2017年3月11日土曜日

504 4人目の司教 3/11

エレイソン・コメンツ 第504回 (2017年3月11日) 

信徒たちが天国へたどり着こうと頑張るところに
  司教が居なければなりません. 
5月11日,アメリカ・バージニア州ビエナに
  目を向けてみてください!(訳注後記 1)
Bishops there must be, where souls strive for Heaven. 
Try Vienna in Virginia, May eleven ! 

聖ピオ十世会( "SSPX" )が正式に方向を変えて,40年前にルフェーブル大司教( "Archbishop Lefebvre" )が打ち出した教理第一の立場を捨て去ってしまった2012年夏以来,神意が教会擁護のためどう動かれるかが興味の的でした.人々は神の真実を守るため幅広い反乱が起きるだろうと期待したのではないでしょうか? SSPX 内部から抵抗が生まれるのではないかと….確かに抵抗が起きました.だが,少なくともいままでのところ,その抵抗はほとんど沈黙したままです. SSPX 外部で抵抗が起きるだろうとの期待もあったでしょう.確かに起きました.だが,ほんの少数の平信徒や神父たちが現れただけです.彼らは認められた権威がない中で,ばらばらに分裂したままです.カトリック信徒たちには権威が必要です.そして,その必要性は極めて強いため,信徒たちは依然として権威に固執します.それは.たとえ人間中心の新教会( "the man-centered Newchurch" )やローマ中心の新協会( "the Rome-centered Newsociety" = 訳注:SSPX )から真実が漏れ出るとはいっても,信徒たちは前者に教皇の権威の名残(なごり)を,後者にはルフェーブル大司教が与えられたカトリック教の権威の名残を求めるからです.
Ever since the summer of 2012 when the Society of St Pius X decided officially to change course and abandon the doctrine-first stand taken 40 years previously by Archbishop Lefebvre, it has been interesting to watch Providence in action to ensure the Church's defence. One might have expected a widespread uprising in defence of God's Truth. Resistance from inside the Society ? Existent, but at least up till now, largely silent. And from outside ? Existent, but only a scattering of layfolk and a handful of priests, riven by divisions for lack of a recognised authority. Catholics need authority. And that need is so great that even while Truth is draining out of the man-centred Newchurch and the Rome-centred Newsociety, still souls cling to each because of the remains of Papal authority in the former, and of Catholic authority bequeathed to the latter by the Archbishop. 

だが,真実は権威が目指すものであることに変わりはなく,権威が真実のためにあるわけではありません,哀れな人間の性(さが)を考えれば,権威は真実を守り,保証するため欠かせないものです.だが,権威は真実の後にくるものであり,先に来るものではありません.私たちの主がペトロに教会の統治を任せる前に与えた最後の教えのひとつを例として考えてみてください.「シモン(=ペトロ)よシモンよ,悪魔が汝ら(の霊魂/心)(複数)を落としたいと望んだことに注意しなさい.悪魔は汝らを小麦のように篩(ふるい)にかけるかもしれない.だが,私は汝(単数)が汝の信仰(真実)を捨て去らないよう祈っている.そして,汝は,ひとたび(真実に)改心させられたなら,汝の同胞たちを授堅しなさい(権威)(新約聖書・聖ルカ聖福音書:第22章31-32節 "Lk.XXII, 31-32" )(訳注後記 2 ).そして,枝の主日( "Palm Sunday" )の数日前,弟子たちが喜びの声をあげて騒ぎ立てていると,パリサイ派の者たちが私たちの主を叱責しようとしました.だが,神の真実への敬慕(=熱愛・崇拝・崇敬)がとても必要だったので,私たちの主はお答えになりました(聖ルカ聖福音書:第19章40節 "Lk. XIX, 40" ).『「あなたたちに告げる.もし弟子たちの安らぎが押さえつけられるなら,石たちが叫ぶだろう」と.』(訳注後記 3 ) 
But Truth remains the purpose of Authority and Authority is not the purpose of Truth. Given poor old human nature, Authority is the indispensable defender and guarantee of Truth, but it comes after Truth and not before. Take for example one of Our Lord's last instructions to Peter before He will leave Peter behind to govern the Church (Lk.XXII, 31-32) : “Simon, Simon, behold Satan hath desired to have you (plural), that he may sift you as wheat. But I have prayed for thee (singular) that thy faith fail not (Truth); and thou, being once converted (Truth), confirm thy brethren (Authority).” And when on Palm Sunday a few days beforehand the Pharisees had attempted to rebuke Our Lord for the joyful noise being made by His disciples, so necessary is the adoration of God in Truth that Our Lord replied (Lk.XIX, 40) : “I say to you that if these shall hold their peace, the stones will cry out.”

今日の新教会では,権威は教会のエンジンの中に公会議派の誤りとカトリック教の真実を混ぜ合わせています.これは自動車のエンジン内部でガソリンと水を混ぜ合せるようなものです.自動車も教会も機能不能に陥ります.ルフェーブル大司教はこうした機能不全の一部でなくすべてを防ぐため,神の真実を擁護するカトリック教の権威を保つ目的で四名の司教を任命しました.ところが,かつては大司教が率いた SSPX のトップに立つ彼の後継者たちは全力を挙げて,彼が目指した真実の擁護を機能不全状態のローマ教皇庁の手に委ねようとしています!もし,彼ら後継者たちが,かつては「公式教会の内部に」に身を置いていたのだから,ネオモダニストたちを改心させる立場にいるのだと真剣に考えるなら,その考えは甘すぎます.彼らはすでに第二バチカン公会議に対する攻撃を抑えています.彼らはいつ攻撃を再開しようと考えているのでしょうか?
 In today's Newchurch, Authority is mixing Conciliar error with Catholic Truth in the engine of the Church, which is like mixing water with gasoline (petrol) in the engine of a motor car – the car is crippled, the Church is crippled. And whereas Archbishop Lefebvre defied that crippling, not least of all but rather above all, by his consecrating of four bishops to maintain a Catholic authority that would protect God's Truth, his successors at the head of what was once his Society are doing their utmost to submit his protection of Truth to the crippled and crippling Authority of Rome ! If these successors seriously think that once they are “inside the official Church” they will be in a position to convert the neo-modernists, they are excessively naive. Already they are holding their fire on Vatican II. Just when do they imagine they will be able to open fire again ? 

このような極めて例外的な状況下では,真実を語る私たちの主の弟子たちがそこに共に居らなければ――石たちの努力を救うために!( "In these quite exceptional circumstances, there must be disciples of Our Lord who tell the Truth – so as to spare the stones the effort ! " )弟子たちは真実の権威のもとに置かれているときのようにまとまって動かないかもしれません(つねに人間の弱さに甘えてしまうでしょう).彼らは「困窮させられ,降格させられ」,「苦難と迫害」に晒(さら)されるかもしれません(使徒聖パウロのコリントの信徒への第二の書簡〈=後書〉:第4章8-9節 "II Cor. IV, 8-9" を参照)(訳注後記 4 ).だが,真実が囚われの身でいる限り,彼らは持ちこたえて,そこに留(止)(とど)まらなければなりません.その時間は長く続くでしょうか?それは神のみがご存知です.私たちの多くは神がもっと早く介入してくださると期待していました.だが,神がお持ちの導火線はとても長いのです.それでも,神は救われるべきものある限り,間違いなく介入されるでしょう.じっと忍耐することです.
In these quite exceptional circumstances, there must be disciples of Our Lord who tell the Truth – so as to spare the stones the effort ! These disciples may not be united as they would be beneath true Authority (always allowing for human weakness). They may be “straitened and cast down”, they may suffer “tribulation and persecution” (cf. II Cor. IV, 8-9), but they must be there for as long as Truth is held in captivity. Will that be a long time ? God knows. Many of us expected Him to intervene long ago, but God has a very long fuse. However, intervene He will, if anything at all is still to be saved. Patience. 

一方で,私たちの主の弟子たちは司教の教え(=教義)と堅振(=堅信)の秘蹟と聖職者の位階に秘められた真実が最小限続くようにするため,一握りの司教たちの手助けを必要とします.同じ理由でルフェーブル大司教は1988年に四名の司教を任命されました.ヨーロッパ担当の二名,北米,南米担当の各一名です.現在,「抵抗派」にはヨーロッパ担当の二名と南米担当の一名の司教がいますが,北米担当の一名は欠員のままです.神の思召し(おぼしめし)があれば,今年5月11日に合衆国バージニア州ビエナ "Vienna" (訳注後記 1)にあるロナルド・リングローズ神父( "Fr Ronald Ringrose" )の伝統派教区でヘラルド・センデハス神父( "Fr. Gerardo Zendejas" )が司教に任命されるでしょう.全能の神がこの儀式と当日の好天に祝福を与えてくださるようお祈りしてください!
Meanwhile these disciples need a handful of bishops to ensure a minimal continuation in Truth of episcopal teaching and of the sacraments of Confirmation and Holy Orders. In 1988 the Archbishop consecrated four of them for the same reason, two for Europe, and one each for North and South America. As of now the “Resistance” has two in Europe and one in South America. There remains a gap in North America. God willing, this coming May 11 Fr. Gerardo Zendejas will be consecrated bishop in the Traditional parish of Fr Ronald Ringrose in Vienna, Virginia, USA. Please pray for the blessing of Almighty God upon the ceremony – and for good weather !

キリエ・エレイソン.

リチャード・ウィリアムソン司教



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訳注 1
アメリカ・バージニア州ビエナについて:

・「ビエナ」は英語の Vienna (「ヴィエナ」または「ヴィーナ」とも読む)の日本語表記.
・欧州オーストリア(墺太利)国の首都 Wien(ドイツ〈独逸〉語)由来の都市名.
・ドイツ語読みで「ヴィーン」と呼称.
・標準日本語では,表記・呼称とも「ウィーン」となる.

訳注 2 
新約聖書・聖ルカ聖福音書:第22章31-32節 "Lk.XXII, 31-32" (下線部分.第22章1節から掲載)

『1 さて,*過ぎ越しと言われている種なしパンの祭りの日は近づいた. 
2 司祭長と律法学士たちは,イエズスを亡き者にする方法を探していた.彼らは民衆を恐れていたからである. 
3 ところが,十二人の一人だったイスカリオトと呼ばれるユダにサタンが入ったので, 
4 ユダは司祭長たちと*番兵のかしらたちのところへ行って,イエズスを渡す方法について相談した. 
5 喜んだ彼らはユダに金をやろうと約束した. 
6 ユダは承知して,群衆が知らぬ間にイエズスを渡す好いおりをうかがっていた.  
7 *過ぎ越しのいけにえを供える種なしパンの日が来た. 
8 イエズスはペトロとヨハネを遣わすにあたり,「私たちの食事のために過ぎ越しの準備をしに行け」と言われた. 
9 彼らが,「どこに準備すればよろしいでしょうか」と聞いたので, 
10 イエズスは,「市中に入ると水がめを持っている人に出会うから,その人の入る家について行き, 
11 家の主人に,〈先生が,“弟子たちとともに過ぎ越しの食事をする部屋はどこか”と申されていました〉と言え. 
12 すると,主人は席を整えた二階の大広間を見せてくれるから,そこに準備せよ」と言われた. 
13 彼らが行ってみるとイエズスの言われたとおりだったので,過ぎ越しの準備をした.
14 時刻が来たので,イエズスは使徒たちとともに食卓に」つかれた. 
15 そして,「私は苦しみの前に,あなたたちとともにこの過ぎ越しの食事をしたいと切に望んでいた. 
16 私は言う.神の国でそれが完成するまで,私はもう*これを食べない」と言われた. 
17 *そして杯(さかずき)を取り,感謝して「これを取って互いに分けよ. 
18 私は言う.神の国が来るまで,これからのち,私はもうぶどうの実の汁を飲まぬ」と言われた. 
19 またパンを取り,感謝して裂き,弟子たちに与え,「これはあなたたちのために与えられる私の体である.私の記念としてこれを行え.」と言われた. 
20 食事ののち,杯も同じようにし,「この杯は,あなたたちのために流される私の血による新しい契約訳注「=新約」)である. 
21 私を裏切る者は,私とともに手を食卓においている. 
22 人の子は定められたとおりに去る.だがそれを裏切る者は災(わざわ)いである」と言われた. 
23 そんなことをするのは,われわれの中のだれだろうかと弟子たちは尋ね合っていた.
24 また,彼らの間で,だれがいちばん偉(えら)いのだろうかという*争いが起こった.
25 イエズスはこう言われた,「異邦人の国では王がその民を支配し,またその国々で権力を振るう人々は*恩人と言われるが, 
26 あなたたちはそうであってはならぬ.あなたたちの中でいちばん偉い者は年下のようになり,支配する者は給仕する者のようにならねばならぬ. 
27 食卓につく者と給仕する者とどちらが上だろうか.食卓につく者ではないか.私はあなたたちの間で給仕する者のようである. 
28 私の試みの間あなたたちは絶えず私とともにいたのであるから, 
29 父が私のために王国を備えられたように,私もまたあなたたちのために王国を備えよう. 
30 あなたたちは私の王国の食卓で飲食し,また王座についてイスラエルの十二族をさばくであろう. 
31 …シモン(=ペトロ),シモン,サタンはあなたたちを麦のようにふるいにかけることができたが, 
32 *私はあなたのために信仰がなくならぬようにと祈った.あなたは心を取りもどし,兄弟たちの心を固めよ」. 
33 シモンは,「主よ,私はあなたとともに牢獄(ろうごく)にも死にも行く覚悟です」と言ったが, 
34 イエズスは,「ペトロよ,私はあなたに言う.今日雄鶏(おんどり)が鳴くまでに,あなたは私を知らぬと三度否む(いなむ)だろう」と言われた.』…つづく) 

(注釈)

策略(さくりゃく)22・1-6 ) 
1 ヘブライ人がエジプトを逃げたとき,パンをふくらす暇さえもなかったので,その記念として過ぎ越しの祭りの八日間,パン種のないパンを食べる習慣となった. 
4 神殿を守る士官のこと.ユダヤ人でほとんどはレビ人だった. 

最後の晩餐(さいごのばんさん)と聖体(せいたい)22・7-23 ) 
7 種なしパンの第一日は,ニサン月の十五日で,その前夜,ユダヤ人は小羊をほふって食べた.しかし,種のあるパンは,十四日の昼までになくしてしまうはずなので,この日(十四日)を種なしパンの日と呼び慣れてきたのである. 
16 イエズスはもうこの世で過ぎ越しの祭りを行うことはない.イエズスの過ぎ越しの祭りは,み国の霊的生活の中心である聖体において行われる.そして完成するのは天の国においてである. 
17 この聖体制定の記述はパウロ(コリント人への第一の書簡〈=前書〉第11章 23-25 節)によく似ている. 

弟子たちへの戒め(いましめ)22 ・24-32 ) 
24 この争いは食卓につく前のことであるが,ルカはここで時間のことを問題にしていない. 
25 エジプトのプトレマイオ家の王らは,家臣から「恩人」と呼ばれた. 
32 カトリック神学は,ペトロの後継者(=ローマ教皇)の教導権(きょうどう けん)と不可謬性(ふかびゅう せい)を証明するために,このところも挙げる. 


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訳注 3 
新約聖書・聖ルカ聖福音書:第19章40節 "Lk. XIX, 40" .
『「あなたたちに告げる.もし弟子たちの安らぎが押さえつけられるなら,石たちが叫ぶだろう」と.』について:

↓フェデリコ・バルバロ神父訳「聖ルカ聖福音書」より抜粋(40節は下線部分.第22章28-48節〈最後の節〉掲載)

『28 …こう言ってから,イエズスは先頭に立ってエルサレムに上り,
29 オリーブ山と呼ばれる山の方から*ベトファゲとベタニアに近づいたとき,*二人の弟子を遣わし,
30 「向こうの村に行け.そこに入ると,一度も人の乗ったことのないろばの子がつながれているのを見るだろう.それを解いて引いてきなさい.
31 だれかが〈なぜ解くのか〉と聞いたら,〈*主に入り用だ〉と答えよ」と言われた.
32 使者たちが行ってみると言われたとおりであった.
33 彼らがろばの子を解こうとすると,その持ち主が「なぜろばの子を解くのか」と聞いたので,
34 彼らは「主に入り用だ」と答え, 
35 それを連れてきて,その上に自分たちの服をかけイエズスを乗せた.

36 彼らが通っていくと,人々は道の上に自分たちの服を敷いた.
37 オリーブ山の下り道に近づくと,喜び勇んだ多くの弟子たちは,その見たすべての奇跡について声高く神を賛美しながら言いはじめた,

38 「*賛美されよ,主のみ名によって来られる御者,主よ.
天には平和,いと高き所に栄光」.

39 群集の中のあるファリサイ人は,「先生,弟子たちを叱ってください」と言ったが,
40 イエズスは,「私は言う.彼らが黙ったとしても石が叫ぶだろう」と答えられた

41 町に近づくと,それをながめて泣かれたイエズスは,
42「ああ,エルサレム,もしこの日に平和をもたらすはずのものを,*おまえが知っていたら…….だが,不幸にも,それはおまえの目に隠されている.
43 敵がまわりに塁を築き,取り囲み,四方から迫り,
44 *おまえとその内に住む人々を地に倒し,石の上に一つの石さえ残さぬ日が来る.それは,おまえが*訪れの時を知らなかったからである」と言われた.

45 それから,神殿に入られたイエズスは,商人をそこから追い出し,
46 「〈*私の家は祈りの家である〉と書かれているのに,おまえたちはそれを盗人(ぬすびと)の巣にした」と言われた.

47 こうしてイエズスは毎日神殿で教えられた.司祭長,律法学士,民衆のかしらたちは,イエズスを殺そうとねらっていたけれども,
48 人々がみなイエズスのことばに聞き入っていたので,どうしたらよかろうかと迷っていた.』

(注釈) 

第4部 イエズスの受難と死去19・28 -23・48 ) 
エルサレムに入る19・28-48 ) 
29 ベトファゲはオリーブ山の東麗,ベタニアの隣で,エルサレムから半時間ばかりの距離にある小村である. 
* 「二人の弟子」とはペトロとヨハネらしい( 22・8 ).過ぎ越しの準備のためにもこの二人は同様な使命を受ける. 
31 イエズスは自ら「主」と言われる.まもなく,イスラエルの王,主として,人々から迎えられるであろう. 
38 詩篇118・26 .異邦人のために福音を書いたルカは「ホサンナ」のことばを省いた.弟子たちは,イエズスがエルサレムに来るのを天において平和が定められた証拠としてとり,天に栄光と歌う. 
42 「弟子たちは同様に」という意味が含まれている. 
44 はたしてエルサレムはローマ軍に包囲され,破壊されるだろう. 
* 神の恵みを受けたことを「訪れ」と言う. 
46 旧約聖書・イザヤの書: 56・7 ,エレミアの書:7・11 参照.


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訳注の追補を続けます.

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本投稿記事・第504回エレイソン・コメンツ「4人目の司教」(2017年3月11日付)/ELEISON COMMENTS DIV (March 11, 2017) : "FOURTH BISHOP" は2017年4月8日22時35分に掲載されました.
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2017年3月4日土曜日

503 聖なる司祭? 3/4

エレイソン・コメンツ 第503回 (2017年3月4日) 

宥(なだ)めすかしてくれる司祭たちが
 人々を眠らせるとき, 
私たちの天の御母(=聖母)は
 お泣きになるだけである. 
When soothing priests put souls to sleep, 
 Our Heavenly Mother can but weep.  

家庭や仕事の日常の雑事に埋没(まいぼつ)しながらも,神の恩寵(おんちょう=お恵み)により,身の回りで起きていること,すなわち,日ごろ出会う人々が救われたり地獄に落とされたりするような人生の大きなドラマを正確に見ているエレイソン・コメンツの一読者がいます.彼にとって,それは心地よいものではありません.彼は自分の目に映るものが見えなければいいのにと思っているかもしれません.だが,これまた神の恩寵により,彼は見たことを見なかったことにして眠ろうとは望んでいません.彼はかつて聖ピオ十世会( "SSPX" )がどのような会であったかを知っていますし,そこで大きな恩恵を受けてきました.今では,単なる平信徒の視点から見ても,あるいは高尚な議論をしようと取り繕(つくろ)うまでもなく,SSPX はかつての姿とは違ったものに変わり,眠る集団に加わってしまっていると彼の眼には映ります.彼は自分がどうすればいいのか迷っています.彼の言葉はインターネット上では見当たりませんが,悲しい思いをしている大勢のカトリック教徒の心の中に存在しています.彼の言葉を以下にイタリックで紹介します. By a great grace of God, one reader of these “Comments”, immersed by family and work in today's world, has nevertheless kept a true sense of what is going on around him – the great drama unfolding every day of the salvation or damnation of the souls which he meets. It is not a comfortable sense. He might wish that he could not see what he sees, but by another great grace of God, he does not want to go back to sleep. He knows what the Society of St Pius X used to represent, and he used to profit greatly by it. Now from a simple layman's point of view, with no pretention of getting into the higher arguments, he observes that the Society is not what it was, but has joined the sleeping brigade, and he wonders what he is going to do. His words are not to be found on the Internet, but they must be in many a sad Catholic's heart. Here they are, in italics :–

私は以前にもこのことに触れましたが,それは現在も進行中です.人々の霊魂(心)は(心の命を活かす霊的糧を渇望し,)餓死寸前なほどに命の真理に飢えもがき苦しみ〈こころの いのちを いかす れいてき かてを かつぼうし,がし すんぜん なほどに いのちの しんりに うえ もがき くるしみ〉,罪の重さと私たちすべてを飲み込むこの反文化(this anti-culture)の重圧に耐えきれず弱っています.私がかつて話したことがある以前の公教〈カトリック〉信徒たちのほとんどすべては,教会でいま起きているあらゆる悪用(all the abuse)に気分を害しているか(ただし,私には多くの人々がそれを利用して自分の罪を正当化しようとしていように思えます),それとも司祭たちを自分への執着を捨て去ることなしにキリストを騙〈だま〉している利己的な人間以外の何者でもないと見ています.信徒たちの教会に対する見方は多くの不誠実さ,多くの罪によって曇〈くも〉らされています.(訳注後記3)
I have mentioned this before but I keep seeing it at work. Souls are starving and they are withering away under the weight of sin and the pressures of this anti-culture engulfing all of us. Almost all of the former Catholics I have talked to have either been disgusted with all the abuse taking place in the Church (I imagine though that many use this as a big rationalization for their own sins), or they have seen in the priests nothing but selfish men who have not died to self and put on Christ. Their view of the Church is clouded by so much unfaithfulness and so much sin. 

教会での悪用の数々が公(カトリック)教徒に信仰を捨て去る口実を与えているのは確かです.たとえ公表されるほどひどいスキャンダルを起こしていなくても,実際の行いによって信徒たちに霊感を与え,高揚(こうよう)させることを止(や)めてしまった司祭たちの責任の重大さは何と言ったらいいでしょうか? SSPX の司祭たちの皆さん,かつてあなたたちは信徒たちに霊感を与え,高揚させていました.あなたたちは今どこにいるのでしょうか?
No doubt the abuses in the Church serve as an excuse for Catholics to give up the Faith, but what a responsibility of priests who, even without causing grave public scandal, nevertheless by their example cease to inspire and uplift ! Priests of the Society – you used to inspire and uplift – where are you now ?

正直のところ,私はThe Augelus Press (AP)(米国で発行されている SSPX の機関誌)が以前の鋭い切り口を失ってしまっていると敢(あ)えて言わせていただきます.私たちは自己満足から引きずり出してもらう必要があります(私は自分の堕落〈だらく〉した人間性についてはそのようにしていることを知っています).私たちは自〈みずか〉らの知的怠惰〈ちてき たいだ〉から引っ張り出してもらう必要があります.精神的,教理的諸問題についてきれいごと〈綺麗事〉を述べるのは結構でしょう. AP が異端〈いたん〉を広めているなどと誰も非難できないと思います.だが,ここに思わぬ落とし穴があります.もし,(真の司祭が説くべき)そのような諸諸の考えが何一つ日常生活に組み入れらず,現代の諸問題に対処しないなら,教会は私たちをな宥〈なだ〉めすかして実生活の諸現実から解放するための単なる「甘いもの」になるだけでしょう.
Honestly, I would dare say that The Angelus Press (magazine of the SSPX in the USA) no longer has a cutting edge. We need to be jarred from our complacency (I know I certainly do with my fallen human nature!). We need to be jarred from our intellectual sloth. It is all very well to write beautifully about spiritual and doctrinal issues, indeed I do not think anyone can accuse AP of promoting heresy but....and here is the kicker....if none of these ideas are woven into the fabric of daily life or address any of the problems of modernity, then the Church becomes just one "sweet thing" to soothe us from the realities of real life. 

そこにこそ問題があります.真の司祭たちは「実生活の諸現実」に対処するものです. SSPX は「主よ,私たちに聖なる司祭を与えたまえ」と祈ります.だが,悲しいことに,「聖なる司祭」とは宥めすかす司祭を意味しがちなのではないでしょうか? 司祭は人々がこの世で楽しくなれるようにするため彼らを宥めすかすべきでしょうか? むしろ,彼らは人々を「涙の谷」(訳注6:現世・地上・この世)では落ち着かない気持ちにさせ,その願いがすべて来世(=天の御国)に向かうようにすべきではないでしょうか?(訳注後記6・「涙の谷」の意味について)
Here is the problem. Real priests deal in “the realities of real life”. “Lord, give us holy priests,” prays the SSPX. Alas, is not “holy priests” liable to mean soothing priests ? And should priests be soothing souls so as to make them comfortable in this life, or should they not rather be making them uncomfortable in this “valley of tears”, so that all their desires go towards life eternal ? 

私は SSPX のすることに益々無関心になりつつあります.なぜなら,私たち平信徒は SSPX の人たちがすることに何の影響力も持たないからです.したがって,もし彼らが忘我〈ぼうが〉,曖昧〈あいまい〉,的外れ〈まとはずれ〉(oblivion, obscurity and irrelevance)に向かって突き進もうと望むなら(私にはそれが実際に起こるように思えます),そうさせたらいいでしょう. SSPX の独特な栄光は,それが権威〈けんい〉ではなく信仰〈しんこう〉を壊〈こわ〉すものを信念に基〈もと〉づいて拒〈こば〉むための公会議派のごまかし〈誤魔化し〉(Conciliar shenanigans)に対する唯一の組織的抵抗だったことでした.悲しいかな,SSPXは同じ権威の原理 - それ自体良いことですが - を誤〈あやま〉りへのいかなる反対をも取り込むために使っています.権威は真実擁護〈しんじつ ようご〉のためにあるのに,です.したがって,私は正直のところ,実際にどうしたらいいのか分かりません.私たちはいまでも SSPX の会合〈かいごう〉に参加しています.だが,(少なくとも私自身に関する限り) SSPX へのかつての情熱はほとんど消えかかっています.忍耐(にんたい)しましょう.このような中にあっても,キリストのみが勝利を与えてくださいます.
I am becoming more and more indifferent to what the SSPX does because we layfolk have no influence on what they do. So if they want to rush headlong into oblivion and obscurity and irrelevance, which is what I think will happen, then let them go ahead. The unique glory of the SSPX used to be that it was the only organized resistance against Conciliar shenanigans out of a principled rejection not of authority but of anything that was destroying the Faith. Alas, the SSPX is using the same principle of authority – good in itself – to co-opt any opposition to error, whereas authority is meant to be at the service of the truth. So quite honestly, I have no idea what I am going to do, practically speaking. We still attend the SSPX but (at least for myself) the fervor I had with the SSPX has almost been extinguished. Patience. Amidst all of this, Christ is the one who will give victory. 

新協会( "the Newsociety" =訳注8:現在の SSPX )は新教会( "the Newchurch" )と同じように,自らを永遠の生命(訳注後記8:「永遠の生命」について)とは無関係なものにしようとしているのではないでしょうか?
Is the Newsociety indeed not on its way to making itself as irrelevant for life eternal as the Newchurch ?                              Kyrie eleison. 
キリエ・エレイソン.
リチャード・ウィリアムソン司教


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本投稿記事・第503回エレイソン・コメンツ「聖なる司祭?」(2017年3月4日付)/ELEISON COMMENTS DIII (March 4, 2017) : "HOLY PRIESTS?" は2017年3月9日23時35に掲載されました.
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2017年2月25日土曜日

502 移民宗教 2/25

エレイソン・コメンツ 第502回 (2017年2月25日)

白人男性たちは神を見捨てるのでしょうか? 
黒人,イスラム教徒,女性,ユダヤ人たちが
 神の血縁として仕えればいいでしょう! 
White European males abandon God ? 
Blacks, Muslims, females, Jews serve as His rod !

私は先週のエレイソン・コメンツで、進行中の非ヨーロッパ人移民のヨーロッパへの大量移動の陰にグローバル勢力( "a Global Power" )の存在があり,そこで宗教が「決定的な」意味を持つと述べました.そうだとすると,二つの疑問が生じます.その勢力とは一体誰でどのようなものなのか?そして,宗教がどのようにしてそうした政治的問題に入り込みうるのか?
So there is a Gobal Power behind the on-going flood of non-European immigrants into Europe, and religion is “decisive” in that flood – so said last week's “Eleison Comments”. Then two questions arise – who or what is that power ? And how can religion enter into such a political question ? 

グローバル勢力の正体について,ハンガリー人経済学者(訳注:ラズロ・ボガー博士)はその点を明らかにせずに存在は確かだとしています.たが,その正体はインターネット上で容易にアクセスできます(抹消されていなければですが…).そこには,2010年に撮影された興味深いながらも恐ろしい内容のインタビューがわずか数分に要約されています.この中で,ユダヤ人の一女性がヨーロッパの多文化的変貌を主導しているのはユダヤ人だと断言しています.この女性バーバラ・スペクター( "Barbara Spectre" )は1942年米国で生まれ,同国で哲学を修め,1967年からイスラエルで教育専門家として活動した後,1999年にストックホルム・シナゴーグのラビだった夫に合流するためスウェーデンに移住しました.ビデオを見れば分かりますが,進行中のヨーロッパの変貌の陰で糸を引いているのが誰なのかを彼女が強要されて明かしているわけでないことは明白のようです.むしろ,彼女はその変貌とそのためにユダヤ人がヨーロッパで行っていることを良いことだと心から信じています.なぜなら,彼女は移民の侵攻がヨーロッパの生き残りを可能にする唯一の方法だと主張しているからです.以下に彼女自身の言葉を紹介します.
As to the identity of that Global Power, of whose existence the Hungarian economist was so sure without his ever being willing to identify it, there is easily accessible on the Internet (unless it has been smothered) a fascinating and frightening clip from an interview filmed in 2010, only a few minutes long, in which a Jewess claims that it is the Jews who are leading the multi-cultural transformation of Europe. Barbara Spectre was born in the USA in 1942, graduated in philosophical studies in the USA, was active as a professional educator from 1967 in Israel, and in1999 emigrated to Sweden to join her husband who was Rabbi there of the Stockholm Synagogue. If one watches the clip, it seems evident that nobody is forcing her to reveal who is behind the transformation of Europe now taking place. Rather she sincerely believes in that transformation and in what the Jews are doing to Europe, because she claims that the immigrant invasion will alone enable Europe to survive. Here are her own words :–

「現時点でヨーロッパはどうすれば多文化的に変われるかを学んでいないため,反ユダヤ主義がそこで復活しているように思います.私は私たちユダヤ人がどうしても起きなければならないヨーロッパの変貌の苦しみの一部になれるだろうと考えています.ヨーロッパは前世紀までのように一枚岩の社会にとどまることはできないでしょう.ユダヤ人はその変貌の中心に立つでしょう.それはヨーロッパが成し遂げるべき大きな変貌です.ヨーロッパ諸国はいまや多文化的モードに入っており,ユダヤ人はそこで指導的役割を果たすため快く思われることはないでしょう.だが,その指導的役割と変貌がなければ,ヨーロッパは生き残れないでしょう.」https://youtu.be/8ERmOpZrKtw をご覧ください).
“I think there is a resurgence of antisemitism because at this point in time Europe has not yet learned how to be multicultural. And I think we are going to be part of the throes of that transformation, which must take place. Europe is not going to be the monolithic societies they once were in the last century. Jews are going to be at the centre of that. It’s a huge transformation for Europe to make. They are now going into a multicultural mode and Jews will be resented because of our leading role. But without that leading role and without that transformation, Europe will not survive.” (See https://youtu.be/8ERmOpZrKtw )

そこにはグローバル勢力にいついての疑問に対する納得のゆく答えがあります.30年以上イスラエルの大学で活躍,熱心なユダヤ主義者であり,ラビの妻であるバーバラ・スペクター.彼女はユダヤ人がヨーロッパのために計画してきたことを,移民侵攻が洪水のようになる何年も前に容易に知ることができたでしょう.そして,ハンガリー人経済学者の言う移民の洪水を起こすための五つの要素をユダヤ人がすべてマスターしていることを見れば,グローバル勢力の正体すなわちユダヤ人の力だという理解は極めてもっともらしく思えます.だが,ユダヤ人はなぜ「一枚岩」のヨーロッパを「多文化的」ヨーロッパに変えようとするのでしょうか?その答えは単純な政治学の領域をはるかに超越したところにあるひとつの原動力( "a driving force" )です.
Here is a convincing answer to the question of the identity of the Global Power. Active at university level for over 30 years in Israel, ardent Zionist and wife of a Rabbi, Barbara Spectre could easily know what Jews were planning for Europe, years before the immigrant invasion of Europe became today's flood. And Jewish mastery of all five elements named by the Hungarian economist as being necessary to set up a flood of immigrants makes the identification of his "Global Power" with Jewish power entirely plausible. But why would Jews want to turn "monolithic" Europe into "multi-culti" Europe ? The answer is a driving force that goes far behind and above mere politics.

パリサイ人とユダヤ教書士たち( "the Pharisees and Scribes" )は彼らの領土内の神の民たちをカトリック信仰に改心させたとの理由で私たちの主イエズス・キリストを十字架にかけました.それ以来,彼らは2千年近くにわたりキリストの教会を迫害してきました(モーリス・ピネの「教会に対する陰謀」をお読みください).ユダヤ人指導者たちはいまだに自分たちが世界を統治する比類ない天賦の才と権利を有していると信じています.ところで,旧約聖書は神から発したものなのに,それに取って代わった新約聖書に直に注意を向けます.そのため,パリサイ人の後継者たちは旧約聖書を捻じ曲げて,明らかに反キリスト教的なタルムード(訳注:ユダヤ教の律法,道徳,習慣などをまとめたもの)を作らざるをえませんでした.それ故,タルムード信仰は偽の宗教です.しかし,それはキリスト教の抹殺(まっさつ)を目的としたパリサイ人たちの古代からの運動に宗教まがいの支えと力を与えてきました.
Ever since the Pharisees and Scribes crucified Our Lord Jesus Christ because he was turning God's people from theirs by race into His by Catholic faith, they have persecuted His Church for nearly two millennia (read Maurice Pinay's The Plot against the Church ). Still today Jewish leaders believe in their unique God-given gifts and rights to govern the world. Now the Old Testament did come from God, but it points straight to the New Testament which replaced it, and so the successors of the Pharisees had to twist the Old Testament into the Talmud, which is viciously anti-Christian. Therefore Talmudism is a false religion, but it has given pseudo-religious backing and power to the age-old Pharisaic drive to kill off Christianity.

キリストの教会は中東で生まれ育まれ,地中海全域に急速に広まりました.だが,中東と北アフリカがイスラム教の手に堕ちると,キリスト信仰は主に白人種ヨーロッパ人たちによって支えられ,世界中に広められ,そして神の導きにより多様なヨーロッパ諸国に分割されました.かくして,インド滞在中の聖フランシスコ・ザビエルは聖イグナシオに対し,ヨーロッパ人司祭を宣教師として手元に派遣するよう懇願しました.パリサイ人後継者たちのヨーロッパ白人諸国に対する宗教まがいの憎悪感,白人種の血を薄めヨーロッパの「一枚岩の」諸国を解体しようとするユダヤ人の運動はこうした背景の中で生まれたのです.そして,これら諸国が神とその唯一の真の教会に背を向けなくても,神の正義はその運動が成功するリスクをお許しになります.ただし,神の御慈悲がそれを止めない限りのことですが…
Now Christ's Church was born and bred in the Middle East, and spread rapidly all around the Mediterranian Sea, but when the Middle East and North Africa fell to Islam, then the Faith was upheld and spread world-wide mainly by Europeans, of the white race, and divided by Providence into the variety of European nations. Thus St Francis Xavier in India begged St Ignatius to send to him from Europe European priests to act as missionaries. Hence the quasi-religious hatred of the Pharisees' successors for the white nations of Europe, and hence the Jews' "multi-culti" drive to dilute that white race and dissolve the "monolithic" nations of Europe. And unless these nations turn back to God and His one true Church, His Justice risks allowing that drive to succeed, unless His Mercy interrupts it...
                                                                             Kyrie eleison.

キリエ・エレイソン.

リチャード・ウィリアムソン司教



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本投稿記事・第502回エレイソン・コメンツ「移民宗教」(2017年2月25日付)/ELEISON COMMENTS DII (February 25, 2017) : "MIGRATION RELIGION" は2017年3月06日19時00に掲載されました.
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2017年2月18日土曜日

501 移民政治 2/18

エレイソン・コメンツ 第501回 (2017年2月18日) 

白人たちとイスラム教徒たちは
 破滅的な戦いをするがいいでしょう! 
そうなれば,わたしたちは以前はだめでしたが,
 今度は支配できるようになるでしょう. 
Let Whites and Muslims fight, in deadly war ! 
Then we can rule, as we could not before.

ハンガリーの元政治家で現在は指導的な経済学者であるラズロ・ボガー博士は,昨年末ドイツ・ケルンで移民による非行事件が起きた1週間後,ハンガリーのテレビに出演し,依然としてヨーロッパ全土で続く移民侵略問題の根源がどこにあるのか解明しようと試みました( "youtu.be/TKpe4swiVOc" をご覧ください).彼は問題の政治的根源を分析する中で世論に乗じて,侵略の背景にあるのは命名のしようのないグローバル勢力( "the Unnameable Global Power" )だとまで言い切りました.だが,彼は決定的要因である宗教的根源については全く触れませんでした.もっとも,今日,宗教が世界の何かにとって依然として役立ちうると考える人が果たしているでしょうか?それでも,私はそのような有害な勢力が実在すること,そしてその害悪を中和できるのは真のカトリック教会だけであることをエレイソン・コメンツの読者に考えて欲しいと思います.以下にボガー博士の分析を要約して紹介します.
Discussing a week later on Hungarian television the misbehaviour of migrants in Cologne at the end of last year, a former politician and leading economist of Hungary, Dr. László Bogár, attempted to uncover the roots of the problem of the immigrant invasion, still continuing in Europe, see — youtu.be/TKpe4swiVOc . His analysis of the political roots goes as far as public opinion allows him to go in naming the Unnameable Global Power behind the invasion, but he gets nowhere near the religious roots, which are decisive. Yet who today still thinks that religion counts for anything in the world ? It is to be hoped that readers of these “Comments” can both conceive that this baneful Power exists, and that the true Catholic Church can alone neutralize the bane. Here follows in italics Dr Bogár's analysis, shortened and adapted:–

(以下、分析の要約)

グローバル勢力は人間的なあらゆるもの,尊厳を持つあらゆるものを破壊しようと望みます.そして,ヨーロッパの白人( "the European White Man" は依然としてそのようなものを多く持ち続けているため,グローバル勢力はヨーロッパの白人を壊滅させようとします.そのため,それは膨大な資源の助けをかりて大量の移民たちをヨーロッパに注ぎ込んでいます.多少なりと分別をわきまえた人なら,数百万の移民を数千マイル離れたところに素早く送り込むには多くの物が必要なことは容易に分かるでしょう.
A Global Power wishes to annihilate all that is humane, all that has dignity. And since the European White Man still possesses too much of this, it wants to annihilate the European White Man. Therefore it is pumping over to Europe a mass of alien migrants with the aid of gigantic resources. For indeed it should be obvious to anyone with a grain of sense that for the relatively quick pumping of millions of people across thousands of kilometres, a number of things are needed.

最初に,その作戦に必要な資金です.少なくとも数百億ドルは必要だったでしょう.第二に,移民送り込みを指令・管理するためには最低でも数千人の極秘工作員が必要だったでしょう.そして,第三に,その巧みに隠ぺいされた作戦に光が当たりそうになったときは,それを隠し通すための手段が急きょ必要だったでしょう.第四に,その作戦を組織するためには,移民を扱う数万人の人間密輸業者を持つ世界的な犯罪シンジケートの完璧な協調が欠かせなかったはずです.そして,最後に,ヨーロッパの第一線政治家たちの協調が必要だったはずです.それら政治家たちとは,本日私たちの国を訪れた英国首相,リビアやシリアの破壊に加わったフランス,ドイツの指導者たちなどです.彼ら指導者たちは,現在の混乱状態を作り出しているだけでなく,自分たちはヨーロッパ,西側文明,民主主義の名のもとにそれを行っているのだと誇らしげに公言しています.私たちがケルンで目撃した恐怖を引き起こした真犯人まさしく彼らです.そして,それはこれから起こるもっと不吉な出来事のほんの前触れにしか過ぎないと何者かが私に囁(ささや)きます…
Firstly, to finance the operation, let us say a minimum of ten billion dollars. Secondly, to direct and control the pumping, a minimum of a few thousand strictly secret agents, and if ever a light was occasionally shone on this skilfully disguised operation, then thirdly, the media were needed to repair the disguise in a hurry. Fourthly, to organize the operation, the complete collaboration of the global crime syndicate was indispensable with its tens of thousands of human smugglers to handle the migrants. And finally the cynical collaboration of Europe’s top politicians was needed, like the British Prime Minister who visited us here today, and the leaders of France and Germany, all of whom participated likewise in the destruction of Libya and Syria. Besides creating the chaos, these leaders have proudly announced that they are doing it in the name of Europe, of Western culture, of democracy. Here are the true culprits of the horror that we just saw in Cologne, and something whispers to me that this is just a faint prelude to something much more sinister...

ヨーロッパは今グローバル勢力によって第一次世界大戦や第二次世界大戦のように残酷な紛争に引き込まれつつあるというのが真相です.ヨーロッパは実質的に自ら進んで第三次世界大戦に巻き込まれようとしています.移民による侵略は膨大な隠されたプロセスの最終産物にしかすぎません.このプロセスの最終段階では,この恐怖に対するなんらかの反作用が起こるかもしれません.しかし,もし私たちがそのプロセスそのものを理解し,グローバル勢力機構に内在する根本要因を断たなければ,移民による侵略といった恐怖は続くだけでしょう.そのためには国際的協力が必要ですが,残念ながら,ハンガリーの指導者,ビクトル・オルバン(訳注:首相)は独自路線を推し進めているというのが実情です.リビアが爆撃を受けた時,ヨーロッパの政治家たちのうち,その戦略的結果がどうなるかについて懸念と危惧を表明したのは彼だけでした.同様な懸念を示した政治家たちは極めて少数でした.このため,ハンガリーは事態収拾に乗り出さざるを得ませんでした.そして,私たちが耐えず攻撃にさらされているのはそのためです.ハンガリーは国境を閉ざしているので,私たちは内戦を戦う必要はありません.だが,私たちは他のヨーロッパ諸国が同じようにするのを待たなければなりません.
The truth is that Europe is being dragged into a conflict just as brutal as WWI and WWII, by the same Global Power. In effect, Europe is letting itself be dragged into a third World War. The invasion of migrants is just the final product of a huge hidden process. Now one may counteract the horror at the end of the process, but if we do not understand the process itself and choke it off at its roots within the global power structure, then horrors such as the migrant invasion will only continue. Unfortunately, international cooperation is needed here, but the reality is that Hungary's leader, Viktor Orban, has been virtually on his own. When Libya was being bombed to Hell, he was the ONLY European politician to voice his worries and reservations about what the strategic consequences would be. Very, very few other politicians voiced the same concerns. Therefore Hungary had to step up to the plate, and that is why we are under constant attack. In Hungary we need not fight a civil war because we have closed our frontiers, but now we must wait for the other nations of Europe to do the same.

ヨーロッパの諸都市に見られる移民の恐怖は言ってみれば腐った果実にしかすすぎません.だが,それをもたらしたプロセスを根絶やしにするとなると,ヨーロッパは既に完敗状態です.このプロセスの先にあるのは内戦だけです.だが,それは最終目的です.それこそが,グローバル勢力の望んでいるものなのです.グローバル勢力はなによりも17世紀の壊滅的な30年戦争と同じような延々と続く悲惨な30年戦争が起きるのを望んでいます(17世紀の戦争もグローバル勢力の仕業でした).グローバル勢力が望むものはまさしく何十年にもわたる内戦がヨーロッパに繰り広げられることです.
Alas, when it comes to uprooting the process of which the migrant horrors in Europe's cities are merely the rotten fruits, sad to say, Europe is already utterly defeated. The process can only lead to a civil war. BUT THAT IS THE GOAL. This is what this Global Power wants. The Global Power wants above all a brutal never-ending 30 years war, just like the devastating 30 Years' War of the 17th century (which was the same Global Power's work). It wants precisely a civil war, stretching for decades, to develop in Europe.

(分析要約終わり)

キリエ・エレイソン.

リチャード・ウィリアムソン司教


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本投稿記事・第501回エレイソン・コメンツ「移民政治」(2017年2月18日付)/ELEISON COMMENTS DI (February 18, 2017) : "MIGRATION POLITICS" は2017年2月28日18時00分に掲載されました.
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