを告げ,「神が支配する」と,シオンに言う者の足は,山の上でなんと美しいことか.』
③旧約聖書・知恵の書:5章18節参照.
『…神は正義を胸当てにし,正しいさばきをかぶととし,…』
*⁴イザヤ書59章17節参照.
『…彼(神)は正義を胸にあて,救いのかぶとを頭にかぶり,服のように仇討ちをまとい,がいとうのように,熱心で身を包まれた.…』(神はその民のために直接干渉される.)
*⁵新約聖書・使徒聖パウロによるコロサイ人への手紙:4章2-4節参照.
『警戒し,感謝しながら絶えず祈れ.特に私たちのためにも祈れ.神がキリストの奥義を告げるために,私たちに宣教の門を開かれるように.私はそのために鎖につながれている.私が話さねばならぬことばでキリストを宣言できるように祈れ.』
*⁶パウロは釈放されることを望まない.キリストのために鎖につけられることは光栄である.ただ使徒としての使命を果たす力をこい求める.
* * *
・新約聖書・ヘブライ人への手紙:第4章12,13節
『実に神のみことばは,生きているもの,行うものであり,両刃の剣(もろはのつるぎ)よりも鋭いものであって,魂と霊,関節と骨髄を切り分けて通り,心の思考と考えとを分けるほどのものである.
被造物のうち一つとして神のみ前に隠れられるものはないのであって,私たちがいつかさばきを受けねばならぬ神のみ前に,すべては明らかであり開かれている.』
2011年2月20日日曜日
信じ難い不遜
エレイソン・コメンツ 第188回 (2011年2月19日)
運命の予言者は自分の評判を取ろうとはしませんが,もし彼らが神の使者だとしたら,真実を告げなければなりません.現在,そのような使者は政治や経済に関わりを持つべきではないと考える人々もいます.だがもし,政治が宗教にとって代わり,人間を神の場に置くことで必然的に誤った宗教と化してしまっていると仮定すればどうでしょうか?そして経済(あるいは金融)がまさに多くの人々を飢えさせようとしているのだと仮定したならどうでしょうか?神の使者たちが,アリストテレスとともに,もし人々が基本的な生活必需品に事欠く状態でどうやって道徳に適(かな)った人生を送れるのか,と尋(たず)ねることは許されないことでしょうか?有徳な人生など彼ら神の使者と無関係なことでしょうか?
そういうわけで,ここで権威ある米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の一記者の書いた注目すべき一節を引用したとしても私は間違っていないと思います.その記者は,ホワイト・ハウスの前主席報道官に批判的な記事を書いたことで,2006年夏,時のブッシュ大統領の上級顧問役から厳しく非難されたことについて語っています.記者は当時,その上級顧問役が自分に何を言おうとしているのか良く理解できなかったが,後になって,それがブッシュ大統領体制の核心に触れることだと分かった,と述べています.記者が引用した顧問役自身の言葉をここにご紹介します:--
その顧問は記者にこう言ったそうです.新聞記者のような人々は,「私たちが言う現実に基づいた社会の中にいるのです.その社会とは,つまりあなたのように,いかなる解決策も目に見える現実についての思慮分別ある学習から現れてくると信じる人たちのことですよ.」 顧問は,記者は昨日まで通じた現実の尊重という原則を忘れるべきだと言い,次のように付言したそうです.「世界はもはやそのような考え方では動いていないのです.私たちは今や一つの帝国であり,私たちが行動することで私たち固有の現実を創り出しているのです- あなたのなさるように思慮深く - そして私たちは再び行動し,別の新しい現実を創り出すのです.それをあなたたちも学習できるし,そうやって物事が解決していくのです.私たちは歴史の役者を演じているのです…そしてあなたは,あなた方はみな,私たちが演じる役をただ学習するだけにすぎないのですよ.」(キャサリン・フィッツの「2月2日付『私たちは金融クーデターの犠牲者』www. 321 gold をご覧ください.)(訳注・原文 “See www.321 gold, Feb 2, "We are Victims of a Financial Coup d'Etat", by Catherine Fitts”.)
現代世界がいかに幻想の上に動かされているかを道徳的に説いているこの話をしているのは私ではありません.話しているのは,ワシントンのインサイダー中のインサイダーです.彼はいかに現代世界が幻想の上に運営されているかを肯定的に誇っているのです.彼の言葉は,当時の政府のでっち上げ,例えば,9・11事件やサダム・フセインの「大量破壊兵器」などとまさに一致するのではないでしょうか.(それらのでっち上げは)政策を正当化するために「創り出した」ものであり,そうしなければ正当化は不可能だったのではないでしょうか?現実や現実を重んじる人々をこれほどまで軽んじるその傲慢(ごうまん)さは息を飲むばかりです.
古典ギリシャ人たちは顕現(けんげん)された神についての知識が何もない異教徒でしたが,神の世界の道徳的な骨組みたる現実が,彼らが見た通り,神々により統治されているとを明確に理解していました.どんな人間でも,たとえ英雄であろうと,そのような神の骨組みをこのブッシュの顧問のように否定する者はみな「傲慢」の罪を犯し,人間相応の身分を超えて頭を高くもたげていることになり,神々によりその罪に応じて粉々(こなごな)に粉砕(ふんさい)されるでしょう.
カトリック信徒のみなさん,もし神の恩寵が人間性を見捨てているとお考えなら,今日ますます必要とされている自然の様々な教訓について古代の異教徒たちから学び直すのが最良です.アイスキュロス作悲劇「ペルシャ人」に登場するクセルクセス( “Xerxes in Aeschylus' Persae” ),ソフォクレス作悲劇「アンティゴネ」に登場するクレオン( “Creon in Sophocles' Antigone” ),エウリピデス作悲劇「バッカスの信女」に登場するペンテウス( “Pentheus in Euripides' Bacchae” )に学びなさい(訳注後記).聖なるロザリオの祈りを確実に唱えるだけでなく,ほら,古典名作も読み,芋(いも)も植えて(=畑を耕〈たがや〉して),負債も支払うんですよ!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(最後のパラグラフの訳注・「ギリシャ悲劇」について)
「クセルクセス」
・=クセルクセス一世.アケメネス朝ペルシア帝国の王(在位前486年-前465年).ダレイオス一世の子.前480年父の遺志を継いでギリシア遠征(ペルシア戦争)を行ったが,サラミスの海戦に敗れた.治世後半から側近の権力闘争が激化.謀殺された.
* * *
「クレオン」
・テーバイの王ライオスの妃イオカステの兄弟.オイディプスが追放された後、テーバイ王となる.
・(テーバイ)
〈=テーベ,“Thebae”.〉古代ギリシャの重要都市.現シベ.テーベ伝説上のオイディプス王の首都で,古代ギリシャ悲劇の舞台として知られる.
・(解説)
悲劇「アンティゴネ」の作者ソフォクレスは,神の法(自然法)と人間の法ではどちらがより重要かを,多神教を信仰するアテネ市民(=ギリシャ人)に問うた.ソフォクレスは神の法を選んだ.彼はギリシャ国中にまん延しつつあった道徳の破壊が国家没落の原因となり得ることを認識していたことからギリシャ国民の傲慢(=ギリシャ語でhubris )さを警告した.「アンティゴネ」では最終的にテーベ王となったクレオンの傲慢が露呈(ろてい)している.この悲劇の前編「オイディプス王」(前430年頃)では,オイディプス王の傲慢が詳述されている.
* * *
「ペンテウス」
・ギリシャ神話の人物.カドモスの娘アガウェがスパルトイの一人エキオンと結婚して生んだ子で,老齢のカドモスから譲位され,二代目のテーベ王になったが,ディオニュソス(=バッカス.ギリシャ神話の酒神,豊穣神)の信仰がテーベに広がるのを妨げようとして,従兄弟にあたるこの神を怒らせ,神罰によって八つ裂きにされて死んだ.このとき,彼の母や伯母たちが,信女たちの先頭に立って彼を害したという.
(ブリタニカ国際大百科事典,百科事典マイペディア他参照)
運命の予言者は自分の評判を取ろうとはしませんが,もし彼らが神の使者だとしたら,真実を告げなければなりません.現在,そのような使者は政治や経済に関わりを持つべきではないと考える人々もいます.だがもし,政治が宗教にとって代わり,人間を神の場に置くことで必然的に誤った宗教と化してしまっていると仮定すればどうでしょうか?そして経済(あるいは金融)がまさに多くの人々を飢えさせようとしているのだと仮定したならどうでしょうか?神の使者たちが,アリストテレスとともに,もし人々が基本的な生活必需品に事欠く状態でどうやって道徳に適(かな)った人生を送れるのか,と尋(たず)ねることは許されないことでしょうか?有徳な人生など彼ら神の使者と無関係なことでしょうか?
そういうわけで,ここで権威ある米ウォール・ストリート・ジャーナル紙の一記者の書いた注目すべき一節を引用したとしても私は間違っていないと思います.その記者は,ホワイト・ハウスの前主席報道官に批判的な記事を書いたことで,2006年夏,時のブッシュ大統領の上級顧問役から厳しく非難されたことについて語っています.記者は当時,その上級顧問役が自分に何を言おうとしているのか良く理解できなかったが,後になって,それがブッシュ大統領体制の核心に触れることだと分かった,と述べています.記者が引用した顧問役自身の言葉をここにご紹介します:--
その顧問は記者にこう言ったそうです.新聞記者のような人々は,「私たちが言う現実に基づいた社会の中にいるのです.その社会とは,つまりあなたのように,いかなる解決策も目に見える現実についての思慮分別ある学習から現れてくると信じる人たちのことですよ.」 顧問は,記者は昨日まで通じた現実の尊重という原則を忘れるべきだと言い,次のように付言したそうです.「世界はもはやそのような考え方では動いていないのです.私たちは今や一つの帝国であり,私たちが行動することで私たち固有の現実を創り出しているのです- あなたのなさるように思慮深く - そして私たちは再び行動し,別の新しい現実を創り出すのです.それをあなたたちも学習できるし,そうやって物事が解決していくのです.私たちは歴史の役者を演じているのです…そしてあなたは,あなた方はみな,私たちが演じる役をただ学習するだけにすぎないのですよ.」(キャサリン・フィッツの「2月2日付『私たちは金融クーデターの犠牲者』www. 321 gold をご覧ください.)(訳注・原文 “See www.321 gold, Feb 2, "We are Victims of a Financial Coup d'Etat", by Catherine Fitts”.)
現代世界がいかに幻想の上に動かされているかを道徳的に説いているこの話をしているのは私ではありません.話しているのは,ワシントンのインサイダー中のインサイダーです.彼はいかに現代世界が幻想の上に運営されているかを肯定的に誇っているのです.彼の言葉は,当時の政府のでっち上げ,例えば,9・11事件やサダム・フセインの「大量破壊兵器」などとまさに一致するのではないでしょうか.(それらのでっち上げは)政策を正当化するために「創り出した」ものであり,そうしなければ正当化は不可能だったのではないでしょうか?現実や現実を重んじる人々をこれほどまで軽んじるその傲慢(ごうまん)さは息を飲むばかりです.
古典ギリシャ人たちは顕現(けんげん)された神についての知識が何もない異教徒でしたが,神の世界の道徳的な骨組みたる現実が,彼らが見た通り,神々により統治されているとを明確に理解していました.どんな人間でも,たとえ英雄であろうと,そのような神の骨組みをこのブッシュの顧問のように否定する者はみな「傲慢」の罪を犯し,人間相応の身分を超えて頭を高くもたげていることになり,神々によりその罪に応じて粉々(こなごな)に粉砕(ふんさい)されるでしょう.
カトリック信徒のみなさん,もし神の恩寵が人間性を見捨てているとお考えなら,今日ますます必要とされている自然の様々な教訓について古代の異教徒たちから学び直すのが最良です.アイスキュロス作悲劇「ペルシャ人」に登場するクセルクセス( “Xerxes in Aeschylus' Persae” ),ソフォクレス作悲劇「アンティゴネ」に登場するクレオン( “Creon in Sophocles' Antigone” ),エウリピデス作悲劇「バッカスの信女」に登場するペンテウス( “Pentheus in Euripides' Bacchae” )に学びなさい(訳注後記).聖なるロザリオの祈りを確実に唱えるだけでなく,ほら,古典名作も読み,芋(いも)も植えて(=畑を耕〈たがや〉して),負債も支払うんですよ!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(最後のパラグラフの訳注・「ギリシャ悲劇」について)
「クセルクセス」
・=クセルクセス一世.アケメネス朝ペルシア帝国の王(在位前486年-前465年).ダレイオス一世の子.前480年父の遺志を継いでギリシア遠征(ペルシア戦争)を行ったが,サラミスの海戦に敗れた.治世後半から側近の権力闘争が激化.謀殺された.
* * *
「クレオン」
・テーバイの王ライオスの妃イオカステの兄弟.オイディプスが追放された後、テーバイ王となる.
・(テーバイ)
〈=テーベ,“Thebae”.〉古代ギリシャの重要都市.現シベ.テーベ伝説上のオイディプス王の首都で,古代ギリシャ悲劇の舞台として知られる.
・(解説)
悲劇「アンティゴネ」の作者ソフォクレスは,神の法(自然法)と人間の法ではどちらがより重要かを,多神教を信仰するアテネ市民(=ギリシャ人)に問うた.ソフォクレスは神の法を選んだ.彼はギリシャ国中にまん延しつつあった道徳の破壊が国家没落の原因となり得ることを認識していたことからギリシャ国民の傲慢(=ギリシャ語でhubris )さを警告した.「アンティゴネ」では最終的にテーベ王となったクレオンの傲慢が露呈(ろてい)している.この悲劇の前編「オイディプス王」(前430年頃)では,オイディプス王の傲慢が詳述されている.
* * *
「ペンテウス」
・ギリシャ神話の人物.カドモスの娘アガウェがスパルトイの一人エキオンと結婚して生んだ子で,老齢のカドモスから譲位され,二代目のテーベ王になったが,ディオニュソス(=バッカス.ギリシャ神話の酒神,豊穣神)の信仰がテーベに広がるのを妨げようとして,従兄弟にあたるこの神を怒らせ,神罰によって八つ裂きにされて死んだ.このとき,彼の母や伯母たちが,信女たちの先頭に立って彼を害したという.
(ブリタニカ国際大百科事典,百科事典マイペディア他参照)
2010年12月23日木曜日
資本主義の展開
エレイソン・コメンツ 第179回 (2010年12月18日)
社会は利己主義によっては成り立ちません.今は誰かが社会で自分の要求を通したいときには基本的にその人の持つ金銭にものを言わせる時代です.仮に経済用語以上の意味で,資本主義をすべての国民が望み通りに可能な限りの資本すなわち金銭を作れるような社会を組織する一手段であると定義するなら,資本主義は矛盾(むじゅん)に満ちたものとなります.その場合の資本主義は,誰もがみな利己的になるよう仕向けることで利己主義を要求する社会を作ろうとしていることになるからです.
こういうわけで資本主義は,その資本主義者社会の構成員たちが前資本主義者的価値観,たとえば常識,金銭追求にあたっての節度,公益の尊重などを持ち続ける限りにおいてだけ存続できます.そうでなければ,(上に定義したような利己的な)資本主義は構成員個々にとって不利に働きます.利己主義は無私無欲に反する働きをするからです.その場合,資本主義は寄生生物であり,前資本主義者的価値観の働く社会的身体に寄生して徐々に母体を蝕(むしば)み弱体化させていくのです.
金銭追求の上に築き上げられた社会に内在する矛盾は,世界金融,世界経済の現況の下で壊滅(かいめつ)的な結果に至っています.とくに第二次世界大戦が終わっていらい世界の人々は,かつて生きる目的を与えてくれた精神的な充足より今では物質的な充足を優先させ,ますます金銭追求を強めています.金銭を称賛し追求する人々は,投資家たちが自分たちの社会で権力を振るうことを喜んで許してきました.称賛され引っ張りだこになった投資家たちはますます金銭,権力の追求に熱中してきました.結局のところ,金銭,権力がさらに多くを得ようとするとき,それを抑制するどのような歯止めがそこに内在しているでしょうか?そんなものは何もありません.銀行家たちは紛れもない悪党へと変貌(へんぼう)してしまっているのです.
そういうわけで,たとえば,10年か15年前に考案された「デリバティブ」は,それを提供する銀行屋たちに手数料でひと財産築かせることはあっても,大量破壊兵器のように世界金融の精巧なメカニズムを壊す作用をする金融商品です.なぜならこの金融商品は巨額で返済不能な負債をいとも簡単に造り上げるからです.返済不能な負債で安定を失った詐欺(さぎ)的な世界では,各国政府が次々にどこからともなく大量の「金銭」をひねり出し,その負債を「支払う」ことで見せかけの秩序を維持しています.だが,このような処理の仕方は当該通貨のあらゆる有用性を空にしてしまうインフレに終わるだけです.かくして世界のあらゆる紙幣と電子マネーは - もう長年もの間それ以外にない状態ですが - 今や終焉(しゅうえん)を迎えています.
だが,通貨と社会の関係は潤滑油(じゅんかつゆ)とエンジンの関係に似ています.潤滑油なしでは,エンジンは故障し使い物にならなくなってしまいます.社会で通貨がなければ(物資・サービスの)交換はずっと困難になり商業は減速し行き詰まってしまうでしょう.もしこのような理由で食糧運搬トラックが走れなくなり食料不足が起きたら,とりわけ大都市で,政治家たちはどうやって食糧暴動を回避し農民たちが熊手を手に追いかけてくるのを食い止めることができるでしょうか?戦争を始めるしかありません!
第三次世界大戦もさほど遠くないことかもしれません.主よ,憐れみ給え!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
社会は利己主義によっては成り立ちません.今は誰かが社会で自分の要求を通したいときには基本的にその人の持つ金銭にものを言わせる時代です.仮に経済用語以上の意味で,資本主義をすべての国民が望み通りに可能な限りの資本すなわち金銭を作れるような社会を組織する一手段であると定義するなら,資本主義は矛盾(むじゅん)に満ちたものとなります.その場合の資本主義は,誰もがみな利己的になるよう仕向けることで利己主義を要求する社会を作ろうとしていることになるからです.
こういうわけで資本主義は,その資本主義者社会の構成員たちが前資本主義者的価値観,たとえば常識,金銭追求にあたっての節度,公益の尊重などを持ち続ける限りにおいてだけ存続できます.そうでなければ,(上に定義したような利己的な)資本主義は構成員個々にとって不利に働きます.利己主義は無私無欲に反する働きをするからです.その場合,資本主義は寄生生物であり,前資本主義者的価値観の働く社会的身体に寄生して徐々に母体を蝕(むしば)み弱体化させていくのです.
金銭追求の上に築き上げられた社会に内在する矛盾は,世界金融,世界経済の現況の下で壊滅(かいめつ)的な結果に至っています.とくに第二次世界大戦が終わっていらい世界の人々は,かつて生きる目的を与えてくれた精神的な充足より今では物質的な充足を優先させ,ますます金銭追求を強めています.金銭を称賛し追求する人々は,投資家たちが自分たちの社会で権力を振るうことを喜んで許してきました.称賛され引っ張りだこになった投資家たちはますます金銭,権力の追求に熱中してきました.結局のところ,金銭,権力がさらに多くを得ようとするとき,それを抑制するどのような歯止めがそこに内在しているでしょうか?そんなものは何もありません.銀行家たちは紛れもない悪党へと変貌(へんぼう)してしまっているのです.
そういうわけで,たとえば,10年か15年前に考案された「デリバティブ」は,それを提供する銀行屋たちに手数料でひと財産築かせることはあっても,大量破壊兵器のように世界金融の精巧なメカニズムを壊す作用をする金融商品です.なぜならこの金融商品は巨額で返済不能な負債をいとも簡単に造り上げるからです.返済不能な負債で安定を失った詐欺(さぎ)的な世界では,各国政府が次々にどこからともなく大量の「金銭」をひねり出し,その負債を「支払う」ことで見せかけの秩序を維持しています.だが,このような処理の仕方は当該通貨のあらゆる有用性を空にしてしまうインフレに終わるだけです.かくして世界のあらゆる紙幣と電子マネーは - もう長年もの間それ以外にない状態ですが - 今や終焉(しゅうえん)を迎えています.
だが,通貨と社会の関係は潤滑油(じゅんかつゆ)とエンジンの関係に似ています.潤滑油なしでは,エンジンは故障し使い物にならなくなってしまいます.社会で通貨がなければ(物資・サービスの)交換はずっと困難になり商業は減速し行き詰まってしまうでしょう.もしこのような理由で食糧運搬トラックが走れなくなり食料不足が起きたら,とりわけ大都市で,政治家たちはどうやって食糧暴動を回避し農民たちが熊手を手に追いかけてくるのを食い止めることができるでしょうか?戦争を始めるしかありません!
第三次世界大戦もさほど遠くないことかもしれません.主よ,憐れみ給え!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
2010年9月5日日曜日
まん延する現実
エレイソン・コメンツ 第164回 (2010年9月4日)
「しかし司教閣下,あなたはどうして,三週間前あなたのご友人が自分の住む都市であなたにお見せしたような大都市の抱えるあらゆる社会問題に対する唯一の真の解決策は主なる神お一人のみだと言い切ることがおできになるのでしょうか(EC163)?神は政治や社会の諸問題とどういう関係があるのでしょうか?神は宗教や霊魂や精神の世界といった事柄だけに関わると私はいつも考えてきました!」
ああ,私の親愛なる友よ,神とはどなたでしょうか?神はただ私たち一人ひとりの霊魂を創造され,その霊魂を私たちの両親から生まれてくる身体と合体させるだけでなく,人類が存在し将来も存在し続けるため人類創造の業をたゆまず続けておられるのです.そういうわけで,神は私たちが自分自身に対する以上に私たち人類の一人ひとりと近しい関係にあられるのです.だからカトリック教会( “the Church” )は,私たちが隣人に対しておかすいかなる罪も,まず神に対する罪であると教えるのです.なぜなら神は,私たちが私たち自身の中にいるよりもずっと深くかつ親密に,私たちの中におられるからです.したがって,隣人を傷つける者は誰でも隣人以上に神を深く傷つけているのであり,また神に逆らうことのない者は誰でも隣人を傷つけることはしません.だとすれば,聖ピオ十世会の教区,学校で(EC163)神と神の十戒を第一に置くことを学んでいる教区民や子供たちは,大都市のあらゆる問題を,彼らの根源である隣人と隣人との間で解決することを学んでいることにならないでしょうか?
私の友人が住む大都市の社会問題を振り返ってみましょう.都心から離れた郊外の住民は大半が白人で,彼らは見かけだけの豪邸で収入にそぐわない身分不相応な暮らしをしています.彼らは金持ちのように見えたいと願っており,金持ちになるのを夢見ています.彼らは,物質主義とマンモンつまり富を崇拝しているのではないでしょうか?それとは逆に,聖ピオ十世会の教区では何を教えているでしょうか?「あなたは神とマンモンを同時に崇拝することはできません.どちらか一方だけです」(新約聖書・マテオによる福音書:第6章24節「人は二人の主人に仕えるわけにはいかぬ.一人を憎んでもう一人を愛するか,一人に従ってもう一人をうとんずるかである.神とマンモンとにともに仕えることはできぬ.」(注釈・マンモンとはカルダイ語で富のこと)).都心に近い場所では住民の多くが非白人で,彼らはほとんど自分たちの住居をなおざりにしたままで,都市計画者たちは明らかにお手上げの状態です.だが,住居を維持管理することで良い生活や霊魂の善良さを量ろうとするのは物質主義のある種の類似形態ということにならないでしょうか?俗にことわざで,きれい好きは敬神に近い,といいますが,聖ピオ十世会の教区民は何を学んでいるでしょうか? ― 「まず神の国とその正義を求めよ,そうすれば,それらのもの(訳注・飲食物や衣服等生活用品のこと)も加えて与えられる」(マテオ聖福音書:第6章33節).言い換えれば,まず敬神を求めなさい,そうすれば清潔は後からついてくる,ということです.
最後に,都心では産業の血流は失われつつあります.何故でしょうか?産業を金融に従属させ,より大きな利益を追求する中で米国の産業を外注に委ねてしまったのは資本主義そのものではないでしょうか?人間より金銭を優先させたことが,悪化一途の失業,都心部の過疎化,金融業者への全権委譲を引き起こしてしまったのではないでしょうか?彼ら金融業者はその権力を用いて,かつての誇り高き合衆国を彼らの世界警察国家の単なる屈辱的な一部分へと加速的に変容させているのです.
このような事がどうやって起きるのでしょうか?それは,白人たちが神に背を向け,(私の友人が暗にほのめかしたように) 彼らに委ねられた,世界を神の下に導くという神授の使命を放棄し(訳注後記),富を至高の現実として崇拝していることによって起きるのです.願わくば,私が訪れた都市の郊外にある聖ピオ十世会のささやかな教区と学校とによって,神の至上性,私たちの主イエズス・キリストの至上性がいつまでも行きわたらんことを!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(最後のパラグラフの訳注)
「(白人たちに委ねられた)世界を神の下に導くという神授の使命」について
マテオ聖福音書・第28章18-20節
『(イエズスの御復活後)ガリラヤに行った十一人の弟子は,イエズスがご命令になった山に登り,イエズスに出会ってひれ伏した.しかし中には疑う人もあった.イエズスは,かれらに近づいて,おおせられた.
「私には,天と地との一切の権力が与えられている.だからあなたたちは諸国に弟子をつくりにいき(=諸国の民に教え),聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊とのみ名によって洗礼をさずけ,*私があなたたちに命じたことをすべて守るように教えよ.私は,世の終わりまで,常にあなたたちとともにいる」.』
(*注釈・キリスト紀元以後の歴史家が,すでに実現したと認めている尊い約束である.キリスト教会において生き,行い,勝利を得るのは,キリスト・イエズスである.)
マルコ聖福音書・第16章15-20節
『そして(イエズスは),「あなたたちは,全世界に行って,すべての人々に福音をのべ伝えよ.信じて洗礼をうける人は救われ,信じない人は亡(滅)ぼされる.信じる人々は,私の名によって悪魔をおい出し,新しいことばを話し,へびを握り,毒をのんでも害をうけず,病人に手をおいてなおすなどのしるしを見せるだろう」とお話しになった.
そう話しおえて,主イエズスは天にあげられ,神の右におすわりになった.弟子たちは,いたるところに福音をのべつたえに出発した.*主はかれらとともにはたらかれ,みことばを,それにともなう奇跡をもって,確認された.
(*注釈・使徒らが宣教する教えの真実性の証明は,彼らの学問や雄弁にあるのではなく,イエズスからの超自然的確認すなわち奇跡にある.)
「福音」についての福音書の一個所:
ヨハネ聖福音書・第3章1-21節
『さて,ファリザイ人の中に,ニコデモというユダヤ人の貴人がいた.この人は,ある夜イエズスのところにきて,「ラビ,私たちは,あなたこそ,天主からおいでになった先生だと知っています.天主がともにおいでにならないかぎり,あなたのなさっているような奇跡のできる人はないからです」といった.
イエズスが,「まことにまことに,私はいう.人は,上から(新たに)生まれないと,天主の国を見ることができない」とお答えになった.ニコデモは,「すでに年とっている人が,どうして生まれることができましょう.もう一度,母の胎内にはいって生まれることができるのですか?」といった.イエズスは,「まことにまことに,私はいう.水と霊とによって(=超自然の生活に生まれるために受ける必要がある「洗礼」を指す)生まれない人は,天の一国(=神の国)には,はいれない.肉から生まれた人は肉で,霊から生まれた人は霊である.上から生まれなければならないといってもおどろいてはいけない.*¹風は自分の思いのままに吹いているが,あなたはその声をきいても風がどこから来てどこへ行くかを知るまい.霊から生まれた人もそれと同じである」とおおせられた.そこでニコデモが,「どうしてそんなことができるのですか?」ときくと,イエズスはお答えになった.「あなたは,イスラエルの教師でありながら,そんなことを知らないのか.まことにまことに,私はいう.私たちは知っていることを話し,見たことを証明しているのに,あなたたちは私たちの証明をうけいれない.私が,地上のことを話してあなたたちが信じなかったのなら,天のことを話して信じるだろうか.
天から下った人(=天にまします人の子)のほか,天に昇ったものはない,それが人の子(=キリスト)である.*²モイゼが荒れ野で蛇を上げたように,人の子もあげられなければならない.それは,信じるすべての人が,かれによって永遠の命をえるためである.
天主はおん独子(キリスト)をお与えになるほど,この世を愛された.それは,かれを信じる人々がみな亡びることなく,永遠の命をうけるためである.天主がみ子を世におくられたのは,世をさばくためではなくて,それによって世を救うためである.み子を信じる人は裁かれないが,信じない人は,天主の*³おん独り子の名を信じなかったがために,すでに裁かれている.その審判というのは,次のようなことである.光(=天主なるキリスト)は世に来たが,人々は,その悪いおこないのために,光よりも闇を好んだ.悪をおこなう人は,光を憎み,そのおこないがあらわれることをおそれて光の方に来ないが,*⁴真理をおこなう人は,天主によってそのことがおこなわれていることをあらわすために,光のほうに来る」.』
(注釈)
*¹霊的な事柄は,風のように,人間の目で見ることのできないものである.しかし風が確かに存在していると同様に,天主の現される奥義も確かに存在する.
*²荒野の書21・4-9.ヘブライ人はモイゼがたてさせた青銅のへびを見て救われた〈上げられたへびを仰いだ者は死ななかった.〉同様に,十字架に上げられるイエズスによって,人に救いがもたらされた.
*³セム風の言い方で,「名」とはその人のことである.
*⁴光を捨てるのは,真理の要求を生活に生かそうとしないからである.真理を行う人は,恐れなく光に近寄る.
* * *
(イエズス・キリストの福音によって証された神の正義と神の愛は,イエズスの弟子(使徒)たちによりまず当時のユダヤ・パレスチナ地方を支配していたローマ帝国から入って全西洋世界へと宣べ伝えられた.そこから東洋世界やアフリカ大陸等の諸国の民への宣教は,西洋人(白人)たちに委ねられた神授の使命であったはずである.)
「しかし司教閣下,あなたはどうして,三週間前あなたのご友人が自分の住む都市であなたにお見せしたような大都市の抱えるあらゆる社会問題に対する唯一の真の解決策は主なる神お一人のみだと言い切ることがおできになるのでしょうか(EC163)?神は政治や社会の諸問題とどういう関係があるのでしょうか?神は宗教や霊魂や精神の世界といった事柄だけに関わると私はいつも考えてきました!」
ああ,私の親愛なる友よ,神とはどなたでしょうか?神はただ私たち一人ひとりの霊魂を創造され,その霊魂を私たちの両親から生まれてくる身体と合体させるだけでなく,人類が存在し将来も存在し続けるため人類創造の業をたゆまず続けておられるのです.そういうわけで,神は私たちが自分自身に対する以上に私たち人類の一人ひとりと近しい関係にあられるのです.だからカトリック教会( “the Church” )は,私たちが隣人に対しておかすいかなる罪も,まず神に対する罪であると教えるのです.なぜなら神は,私たちが私たち自身の中にいるよりもずっと深くかつ親密に,私たちの中におられるからです.したがって,隣人を傷つける者は誰でも隣人以上に神を深く傷つけているのであり,また神に逆らうことのない者は誰でも隣人を傷つけることはしません.だとすれば,聖ピオ十世会の教区,学校で(EC163)神と神の十戒を第一に置くことを学んでいる教区民や子供たちは,大都市のあらゆる問題を,彼らの根源である隣人と隣人との間で解決することを学んでいることにならないでしょうか?
私の友人が住む大都市の社会問題を振り返ってみましょう.都心から離れた郊外の住民は大半が白人で,彼らは見かけだけの豪邸で収入にそぐわない身分不相応な暮らしをしています.彼らは金持ちのように見えたいと願っており,金持ちになるのを夢見ています.彼らは,物質主義とマンモンつまり富を崇拝しているのではないでしょうか?それとは逆に,聖ピオ十世会の教区では何を教えているでしょうか?「あなたは神とマンモンを同時に崇拝することはできません.どちらか一方だけです」(新約聖書・マテオによる福音書:第6章24節「人は二人の主人に仕えるわけにはいかぬ.一人を憎んでもう一人を愛するか,一人に従ってもう一人をうとんずるかである.神とマンモンとにともに仕えることはできぬ.」(注釈・マンモンとはカルダイ語で富のこと)).都心に近い場所では住民の多くが非白人で,彼らはほとんど自分たちの住居をなおざりにしたままで,都市計画者たちは明らかにお手上げの状態です.だが,住居を維持管理することで良い生活や霊魂の善良さを量ろうとするのは物質主義のある種の類似形態ということにならないでしょうか?俗にことわざで,きれい好きは敬神に近い,といいますが,聖ピオ十世会の教区民は何を学んでいるでしょうか? ― 「まず神の国とその正義を求めよ,そうすれば,それらのもの(訳注・飲食物や衣服等生活用品のこと)も加えて与えられる」(マテオ聖福音書:第6章33節).言い換えれば,まず敬神を求めなさい,そうすれば清潔は後からついてくる,ということです.
最後に,都心では産業の血流は失われつつあります.何故でしょうか?産業を金融に従属させ,より大きな利益を追求する中で米国の産業を外注に委ねてしまったのは資本主義そのものではないでしょうか?人間より金銭を優先させたことが,悪化一途の失業,都心部の過疎化,金融業者への全権委譲を引き起こしてしまったのではないでしょうか?彼ら金融業者はその権力を用いて,かつての誇り高き合衆国を彼らの世界警察国家の単なる屈辱的な一部分へと加速的に変容させているのです.
このような事がどうやって起きるのでしょうか?それは,白人たちが神に背を向け,(私の友人が暗にほのめかしたように) 彼らに委ねられた,世界を神の下に導くという神授の使命を放棄し(訳注後記),富を至高の現実として崇拝していることによって起きるのです.願わくば,私が訪れた都市の郊外にある聖ピオ十世会のささやかな教区と学校とによって,神の至上性,私たちの主イエズス・キリストの至上性がいつまでも行きわたらんことを!
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
* * *
(最後のパラグラフの訳注)
「(白人たちに委ねられた)世界を神の下に導くという神授の使命」について
マテオ聖福音書・第28章18-20節
『(イエズスの御復活後)ガリラヤに行った十一人の弟子は,イエズスがご命令になった山に登り,イエズスに出会ってひれ伏した.しかし中には疑う人もあった.イエズスは,かれらに近づいて,おおせられた.
「私には,天と地との一切の権力が与えられている.だからあなたたちは諸国に弟子をつくりにいき(=諸国の民に教え),聖父(ちち)と聖子(こ)と聖霊とのみ名によって洗礼をさずけ,*私があなたたちに命じたことをすべて守るように教えよ.私は,世の終わりまで,常にあなたたちとともにいる」.』
(*注釈・キリスト紀元以後の歴史家が,すでに実現したと認めている尊い約束である.キリスト教会において生き,行い,勝利を得るのは,キリスト・イエズスである.)
マルコ聖福音書・第16章15-20節
『そして(イエズスは),「あなたたちは,全世界に行って,すべての人々に福音をのべ伝えよ.信じて洗礼をうける人は救われ,信じない人は亡(滅)ぼされる.信じる人々は,私の名によって悪魔をおい出し,新しいことばを話し,へびを握り,毒をのんでも害をうけず,病人に手をおいてなおすなどのしるしを見せるだろう」とお話しになった.
そう話しおえて,主イエズスは天にあげられ,神の右におすわりになった.弟子たちは,いたるところに福音をのべつたえに出発した.*主はかれらとともにはたらかれ,みことばを,それにともなう奇跡をもって,確認された.
(*注釈・使徒らが宣教する教えの真実性の証明は,彼らの学問や雄弁にあるのではなく,イエズスからの超自然的確認すなわち奇跡にある.)
「福音」についての福音書の一個所:
ヨハネ聖福音書・第3章1-21節
『さて,ファリザイ人の中に,ニコデモというユダヤ人の貴人がいた.この人は,ある夜イエズスのところにきて,「ラビ,私たちは,あなたこそ,天主からおいでになった先生だと知っています.天主がともにおいでにならないかぎり,あなたのなさっているような奇跡のできる人はないからです」といった.
イエズスが,「まことにまことに,私はいう.人は,上から(新たに)生まれないと,天主の国を見ることができない」とお答えになった.ニコデモは,「すでに年とっている人が,どうして生まれることができましょう.もう一度,母の胎内にはいって生まれることができるのですか?」といった.イエズスは,「まことにまことに,私はいう.水と霊とによって(=超自然の生活に生まれるために受ける必要がある「洗礼」を指す)生まれない人は,天の一国(=神の国)には,はいれない.肉から生まれた人は肉で,霊から生まれた人は霊である.上から生まれなければならないといってもおどろいてはいけない.*¹風は自分の思いのままに吹いているが,あなたはその声をきいても風がどこから来てどこへ行くかを知るまい.霊から生まれた人もそれと同じである」とおおせられた.そこでニコデモが,「どうしてそんなことができるのですか?」ときくと,イエズスはお答えになった.「あなたは,イスラエルの教師でありながら,そんなことを知らないのか.まことにまことに,私はいう.私たちは知っていることを話し,見たことを証明しているのに,あなたたちは私たちの証明をうけいれない.私が,地上のことを話してあなたたちが信じなかったのなら,天のことを話して信じるだろうか.
天から下った人(=天にまします人の子)のほか,天に昇ったものはない,それが人の子(=キリスト)である.*²モイゼが荒れ野で蛇を上げたように,人の子もあげられなければならない.それは,信じるすべての人が,かれによって永遠の命をえるためである.
天主はおん独子(キリスト)をお与えになるほど,この世を愛された.それは,かれを信じる人々がみな亡びることなく,永遠の命をうけるためである.天主がみ子を世におくられたのは,世をさばくためではなくて,それによって世を救うためである.み子を信じる人は裁かれないが,信じない人は,天主の*³おん独り子の名を信じなかったがために,すでに裁かれている.その審判というのは,次のようなことである.光(=天主なるキリスト)は世に来たが,人々は,その悪いおこないのために,光よりも闇を好んだ.悪をおこなう人は,光を憎み,そのおこないがあらわれることをおそれて光の方に来ないが,*⁴真理をおこなう人は,天主によってそのことがおこなわれていることをあらわすために,光のほうに来る」.』
(注釈)
*¹霊的な事柄は,風のように,人間の目で見ることのできないものである.しかし風が確かに存在していると同様に,天主の現される奥義も確かに存在する.
*²荒野の書21・4-9.ヘブライ人はモイゼがたてさせた青銅のへびを見て救われた〈上げられたへびを仰いだ者は死ななかった.〉同様に,十字架に上げられるイエズスによって,人に救いがもたらされた.
*³セム風の言い方で,「名」とはその人のことである.
*⁴光を捨てるのは,真理の要求を生活に生かそうとしないからである.真理を行う人は,恐れなく光に近寄る.
* * *
(イエズス・キリストの福音によって証された神の正義と神の愛は,イエズスの弟子(使徒)たちによりまず当時のユダヤ・パレスチナ地方を支配していたローマ帝国から入って全西洋世界へと宣べ伝えられた.そこから東洋世界やアフリカ大陸等の諸国の民への宣教は,西洋人(白人)たちに委ねられた神授の使命であったはずである.)
2010年8月30日月曜日
まん延する非現実性
エレイソン・コメンツ 第163回 (2010年8月28日)
先週、私は2008年以来初めて私的目的でアメリカを訪れました.私は,問題なく出入国できましたが,友人の誘いで最近のアメリカ経済の低迷により荒廃した主要都市のひとつを2時間かけて周るツアーに出かけたとき,圧倒されるような難問をいくつか目の当たりにしました:--
私たちは車でその都市に向う途中,郊外の小ぎれいな住宅街を通過しました.以下は友人の話です.「いかにも値の張りそうな高級住宅に見えるでしょう?でも実際は,どれも安普請の家ばかりです.似たり寄ったりの家ばかりで,実際の価値をはるかに上回る価格で売り出されたものです.こうした住宅は,クリントン大統領時代(1992年-2000年)の物質主義,膨張したクレジット,過度の浪費の上に築かれた偽の楽園で給料ぎりぎりの生活をしながらも夢を見ていた人たちが,どこからともなく調達したお金で購入したものです.彼らは失職すると,いま実際多くの人がそうなっていますが,買った家の価格の半分でも取り戻せれば幸運なほうです.こうした人たちは実際に役立つ能力も商売も持ち合わせていません.彼らの住む世界は口先滑らかな無意味なたわごとしか存在しない世界なのです・・・」
「彼らの多くは,私たちが今到着したこの場所,すなわち都心に近い住宅地から逃げ出した白人たちです.ご覧の通り,板で打ち付けられたり,放棄されたり,荒廃した家々の間に取り壊された家の後にできた空き地があり,あたかも繁栄を錯覚させるようです.しかし,失われた雇用は回復しませんから,繁栄に復帰する現実的な基盤は何もないのです.ご覧になっている小ぎれいな家並みは,財政破綻した市が住宅計画に従って連邦政府から借り入れた資金で修繕あるいは再築したものです.それがなされる理由は,小ぎれいにしておけばあまり手入れの必要がないからですが,それでもこうした家はじきに再び老朽化するでしょう.政府助成の中には,対象となる人々にとり害あって益なしというものがあります.人々を支援するかのように思われて実は助成に依存しなければ生きていけない状況に彼らを追い込むからです・・・」
「いよいよ私たちは下町に入ってきました.ご覧の通り立派な高層ビルがいくつも並んでいますが,人通りはほとんど途絶えています.これらの高層ビル街は,この都市がかつて巨大な産業中心地だった1920年代に建てられたものです.第二次世界大戦後,アメリカ合衆国は産業界での優位な地位を失い始めました.私が見るところ,レーガン大統領時代(1980年-1988年)の頃,一般市民がクレジットカードを使えるようになったことによる誤った景気刺激策が始まりました.1990年代には,この都市で非白人の市長が選出され,彼は景気回復に全力で取り組みました.この立派なビル街のいくつかのビルは彼の業績で建てられたものです.しかし彼は落選してしまいました.その理由は彼が有権者たちとは異質だったからです・・・」
「経済は危機一髪の状態ですが,人々は一年もすれば万事がうまく解決し良くなると思っています.彼らは,政府がもっと多くの紙幣を印刷するかデジタル化しさえすればうまく行くと考えています.国の事態がいかに深刻で重大な局面に陥っているかを理解している人々は5パーセントかそれ以下で,自国の破綻の局面で宗教が何らかの役割を果たすと考える人々は1パーセント以下です.人々は問題の根本的あるいは現実的な解決方法ではなく,ただ応急処置としてのバンドエイドを探し求めるだけです.白人は大きな後ろめたさを感じており,そのことを認めないまま没落しています.巨大な問題が存在しており,誰もが気づきかつ承知しているのに誰一人そのことを語ろうとしません・・・」
それでも,この都市から50マイルの範囲内では聖ピオ十世会の教区と学校とが,その荒廃から立ち直る一つの解決策を具現するように力強く育っています.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
先週、私は2008年以来初めて私的目的でアメリカを訪れました.私は,問題なく出入国できましたが,友人の誘いで最近のアメリカ経済の低迷により荒廃した主要都市のひとつを2時間かけて周るツアーに出かけたとき,圧倒されるような難問をいくつか目の当たりにしました:--
私たちは車でその都市に向う途中,郊外の小ぎれいな住宅街を通過しました.以下は友人の話です.「いかにも値の張りそうな高級住宅に見えるでしょう?でも実際は,どれも安普請の家ばかりです.似たり寄ったりの家ばかりで,実際の価値をはるかに上回る価格で売り出されたものです.こうした住宅は,クリントン大統領時代(1992年-2000年)の物質主義,膨張したクレジット,過度の浪費の上に築かれた偽の楽園で給料ぎりぎりの生活をしながらも夢を見ていた人たちが,どこからともなく調達したお金で購入したものです.彼らは失職すると,いま実際多くの人がそうなっていますが,買った家の価格の半分でも取り戻せれば幸運なほうです.こうした人たちは実際に役立つ能力も商売も持ち合わせていません.彼らの住む世界は口先滑らかな無意味なたわごとしか存在しない世界なのです・・・」
「彼らの多くは,私たちが今到着したこの場所,すなわち都心に近い住宅地から逃げ出した白人たちです.ご覧の通り,板で打ち付けられたり,放棄されたり,荒廃した家々の間に取り壊された家の後にできた空き地があり,あたかも繁栄を錯覚させるようです.しかし,失われた雇用は回復しませんから,繁栄に復帰する現実的な基盤は何もないのです.ご覧になっている小ぎれいな家並みは,財政破綻した市が住宅計画に従って連邦政府から借り入れた資金で修繕あるいは再築したものです.それがなされる理由は,小ぎれいにしておけばあまり手入れの必要がないからですが,それでもこうした家はじきに再び老朽化するでしょう.政府助成の中には,対象となる人々にとり害あって益なしというものがあります.人々を支援するかのように思われて実は助成に依存しなければ生きていけない状況に彼らを追い込むからです・・・」
「いよいよ私たちは下町に入ってきました.ご覧の通り立派な高層ビルがいくつも並んでいますが,人通りはほとんど途絶えています.これらの高層ビル街は,この都市がかつて巨大な産業中心地だった1920年代に建てられたものです.第二次世界大戦後,アメリカ合衆国は産業界での優位な地位を失い始めました.私が見るところ,レーガン大統領時代(1980年-1988年)の頃,一般市民がクレジットカードを使えるようになったことによる誤った景気刺激策が始まりました.1990年代には,この都市で非白人の市長が選出され,彼は景気回復に全力で取り組みました.この立派なビル街のいくつかのビルは彼の業績で建てられたものです.しかし彼は落選してしまいました.その理由は彼が有権者たちとは異質だったからです・・・」
「経済は危機一髪の状態ですが,人々は一年もすれば万事がうまく解決し良くなると思っています.彼らは,政府がもっと多くの紙幣を印刷するかデジタル化しさえすればうまく行くと考えています.国の事態がいかに深刻で重大な局面に陥っているかを理解している人々は5パーセントかそれ以下で,自国の破綻の局面で宗教が何らかの役割を果たすと考える人々は1パーセント以下です.人々は問題の根本的あるいは現実的な解決方法ではなく,ただ応急処置としてのバンドエイドを探し求めるだけです.白人は大きな後ろめたさを感じており,そのことを認めないまま没落しています.巨大な問題が存在しており,誰もが気づきかつ承知しているのに誰一人そのことを語ろうとしません・・・」
それでも,この都市から50マイルの範囲内では聖ピオ十世会の教区と学校とが,その荒廃から立ち直る一つの解決策を具現するように力強く育っています.
キリエ・エレイソン.
英国ロンドンにて.
リチャード・ウィリアムソン司教
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